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3 現代日本語の叙法性(modality) ── その中核と周辺 ──

工 藤 浩(東京外国語大学)


※ 当日 つかった パワーポイント 原稿は こちらから どうぞ。


0 はじめに
 ここで もちいる「叙法性(modality)」は、個別文法を研究しつつ その一般化をめざす文法学者が もちいる術語であり、語レベルの文法範疇「叙法(mood)」に対応して たてられる 文レベルの文法範疇である。哲学や論理学で もちいる論理的な範疇[「様相(性)」]とは異なる。なお、語レベルの叙法(mood)の形態システムを もたない言語は考えうるが、文レベルの叙法性のシステムを もたない言語は、おそらく ないであろう。それは、叙法性が、文の叙述の中核としての「述語」にとって、必須と言っていい範疇だからである。

1)「叙法性・かたりかた modality」の とらえかた
1.1. 従来の主要学説
  H. Sweet (1891) A New English Grammar. Introduction. における "mood"
   主語と述語との間の種々に区別される諸関係を表わす文法形態 cf. 山田の「陳述」
  O. Jespersen (1924) The Philosophy of Grammar. における "mood"
   文の内容に対する話し手の心の構え (attitudes of the mind) cf. 時枝の「辞」
  V. V. Vinogradov(1955)「構文論における基本的な諸問題」における "modal'nost'"
   発話内容と現実との様々な諸関係を表わす文法的形式  cf. 奥田の「モダリティ」

1.2. 定義
  話し手の立場から定められる、文のことがら的な内容と、
  場面(現実および聞き手)との関わり合い(関係表示)についての文法的な表現形式。

1.2.1. 分析的説明
・ポイントは、言語場における必須の四契機である、話し手・聞き手・素材世界・言語内容
 という 四者間の <関係表示> である、ということ。
・叙法性は、<客体面と主体面との相即(からみあい)>として存在する、ということ。
  客体面から言えば、文の <ありかた> つまり 存 在の「様式 mode, mood」
  主体面から言えば、文の <語りかた> つまり 話し手の「態度・気分 mood」

1.2.2. 例証
@助詞「か」における、主体的な <疑問> 性と 客体的な <不定> 性との統一
 文末の終止用法「あした来られますか?」において <疑問性> が卓越し、文中の体言化用法「どこか遠くへ行きたい」において <不定性> が卓越し、そしてその中間の「どこからか、笛の音が聞こえてくる」のような挿入句的な(間接疑問の)場合に、両性格はほぼ拮抗する。
A助動詞「ようだ」における、客体的な <様態> 性と 主体的な <推定> 性との統一
 「まるで山のようなゴミ」「たとえば次のように」などの「連体」や「連用」の「修飾語」用法においては ことがらの<様態〜比喩性>や<例示性> の面が表立っており、「どうやらまちがったようだ」のような「終止」の「述語」用法において 主体的な<推定性> が表面化することになるが、「だいぶ疲れているようだ/ように見える」のように、<様態性>と<推定性> がほぼ拮抗する場合も多いし、「副詞はまるでハキダメのようだ」のように、<様態性>ないし<比喩性> の叙述にとどまることもある。
 叙法性論としては、当該の語形式の、文内での「位置」のちがいや、他の部分との関係における「機能」のちがいといった <構造> 的な <条件> を精密に規定する必要がある。

1.3. 分類の おもな基準 ── 他の文法範疇との相関
 ・時間性(テンス・アスペクト)との接続関係と、その相互作用的な変容の ありかた。
  ・前接部にテンスの対立を持った出来事を 受けるか 受けないか。
  ・後接部にテンスの対立が あるか ないか。
    対立がある場合、対立が まともな対立か、見せかけの対立(中和)か。
    また、機能変容していないか、機能負担量(使用頻度)に かたよりがないか。
 ・みとめかた(肯否)の対立を もつか もたないか。どんな もちかたか。
 ・(中立的)疑問文にも もちいうるか。
    もちいた場合、中立的 → 確認的/熟考的 など、変容するか どうか。
 ・文主体(動作主)の人称性の分化と その共起関係。

2)叙法性形式の、述語構造における分布概念図
【前後のテンスによる 成分分析】    
   前部テンス │ 後部テンス │ 形  式  例
   ──────┼───────┼──────────────────────
     −   │   −   │ しろ  しよう
     −   │  (+)  │ したい  すべきだ
     −   │   +   │ しそうだ  してみる
   ──────┼───────┼──────────────────────
     +   │   −   │ か  だろう 
     +   │  (+)  │ のだ そうだ はずだ / にちがいない
     +   │   +    │ らしい ようだ(様子だ 模様だ)/かもしれない

【分布概念図】
   ┌───────┬────────────────────────┐
   |       |±+ 副次的(客体的)〜 基本的(主体的) ±−|
   ├───────┼────────────────────────┤
   |  内的 意志性|  してみる しようとする したい  しよう  |
   |<行為系>−±|−+  しなければならない  すべきだ   −−|
   |  外的 成行性|  しがちだ しそうだ ことができる      |
   ├───────┼────────────────────────┤
   |  外的 状況性|  様子だ ようだ らしい はずだ  そうだ  |
   |<認識系>+±|++かもしれない  にちがいない  だろう か+−|
   |  内的 説明性|    といっていい  わけだ のだ      |
   └───────┴────────────────────────┘

3)文の構造・陳述的なタイプ
 ※ <叙法性> を基軸にすえて、<時間性> と <人称性> との分化を、分類の基準とする
 a)独立語文 ── テンス・人称、分化せず <ここ・いま・わたし> (Karl Buhler)
   「感 嘆 文」:キャッ、ゴキブリ!(発見)  オーイ、お茶!(欲求)
   「疑問兆候」:ウン?  エッ?  はあ?!
   「応 答 文」:はい ええ うん / いいえ いや / もちろん なるほど
   「よびかけ」:田中さん!  おにいちゃん! (cf. 弟よ!)
          もしもし、ベンチで ささやく おふたりさん!
          さきほど 婦人服売場で スーツを お買い求めになった お客様!

   *擬似独立語文:おとうさんの うそつき!   おにいちゃんの いじわる!
    号令・掲示etc.:出発!  起立! 礼! / 禁煙  静粛

 b)意欲文 ── テンス・人称に、制限あり
   ※通常、主語なし文。 [よびかけの独立語 + 動作述語]が基本構造
   ・命令〜依頼文(二人称):ポチ、来い!  田中さん、こちらに 来てください。
              cf. 田中君、おしゃべりは やめましょう。
   ・勧誘文(一・二人称) :さあ、行こう。 田中さん、一緒に 行きましょう。
     決意文(一人称)  :(ぼくが) 行こう。 
              cf. 「ぼくたちも 行こう」という文の両義性

   *擬似意欲文:「貧乏人は 麦を 食え」と蔵相が発言した。
          「タバコの吸い殻は 吸い殻入れに 捨てましょう」

 c)述語文 ── テンス・人称、ともに基本的に制限なし
   ・叙述文(いわゆる「平叙文」)
     無題文〜物語り文〜現象文(「が」)───テンス・アスペクトが主に分化
        しとしとと 雨が 降りつづいている/いた。
        寒い夜だった。暗かった。無性に ひとが 恋しかった。
     有題文〜品定め文〜判断文(「は」)───叙法性が主に分化。時間性は様々。
        人間というものは、悲しい動物である。嫉妬深い上に、ずる賢い。
        あいつも俺も、嫉妬心から言い争ったにすぎないのかもしれなかった。
        あいつだって、今頃は後悔していることだろう。
   ・疑問文
     一次的疑問文 ── 質問文・念押し文(確認文)・試問文・問い返し文etc.
     二次的疑問文 ── 熟考的疑問文・感嘆的疑問文・依頼的疑問文・反語etc.

   *擬似述語文(感覚・感情表出):嬉しい! 淋しいなあ。 痛い! 寒いよ。
         (指示・指令など):さっさと並ぶ(んだ)! 明日10時に集合(のこと)
      希望文(願望・希求など):行きたい。来てほしい。 助かりますように!

4)叙述文の 叙法形式 一覧
A 基本的(主体的)叙法性 ───「叙述の様式」
  ※テンスを持った出来事を受ける。自らはテンスが、無いか または 変容する。
 a)捉えかた−認識のしかた            [cf. epistemic modality]
     断定⇔推量:するΦ ⇔するだろう / と思う(思われる) のではないか
        伝聞:そうだ / という(話だ)  と聞く  (んだ)って
        推論:はずだ / ということになる といっていい(?) cf. 必然
  a'たしかさ−確信度:にちがいない  かもしれない  かしら
  a"見なしかた−推定:らしい / と見える    [cf. evidentials]
         様態:ようだ  みたいだ     [cf. c) 兆候「しそうだ」]
 b)説きかた−説明のしかた
     記述⇔説明:するΦ ⇔するのだ
        解説:わけだ
┌──────┬───────┐
│  する  │ するだろう  │
├──────┼───────┤
│ するのだ │ するのだろう │
└──────┴───────┘

B 副次的(客体的)叙法性 ───「出来事の様相」
  ※用言語基に接尾。連体形を受けるものも、テンスの対立は、無いか 中和する。
   派生用言・用言複合体として自らがテンスを持つ。ただし、現在か 超時 が多い。
 c)ありかた−出来事の存在のしかた(Sein)  [cf. alethic〜dynamic modality]
        兆候:しそうだ           [cf. a" 様態「ようだ」]
        傾向:しがちだ  しかねない  なりやすい  なりにくい
           しないともかぎらない することもある cf.してしまう(不本意)
        可能:することができる  しうる  −られる  -eru
      (?)必然:するφ  (デ)なければならない
 d)あるべかしさ−行為の当為Sollen(規範)的なありかた [cf. deontic modality]
        許容:しても/たって いい  しても/たって かまわない(へいきだ)
       不許容:しては ならない   しては/たら いけない(だめだ)
       不適切:すると いけない   したら/ては いけない(まずい)
        適切:すれば いい  したら いい  すると いい
        適当:した/する方が いい  / (勧告)する/したが いい
        必要=否定の不許容:しなければ ならない  しなく-ては いけない
       (不可避) 否定の不可能:せざるを えない  しない-わけには いかない
        当然:す(る)べきだ  / (道理)するものだ  することだ
                   [cf. 回想:したものだ  したことだった]
 e)のぞみかた−情意(感情と意志)のありかた       [cf. intentionality]
        願望:したい  したがる
        希求:して ほしい  して もらいたい(いただきたい)
        意図:するつもりだ  する気だ   cf. してしまう(無意図)
        企図:して みる  して みせる  して おく / して やる
  e')情緒性 評価:−に限る −にすぎない するまでもない するにおよばない
   (emotivity)程度:Vされて(Aしくて)ならない  Aしくてたまらない

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