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学校内で彼を監視している、諜報員からの定時報告が届く。
どうやら、学校内でもようやく友達が出来たようだ。
ただ、その報告には、彼が諜報員の存在に気づいているらしいという一言も含まれていた。
「やっぱり・・・、肝心の所は抜け目無いわね。」
同居を始めて数日になるが、いまのところ彼の行動からは、特に有益な情報は得られなかった。
表面的には打ち解けて、曲がりなりにも家族の真似事ぐらいにはなってきてはいるのだが、ある一線を越えることができない。
いまのままではこれ以上のことを追うのは難しいかも知れない。
終末を導くもの
第四回
シンジの初出撃からはや1週間。
今日もテストのため、シンジはネルフ本部に来ていた。
第6次起動連動試験という、味も素っ気もない名のテストが終わって、シンジは更衣室側の自販機コーナーに居る。
ミサトとの待ち合わせである。
今日は、ミサトも定時で終わるので、ミサトの車で一緒に帰る約束をしていたのだ。
もちろんその裏には、シンジの監視のため、なるだけそばにいようというミサトの意図がある。
「シンジ君、おまたせー。」
S-DATのウォークマンを聞いていたシンジは、その声でミサトが来たことに気づいて顔を上げる。
シンジの視界に、相変わらずそのプロポーションを強調するような服装のミサトと、その後ろにシンジの通う中学校のブルーグレーの制服を着た少女の姿が入ってきた。
「シンジくん、紹介するわ。」
ミサトはシンジとその少女を向き合わせて説明する。
「今日やっと退院してきたんだけど、あなたと同じエヴァのパイロット。
ファーストチルドレン、綾波レイよ。
シンジくんとは同い年だけど、このNERVではあなたの先輩ね。」
紹介されたその綾波レイという少女は、右腕をギプスで固め肩から吊っており、他にも頭や左腕など体中に包帯を巻いているという痛々しい姿である。
しかし、それ以上に彼女を印象づけているのは、雪のように白い肌と薄く蒼みがかった銀髪、そしてなにより、その赤い瞳だった。
だが、シンジはそんなことよりも、レイがシンジが最初にこの街に来たときに見た少女であること、そして誰に似ているかに気づいたために驚いていた。
「彼がサードチルドレンの碇シンジ君。碇指令の息子さんね。」
今度はシンジをレイに紹介する。
「というわけで、同じエヴァのパイロット同志、これからは仲良くしてね。」
「よろしく・・・」
シンジは驚きを隠せないままにかろうじて声を出す。
対するレイは、何の興味もなさそうにこう言った。
「命令なら、そうするわ。」
そんなレイに、苦笑しながらミサトが言う。
「命令って訳じゃないわよ。
確かに、今後は一緒に使徒と戦うことになるんだから、仲良くしてくれることに越したことはないけどね。」
「分かりました。よろしく。」
レイは普段からそうなのか、あくまで事務的である。
結局、その日はそれだけの紹介に終わることになった。
そしてその後の帰りの車の中で、ミサトがレイが入院する羽目になった経過などを説明している最中も、シンジは一言もしゃべらなかった。
ミサトもそんな様子に、シンジが単にレイの風貌に驚いたわけではないことに気づいていた。だが、それならば何が原因なのかと言われるとそれが分からないために、詮索できなかった。
「どーも、シンジ君の様子が変なのよねー。
あの二人、なんかあったのかしら。」
NERV内のカフェでミサトとリツコが話している。
「レイとシンジ君のこと?」
「リツコも気づいてた?
そうなのよ。こないだ顔合わせをしてから、シンジ君はあからさまにレイのこと避けてるみたいだし・・・
NERVにいる間だけじゃなくって、学校でも逃げ回ってるみたい。
レイがいくら取っつきにくいからって、あの態度はちょおっとおかしいわよね。」
「そういえばレイの方も、何か考え込んでるみたいね。それもシンジ君のせいかしら。」
「そうなの?あんた、よくあのレイの表情の違いが分かるわね。」
「まあ、一応あの子とのつきあいは長いし・・・、保護者代わりというところかしら。」
そんなリツコの言葉にミサトは何かを思いついたのか、
「そんじゃあ、保護者同士ということで相談があるんだけど・・・」
とにんまり笑いながら提案する。
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・
・
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プシュッ。
「たっだいま〜!」
玄関ドアの開閉音とほぼ同時に、ミサトの声が部屋の中に聞こえてくる。
「お帰りなさい。」
シンジはリビングから出てきて迎え入れる。
「御邪魔します。今日はごちそうになるわね。」
ミサトに引き続いてリツコも入ってくる。
そしてその後ろには、制服姿の赤い瞳の少女の姿もあった。
「・・・御邪魔します。」
綾波レイである。
リビングのテーブルには、すでに料理の一部が並べられている。
きれいに飾られたその料理は、匂いと相まって食欲がそそられる。
「あら、シンジ君って、お料理が得意なのかしら。」
「そうなのよ〜。美味しくって、ついつい食べ過ぎちゃうくらい。
太っちゃいそうで困るわ〜。」
照れて何も言えないシンジに代わってミサトが答える。
「あなたの場合は、それでなくてもビールで太るのよ。」
ミサトの冗談にリツコが皮肉で切り返すのが、この二人のつきあいのパターンのようである。
「どうぞ、適当に座って下さい。」
シンジが座布団をテーブルのまわりに置いて回る。
ミサトの方は手伝おうともせず、さっさと座ってしまっている。
「まるっきりシンジ君は主夫という感じね。
シンジ君、ミサトみたいながさつな女と同居して、後悔してない?」
苦笑しているシンジに代わって、またもミサトが答える。
「やーねー。もうシンジ君はここでの生活に、すっかり順応してるのよ。」
さらにシンジがキッチンの方に行ってからは、ミサトは好きなことを言っている。
「シンジ君は、私と一緒に住めてうれしいって言ってくれてるしね。
だから、家事の一つや二つ喜んでやってくれるのよ。」
「どこが一つや二つなの。よくそんなことが言えるものね。」
と、リツコは壁に掛かっている家事の当番表を目聡く見つけて指さす。
その表は、そのほとんどがシンジの名前で埋まっており、ミサトの当番は1割ほどしかなかった。それもせいぜいゴミや風呂の当番ぐらいである。
当初よりもシンジの分担が増えている。
それは、ミサトの料理の味のあまりのひどさに、ミサトに料理をさせてはならないと悟ったシンジが、さらに余分に受け持ったためである。
「なによ。公平に決めた当番に文句を付ける気?」
「ふつうの神経の持ち主なら、こんな偏った当番なんて良心が許さないでしょうに。」
そんな風にミサトとリツコが口論を楽しんでいる(?)間に、シンジは次々と料理を運んでくる。
クリームシチューに白身魚とエビのフライ、ポテトサラダ・・・と料理がそろっていく。
が、レイの席に置かれるものだけ、他のものと違い、細かく切りそろえられている。
「ちょっとシンちゃん。どうしてレイのだけ、私たちのと違うのかしら。」
「いや、綾波は片手しか使えないから、食べやすいようにと思って。」
「へ〜、シンちゃんってば、レイみたいなのが好みだったの。」
「な、何言うんですか。別に、そんなこと言ってないでしょ。
ただ、料理を細かく切っただけじゃないですか。」
「そお?なんか、わたしと待遇が違うような気がするんだけど。」
「そりゃあ、ミサトさんは家族で、綾波はお客さんじゃないですか。」
あわてて否定しているシンジだが、レイの方を見ようともしない。
別に、照れて顔も見れないと言うわけではないようである。
また、レイの方は表情すら変えていない。
その視線を見る限りでは、ミサトらの会話を聞いているのは間違いないのだが、あくまで他人事と言った風体である。
「もうそのあたりにしておいたら。せっかくの料理が冷めてしまうわ。」
リツコの言葉で何とか一段落し、ようやく食事を始める。
「「いただきます。」」
まず、リツコが最初に料理に手をつけた。チリソースのかかった、オムレツである。
ちなみにミサトはというと、食べるより先にビールに手を伸ばしている。
卵料理を見れば、料理人の腕前が分かると言うが、はたしてどうなのか。
「あら、おいしい。シンジ君、ほんとに料理得意なのね。
ミサトの言うことだから、眉唾物と思ってたんだけど・・・」
ミサトとのつきあいの長いリツコは、ミサトの味覚が常人のそれと違い、許容範囲が大幅に広いことを知っていた。
許容範囲が広いとは、要するに何でも美味しいと感じるということ。場合によっては、常人がとても食する気にならないようなとんでもない味をうまいといったりするのだ。
「ありがとうございます。どんどん食べて下さい。」
「レイもどんどん食べなさい。せっかくシンちゃんがくレイのために手間をかけてくれた料理なんだから。」
アルコールの入ったミサトは、さらに饒舌になっている。
ミサトにその気があるのかは分からないが、ミサトが次々とレイに声をかけることが、シンジがレイには話しかけようとしないことをフォローする結果になっていた。
そう。
シンジはレイとは未だ一言も話をしていない。
レイがゆっくりとだが、料理に手をつけ始める。
ただ、左腕しか使えないので、どうも食べにくそうである。
「どお?レイ。おいしいでしょ。」
「・・・・・・・・・」
ミサトの言葉にレイは返事をしない。
しかし、不便な手ながらも料理を食べ続けているところを見ると、シンジの料理を気に入ってはいるようだった。
ようやく皆が食べ終わり、シンジは食べ終わった皿を、洗い場へと運んでいく。
食事を終えた面々はリビングでゆっくりとくつろいでいる。
ただし、ミサトはまだビールを手にしていた。
「でもよかったわ。
シンジ君はレイのことが嫌いなのかって思ってたから、心配してたのよ。」
「そんなことありませんよ。」
リビングに戻ってきたシンジは、次に来るであろうからかいの言葉を警戒してるのだろう。素っ気なく答える。
「そう?それじゃあ、明日からもレイの分のご飯用意してあげてね。」
「え?」
「聞こえなかった?
だって、レイはこんな状態だから、何かと不便でしょ。夕食ぐらい何とかしてあげないとね。
面倒だと思うけど、今日みたいな食べやすいものを用意してくれる?」
しかし、この言葉に驚いているのはシンジだけである。
リツコはどうやら最初から知っていたようだ。
レイは・・・実は、今、初めて聞いたはずなのだが、もとから知っていたのごとく全く動じた様子はない。
「シンちゃんがその気なら、私は遠慮して、ふたりっきりにしてあげてもいいわよん。」
「そんなことばかり言うなら、もうミサトさんの分のご飯、作りませんよ。」
だが、そのシンジの逆襲は、ミサトには逆効果だった。
「私の分の料理を用意しないなんて・・・
そ〜んなに、レイとふたりっきりで食事したかったのね。」
「そう言う意味じゃありません。分かりました、もういいです。」
シンジはふてくされてしまった。
最初こそは、シンジに驚かされるばかりだったミサトだったが、さすがに自分の半分以下の年齢の少年に振り回されるのには耐えられなかったのか、ことあるごとにシンジをはめようと画策し続けた。その成果か、あるいはシンジの方が折れたのか、同居を始めて数日で二人の力関係は大きくミサトの方へ傾いたようである。
「あっ、そ。じゃあ、明日からもレイの晩御飯、用意してあげてね。
レイもそれでいいわね?」
「分かりました。」
「ごちそうさま。シンジ君、今日はありがとう。」
玄関でリツコとレイを見送る、ミサトとシンジ。
「い、いえ、どういたしまして。」
「いいのよ。またいつでも来てね。」
「ミサト。私はあなたじゃなくて、シンジくんに言ってるのよ。あなたは何もしてないじゃない。」
結局、この二人はこういう掛け合いばかりである。
一方のレイはというと、
「ごちそうさま。じゃ、さよなら。」
とだけ言って、さっさと歩いて行ってしまう。
「相変わらず、愛想のない子ね。」
そんなミサトの言葉にリツコは何か考え込んだ様子でうなずく。
「私はレイを送って行くわ。それじゃあね、お休みなさい。」
「お休みなさい。」
そして、リツコはレイを追って、早足でエレベーターへと歩いていった。
チャポン・・・
水滴の落ちる音が、タイルに当たって響いている。
ミサトは、湯船の中で今日のシンジの様子を思い返していた。
シンジ君ってば、レイのことを話題にしても、レイに話しかけたり、それどころかレイの方を向こうともしない。
でも、わざわざレイのために料理を手間をかけたりしているから、決して嫌っているわけではないだろう。
「どういう事かしら。」
シンジ君がここに来る前に、すでに二人は出会っていたのだろうか。
そういえば、シンジには謎は多いが、同時にレイについても過去のことは全く分からない。
ミサトがこのNERV本部に配属される以前から既におり、1年以上前からエヴァ開発のためのテストパイロットをしていたらしい。
ファーストチルドレン、綾波レイ、14歳。
エヴァンゲリオン試作零号機専属パイロット。
過去の経歴は白紙、全て抹消済み・・・
ミサトはドイツにいるもう一人のチルドレンのことも知っているが、比べてみると、この二人のように分からないことばかりということはなかったのだが。
なぜレイの個人データは消されているのか、そしてシンジの隠し持っている秘密とは。
NERVには私の知らないことがまだまだたくさんあるってことか・・・
いくら作戦部長とはいえ、まだ若いミサトにはそれほどの影響力があるわけでもなく、どうしても立場としては弱い。さらに司令が秘密主義の権化のような存在である。
だいいち、NERVには人類補完委員会という上部組織があり、司令のゲンドウでさえ、こき使われる立場なのだ。
故に、ミサトの手に入れることのできる情報は限られてしまう。
所詮は自分も歯車の一つにしかすぎない。
だがそれでもミサトにはこの組織に居るしかないのだ。
目的を達するためには。
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あとがきのようなもの
今回はほとんどミサトが主役です。
そしてようやくレイが出てきました。(第一回で、ちょっとだけ出てますが)
しかしこの調子だと、アスカが出てくるまでどれだけかかることやら。(一応、TV本編より少し遅い時期に出てくる予定なので。)
感想、苦情等がありましたら、uji@ss.iij4u.or.jpあるいは掲示板まで