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「サードチルドレンが意識を取り戻しました。」
執務室で前回の戦闘報告をまとめていたミサトにその連絡が入ったのは、戦闘の翌日の夕方のことだった。
丁度仕事が一段落ついた所だったミサトはすぐにシンジの病室へ向かう。

しかし、ミサトの足取りは重かった。

シンジが入院したそのときからミサトの頭の中から離れない思い。

自分にはある目的があってこのNERVに居る。
だがその目的は、シンジをはじめとする子供たちを踏み台にしてまで果たすべきものと言えるのか。
たとえ目的を達成しても、後に何が残るというのか。

だが、だからといってNERVを離れる気も毛頭ない。
たとえ、自分がNERVを辞めても誰かが代わりに自分の位置に入って子供たちの作戦指揮を行うだけなのだから。
もはや転がり出した事態は止まりはしない。


しかし・・・・・
ならば自分はどうしようというのか。
子供たちを守るべく、何をし、何が出来るというのか。

結局はこう悩むだけで何も進みはしない。
あるいは、自分も苦渋の選択をしていると思いこんで悲劇のヒロインに浸っているのか。

自分でも後ろ向きな考えに囚われていることは分かっていたが、そこから抜け出す方法は分からなかった。







終末を導くもの



第13回








「シンジ君、大丈夫?」
ミサトはシンジの病室に入るやいなやそう尋ねる。
たとえ医師からの報告で身体的な問題がないと分かっていても、聞かずにいられなかった。

だが、そこにはシンジの姿はない。
ただ、ベッドの上に丁寧に畳まれたシーツと病衣が置かれているだけだった。

呆然とベッドに歩み寄るミサト。
すると、窓から外の風景が見える。
そこには、トレーニングウェアで運動を行っているシンジの姿があった。
「・・・って、あの子。」
舌打ちしつつすぐさま窓を開けシンジに呼びかける。
「シンジ君、何やってるの。休んでなきゃダメでしょ!」

だがシンジはミサトに一蔑くれるだけで、そのまま鍛錬を続る。

「ちょっと待ってなさい。」
シンジが鍛錬を止めようともしないのを見て、ミサトは走って病院の庭に飛び出した。



実はミサトはシンジの鍛錬の様子を直に見るのは初めてだった。
朝の弱いミサトは、早朝に行っているシンジの鍛錬については諜報部からの報告でしか知らなかったのだ。
どちらかというとゆったりした動きのそのシンジの鍛錬法を見て、ミサトが少ない知識から太極拳か何かかと予想する。
ともかく、あまり体に負担をかけるものではなさそうなのでミサトの心配も少しトーンダウンした。

「あまり無理をしないでよ。一応、病み上がりなんだから。」

が、シンジは全く反応を見せない。
ただ、黙々と型を演じているだけだった。
その表情は普段の、どちらかというと他人を小馬鹿にしたようなシンジとは違い真剣な表情で、一心不乱に鍛錬に打ち込んでいるように見える。
ミサトもそんなシンジの姿にそれ以上声をかけることもできなくなり、側に立ってじっと見続けていた。

そうしてそれから十数分ほど経って、シンジは一通りの型を演じ終えて鍛錬を止めた。

「すみません、ミサトさん。鍛錬中は呼吸法を変えれないんで喋るわけにはいかないんですよ。」
シンジはミサトの問いに答えなかったことを詫びた。
そして、側のベンチを指さす。
「そこ、座りましょう。」
「そうね。」
ちょうど木陰になっているベンチに二人は並んで架けた。




「この間は、まあ、不覚をとりましたから。」
シンジはミサトが訊こうと思っていたことを分かっていたのだろう、自ら話し出した。
「ちょっと自分を鍛えておかないと不安だったんですよ。元々日課ですし。
 それに、こうやって体を動かせばどこか悪いところがあれば分かりますから。」

結局他人を信用してないのね。
ミサトは何かと自分で決着をつけようとするシンジの行動にずっとそういう感想を持っていた。

シンジの行動の背後には、たったひとり、何かの秘密を抱え持っているということがあるのは間違いない。
その何かは今もって分からないのだが、それでも14歳の少年が抱えるには重すぎるものであるのは想像できる。常に緊張を維持していなければ支えきれないほどに重い何かが。

昨日はそんなシンジに頼った作戦を行い、その結果はというと・・・
「ごめんね。シンジ君ばかりに負担をかけて、私はいつも後ろで見てるだけで。」
自然、ミサトの口からはそんな言葉が漏れていた。

だが、シンジは毅然として反論する。
「あくまで僕は自分の意志で此処に居るんです。ミサトさんが気に病むことじゃあないです。」

シンジはそう言うがチルドレンたちが自ら戦おうと考えるよう意識を誘導しているNERVという組織のあり方もミサトは知っている。
NERVという巨大な装置は、その中にいる人間をあくまで全体を動かすための部品として認識している存在であり、個人の意志など飲み込んでしまう所なのだ。

「でも私は、自分の私怨を晴らすために、このNERVに居るのよ。
 シンジ君たちを道具に使っていることは紛れもない事実だわ。」
ミサトが吐き出すように言う。
昨日からミサトの心を占めていた思いが溢れだしていた。

「シンジ君なら多分知ってると思うけど・・・・・・私はセカンドインパクトのその日、父と一緒にあの南極にいたわ。」
ミサトはぼうっと、風景を見ながら、ゆっくりと話していく。
「私はそれまで父のことは嫌いだった。
 父はずっと研究一筋の人で、家庭を顧みない人だったから。
 でも、あの日、父が最後の力で私を脱出カプセルに入れて死んで以来、私は父が本当に嫌いだったのか分からなくなったわ。
 ううん。家族を捨てて仕事に没頭していた父や、ただ悲嘆に暮れるばかりで何もしようとしない母よりも・・・・・、そんな両親の前で、ただいい子を演じていただけの自分自身が一番嫌いだったのよ。」
ミサトの声は話しているうちにうわずってきていた。ミサト自身も分かってはいたが、一旦崩れた堤防はもはや元には戻らず止められない。

「セカンドインパクトのあの日、最後に父がなんて言ったのかずっと覚えていないように思っていたけど、本当は分かっていたのよ。でも、認めたくはなかった。
 そう。私がこのNERVに居るのは、使徒を倒すことで父の復讐を果たしたいだけ。そして、過去の、嫌いだった自分に決着をつけたいだけなのよ。」
涙こそ流してはいなかったが、ミサトはまさしく泣いていた。

ずっとミサトの言葉を聞いていたシンジが、やはりミサトの方を向こうとせず話し始める。
「僕はミサトさんのことを責めたり恨んだりする気は全然ありません。ミサトさんだけじゃなくって、NERVの他の誰のことも。
 それよりも、ミサトさんにはもっと自信を持って行動して欲しいんです。指揮官が迷っていたら、勝てる戦いも勝てなくなりますしね。」
シンジがこれほど長々と話をするのを見るのは、ミサトは初めてだった。
これまでは物事をはぐらかして大事なことを言わない姿ばかり見てきたのだ。
「それに・・・元々僕は、人は自分のためだけにしか生きられない生き物だと思っているんです。
 たとえ他人(ひと)のためといっても、結局は他人にそうしている自分が好きだからそうしているのが現実でしょう。それなのに、人のためにすることが良いことで、自分だけのためにすることが悪いことだなんて考え自体、馬鹿げた話じゃないですか。
 だから、人間のすることに間違ったことなんてないと思うんです。極端な話、それがどれほど反社会的と言われるような行為であっても。
 誰のどんな行動でも、結局は自分のために行っているんですから、それを否定できるのも自分だけ。他人なんて関係なく、自分の思うとおりにすればいい。それがこの星に生まれたものの生き方だと思いますよ。」

途中からなにやら脱線して分からなくなったシンジの話だったが、ミサトはそれを、シンジが不器用ながらにも励まそうとしているのだと思った。
少なくとも、普段にない真剣さで自分に答えてくれたことはうれしかった。
だから、ミサトの悩みを晴らすまでは至らなかったが、それでもシンジが励まそうとしてくれたことが幾分ミサトの気持ちを軽くしていた。
「ありがとう。
 なんか、かっこわるいとこ、見せちゃったわね。」
「いえ。それより、そろそろ帰りましょう。もう、日も陰ってきましたし。」
「そうね。車、回してくるからちょっと待ってて。」

その後二人は、もう差し障りのない話をわずかにしただけだった。







前回の戦闘での零号機の被害は思ったよりも酷く、そのままでは戦闘には耐えそうになかった。
胴体部分、ソニックグレイブの突き刺さった事によるダメージは、零号機の自己修復能力を超えるほどのダメージを生体部分に与えていたし、装甲板も修復不可能なほど歪められていた。
しかし、予算の問題で、いつになれば修復できるのか目処は立たなかった。

しかしこの被害自体、どのような形で受けたのかもはっきりしない。
シンジは例によって分からないと言っている。
一方、戦闘中の記録をみかえしても、モニターには使徒にソニックグレイブを突き刺してからダメージを受けるまでの零号機の姿は遮蔽物の死角にあって写っておらず、零号機のレコーダを見ても、突然その躯に攻撃を受けたとしか分からないのだ。

ただし、間接的に想像させる材料はある。
まず、使徒を縫いつけた直後から零号機のシンクロ率は100%を越えて上昇を続けていたこと。
続いて、100%を越えたあたりから零号機のA.T.フィールドが消失しているということ。
そしてその後もシンクロ率は上昇を続けており、最終的に計測されたシンクロ率の上限は200%近い数字を示していた。

もしかしたら零号機はわざとダメージを受けたのかもしれない。そんな可能性も考えるリツコ。
それはシンジがシンクロ率の過剰な上昇を止めようとして自ら行ったことなのか、あるいはシンジ自身エヴァと意識が融合しすぎてコントロールできない状況にあったのか、はたまた全く別の理由があるのか。

断片的な情報では結論は出ないが、シンジと零号機はもしかしたら相性はあまりよくないのかもしれないと思い始めているリツコだった。



ともかく零号機の修復に時間がかかることで、再びシンジの機体は初号機に戻り、レイは押し出されて予備のパイロットとなった。

そして初号機のデータをシンジ用に書き換えてシンクロ実験が行われる。
シンジに関しては以前から安定して高いシンクロ率を出し続けていたので、誰もその実験に不安を持っていなかった。
ただ、シンジが退院したてということもあって、念のためミサトも同席していた。

「それでは、第43次起動実験を開始します。第1次接続開始。」
リツコの号令でテストが始められる。
もう、これまで何度も行われてきた手慣れた行為であり、オペレーターたちが次々に作業を進めていく。

だが・・・
「A10神経接続失敗。」
「シンクロ率、計測可能値まで上がりません。」
オペレーターが口々に実験の不調を報告する。

「どういうこと?」
「とにかく実験中止。プラグを排出したらすぐにMAGIに原因をチェックさせて。」
すぐさまリツコが実験失敗の原因を探るよう指示する。
ただ、幸いなことにエントリープラグ内のシンジには被害はないようだった。

「シンジ君、どうしたの?」
モニター越しにミサトがシンジの呼びかける。
「それが、僕にも何がなんだか・・・・・・こんなことは初めて何で。
 そうですね。あえて言うなら、エヴァが感じられないっていうか・・・」
シンジもとまどっている様子で歯切れが悪い。


その後、数度にわたって実験手順及び部品のチェックと起動実験を繰り返し行われたが、一度も初号機が起動することはなかった。
そして翌日、急遽レイを呼びだして初号機の起動実験を行ったがこれは無事成功した。


こうなると、原因はシンジにあるとしか考えられなくなってきた。

だが考えてみればあり得る話だ。
前回の戦闘であれだけの被害を受けたのだ。それも今までほとんどダメージを受けたこともなかったシンジがである。

シンジ自身も自覚していない深層意識に刷り込まれた恐怖によって、無意識のうちにエヴァに乗ることを恐れてしまっても不思議ではないだろう。

そう言えばシンジが意識を取り戻すやいなや鍛錬を始めたのは、恐怖心を払拭するためではなかったのか。
今にしてみればそう考えるのが妥当に思える。

とりあえず、対策が見つかるまで、シンジはエヴァを降ろされることになった。





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当初予定していた「マグマダイバー」相当の回は次に延期になってしまいました。
どうもミサトに喋らすと長くなるのなんのって。
おかげで書き直しばかりが続いて大幅に遅れています。
出来ることなら、中盤以降の急展開を書きたいのに・・・




感想、苦情等がありましたら、uji@ss.iij4u.or.jpあるいは掲示板まで