第一章

 〜博霊神社・境内〜

   1

 幻想郷の東端に位置する博霊神社を訪れる人間は少ない。人間の里からは鬱蒼とした緑に覆われた、見通しの悪い獣道を通らなければ行けないし、何より妖怪に襲われる危険を冒してまで来る物好きは限られている。

鳥居のある境内が神社に対して人間の里の方ではなく、幻想郷の外を向いている時点で、参拝客を迎える気などないと言っても良いだろう。そんな万年休業状態の博霊神社でも毎日のお勤めというものは果たさなければならず、一人で切り盛りする巫女の朝はそれなりに忙しい。それは木の葉の積もる季節になっても変わらない。

ご神体を安置する本殿は滅多に立ち入らないので、あまり手入れをする必要はないが、拝殿や社務所兼自宅はそうはいかない。風通しを良くするために戸という戸を開けることから始まり、埃を落とし、箒で掃き、井戸から汲んだ水で雑巾がけをする。それが終われば、今度はかじかんだ手もそのままに朝拝をし、祝詞を上げる。

そこまで済ませてようやく朝餉の準備に取りかかれる。薪を用意し、火打ち石から火をおこして火種が大きくなるまでがまた一苦労。ついでに暖をとれるのがせめてもの救いか。友人の魔法使いのように、魔法で火を起こせたらと思うこともしばしばある。

そういった日常の勤めを果たし、息抜きがてらに境内を箒で掃き始める頃には、もうお天道様は高い位置にいる。このくらいの時間になれば晩秋といってもいくらか暖かい。

(平和ねぇ……異変がなくてなによりだわ……)
 柔らかい日差しを浴び、立ったままでもうとうととしそうな心地よい風に身を任せていると、西の方角から風を切る鋭い音が聞こえてきた。

「魔理沙かしら?」
 最近博霊神社には妖怪もよく集まり、妖怪神社の異名を取るほどだが、昼間に来るのは人間が主だ。と、言ってもただの人間が空を飛んでくるはずもない。大抵珍妙な客というのが相場となっている。

社殿の上空を飛び抜け、霊夢の頭を超えたところで急制動をかけるモノクロの人影が一つ。一呼吸おいて一陣の風が境内に流れ込み、霊夢は目をつぶって髪を押さえる。

「よぉ、霊夢。相変わらず暇そうだな」
 たまたま止まった場所のせいだろうが、現れた少女は鳥居の上に仁王立ちで腕を組んでいた。

「暇とか言う前に鳥居から降りなさいよ、魔理沙! バチを当てるわよ!」
「おっと、それは勘弁願いたいね。どうせ当たるなら富くじがいい」

 腰に手をあててお冠の霊夢の言葉に素直に従い、西洋魔女の装いをした少女、魔理沙は手にしている箒に跨り、ゆっくりと境内に降り立った。

「あんたの方こそ暇そうね。どうせこの辺に迷い込んでくるガラクタを集めにきたんでしょ」
「ガラクタとは心外だな。夢盛りだくさんの不思議アイテムと言ってくれ」
「蒐集家はみんなそう言うのよ。神社には特に用はないんでしょ? これでも私は神に仕える身で忙しいのよ」

 霊夢は猫を追い払うようにしっしっと邪険に払う。
「そう言うなよ。今日はお前に用があってきたんだよ」
「私に用? どういう風の吹き回し?」

 彼女にしては珍しいフリに、霊夢は半分驚き、半分訝しむ。どうせろくでもない話だろうと決めつけていた。
「弾幕ごっこしようぜ!」
「……っー」

 魔理沙の言葉に霊夢は頭を抱えて絶句した。理由もなしにいきなり勝負をふっかけられたら困るのは当然だ。弾幕ごっこはお遊びではあるが、命の危険がはらんだものである。お手軽にするものではない。

「どうした? いい暇つぶしになるじゃないか」
 あっけらかんとして言う魔理沙だが、人の話を聞いていない。つい今し方、霊夢は忙しいと言ったはずなのだ。

「大体あんたとやって何の得があたしにあるのよ」
「ストレス解消になるんじゃないのか? 最近、異変もなくて鬱憤がたまってないか?」
(言われてみれば……)

 ここ最近の自分の生活を振り返ってみると、魔理沙の言うとおり異変もなく日々同じ事を繰り返してばかりだ。別段不満に思ったことはなかったが、いざ他人から指摘されると鬱屈していた気もしてくる。

「まぁ、少しなら……つきあってあげてもいいわよ」
「オーケーオーケー。とりあえず1ミス、1ボムでやろうぜ」

 それならすぐに決着がつく。お互い負けん気は強いし、やる時は友人相手だろうと容赦はしない。油断して事故を起こすこともないだろう。

 魔理沙にうまく乗せられた気もするが、腕が鈍っていないか確認することもできると、霊夢は自分を納得させた。
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