2000/08/18〜22 白馬日本語研究会
工 藤 浩
d)なしかた−行為・状態の規範的なありかた(当為Sollen)cf. deontic modalityと、「評価性」に注意すべきことを抽象的に述べた。
許容:してもいい してもかまわない(平気だ)
不許容:してはならない してはいけない(したらだめだ)
不適切:するといけない したらいけない(してはまずい)
適切:するといい したらいい すればいい
(勧め)する/した方がいい するがいい
必要:しなければならない しなく-てはいけない=否定の不許可
(不可避)せざるをえない しない-わけにはいかない=否定の不可能
当然:す(る)べきだ / するものだ することだ
dの deonticな「なしかた」の形式の多くが、「ば・と・たら・ても・ては」
のような条件的な形と「いい・いけない・ならない」のような評価的な形容詞と
からできていることは、興味深い。記述・説明と当為・命令とをつなぐものは、
<評価>だから。
・昭和テクスト\路傍の石2.txt(530): 「いや、きょうはうまく▼会え★てよかった。――じつはおまえが出た朝、ぶらりと帰って行くと、おまえはいないじゃないか。どうしたんだと聞くとな。おかみのやつ、追い出したんだとぬかしやがる。ひどいことをすると思ったが、もう、あとの祭りだ。だがな、おかみがおまえを置いといたのは、ありゃ、おまえをおとりにしておいたんだぜ。」「してよかった。」の「して」の部分は、期待の実現の意をあらわす可能態と 無意志的な自動詞とで過半数を占めており、意志動詞の場合も、その意志性よりは 意志に基づく実現性の方が、きいているように思われる。文脈によって 種々の言い換えが可能だが、それらに共通する意味の構造は、<〜となったことによって、「よかった」と評価される>という、[評価の根拠+評価述語]という構造であって、まだ、合成述語の構造にはなっていないように思われる。しかも、その評価も根拠も、個別具体的(アクチュアル)である。
・昭和テクスト\野火.txt(1186): 「まさか。でも、お前随分転がったもんだな。何だって、あんなに転がる気になったんだ。すぐお前と▼わかっ★てよかった。とにかく起きろ。起きられるか」
・昭和テクスト\若き数学者のアメリカ06.txt(48): 学生の視線を背中に感じつつ、次に進もうと考えていたら、ふと、出席を取り忘れていたことに気づいた。昔から、急ぐと必ず何か忘れることになっていたのだが、とにかく▼気が付い★てよかった。コロラド大学では、最初の授業と、その二週間後に二度出席を取って、その結果を事務室に報告することになっていたのだ。出席取りは、学生の姓名の正確な発音を知るのに大変良い機会であると同時に、初対面のギコチナサを除去する絶好のチャンスでもある。
・毎日新聞95\Mai950901-10.txt(13574): \T2\ 五回、イチローのタイムリーで勝ち越し、あとは好投の小林を見極めるため、仰木監督は小林を凝視した。八回二死、九番松井に安打されると、ためらいなく野村、平井へ。試合後、仰木監督は「小林は安打を打たれ★てよかった。あのままだと逆転本塁打を打たれたかもしれない」。予言者のような発言。その感覚を、5時間もの独りの時間に研ぎ澄ましたに違いない。恐るべしウオークマン。(鈴木竜一)
・大正テクスト\夜明け前.txt(2913): 「やっぱり君と一緒に▼来★てよかった。独りでいる時でも、君が来ていると思うと、安心して坐っていられた」
・毎日新聞95\Mai950121-31.txt(23542): \T2\ ▼生きて★てよかった。今回の経験で少々のことにはもう動じなくなるとは思う。しかし、あの現場に行くのはまだ怖い。
・大正テクスト\夜明け前.txt(7133): 恭順は真実を顔にあらわして言った。その言葉のはしにまじる冗談もなかなかに温かい。同門のよしみとは言え、▼よっぽど▼半蔵もこの人に▼感謝し★てよかった。▼しかし▼、謹慎中の身として寄留先を変えることもどうかと思うと言って、彼は恭順のこころざしだけを受け、やはりこのままの仮寓を続けることにしたいと断った。空しい旅食は彼とても心苦しかったが、この滞在が長引くようならばと郷里の伏見屋伊之助の許へ頼んでやったこともあり、それに今になって左衛門町の宿を去るには忍びなかった。このことは、前接部分が否定体の場合も、形容詞や名詞(のデ格)の場合も、なおさらのことである。
・毎日新聞95\Mai950611-20.txt(20109): \T2\ 足かけ三日、実質上一日半のサミットは、前半が経済協議、後半が政治協議だ。今年は国連やブレトンウッズ体制の発足から五十年という節目。次の五十年をどうするかという壮大なテーマが▼語られ★てよかった。▼しかし▼、サミットは初日からボスニア・ヘルツェゴビナへの対応に忙殺され、官僚の用意した膨大な経済宣言案の聞き取りと追認に終始し、最後はエリツィン・ロシア大統領の独演に聞き入った。
・昭和テクスト\新源氏物語37.txt(102): (御所へ▼帰らない●でよかった。お母さまのご臨終におそばにいられたのだもの……)のように、個別具体的(アクチュアル)な[評価の根拠+評価述語]の構造のものばかりであり、唯一、次の例が、<〜でいれば、それで不都合は生じなかった>という、過去のポテンシャルな評価ないし<許容>を表わすと見られる例である。
・毎日新聞95\Mai950211-20.txt(30940): \T2\ 寮母になってまる二十四年。宿直の時は、必ず頭の横に懐中電灯とメモ用紙と宿舎内内線電話を置いている。特に懐中電灯は役に立った。生徒にけが人が▼出なく★てよかった。
・朝日新聞\9902朝日社会.txt(453): 教育学部を受験する男子学生(19)は正直だ。「広末さんが簡単に合格した時は許せなかった。でも、競争率が意外に▼低く★てよかった。うまくいけば同級生になれるかも」。国立大が第1志望という男子(19)は冷めている。「人気タレントというだけで同じ学部を受験するわけじゃない」
・朝日新聞\200002朝日スポーツ.txt(205): 「▼無事●でよかった。僕も3歳の子持ちなのでひとごとじゃない」と酒井。後ほど報告を聞いた梨田監督も「いいことをした。チームも助けてほしいね」と中継ぎ右腕に期待していた。(サイパン=稲崎航一)
・朝日新聞\200006朝日社会.txt(2379): 坪田小の林未記ちゃん(11)は「噴火が▼海●でよかった。山だったら家がなくなっちゃったかも」とほっとした。
・毎日新聞95\Mai950521-31.txt(1565): \T2\ 光明子は絶対的権力を持つ藤原不比等(ふひと)の三女に生まれた。四兄弟がしっかり政権をガード、▼おしとやかな妃●でよかった。ところが天然痘の大流行で、四兄弟全員があっという間に死んで、政争が激化する。おとなしくしていては自分の座も、誇りとする実家・藤原氏の命運も危うい。気丈にも自ら政治に手を染め、返り血を浴びても動じぬ女へと成長していった。
・毎日新聞95\Mai950121-31.txt(7338): \T2\ マスコミも、テレビは初日、「燃えています」「ひどい被害です」といったものばかり。こんな時は、例えば四チャンネルは道路情報、六チャンネルは食糧情報と分けて流す▼べきだ▼。マスコミも大地震の取材に慣れていなかったのだろう。取材ヘリで現場の上空まで行っているのだから、拡声機で避難場所や救援情報を▼流し★てもよかった。■不実行の当然▼あってもよかった▼
・毎日新聞95\Mai950401-10.txt(18701): \T2\ ダイエー・王監督 地元の開幕ゲームだし、華々しい試合をしたかったが……。チャンスはあったし、5点は▼取っ★てもよかった。工藤はしり上がりによくなった。六回以降は安心して見ていられた。勝てる時はガッチリ勝っておきたい。■不実行の当然〜必要
・毎日新聞95\Mai950601-10.txt(21348): \T2\ 勝負を考えるなら、鈴木監督は強制的に石井を四番から▼外し★てもよかった。石井から辞退する方法もあった。▼しかし▼今の近鉄では、▼そのいずれもできなかった▼。そして、どこかいびつな雰囲気のまま記録だけが達成された。(神保忠弘)
・毎日新聞95\Mai951021-31.txt(25910): \T2\ 【オウム真理教に宗教法人の解散命令が出た。社会への影響などについて識者に聞いた。】駒沢大文学部、洗建教授(宗教学) 解散命令は仕方がない。▼ただ▼、解散請求は検察が単独で▼やっ★てもよかった。宗教法人法改正で文化庁が「宗教法人の所轄庁が解散命令を出せるようになっているのに、根拠となる資料を得る権限がないのは法律の不備だ」と、所轄庁に調査権を付与する理由を挙げている。(解散請求を)権限拡大に利用する▼のではおかしい▼。■ベキダッタに近い?
・天声人語\tj86.txt(1872): こんな話がある。都内に社会党関係者がよく行く飲み屋があったが、最近これが閉店した。社会党グループがわれらが店のようにふるまうのでほかの客が来なくなったのか。まさかそれだけが原因とも思えないが、党の活動家ならむしろ、ほかの客と一緒に騒ぎ、客をふやすくらいのことが▼あっ★てもよかった。党の内向き志向を象徴するような話だ。▼受身態▼
・天声人語\tj86.txt(2421): 「街頭こそ浮世の覗機関(のぞきからくり)なれ」ということばが、明治のころの朝日新聞にある。多少時間がかかったとしても、先生が引率して今はやりの「街頭ウオッチング」を楽しむゆとりが▼あっ★てもよかった。いや十分に楽しんだ、という道草組もあるいはあったかも知れない。【千駄ケ谷駅前の中高校生群衆事故】
・毎日新聞95\Mai950111-20.txt(16023): \T2\ 今回、政府関係者の口からしばしば出る言葉に「予想外の揺れ」「予測を上回る力が働いた」というのがある。甚だ気になる。災害はすべからく【ママ】天災で「行政に落ち度はない」と言わんばかりだ。事実、予想を超えるケースだったとしても、それは予想の立て方に問題があったのではないか。人知にも限界があろう。だとしたら、▼もっと▼自然に対して謙虚になった予測が▼あっ★てもよかった。
・毎日新聞95\Mai950711-20.txt(21948): \T2\ この間、科学的成果がなかったわけではあるまい。何度も大災害があり、教訓があったはずだ。都市の急激な構造的変化で災害に対する脆弱(ぜいじゃく)さも露呈されてきた。▼もっと▼時宜にかなった改定が▼あっ★てもよかった。政府の怠慢と言っておく。
・毎日新聞95\Mai950501-10.txt(16162): \T2\ 【対独戦勝五十周年記念式典(モスクワ・サミット)】今回、日本としては正式メンバーではないにしろ、▼せめて▼オブザーバーとして▼招かれ★てもよかった。ロシアが先進国サミットにオブザーバーとして加わっているように。ただ、招待されてもロシアとは平和条約を締結しておらず、招待を受けるかどうか判断に困っただろうという面はあるが、(今回の日本への対応は)くしくも現在の国際社会の力関係とか配置を反映しているのではないかと思えてならない。日本は腹をすえた外交をやらないと、とんでもない孤立化の方向に流されていくことになりかねない。3.1.2. 許容〜当然(過去における)
・毎日新聞95\Mai950511-20.txt(18967): \T2\ 今回の事件は、国民が「人質」に取られた国の治安にかかわる重大事である。単なる刑事事件ではない。捜査の経緯などが▼もっと▼▼明らかにされ★てもよかった。
・大正テクスト\夜明け前.txt(1704): そういう半蔵はここまで旅を一緒にして来た寿平次にたんと▼御礼を言っ★てもよかった。もし寿平次の誘ってくれることがなかったら、容易にはこんな機会は得られなかったかも知れない。供の佐吉にも感謝していい。雨の日も風の日も長い道中を一緒にして、影の形に添うように何くれと主人の身をいたわりながら、ここまでやって来たのも佐吉だ。お蔭と半蔵は平田入門のこころざしを果し、江戸の様子をも探り、日光の地方をも見、いくらかでもこれまでの旅に開けて来た耳でもって、七郎左衛門のような人の話を聴くことも出来た。■当然「〜ていいのであった。」3.1.3. その当時の一つの選択肢=不実行
・昭和テクスト\金閣寺.txt(1630): 私の身は痺れたようになり、しきりに涙が流れた。朝までこのままでいて、人に▼発見され★てもよかった。私は一言も、弁疏の言葉を述べないだろう。■許容 〜てもいいと思った
・昭和テクスト\淳之介砂の上の植物群.txt(962): 欺してはいけない。いや、▼以前のときは▼▼欺し★てもよかった。そのときには、たしかにそれは乳房のふくらみを飾る半透明の宝石だったのだから。■許容
・朝日新聞\9712朝日スポーツ.txt(53): 「かけたんです」。演技を終えた本田は、日本スケート連盟の城田憲子フィギュア強化部長に説明した。「(4回転をやめて)▼かわし★てもよかった。▼でも▼、跳べてしまえば楽になる。最初に決まれば、後の演技もうまくいくと思った」。運を天に任せた挑戦では、転倒という結末も当然だった。3.1.4. 可能な選択の列挙
・毎日新聞95\Mai950811-20.txt(6554): \T2\ 彼【阿南陸相】は第三次近衛内閣の東条陸相のように閣議を▼ボイコットし★てもよかった。▼辞表をたたきつけ★てもよかった。そうすれば内閣は立ち往生し、戦争は継続できた。▼しかし▼彼は誠実に閣議に出て、主張すべきことを主張し、最後は戦争を終結したいという天皇の聖断に従った。
・毎日新聞95\Mai951001-10.txt(19528):【[二枚の絵]長沢蘆雪「山姥図」/円山応挙「雪松図」 (日曜くらぶ)】 \T2\ かように絢爛(けんらん)たるぼろをまとった人物像は、レンブラントがこのんで描いたところだ。くらべる絵には、十七世紀オランダのあの画家が盛装の妻を花の女神にたとえて描いた油彩画を使っ★てもよかった。彼女の衣装、装身具もまた豪華とはいえ、レンブラントが収集した古着、骨董(こっとう)の品々であった。【しかし、くらべる絵には応挙の「雪松図」にまさるものはない。】
・昭和テクスト\楡家の人びと(第2部).txt(663): 小心でけちなのも直りそうになかった。青雲堂の店先で、しばしば彼は小学生仲間と些細なめくり籤をやった。新聞紙で作った小封筒がボール紙に沢山貼ってあって、一枚をひいて中に「当り」の字がはいっていれば相撲取りの大きな色刷写真、外れれば小さな安っぽいブロマイド写真が貰える。みんなは一銭ずつ出してそれぞれ一枚を引いた。周二も一枚を引いた。彼はそもそも自分で金を出す必要がないのだから、何枚でも無造作に▼ひい★てもよかった。▼それなのに▼彼は、時間をかけて慎重にあれかこれかと迷い、思いきって一枚をとると、それは「外れ」であった。彼はいつぞやもっと幼いときベーゴマをとられたときのように、「あー」というような呟きをあげて、情けなそうに口を薄くだらしなくあけた。
・翻訳テクスト\車輪の下.txt(684): なにひとつききめがなかったのに不思議はない。およそ健康な生活には内容と目標とがなければならない。それが若いギーベンラートにはなくなってしまった。彼の父はハンスを書記にするか、手仕事でも習わせようと決心した。子どもはまだ弱っているので、さしずめ、も少しからだに力をつけなければならなかったが、そろそろ本気にその身の振り方を▼考え★てもよかった。【 はじめのうちの、心を乱す印象がやわらぎ、自分でも自殺をもはや信じなくなって以来、ハンスは、興奮して変りやすい不安の状態から一本調子の憂鬱に陥った。そして柔らかい泥地にはまったように、逆らいようもなく徐々にその中に沈んで行った。】■考えてもよい時期だった
・翻訳テクスト\狭き門1.txt(62): だが、彼女にくらべれば、ジュリエットのほうが、▼もっと▼▼美しく思われ★てもよかった。快活さと健康とが、彼女に輝きをそえていた。▼だが▼、彼女の美しさは、姉の優雅さに並べるとなんとなく外面的なもののように思われ、誰にでも一目でそれと見てとれる程度のもののように思われた。■「思われてもいいモノだった」? or ハズダッタに近い?
・昭和テクスト\淳処女懐胎.txt(99): たれかの答を、とくに貞子の答を予期したのではなかった。そのことばをこどもぽい応酬のようにぼんやり聞きながしながら、利平はいわば【ひとりごと】の、唇をまたきゅっとむすんで、電気こんろのニコルム線の赤く焼けているのを見つめた。いや、その電気こんろよりも、もっとあかあかと、いきおいよく、大きい煖炉の中に燃えるであろう薪の炎を遠くに見つめていた。じつは八王子の農園につい去年のくれから普請にかかっている建物があって、この秋にはシャレエふうの小屋がそこにできあがるはずである。ひろい畑のまんなかに、秋のみのりの中に、その小屋はぽつんと一軒立つだろう。そして、やがて冬になれば、外にはこがらしが吹きすさんでも小屋のうちはあたたかく、大きい煖炉には薪がふんだんに投げこまれて、炎があかあかと燃えあがるだろう。そこに、たれがいるのか。それは▼利平でもよく、福子でもよく、貞子でもよく▼、また▼三人そろってい★てもよかった。しかし、利平はときどき、ひそかに、なにということもなしに、自分は日本橋の店に、福子は二本榎の家に、貞子は八王子の小屋にいるけしきを、ふっとおもってみて、そのことにみずからおどろくほどであった。今は、娘ふたりをもつほかには、利平は事業とともに孤独であった。二本榎の家には、いつの日のことか、福子の夫が樺太からもどって来るだろう。八王子の小屋には、貞子のそばに……そこに他のたれかの姿をかりにもおもってみることは、唐突であり無礼であった。それでもなお、【この小屋の設計】はいつのまにか貞子の結婚の準備をしているのと似たようなぐあいになって来た。貞子のはるかなる結婚の相手は、どこのたれだろう。いかなる顔がそこに来てあてはまるのだろう。先刻、大江徳雄の唐突な無礼なはなしの切出し方は、あたかもこちらの壺をねらって飛びかかったように、おのずから切迫した求婚の交渉になっていた。小屋の設計は図星であった。小屋の中、煖炉のまえ、貞子のそばに、ならんで立つものが徳雄であったとしても、ありうべからざるほどのことでもないだろう。利平にとって、そのはなしがひどく耳ざわりにしか聞えなかったのは、結婚についてのかんがえの食いちがえというよりも、貞子の肉体をいけぞんざいに、いわばそれと懇意なもののぞんきな調子で、取扱われたかのような気がしたせいにちがいない。3.2. 否定体
・昭和テクスト\冬の旅2.txt(228): ▼勝っても敗け★てもよかった。これはスポーツであった。
・雑テクスト\百年の預言.txt(7068): ▼眠れなく★てもよかった。明け方二、三時間だけでもとろりと夢界に横たわることが出来ればそれで充分、二人体を寄せ合って、今いる時と場所を忘れるために来たのだもの。3.2.2. 不適切
・朝日新聞\9712朝日社会.txt(1804): ▼用地買収ができなかった時点で、補助金返還の適正な手続きを取っていれば▼、加算金は▼支払わなく★てもよかった。それを隠すために職員が売買契約書を偽造するなどしたため、市は「公金から出すことには市民の理解を得られない」と判断した。
・昭和テクスト\路傍の石1.txt(1222): 安吉は、慶応義塾に行っていただけあって、言わば、この町での知識人だった。からだが悪かったのと、父の死去のために、やむなく、中途で国に帰ることになったのだが、学問に対する熱意は、今でも失っているわけではなかった。しかし、うちの商売をついで、前かけをしめてしまうと、もう落ちついた勉強もできないし、それに、ときどき微熱が出たりするものだから、ぶらぶらしているよりほかはなかった。▼さいわいに▼、食うに困らないだけのものがあるので、店のほうはそんなに▼身を入れない●でもよかった。退屈な店ばんをしているような時、だれか自分のかわりに、勉強する子をしこんでみようかなんて、気まぐれなことを考えることがあるのも、あながち、子どもがないからばかりではなかった。
・翻訳テクスト\罪と罰1.txt(233): ラズミーヒンとは、彼はどういうわけか親しくなった、とはいってもいわゆる親しみとはちがって、彼とならわりあいに話もしたし、腹もわったという程度である。しかも、ラズミーヒンとではそれ以外の関係はもち得なかった。それはいまでもかわりがない。彼は並はずれて陽気な、かくしごとのできぬ青年で、素朴なほどお人よしだ。しかし、この素朴のかげには深みも威厳もかくされていた。友人たちの中でも目のある連中はそれを見ぬいていたし、彼は誰にでも好かれた。たしかにときには軽率なことをしたが、彼は決してばかではなかった。その外貌も印象的だった――ひょろりと背が高く、いつも無精ひげをはやして、髪はまっくろい。彼はときどき腕力を振るって、力持ちで通っていた。ある夜、会合で、大男の警官を一撃でなぐりたおした。酒は飲みだしたら底無しだが、ぜんぜん▼飲まなく★てもよかった。ときどき許せぬようないたずらをしたが、▼ぜんぜんしなくても平気だった▼。
・翻訳テクスト\異邦人1.txt(7): 養老院はアルジェから八十キロの、マランゴにある。二時のバスに乗れば、午後のうちに着くだろう。そうすれば、お通夜をして、明くる日の夕方帰って来られる。私は主人に二日間の休暇を願い出た。こんな事情があったのでは、休暇をことわるわけにはゆかないが、彼は不満な様子だった。「私のせいではないんです」といってやったが、彼は返事をしなかった。そこで、こんなことは、口にすべきではなかった、と思った。▼とにかく▼、▼言いわけなどしない●でもよかった。▼むしろ▼彼の方が私に向かってお悔みを▼いわなければならないはずだ▼。が、彼が実際悔みをいうのはもちろん明後日、喪服姿の私に出会ったときになろう。差当たりは、ママンが死んでいないみたいだ。埋葬が済んだら、反対にこれは処理ずみの事柄となり、すべてが、もっと公のかたちをとるだろう。■シナイ方がヨカッタに近い?3.3. 体言★でもよかった
3.2.3. 名詞=だれでもよかった
・昭和テクスト\楡家の人びと(第3部).txt(319): 明日は帰艦という日の夜、城木達紀は楡藍子と会った。彼自身が藍子に電話をしたのであった。友人峻一のその後の様子でも聞けるかも知れないと心に言いきかすようにして。その実、彼は藍子に会いたいと念じたのだ。なにもそれは▼藍子でなく★てもよかった。惰性のような芸妓遊びへの悔恨が、ふたたび戦場におもむくまえに、なにかしら無垢の少女の像を彼に求めさしたのである。記憶のなかにある藍子はそうした感傷にふさわしく充分に可憐であったし、なんということもない淡い一刻、とりとめもない幼い会話を城木は求めたのである。■誰でもヨカッタ
・朝日新聞\200001朝日社説.txt(180): 衆院比例定数の削減は、昨年1月の自自連立政権発足の際の合意事項である。「行革で公務員を減らすなら、まず国会議員を減らすべきだ」という自由党の小沢一郎党首の主張で、50削減が掲げられた。 リストラが理由なら▼小選挙区定数の削減●でもよかった。比例区が標的とされたのは、「一国一城のあるじ」が多い小選挙区に手を付けると、収拾がつかなくなるからだった。初めから妥協色が漂った。▼?▼
・昭和テクスト\野火.txt(1280): 私はだるかった。寝るのは▼安田の傍●でもよかった。
・昭和テクスト\一瞬の夏04.txt(337): 私がいかにもこれが最後というような調子でチップのすべてを黒か赤に賭けた場合、彼が露骨にその反対の色を出すとは思えなかった。しかし、彼にしても負けるわけにはいかない。とすれば、彼ならどうするだろう。0か00に球を落とそうとするのではないか。0と00は赤と黒に関係なく親の総取りである。しかも、この一時間ほどの何十ゲームかで、その数字は出たことがなかった。だから、私はディーラーが投げ入れる寸前に、そこへ保険をかけるようにして、実はフェイントをかけたのだ。それで少しでも手元が狂えば、黒が出るか赤が出るかの確率は五分五分になる。私はそう読んで黒に賭けた。もちろん、▼黒でも赤●でもよかった。いずれにしても、そこから先は運の問題になる。しかし、それこそが私の望むところだった。
・昭和テクスト\直哉転生.txt(22): 類は友を呼ぶの譬に洩れず、来る女中来る女中、皆気が利かなかった。する事総てが彼の思う壺を外れた。が、彼の機嫌のいい時は▼それ●でもよかった。然し一たん虫の居所が悪いとなると、自分でも苦しくなる程、彼には叱言の種が眼の前に押し寄せて来た。そういう時彼は加速度に苛々し癇癪を起し、自分で自分が浅間しくなるのであった。
・明治テクスト\土.txt(82): 「そんなに悪くなくっちゃ▼それ●でもよかった。俺らどうしたかと思ってな」勘次は改めて又いった。
<未完>