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*ことばの相談室*  (『言語生活』275, 1974-8)

「たった」は副詞か連体詞か



〔問い〕
 「たった三つしかない」の「たった」という語の品詞についておたずねします。学校文法などでは連体詞とされているようですが、「岩波国語辞典第二版」「新明解国語辞典」などの辞書類はほとんど副詞として扱っています。これはどう考えればいいでしょうか。また、この種のことばは、ほかにもあるのでしょうか。(岐阜市長良養老町 伊藤昭樹)

〔答え〕
 ご質問にある、副詞・連体詞という二つの品詞は、用言のように活用するとか、体言のように格助詞をつける(曲用する)といった形態論的な特徽がなく、主として構文論に関係する品詞です。その構文の研究がまだあまり進んでいないために、この両品詞の性格づけについても、まだ多くの人を納得させるほど有力な説はありません。「たった」もその例と言えます。そこでこの欄のお答えも、どちらかに結論を出そうと努めるというよりは、問題点を提示していくという形になることをはじめにおことわりしておきます。

 最初に、一般におこなわれている学校文法において、副詞や連体詞がどのように定義づけられ性格づけられているか、ということを見ておきましよう。まず両者の共通点として、
 @自立語で、A活用がなく、B主語になれない
という三点がふつうあげられます。そして相違点としては、連体詞の方が、
    連体修飾語にのみなる
のに対して、副詞の方は、
    主として連用修飾語になる
ということがあげられます。副詞の方で「主として」と言っているのは、副詞の中に、
    ずっと もっとこっち
    ざっと百人 だいたい一メートル
などのように、時間・空間の体言や数詞にかかる用法をもつものがあるからです。こうした「ずっと」や「ざっと」などを連体詞としないのは、
    ずっと大きい ざっと数える
のように用言をも修飾するから、「連体修飾語にのみなる」連体詞とは異なる、と説明しようとするわけです。
 さて、では問題の「たった」にはどんな用法があるかというと、
  @ たった一度の人生です。
    たった四人しか来ません。
のように数詞にかかる用法、
  A たったこれだけしかないの?
    たったそれっぽっちではたりません。
のように、コソアの指示語に「だけ・−ぽっち」など限定語をつけたものにかかる用法、
  B たった、出かけました。
のように「今」にかかる用法、の三つに限られるようです。この、@数詞や、A「これだけ」などや、B「今」はすべて、いちおう体言と見なせるものです。ここに、「たった」を連体詞とする説の根拠があるわけです。

 では、辞典類のように「たった」を副詞とする説には、どんな根拠があるでしょうか。
 まず第一に、辞書編集者の頭にあったのではないかと推察されることは、歴史的な問題です。辞典で「たった」をひくと、たいてい<「ただ」の促音化した形>というような語源についての注記が見られます。この「ただ」という語は、
  ・ 正解者はただ一人(だけ)でした。
    ただそれだけのことです。
  ・ ただ感想を述べたにすぎません。
    ただ命令に従っていればよいのだ。
などの用法をもっており、後二者のような「連用」的用法によって副詞と認められます。ところがそれと同時に、前二者のような、問題の「たった」と同じ用法ももっています。つまり、「たった」は、副詞「ただ」のもつ用法の一部分だけに用法が限定されたものにすぎない、ともいえます。この点、動詞「有り」の連体形「有る」から転成した連体詞「或る」のように、意味が相当ずれている場合と多少ちがっています。

 第二に、この歴史的経緯に関連して、
    たったの一度  たったのこれだけ  たったの今
のように、「たった」には連体の助詞「の」がつけられますが、この点も、
    しばらくの滞在 よほどのこと
    せっかくの好意 まさかのとき
など、副詞には類例がありますが、連体詞にはないようです。(ただし、「当劇場」の「当」のような漢語系のものも一語の連体詞と考えれば、「当の本人」という形もあるので、類似例ということになります)

 第三に、前にもちょっとふれましたように「たった」と同じような用法をもつ副詞としては、先の「ざっと」「だいたい」「ただ」のほか、次のようなものがあります。
   1')ちょうど十人  かっきり十二時  およそ三百名  ほぼ十メートル
    もう一杯    いまひとつ    せいぜい五百人ってところ
   2')わずかこれだけ たかだかそれぐらいのこと
【*Bの「たった今」に似たものとして、3')「ついさっき・いましばらく」などがありますが、これらの結びつきには慣用句的な制限もあり、別にして考えた方がよさそうです。】
 つまり、数詞や「これだけ」など、"(数)量的な体言"を限定する用法は、副詞にもかなり多くあるわけです。そして「たった」は、体言にのみかかるとはいっても、副詞がかかりうるという意味で特殊な"(数)量的な体言"に限られるのです。こうしてみると、「たった一つ」や「ちょうど十人」などの結びつきを、はたして"連体"関係といってよいのかという疑問が生じてきます。

 そこで、第四。数詞には、
    りんごを一つ食べた。
    お客が十人やってきた。
のような、いわゆる副詞用法があります。この副詞用法に立つ数詞に、「大きな」や「親友の」などの連体修飾語をつけて、
    りんごを、大きな一つ食べた。
    お客が、親友の十人やってきた。
などと言ったら不自然でしょう。
    りんごのうち大きな一つ食べた。
    お客は、親友の十人やってきた。
のように、格助詞をつけて体言としての用法にした方が、自然でしょう。ところが、「たった」や「ちょうど」の方は、
    りんごをたった一つ食べた。
    お客がちょうど十人やってきた。
のように、ごく自然に言えます。副詞用法の数詞にかかりうるのです。そうすると、
    もっとゆっくり歩け。
    とてもはきはき答える。
など、副詞を修飾するものを(程度の)副詞とする以上、「たった」も副詞とすべきだ、という考えも成り立ちうるわけです。ただ、数詞には体言的な側面もあり二面的なものですから、そう単純には断定しえないとしても、「たった一つ」という結びつきが、「大きな」「親友の」などのはたす典型的な連体修飾と性格を異にすることだけは、注意しておくべきでしょう。

 さらに、第五として、「たった」は、
    たった一度しかない人生です。
    たった百円ぽっちでは買えない。
    たったこれだけの話なのです。
    たったそれっきりの金じゃたりない。
のように、副助詞「しか・だけ」などや、接尾語の「-ぽっち・-きり」などと呼応して用いられることが多い、ということにも注意すべきでしょう。この副助詞などは、話し手の気持ち、対比・評価などの意味を添える、と説かれることがありますが、それと同様に「たった」も、一度とか百円とかの数量を、他の二度とか千円とかの数量(期待される量)と対比して<少ないものだ>とする話し手の評価=取り上げ方を表わしている、と考えられます。この点でも、「大きな花・この花」(連体詞)や「美しい人」「働く人」(用言連体形)などの"連体"関係が、その体言の意味内容を客観的によりくわしくしているのと、ちがいがあります。主体の評価を表わす点では、むしろ、第三であげた「せいぜい・わずか・たかだか」をはじめ、
    さすがチャンピオンだけに強い。
    せめてこれだけは言っておきたい。
など、モノゴトに対する評価の副詞や、
    あいにく主人は外出しております。
    さいわいけがはありませんでした。
    やっぱり彼はやってきませんでした。
など、コトガラ(文内容)に対する批評・注釈を表わす副詞と、性格が似ているのです。

 なお、もっぱら体言にかかり、学校文法で連体詞に入れられる(はずの)もののうち、「たった」と同様に問題になりそうなものとして、次のようなものがあります。
  (イ) ほんの二、三日 ほんの気持ちだけ たかが平社員の分際で、なまいきだ。
  (ロ) ろくな男ではない。 なんの疑いもない。
     ものの一時間ともたない。 たいした病気ではない。
(イ)は評価的なもの、(ロ)は更に打消しと呼応する点で「ろくに・めったに」などの"叙述の副詞"と共通点をもつものです。
 以上のことをおおざっばにまとめますと、「たった」は、何と結びつくかという点では、

    大キナetc. 連体詞 ━━━  一般の体言
                  \
    <たった>     ━━━  数量性体言
                  /
    ザットetc. 副 詞 ━━━  一般の用言

と図式化できるように、副詞と連体詞との二面的・中間的性格をもちます。また、どんな関係のしかたかという点でも、連体的な「ほんの」「たかが」とも、連用的な「せいぜい」「さすが(に)」とも、似た面をもちます。つまり、連体詞とする説にも副詞とする説にも、それなりの理由はつけられるわけです。

 しかしまた、連用か連体かという一点で大きく、副詞と連体詞とに二分しようとすること自体に、問題があるようにも思えます。「たった・ほんの・さすが」などの語に、もっとしっかりとした位置づけが与えられるような分類方法があるかもしれません。しかし、そのようなことを確実に言うためには、副詞・連体詞に関するきめこまやかな実証的研究がまだ必要に思われます。

(国立国語研究所・工藤浩)


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