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あゆひ(脚結)抄

 安永7(1778)年刊行の文法書で、富士谷成章(なりあきら 1738〜1779)の著作だが、北辺(=成章)の「口授」を門人吉川彦富・井上義胤が「筆受」した形をとっている。病死する一年前の刊行で、死を覚悟した濃密な文章にみえる。
【補訂:この形式をとる理由の通説的な理解は、旧来の歌学の「伝授思想」に安住するものということだが、病死を予期した成章が、「伝授思想」をさかてにとって「素志」の解説を門人筆受に仮託し、不足・不満でもいそぎ書きのこした、一種の遺書として読むこともできるか。】
 総論にあたる「大旨」において「名をもて 物をことわり、よそひ(装)をもて 事をさだめ、かざし(挿頭)・あゆひ(脚結)をもて ことばをたすく」と述べ、「名」(体言)「装」(用言)「挿頭」(副用言)「脚結」(助詞助動詞)の四つに、身体の比喩による命名を用いて品詞分類するが、この規定は「物を理り(事割り)」「事を定め」るという言い方で主述・題述関係にあたる文の基本構造をとらえ、また命名法と「ことばをたすく」という言い方とで文中の位置と機能をふまえていて、語と文との基本的な相関をおさえた構造的な分類になっている。本論で助詞助動詞にあたる脚結を記述するにあたって、上接語との接続を重視し、まず「名をも受」けるか否かで二大別したうえで、次のように分類し、各語の用法を体系的に記述する。その際「里言」による語釈、つまり口語による脚結の意味の一般化を試みているのも、表現論的解釈・意訳の多かった当時としては、画期的な「方法」であった。

 あゆひ―┬―名を受ける―┬―五属(たぐひ):文末部のムード的な静助辞 (文末助辞)
     │       └─十九家(いへ):文中のとりたて的な静助辞 (文中助辞)
     └─名を受けず―┬―六倫(とも) :テンス・ムード的な動助辞 (文末動辞)
             ├─十二身(み) :ヴォイス・様態的な動助辞 (文中動辞)
[:以下は執筆者注]    └─八隊(つら) :品詞転成にはたらく静接辞 (転成接辞)

 上接語との接続を重視するところから、用言の活用についても深く考察され、活用表にあたる「装図」(大旨所収)も考案されている。

【参考文献:校注の厳密さと親切さは、並行して進展しない】
 松尾捨治郎校註(1932)『あゆひ抄』(大岡山書店)
 福井久蔵撰輯(1943 亀井孝・井上誠之助校)『国語学大系 手爾波2』(厚生閣)
 中田祝夫・竹岡正夫(1960)『あゆひ抄新注』(風間書房)

(工 藤 浩)



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