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魔王さまと僕

クリスマスを君と


 24日の夜、終わらない仕事に僕がため息をついていると、窓の外で鳥が羽ばたく音が聞こえた。いや、こんな真冬の真夜中に鳥なんかいるわけがない。それに鳥の翼にしては大き過ぎる羽音………。僕はキーボードの手を止めてカーテンの閉まっている窓を見た。
「おい、アシュ、早く開けろ」
 ドンドンと乱暴に窓がノックされた。また常識のない魔王様がやってきたのだ。たぶん、来るだろうとは思っていたけど。
 去年、この悪魔にクリスマスの話をしたらステキなプレゼントを用意してくれた。その時思わず喜びすぎたのが悪かったのか、来年のクリスマスにも必ず行くとすごまれた。悪魔がやる気になるとロクなことがないんだが………。
「アシュ!」
「窓をこわさないでくれよ」
 僕は椅子を立って窓を開けた。ぶわっと冷気が顔を冷やす。細い金の髪がその風に乗って僕の目の前に広がった。クリスマスになんてふさわしい豪華な金色。僕の魔王。
「………やあ」
 僕は一呼吸おいて、そう言った。ラキエの姿がいつもと違ったからだ。普段裸に近い格好を好む彼だが、今日は黒く光沢のある暖かそうなマントをはおっていた。金色の髪にそのマントがとても似合っている。ところで翼がどうなっているのか、思わず背中をのぞこうとしたら、腕を掴まれて抱き寄せられた。
「わ」
「行くぞ」
 ラキエは僕の身体に片手を回すとそのまま窓から飛び立とうとした。僕はラキエの胸に両手をつっぱらせてもがいた。
「ま、待って。行くってどこへ?」
「魔界だ」
 ラキエはさも当然、聞くほうがどうかしてるという顔で、逃げようとする僕をさらにきつく抱きしめる。
「ちゃんと掴まれ」
「待ってってば! 僕は今仕事の途中だよ」
「仕事だ? なんで今日仕事なんかしてるんだ」
 ラキエは呆れた顔で僕を見つめた。そんなこと言われたって。
「いや、その………遅れて」
 ラキエは僕の答えに不満そうに眉を寄せた。
「仕事は後だ」
「いや、あの、そりゃ後でもいいんだけど」
 じゃあ、と引き寄せられた腕をもう一度押し返す。
「でもちょっとまって」
「それも後だ」
 僕はラキエの腕を振り払った。
「待てってば。僕にも都合や予定があるんだよ」
「今日はいっしょにいるんだろ」
「それは………」
 クリスマスだから、去年約束したから。だから僕だって考えていたことだけど。
「そうだけど、別に魔界へ行かなくてもいいだろう?」
「ダメだ」
 ラキエはきっぱりと言い切って、振り払った腕をまた掴んだ。
「時間のムダだ。行くぞ」
「ま、ま、まってくれ」
 僕は窓枠に掴まって足をふんばった。
「あの、ねえ、できれば今年は僕とこっちで過ごしてくれないかな」
 ラキエは目をぱちぱちとさせた。
「何でだ」
「なんでって………」
 僕は口の中でもごもごと呟いた。ほんとはナイショにしておきたかった。君と一緒にこっちで過ごす計画を僕も立ててたことなんて。
「そのぅ………君のところへいくとなかなか帰れなくて仕事が遅れるし、今年はこっちでいられればなって」
「また仕事か、アシュ」
 ラキエは眉をしかめた。仕事という言葉を聞くと、機嫌が悪くなる。
「そ、そればっかりじゃないんだけど。でも僕にも考えてたことがあって――」
 思い通りに事が運ばないのに苛立ったのか、ラキエは乱暴に僕を引き寄せた。腰に腕を回すと、羽根を羽ばたかせて少し浮き上がる。僕は思わず叫んだ。
「待てよ! そんな強引なのは嫌いだよ」
「黙って掴まってろ」
「ダメだってば! PCの電源だってそのままだし」
「そんなに早く帰りたいなら、望み通りさっさと帰してやる」
 うそつけ!
 ラキエは怒鳴ろうとした僕の口をふさぐとそのまま空に飛び立った。
「──ラキ! 強引なのはいやだっていってるのに! 僕の話も聞いてくれ!」
 僕はラキエの手をはがして耳元で叫んだ。
「向こうについてから聞いてやる」
「それじゃ遅いんだよ!」
「遅いのは、お前の仕事だろ」
 鼻先で笑われてさすがにムカッとした。
「仕事が遅れたのは君にだって責任があるんだ!」
「俺に?」
 飛んでしまえば僕は口でしか抵抗できない。それを見越してラキエは余裕の顔。
「こないだすぐ戻すとか言って結局三日もひきとめたじゃないか」
「帰したくなくなった責任はお前にもあるな」
 ニヤニヤと笑われてこないだの濃厚な三日間を思い出す。思わず彼に抱かれている身体が震えた。
「僕だってクリスマスまでには終わらせたかったよ………」
「後でもできるんだろ? さっきそう言った」
「仕事の事を気にしながら君と過ごしたくなんかなかったんだよ」
「すぐに気にならなくなる」
「自分勝手な悪魔は嫌いだ……」
 このまま魔界へ連れていかれるんだろうな、僕はあきらめてラキエにしがみついた。
 そもそも仕事が遅れた僕が悪いってことはわかってたんだ。余裕があれば、ちゃんとラキエを待って、一緒に行こうって言えたんだ。楽しく過ごすはずのクリスマスにこんな言い争いなんかしなくたって。
 僕はため息を白い塊にして夜空に吐いた。
 ところがラキエは不意に速度を落とすと、そのまま一番近くのビルの屋上に降りてしまった。
 足がしっかりついたところでいったん腕を離すと、身につけていたマントをバサリととった。それから僕の身体をしっかりくるんでくれる。
「………」
 マントは表はシルクのように見えたが、裏地は光沢のある短い毛になっていてとても暖かい。動きにつれて青白い光を放って美しかった。
「身体が冷たい」
 ラキエが呟いた。
 もともと低温を好む彼には本当はこんなもの必要がない。つまりこれは僕の為に用意されたものなのだ。
「お前が行かないとか言わなきゃちゃんとしてから飛べたんだぞ」
 ラキエは唇をとがらせて言い訳のように言った。時々過保護にすぎるくらい、彼は僕の身体を大事にしてくれる。
「すごく暖かいね、このマント」
「月豹の毛皮で作ってあるからな」
 魔界の獣なのだろう、僕はマントに顔をうずめた。
「お前が悪いんだ、ジゴウジトクだ」
「………行きたくなかったんだからしょうがないじゃないか」
「なんで行きたくないんだ!」
 ラキエは駄々っ子のようにわめいた。彼にとって魔界で一緒に過ごすことはもう決められたことなのだ。僕がいやがるなんて思ってもいなかったのだろう。そう、嫌なわけじゃないんだ、ただ………
「僕も用意してたことがあるからだよ!」
 怒鳴り返すとラキエはびっくりした顔をした。
「……用意? なんだそりゃ」
「僕だって仕事を上げて君と過ごすつもりだったんだ、こっちの世界で。君にこっちの世界のきれいなものを見せてあげたかったし。一緒にいたいって思うのは僕だって同じだよ」」
「あ、あー」
 ラキエはようやく僕の気持ちをわかってくれたようだ。僕がラキエのことを考えるんだってことを、彼は時々忘れてしまう。悪魔の言葉には「思いやり」という単語が存在しないらしい。
 ラキエは自分がいいと思ったことは僕も同じように思うのだと考える。少しずつ、人間の心を教えてはいるのだけど、まだまだ理解できないところも多いのだろう。
 でも、だからこそ、ラキエが不器用に見せる優しさに、僕は弱いんだけど。
「うー………」
 それでも、わかったけど、だからといって向こうへ行くのをやめるつもりにはなれないのだろう、ラキエは困った顔をした。
 融通がきかないというか、やっぱり自分勝手というか。
 僕は顔を上げて周りを見回した。辺りの風景から場所の見当がつく。ここからなら………
「ラキエ──」
「なんだ?」
 どこかビクビクした様子でラキエが聞き返す。
「魔界へ行く前に寄り道していいかな」
「寄り道?」
「ここから君に見せたいもののある場所が近いんだ、それを見てからなら魔界へ行ってもいい。どう?」
 僕の言葉にラキエはちょっとほっとしたようだ。取引なら悪魔にはわかりやすい。寄り道をすれば僕の願いをかなえたことになり、ラキエも自分の意志を進められる。
「わかった。そのきれいなものってやつ見に行くぞ」
 ラキエはそう言うと腕を広げて僕が抱きつくのを待った。
「うん」
 僕はちょっと笑って彼の腕の中へ入り、首に腕を回す。
「いくぞ」
 ラキエはマントで僕をしっかり包み、その身体を抱き上げて再び夜空に飛び立った。


 僕はラキエに指示しながら天海市の港の方へ向かった。顔に冷たい風が当たるけど、マントに包まれた身体はぬくぬくと温かい。
「あ、あれだよ」
 僕は港を指差した。港前の公園に巨大なクリスマスツリーが立っている。樹齢何百年というケヤキの木に、豪華な電飾をほどこしたツリーだ。
「どうかな? あれなら君も気に入るんじゃないかな」
「人間がやったにしてはなかなかだな」
 ラキエはきらきらと瞬く光をみつめながら憎まれ口を叩いた。
 金色の目と髪が光を映してキラキラと輝いている。僕はラキエの滑らかな頬を見つめた。夜を彩る灯りに照らされたラキエは、うっとりするほどキレイだ。
「もう少し近づくか?」
「ダメだよ、今日はみんな上を見てるからね。君の髪が光りを反射して見つかってしまう。クリスマスの天使ってまちがわれてもいいの?」
「勘弁しろ」
 ラキエは心底うんざりした顔で言った。人間が天使と呼ぶ生物もラキエたちの種族だと聞いたことがある。
「やつらは人間の信仰心が好物だから」とその時ラキエは教えてくれた。
「人間好みの形態をとるし、いろんなおせっかいをするんだ」と。
 天使と悪魔が同種族なんて、聞きたくはなかったけど。
「空から見るツリーもいいね」
 僕は笑って輝く人工の灯りを見つめた。
「降りてゆっくり見よう。あそこなら大丈夫だろ」
 ラキエは海辺に建つ一番高い建物をあごで示すと、そちらへ向かってはばたいた。

 ホテルの屋上にはヘリポートがあったが、こんな遅い時間ではさすがに使用するものもいない。
 僕はマントをしっかりと手で押さえ、柵の方によってツリーを見おろした。キラキラとまるで夢のように輝くクリスマスツリー………。
「確かにきれいだな」
 背後から腕が伸びてきてマントごと抱きしめられた。ラキエが僕の首筋に唇を寄せてくる。
 その唇が氷のように冷たくて、僕はすくみあがった。
「ラキエ?」
 振り向こうとしたが、その前に耳を口に含まれた。
「な、なにを考えているんだ」
「んー、お前を暖めてやる方法だな」
 ラキエの手がマントの上から僕の身体を撫でる。
「や、やめろよ、こんな場所で」
 僕は前かがみになって手を避けようとした。それがいけなかった。前に上半身を倒したので突き出すようになっている腰を抱えられてしまう。
「こんな場所って?」
「こんな──ホテルの屋上じゃないか」
 ラキエは僕の身体を片手で自分にぴったりと寄せるように引き寄せて、もう片方で腰骨の当たりを円を描くように撫でる。
「ここだからの間違いだろ?」
「な、にを………」
 言いながら手を中心へと伸ばす。布に隔てられやんわりとした刺激を感じる。
「外だけど、ここはそういう場所だろ?」
「え?」
 ラキエの膝で足を割られ、その膝に腰が乗るような格好にされた。押さえられているのは片手だけなのに動けない。
「この建物は快楽に溺れてる大勢の人間のオーラでいっぱいだ」
 ラキエの言っている意味がわかってかっと頬が熱くなる。クリスマスのカップルがホテルですることと言ったら…。
「だ、だからって………っ」
「すごいな、足元から建物を通しても伝わってくる」
「そ、そんなの僕にはわからないよ」
 ラキエは喉の奥で低く笑った。
「こっちのクリスマスも面白そうだ。楽しんでいこう、アシュ」
「まっ──」
 僕は体をよじったが逃げられない。
「あ、いや、だ──」
 服の上からなので細かい動きが伝わらない分、執拗に撫でていく。それだけのことなのに、優しい愛撫が僕の身体を熱くしていった。
 ラキエの言う快感のオーラが足からつたわっていくように、膝が痺れて力が抜けていく。
「手、いれてもいいか?」
「や、や、だ………」
 ラキエの爪がファスナーを爪でひっかく。その細かな振動にすら感じる。
「ホントに?」
「………っ」
 いやだ、という意志をこめて首を横に振る。
なのにそれを気に留めるでもなく、ラキエはジッパーを降ろして中に手を差し入れてきた。
下着の上からでも冷たい手に僕は震えあがった。
「ひっ」
「ちゃんと入れるぞって言ってあるんだ、そんなにビクつくなよ」
「い、いれていいなんて、言ってない!」
「ホントかって聞いたら、違うって首を振ったろ」
「ち、ちが………っ、んっ」
 わかってるくせにわざとそんなこと。
 ラキエの指が下着の上から掴んで先端を撫でる。
「んっ………っ、………ぅ」
 目尻が熱くなってツリーがぼやける。その輝きが僕を包む。それはまるでラキエの言う快感のオーラのようだ。そう、きっと僕もその気に当てられているんだ。でなければこんな、こんな簡単に身体が疼きだすなんて。
 ラキエは胸元にも服の上から手を這わせていく。力が抜けてきて僕はラキエの胸に背をもたれさせた。でもまだこんな状態でいいようにされるのが恥ずかしい。
「い、いや……」
 ラキエは指先で乳首が建ちあがるまで撫でまわしてきゅっとつまみあげた。
「ひゃ、…ぁ……ぅん」
 自分でも驚くくらい甘えた声が出てしまう。ラキエはそれに気をよくしたか、下着ごとズボンを膝上まで下ろしてじかに触れた。
「ア」
 外気に触れた冷たさに、思わず彼に体を押しつけてしまった。
「………ん」
 ラキエの身体の確かさにうっとりする。僕はもう抵抗しないで下と胸に触れている手に自分の手を重ねた。その手の甲がとても冷たい。暖めたくてぎゅっと握った。
 ラキエは手の動きを大きくし、さらに刺激をくわえてきた。
「あっ、………っ」
 思わずラキエの手を強く握ってしまう。口から白い息がいくつもこぼれ落ちる。
 ラキエは指の輪の中で根本から擦り上げたり、先端を手のひらでくるりとなで回したり指先で弄ったりして僕の快感を煽る。どんどん身体が熱くなり、その熱が僕の中で行き場を求めて渦を巻く。
「アシュ、お前が熱くなってくる………」
 ラキエは僕を強く抱きしめた。優しいキスが耳に頬に首に触れる。壊れ物でも扱うように、丁寧に、愛おしそうに。
「は、ぁ……っ」
 体が寒さではなく震える。早く、と僕の自制のきかない身体がねだる。もっと、と心が声をあげる。ホテルを覆う快感のオーラ、それが僕の身体を煽り、炙ってゆく。
「アシュ」
 その耳に悪魔は僕を快感の頂点へ押し上げる一言を放った。
「こうやって感じているお前の魂が一番きれいだ」
「あぁあ、………んっ!」
 僕は凍りついた夜空に灯された熱を放った。



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