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朝。
小鳥の囀りが部屋の中まで響いている。

彼女はまだ布団の中で惰眠を貪っていた。

その家で最初に目を覚ますのは一家の主たる彼女ではなく、たいていは同居人の少年であり、そうでなければもう一匹の家族だった。

そして今日も朝にめっぽう弱い彼女に代わって少年が朝食の準備をしている。
今日は彼自身も目を覚ますのが少々遅かったため、トーストとベーコンエッグですますつもりだった。
少年がこうやって食事の準備をするようになったのは彼女と同居するようになってからだったが、この二月足らずの間に鍛えられたのか、かなり手慣れた様子である。

そうしてようやく朝食の準備がそろう。
いつもならそろそろ彼女が目を覚ます頃だろうと少年がフライパン片手に廊下側に目を向けるとそこには・・・






ミサト14
MI SA TO 14

第1話






今日も痛む頭を押さえつつ葛城ミサトが目を覚ます。
「あて、て、て、て・・・」
(昨日はこれほどのダメージが出るような飲み方はしなかったはずなのに・・・おかしいわね。)
そうは思っても、頭痛が無くなるわけでもない。
仕方なく、とりあえずシャワーでも浴びようと身を起こす。二日酔いのダメージがある割には、体の方は意外と軽く感じる。
が、まだ半ば頭の寝ているミサトはあまり気にもせずに立ち上がる。
せいぜいあまり酷くなくってラッキーと考えていた。
立ち上がると、何時の間にかホックがはずれたのかブラがずれかかっていることに気付くが、どうせすぐに脱いでシャワーを浴びるのだからとそのままでタオルを手にして廊下に出る。
14歳の多感な少年と同居していることなど歯牙にもかけていないのか、或いはわざと挑発しているのか。下着の上にジャンボTシャツとホットパンツという格好である。
ともかく、ミサトがバスルームへと向かう廊下の途中キッチンの前にさしかかると、そこには彼女の部下にして同居人、さらに一説にはハウスキーパーも兼ねているという少年――碇シンジの姿がそこにあった。
「ふわ〜あ・・・おはよ、シンちゃん。先にシャワー浴びてくるわね。」
いつもの調子でミサトは大あくびをしつつそのままバスルームへ。
対するシンジはというと何かに驚いた様子で挨拶を返しもせず固まっている。
シンジが何に驚いているのかよく分からないミサト。
(あれ?私なんか変な格好してたかしら。まさかブラがずれてるのはシャツの上からじゃ分からないだろうし・・・)
今日のような格好は既に日常茶飯事であるらしい。
ともかく、まだ頭の目覚めきっていないミサトはそれ以上考えもせずバスルームへ入り、無造作かつ乱暴に服を脱ぎ散らかす。

そこでふと視線上げると

「・・・・・・・・・・・・」

そこには見知らぬ少女の姿があった。

「・・・・・・・・・・・・ほへ?」

目の前の少女は素っ裸だった。
結構かわいらしい子だ。
何で家にこんな少女が居るのやらと、呆けた頭がようやく回転しだしたミサトは考える。

目の前に少女が居るのではない。目の前は鏡だ。
ならばと後ろを振り向いてみる。
が、誰も居ない。
そういえばこの鏡の中の少女の姿に見覚えがないわけではない。
確か自分の昔のアルバムなどで見たような気がする。
そう、あれはセカンドインパクトの直前に撮ったやつだ。

・・・・・・ということは。

この鏡の中の姿は、
「わたし?」

    ・
    ・
    ・
    ・
    ・
    ・

「えええええええっ!!」




だが、なんと言ってもさすがにNERVの若き作戦部長。
こんな非常識な事態にもすぐさま冷静な判断力を働かせ始める。

とはいえ、仕事柄ワケの分からないものを相手にしてきている彼女といえども、今回ばかりは本当にワケが分からない。だが、とりあえずワケの分からない部分は切り離して問題点を整理してみることから始める。
どうやら自分の姿が若い頃のようになってしまったのだが、今のところ思いつく問題点は次の3つ。

・何故自分は若返ってしまったのか。
・外見上の変化以外にも何か変わったことはないのか。
・今後もさらに変化が起こるのかどうか。

このうち、今のところすぐに対策を必要とするのは2,3番目である。
だが、普通の医者に行って解決できる問題だとはとても思えない。

(は〜〜。気が進まないけど、仕方ないか。)

そこで博士号を幾つも持つ親友の顔を思い浮かべるミサト。
あんまり急いで行こうという気はすでに失せていた。


一方、見知らぬ少女がミサトのごときあられもない姿で廊下を歩いていったと思うと脱衣所で叫び声を上げたりするのを、キッチンでただ呆然と見送っていたシンジは、手にしているフライパン上の目玉焼きが真っ黒に焦げ付いていることに気付いていなかった。





「・・・というわけで、私にもワケ分かんないんだけど、目を覚ましたらこうだったのよ。」
「はあ。」
シンジとしてはなんと返事すればよいのか分からない。
「とりあえず、リツコんとこに行って原因とかを調べてもらうしかないでしょうけど・・・」
ぽりぽりと頭をかくミサト。

最初はミサトが自分をからかうために親戚か何かの子をつれてきたのかと勘ぐっていたシンジだったが、少女の言動や仕草はまさしくミサトのものだった。

「は〜、しっかし、のどが渇いたわね。」
ミサトは冷蔵庫を開いてエビチュ350缶を取り出す。
少女の姿になっても、やはりこのあたりはまるっきりミサトである。

缶を開けるとそのままいつものように一気飲みを始める。
「んぐ、んぐ、んぐ・・・」
姿こそ違えど、ここまではいつもの朝の風景だったのだが、

「うっ。」
急にミサトは両手で口を押さえて立ち上がり、キッチンの方へと駆け込んでいく。
何事かとシンジが後を追っていくと、そこには流し台で飲みかけていたビールを吐き出しているミサトの姿があった。

「うえ〜、にっがあ〜。
 なによこれ〜。」

まさか賞味期限が切れていたというわけではあるまい。
なにしろミサトの普段の飲酒量は並でなく、買い置きの酒類が1週間ともったことがないのだから。
というわけで原因は別にある。
要はミサトがアルコールを口にし出したのは大学に入ってからということ。
それまではろくにアルコール類は口にしていなかったわけであり、
「そう。味覚まで子供の頃に戻ってるってことなのね。」
そう小さく呟くミサトの目はなにやら妖しい光をたたえている。
一番の楽しみであるビールが飲めなくなったのが相当堪えているようだ。


一方シンジは、姿形は若返っていても中身はやはりミサトということに、なんとなくほっとしていた。



そんな中、玄関チャイムが鳴る。
最近の葛城家の朝の恒例行事となった、悪友二人によるシンジのお迎えだ。

それにまず反応したのはミサトの方だった。
すぐさまインターホンに出る。
「おはよう。相田君に鈴原君。」
そのまま玄関に出ていこうとするミサトをシンジが慌てて引き留めた。
「ダメですよ、ミサトさん、その格好で・・・」
「ちょっとぐらいいいじゃない。」
「ダメったらダメ。そんな格好見せたら大騒ぎになります。」

トウジとケンスケらは待ちかまえている間、玄関ドアにぴったりと耳を当てて、そんなシンジとミサトのやりとりを聞いている。
「おいトウジ。『そんな格好』ってどんなだと思う?」
「そら〜、えらい騒ぎになるゆーとるくらいやからなあ・・・」
ちょっと他人には言えないような想像を膨らます二人。
そのままドアに張り付いていると・・・。
プシュ。
エアの抜ける音とともに突然ドアが開く。
「おわっ。」「わたっ。」「ぐえっ。」
ドアに体重を掛けていた二人はそのまま玄関先に倒れ込んでしまう。(ちなみに下敷きになったのはケンスケの方)

「二人とも、何してんの?」

シンジがジト目で二人を見る。

「い、いやあ。シンジがなかなか出てこないんで、ちょっと心配になってな。」
「そ、そうや。なんやバタついとったみたいやないか。」
そう言いながらも、床を這いずって廊下の奥をのぞき込もうとしているのだから説得力などかけらもない。

「ミサトさんなら出てこないよ。」
そんな悪友二人の様子に呆れるシンジは二人を引きずって表へ出る。
「じゃあ、行ってきます。」



「なんや友達甲斐のないやっちゃな。」
「ほんと、やーなかんじ。」
シンジがミサトのあられもない格好を独り占めにしてると思いこんでる(実際、普段においてはその想像の通りなのだが)二人は学校までの道中口々に愚痴る。
「さっさと行かないとまた遅刻するよ。委員長にどやされても知らないからね。」
確かに時計をみるとあまり時間には余裕はないようだ。
仕方なしに話を打ち切るケンスケたち。

なんとか遅刻せずに登校できた3人は上履きに履き替えて教室へと向かう。

「ところでさ、昨日急に呼び出されだろ。あれって何だったんだ?」
「そや。使徒とかいう奴もけえへんかったやろ。」
「それに、綾波は残って授業受けてたし。」

そう言われて、今朝の騒ぎですっかり忘れていた昨日の出来事を思い出すシンジ。

昨日はというと・・・
授業ももう終わりという頃に急にNERV本部に呼び出されたと思うとそのまま旧東京跡までエヴァごと空輸され、暴走したJRだかJTだかいう無人のロボットを食い止めるという作戦をする羽目になったのだ。
シンジの任務は、エヴァ初号機を使って走り続けているロボットをこれ以上都市部に近づけないようくい止めつつ、ミサトをその内部に乗り込ませること。
そして乗り込んだミサトが、直接ロボットを停止させるよう操作するというのが作戦の全貌だった。

作戦は、残り時間数分という条件下で行われたが、残りわずか1秒ほどでくい止めることができた。

しかし後になって考えてみると、このロボットを放置しておけば確かに大災害を引き起こすのだろうが所詮は他人事である。
わざわざミサトが命を懸けなければならない理由などない。
「ま、やれることやっとかないとね。後味悪いでしょ。」
そうミサトは言っていたのが、それだけが理由だとはとても思えない。

確かに自ら立てた無茶な作戦をやってのけるミサトの剛胆さには感動したし、尊敬もしている。
だが、それ以上に自分の知らない、あるいは想像も付かない何かがあるように思えるのだった。

この2月近くミサトと一緒に住んできたシンジだが、家族の真似事のようなことをしていてもどうしても越えられない壁があることも感じていた。
無論、シンジ自身ミサトに心を開いているとは決して言えないことは分かっている。
しかし矛盾しているが、同時にミサトとの心のふれ合いを求めているのも間違いない自分の本心なのだ。
ただし、こういったことはシンジも頭の中で整理できているわけではない。
ただ漠然とこう思う。

(やっぱり、無理を言ってでも僕もついていった方がよかったかな?)

さすがにとんでもない事態になっているミサトを放っておいて学校に来たことを今頃になって後悔するのだった。



一方そのころ、ミサトは未だNERV本部に到着していなかった。

「だ〜か〜ら〜、私が葛城ミサト本人だって言ってるでしょうが。」
「こんな29歳が居るわけないだろ。嘘をつくならもっと説得力のある嘘をつきなさい。全く、どこの中学校だ?」

愛車のルノーで本部へ向かう途中、中学生に間違えられて警官に止められ説教されていたのだった。



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あとがきのようなもの

最初の構想では、ミサトが若返りもせず、酒に酔った勢いでシンジを襲ってしまう話だったのに、いつの間にかこういう話になってしまっていた。
しかし、若いミサトが登場する話というのはついぞ見たことがないので、以外と穴場かもしれない。
ただ、かなり考えなしで書き始めているので、アスカ登場以降はどうなることか未定。
さらにただでさえ遅筆なのに、よそさまへの投稿をあわせて3本も連載を抱えてしまった。
ホントどうなることか。(こちらの方が心配)


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