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碇シンジ。
西暦2001年6月6日生まれ、14歳。
父、六分儀ゲンドウ。母、碇ユイ。
2歳の時に両親が離婚。
母親に引き取られるが、その母親はそれから1年経たずに死亡。
以後、日本有数の貿易商である母方の実家で育てられる。
一昨年、エヴァンゲリオン第3の適格者として選出されるも、祖父母の反対によりNERVへの召還に応じず。
しかし、昨年、祖父死亡。続いて、先月、祖母死亡。
そのため、戸籍上の父親である六分儀ゲンドウが保護者になる形で第3新東京市に呼ばれ、NERVに召還される。
これが、ミサトの知る限りのここに来るまでのシンジである。
もちろん調べるつもりなら、過去の学校成績や医療機関の受信状況などのデータも手には入る。
しかし、問題なのはそんなことではない。
チルドレンの召還に反対していたシンジの祖父母が、それから1年も経たないうちにそろって死亡、という点である。
「まさか・・・ね・・・」
ミサトは慌ててその考えを振り払う。
だが、自分の上司がそれをやりかねない人物であることも知っていた。
少なくとも、間接的にそうし向けるぐらいのことはやったといわれても、そうかと思ってしまうミサトだった。
終末を導くもの
第6回
凍結解除された零号機の再起動実験の準備が着々と進んでいる。
零号機はプロトタイプであるため、洗練された仕様にはなっていない部分が多いのだが、同時にNERVにおいて最も多くの起動実験を行っている機体でもあり、作業の慣れがスケジュールの遅延を防いでいた。
零号機のカラーリングは白地にオレンジである。
またその顔がゴーグルを思わすような単眼であることも手伝って、初号機よりも機械的な印象があり、初号機ほどの恐ろしげな感じはしない。
だが、つい先日も実験中に暴走して実験場を修復不能なまでに破壊した上、パイロットに重傷を負わせているという前科持ちである。
故に、スタッフは作業を急ぎながらも細心の注意を払っている。
だが、先日の暴走の原因が完全に判明していない以上、今回も同様に暴走するおそれがあることが準備を進めるスタッフ全員の脳裏から離れない。
また、今回も暴走するのではないか。
これは人の制御できるものではないのではないか。
そんな疑念が常に渦巻いている。
だがここで、希望となるのが初号機の存在だ。
先の初出撃以来、安定して高レベルで起動している初号機で得られたデータは、今回の零号機の起動実験にも反映されている。
これが零号機の暴走をくい止めてくれればよいのだが。
そのころ、シンジとミサトは先に話していた手合わせのため、NERV内の道場に来ていた。
ミサトはレオタード、シンジはTシャツにカンフーズボンといういでたちである。
「どういうルールでやりましょう?」
「そうね。顔面に打撃はなし、3本勝負、2本先取で勝ちってとこででどう?」
「いいですよ。」
そして2人はおもむろに構えをとる。
ミサトはボクシング風に両腕で上半身をガードしてのつま先立ち。ただし拳は握ってはいない。
シンジはというと、ベタ足をついて腰を落とした右半身の体制を取り、右腕は間合いを計るようにまっすぐ前に突き出している。
今の2人の距離は2mあまり。
この距離ではどちらも1歩踏み込むだけでは攻撃が届かない。
そのため、まずは自分の攻撃の届く距離まで間合いを詰めること。
ミサトは軽いステップを踏みながら、シンジはすり足で徐々に間合いを詰める。
単純に考えればリーチの長いミサトの方が先に自分の間合いになるはずだ。
しかし、先に動いたのはシンジの方だった。
「はっ。」
ほとんどモーションなしに鋭い踏み込みで一気に間合いを詰めてくるシンジ。
ミサトはとっさに左にステップするがかわしきれず、鳩尾を狙ってきたシンジの右掌底での突きを右のガードで弾く。
突きを受け流されたシンジはバランスを崩すと思いきや、そのままの勢いを生かして右肩の裏をぶつけるような形で体当たりを掛ける。
あっと思った瞬間には、ミサトは勢いに乗った体当たりを食らってはじき飛ばされ、尻餅をつかされていた。
「一本、でいいですよね。」
「やるじゃない。これはちょっち、気合いを入れないと。」
得意げなシンジと、逆襲に燃えているミサト。
突きを受け流されてもそのまま勢いに乗った体当たりに繋ぐには、並々ならぬ足腰の強さが必要である。
それは一般的な中学生の体力の範疇ではない。
ゆえにミサトはもう油断せずに2本目の勝負に臨む。
・
・
・
結局、その後は本気を出したミサトの体格差を生かした戦いに持ち込まれ、シンジは最初の勢いむなしく逆転負け。
「さすがに、中学生に、負けるわけには、行かないからね。」
呼吸を整えながらミサトが話しかけてくる。
対して、負けたシンジはやたら残念そうにしている。ただし、呼吸はミサトよりも先に回復している。
「やっぱり、練習さぼってるとダメだなあ。」
シンジはこの街に来てからの2週間、鍛錬を怠っていたことを悔やんでいた。
そして毎朝の鍛錬を再開することを心に誓った。
総司令のゲンドウと、技術部スタッフが見守る中、零号機の起動実験が開始される。
実験室のモニターには、いつも通り無表情なレイの姿が映っている。
「これより零号機の再起動実験を行う。
第一次接続開始。」
ゲンドウの命令を受けてリツコが指示を出す。
「主電源コンタクト。」
「可動電圧、臨界点を突破。」
「了解。フォーマットフェイズ2へ移行。」
「パイロット零号機と接続開始。」
「回線開きます。」
「パルス及びハーモニクス正常。」
「シンクロ問題なし。」
次々と指示が出されるが、ここまでは順調。
実験施設の窓からはミサトとシンジが見ている。
コントロールルームには入れてもらえなかったらしい。
「オールナーブリンク終了。」
「中枢神経素子に異常なし。」
「再計算、誤差修正無し。」
「チェック2590までリストクリア。絶対境界線まであと
2.5、
1.7、
1.2、
1.0、
0.8、
0.6、
0.5、
0.4、
0.3、
0.2、
0.1」
緊張する一瞬。
前回はこの直後に暴走が起こったのだ。
見れば、ゲンドウさえも拳を握りしめていたが、それに気付いたスタッフはいなかった。
「突破。
ボーダーラインクリア。エヴァ零号機、起動しました。」
無事起動。
瞬間、室内にほっとした一息があふれる。
が、その瞬間そこいら中のモニターがそろってアラートを表示する。
同時に警報が鳴り響く。
「パルス逆流。ダメです。次々と信号を拒絶していきますっ。」
「回路断線。パイロットをモニターできません。」
オペレーターが悲鳴のように叫ぶ。
実験室内では零号機が頭を抱えながらもだえ始めていた。
「実験中止。外部電源カット。」
すぐさま、リツコの指示が飛び、背面の外部電源ケーブルが切り離される。
しかし、内蔵電池にわずかに残量があり、すぐには停止しない。
そして、零号機は実験室の壁のある場所を向いて殴り出す。
そこは、シンジとミサトのいる場所だった。
1発、2発、3発。
実験中の事故を想定して、かなり強固に作られているはずの窓だが、エヴァのパワーで殴り続けられればどうしようもない。
窓ガラスが砕け、その破片が飛び散ってシンジとミサトに襲いかかる。
「あぶないっ。」
ミサトはとっさにシンジを庇うように抱き込んで窓から離れた。
しかし庇われながらも、シンジの視線はずっと零号機の方を向いている。
瞬きすらせずに。
「内部電源、切れます。」
ようやく零号機が右腕を振りかぶったポーズで停止する。
「エヴァ零号機、活動を停止しました。」
そこで警報が止められる。
「シンジ君、大丈夫?」
ようやく騒ぎが収まったのを見て、ミサトが抱きかかえているシンジに尋ねる。
「はい。それよりミサトさんこそ大丈夫ですか。」
「ま、なんとかね。」
かすり傷ならいくつもあるが、どれも数日もすれば分からなくなる程度のものである。
そこで、砕けた窓の向こうを見返すミサト。
そこには右腕を振り上げたまま、首をうなだれて停止している零号機の姿がある。
「でも・・・、レイ、大丈夫かしら。」
シンジも無言ながら心配そうに零号機を見ている。
前回の暴走時のようにエントリープラグが強制射出されるようなことはなかったが、それがレイの無事を保証するわけではない。
そこに再び警報が鳴り響く。
またも零号機が暴れ出すのかと一瞬警戒するが、特に動き出す気配はない。
「現在、未確認飛行物体が第3新東京市に接近中。」
警報とともに響く放送は、次なる使徒の襲来を告げるものだった。
零号機暴走の騒ぎで出遅れてしまった迎撃準備。
ようやく初号機の発進準備が整った時には、すでに市郊外へ使徒の進入を許していた。
エントリープラグ内のシンジに使徒の姿を映した映像が送られてくる。
浮遊しながら進んでいるその姿は、人型ではなく、一言で言うと極彩色に塗り分けられた「イカの姿焼き」である。
街の迎撃システムからの砲撃を受けているが、びくともせず、悠々と近づいてきている。
「なんか、この前の奴よりもグロテスクですね。食欲無くしそうだ。」
「そうね。でも、油断しちゃダメよ。」
「分かってますよ。」
どうも今日のシンジの軽口にはいつもの軽妙さがない。
先ほどの零号機の暴走を目の当たりにしたショックか、それとも他に原因があるのか。
が、その心配よりも使徒の迎撃の方が重要だ。
「じゃ、シンジ君、行くわよ。
エヴァ初号機、出撃。」
カタパルトが射出され、初号機は一気に地上へ。
初号機は兵装ビルの陰にパレットガンを構えて隠れている。
しかし、使徒は姿が見えずとも初号機の位置が分かるのか徐々に近づいてきている。
といっても、今回の使徒には目に相当する部分があるのかすら分からないのだが。
また、その間に変形して(足こそないものの)立ち上がったような姿勢になっていた。
「いいこと、シンジ君。
今のところ敵の能力は不明だわ。だから敵が距離200まで近づいたら、そこから飛び出して、距離を維持したまま敵のATフィールドを中和しつつパレットガンの一斉射撃。いいわね。」
前回と違い、今回の使徒は積極的に攻撃を仕掛けてこなかったため、あまり能力が判明していない。ゆえに、とりあえずは距離を置いての様子見である。
「分かりました。」
作戦通り、距離200でビルの陰から飛び出してパレットガンの照準を使徒のコアに合わせてトリガーを引く。
1分80発のペースで銃口から劣化ウラン弾が吐き出され、着弾の煙があがる。
残弾数が半分を切った頃には、周囲一体に立ちこめた煙が使徒の姿を覆い隠していた。
「ばか。爆炎で敵が見えない。」
「しまった。」
今回の使徒は目で見えなくともエヴァの位置を把握できる能力を持っているのだ。この煙はこちらにのみ一方的に不利に働く。
使徒の姿を見失った過ちに気付いた瞬間、煙の中から光る触手が鞭のようにしなって初号機に襲いかかる。
初号機はパレットガンを放り出して後ろに飛びずさることで、なんとか攻撃をかわした。
かわりに、空中のパレットガンと周囲のビルを触手が紙のように切り裂く。
ビルを切ったのもそうだが、空中に浮くものすら切りさくというのは、すさまじい切れ味である。
「予備のライフルを出すわ。受け取って。」
ミサトの声と同時にその位置が表示されるが、シンジは無視する。
煙が薄まって、使徒の姿を視認できるようになる。
触手は使徒の両肩に当たる部分からそれぞれ1本づつ生えて、次なる攻撃をせんとうねっていた。
「シンジ君。ライフルを受け取りなさい。」
「だめです。ライフルは全然効いてません。
こいつは直接ぶっ叩かないと。」
確かに先ほどの攻撃は使徒に毛ほどのダメージを与えていない。
「だめよ。接近戦は危険すぎるわ。」
確かに2本の触手の攻撃をかいくぐって使徒の懐に入ることは、まず不可能だろう。
あの触手の威力ではビルなどの遮蔽物も意味がなく、エヴァの装甲も容易く切り裂かれるだろう。
だが、触手の間合いの外からのライフル射撃では使徒にダメージを与えられない。
シンジはミサトの指示を無視し、左肩の装甲に内蔵されているプログナイフを抜く。
そして、使徒めがけて一直線に突っ込む。
「シンジ君っ、下がりなさい。」
当然、使徒の触手が初号機に襲いかかる。
それも左右の触手が違う角度、違うタイミングでだ。
片方の触手はかろうじてかわすことができた。
しかしそれはフェイントだったのか、初号機が使徒の懐に入り込んだ瞬間、もう一方の触手が初号機の脇腹を貫通する。
「ぐぅっ。」
エヴァの受けた苦痛はシンクロ中のパイロットにも伝わってくる。
シンジは焼け付くような痛みを腹部に感じつつ、それでも歯を食いしばって両手でプログナイフを構え、使徒のコアに突き立てる。
火花を散らしながら、ナイフが使徒のコアを削る。
使徒は触手で初号機をつかんで引き離そうとしてくるが、今度は腹に突き刺さっているもう一方の触手が邪魔になってそれもかなわない。
そして、数秒後。
触手が光を失い、使徒は活動を停止した。
本部に戻ったシンジをケイジで待ちかまえていたのは、ミサトだった。
その視線は普段になく厳しい。
「どうして私の命令に従わなかったの?」
ミサトがシンジの前で腕を組んで詰問する。
「実戦では臨機応変に動くことも必要ですよ。」
「あなたは上官である私の指示に従う義務があるのよ。」
「どんな命令でも盲従しろって言うんですか?」
シンジが如何にもあきれたという調子で両肩をすくめてみせる。
「そこまでは言ってないわ。」
「命令に納得できなければ同じですよ。
それにミサトさんの指示って、僕は今まで何一つ役に立ったって気がしないんですけどね。居ても居なくてもそう変わらないんじゃないんですか?」
シンジのそれがあからさまな挑発であることは分かっていたが、ミサトの右手は反射的に動いてしまう。
パシッ!!
乾いた音がケイジに鳴り響く。
頬をはたかれたシンジだが、それを微動だにせず受け止めていた。
「お世話になりました。失礼します。」
シンジはそう言って会釈すると、きびすを返してケイジを去っていく。
「待ちなさい!」
呼び止めるのにも振り返らずにシンジは出ていく。
ミサトはシンジの後を追いかけることができなかった。
そして、この時を最後にシンジの行方はようとして知れなくなった。
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あとがきのようなもの
だめです。
第1回のサキエルとの戦闘、第3回の上級生との小競り合い、そして今回。
私にはまともな格闘シーンの描写なんてできないことを、いまさらながら思い知らされました。
しかし、今後も生身のアクションシーンや使徒との格闘シーンがあるので、どうしたものやら先行き不安です。
公開して3日で手直しをしてしまいました。
元々は、シンジの失踪は次の使徒の襲来後の予定だったんですけど、物語の盛り上がりに欠けたので急遽変更です。
ただ、そのせいでシンジと綾波の仲直りが先に延期になってしまいました。
感想、苦情等がありましたら、uji@ss.iij4u.or.jpあるいは掲示板まで