【128ページ】 「トッドは続けるよ」 ジックがいった。
「それなら、よほどの愚か者だわ」 怒り、軽蔑、敵意の入りまじった口調であった。
「そうさ」 私がいった。「当節は、悪を正そうとする者は、みんなばかなんだ。
介入しない、関係しない、責任を感じない方が、はるかに利口だ。おれは、ほんとうは、ヒースロウのあの屋根裏で、
人のことなんか気にかけずに無事安全に絵を描いていて、ドナルドがどうなろうと、放っておくべきなんだ。
その方がはるかに利口であることは、おれも認める。問題は、おれには、なんとしてもそれができないことなのだ。
地獄のような苦しみを味わっているのがわかる。黙って背を向けることなど、どうしてできよう?
とくに、彼を救い出す可能性があるのに。成功しないかもしれない、それはたしかだ、しかし、
努力してみないでいることは、おれにとって、絶対に耐えられないことなのだ」
素晴らしい。まったく同感です。小説だから、と言われてしまえばそれまでですが、現代日本にもぴったり当てはまります。
当節、利口な大人ばかりで、子供が悪さしていても注意しないのが当たり前、
自分が損をすることだけは何が何でも避けなければならない……が、しかし! 「情けは人のためならず」。
少しでも、この主人公のように振る舞いたい。誰かに強要されるのではなくて自分の意志で。
「人情」という古くさい価値観を、なくしたくはないものです。