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どんちゃん騒ぎの翌日の葛城邸。
二日酔いで痛む頭を押さえながらアスカが目を覚ますと、他に誰の姿もなかった。
さすがに朝は時間がなかったのか、リビングなどはまだ雑然としたまま片づいていない。
とりあえず、水でも飲もうとキッチンに向かうと、ホワイトボードに書かれた伝言に気付いた。
「アスカへ。
あなたの家は今日からここの隣になります。
鍵はテーブルの上あります。
荷物は午後一番には届くので、ここで待っているように。」
テーブルに目をやると確かに予備も含めて3本のカードキーが置いてある。
「まさか、誰も引っ越しを手伝わないってんじゃないでしょうね。」
終末を導くもの
第10回
「シンジ君のシンクロ率、相変わらず高いですね。」
オペレーターの一人が感心したようにそう呟く。
「すぐにそれぐらい抜いてやるわ。」
そばで見学していたアスカが、忌々しげにそう言う。
結局、荷物を受け取るやいなや整理もしないままNERV本部にやってきていたのだ。
その隣で同じく見学していたミサトはアスカの方を見ずに、内心苦笑しながら言葉を返す。
「期待してるわよ。」
シンジ復帰後最初の初号機での起動実験は問題なく終わった。
昨日提案したばかりの零号機での起動実験は、司令の許可は下りたがまだ準備が整っていないため、今日のところは行われない。
今日の実験でのシンクロ率は最高で71.1%。
初めて起動させた頃からほとんど変動していない。
「シンジ君。あなた、もしかして、意識してシンクロ率を押さえているんじゃない。」
エヴァから降りてきたシンジを迎えたのは、リツコのそんな言葉だった。
「ええ、そうですよ。分かります?」
シンジの方は平然とそう答える。
リツコの方はそういう返事を予想していたのだろう。特に驚きもしなかったが、そばにいたミサトやアスカは目を剥いた。
「ちょっと待ちなさい。」
「それってどういう事よ。」
特にアスカの方はセカンドチルドレンとしての自尊心を傷つけられたためか、烈火のごとく怒ってシンジに噛みつく。
「あれで手を抜いてるなんて、あんた、言うに事欠いて何適当なこと言ってんの。」
元々シンジが現れるまでは、レイと比べて遙かに高いシンクロ率出して天才と呼ばれてきたアスカである。それが、いきなり登場したシンジにあっさり記録を抜かれてしまった上、初の使徒殲滅もシンジに奪われてしまったのだ。
14歳の少女にそれをすんなり受け入れることを求めるのは厳しすぎるだろう。
が、シンジの方はそんなアスカを無視してリツコとの会話を続ける。
「11年前の事故を繰り返すわけにはいかないですからね。」
「情けない話だけど、未だあれを防ぐ根本的な手だては見つかっていないわ。」
「だから、パイロットが意識的にシンクロをセーブするしか無いんですよ。」
勝手に話を進めるシンジとリツコ。
ミサトとアスカは全く意味が分からない。
「あのー、ちょっちいいっすかあ?」
ミサトが右手を小さく挙げて話に割り込んでくる。
「私らには全然意味が分かんないんですけど、もうちょっとわかりやすく話してもらえないかしら。」
下手に出た言葉であるが、ミサトの表情は怒りを抑えているのがはっきり分かる。
別にミサトをおそれているわけではないのだろうが、シンジはならばと説明をする事にした。
話が長くなりそうなので、リツコの個室に場所を変える。
「エヴァは知ってのとおり生物兵器で、パイロットはエヴァと意識をシンクロさせてこれを操るという仕組みです。そして、そのシンクロ率が高いほど、より強く正確にエヴァの能力を使うことができるわけです。
ただしここで問題なのは、シンクロ率が上がっていくとやがてはパイロットがエヴァと自分との境目を自覚できなくなるということなんです。」
シンジの言葉を継いでリツコが説明を続ける。
「エヴァは機械の制御が行われていると言ってもあくまで生物だから、本能的な欲求が多少なりともあるわ。そして過剰にシンクロした結果、パイロットがその本能にまで同調すれば暴走を起こしてしまうこともあるでしょうし、場合によっては人としての自我すら失ってしまうおそれがあるというわけ。」
「そしてその末に・・・、エヴァとパイロットの自我境界を越えてしまうと、11年前や7年前のような結果になるわけですね。」
シンジが目を伏せながら心持ち抑えた声で最後に付け足す。
11年前の事故。
当時、NERVの母体となった研究機関Gehirnで実験中の死亡事故があり、報道機関などにかなり叩かれたことについては知っていた。が、それはまだミサトが勤め出すずっと以前のことであり、事故の中身は新聞に載った程度しか知らなかった。
しかし7年前の事故については心当たりすらない。事故の被害が少なかったのか、それとも事実が隠蔽されたのか。
今の話でも事故の具体的な内容までは語っていない。
しかしそれでも、いくつかの重要な事実が分かる。
例えば、エヴァの建造は表向きにはNERV発足後のことになっているが、今の話だと11年前のGehirn時代には既にエヴァの原型はできており、シンクロ実験が行えるほどの状況になっていたということ。
そしてなにより、当時の新聞報道にあった事故で死亡した人物は14歳ではなかったこと。つまり、14歳の子供でなくともエヴァとシンクロできるということだ。
14歳の子供を戦場に送らねばならないこと。
それはいつもミサトの心を苦しめ続けていることである。
ならば、何故14歳の子供なのか。
そんなミサトの疑問に気付いたリツコがフォローするように付け足す。
「チルドレンの資格というは、エヴァとシンクロしながらも同時にエヴァに取り込まれにくいという相反する資質を持っているという事よ。」
「あくまで、程度の問題ですけどね。危険はゼロという訳じゃあないですよ。」
「ただそれが問題になるのは、今のところシンジ君だけね。今はまだ、アスカやレイのシンクロ率ではそこまで上がっていないから。」
一方、アスカの方も心中穏やかではない。
どんな理屈をこねようと、シンジがセーブして出したシンクロ率にさえ自分が及ばないのには変わりがないのだ。
過剰シンクロによる事故を心配する必要がないと言われても嬉しいはずもない。
セカンドチルドレンとして選出されて以来、エヴァに乗れることだけを誇りにして生きてきた彼女にとって、自分以上の才能を見せつけるシンジは敵以外の何者でもない。
が、アスカとしても今何を言っても負け惜しみにしかならないことは分かっているので何も言えない。
そしていたたまれなくなり部屋を出ていく。
「私、帰るわ。まだ、荷物の整理も終わってないし。」
「アスカ?」
ミサトが呼び止めるのにも聞こえないふりをして足早に部屋を後にするアスカ。
「あ、そうだった。忘れるところだったわ。」
リツコが机の上の封筒を手にとって思い出したように言う。
「例の件の招待状が届いたわ。来週の火曜日に旧東京跡地でやるそうよ。」
リツコはそのまま封筒をミサトに手渡す。
「今時封書の招待状?
こんな頭の固い連中が作ったものならたかが知れてるわね。」
「来週の火曜日って、日重のロボットのお披露目会ですか?」
「そうだけど・・・シンジ君なんで知ってるの?」
「こないだ芦屋に戻ったときに招待状が届いてたんですよ。うちも結構出資してるんで。」
またこの子の方が私よりよく知っている。
先ほどの話からしてエヴァに関してもシンジの方が詳しいのは間違いないし、この調子では自分が知っていてシンジが知らないことは無いのではないのかと思ってしまうミサトだった。
「代理の人に行ってもらうつもりだったんですけど、ミサトさん達が行くのなら僕も行こうかな。」
「だめよ。エヴァのパイロットは第3新東京市に待機すること。」
「綾波や惣流さんもいるじゃないですか。一人ぐらいなら・・・」
「この間、使徒が来たときに失踪していた人が言う事じゃないわね。
だから、今回はアスカを連れて行くことにするわ。あなたはお留守番。いいわね。」
「分かりましたよ。」
シンジが口をとがらせる。
ミサトとしては最も能力の高いシンジは常に第3新東京市に残しておきたいという事もあるが、同時にシンジに意地悪をしたいという気がなかったわけでもない。
一方ミサトは知らなかったが、シンジはゲンドウとの裏取引で行動の自由を得ていたので、ゲンドウの名前を出してミサトの命令を拒否することも可能だった。しかし、元々代理の人間を行かせる予定だったくらいのものであり、それほど執着があったわけでもない。残念がって見せたのはあくまでその場のノリでしかない。
「それじゃ帰りましょう。アスカの引っ越しの手伝いをしないといけないでしょ。」
「それと、昨日の後始末もですね。」
シンジはどちらも自分の仕事になるんだろうとあきらめた感じで返事をする。
しかし、この日シンジに押しつけられる仕事はこれだけで済まなかった。
なにしろ、昨日の「アスカ来日歓迎パーティー」に引き続き「アスカ引越歓迎パーティー」が行われ、これの準備までする羽目になったのだ。
アスカの家を隣にしたのは、実は飲む口実が欲しかっただけなのではないかと思ってしまうシンジだった。
翌日。
ドイツでは既にスキップをして大学まで卒業してしまっているアスカなのだが、ミサトやリツコに言いくるめられて今更ながらに中学校に通うことになった。
ちなみに、まだ日本では義務教育でのスキップ制度は無い。
そしてまたもシンジ達のクラスに編入されてくる。
理由は単純。
このクラスが最も人数が少ないからだ。
「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしくお願いします。」
猫をかぶって上品そうに挨拶してみせるアスカ。
一昨日編入してきたばかりのマユミと異なり明るく社交的なアスカは瞬く間にクラスの中心となった。
そしてエヴァのパイロットであることを明かすとその人だかりはさらに大きくなる。
クラスにおいてその人だかりに入っていないのはシンジ、トウジ、レイ、マユミの4人だけだった。
「なんやえらいのんが来たもんやな。」
「ま、しばらくは仕方ないんじゃないかな。」
その容姿、エヴァのパイロットであること、日独英の言葉を使いこなすなど校内の話題をさらうには十分な材料がそろっている。
ただ、エヴァのパイロットであるだけのシンジと比べても確実に話題性で勝っている。
「なんか、山岸さんが可哀想だけど。」
まだクラスに溶け込まないうちに既に皆の注目はアスカの方に移ってしまったのだから。
マユミを見ると、独り席に座って図書室で借りてきたらしい本を読んでいる。
「ああいうのがセンセの好みなんか。」
トウジは何故かシンジのことをセンセと呼ぶ。先日の上級生とのいざこざで見せた腕前からだろうか。
「さあ、どうだろ。」
シンジの返事は適当である。
内心、惣流さんと比較すればそうかも、などと思っていたりするのだが。
初号機、弐号機の修理も完了し、また、シンジの零号機での起動実験は無事成功したことで、正式にパイロットのシフトが変更されることとなった。
零号機=シンジ、初号機=レイ、弐号機=アスカである。
これでNERV本部はエヴァ3機が同時稼働可能な状態になったことになる。
「エヴァを3機も独占か。その気になれば世界征服も夢じゃないわね。」
そのミサトの言葉はどちらかというと自嘲気味である。
「そう思えるからこそ焦った連中が色々とちょっかいかけてくるのよ。」
リツコの言うそのちょっかいの一つが、明日の日重こと日本重化学工業共同体の人型機動兵器のお披露目会である。
ミサトとリツコ、それとおまけでアスカが出席する予定になっている。
が、結局、3人はそれに出席することはなかった。
正確には現地には行っている。しかし目的はお披露目会の来賓ではなく、対使徒戦闘の作戦行動としてだった。
旧東京跡地の埋め立て地において日重の機動兵器、ジェットアローンが無様にも使徒に一撃で行動不能にされた後、真打ち登場とばかりに超大型輸送機によって運ばれてアスカとレイの乗るエヴァ初号機、弐号機がやって来た。
水中、水上を自在に動き回るエイのような使徒は、その勢いを利用して陸上もはね回る。
使徒のサイズはまたもエヴァの数倍を誇るものだったが、そのスピードは並ではなかった。
対するエヴァは、ホームグラウンドの第3新東京市でないため、外部電源や予備の武器などが無く短期決戦を強いられる。
弐号機の武器はソニックグレイブ。長い柄のついた鉈である。
そして初号機はポジトロンライフル。かなり大型の陽電子砲のため装備すると機動性に難がある。
そのため、弐号機が前衛、初号機が後衛を受け持ちという配置になる。
使徒は水中に身を隠し攻撃する機会を窺っている。
使徒の体型から見て水中戦闘を得意とすることは明白であり、地上に誘い出して迎撃するのが得策である。
残り稼働時間を横目で見ながらアスカとレイが使徒が上陸して攻撃してくるのをじっと待ち続ける。
が、使徒はなかなか攻撃を仕掛けてこない。
残り時間は次々に減っていく。
残り3分。
2分半。
2分。
(まだなの?)
「まだよ。」
焦れて今にも動き出しそうなアスカをミサトが諫める。
「分かってるわ。」
残り1分半。
1分。
残り稼働時間が30秒を切ったその時、ついに使徒が水中から飛び出して弐号機めがけて襲いかかってきた。
斜め後ろからのその攻撃を弐号機は横っ飛びでかろうじてかわす。
そこに零号機の射撃。
アスカをおとりに使い、前もってねらいを定めていたのだ。
着地の瞬間をねらったその一撃により、使徒は大きく上方へ跳ね上がり、落下してきたときにはその勢いをほとんど失っていた。
スピードさえなくなればもはや怖くはない。
後はポジトロンライフルの連射で弱らせた後、ソニックグレイブでコアごと真っ二つにされるのみであった。
それでも、エヴァの残り稼働時間は10秒を切っていたのだが。
「楽勝楽勝。」
そういうアスカだったが、極度の緊張が解けたのかぐったりとシートにもたれかかっていた。
レイもほっと一息つく。肺の中に残っていた空気が気泡となってLCLの中を上っていった。
「二人ともお疲れさま。帰りになんか奢るわ。」
かなり危険な賭をさせてしまったミサトとしての精一杯の謝意だった。
結局、この日シンジはずっと留守番のままだった。
司令室ではゲンドウが何者かと話をしている。
相手は長身の男だ。
「ご苦労だった。奴らもこれで懲りただろう。」
「これをおとりに使ってですか?」
男は厳重に閉じられたトランクケースをゲンドウに手渡した。
「しかし、なぜ使徒はこれを嗅ぎつけることができるんしょう。」
「人類にとって真に重要なのは原因ではなく結果だ。」
ゲンドウはそうはぐらかす。
「では。本当なら今はドイツにいることになってるんで、知り合いに見つからないうちに消えますよ。」
そう言って男が部屋を後にする。
部屋に残ったゲンドウはおもむろにトランクを開く。
その中には・・・
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JA編が復活しました。今のところは何のために登場したのか分からないように見えます。
ちなみに当初は加持の暗躍編のはずだったのがほとんど出番がありません。
また、意外と今の状況でシンジとアスカ、レイをかみ合わせるのが難しくて、学校でのシーンが思ったよりも短くなってしまいました。
アスカとレイの仲が悪くないのは、前回かなりシーンをはしょっているので不自然に思われるかも知れませんが、原作のシンジの位置にレイが入るというのは可能性としては結構あったと思ってます。
このあたりも機会があれば番外編か何かで補足させたいのですが、本編の進行さえままならない状況なので、当分は無理でしょう。
それと前回、結構シーンを割いて登場したマユミですが、これも動かしにくいですね。
本格的な出番はまだ5回ほど後の予定ですし、といって出さないとこのまま埋もれてしまいそうでどうしたものか。何かいいエピソードが浮かんでくれないかなあ。
感想、苦情等がありましたら、uji@ss.iij4u.or.jpあるいは掲示板まで