前作で婚約した二人でしたが、ちょっと雲行きが怪しくなってきました。理由は、彼の職業にあります。
競馬の騎手、特に障害レースに騎乗するため、転倒・落馬・骨折が珍しくありません。彼女は、それが耐えられないと。
現実を目の当たりにして、それに向き合って生きていく自信がないと。
【343ページ】 「結婚してくれるなら、騎手をやめる」 「本気で言ってるの?」 「そうだ」
さして喜んでいる様子はなかった。私はあらゆる点で敗れたようだ。「私……えー……」 ダニエルが低い声で言った。
「騎手をやめなかったら、結婚するわ」 私は自分の耳を疑った。「今なんと言った?」 「私……」 言葉を切った。
「私と結婚したいの、それとも、したくないの?」 「ずいぶん、ばかげた質問だな」
互いに身を乗り出して、久し振りに再会したように接吻した。(中略) 「何で考えが変わったのだ?」
レース中に5頭が巻き込まれた転倒事故で、騎手の1人ジョウは完全に意識を失ってしまい、救急車で運ばれました。
ダニエルは、ジョウの妻に付き添った時のことを回想します。
「……それに、ジョウの奥さん……彼女、吐いたのよ。何もかも吐いた。何もかも下したわ。
汗をかいて冷たくなっていた……それにお腹が大きい……
私、彼女に訊いたの、どうして恐怖と同居しながら暮らしてゆけるのか、と……
彼女が、恐怖とジョウとの生活、恐怖がなくジョウもいない生活、選択は簡単だ、と言ったわ。
(中略) 私、今日、あなたのいない生活がどんなものか、はっきりわかったの……
恐怖がなくキットもいない生活……彼女が言ったように……恐怖をとる気になったのだ、と思う」