■ローマ字の基礎

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■「ローマ字」についての基礎知識です。

はじめに

「ローマ字」ということばには、おもにふたつの意味があるとおもいます。

ひとつは、

です。もうひとつは、

という意味です。

現在の日本では、後者の意味でつかわれていることがおおいようにおもいます。前者の意味では「アルファベット」とか「英字」といういいかたが一般的なようです。ただ、あとでのべるように、「アルファベット」というよびかたは、あまり適切だとはおもいません。

以下に、「文字としてのローマ字」と、「日本語の表記方式としてのローマ字」のそれぞれについて、筆者がしっていること、おもうことをのべます。

1 「文字」としての「ローマ字」

1.1 「ローマ字」とはどんな文字か

はやいはなしが、以下のような文字のことです。

大文字:
A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T U V W X Y Z
小文字:
a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z

このほかに、,(コンマ) .(ピリオド) -(ハイフン) :(コロン) ;(セミコロン) "(ダブル引用符) '(シングル引用符) !(感嘆符) ?(疑問符)などの記号をふくむかどうかは、あいまいです。

これらの文字は、古代ローマでラテン語をかくためにもちいられていました。だから「ローマ字」といいますし、「ラテン文字」ともいいます。英語では "Latin characters" とか "Latin alphabet" というようです。

ただ、ラテン語では、「W w」の文字はつかいませんでした。また、英語以外の言語では、上記の大文字小文字26文字ずつ以外にもいくつかの文字をつかったり、逆に26文字全部はつかわなかったりします(後述)。そこで、ラテン語でつかわれていた文字だけをさして「ラテン文字」、現在、英語をはじめ、いろいろな言語でもちいられている文字もふくんだものを「ローマ字」というむきもあるようです。

「ローマ字」という文字は、アラビア文字、ヘブライ文字などとおなじく、エジプトのヒエログリフを起源とするようです。現在でもつかわれている文字のなかで、いちばんちかい親戚はギリシャ文字のようです。そのつぎがロシア文字のようです。

ギリシャ文字
Α Β Γ Δ Ε Ζ Η Θ Ι Κ Λ Μ Ν Ξ Ο Π Ρ Σ Τ Υ Φ Χ Ψ Ω
α β γ δ ε ζ η θ ι κ λ μ ν ξ ο π ρ σ τ υ φ χ ψ ω
ロシア文字
А Б В Г Д Е Ё Ж З И Й К Л М Н О П Р С Т У Ф Х Ц Ч Ш Щ Ъ Ь Э Ю Я
а б в г д е ё ж з и й к л м н о п р с т у ф х ц ш щ ъ ы ь э ю я

1.2 「アルファベット」とは

「ローマ字」のことを、「アルファベット」というときもあります。日本において「アルファベット」といえば、もっともせまい意味では「ローマ字」をさすとおもわれますが、一般的には、ローマ字・ギリシャ文字・キリル文字・アラビア文字・ヘブライ文字などの、「単音文字」のことをさすとおもわれます。

たとえば、「ギリシャ語のアルファベットは『Α Β Δ …、α β δ …』です」のようないいかたをします。

そもそも、「アルファベット」(英語では "alphabet" )の語源は、ギリシャ文字の最初の2文字、「Α(アルファ)」と「Β(ベータ)」のよみをつなげたものです。

もうすこしひろい意味では、日本語の「ひらがな」や「カタカナ」、朝鮮語のハングルなどの音節文字もふくんで、表音文字全般をさしていうこともあります。漢字やマヤ文字のような表意文字・表語文字はふくめないようです。

さらにひろい意味では、「それをくみあわせてなんらかの概念をあらわす要素的記号一般」をさしてつかわれることもあります。たとえば、手旗信号の型とか、サルが、かんたんな図形がかかれたボードを何枚かくみあわせて人間になにかをつたえるときの、ボードの1枚1枚などです。

また、一般には、ある文字集合を「アルファベット」という場合には、その文字集合のなかの1文字1文字に、あるきまった順番がある、ということが条件となるようです。たとえば、「英語のアルファベット」といえば「A B C DX Y Z」という順番があります。日本語のカタカナやひらがなの場合も、「五十音順」や「イロハ順」という順番があります。

1.3 JISでの定義

参考までに、JIS(日本工業規格)での定義を引用しておきます。

「JIS X 0004-1989 情報処理用語(データの構成)」からの引用です。下線は原典のままで、情報処理用語に関する日本工業規格に規定されている用語だとのことです。文章中の読点は「,」から「、」に変更してあります。

04.03 図形文字
番号 用語及び読み方 意味 対応英語
04.03.01 ずけいもじ
図形文字
制御文字以外の文字であって、通常、手書き、印字、表示によって生成される視覚表現をもつもの。 graphic character
04.03.02 おうじ
欧字
欧文に使われる図形文字であって、単独で又は他の図形文字と組み合わせて用いたときに、本来話し言葉の発音要素を表わすもの。
備考 区別的発音符そのものや句読点は、欧字ではない。
letter
04.03.03 アルファベット 欧文に使われる順序付けられた文字集合であって、その順序に対し合意が得られているもの。
備考 この定義には、区別的発音符つきの欧字を含む欧字によって表わされる文字からなる自然言語のアルファベットも含まれる。
alphabet
04.03.04 ひょういもじ
表意文字
自然言語において、対象物又は概念と、それに対応した発音要素を表わす図形文字
例: 中国の表意文字、又は日本の漢字
ideogram,
ideographic character
04.03.05 すうじ
数字
負でない整数を表わす文字
例: 16進記数法における 0 から 9 及び A から F の文字の一つ。
digit,
numeric character
(中略)
04.03.10 とくしゅもじ
特殊文字
欧字数字仮名、又は空白文字ではなく、また通常、表意文字でもない図形文字
例: 句読点、通貨記号、パーセント記号、算術記号。
special character
04.03.11 えいじ
英字、
ローマ字
A, B, …, Z 及び a, b, …, z の52個の図形文字 Roman letter
04.03.12 かな
仮名
日本語の文章を書き表わすときに用いられる表音文字であって、片仮名と平仮名の2種類がある。 kana
04.03.13 かんじ
漢字
日本語の文章を書き表わすときに用いられる表意文字 kanji

1.4 ローマ字は英語だけの文字ではない

現在の日本では、「ローマ字」といえば「英語」、とおもわれがちですが、ローマ字は英語以外にもいろいろな言語でもちいられています。

ここで、ローマ字が、いろいろな言語のなかでどのようにつかわれているかを比較してみたいとおもいます。おなじ文字でも、言語によって発音がちがうことがわかるでしょう。

比較の方法としては、株式会社白水社から発行されている、「エクスプレス」という、外国語入門のための教本シリーズがあります。ひじょうにおおくの言語のものが出版されていますが、そのなかからローマ字をつかう言語のものをいくつかえらび、巻頭の「文字と発音」のところにのっているアルファベットの表を引用することにします。

注:

  1. アルファベットの1文字ずつについて、「大文字 小文字 その文字単独のなまえ 語中の発音」の順にかいてあります。
  2. 発音の表記は、「エクスプレス」のカタカナ表記に準じています。
  3. 「エクスプレス」で、「なんとか行音」となっているものは、その行のウ列の文字で代用しました。たとえば、「サ行音」は「ス」としました。 ただし、スペイン語の[ハ]は例外。
  4. 母音のこまかい発音の区別については省略しました。
  5. 複合母音字については省略しました。
  6. 発音の解釈や表現には個人差があるので、下記の記述をうのみにはしないでください。
イタリア語 スペイン語 フランス語
 A a ア      [ア]
 B b ビ      [ブ]
 C c チ      [ク][チ]
 D d ディ     [ドゥ]
 E e エ      [エ]
 F f エッフェ   [フ]
 G g ジ      [グ][ジ]
 H h アッカ    [無音]
 I i イ      [イ]
(J j イ ルンゴ)
(K k カッパ)
 L l エッレ    [ル]
 M m エンメ    [ム]
 N n エンネ    [ヌ]

 O o オ      [オ]
 P p ピ      [プ]
 Q q ク      [ク]
 R r エッレ    [ル]

 S s エッセ    [ス][ズ]
 T t ティ     [トゥ]
 U u ウ      [ウ]
 V v ヴゥ,ヴィ  [ヴ]
 (W w ドッピオ ヴゥ)
 (X x イクス)
 (Y y イプスィロン)
 Z z ヅェータ   [ツ][ヅ]
 A  a  ア     [ア] 
 B  b  ベ     [ブ] 
 C  c  セ     [ス][ク] 
(Ch ch チェ    [チュ])*1 
 D  d  デ     [ドゥ] 
 E  e  エ     [エ] 
 F  f  エフェ   [フ] 
 G  g  ヘ     [ハ][グ] 
 H  h  アチェ   [無音] 
 I  i  イ     [イ] 
 J  j  ホタ    [ハ] 
(K  k  カ     [ク])*2 
 L  l  エレ    [ル] 
(Ll ll エイェ   [ユ][ジュ])*1 
 M  m  エメ    [ム] 
 N  n  エネ    [ヌ] 
 Ñ  ñ  エニェ   [ニュ] 
 O  o  オ     [オ] 
 P  p  ペ     [ペ] 
 Q  q  ク     [ク] 
 R  r  エレ    [ル] 
    rr エルレ   [ル]*1
 S  s  エセ    [ス][シュ]
 T  t  テ     [トゥ]
 U  u  ウ     [ウ]
 V  v  ウベ    [ブ]
(W  w  ウベ ドプレ [ウ])*2
 X  x  エキス   [クス][ス]
 Y  y  イ グリエガ [ユ]
 Z  z  セタ    [ス]
 A a ア     [ア] 
 B b べ     [ブ] 
 C c セ     [ク][ス] 

 D d デ     [ドゥ] 
 E e ウ     [無音][ウ][エ] 
 F f エフ    [フ] 
 G g ジェ    [グ][ジュ] 
 H h アシュ   [無音][気音] 
 I i イ     [イ] 
 J j ジ     [ジュ] 
 K k カ     [ク] 
 L l エル    [ル] 

 M m エム    [ム] 
 N n エヌ    [ヌ] 

 O o オ     [オ] 
 P p ペ     [プ] 
 Q q キュ    [ク] 
 R r エール   [ル] 

 S s エス    [ス][ズ] 
 T t テ     [トゥ] 
 U u ユ     [ウ] 
 V v ヴェ    [ヴ] 
 W w ドゥブルヴェ[ヴ][ゥ] 
 X x イクス   [クス][グズ] 
         [ス][ズ] 
 Y y イグレク  [イ] 
 Z z ゼッド   [ズ]
注:

「ドッピオ ヴゥ」は《ふたつの V 》の意味。

カッコ内は外来語でのみ使用。

複合子音字:
gn [ニュ]
sc [スク][シ]


f は英語の f の発音(下唇をかむ)。

v は英語の f の発音(下唇をかむ)。

l は舌先を上の歯の裏の根元につける。

r は日本語の[ル]を発音するときの口のかたちをして、舌先を1、2回ふるわせる。

原典: 小林 さとし(漢字はりっしんべんに「星」)(著)、『エクスプレス イタリア語』、1986年4月15日、株式会社白水社(発行)
注:

「ウベ ドプレ」は《ふたつの V 》の意味。

*1のch, ll, rrは、かつてはそれぞれ独立した文字(2文字で1文字)とみなされていたが、1994年にこのかんがえかたは廃止された。

*2のカッコ内は外来語でのみ使用。

「イ グリエガ」は《ギリシャ語の i 》の意味。

c, z は英語の th の発音(舌をかむ)。

g, j の[ハ]の発音は、のどの奥からつよく息をだすおと。

f は英語の f の発音(下唇をかむ)。

v は唇をかまずにかすかにひらいたまま発音する。

l は舌先を上の歯茎につける。

r は語頭や l, n, s のあとでは舌先を2、3回ふるわせる。

rr はつねに舌先を2、3回ふるわせる。

原典: 塩田洋子(著)、『エクスプレス スペイン語』、1987年4月25日、株式会社白水社(発行)
注:

「ドゥブルヴェ」は《ふたつの V 》の意味。

「イグレク」は《ギリシャ語の i 》の意味。

ti[ティ]または[スィ]

複合子音字:
ch [シュ][ク]
gn [ニュ]
ph [フ]
rh [ル]
sc [スク][ス]
th [トゥ]


f は英語の f の発音(下唇をかむ)。

v は英語の f の発音(下唇をかむ)。

l は舌先をかるく上の歯茎につける。

r は舌先を下の歯につけ、舌の後部と口蓋垂で発音する。

原典: 筑紫文輝(著)、『エクスプレス フランス語』、1986年4月15日、株式会社白水社(発行)

(「エクスプレス」に記述がないものについては、小林路易ほか(編)、『アポロ仏和辞典』、1991年、角川書店(発行)を参照しました。)

1.5 ローマ字の日本語でのなまえ

日本語における、ローマ字の1文字1文字のなまえ、あるいはよみかたについては、おおやけにきめられたものはありません。

ですから、小学校4年生の国語の授業では、<ka>を/カ/とよむことはおしえますが、<k>はなんという文字かはおしえません。つまり、「か」のローマ字でのつづりを、「『か』は『ケー・エー』とかきます」などというふうに、口頭でおしえることはできません。しかし、それではこまりますから、先生がたはいろいろくふうされていることとおもいます。たとえば、

などです。

ただし、日本語でのなまえというのも、かんがえられています。以下は、その例です。「文部省内国語問題研究会(編). ローマ字教育の指針とその解説. 東京都, 三井教育文庫, 1947, 113p. (Japanese, B6よこがき)」にのっていたものです。旧字体の漢字については、JIS X 0208-1990 における、現在一般的とおもわれる字体のおなじ意味の漢字におきかえました。

〔参考〕 文字の呼び名については、ローマ字教育協議会の小委員会で、次のような呼び名が考えられた。参考としてかかげる。

a
 アー 
b
 べー 
c
 セー 
(ツー)
〔チェー〕
d
 デー 
e
 エー 
f
 エフ 
g
 ゲー 
h
 ハー 
i
イー
j
ヨー
〔(ジェー)〕
k
カー
l
エル
m
エム
n
エヌ
o
オー
p
ペー
q
クー
r
ラー
s
エス
t
テー
u
ウー
v
ヴィ
(ブイ)
w
ワー
x
エッキス
y
ヤー
z
ゼット

なお、この案がその後どうなったかは、しらべきれていません。

2 「日本語の表記方式」としての「ローマ字」

2.1 ローマ字伝来

日本にローマ字(という文字)がつたわったのは、安土・桃山時代、1543年のポルトガル船の種子島への漂着、1549年のフランシスコ=ザビエルの鹿児島への上陸とキリスト教の布教の開始にともなって、ポルトガル人からもたらされたようです。

そして、布教のための書物の日本語への翻訳がさかんにおこなわれ、そこにローマ字がつかわれたようです。これは、おもにポルトガル人がよむための日本語の表記方法としてのローマ字であったようです。

また、黒田孝高(くろだ・よしたか)、黒田長政(くろだ・ながまさ)、大友義鎮(おおとも・よししげ)などの、いわゆる「キリシタン大名」のあいだでは、ローマ字がきの自分の印章(ハンコ)をつくることがおこなわれていたようです。

その後、江戸時代の18世紀なかごろには、蘭学者のあいだで、日本語をローマ字でかくことがおこなわれていたようです。(本名ではなく、洗礼名などのようです。)

2.2 ローマ字運動

日本語の表記について、かな漢字まじり表記を廃止して、ローマ字がきを日本語の正式なかきかたとしようという運動を、「ローマ字運動」といいます。

また、日本語の表記にローマ字を採用することをとなえたものを、「ローマ字論」ということがあります。

その発端は、「漢字廃止論」としては、幕末の1866年12月に、前島密(まえじま・ひそか)が江戸時代最後の将軍慶喜に建議した、漢字御廃止之議(かんじおんはいしのぎ) が最初のようです。(ちなみに、この前島密というひとは、日本の近代的郵便制度の創始者として有名なひとで、「郵便」というなまえもこのひとがかんがえたものだそうです。)

ローマ字論としては、

が最初のようです。その後、

のように、ぞくぞくとローマ字論が発表されています。

ローマ字運動の歴史の詳細は、このウェブ・サイトの「■ローマ字年表」をご参照ください。

2.3 ローマ字論の趣旨

日本語をかきあらわすのに、なぜ、かな漢字まじり表記をやめてローマ字表記にしたほうがよいか、ということですが、いままでのローマ字論から要点をまとめると、以下のようになるとおもいます。

  1. ローマ字が世界のおおくの国でもちいられていることから、ローマ字を「国際文字」あるいは「世界共通文字」であるとみとめ、ローマ字で日本語をかくことによって日本語の国際流通力をたかめる。
  2. ローマ字は、その文字数のすくなさや画数のすくなさから、機械処理の効率がたかく、表記のローマ字化は事務や学術研究の能率をいちじるしくたかめる。
  3. 表音文字であるローマ字をつかうことにより、日本語のよみかき能力の教育能率をたかめる。
  4. 単音文字であるローマ字をつかうことにより、日本語の言語学的特徴をただしく理解することができ、日本人が日本語をつかいこなす能力をたかめ、日本語の正常な発達をうながす。

最後の項目については、字音語(漢字の音よみの語)の導入によってうまれたかずおおくの「同音異義語」(たとえば、講師・行使・公私…、講演・公園・後援…、など)を整理するという、いわゆる「ことばなおし」ということもふくまれます。さらに、その解決案のひとつとして、「やまとことば」(和語)の復興をめざすという、一種の国粋的な意見もあったようです。

いずれにしても、ローマ字論の根本にあるのは、「日本語のためのローマ字」「日本のためのローマ字」ということです。ローマ字というと西洋のもの、日本語表記のローマ字化は西洋かぶれだ、ローマ字論者は売国奴だ、などとおもわれがちですが、じつはそうではなく、上記のような効果により、日本語の、そして日本国の、国際的競争力をたかめ、国際的地位をたかめようというのが、ローマ字論の趣旨です。

ただし、ここで注意しなければならないのは、「文明」と「文化」を区別してかんがえる必要があるということです。

ローマ字論は「文明論」であって、「文化論」ではない、ということです。

「文化」としてのかな漢字まじり表記には、それなりの価値があり、尊重され、保存されるべきであって、ローマ字論はそれを否定するものではない、ということです。

ローマ字論が対象としているのは、「日本文明を運転してゆくための情報伝達の道具」としての言語表記や文字であって、芸術の表現手段やあそび道具としての言語表記や文字ではありません。

2.4 ローマ字つづりの変遷

日本国内の、「ローマ字つづり」(ローマ字による日本語の表記方式)の種類としては、「日本式」・「ヘボン式」・「訓令式」の3種類がおもなものです。

1885年(明治18年)に 田中館愛橘(たなかだて・あいきつ)が、理学協会雑誌第16巻に 理學協會雜誌を羅馬字にて發兌するの發議及び羅馬字用法意見 を発表しましたが、そこでのべられているものが、「日本式」とよばれるつづりです。

1867年(慶応3年)に出版された、ヘボン(Dr. James Curtis Hepburn)の 和英語林集成 という和英辞典でつかわれたつづりをもとに、羅馬字会、ローマ字ひろめ会が修正をくわえ、ローマ字ひろめ会が1908年(明治41年)に発表したものが、「標準式」です。「標準式」には多少のバリエーションがあるのと、ヘボンの和英辞典や羅馬字会のつづりなど、これらをひっくるめて、俗に「ヘボン式」とか「修正ヘボン式」とよばれているようです。

その後、日本式とヘボン式(標準式)の論争があり、国際連盟からのローマ字つづりの統一の要請もあり、文部省は、1930年(昭和5年)から1936年(昭和11年)まで、「臨時ローマ字調査会」という組織を設置して、有識者による議論がおこなわれました。

その結果、日本式をすこし修正したものが内閣訓令で公布され、いちおうの決着をみたのが、1937年(昭和12年)です。このときの内閣訓令のつづりが、俗に「訓令式」といわれるもののようです。

しかし、1945年の敗戦により、進駐軍によってヘボン式が強要されるなど、いったんは日本式でおちついたローマ字のつづりかたが、また混乱してしまったようです。

そうしたなか、1947年(昭和22年)には、小学校でローマ字の授業がはじまりました。ここでおしえられたローマ字のつづりかたは、昭和12年の内閣訓令を補足したような内容の、文部省による、ローマ字教育の指針 ローマ字文の書き方 という小冊子にしたがっておこなわれたようです。この小冊子の方式をさして、「訓令式」とよぶむきもあるようです。

その後、昭和12年の内閣訓令に、ヘボン式と日本式のつづりを「第2表」として追加して、特別な事情がある場合にかぎってこれもゆるすとした改訂版が、1954年(昭和29年)に内閣告示として公布され、そのまま現在にいたっています。

ローマ字運動そのものはしたびになり、小学校のローマ字教育の内容も縮小されてきましたが、ローマ字の授業は現在でも小学校4年生の国語の授業のなかにのこっています。そこでおしえられるローマ字つづりは、ローマ字教育の指針 ローマ字文の書き方 を踏襲していますが、昭和29年内閣告示の第2表のつづり(ヘボン式と日本式のつづり)もおしえられていることがおおいようです。

日本式・ヘボン式・訓令式のちがいの詳細については、このウェブサイトの「■ローマ字のいろいろ」をご参照ください。

日本式・ヘボン式・訓令式を軸とする種々の日本語のローマ字表記方式の系譜については、「■日本語のローマ字表記方式の系譜」をご覧ください。

2.5 ローマニゼーション

ローマ字(ラテン文字)以外の文字でかかれた文章や名称を、ローマ字にかきかえることを、英語で ローマニゼーション(romanization)といいます。

国際標準化機構(ISO)では、さまざまな文字でかかれた文書を国際的にやりとりするためや、さまざまな文字でかかれた人名や地名を一定の順番でならべたりするときのために、"romanization" の規格をつくっています。

以下のリストは、日本標準時の2000年8月19日時点の http://www.iso.ch/liste/TC46SC2.html からの引用です。キリル文字、アラビア文字、ヘブライ文字(ヘブル文字ともいいます)、ギリシャ文字、日本語(カナ文字)、中国語、グルジア文字、アルメニア文字、タイ文字、朝鮮語の"romanization" の規格があります。

ご覧のとおり、日本語のカナ文字の "romanization" の規格(ISO 3602:1989)もあり、これは「訓令式」がもとになっています。

このほか、アメリカの国内規格標準化団体である ANSI 、イギリスの国内規格標準化団体である BSI でも、日本語の "romanization" の規格がつくられています。

このふたつの内容はほとんどおなじもので、「修正ヘボン式」をもとにしたものです。

これらの規格のくわしい内容については、このウェブサイトの「■ローマ字のいろいろ」および「■ローマ字資料室」を参照してください。

ANSI Z39.11-1972が1994年に廃止された理由について、2000年10月4日にANSIにといあわせたところ、単に、「管理上の理由で("administratively")」、廃止されたようです。

なお、2000年10月15日時点で、日本語のローマ字表記に関する米国規格は存在しません。ISOの国際規格をアメリカの国内規格として適用することもないそうです。


変更記録

第1.1版 (1999年12月31日発行)
内容概略(予定)のみを記述。なかみなし。
第1.2版 (2000年8月19日発行)
内容を記述。実質的な第1版。
第1.3版 (2001年2月12日発行)
スペイン語のアルファベットで、「ch, ll, rrは、かつてはそれぞれ独立した文字(2文字で1文字)とみなされていたが、1994年にこのかんがえかたは廃止された」ということを追記。
第1.4版 (2001年6月15日発行)
第1.5版 (2001年11月22日発行)
第1.6版 (2001年12月13日発行)
第1.7版 (2013年5月12日発行)
第1.7.1版 (2016年5月8日発行)
第1.7.2版 (2024年4月12日発行)

版:
第1.7.2版
発行日:
2013年5月12日
最終更新日:
2024年4月12日
著者:
海津知緒
発行者:
海津知緒 (大阪府)

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