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だから、私たちは落胆しない。たとい私たちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりに私たちに得させるからである。私たちは、見える物にではなく、見えない物に目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くのである。
(聖書 コリント4章より)
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出会いがあれば別れがある。
これは、自然の摂理。
この世にあるものは、全てが対極を成す。矛盾がある。
パラドックスが現れたとき、そこに真実がある。
ある者にとって利益となるが、ある者にとっては損害となる。
栄えるものがあれば、滅びゆくものがある。
教えて欲しい。
この『戦争』は、誰のために、又は、何のために起きているのかということを。
私は真実が知りたい。 |
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今日は、いつもと同じ、変わりなく24時間あったのかしら。
気が付いたら、終わってる。
どうせだから、今日1日をなくしてしまえばいい。チョキチョキって切り取ってポイ!!
できたらなぁ・・・・
本日、私の親友のお母様が、お亡くなりになりました。
ご冥福をお祈りします。 |
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こんなに落ち着かない事は珍しい。
ほんのチョットしたことに動揺する。
自分も含む、この世に存在するもの全てが煩わしい。
投げ出したい。
・・・どうやって?
私は、完成させるための努力しか知らない。
逃げ出したい。
・・・どこへ?
私は、決して自分から逃れることはできない。 |
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やっと土曜日。
えっ?もう、土曜日。
感じ方は人それぞれだと思いますが、多くの人は、成長するにつれ、時の流れが速くなるように感じるのではないでしょうか。
それは、体の中にある『体内時計』の進みが、小さい頃は速く、大人になると遅くなり、そのように感じます。
例えば、「1時間」は、小さい頃は『体内時計』の進みが速く2時間も3時間も進み、結果、そのギャップにより時間が長く感じられ、大人になると『体内時計』は20分〜30分しか進まなく、それで、時間が流れるように過ぎてしまうように感じるのです。
この『体内時計』、新陳代謝と深く関り、代謝が盛んなほど、体温は高くなり、時計の進みは速くなる。つまり、時間が長く感じられる。
時間を引き延ばすということ。
自分の時間・・・この自由なリラックスできる時間がたった1時間しかなかったとしても、それを2時間にも3時間にも感じることができれば、とても充実した気分になることでしょう。時間に追われる忙しい毎日の生活に、ほんのチョットの余裕が生まれる。
時間は、どんなに偉い人であろうと、罪人でも、お金持ちであろうと貧乏であろうと、同じ、平等に与えられてます。
うまく使うも、無駄に使うもその人次第。
秒<分<時<日<週<月<年<人生、時間の充実は人生の充実につながる。 |
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相談事・・・・・
私は、まず、悩むことがない。
鈍感なのかも。自分のことには、トンと疎い。
人が気にして悩んでいる事柄は、私にとっては気にならない、気が付かないことなんです。
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へっ???
本日は木曜日。
なんだかなぁ。
遅れて遅れて日記を書いているという有様。
昨日とおとといの区別が付かない・・・
いつのイベントだったのやら。
今日は、朝から、大変、非常に重い相談事を、ママが持ち込んできた。
すごい重い。
私は非常にハッキリしている。
身内でもない人のことを、親身になって考えてもあげられないし、また、なんとかしてあげようという気持ちにもならない。
できることなら、自分でまいた種だ、自分で何とかすれば言い。というのが本音だ。
そんな冷たい人間のところに何を求めて来るのだか・・・???
相談を受けたときに、まず、一番最初に考えることは、その人が私にアドバイス、意見を求めているのか、それとも、ただ単に聞いてもらいたいだけなのか。
これが分からないと、ただ聞いてもらいたいだけの相手に、親身になって考えてアドバイスしたにもかかわらず、感謝されるどころか疎ましく思われてしまいます。
たまに逆切れされて、とっても不愉快になります。
それと、何でも人のせいにする。これ、結構頭にくるのが、自分では言い訳しているつもりじゃないらしく、正当な理由を言っていると思い込んでいるから、自分の非を認めない。
これ、切れます・・・<`ヘ´><`ヘ´>
なんか、自分が年取ったことをしみじみ痛感します(T_T)/~~~ |
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