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蒼く澄み渡った空。

人影もなく、静まり返ったビル街。

少年は帰ってきた。


11年ぶりに訪れたその街は、当時と全くその外観を変えていたが、それでも少年にはある意味非常に感慨深いものだった。

年の頃は14,5歳といったところだろうか。紺のシャツとアイボリーの半ズボン姿のその少年は、瞳を閉じて、強い日差しの中にもさわやかな風を感じながら人を待つ。

黒髪のその少年は、どちらかというと華奢なその体つきと、おそらく母親譲りなのだろう、女性的な顔立ちから非常に優しげな雰囲気をまとっている。

少年はしばらくそうしていたが、ふいに人の気配を感じて瞳を開いて辺りを見回すと、視界に自分と同年代の少女の姿を認識する。

学校の制服を着たその少女の姿が誰かに似ていると思い、意識を記憶の中に向けようとした瞬間、その少女の姿は視界からかき消えていた。

しかし、その原因を考える間もなく、つんざくような爆発音が少年の背後で響く。

少年の背後には戦場があった。






終末を導くもの



第一回








「ふっ、出撃。」

第3新東京市の大深度地下にある施設の中枢部にある第1発令所に、低い男の声が鳴り響く。
決して大きな声ではないが腹の底に響いてくるその声だったが、しかし同時におよそ感情というものがないように聞こえた。
強いて言うならば、他人を強制させようとする意志だけがこもっている言葉だった。

180cmを越す長身。
どちらかというと体格がよい方とはいえないのだが、それでも他者を圧倒する威圧感。
サングラスをかけ、軍服風の制服に身を包んだその男から受ける最初の印象はそんなものだった。

男が見下ろす先に居るのは先ほどの少年である。彼はその声の主を睨み付けながら、出来るだけ感情を抑えながら答えた。
「やっぱりね。
 あんな手まで使って僕を呼び出すくらいだから何かあると思ってたよ。
 いいよ。あれに乗って戦えばいいんだね。」
少年はそれだけ言うと、側にいた長髪の女性の方を振り返り、その元へと歩き出す。

「じゃあ、ミサトさん。行きましょう。」
あまりの急展開についていけず、一瞬呆気にとられていたミサトだったが、少年がそのすぐ側に来たことで我を取り戻した。
「・・・そうね。じゃあ、時間がないからかいつまんで説明するけど、・・・」



少年――碇シンジ――が迎えの葛城ミサトに連れられてこの特務機関NERV(ネルフ)に到着したのは、ほんの半時間ほど前だった。
シンジの父親であるNERVの総司令、六分儀ゲンドウが呼んだのである。

NERV本部は首都機能の一部を担うべく整備されつつある第3新東京市(かつての箱根市)の地下に発見された謎の巨大な空洞(ジオフロント)内に設置されている。
このNERVは国連内の非公開組織だが、第3新東京市に住む者にはその存在を知らぬ者はいない。住民のほとんどが、何らかの形でNERVに関与しているおり、第3新東京市を実質動かしている組織なのである。

そして、シンジがこのNERV本部に到着するとほぼ同時に、NERVが使徒と呼称している巨大な生物兵器が、国連軍の切り札であるN2地雷の爆発にすら耐えて、第3新東京市に侵攻してきたのだ。

シンジがここ、NERVに呼ばれたのは他でもない。
シンジが『あれ』と呼んだもの、使徒に唯一対抗できる力を持つ汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオンのパイロットとしてである。
身長数十mにも及ぶこの人型の生物兵器は、中に乗り込んだパイロットの思考によってコントロールされるモノで、そのパイロットには特殊な才能が必要であった。
そしてその才能を持つ者は14歳の子供にしか発見されていなかったため、チルドレンと呼ばれている。
シンジはチルドレン選出の組織、マルドゥック機関により選ばれた3人目の(サード)チルドレンなのである。
もっとも、彼がその事実を知らされたのは、さきほどNERVに到着してからのことである。
それも、10年以上前から別に暮らしていた父親から、再会の挨拶すらままならぬうちに告げられたのだ。
そして、いきなりこの異形の人型兵器に乗って、人類の敵たる使徒と戦えと言うのだから。

だが、彼はそれを(少なくとも外見上は)平然と受け入れた。
エヴァの指揮官である作戦部長葛城ミサト一尉は、これから部下となるシンジのそういった様子に不自然さを覚えないでもなかったが、使徒の襲撃を受けてようとしている今、詮索している余裕はなかった。


シンジはミサトと技術部の責任者である赤城リツコ博士からエヴァ操縦に関する簡単なレクチャーを受けている。
「このエヴァは、パイロットであるあなたの思考にシンクロして動作します。だから、あなたが歩けと念じれば歩くし、跳べと念じれば跳ぶようにできているわ。・・・」
ミサトは29歳、リツコも30歳と二人ともまだまだ若く、しかも相当の美人だ。
ミサトはそのつややかな濃紺の髪を胸あたりまで伸ばしており、モデル並のスタイルを強調するような、胸元やへその見えようかという服装と相まって、とても作戦部長には見えない。
対するリツコは、金色に染めた髪をショートにし、左目横の泣き黒子が印象的な知性派美女で、白衣を羽織っているが、その下は何故か水着である。
そういった様子は、シンジの表情が明るいことから、今のシンジは魅力的な年上の女性二人に迫られてよろこんでいるようにも見えないこともない。
「エヴァが通常の兵器と違い、使徒を倒すことが出来るのは、使徒と同じくATフィールドを発生することができるからです。・・・」
「作戦指示は私から出すけど、それじゃあ反応速度の問題もあるから、基本的にはシンジ君自身で考えて行動してもらうことになるわ。・・・」
二人の説明する声が聞こえなければ、とても、これから未知の敵に立ち向かっていく様には見えなかった。


ズズゥン・・・
ジオフロント内に鈍い音と共に衝撃が伝わってくる。
地上の使徒が攻撃を開始したのだ。
もう時間に余裕はない。
「ぶっつけになるけど、仕方ないわね。
 シンジ君。悪いけどがんばってちょうだい。」
すまなさそうな顔のミサトに笑顔で答えるシンジ。
「ま、何とかやってみます。」


やって来たときと同じ服のまま、エヴァにとって操縦席にあたるエントリープラグに乗り込むシンジ。
モニターを通じて、ミサトを相手に質問を続けている。
「えーと、武器なんかはどうなるんですか?」
そんなシンジの姿を見て、リツコが意外そうにつぶやく。
「彼、以外と落ち着いてるわね。」
「そうですね。呼吸数、心拍数共に特に変化はないようですし・・・」
その側に座る、童顔の女性オペレーターが答える。
先ほどの指令とのやりとりで、この少年がエヴァとNERVについての知識を持っていることは分かったが、多少の覚悟をしてきているにせよ、今から危険な戦闘に赴く少年の姿としてはかなり不自然だとリツコは思った。
だが、すぐさま、今はそんなことを考えるときではないと頭を切り換え直す。

「それじゃ、本番行くわよ。」
一通りの説明が終わり、エヴァンゲリオンの起動シークエンスを開始する。
「停止信号プラグ、排出終了。」
「了解。エントリープラグ挿入。」
「プラグ固定終了。」
「第1次接続開始。」
赤いランプが灯っているだけだったプラグ内が明るくなる。
「エントリープラグ注水。」
プラグ内がシンジの足下から黄色い液体で満たされて行く。
このLCLという黄色い液体は、パイロットとエヴァを同調させる補助として使われる物で、この中ではそのまま呼吸が可能なのである。
シンジは一瞬顔をしかめたものの、特にあわてた様子もない。
ただ一言、
「服に色が染みたりしないですよね?」
とだけ言った。

続いて、エヴァの背面に直径1メートルはあろうかという極太のケーブルがつながれる。
「主電源接続。」

「第2次コンタクトに入ります。」
プラグ内のシンジの視界が次々と変わる。
「思考形態は日本語を基礎原則としてすべてフィックス。
 初期コンタクト、全て問題なし。」
「双方向回線、開きます。」
シンジの視界が、エヴァの目を通じたものに変わる。
「シンクロ率・・・、73.6%!
「「ええっ!?」」
「ハーモニクス、全て正常位置。暴走、全くありません!」
オペレーターの告げるその数値に、発令所内は一瞬騒然となる。
パイロットの意志をエヴァにどれだけ正確に伝えることが出来るかを表すシンクロ率。
今まで発見された二人の適格者が、これほど高い数値を出したことはない。
「これならいけそうね。」
「ほんと、とんでもない子ね。」

驚きつつもさすがに彼らはプロ。着々と出撃準備が整えられていく。
「発進準備。」
まずは冷却に用いられていたLCLがケイジから排出されていく。
「第一ロックボルトはずせ。」
「解除確認。アンビリカルブリッジ移動開始。」
「第二ロックボルトはずせ。」
「第一、第二拘束具を除去。」
「1番から15番までの安全装置を解除。」エヴァの巨体を固定しているものが次々とはずされていく。
「内部電源充電完了。」
「外部電源用コンセント異常なし。」
「了解。エヴァ初号機射出孔へ。」
カタパルトごと運ばれていくエヴァ。

そして、
「進路クリアー。オールグリーン。」
発進準備完了。
「了解。」

出撃準備はすべて整った。
そこでミサトは後ろを振り返り、発令所で最も高い位置に居る上司らに確認をとる。
「かまいませんね。」
「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り、我々に未来はない。」
数年ぶりに再会したばかりの我が子を戦場に送り出すその男は、内心どう考えているかまでは分からないが、表情ひとつ変えず答える。
ミサトもそれで決心がついたのか、ひと呼吸した後出撃の指令を出した。
エヴァ初号機、発進!!


カタパルトにより、地上へと打ち上げられるエヴァ初号機。
急激にかかるG。
エントリープラグ内のシンジは、わずかに歯を食いしばる。

第3新東京市の道路が開口し、アンビリカルブリッジと呼ばれるエヴァを積んだカタパルト台が姿を見せる。
そして、発進時と逆向きの強い力がかかりアンビリカルブリッジは停止した。
街の照明に、エヴァの紫色の体が照らし出される。

背筋の曲がったどちらかというと細身の人間的なシルエット。
顔つきも凶悪で、敵を威嚇する効果を考えているのかとさえ考えさせるその姿は、お世辞にも人類を守る正義の味方と言える外観ではない。
どちらかというと、見るものには凶悪な印象を与えるだろう。少なくとも、これが本当に味方なのかという疑念を抱かせるに足るものである。
が、同じ人型でも使徒の方がさらに不気味な姿をしている。エヴァが、人という種が雑食ではなく肉食に進化していたらというような姿なのに対して、使徒は、明らかに人とは相容れない、別の進化系統に属するものと見える。

これからの戦いは、さしずめ怪人対怪獣の大決戦と言うところか。


「最終安全装置解除。
 エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ。」
リフトからの固定がはずされ、エヴァは両の足のみでその体躯を支える。
「シンジくん。今は歩くことだけを考えて。」
「大丈夫です。」
ミサトの指示を受けて、ゆっくりと歩き出す初号機。その紫色と黒で彩られた巨人の足取りはしっかりしている。
もちろん、背筋が曲がっているので、何か猿人めいた風ではあるのだが。
おおっ!
発令所内にまたも歓声があがる。
「歩いた!」
シンクロ率の高さを考えれば、通常の人間の動きぐらい出来ることは当然予想されていたことなのだが、EVAが実戦を行うのは初めてのことであり、ましてやシンジは初の搭乗である。
どんな問題が発生してもおかしくはなかったはずなのだが、すんなりと初号機は動いている。


「シンジ君、どう?」
「別に問題はないようです。それより武器の位置を教えて下さい。」
冷静に戦闘準備を進めるシンジ。
「あの子、本当に初めてなの?」
そう呟きつつも、とある兵装ビルの場所を指示するミサト。
初号機の右後方のビルの外装がアコーデオン状に開き、そこからエヴァの携帯火器であるパレットガンが出現する。
オペレーターの操作で、エヴァに乗るシンジの視界にその情報が表示される。
指示に従い、銃を手にするエヴァンゲリオン。

「目標がエヴァ初号機に気づきました。接近してきます。」
「シンジくん、気をつけて。」
エヴァの眼を通してシンジの視界に、頭のない濃緑色の巨人の姿が入る。
その体表は両生類を思わせるようなぬめっとした感じがして柔らかそうに見えるのだが、それが十分な強さを持っているのは先程までの国連軍との戦闘で立証済である。
また胸に真っ赤な球が埋まっているのが特徴的だった。

使徒は緩慢な初号機へと近づいてくる。
そのゆっくりした動きが、相対するものに威圧感を与える。
発令所の巨大スクリーンにもシンジの見ているものとほぼ同じ映像が映っている。
一瞬時が止まったような発令所。
それを男性オペレーターが打ち破った。
「エヴァ初号機ATフィールド展開。目標のATフィールドに干渉しています。」
使徒が国連軍の攻撃をものともしなかったのは、使徒の持つATフィールドと呼ばれる一種のバリアーの能力のためである。
これに対抗することができるのは、同じATフィールドを操ることの出きるエヴァンゲリオンしかないのだ。

見れば、使徒とエヴァのちょうど中間点あたりが陽炎のように揺らいでいる。そこで、互いのATフィールドが干渉し合っているのだろう。ちなみに、ミサトがシンジにATフィールドの展開を指示しなかったのは、具体的にどうすればいいのかをエヴァに乗れないミサトには説明ができなかったためである。
が、シンジはすんなりとATフィールドを操った。
シンクロ率の高さもそうだが、あまりの適応力である。


ふと、使徒の歩みが止まる。
初号機のATフィールドに気づいたためであろうか。
使徒の意図が計りきれないため、ミサトはとりあえずパレットガンを構えて使徒の動きを待つよう指示する。
さすがに、初の対決で、先手必勝とはいけないであろう。

使徒がゆっくりとその右手を持ち上げると、その手のひらに閃光が走った。
使徒の掌底から光る槍のようなものが飛び出していた。
とっさに、初号機は右に横っ飛びで回避しながら、パレットガンを連射する。
が、回避しながらの射撃で照準が甘いため命中せず、外れた劣化ウラン弾が周囲のビルを削っていく。
逆に、着地の瞬間をねらって使徒が飛行しつつ間合いを詰めてきた。


「あぶない!」
ミサトのその声よりも早く、接近する使徒の左腕が2倍以上の長さに伸びて初号機をつかもうとする。
初号機は素早く後退しながらパレットガンを手放し、左肩に内蔵されたプログナイフに持ち替え、使徒の手をナイフで切り裂く。
使徒は傷口から緑色の体液を振りまきながら何とも言えぬ不気味な叫声をあげて、なおも接近し初号機に体当たりを食らわせようとする。
が、初号機は一瞬早く使徒の懐に入り込みそのまま担ぎ上げ、そのまま市街のはずれに放り投げた。
しかし、放り投げられた使徒の体が薄く発光して、空中で減速する。どうやら、使徒には浮遊能力と慣性制御の能力をもっているようである。
そのため、初号機の投げも無効に終わったかと誰もが思った。
しかし、初号機は使徒の後を追ってジャンプしていたため、2体の巨人が丁度空中で衝突する。結果的に初号機が使徒に空襲でショルダータックルをするような形になった。
さすがに使徒も初号機の質量分の慣性は消せなかったのか、衝突の衝撃でバランスを崩してそのまま落下する。

ズズゥン・・・・
二つの巨体が地上に落下した衝撃が、地下のNERV本部まで響いてくる。

地上に落ちてみると、うまく体を入れ替えた初号機が倒れた使徒に対し馬乗りの位置を取っていた。

シンジの操る初号機は、冷静に使徒の残った右腕を左脇に抱えて反撃を封じた上で、その胸元に埋まっている真っ赤な球体にプログナイフを突き立てた。
高周波の刃が使徒の体表よりも遙かに堅い赤い球体を削って火花をあげる。
「だぁぁぁぁぁ!!」
シンジの声が響く間、発令所内は誰も声を発することが出来ない。


そして10数秒後、使徒は完全にその動きを停止していた。
「目標は完全に沈黙しました。」
ワンレンのオペレータのその声により、発令所内は大歓声に包まれる。
「おおっ!!」
やったわ、シンジくん!
初号機に被害は無し。出撃してからは市街にも大した被害はなく、はっきり言って完勝である。
だがシンジは息を荒げているものの、あくまで冷静だった。それは、完成に沸く発令所とはあまりに対照的であった。
「あの、これ、どうしましょう?」
シンジが、倒した使徒をさして尋ねる。

結局それはリツコの指示で、研究用にジオフロントへと持ち帰ることとなった。
「分かりました。
 ところでミサトさん、どこから戻ればいいのかぐらいはちゃんと指示してくださいね。
 だって、ここまであんまり役に立ってないみたいだから。」 と余分な一言まで言ってのけた。
その瞬間、発令所内の歓声は笑い声と一人の女性の怒声に取って代わられたため、その後のシンジの不審な行動に気づくものはほとんど居なかった。


司令執務室。


ゲンドウは執務用の椅子に腰掛けている。
「どういうことだ。シンジ君はなにか知っているのか・・・?」
その前に立つ副司令の冬月がゲンドウに問う。
ゲンドウは答えない。
「ユイ君が何か残していたのかもしれんな。」
その名が出て、初めて口を開くゲンドウ。
「問題ない。パイロットの一人ぐらいでは何もできん。」
「だが、エヴァを占有されれば、少々やっかいだぞ。」
「かまわん。止める手はいくらでもある。」
その瞳は何を見つめているのか・・・
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あとがきのようなもの


今回の修正は、ディディールの書き込みが中心であまり話の筋はいじってません。
ただ、最後の1シーンだけはバランスが悪くなったのでカットしてます。


感想、苦情等がありましたら、uji@ss.iij4u.or.jpあるいは掲示板まで