2002年12月6日 金曜日 午後12時40分:
初めまして!お忙しいとは思いますが、考えあぐねてメールします。友人の子どものクリスマスプレゼントに名前を刺繍しようと思っています。
名前は「遙」で「ゆぅ」君と呼ばれています。ローマ字ですと、「YHU」でいいのでしょうか?私の息子は隆介といい、「RYUSUKE」としています。
最近は「YOU」で「ゆう」と呼ばせるタレントもいますが、日本語で「う」の小さい発音はどう表現しますか?
刺繍をする時間を考えますと・・・なるべく早い回答を期待します!!!
どうぞ宜しくお願い致します!
悩める茨城県人より
おといあわせ、ありがとうございます。回答がおそくなりまして、もうしわけございません。
日本語のローマ字表記には、いくつかの方式があり、公的な規格もいくつかあります。くわしくは「■ローマ字のいろいろ」や「■ローマ字資料室」をご参照ください。しかし、そのいずれにも「ゆぅ」というカナ文字つづりのローマ字表記は記述されていません。
となると、既存の方式を拡大解釈してかんがえるか、自分ですきにかんがえるかということになるかとおもいます。
日本語のローマ字表記方式には、おおきくふたつのかんがえかたがあります。「発音転写」と「翻字」です。
「発音転写」というのは、かな漢字でどのようにかかれているかにとらわれず、どのように発音されているかにしたがって、その発音をローマ字つづりにかきうつす方式です。
「翻字」というのは、発音にはとらわれず、カナ文字でどうかかれるかにしたがって、カナ対ローマ字の、文字対文字の変換をすることです。漢字はふりがなでかんがえます。
日本の伝統的なローマ字論は、かな漢字まじり表記が発音と規則的に対応していないこと、たとえば「おはよう」の「は」は/ハ/と発音するのに、「こんにちは」の「は」は/ワ/と発音したりとか、おなじ「う」という文字が「うなぎ」のときは/ウ/と発音され、/おとうさん/のときはオ列長音(/オ/をのばしたときののばした部分の発音)で発音されることをよしとせず、文字つづりと発音を一致させることを目的としていましたので、「発音転写」のかんがえかたをとっていました。現行の内閣告示もそうです。
それに対して、公的な標準化機関であるISOの国際規格、BSIの英国規格などは、翻字のたちばをとっています。それは、発音転写にすると、まず標準的な発音をきめる必要がでてきて、これがなかなかさだまらないことと、そもそも音声を文字や記号で表現するのにてまがかり、規格として文章で記述するのが困難だからだとおもいます。
さて、「ゆぅ」のローマ字表記ですが、「発音転写」でやるとすると、この<ゆぅ
>というカナ文字つづりの発音はどうなのかが問題になります。
そもそも、音声による日本語の表現につかわれる、要素的な音色(ねいろ)、これを音素といいますが、つまり日本語の音素のセットというのは公式にはさだめられていません。
文字による日本語の表現につかわれるカナ文字つづりのセットについては、
という、いちおうのめやすがありますが、これらにふくまれるカナ文字つづりが、どういう音素に対応しているかについては、記述がありません。ちなみに、これらのなかに<ゆぅ
>というカナ文字つづりはふくまれていません。<ぅ
>単独でもふくまれていません。
もし、母音の「う」、つまり「うさぎ」の「う」や、「わらう」の「う」とおなじ発音だとすると、これのローマ字表記はどの方式でも<u>です。つまり、「ゆぅ」のローマ字表記は<Yuu>になります。
(固有名詞は1文字めはかならず大文字にするのがふつうです。パスポート以外では、2文字め以降は大文字でも小文字でもかまいません。パスポートではすべて大文字です。)
つぎに、ウ列長音、すわなち「ゆうだち(夕立)」の「う」や、「スープ」の「ー」とおなじ発音だとすると、以下のとおりです。
国際規格や内閣告示では<u
>のうえに<^
>(サーカムフレックスアクセント、またはアクサンシルコンフレックス)をつけて<Yû>とかきます。
英国規格では<u
>のうえに<¯
>(マクロン)をつけて<Yū>とかきます。
内閣告示では、大文字でかくときは母音字をかさねてもよいことになっているので<YUU>でもかまいません。
パスポートでは長音は省略するので<YU>になります。
なお、パスポートでは、オ列長音については<H
>をつかったかきかたがみとめられています。たとえば「大野(/オーノ/)」は<OHNO>というぐあいです。「優子(/ユーコ)」などの/ウ列長音には、この<H>をつかったかきかたはみとめられていませんが、オ列長音とおなじようにかんがえると、<YUH>というかきかたもかんがえられます。
もし、「ゆぅ」の「ぅ」の発音が、ふつうの母音の/ウ/やウ列長音とおなじねいろで、音量だけちいさく発音されていたり、みじかく発音されていたりすると、これは、従来の方式では表現できません。日本語のローマ字表記では、ねいろのちがいはローマ字つづりのちがいとしてかきわけることはあっても、強弱や長短・高低などのちがいはかきわける習慣がなかったからです。
もし、「ゆぅ」の「ぅ」の発音が、促音、つまり、ふつう<っ
>でかきあらわされる発音とおなじだとすると、これは、「『あっ』とさけんだ」の「あっ」などとおなじく、いわゆる語末の促音のかきかたになり、これは以下のとおりです。
まず公的規格では、内閣告示、その前身の内閣訓令、国際規格(ISO)、英国規格(BS)、いずれにも記述はありません。
ただ、内閣訓令をもとに、教育現場の運用のための解説としてつくられたんだとおもいますが、「ローマ字文の書き方」という文書が昭和22年に文部省からでていて、それには、
ただし次のような場合はアポストロフ ['] を使って示す。
"A'" to sakebu. 「あっ」と叫ぶ。
という例があり、ローマ字論者のあいだではこれがつかわれてきました。
「海津式」では、<っ
>の単独表記のときもふくめて、<q>でかくことを提案してます。
つまり、「ゆぅ」の「ぅ」の発音が促音とした場合のローマ字表記は、<Yu'>あるいは<Yuq>ということになります。
また、ちいさい<ぁ
><ぃ
><ぅ
><ぇ
><ぉ
>のカナ文字は、円唇前舌の半母音(子音的母音)、つまり英語での<w
>の発音をあらわすのにつかわれている傾向があるようにおもわれます。これをかんがえると、<Yuw>や<Ywu>という表記もかんがえられます。(英国規格(BS)では、<ぅ
>をふくむつづりは、<トゥ
>の<tu>しかないのであまり参考になりませんが、<クァ
><クィ
><クェ
><クォ
>はそれぞれ、<kwa><kwi><kwe><kwo>です。なお、これらは外来語の表記につかわれるカナ文字つづりなので、カタカナ表記になっています。)
つぎに、翻字のかんがえかたでいくと、やはり公的規格では<ゆぅ
>のローマ字表記は記述がなく、<ぅ
>単独でもありません。
「海津式」や「99式」でも、<ゆぅ
>のローマ字表記は記述がないのですが、ウ列のカナと、ちいさい<ぁ
><ぃ
><ぅ
><ぇ
><ぉ
>の、2文字でひとくみのカナ文字つづりは、<-w->でかくことを基本としています。
例:
クァ kwa | クィ kwi | クゥ kwu | クェ kwe | クォ kwo |
グァ gwa | グィ gwi | グゥ gwu | グェ gwe | グォ gwo |
スァ swa | スィ swi | スゥ swu | スェ swe | スォ swo |
ムァ mwa | ムィ mwi | ムゥ mwu | ムェ mwe | ムォ mwo |
ルァ rwa | ルィ rwi | ルゥ rwu | ルェ rwe | ルォ rwo |
これにならえば、<ゆぅ
>のローマ字表記は<Ywu
>になるかもしれません。
また、「海津式」では、<ぅ
>単独でのローマ字表記を<xu>としています。これをつかえば、<ゆぅ
>のローマ字表記は<Yuxu
>になります。また、これはまだ「海津式」に反映していませんが、<x
>のかわりに<`
>(アクサングラーブ、またはグラーブアクセント)をつかうこともかんがえていて、これだと<Yu`u>になります。
ながくなってもうしわけございません。いままでにでた案を、字上符をつかわないものだけという条件ですべてならべると、以下のとおりです。
ただ、パスポート以外では、どんな規格や方式も強制力はないので、どんなつづりにしようが個人の自由です。もちろん、ここにあげたもの以外のつづりもかんがえられます。
おといあわせのなかにある<YHU
>というつづりは、あまりみかけませんが、わるくはないとおもいます。
以上です。なにかご不明な点などございましたら、またメールをください。
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