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【当日の 発表レジュメ (レイアウトは 原稿どおり 修正ずみ)】


「形式名詞」「吸着語」と 「つなぎ・むすび」

─── 松下大三郎と 佐久間鼎と 奥田靖雄とを つなぐ もの ───


工 藤 浩(三鷹 日本語 研究所)
[kudohiro@ab.cyberhome.ne.jp]


0)問題の ながれ

     単文(ひとえ文)    複文(あわせ文)
    病気で やすんだ。⇒ 病気に なったので、やすんだ。
              やすんだは (ほんとうに) 病気だったのだ

    松下大三郎:形式名詞      もの こと の わけ はず かた ………
     『口語法』の頭注に「従来の九品詞では説けない」と いう。

    佐久間 鼎:吸着語 (+副詞的) ばあい ところ とき/ゆえ ため まま …
     『表現と語法・語法・特質/まとめ』と 進展するが、三上の 折衷に 挫折。

    (三 上 章:準詞        品詞論的な 橋本=学校文法内での 合理化
     佐久間の「吸着語」と 橋本進吉の「準用辞」との 折衷・安定化
        ▼「過渡的な もの」の 位置づけを どうするか の 問題。
          cf.「-は-が 構文」の 位置づけを めぐる 三上と 奥田の ちがい)

    奥田 靖雄:つなぎ(接続詞)   ので / ときに うちに / ために くせに
          むすび(繋辞)    のだ / わけだ はずだ / ようだ そうだ

        前者は『にっぽんご 4の下 文法』が 未刊で、未完の まま。
        cf. 構文論グループ(女性)の 論文「とき」「あいだ/うち」etc.

    ★松下−佐久間−奥田を つなぎ つらぬく <民間学> の 伝統: <口語> 文法


1)古代語 と 近代語 への 二大別

    通説:終止・連体同形化、係り結びの消滅、二段動詞の一段化:形態的な 変化

    新説:連用格(語格)表現の 明示化、接続表現(句格〜文格)の 明示化
        あわせて <論理的な 関係の 明示化> : 意味機能的な 変化
        形態的な 変化も、むしろ、この 意味機能的な 変化の 波及的な 結果
     接続表現の 明示化:さかいに/ほどに ところ/ところが/ところで    
               とき/ばあい/うえ(に) ために/くせに/せいか
               ので/のに
     ← テンスの 対立を もった 連体節の かかっていく「形式名詞/吸着語」


    古代語の システム (教科実用文法)
        ┌ 終止(きれ)
        └ 条件(つづき) ─┬─ 未然形+ば=仮定   論理:仮定/確定
                 └─ 已然形+ば=既定   時間:未定/既定
    近代語の システム
        ┌ 条件:すれば すると したら (ル/タ)なら   : テンス なし
        │                         用言 語形
        └ 接続:ので/のに ところ/ところが/ところで : テンス あり
             とき/ばあい/うえ(に) ために/くせに   述語 補助

        ★ 階層構造(「階型 Types」)的に 包摂/対立(=弁証法的な 対立)

  ●量的な 明示化 ⇒ 質的な システムの 転換:「量から質への転化」(エンゲルス)

    ▼主流:阪倉篤義(1958)「条件表現の変遷」 (1993)『日本語表現の流れ』

     傍流:田中章夫/野村雅昭・鶴岡昭夫(国語研以前)「近代語の分析的傾向」

       早稲田大学(文部省外郭団体)系に 湯沢幸吉郎→(白石大二→)森田良行
       国語研(西尾実所長時代)系に 中村通夫→(林大→)永野賢 「複合辞」


2)名詞文体(ドイツ語学)

    太郎が はしった。    ⇒ 太郎が、運動場を 懸命に はしった。(動詞文体)
    太郎が かけっこを した。⇒ 太郎は、あしが とっても おそい ために、
          できれば 口実を つくって はしりたくない と おもっていた
          かけっこを、先生に やさしく さとされて、してみた。(名詞文体)
    動詞文体の 連用修飾=語:対象(範囲)・道具の指定か、動作の様態や程度量
    名詞文体の 連体修飾=節:質的にも 量的にも 理論的には 無限の 可能性

 ★ 通説:名詞文体が ふえてくるのが「現代ドイツ語の文構成の大きな特色のひとつ」

    表現=思考の 発達過程:語=概念の 形成の 中心は 名詞
        ⇒ 幼児教育:「おえかき・すなばあそび・なかまはずれ」etc. 名詞化

    山田〜渡辺文法:ほれぼれする ような さかだち 「ヘーゲルから マルクスへ」
    = 格助詞を 名詞から きりはなし、名詞を 構文論的に 無機能だと する 理論


3)名詞の 限定における 回帰性(recursiveness)

    西洋語の「関係節 relative clause」
    日本語の「連体節 adnominal clause」
    ex. ・チーズを かじった ねずみを おいかけた ねこを つかまえた メイドを
       しかった あるじに もんくを いった 女房に ……… (マザーグース 戯訳)

      ・山田孝雄の「有属文」:語と文との <相互移行> の指摘「近代的な大文法」


    ・「機能動詞」表現:「影響する/される」+「影響を あたえる/うける」
    ・「助動詞」:ようだ・そうだ・ふうだ/のだ・わけだ・はずだ/つもりだ
    ・「文末名詞文」(新屋映子) 「体言締め文」(角田太作)
        ありさまだ・ようすだ・かたちだ・かっこうだ・ていたらくだ ……

    ▲「特徴名詞文」:「ぞうは ながい はなだ」
            cf.「ぞうは はなが ながい」(ハガ構文 二重主語文)

        「ながい はなだ」全体が 合成述語 ← × ぞうは はなだ

    ★ この 過渡期の「矛盾形態」の 位置に「形式名詞/吸着語」が はいり、
     「異分析 metanalysis」を うける までに 主従の 価値を かえ、
     形態的には 三上章の いう「ガノ可変」を うしなって 非「連体節」化し、
     「従属文(節)」や 「主文(節)」に つく 小詞/助辞と みなされる ものが、
     奥田靖雄(教科研)文法の「つなぎ」「むすび」や、それぞれの「くっつき」。


4)出発期の 松下大三郎と 過渡期の 佐久間鼎

4-1) 松下大三郎1924『標準日本文法』(p.206)での「形式名詞」
   定義:形式的意義ばかりで実質的意義の欠けた概念を表はす名詞である。
   用例:者 筈 の ため こと 由 所 かた

   用法:形式名詞性副詞      ⇒「つなぎ」
      形式名詞性動詞の名詞部  ⇒「むすび」
     「様(ヤウ)」などは形式名詞性動詞の名詞部になる場合の方が多い。

 『改撰標準日本文法』(1930訂正版)では、
    第三種(寄生)の 形式名詞を 廃止し 2種と した うえで、
    代表的なものは モノ コト ノの 三つと し、詳説 略述を 整頓は しているが、
    その他の 学説上の おおきな 変更点は ない。

 『標準日本口語法』(1930 p.24-5)では、
   問題は形式名詞を従来の所謂る名詞の中に入れるかどうかにある。
   従来の品詞別は …… 不合理である。
   従来の九品詞では説けない。(頭注部)

4-2) 佐久間鼎は、『現代日本語の表現と語法』(1936) 前篇では、
   10 「形式名詞」としての「の」
   11 「形式名詞」の種別
   12 品詞の転用・転成
   13 コソアドと「形式名詞」

 『現代日本語法の研究』(1940)の「24 吸着語」で、
    A 名詞的な吸着語       ひと の こと ばあい ところ とき わけ
   (B) 性状についての吸着語    たい らしい ない ような そうな みたいな
   (C) 副詞的/接続詞的な 吸着語  だけ ばかり ぐらい / とおり まま かわり
   (D) 時に関する吸着語      とき あいだ / うち まえ / のち あと
   (E) 条件・理由についての吸着語 以上(は) かぎり(は) / かわりに ため(に)
   に わけて、網羅的に 語例 文例を 整理した。(以後 おおきな 変化は ない)

4-3) 文の なかで 語は 前後の 語句と 関係を もつ。
    「うけ」と「きれつづき(断続)」
        「形式名詞/吸着名詞」 :格変化し「対象語」的に つづく 関係  
        「つなぎ(接続詞/助詞)」:副詞的 状況語的に つづく 関係
        「むすび(繋辞/文末辞)」:文末(述語)の 位置で きれる 関係

    佐久間の「吸着語」という なまえは、
        先行の句または文に吸着してそれを一括するといふ特徴に着眼して、
        むしろ吸着語の名称をえらんだ次第です。(『日本語の特質』p.240)
      ⇒ 三上章の「準詞」:品詞論的な 合理化 (橋本文法との 折衷)
     後続の 語句との 関係:(特殊の) 副機能で、(一般の) 主機能ではない。
        吸着語:吸着名詞/吸着形容詞/吸着副詞 etc.
        準 詞:準名詞/準形容詞/準副詞 etc.

    奥田靖雄(教科研文法)の 特徴:文内の 語の 機能(関係表示)として
        「うけ」の 関係より「かかり > きれつづき」の 関係を 優先


5)口語文法(現象形態)から 文法(語から 文への 構成規則)の 本質へ
5-1) 実体・要素 と 機能・構成

    構造体(文/文章)の 要素(語/節/文)の「ならべ(並置 juxtaposition)」
                 もっとも 始原的な 文法的手段 (E. サピア)

                ↓

    要素の 固有の 性質によって 対等/包含/主従 といった 種々の 関係

                ↓

    要素に 付着した 小詞/助辞が 複文・連文関係の 表示の やくわり

 ★ 自立語が 関係を つくりだし、付属語が その 表示を うけもつのであり、
   無機能な 自立語に 付属語が 関係表示の 機能を 付与するのではない。

    構成/機能 概念の 重視(ex. ヴント/カッシーラー)の 単純化

                ↓

    山田孝雄〜渡辺実の「理論文法」:みごとな までに みんな さかだち

                ↑

    その 対応物としての 要素や 実体を 重視しようと しない

    この ばあいの 要素や 実体:
        言語:語の レベルで「語彙的な もの」
           文の レベルで「対象的な ことがら」
        哲学:「物質的な もの」であろう。
           「ことの もの化(物象化的錯視)」=コトのなかのモノ でもいい。

        ★ 問題の 基本に <唯物論/観念論>の 対立が ひそむ。

        ▼ この さき、モノが さきか コトが さきか と とう ことは、
        ことばの「分節」において 「語」が さきか 「文」が さきか とか、
        [空間分割において] 「うち」が さきか 「そと」が さきか、
        [図形認知において] 「ずがら(図)」が さきか 「ぢづら(地)」が さきか、
        と とう ことと おなじで、あまり 意味が ないと おもう。
        これらは 相互前提的に 同時に 区別されるのである。

5-2) ソシュール学批判 ――― 奥田の 研究者 人生を つらぬく もの ―――

    奥田靖雄(1952)「日本における言語学の展望と反省」  出発点(はつの 公刊)
        (1980)「言語の体系性」           再出発(還暦の あと)
における <ソシュール(学) 批判> は、
    「主観主義」と 批判する(1952)か 「構造主義」と 批判する(1980)か、
    という ことに 時代の 雰囲気の 差は 感じるが、内容は ふるびていない。

    前者の 方法:言語の現象形態(話しコトバ)のうちに本質的なものを見ること
          ⇒ 口語文法、大量の 用例による 帰納

    言語学の <対象>  :「はたらき Energeia としての 言語」(W. von フンボルト)
         <つとめ> :「言語の発展の生きた法則」を もとめる こと

    奥田の「活字」になった 言語関係の 最初の 論文
    雑誌(別冊)特集名が『言語問題と民族問題』= 民科の 主要課題
    いわば 民科言語部会 新世代の <決起宣言>


                民間学者 略伝

松下大三郎:1878〜1935 58歳。脳溢血で死去。40歳代後半 国学院大教授(実質5年)。
    主著:「遠江文典」『日本俗語文典』『改撰標準日本文法』『標準日本口語法』

佐久間 鼎:1888〜1970 81歳。九大 心理学講座で ゲシュタルト心理学を 専攻しつつ、
            日本語の アクセント 口語文法の 斬新な 研究も おこなう。
    主著:『アクセント』『表現と語法』『語法の研究』『特質』『言語理論』

三 上  章:1903〜1971 68歳。人生の 大半は 高校の 数学教師。「主語否定」が 基本。
    主著:『現代語法序説』『新説』『象は鼻が長い』『論理』『構文』

奥田 靖雄:1919〜2002 82歳。民主主義科学者協会 言語科学部会・言語学研究会、
    教育科学研究会 国語部会などの 組織を そだて、その なかで いき しんだ。
    主著:『国語科の基礎』『日本語文法・連語論』(編著)『ことばの研究・序説』

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    ……… 我々は今最も 厳密に、大胆に、自由に「今日」を研究して、そこに我々
    自身にとっての「明日」の必要を発見しなければならぬ。必要は最も確実なる理
    想である。……… (石川啄木1910「時代閉塞の現状」)[2012年は啄木没後100年]

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