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私はどうしてここにいるの?
すべてはあの人のため。
あの人が望むからここにいられる。
あの人が私に居場所を与えてくれる。
何もない私に、あの人だけが意味を与えてくれる
だから私はあの人のために存在する。
あの人の望むことをする。
たとえ、それが何をもたらすものだとしても・・・
終末を導くもの
第5回
「零号機の凍結は解除されたわ。
破損部分の復旧とレイの回復を待って、近日中に再起動試験を行うことになるわね。」
「近日中って?」
「今のレイの様子からすれば、まあ、ざっと3、4日後ってところでしょうね。」
ここはNERV内のリツコの執務用の個室である。
リツコは眼鏡をかけて、端末に向かってなにやらキーボードを叩いている。
「よろしく頼むわ。作戦部としては、戦力は多いほどありがたいもの。」
シンジがここに来る2週間ほど前、レイの乗る零号機の起動実験で、零号機が制御を離れて暴走した事件があった。
制御不能に陥った零号機は内蔵電池の切れるまでの数十秒間、実験室内で暴れ続けた。
その際、コクピットであるエントリープラグが零号機から勝手に射出され、実験室の壁に叩き付けられた。もちろん、パイロットであるレイを乗せたままである。
結局、レイは全治2ヶ月の重傷を負い、暴走した零号機も特殊ベークライトで固められたまま凍結された。
零号機暴走の原因は現在も不明。
ただ、パイロットの精神状態に問題があったようだとのみ報告されている。
そのため、レイの代わりに国内にいるもう一人の適格者である碇シンジが予定を早めて急遽第3新東京市に呼ばれることになったのである。
カタカタカタ・・・・
リツコがキーボードを打つ音だけが響いている。
「あなた暇そうね。」
「ああ、ちょっと、今日は待ち合わせなのよ。シンジ君が司令のところから戻ってくるまで待たしてもらうわ。」
「そう。」
リツコは特に何の感慨もないように返事をする。
またも、キーボードの音だけが聞こえる。
「そう言えば、あの子たち二人の様子はどう?」
「うーん。あんまり変わんないわね。」
レイがミサトやシンジと一緒に夕飯を食べるようになってすでに3日。
だが、いまだにシンジはレイに視線を合わそうともしない。
レイの方も相変わらず感情を露わにせず、ただ事務的に行動するだけである。
まあ、これは別にシンジを相手にしたときだけというわけではないのだが。
しかし、零号機の再起動実験が無事に済めば、二人には今後共同作戦をとってもらう必要があるのだが、・・・このままでは先行きが不安だ。
「なんかいい手はないものかしら。」
が、リツコは何も答えない。
いざというときは頼りになるが、こういう細かなことにまで口を出さない。
ミサトの親友の赤木リツコとはそういう女だ。
だからミサトも特に返事を期待していたわけではなかった。
司令執務室。
シンジとゲンドウの1週間ぶりの対面である。ただし、2人きりというわけでなく、冬月副司令も同席している。
「何の用だ。」
相変わらずの様子で突き放すように言うゲンドウ。
その眼光を受け流すように、シンジは目をそらして辺りを見回しながら話し出す。
「いつもこの部屋はこんなに薄暗いんですか?
やっぱり、心にやましい気持ちのある人間は暗いところを好むというところですか。」
「何の用だと聞いている。」
シンジの言葉を遮るゲンドウはいらついているのか、決して大きな声ではなかったが声を荒げている。
そんなゲンドウを冬月がたしなめる。
「おい、六分儀。そんな言い方はないだろう。」
「かまわん。私にはこいつのつまらんご託なんぞに関わっているような時間はないのだ。」
そしてシンジの方を向き直り言い放つ。
「用はそれだけか。ならば帰れ。」
シンジは床に描かれたセフィロトの木を見つめたまま話し始める。
「せっかちだなあ。
仕方ない、それじゃあ本題にはいるよ。まあ、たぶん気付いていると思うけど・・・」
そこでようやくシンジはゲンドウに目を合わす。
「母さんがいろいろと残していてくれていたものを見たよ。
僕自身のことを含めてね。
もっとも、もう全部処分したから、今から六麓荘の家を調べても何も出てこないけど。」
確かに、ゲンドウがその可能性を考えて碇の家に送り込んだ諜報員からは何も発見できなかったという報告だった。
「それに、この方がお互いに都合がいいんだろ?」
シンジが資料を処分したことで、碇ユイについての記録は戸籍程度しか存在しなくなったのだ。
しばらく、にらみ合いが続く。
「・・・ともかく、司令が何をしようとしてることは知ってるつもりだよ。
で、とりあえずは利害が一致していると思うから、僕もエヴァに乗ることには異論はない。
ただ、協力している間は、この身の自由は保障して欲しい。
・・・とりあえずはそれだけだけど。どう?」
「分かった。いいだろう。
お前が使徒を倒すなら今は問題ない。
用はそれだけか。」
「今日のところはね。」
「ならば帰れ。」
サングラスの向こうの表情は分からない。
ただ先ほどと同じゲンドウの言葉だが、そのニュアンスが全く違うことは冬月にはよく分かっていた。
シンジが出て行った後の司令室で、冬月がゲンドウに問いかける。
「やはりユイ君か。しかし、本当にあれでいいのか。」
「ああ。あれはあれで、まだ使い道がある。」
リツコの部屋にゲンドウとの対決を終えたシンジが入ってくる。
「おじゃまします。ミサトさん居ますか?」
尋ねるまでもなく、目の前の机にもたれかかって立っているミサトの姿があった。
「あら、早かったわね。」
「んじゃ、リツコお邪魔様。」
「失礼します。」
出ていく2人をミサトは見もしなかったが、2人に聞こえないほどの声でつぶやいた。
シンジの遺伝子情報を調べながら。
「レイとシンジ君、本当に大丈夫なの?母さん。」
駐車場への道を歩いていくミサトとシンジ。
ミサトはたわいない話の中で、何とかシンジから情報を引き出そうといろいろとシンジへ話しかける。
だが、ある一線以上踏み込むことが出来ず、有益な情報は得られない。
だからレイを使ってみようと考えたのである。
もちろん、レイをだしにして、シンジの秘密を居探り当てられないかと思っていたミサトだが、今ではそれが良かったのかと思うこともある。
しかし、少なくとも、シンジはレイに対してははっきりと特別な反応を見せている以上、彼の秘密を探る一番の手がかりとなるのは間違いないだろう。
「シンジ君って、ここに来るまでは芦屋にいたんでしょ。」
「はい。そうですけど。」
「じゃあ、おぼっちゃまなのよねー。」
西暦2000年に起こった未曾有の大災害、セカンドインパクトにより南極大陸は消滅した。
その結果、南極の氷がすべて融解、世界の海水面は60mも上昇し、海岸線にあった都市は軒並み水没した。
当然、それまで日本の首都であった東京の都市部も完全に水没。現在の首都は、かつての松本市にあり第2新東京市と呼ばれている。
しかし、山手という呼び名が高級住宅地を指すこともあるとおり、芦屋の山側にあるシンジの母方の実家周辺は水没を免れ、シンジはそこで育った。
そして今もなお、芦屋は高級住宅地の代名詞でもある。
「とてもそうは見えない、ですか?」
「ま、確かにシンジ君みたいな子が、どんな育ち方をしたのかってのには、ちょっち興味あるわね。」
ミサトが意地悪そうに笑いかける。
「ぼくも、ミサトさんがどういう育ち方をしたのか興味ありますよ。若い女の人と同居してるのに、家事ばっかりする羽目になるなんてことは、とてもじゃないけど想像してませんでしたから。」
と、シンジも反撃する。
「確かに、一般的じゃないってのはお互い様かもね。」
今回はミサトの方から折れた。
こういったかけ合いの中でぼろを出してくれないかと思っていたのだが、なかなか隙を見せてはくれないようだ。
焦って、こういった会話ができなくなるほど警戒されてる訳にもいかないため、とりあえずは話題を変えることにする。
「そういえば、シンジ君って何か格闘技とかやってた?」
先の使徒との戦闘でのシンジのあまりの落ち着きぶりと、動きの良さについての疑問である。
「まあ、護身術程度には。」
護身術として格闘技を習うなんて、やっぱりおぼっちゃんじゃないのかと思ったミサトだったが、話を蒸し返しても仕方ないので黙っていた。
「具体的には?」
「祖父に中国武術を少し・・・
でも、エヴァにそれが役に立つかどうか。」
「なんで?」
「特に僕の習った流派は重心をいかに使うかっていうのが重要なものなんですよ。
でも、エヴァと人では似ているようでいて、骨格からして違うんであまり参考にできないみたいなんですよ。」
だが西洋格闘術しか習ったことのないミサトには、単なる体重移動以上の体の動きが実感できない。
「じゃあさ、今から一本手合わせしない?」
「今日は止めときましょう。
もう、帰って夕飯を作る時間ですよ。」
「そっか。レイを待たすわけには行かないしね。」
翌日。
「あなた、何のためにここに来たの?」
レイがシンジたちと夕食を摂るようになって5日目。
今日はミサトが出張で帰ってこない。
そのため、初めてミサト抜きの食事である。
ほとんど会話らしい会話もなく黙々と食事をとっていた二人だったが、突然レイが口を開いて口にしたのがこの言葉だった。
質問が抽象的すぎたためか、シンジは何も答えない。視線を逸らしたままだ。
レイはさらに問いつめる。
「六分儀司令に何をする気なの?」
レイの赤い瞳がシンジを睨み付ける。
そこでシンジは初めてレイの顔を直視した。
それは二人が顔を合わせて初めてのことだった。
「あなたが司令の邪魔をするなら、あなたは私の敵になるわ。」
ようやくそこでレイの質問の意味を察したのだろう。シンジが答える。
「別に今のところはどうこうするつもりはないよ。将来どうなるかまでは分からないけど。
あいつがどういう決断を下すかにもよるだろうし。
・・・綾波はあいつがどうするつもりなのかは知らないのか?」
2人が顔を会わすようになって一週間あまり。
ここで初めて2人の間に会話らしい会話が成立したことになる。
「知らないわ。私は司令の意志に従うだけ。・・・それが、私がここにいる意味だから。」
レイの言葉の何かがシンジを刺激したのか、シンジは不自然なままに冷静さを失っていく。
「綾波はあいつに利用されてるだけじゃないか。
あいつは綾波が大事な訳じゃあない。あいつが大事なのは補完計画のおまけだけだ。
それでもあくまであいつに義理立てするのか。」
「あなたには関係ないわ。」
「そんなことはない。綾波は、・・・」
そこまで言いかけて口をつむぐシンジ。
代わって別の言葉を続ける。
「・・・やっぱり君は、人形なんだな。」
シンジは口にしてしまってからこれも口にしてはいけない言葉であることに気付いたが、今更である。
「・・・・・・ごめん。」
かろうじて謝る。しかし、綾波の顔は見れない。
「帰るわ。さよなら。」
真っ直ぐ玄関へと向かうレイ。
シンジにはレイを引き留めることはできなかった。
翌日から、レイは夕食には来なくなった。
出張から帰ったミサトは不審に思い、シンジに問いかけるが、あまりかんばしい返事は返ってこない。
ミサトもそれ以上詮索しなかった。
・・・・・・なぜなら、後で盗聴記録を聞けばいいと思ったからである。
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あとがきのようなもの
ミサトはしっかりと盗聴しています。
このあたりが、TV本編との違う部分を表しています。
シンジとミサトは同居していても決して家族というわけではないというところです。
それと今回明らかになりましたが、シンジは第3新東京市に来るまで芦屋に居た設定になっています。
しかし、その割には普段は関西弁を使っていません。
理由は、シンジが関西弁を使うとトウジのキャラクターが薄まってしまうから・・・というのは冗談です。
要はシンジの母親ユイがTV本編で関西弁をしゃべっていないのに準拠しているのです。(ユイは京都の大学に行ってるし、おそらく関西在住だったと予想しているのですが。)
感想、苦情等がありましたら、uji@ss.iij4u.or.jpあるいは掲示板まで