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松下文法

 松下大三郎(1878-1935) は自らの生育地の方言文法「遠江文典」(1897)と、口語文法の嚆矢ともいえる『日本俗語文典』(1901)とから出発した。少年の頃読んだ日本語と英語の教科文典を比べて、その体系の優劣のはなはだしいことに驚いた彼は、「英米人に日本文典と英和辞典とを与へれば日本の文が作れる」そのような日本文典を作ろうと志を立てた。当代の実用が問題であった彼は現代口語の体系に直接立ち向った。中国人留学生への日本語教育の実践も積み、教科書『漢訳日語階梯』(1906)も刊行した。山田文法との差は、まずここにある。また、大槻文法を修正発展させた『高等日本文法』の著者三矢重松も、日本語教育の同僚としていた。大槻文法の不徹底を乗り越えて、本格的な形態論的体系を松下が構築しえたことには、こうした事情が関係していると考えられる。
【総論】言語に「原辞・詞・断句」の三階段があるとし、「詞」を <文の構成部分(parts of speech)> としての <単語(word)> と考えることによって、 <詞の副性論> という画期的な試みが可能になり、日本語の重要な文法的範疇のほとんどが取り出された。そこには、西欧語では説かれない日本語独自の、敬語(待遇)法や利益態や題目態などの範疇も、もちろん含まれている。大槻が試みて失敗(「折衷」)に終わった理論的体系化に成功したのである。「原辞」とは、接頭辞や接尾辞、それにいわゆる助動詞や助詞のことであり、文の部分としての詞=単語を構成する下位単位を指す。原辞論は、形態素論・語構成論に相当する。「断句」とは、切れる句つまりいわゆる文のことであり、したがって断句論は文論(構文論)に当たるはずだが、そうはなっておらず、統語論や連語論に相当するものとして「詞の相関論」があるが、断句論(構文論・陳述論)自体はないに等しい。原辞論を含めた文法学の部門の構成は次の通りである。

 ┌原辞論
 └詞 論┬単独論┬詞の本性論
     │   └詞の副性論┬相の論
     │         └格の論
     └相関論

【詞の本性論】において、品詞としては、「名詞・動詞・副体詞・副詞・感動詞」の五つが立てられ、名詞:事物の概念を表示する、動詞:作用の概念を叙述する、副体詞:他の概念の実体に従属する属性の概念を表示する、副詞:他の概念の運用に従属する属性の概念を表示する、感動詞:観念を主観的に表示する、というように意味(事物・作用・属性など)と機能(表示・叙述・従属など)の面から規定する。これは、日本語にはないがと断って、漢文の「諸 (<之於)」 仏語の "du (<de le)" など二つ以上の性能を兼ね備える「複性詞」を品詞枠としては立てようとすることとも関係し、各国語の法則は「一般的なる根本法則に支配される所の特殊法則」であって「一国語の文法は一般理論文法学の基礎の上に行はれなければならない」(『改撰』の緒言)という普遍文法への志向がとらせた方法だと言える。この分類は次のような「数回の両分法を重ねて到達したもの」だという。
     <図1>     (p.217)
松下の言う「動詞」とは、いわゆる動詞のほか、形容詞・形容動詞をはじめ、擬音語・擬態語などの状態副詞をも含めたもので、「叙述性のある」もの、いいかえれば主語をとりえて述語になれるという機能をもつ品詞である。したがって、たとえば「学生だ」のような名詞述語の形も「名詞性の(変態)動詞」であり、「堂々と」も「選手団が威風堂々と行進する」と言えるから動詞(無活用の象形動詞)だ、ということになる。伝統的な術語で言えば、用言(verb)[および用言複合体(complex)]に相当する。「名詞」も、「代名詞」や「未定名詞(=疑問詞)」や「形式名詞」を小別として含むもので、体言(noun)に相当する。副体詞(=連体詞)という新しい品詞を発見したことも、副詞の性格を「非叙述的」で「運用に従属する属性」ととらえることで、いわゆる状態副詞を用言として除き、副詞の機能的純一性をとらえ、富士谷成章の「挿頭」論を継承・再発見しえたことも、普遍を志向する意味機能論がプラスに作用したといえよう。「詞の小別」(下位品詞)の細部は省略に従う。
【詞の副性論】のうち、<相>とは、「連詞または断句中における立場(資格)に関係しない詞の性能」つまり<文法的な派生態>のことをいい、 <格>とは「断句における立場(資格)に関する性能」つまり<文法的な語形(活用形・曲用形)>のことをいう。その際、原辞として詞から除いた助辞や接辞の膠着した全体を、その助辞・接辞という形式に基づいて枚挙的網羅的に記述し、範例的(paradigmatic)な組織つまり形態論的パラダイムとしてとらえることに、ひとまず(非階層的でやや平板ながら)成功したのである。
名詞の相として、尊称・卑称[待遇法]、複数と例示態・特提態[とりたて]、帰着態[ex. 維新より60年・花と月]、叙述性の有無による表現法(表示態[格成分]・叙述態[述語用法]・指示態[名詞止め]・喚呼態[呼びかけ])が扱われ、動詞の相としては、原動(する)と使動(させる)、原動(する)と被動(される)との対立[ヴォイス]、「べし・していい・してはいけない」などの可然態[ムード的ヴォイス]、「してやる・してもらう・してくれる」のような利益態[やりもらい]、「する・しない」の肯定否定の相[みとめかた]、「する・した・しよう・だろう」の時相[テンス・ムード]、「している・してある」の既然態・「してしまう」の完全動[アスペクト]、「らむ・らし・めり」などの(文語のみの)推想態[evidencials]、尊称・卑称・荘重態[待遇法]など、さまざまな文法的範疇が扱われている。なお、文語の「せむ・せじ」や口語の「しよう・だろう」は、時相の下位類としての「未然態」であり「推想態」とは区別する。推想態は口語にないというが、現在なら「ようだ・みたいだ」を認めたかもしれない。<未来予想>と<(根拠にもとづく)推定>との区別だと、(当時の)テンス・ムード組織をとらえたのだと思われる。
 名詞の格と動詞の格は、 <図2・3> のように、論理的階層にしたがって組織されている。
     <図2・3>     (p.470・p.577)
名詞と動詞に助辞のつかない無標の形を、省略とはせず「一般格」としていること、とくに名詞の「月 明らかなり」「ぼく パン 食べたよ」など格助辞を伴わないもの(はだか格・名格 nominative)を、主格など(の特殊格)と別に立てたのは注目すべきである。
動詞の拘束格は「連用>修飾>(機会)」という階層の下位項目に入れられ、さらに <図4> のようにも下位分類される。
     <図4>     (p.544)
この「未然仮定・現然仮定/必然確定・偶然確定」という分類――上からの論理意味分類と下からの接続形態分類とに一部ずれがあり、『口語法』では「仮定(未然・常然)/確定(偶然・因果)」と変更される――は、阪倉篤義らの条件表現の歴史的変遷の研究に利用され、その論理分析としてはいまも参照される価値をもつ。
さらに <格の間接運用> として、1)格の実質化(≒名詞化):「人との争い」のようなもの、2)提示態:題目態・係の提示態・特提態など、いわゆる副助詞・係助詞のついたもの、3)感動態:いわゆる終助詞・間投助詞のついたもの、4)格の含蓄:「私の(物)」「雪は降りつつ(あり)」「また(会おう)ね」など、省略された語を吸収・含蓄する表現と見なしたもの、の四つが説かれる。題目態において、ハの分説、モの合説とともに、助辞のない(unmarkedな)「一般格」に「単説」の題目態と無題の「平説」とがあると指摘しているのは、いまなお絶えない助辞省略説にくらべ、理論的に数段上を行くといってよい。
【詞の相関論】においては、成分の統合・配列・照応の三つが説かれる。 1)成分の統合においては、関係自体は「従属と統率の一関係だけ」だがその関係のしかたに「主体・客体・実質・修用・連体」の五種があるとし、これは「世界人類に共通普遍の範疇」だという。その普遍的な枠には日本語独自の「提示態」を入れるべき位置はなく、すべて修用語の一種とされる。 2)成分の配列では、意識の流れの方向によって正置法と倒置法とがあるとして語順を扱う。また、たとえば「こどもが大きくなる」における「子ども」と「大きく」との関係を、(述語を介しての) <間接関係> と呼び、その先後=語順は「述語との統合の親疎」に起因するのが原則だが、この原則は「概念の新旧」によって崩されるといい、さらに、題目語「−は」は「旧概念の最も著しいもの」だとも指摘して、たとえば「日曜日にはあの人を訪ねる」と「あの人は日曜日に訪ねる」との違いを説く。近年の「情報理論的分析」の先駆である。3)成分の照応としては、係結法と未然法を説く。未然法とは、未然の拘束格と放任格(逆接)という条件表現を受ける部分(主文の述語)が未然態という相(ムード)で照応する用法をいい、係結法とともに文語に著しく口語には著しくないという。いずれも有形のものだけでなく、無形の照応も認めようとしており、2)の成分の配列の記述とともに、1)の普遍的な「成分の統合」関係だけでは抜け落ちてしまう、提示態の構文機能や、拘束格・放任格という条件帰結関係の構文機能を扱おうとしている。
【原辞論】は詞の材料(要素)である原辞の性質やその結合を扱う。原辞の分類は <図5> のようになっている。
      <図5>     (p.47)
「完辞」とは単独で詞(語)となりうるもの、「不完辞」とは単独では詞(語)となりえない「唯形式的意義を有するもの」で、接辞のほか、いわゆる助詞助動詞も含む。不完辞のうちの「不熟辞」は「春-秋」「不-孝」など主として漢語で、不完辞どうしの結合としてしか用いられないものを言う。このほか、用言や動助辞の活用や音便等の「音の転変」と、原辞の相関として原辞の結合とその際の音の転変を説く。
 なお、口語に関して『日本俗語文典』(1901年)で新機軸を打ち出した松下も、『標準日本口語法』(1930年)では、原辞論を中軸にすえて記述し、外見上の組織としては教科文法とたいして変わらないものに見えるが、これは普及のための妥協、教育的配慮に基づく枠組の組替えだったと言うべきかもしれない。記述のなかみは、体系性を失ってはおらず、豊かである。
【断句論】松下には、断句(文)は詞(単語)の算術的総和に等しいという考えが強く、断句は詞の連なり(連詞)に等しい。違いは、断句には「断定(了解)」もしくは「統覚」があることだというが、その中身が具体化されることはなかった。「長い説話はただ断句の累積である。断句に到達すればもはや文法学の論ずべき何物をも残さない」とし「断句論はわざわざ立てる必要がない」とまでいっている。総論でかろうじて示す断句の質的な種類は、「断定」の種類と同じ「思惟=判断」と「直観」の二つの断句であり、量的には「意識の流れの数」にしたがって「単流」と「複流」の二つの断句があるとする。「断定」のさらなる下位分類は、動詞の相の論つまりムードで十分であって、(断句レベルの)モダリティは不要だ、なぜなら説話(文章)は断句の累積にすぎず、断句を要素として構成される構造体ではないから、文の相(モダリティ)には独自性はなく動詞の相(ムード)の総和にすぎない、というのであろう。松下は、要素・部分の総和が構造・全体をなすという19世紀を支配した要素主義・統覚心理学の時代の子であって、構造・全体の独自性・優先性を見ようとする20世紀を彩る構造主義・ゲシュタルト心理学を基礎教養とはしなかった。断句論がなく陳述論もなく、複文論もないのはこのためであるが、先述した動詞拘束格、題目態・提示態などの興味深い分析や着想が、十分に力を発揮し記述を尽くしうるような枠組(体系的組織)が与えられていないように感じられるのもこれと関係があるだろう。だが詞と連詞の世界の限りでは、松下文法の論理体系は、一貫して精緻で明晰である。
【普遍的汎時論的な性格】松下文法がアメリカ記述言語学流の形態論の先駆をなすということが「再評価」として指摘されているが、それとともに論理主義だとする古くからの評価も当たっている。この二つの評価が両立しうるのが松下文法の特徴なのであって、1)論理・意味と形態との一対一的な対応、つまり内容と形式との調和が信じられており、しかも「口語の動詞の終止格は第三活段(終止形)ではなく第四活段(連体形)である」と考えるべきで「この主義でなければ国語の沿革が説けないし、この主義ならば文語と口語と活用図が略一致する」と『改撰』の「緒言」に特筆するように、2)時間をも超えた普遍性を求める汎時論的性格をもつ、という二つの面での調和を信じえた「古き良き時代の大文典」と言うべきなのである。たとえば、接続助辞の「が」を認めず主格助辞の「が」と同一と扱うために、「〜する」の「する」を「動詞の体言化」だとするような強引な扱いをする部分もあり――「〜する」はなにに対して主格なのか?「静かが」のような調和を乱すものはどうするのか?――、松下文法の遡源的・汎時論的な性格の現れの一つといえるわけだが、それを理論的に防ぎえなかったのは、やはり断句論・陳述論・複文論を欠く「語論・形態論時代の大文典」だからだともいえるであろう。 → 松下大三郎

(工 藤 浩)



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