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「注釈」の副詞をめぐって

                        工 藤  浩(国立国語研究所)


はじめに

 ここで「注釈の副詞」と仮称してとりあげようとするものは、渡辺実氏の「註釈の誘導副詞」および「批評の誘導形」にほぼ相当するものであるが、いささかその周辺にも範囲をひろげ、具体例によって検討を試みたものである。まったく中間報告的なものであるが御批判をあおぎたい。

 注釈の副詞の性格を はじめに あげておく。

1)文(または従属句)の主たる叙述内容の外にあって、それに対する評価や位置づけなど、なんらかの話し手の見解を表わす副詞である。
2)状態や程度の副詞のように述語の属性を限定するものではなく、したがって叙述のコトガラ的な内容を豊かにするものではない。
3)そのため述語は動詞述語、形容詞述語に限らず、名詞述語とも共存できる。
4)陳述の副詞のように述語のムード(叙法)を強調・明確化するものではなく、したがって、いわゆる呼応現象を積極的には、もたない。
5)ただし、一般に命令文や疑問文に用いられることはまれで、ほぼ平叙文に限られる。
6)また「もちろんぼくは行く」→「ぼくが行くのはもちろんだ」のように叙述内容を主語とする述語の形に言い換えられるということが指摘されているが、これは論理的・意味的に叙述内容=コトガラに対する注釈であることを示す補助的手段だと思われる。述語の形になり得るということ自体は、この語の「自用語」性(形容詞性)のあらわれであろう。
   cf. やっぱり ─┬─彼は来た。 ⇒ 彼が来たのは─┬─*やっぱりだ。
     予想どおり─┘                └─予想どおりだ。
 以下、注釈副詞に属すると思われる用例をあげることにするが、見出しえたかぎりで、名詞述語文に用いられた例をあげることにする。

A 叙述内容に対する確認ないし同意
 (1) 強盗が刀をもって僕にきりかかって来た。これはもちろん暴力です。(人間の壁)
 (2) むろん喩え話にすぎないが、これはよくイギリス人の性格を掴んだものだと私は感心する。(ものの見方について)
 (3) 彼は腹が立った。しかし貯金の半分はたしかにふみ子のものだった。(人間の壁)
 (4) 普仏戦争の挑戦者はいうまでもなくビスマークであったが、(ものの見方)
 (5) 浮世は夢の如しとは能く言ったものだと熟々思ふ。成程人の一生は夢で、而も夢中に夢とは思はない。(平凡)
 (6) いかにもそれは或る意味では人間であったが、しかしもう人間であることを止めた物体つまり屍体であった。(野火)
 (7) 彼の猪子先生なぞは、全く君の言ふ通り一種の狂人さ。(破戒)
 (8) 骨董いじりもなみたいていのことではない。まことに美は危険なる友である。(私の人生観)
以上のうち、(1) 〜(4) は述語の断定のムード(叙法)を強調する陳述副詞(かならず、ぜったい、きっとetc.) にきわめて近いが、(2)(4)(6) のような譲歩表現に用いられるという性格が(1) 〜(8) に共通している点から一応ここに入れておく。

B 話し手の予想や世間の評判・常識などとの異同[の面からの判定]
 (9) 郷田「で、脱走の主犯はやはり………」
   曽我「は、予想通り松島の方でした」 (シナリオ女囚 701号さそり)
 (10)「そうですか………やっぱりガセネタだったんですね」(シナリオ華麗なる一族)
 (11)案の定、あいつのしわざだったよ。  (作例)
 (12)敏感な高橋少年は一目見たばかりで、一座の中心人物は陸軍大臣でもなく参謀次長でもなく、意外にもこの怪老人であることを直感した。    (偉大なる夢)
 (13)案外子供はうそつきで、………    (人間の壁)
(12)(13)の類似例として「意外に、存外、予想外に」などがあるが、これらは多く状態性用言と結びついて程度副詞的に用いられる。その点、「案外つまらない本」のように用いられた「案外」も同様だが、また、「案外あしたは晴れるかもしれない」では推量の陳述副詞的でもある。
 (14)いや、あんたもさすがは海津興業の社長さんだ、察しがいいぜ。(シナリオ女囚)
 (15)こんなのは文壇でも流石に屑の方だろう。             (平凡)
 (16)流石に先輩の生涯は男らしい生涯であった。            (破戒)
 (17)流石正直なは少年の心、鋭い神経に丑松の心情を汲み取って何とかして引き止める工夫をしたいと考えたのである。(破戒)
のように用いられる「さすが(−に、−は)」も一応ここに入れておく。これは(14)の例にもうかがわれるが、
   さすが横綱だけあって(だけに)強いもんだ。
のような形で用いられることが多い。

C 叙述内容に対する話し手の価値評価
 (18)あいにく両氏とも東北大教授であれば[=であるので]あるいは大学が離すのを肯んじないかもわからぬ。(総長就業と廃業)
 (19)そうじゃ、さいわい弾七は泰山先生の弟子、………   (シナリオ婉という女)
 (20)幸いに芝の祖父でも本郷の父でも賢い人々だった。    (暗夜行路)
 (21)其の胸にある現在の事実は不思議にも何等の動揺も受けなかった。(蒲団)
 (22)大急ぎの穴ふさぎがありがたくも私たちの小劇団に仰せつかったのだ。(火の鳥)
 (23)不思議な事には無理想の俗人の言ふ事は皆活きて聞える。    (平凡)
 (24)おどろいたことに、暴行犯は現職の警察官だった。         (作例)
ここに属するものは、(18)〜(20)のように名詞述語文にも用いられる例はかなりまれであり、多くは動作や状態の実現した結果に対する評価である。(参・南不二男「文の意味について 二三のおぼえがき」国語研究24)
 (25)同僚の給仕が失礼にもクスクスと忍び笑いを漏らしたほど、風采の上がらぬ老紳士であった。(偉大なる夢)
 (26)親切にもその老警官は家まで送りとどけてくれた。         (作例)
の場合は、後者でいえば「親切にも」は「その老警官が家まで送りとどけてくれた」行為というコトガラに対する評価ともいえるが、またその動作主体「その老警官」についての評価ともいえる。これらは叙述内容を詳しくするものではない点「不思議にも」などと同様であるが、他方、動作主体が有生(多くは人間)に限られる点では異なっている。
   その老警官は親切に[≒ていねいに]道を教えてくれた。
のような動作のしかたの修飾との中間的な面をもつといえるだろう。

D 叙述のしかたについての注釈
 (27)実はこれは岡部さんの荷物なんです。              (闘牛)
 (28)僕は貴方の子供ではなくて本当は祖父と母との間に出来た子供でしょう。(シナリオ華麗なる一族)
 (29)実際日本でいちばん有望な小説家はなんと云っても大宮だろう。  (友情)
 (30)正直な話、私がいちばん楽しんだのは両作品ともにその台本である。(朝日新聞 '75.10.9.)
 (31)各学校の分会長もきている。いわばみんなが同志であった。  (人間の壁)
 (32)何かテキストを持ち出して呼んだり毎時間講義を聞いたりするのでもない。いってみればすべてが討論である。(ものの見方について)
A〜Cが叙述の内容についての注釈であるのに対していえば、このDは、叙述の形式的な側面についての注釈である。このDには、このほか
   実をいうと  ほんと言うと   正直言って   言っとくが
   実のところ  ほんとのところ  正直なところ  早い話(が)
など慣用句的に用いられるものがある。これらは、主として平叙文に用いられて、その叙述のしかたにヴァラエティをあたえるものである。
 なお、つぎのようなものも叙述のしかたの一種であろうが、種々の話し手の評価的なニュアンスがまとわりついている。
 (33)映画なんてものは所詮、遊びさ。遊びで夢よ。       (シナリオ宵待草)
 (34)上なら人がいたとしても、どうせ死人ばかりである。      (羅生門)
 (35)どっちみち私は先生のあだ名通り苦行僧(ダルヴィッジ)です。  (伸子)


【以下 口頭発表後の 追補】
   Dの類例 (D')
     けっきょく なんといっても 要するに つまり とにかく なにしろ
     そもそも だいいち 本来(は)

以上の母体として、次のような「前置き成分」的な従属節が存在すると考えられる。

   A わざわざことわるまでもないとは思いますが、…………
   B 我々が以前から予想していたとおり、…………
   C まことにお恥ずかしい話なんですが、…………
   D 要点をかいつまんで申し上げれば、…………


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