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「サードチルドレンは第7ブロックの宿舎に入ることになった。」
ミサトがその報告を受けた時は一瞬我が耳を疑ったが、少しして、あの父親ならさもありなんと思い直した。
シンジがあえて母方の碇姓を名乗っているところからも分かるとおり、あの親子にはどうやら深い確執があるようだ。

最初、迎えに行ったときや使徒殲滅後の台詞を聞いたときには生意気なガキだと思ったが、同情の余地はあるようだ。


今、シンジはリツコのもとで様々な検査を受けている。
もうかれこれ3時間ほどになるだろうか。
初搭乗であれだけの結果を出したのだから、ある意味仕方ないのだろうが、はっきり言ってモルモットと同じである。


今になって思い返してみると、なんだかんだ言っても、シンジにすれば今日は大人に振り回され続けた一日だったことは間違いない。
それならば、多少の反抗は仕方ないのかも知れない。
逆に反発してくれるぐらいの方が、今後が期待できるかも知れない。

ミサトがそういったことを考えていると、丁度シンジがやってきた。







終末を導くもの



第二回







「へ〜、写真よりも美人ですね。葛城さんって。」
待ち合わせ場所に使徒の攻撃があり、その余波に巻き込まれようかという瞬間、間一髪でミサトの車に救われたシンジが最初に口にしたのがこの台詞だった。
ほんの少し前には死んでもおかしくない状況にいたばかりだというのに、何を言い出すのだろう。
ミサトがあきれて二の句が告げないで居ると、シンジは思い出したように付け足す。文字通り。
「ああ、さっきは助かりました、と一応言っておきます。」
非常に直情的であることを自他共に認めるミサトだったが、シンジのこの台詞にはなんとかこらえることができた。
待ち合わせ場所をあの場所に指定したのは自分なので、シンジが危機に陥った原因の一端は自分にあると思ったからで、自分が助けに入らねばどうなっていたかと言うことはあえて言わない。

「あらためて自己紹介するけど、葛城ミサトよ。
 名前で呼んでくれてかまわないから。
 じゃ、そういうことでよろしくね、六分儀シンジ君。」
シンジです。こちらこそ、よろしく。」
シンジがあえて碇姓を名乗る理由は分からないでもない。
それはシンジが3歳の時に母親が死亡し、その後は母方の実家で育てられており、父ゲンドウとは数回しか顔を合わしたことがないという経緯を聞いたからだ。



最初にシンジを迎えに行ったときのことを思い返しながら、一通りのことを事務的に説明をしていたミサトだったが、
「というわけで、シンジ君の部屋はこの先の第7ブロックに用意されてるけど、一人で大丈夫?」
「ああ、よかった。
 まさかあのオヤジと同居なんてことにならなくて。」
だが、シンジのその声はミサトには強がりに聞こえた。


そこでミサトは気付く。
この生意気な少年をなぜか気にしていることを。

それはなぜか。

自分に似ているのだ。

自分もシンジぐらいの歳の頃は父親と別居し、そして父親を憎んでいた。
だがそれは父親にかまってもらいたい気持ちの裏返しだったことに今では気付いている。
だから自分は今では父と同じ姓を名乗っているのだ。


そしてミサトは決断した。


おもむろにポケットから携帯電話を取り出すと、どこかへと電話をかける。
「もしもし、日向君?シンジ君の住所なんだけど今から変更してくれる。
 コンフォート17に。そう、私ん家。ええ、そうよ。・・・」
電話の内容は、どうやらシンジを自分の家に住まわせるということのようである。
本人の意向は完全に無視している。相談なんかするときっと反発されると考えたからだろうか。

ミサトは続いて、電話をリツコに切り替える。
「リツコ?シンジ君はあたしんちに引き取ることにしたから。」
そう言いつがら、予想されるリツコの怒声を警戒して電話を耳元から遠ざける。
が、思いきり反対されると思っていたのに、逆にそれなら手続きまで手伝うとまで言い出された。
意外だった。
だいたい、初出撃後のエヴァのメンテナンスや先ほど倒した使徒を解体・分析する作業のために、技術部は大忙しのはずなのだ。
とてもシンジの家のことまで手がまわるはずがないのに・・・
もしや何か私には話していないウラがあるのだろうか。
まあいい、今度きっと聞き出してやろう。今日はシンジくんのことの方が先だ、と今日のところは引き下がる。


シンジは特に反発することもなく、ミサトとの同居に応じた。
こちらも少しぐらいは抵抗するかと思っていたミサトは拍子抜けした感じだった。

「そういえば、僕はどういう身分になるんですか?」
シンジが思いだしたように聞いてくる。
「エヴァンゲリオンのパイロットは、作戦部長である私の直属の部下として準士官待遇の職員ということになるわ。ただし、まだ14歳だから法律上、学校にも通ってもらわないといけないんで、あくまで準士官待遇の非常勤なんだけど。
 それから、NERVの職員となった以上、いくつかの義務が発生することになるわ。詳しくは追々説明するけど・・・」 また、実のところ、事後承諾になってしまっているが、機密情報の固まりであるエヴァのパイロットになってしまった以上、シンジにはかなりの行動の制限がかかるようになっている。
自分の家に引き取ることは、自分が監視者になることでシンジに対する行動制限を多少でも緩和してやれるのではないかということにもなる。
シンジは生意気な口ばかりが先行して自分をうまく表現できないのだろうが、口が先行するあたりは、寡黙な父親とは正反対だ。だが、自分を表現できないのは父親に似ている。
そんなことを考えながらなんだかんだいっても、ミサトはシンジのことを気に入りかけている自分に気がついた。
そういえば、子供の頃はずっと男の兄弟がほしいと思っていたのだ。
いまさらになってしまったが、それでもうれしい気がする。
そして打算や勢いで同居を言い出したのだが、実は自分がいかにそばにいてくれる誰かを欲していたのかに気が付いた。


ミサトがそんなことを考えながら愛車のハイブリッド仕様に改造した青いルノーを運転しているその横で、シンジも物思いに耽っていた。
さすがに今日はいろいろありすぎたか。

「シンジ君。ちょっち、寄り道するわよ。」
「なんですか?」
ミサトの声で、シンジの意識がミサトに戻る。
横から差し込む夕日を受けて、視界が真っ赤に染まっている。
「新しい家族の歓迎会の準備をしなくっちゃねー。
 とりあえず、買い出しよ。」
「それだったら、どっちかっていうとどこかの店に食べに行きませんか?」
「それは無理よ。今日の騒ぎで、まともなお店なんてどこも開いてないから。」
シンジの提案は言葉途中で一蹴される。
そういえば、ほんの数時間前まで市内には非常事態宣言が出て、一般市民は皆避難していたことをシンジは思い出した。
使徒との戦闘も被害が少なかったとはいえ、無かったわけではない。
先に攻撃を行っていた国連軍の被害も大きい。
「だから、今日のところは出来合いの料理で我慢してね。」
ミサトはおどけた調子でシンジに笑いかける。

しばらくして、車がコンビニの前で止まる。
使徒の襲撃で都市機能が一時的に麻痺している中、このコンビニチェーンだけは、避難命令が解除されるとすぐに営業を再開していた。
なかなか商魂たくましい。
が、そのおかげで買い物ができるのだからありがたい。
「何でも好きなものを買っていいわよ。今日はシンジ君が主役なんだから。」
そう言いながら、ミサトの持つ買い物かごはすでに酒とつまみで半ばまで埋められていた。
ミサトの言葉よりも、そのかごの中身に危機を感じたのだろう。このままでは、つまみしか食べるものがなくなるかもしれないと、シンジも食べ物を選び始めた。

結局、二人は合わせて買い物袋4袋を抱えて車に戻ってきた。
ちなみに、うち3袋はミサトの酒とつまみである。


第3新東京市は、中心部の高層ビル街周辺を除き、結構高低差がある街である。
ミサトの家は少し丘になったところに建つ高層マンションだった。
そのコンフォート17という名の12階建てのマンションの7階に彼女の家がある。
「シンジくんの荷物はもう届いてるわ。」
見れば、ドアの前に段ボール箱が数箱積んである。
引っ越しの荷物としては少々少ないように思える。
「実は、あたしも先日この街に引っ越してきたばっかりでね・・・」
ミサトがカードキーを差し込み、家に入っていく。
と、同時に玄関の明かりが灯る。
「え、と・・・、『ただいま』って言った方がいいんですよね。」
続いてシンジもためらいながら入る。
「ただいま。」
ミサトも笑顔で迎え入れる。
「そうよ。今日からここがあなたの家になるんだから。
 お帰りなさい。」


「げっ!・・・なんだ、ここは・・・」
リビングに進んだシンジは、そうつぶやいて立ち止まった。
「まあ〜、ちょーっち散らかってるけど、気にしないでね。」
ミサトはすでに着替えるために自室の方へと進んでいて、シンジのつぶやきは聞こえなかったようだ。

リビングの惨状はどう控えめに言っても、「ちょっち散らかっている」という次元の話ではない。
部屋中に山のように積み重なった、ビールの空き缶や、洋酒の空き瓶、インスタント食品の食い散らかした跡。さらに梱包も解かれていないミサト自身の荷物と、その上に雑然と積み重なっている雑誌類。どんなに譲歩しても、とても、大人の女性の住む家とは言えなかった。
「これは、失敗・・・したかな?・・・」


ミサトがタンクトップとホットパンツというラフな格好に着替えてリビングに戻ってくると、シンジは部屋の掃除を始めていた。
「なーに、シンジくん。
 今日はシンジくんの歓迎会なんだから、そんなことしなくていいのよ。」
「だめです。
 こんな散らかった所じゃ、落ち着いて食事なんて出来ませんから。」
「そお?」
「だいたいミサトさん、引っ越してきてから掃除したことあるんですか?
 これじゃあとても人の住む場所じゃないですよ。」
「あ、いや・・・忙しかったんで、つい・・・」
顔をひきつらせながらミサトが答えよどむ。
「言い訳はいいです。
 それよりも、ミサトさんも掃除手伝って下さい。
 一緒に生活する以上は、遠慮しませんからね。」

「あたし、早まったかしら・・・」

はからずも、二人は同居することについて互いに同じような感想を持ったようである。


2時間後。ようやく大まかな片づけが終わり、歓迎会が始まる。
「いただきまーす。」
挨拶の直後、
「ぷは〜っ!!」
ミサトがエビチュビールの350ml缶を一息で飲み干す。
エビチュビールは通常のビールより1割ほど高いのだが、ミサトのお気に入りだ。
「く〜っ! やぁっぱ人生、この瞬間(とき)のために生きてるようなもんよねー。」
2時間も料理を目の前に掃除をさせられ、その反動のためか、すでに完全にオヤジモードに入っているミサト。対して、シンジは黙々と料理をつまんでいる。
「ちょぉっとシンちゃん、元気が足りないわよ。」
「ミサトさんがテンション高すぎるんですよ。」
シンジがジト目で答えるが、
「いーのよ。
 せっかくのパーティーなんだから、はめを外さないと。
 ねー、ペンペン。」
と、テーブルの横で料理をくわえているペンギンに同意を求める。
実はペンペンと呼ばれるこのペンギンは人語を解する知能を持っている。
声帯の問題上、日本語で答えることはできないのだが、「クェー」と一声あげる。
その声の意味はシンジには分からなかったが、飼い主のミサトは肯定と取ったようである。
「ほーらね。」
「僕の歓迎会じゃなかったんですか?」
「だ・か・ら、シンちゃんもはめを外せばいいのよ。
 何ならシンちゃんも飲む?」
「いや、僕はどうも、アルコールはだめなんで。」
「そお?
 でも、今日はいろいろあって大変だったんだから、
 こんな日は、ぱーっと騒いで嫌なことはみんな忘れちゃいなさい。」
ミサトの頭からは、シンジがまだ14歳だという事実などすっかり消えてしまっているようだ。
対するシンジとしても、飲酒経験がないわけではないらしいが。
「はあ・・・」
ともあれシンジはオヤジモードのミサトには逆らわないという方針を固めたようだった。


料理を食べ終わった後、明日からの生活当番を決めて、一息ついている二人と一匹。
その生活当番は、8:2の割合で圧倒的にシンジの分担が多い。
それは、この部屋の惨状を見かねたシンジが、ミサトには任しておけないと観念して余分に受け持つことにしたためである。

すでに、テーブルの上にはビールが10缶以上積まれているが、ミサトのビールを飲むペースはさらに上がっている。
シンジはぼおっとテレビを眺めていたが、ふとミサトの方を向き直る。
「ミサトさん。明日、司令に会えるでしょうか?」
「んー、どうかしら。ここしばらくは、使徒の後始末やらで何かと忙しいでしょうから。」
「そう、ですか・・・」
見ると、シンジはまた考え込んでいるようだ。
「ま、そんなに焦ることもないわ。」
焦っても、どうにもならないこともあるのだから。
そこまではミサトも言わない。

対してシンジは何かを思い出すように小さく呟く。 「だけど、あまり時間がある訳でも・・・」
 
「なに?」
ミサトにはその内容までは聞こえない。
「い、いえ、何でもないです。」
「だめでしょ。今日から私たちは家族なんだから、心配事があるなら何でもお姉さんに相談しなさい。」
顔を間近に寄せて、ミサトがくってかかってくる。
が、その表情は決して厳しいものではない。
「いえ、・・・
 こればかりは、自分で何とかしないといけないことだから・・・」
ミサトが真剣なのが分かったシンジは、言葉を選んで答える。
「そうなの?」
「はい。」
真剣なミサトの眼差しに対し、シンジは真っ直ぐミサトに目を見て答えた。
シンジの瞳に迷いの色が無いわけではないのだが、それでもシンジが視線を逸らさなかったため、ミサトはそれ以上追求するのを止めた。
「分かったわ。
 でも、相談にならいつでものるから、遠慮したらだめよ。」
「はい!」
ミサトはシンジが笑顔で答えたことで、自分の判断が間違っていなかったと確信する。「じゃ、今日はもう遅いから、お風呂に入って寝ちゃいましょう。
 明日は、朝からNERVでテストとかを受けてもらうことになると思うから。
 先に入っちゃって。」
気が付くと、すでに日付が変わってしまっている。
「はい、それじゃ、お先に失礼します。」
「ゆーっくり暖まってらっしゃいね。」
「はい。」



浴槽につかり、天井を見上げているシンジ。
「・・・・・・・・・・」

チャポン・・・

天井から落ちた水滴が湯船に落ちて響く。

ここだけが時間の経過が遅くなったと錯覚させるような瞬間。


「葛城ミサトさん、か・・・・・・。
 ま、何とかなるかな・・・」
そのシンジの貌には計算高く何かを謀る表情があった。




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あとがきのようなもの


今回は旧版から結構いじってます。
特にミサトがシンジと同居するように決めるあたりのくだりなどが。



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