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「なるほど。シンジ君の事情も何となく分かってきたわ。」
自室の端末から過去のライブラリをあさっていたミサトがそう呟く。
検索していたのは11年前の事故について。

エヴァのシンクロ実験中に命を失ったその被験者の名は、碇ユイ、つまりシンジの母親だった。

実はエヴァの開発については、その基礎理論から実用レベルまでほとんどが碇ユイの発案によるものであったらしい。
そしてシンクロ実験についても相当の自信があったのか、自らその被験者になっている。
が、結果は・・・
碇ユイの精神は自我境界線を越えてエヴァと同化し、エヴァに吸収されてしまったという訳である。

シンジがエヴァに詳しいのは碇ユイが何かを残していてそれを引き継いだということなのだろう。
もしかしたらその中にはNERVに引き継がれていないようなものもあるのかも知れない。

碇ユイは一体何を望んでいたのか。
シンジは碇ユイの後継者なのか。
そして何より、エヴァとは一体何なのか。

なんにせよ、シンジには単にエヴァのパイロットとしてだけでなく、別の目的を持ってこの第3新東京市にやってきたのは間違いない。

他の二人はエヴァに乗ること自体にその存在意義を見いだそうとしているのに、シンジだけはエヴァに乗ることは付録のような物なのかも知れない。その違いが、シンクロ率に影響しているというのは飛躍しすぎだろうか。







終末を導くもの



第11回









「あんた、絶対変よ。」
「そう?」
「そうってねえ・・・」
NERV本部内のチルドレン用更衣室内での会話である。
実験を前に着替え中のアスカがレイに対してなにやら話しかけている。
「はっきり言って、あの部屋はまともな人間の住む部屋じゃないわ。」
本人を目の前にけっこうひどいことを言っているのだがそれでも、
「別に、何も不都合はないわ。」
と平然と答えるレイにアスカがあきれる。

「エヴァのパイロットならもっといい場所を手配してもらえるでしょ。なにもあんな寂れた団地にひとり住まなくても。」
そう。綾波レイはほとんど取り壊し寸前の前世紀に建てられた廃墟のような団地にひとりで住んでいた。
アスカはたまたま新しいセキュリティーカードを渡すためレイの家に寄って来たのだが、あまりの生活環境のひどさにあきれかえっていた。
建物自体が築50年にもなろうかというほどの年代物であったし、ほとんど誰も住んでおらず手入れもされていないのかゴミが溢れかえっている。
そして室内も外に負けず劣らずの状態で埃が溜まりに溜まっており、日本では靴を脱いで家に上がることをわきまえているアスカでも迷わず土足で中に入ったほどだった。
さらに室内は単に汚れているだけではない。
壁紙も張らずコンクリートむき出しの壁、家具と言えばスチールパイプのベッドと小さなタンスがあるだけだし、キッチンも料理をした形跡は無かった。
「それにあんたご飯とかどうしてんの?料理なんてしてないんでしょ。」
「必要な栄養補給はしているわ。」
「そういうことじゃなくって。・・・もういいわ。」
プシュ。
話している間にプラグスーツに着替え終わったため、更衣室を出て実験場へと向かう。


本人を相手にしても埒があかないと見たアスカは変わってミサトに詰め寄る。
「ファーストってなんであんななのよ。」
「え、何?レイがどうしたって?」
「あの子、なんであんなひどいところに住んでるのかっていうのよ。NERVはエヴァのパイロットのことをどう考えてるの。」
「ああ、あれね。」
ミサトは困ったように頭をポリポリと掻きながら答える。
「私も前に引っ越させようとしたんだけど・・・あそこに住むことはレイ自身が望んでるのよ。」
「だからってあのままほっといていいわけないでしょ。あの子なら命令だとか言えば引っ越すわよ。」
「そうよねー。じゃあさ・・・アスカ、一緒に住んでみる?」
さも名案といった風にそう提案するミサトだが、アスカにすれば突然何を言い出すやらというところ。
「はあ?何でそう話が飛躍するのよ。」
「レイに引っ越させるにしてもそれなりの理由が必要でしょ?だったら、チルドレン全員をあのマンションに集めるってのが妥当でしょう。」
「にしても、何で同居なのよ。他に部屋空いてるでしょ。」
というより、あのマンションにはミサト、シンジ、アスカしか住んでいない。
「こないだ、結構仲よさげだったし、名案だと思ったんだけど。」
「何考えてんだか。」
ミサトがシンジ対策としてレイを隣に呼ぼうと考えたことなど、アスカには知る由もなかった。





深夜、自室に残って、前回の使徒との戦闘記録を解析していたリツコだったが、その途中あることに気がついた。
気がついたのはエヴァや使徒の問題ではない。使徒の攻撃をうけて行動不能となった日重の人型兵器ジェット・アローン(通称JA)のことである。
リツコは戦闘結果を分析していくうちにそのダメージが少なすぎるという結論が出たのだ。

前回のガギエルと命名された使徒の体当たり攻撃は、その質量だけでなくA.T.フィールドも利用していた。
その破壊力の前には、どう考えてもJAがその攻撃を受けて原形を保っていられるとは考えられない。たとえJAがエヴァの特殊装甲の倍の強度で作られているという条件でシミュレートしてもだ。
もちろん、JAはNERVの作ったものでない以上、未知の技術が採用されている可能性は否定できない。理論上はA.T.フィールドを無効化させる手段は同じA.T.フィールドを用いる以外にも無いわけではないのだから。
例えば、A.T.フィールドも物理的な強度の限界がある。ゆえにA.T.フィールドの強度を超える威力の攻撃ならば直接使徒にダメージを与えることは可能である。
しかし現実には、物理的にA.T.フィールドをも突き破るほどの破壊力をN2兵器などを用いて発生させたとすると、太平洋と日本海がつながってしまうほどの被害が出るため、現実にはそのような手段をとることは最後までできないのだが。
その他にも理論上はA.T.フィールドに対抗する手段がないわけではない。

が、そこで問題なのはA.T.フィールドの存在はAランクの極秘情報であることだ。そう簡単に情報が漏れることもないはずなのだ。
もし、対策を研究されるほどの情報が漏れているとしたら、それは一体どこからなのか。
そこで真っ先に思いつくのは、碇シンジの顔だった。
エヴァに関してかなりの知識を持ち、また、日重との関連がある事を取ってみてもそうだ。
が、それではあまりに安直すぎる気がする。
先日のお披露目会への参加を希望したこともそのタイミングを考えると意図的とも見えて、どちらかというとわざと関連があるように見せかけているようにも思える。
ならばそう見せかけてどういうメリットがあるのか。

しかし、
「情報不足ね・・・」
リツコ個人としてはそれ以上追求する時間も方法もない。


そしてもう一つの問題として、このことをゲンドウに報告するか否かということもあった。






学校内ではトウジ、ケンスケ以外とはろくにつき合ってもいなかったシンジだったが、同じ浮いているもの同士というわけでもないのだろうが時折マユミに声をかけることがあった。
「山岸さん、今日は何を読んでるの?」
一方マユミもシンジにだけは不思議と自然に話をするようだった。
「これですか?これは心理学の入門書です。」
「へえ、そういうのに興味があるんだ。」
「いえ、この間読んだ小説でそういうのをテーマにしたのがあって、なんとなく・・・」
会話の中身は他愛もない物である。
あまり普通の中学生らしくないシンジだったが、こういうときだけはそれらしく見える。

そんな姿をアスカが目聡く見かけて、後でからかいの言葉をかけてきた。
「あんた、あんなタイプが好みなの?」
「この間、同じことをトウジにも言われたよ。」
「げー、あのバカといっしょっだなんて言わないでよ。虫酸が走るわ。」
アスカとトウジの仲ははっきりいってあまりよくない。
最初にシンジの友人として出会ったことからしてアスカによくない先入観を持たれることになったし、トウジも派手好きなアスカには好感を持たなかった。
その後は売り言葉に買い言葉といったことが続いて、常に反目しあっていた。

「ところであんた、こないだNERVに行くとか言って学校さぼってたでしょ。こそこそと何やってんの。」
どうやらこちらが本題のようである。
転入以来アスカは何かとシンジの行動のあらを探して回っては噛みついていた。
前回の戦闘で使徒の撃退数はシンジと並んだアスカだったが、それでもNERV内ではシンジの方が信頼されていることを感じ取っていた。撃退数は同じ2でもシンジは単独での戦績だったし、なんと言ってもシンジの方が圧倒的にシンクロ率が高いからだ。
「何って、単なる『さぼり』だけど。
 いろいろあって疲れてるんだよ。さすがに授業中に居眠りするのも先生に悪いし、空いてる場所で寝てたんだ。」
アスカはそんな言い訳では納得などしない。満足いく答をもらえるまでは食いつくつもりだった。
「アンタがそんな繊細なタマとは思えないわよ。さあ白状しなさい。何処行ってたのよ。」
「ちぇっ、結構ひどいこといってくれるよ。
 何にせよNERVとは関係ないことだよ。僕の家の関係のこと。」
「あんたの家ー?」
あからさまに怪訝な表情でいぶかしむアスカ。
「そ。僕はこれでも一部上場企業7社の筆頭株主でもあるんだ。エヴァだけが僕の仕事じゃあない。」
「へ?」
アスカとしてはこういう返事は予想していなかったようだ。
しかし、しばらくして猛然と怒り出す。
言い換えればシンジはエヴァに乗ることも片手間にやっているということだ。アスカがどんなに集中しても越えることのできないシンクロ率を出しているというのにである。
「あ、あ、あんた、それって自慢のつもり?ちょっとばかりシンクロ率が高いからって。」
「ごめん、そんな風に聞こえた?」
「もとからそういうつもりで言ったんでしょうが。」
「まあ、そうだったんだけどね。」
というわけで、その後しばらくはアスカの文句がグチグチと続くことになる。
こうして今回は話題をすり替えることでアスカの疑念をとりあえず誤魔化すことができたシンジだが、いつまでもそれが続けられるわけでもない。
(この様子だとそのうち尾行されるだろうな。惣流をまくのは簡単だけど、そのうちミサトさんたちの耳にも入るだろうし・・・・・・綾波だけならそんな心配もなかったのに。)
ちらりと席に座っているレイの後ろ姿を見るシンジ。
ともかく、何か策を講じなければならないようである。





影。
その男の状態を一言で言うならこれにつきる。
まさに影のように気配を消して、つかず離れず尾行を行う。
当然尾行されている側に気配を気取られることもなく。

しかし今回ばかりはいつもとは勝手が違った。

尾行相手が交差点を曲がる。それを追って、遠回りで交差点を回り込む。
だが、尾行相手は通路の角に隠れて待ちかまえていた。
「何かご用ですか?」
「なるほど。くせ者だとは聞いていたけど、これほどとは。」
待ちかまえていた碇シンジを相手に男はオーバーな仕草をして見せながら答える。
「いまさら何を言ってるんですか。今までずっと監視や妨害工作をしてきて知ってるはずでしょう。少なくとも、僕が仕掛けた盗聴器を回収して回ったり、JAのお披露目会を台無しにしてくれたことぐらいは知ってますよ。」
「そこまでお見通しとは、恐れ入ったよ。」

対するはNERV特殊監査部所属加持リョウジ。
その実態は凄腕の特殊工作員であり、特にその神出鬼没さは群を抜いている。
が、シンジはその加持の行動まで気付いていたことになる。

「正式にこちらに転属になったんですね。」
「ああ昨日から、六分儀指令のご指名でね。」

シンジは何か確かめるように加持の姿を見た後、提案する。
「加持さん。一つ取引をしませんか?」
「取引?」
「ええ。加持さんにも悪くない話を持ってきたつもりですが。」
そうして鞄から一冊のファイルを取り出す。
表紙には『人類補完計画 第12次中間報告』と書かれている。
「これはとりあえずの手付けです。」
加持はおやと小さく驚いてみせ、ファイルを受け取りシンジの次の言葉を待つ。
「これは委員会からの仕事ではありません。あくまで、僕個人の依頼です。
 それでも、加持さんの目的には一番近いところにあるんじゃないですか?」
そう言ってみせるシンジの表情は、あくまでいつもの繊細そうな14歳の少年の笑顔だった。
だが、加持はその瞳の奥に普段のシンジとは全く別の何かを感じて、ぞくりと身を震わすのだった。





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大変お待たせしました。4週間ぶりの新作公開です。
その割にはちょっと出来に不満がないわけでもないのですが。


なお前半部分で、次の使徒に向けてのもろ伏線が出ています。
でも、組み合わせがどうなるのかは、開けてみてのお楽しみです。


そういえば、今回までの連載でMAGIが1回しか出てきていなかったことに今更ながら気が付きました。
リツコを描くには欠かせないアイテムだけに、なるべく出番を作らないといけないですね。
一方オペレーター3人組たちは一度日向がミサトの電話相手で名を呼ばれた程度しか描写していませんが、これは意識的にです。とてもこのあたりのキャラクターまではフォローしきれないので。




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