■「十貫坂」のつづり

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質問:

2002年1月21日 月曜日 午後3時12分:

東京都中野区に「十貫坂」という地名があります。
ここの道路沿いの文房具屋さんでは"Jikkanzaka"と表記しています。
バスの案内は"Jyukkanzaka”とでてるようなきがします。
わたしも文具屋さんの表記または”Zikkanzaka"が正しいと思っているのですが、"Jukkanzaka"または"Zyukkanzaka"が正しい、と思っている人もいるようです。

このあたり「十手」などの表記と同じだと思うのですが見本が見つからなかったので質問させていただきます。
よろしくお願いします。

回答:

ご質問ありがとうございます。

わたくしがしっているかぎり、固有名詞もふくめて、日本語のローマ字表記方式には、漢字を直接ローマ字に変換するものはありません。その漢字の発音をローマ字列にかきうつすか、漢字をカナにかきかえたカナ文字列をローマ字列にかきうつすかのどちらかです。

したがって、ご質問の問題は、下記のように整理してかんがえるべきです。

まず、ローマ字つづりの原理として、

  1. 発音をかきうつすローマ字(発音にしたがったローマ字)
  2. カナ文字列をおきかえるローマ字(カナにしたがったローマ字)

のどちらかをえらぶか。

つぎに、「発音にしたがったローマ字」でかくとするならば、「十貫坂」や「十手」の「十」の発音はどうなのかが問題になりますし、「カナにしたがったローマ字」でかくとするならば、「十」のカナがきはどうなるのかが問題になります。

さて、日本語の漢字のよみかたというのは、何らかのよみかたを強制されているわけではありません。とくに、人名や地名などの固有名詞においては、その自由度、バリエーションはひじょうにひろいものがあります。

ただ、「一般の社会生活において現代語を書き表すための漢字使用の目安」として、昭和五十六年十月一日内閣告示第一号の「常用漢字表」があります。

「十」という字は、この「常用漢字表」にふくまれていますが、その部分のみを引用すると、

漢字 音訓 備考
ジュウ 十字架,十文字 十重二十重(とえはたえ)
二十・二十歳(はたち)
二十日(はつか)
ジッ 十回
とお 十,十日
十色,十重

となっています。 すなわち、<ジュッ>はふくまれていません。

ただ、この「音訓」というのが、「十」という文字の発音をあらわすのか、フリガナをあらわすのか、はっきりとはかかれていません。一般に、日本語はカナ文字でかいているかぎり、つづりと発音が一致しているとおもわれているので、その発音と文字列の区別があいまいです。(じっさいには、カナ文字つづりと発音はかならずしも一致していない場合が多々あるとおもうのですが…。) とはいえ、ふつう、「音訓」とか、「字音」・「字訓」といった場合は、発音をさすことがおおいとおもわれます。

また、たとえば<ジッ>とフリガナをふったとして、それをどう発音するかもきまっているわけではありません。この<ジッ>をカナのとおりに/ジッ/と発音するか、/ジュッ/と発音するかは自由ですし、かりに<ジュッ>とフリガナをふってあったとしても/ジッ/と発音されることもあるかもしれません。本人は意識していなくても、無意識のうちにカナ文字列とはちがう発音をしている可能性もあります。

もちろん、内閣告示というものに一般国民がしたがう義務はありませんし、上記「常用漢字表」の「前書き」には、以下のようにかかれています。

  1.  この表は、法令、公用文書、新聞、雑誌、放送など、一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すものである。
  2.  この表は、科学、技術、芸術その他の各種専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない。
  3.  この表は、固有名詞を対象とするものではない。
  4.  この表は、過去の著作や文書における漢字使用を否定するものではない。
  5.  この表の運用にあたつては、個々の事情に応じて適切な考慮を加える余地のあるものである。

というわけで、けっきょく、「十貫坂」の「十」の、発音にしても、フリガナにしても、個人の自由というわけです。ご質問の「十貫坂」は固有名詞ですから、なおさらです。

なお、現行の公的な規格といえる、日本語のローマ字表記方式のうち、

は、基本的には「カナにしたがった」ローマ字です。したがって、「十貫坂」のカナがき(一般にはフリガナ)が、

  1. <ジッカンザカ>であれば、
    • 国際規格では<Zikkannzaka>、
    • 英国規格では<Jikkannzaka>、
  2. <ジュッカンザカ>であれば、
    • 国際規格では<Zyukkanzaka>、
    • 英国規格では<Jukkanzaka>

となります。

一方、

は、「発音にしたがったローマ字」とおもわれます。はっきりかかれているわけではありませんが、わたくしはそう解釈しています。この場合、「十貫坂」の発音が、

  1. /ジッカンザカ/であれば、
    • 内閣告示では<Zikkannzaka>、
    • 外務省式では<Jikkannzaka>、
  2. /ジュッカンザカ/であれば、
    • 内閣告示では<Zyukkanzaka>、
    • 外務省式では<Jukkanzaka>

となります。

ちなみに、国際規格と内閣告示は、一般に「訓令式」とよばれている方式の系統で、英国規格と外務省式は、一般に「ヘボン式」とよばれている方式の系統です。

「十貫坂」のつづりに関しては、それぞれ「訓令式」と「ヘボン式」とおなじとかんがえてかまわないとおもいます。(じっさいには、長音や撥音の表記でこまかいちがいがあるのですが、「十貫坂」のつづりはそれらにひっかからないので…。)

<JYU>のつづりに関しては、「■ローマ字のよくあるまちがい」をご参照ください。

ながくなってすみません。以上でお役にたてることができればさいわいです。

2002年1月23日
≡‥≡海津知緒(KAIZU Haruo)


変更記録

第1.1版(2002年1月23日)
新規登録。
第1.1.1版(2002年2月3日)
単独文書に分離。

版:
第1.1.2版
発行日:
2002年1月23日
最終更新日:
2003年12月6日
編著者:
海津知緒
発行者:
海津知緒 (大阪府)

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