邦題 『まだ見ぬ敵はそこにいる』
原作者 ジェフリー・アーチャー
原題 Hidden in Plain Sight(2020)
訳者 戸田裕之
出版社 ハーパーコリンズ・ジャパン
出版年 2021/12/20
面白度 ★★
主人公 ロンドン警視庁捜査巡査部長のウィリアム・ウォーウィック。今回は麻薬取締独立捜査班に所属。本作中に婚約者のべス・レインフォードと結婚。双生児の父親となる。
事件 ウィリアムは、ロンドンを支配する悪名高き麻薬王、通称”蝮(ヴァイパー)”の正体をつかみ逮捕することを命じられた。彼の旧友であった麻薬の売人から情報を仕入れたが……。
背景 著者が新たに書き出した<ウォーウィック・シリーズ>の第2弾。ウィリアムは、父親が勅撰法定弁護士で、姉も弁護士という恵まれた法曹一家に育った関係で、順調に出世街道を歩んでいる。アーチャーの文章は平明でプロットも勧善懲悪型なので、安心して楽しめるものの、中途半端な終わり方はいただけない。4部作から8作以上のシリーズを意図しているからか?

邦題 『ロムニー・プリングルの冒険』
原作者 クリフォード・アシュダウン
原題 The Adventures of Romney Pringle((1902)、The Further…(1969)
訳者 平山雄一
出版社 ヒラヤマ探偵文庫
出版年 2021/9/
面白度 ★★
主人公 表面上は著作権代理人だが、実際は詐欺師で怪盗というロムニー・プリングル。
事件 本書は『……冒険』と『続……冒険』の2冊を合本した日本独自の短編集。「アッシリアの回春剤」*「外務省報告書」*「シカゴの女相続人」*「トカゲのうろこ」「偽ダイヤモンド」「マハラジャの宝石」「潜水艦」「キンバリーの逃亡者」「フローレンスの蚕」「黄金の箱」「銀のインゴット」「拘置所」の12本を収録している。末尾に*印の或る短編は雑誌に既訳あり。
背景 著者名は、ソーンダイク博士の生みの親オースチン・フリーマンと彼の医師仲間であったジェイムズ・ピトケアンの共同ペンネーム。前半6本の短編集はクイーンの定員の30番目に選ばれている。ソーンダイク登場以前の作品で、20世紀が始まった頃の風俗小説として興味深い。

邦題 『ユドルフォ城の怪奇』上下
原作者 アン・ラドクリフ
原題 The Mysteries of Udolpho(1794)
訳者 三馬志伸
出版社 作品社
出版年 2021/9/15
面白度 ★★
主人公 フランスのガスコール地方に住む名門家の一人娘エミリー・サントベール。
事件 母を亡くしたエミリーは、父の転地療養のため旅に出るが、その途中ヴァランクールという若い男と恋に落ちた。だが父も旅の途中で亡くなり、孤児になったエミリーは叔母の元で暮らすものの、その叔母がイタリア人と結婚。エミリーは二人からイタリア貴族との結婚を強要され、山中のユドルフォ城に連れていかれるが‥‥。
背景 『オトラント城奇譚』を嚆矢とするゴシック小説派の代表作。18世紀末からこの手のゴシック小説が大流行したそうだ。ミステリー的には人間消失といった奇怪現象が合理的に説明されていることが、小説的には当時の風俗・風景が丁寧に描写されていることが一番興味深い。

邦題 『木曜殺人クラブ』
原作者 リチャード・オスマン
原題 The Thursday Murder Club(2020)
訳者 羽田詩津子
出版社 早川書房
出版年 2021/9/15
面白度 ★★★★
主人公 アマチュア側は経歴不詳のエリザベスを中心とした<木曜殺人クラブ>の面々。警察側はドナ・デ・フレイタス巡査とクリス・ハドソン主任警部。
事件 引退者用高級施設には、趣味として未解決事件を調査する<木曜殺人クラブ>がある。扱う事件は過去のものであったが、なんと施設の共同経営者の一人が殺された事件が起きたのだ。その警察情報も一部入手し喜んでいたところ、もう一人の共同経営者も殺されてしまった!
背景 表題からはクリスティの『火曜クラブ』を連想してしまうが、クラブの設定が似ているだけで、内容は全く異なる。最大の特徴は、一人称と三人称が混在したユーモラスな語り(と騙り)の面白さ。故丸谷才一氏なら絶賛したであろうミステリ、と言えば分かりやすいか。

邦題 『解放ナンシーの闘い』
原作者 イモジェン・キーリー
原題 Liberation(2017)
訳者 雨海弘美
出版社 集英社
出版年 2021/1/25
面白度 ★★★
主人公 ナンシー・ウェイク。オーストラリア出身で南仏の富豪の妻だが、ナチス占領下のマルセイユでレジスタンスに協力。夫が逮捕されたことにより英国へ脱出。
事件 英国では英国特殊作戦執行部(SOE)に志願。厳しい訓練後には大尉として、ヴィシー政権の所在地であるオーヴェルニュ―地方に潜入。マキという地元の組織と共にゲリラ活動を始め、ノルマンディー上陸からフランス解放を裏で支え、闘い抜いたのだった。
背景 実在した女性を主人公にした小説。どの程度事実に沿っているのか私にはわからないが、第二次世界大戦を舞台にした冒険小説としてはそれなりに楽しめる。なお本書は二人の作家イモジェン・ロバートスンとダービー・キーリーの合作で、前者は英国作家で邦訳もある。

邦題 『血の葬送曲』
原作者 ベン・クリード
原題 City of Ghosts(2020)
訳者 村山美雪
出版社 角川書店
出版年 2021/4/25
面白度 ★★★
主人公 レニングラード人民警察警部補のレヴォル・ロッセル。34歳。かつては音楽家を目指したが、拷問により左指を切断されて警察官になった。
事件 1951年スターリンの恐怖政治下にあるレニングラードで、猟奇的な殺人事件が起きた。二本の線路が平行に走る線路上に、顔の皮膚を剥ぎ取られ歯を抜かれた5つの死体が整然と並べられていたのだ。ロッセルは身元確認を急ぐが、犠牲者たちのありえない共通点に気付いた!
背景 二人の合作による歴史警察ミステリー。冒頭から一気に物語に引き込まれ、犠牲者が線路に並べられた謎が明らかになる中盤までの展開は警察小説として面白い。後半はベリアなどの実在人物が登場する旧ソ連下の歴史ミステリーに変貌するが、紋切型プロットなのが残念。

邦題 『見知らぬ人』
原作者 エリー・グリフィス
原題 The Stranger Diaries(2018)
訳者 上条ひろみ
出版社 東京創元社
出版年 2021/7/21
面白度 ★★★★
主人公 英語教師クレア・キャシディとその15歳の娘ジョージア、事件捜査を担当するサセックス警察犯罪捜査課部長刑事ニール・ウィンストンの三人。
事件 クレアが勤めている中等学校の旧館は、ヴィクトリア朝時代の作家ホランドの邸宅だった。中途採用に応募したのは彼女がホランド研究家でもあったからだが、ここで彼女の親友である同僚が殺され、遺体のそばには”地獄はからだ”という謎のメモが!
背景 イギリスでは二つのシリーズ物で人気のベテラン作家の本邦初訳作品。現代的なゴシック・ロマンスといってよいが、謎解き小説としても伏線に無理がなく、意外性にも富んでいる。三人の視点から語られる物語の微妙な違いも、サスペンスを高めるのに一役買っている。

邦題 『ブラックサマーの殺人』
原作者 M・W・クレイヴン
原題 Black Summer(2019)
訳者 東野さやか
出版社 早川書房
出版年 2021/10/25
面白度 ★★★★★
主人公 国家犯罪対策庁(NCA)の重大犯罪分析課(SCAS)に所属する警官ワシントン・ポー。相棒は同課分析官で、天才的な才能の持ち主ながらコミュ障害のティリー・ブラッドショー。
事件 ポーは、カリスマ・シェフとして有名なキートンを娘殺しの罪で刑務所に送った。だが6年後の今、その娘が生きて姿を現したのだ。血液のDNA検査の結果は、6年前に殺害されたその娘に間違いないという。シェフの罪は冤罪だったのか? ポーは絶対的な窮地に立たされたが……。
背景 『ストーンサークルの殺人』に続く、ポー・シリーズの第2弾。冒頭の不可能興味に満ちた設定が素晴らしい。後半は謎解き小説というより、シリアルキラーとポーの対決というと倒叙ミステリ風の展開となるが、リーダビリティー抜群の語り口には圧倒されてしまう。

邦題 『キャクストン私設図書館』
原作者 ジョン・コナリー
原題 Night Music:Nocturnes Volume 2(2015)
訳者 田内志文
出版社 東京創元社
出版年 2021/5/21
面白度 ★★★
主人公 原書は13本の作品からなる短編集だが、本書は本や物語をテーマとする4本の作品(うち中編1本と短編2本、極小短編1本)から構成された日本独自の短編集。
事件 内訳は、「キャクストン私設図書館」「虚ろな王(『失われたものたちの王』の世界から)」「裂かれた地図書―五つの断片」(1.「国王たちが抱いた不安と恐怖の話」、2.「ジン」、3.「泥」、4.「異世界の彷徨い人」、5.「そして我々は暗闇に住まう」)「ホームズの活躍:キャクストン私設図書館での出来事」
背景 冒頭の1編はAWM短編賞受賞作。読書好きな人間がいつのまにか異常な世界に入ってしまうというプロットは独創的。ただしミステリらしい解決はない。

邦題 『ダーク・デイズ』
原作者 ヒュー・コンウェイ
原題 Dark Days(1884)
訳者 高木直二
出版社 論創社
出版年 2021/8/30
面白度
主人公 大きな地方都市に居を構えている青年医師のバジル・ノース。
事件 ある日バジルは往診の際、病気の母親の娘フィリッパに一目惚れしてしまった。だが開業直後で財産もない彼は愛を告白できずにいる内に母親が突然死亡し、フィリッパは准男爵と結婚。ところが失恋の痛手で仕事も辞めたバジルの前に、失意のフィリッパが現れたのだ。
背景 本書は、明治時代に黒岩涙香が翻案した最初の作品『法廷の美人』(1889)の原書。ホームズ時代の幕開け直前に書かれているので、ミステリーとしての仕掛けは実に単純なもの。またヴィクトリア朝後期の男女の恋愛を扱っているので、恋の進捗はまどろっこしいの一言。読みやすいのが取り柄だが、現代人向けのミステリーとは言い難い。

邦題 『骸骨』
原作者 ジェローム・K・ジェローム
原題 日本独自の編集(1893他)
訳者 中野善夫
出版社 国書刊行会
出版年 2021/7/18
面白度 ★★★
主人公 日本独自の編集による17本の作品(内中編は2本)からなる短編集
事件 さまざまな短編集から訳者が気に入ったユーモア、ファンタジー、ホラー、SF短編を集めたもの。「食後の夜話」「ダンスのお相手」「骸骨」「ディック・ダンカーマンの猫」「蛇」「ウィブリイの霊」「新ユートピア」「人生の教え」「海の都」「チャールズとミヴァンウェイの話」「牧場小屋の女」「人影」「二本杉の館」「四階から来た男」(イエス・キリストが主人公らしい)「ニコラス・スナイダーズの魂、あるいはザンダムの守銭奴」「奏でのフィドル」「ブルターニュのマルヴォーナ」。
背景 ユーモア小説『ボートの三人男』が有名な著者にもこのような一面があったのかと興味深い。ユーモア物はさすがに面白いが、怪奇物は独自性があまりないのが少し残念。

邦題 『女探偵 ドーカス・デーン』
原作者 ジョージ・シムズ
原題 Dorcas Dene(1897)、Detective & Dorcas Dene(1898)
訳者 平山雄一
出版社 ヒラヤマ探偵文庫
出版年 2021/5/
面白度 ★★
主人公 訳題通りの女探偵ドーカス・デーン。元は女優であったが、隣人の元私立探偵の助言で探偵となる。夫ポールは画家であったが、病気で失明した。ワトスン役は、ドーカスの女優時代に劇作家だったサクソン。
事件 目次を見ると20章の長編小説のようだが、実際は2-3章で物語が一段落する短編9本からなる短編集である。9本の短編には独自の題名は付けられていない。
背景 著者はジャーナリスト・作家・劇作家で、コナンドイルの友人。本書は「クイーンの定員」の22番目に採られている。ホームズのライヴァル達の一人。謎解き短編としてはホームズ物のような驚きはないが、ヴィクトリア朝末期の風俗小説としてはそれなりに楽しめる。

邦題 『自由研究には向かない殺人』
原作者 ホリー・ジャクソン
原題 A Good Girl's Guide to Murder(2019)
訳者 服部京子
出版社 東京創元社
出版年 2021/8/27
面白度 ★★★★
主人公 リトル・キルトン・グラマースクール最上級生のピッパ(ピップ)・フィッツ=アモービ。17歳。相棒は、容疑者と疑われ自殺した学生の弟ラヴィ・シン。
事件 ピップは自由研究で5年前に自分の住む町で起きた17歳の少女失踪事件を調べることにした。交際相手の少年が彼女を殺害・自殺したという。手始めに警察や新聞記者、関係者たちにインタビューをしていくと、身近な人々が次々に容疑者に浮かび上がり……。
背景 主に児童文学方面で活躍していた著者のミステリ第一作。探偵役とその相棒が十代の少女・少年の謎解き小説。IT機器やSNSに強い主人公はいかにも今風。ピップの行動力・コミュ力が魅力的に描かれている。前半が謎解き風、後半はサスペンス調で(少し長過ぎるが)楽しめる。

邦題 『ベルリンに堕ちる闇』
原作者 サイモン・スカロウ
原題 Blackout(2021)
訳者 北野寿美枝
出版社 早川書房
出版年 2021/11/25
面白度 ★★★
主人公 ベルリンのバンコウ管区警察署警部補のホルスト・シュンケ。元レーシング・ドライバーであったが、レース中の事故で負傷。警察官となるが、ナチス・ドイツには入党していない。
事件 その彼に、元女優である党幹部が殺された事件の捜査が命じられた。どの派閥にも属さないという理由のためだが、一歩誤れば我が身の破滅になりかねない。即座に捜査を始めると似たような殺人事件が起き、シリアル・キラーによる暴行殺人が疑われることに……。
背景 歴史小説を得意とする著者が、ナチス時代の1939年のベルリンを舞台にした初のミステリ。当時の風俗描写は丁寧で、リーダビリティは高い。残念なのは、優秀な刑事であるはずのシュンケが杜撰な捜査をすることだが、理不尽な長官・局長の要求によるストレスのためか?

邦題 『クレタ島の夜は更けて』
原作者 メアリー・スチュアート
原題 The Moon-Spinners(1962)
訳者 木村浩美
出版社 論創社
出版年 2021/10/10
面白度 ★★★
主人公 在アテネ英国大使館の下級書記官二コラ・フェリス。本編の語り手。両親はすでに亡くなっている20代前半の女性。
事件 二コラは従姉と共に休暇をクレタ島で過ごすことに。だが偶然、彼女はホテルのある村近くで英国人男性を助けた。彼は何者かに襲撃され、弾傷を負って羊小屋に逃げ込んでいたが、同行していた弟は拉致されたらしい。ニコラは犯人の中にホテル関係者がいると睨んだが……。
背景 代表作『この荒々しい魔術』を書いた著者の5冊目の邦訳。好奇心旺盛な若い女性が事件に巻き込まれた男性を助けて大活躍する典型的なロマンチック・サスペンス。登場人物が少ないのでプロットや結末は予想が付きやすいが、自然描写はそれなりに興趣を覚える。

邦題 『爆弾魔―続・新アラビア夜話』
原作者 R.L.スティーヴンソン&ファニー・スティーヴンソン
原題 The Dynamiter More New Arabian Nights (1885)
訳者 南條竹則
出版社 国書刊行会
出版年 2021/4/22
面白度 ★★
主人公 オムニバス形式の長編なので、主人公はいない。
事件 独立性の高い比較的長い短編三本「破壊の天使の話」「ゼロの爆弾の話」「美わしきキューバ娘の話」の前後に、それらの短編を繋げる関連性のある短編を配し、プロロークとエピローグを付けて一巻としたもの。三人の凡庸な男チャロナー、サマセット、デズボローの爆弾を巡る冒険小説ともいえる。
背景 スティーヴンスンが病気療養中に、再婚した妻が語った話を後年二人が必死に思い出して書き上げた作品。最も注目すべきは、「破壊の天使の話」のモルモン教に関する話がドイルの『緋色の研究』の後半部によく似ている点で、これだけでも翻訳する価値があったようだ。

邦題 『ピーター卿の遺体検分記』
原作者 ドロシー・セイヤーズ
原題 Lord Peter Views the Body(1928)
訳者 井伊順彦
出版社 論創社
出版年  
面白度  
主人公 

事件 


背景 



邦題 『テムズ川の娘』
原作者 ダイアン ・セッターフィールド
原題 Once Upon a River(2018)
訳者 高橋 尚子
出版社 小学館
出版年 2021/9/12
面白度 ★★★★
主人公 舞台はテムズ川の河畔なので主人公はテムズ川と言いたいところだが、強いて挙げれば、そこに住む三組の人々、つまり写真家ドーントと看護師リタ、実業家ヴォーンの一家、農場主アームストロングの一家か。
事件 冬至の夜、パブ<白鳥亭>に人形を抱え顔に重傷を負ったドーントが突然現れた。だが人形と見えたのは瀕死の少女。呼ばれたリタの努力の結果、奇跡的に生き返ったものの少女の身元は不明だった。ヴォーン夫妻の誘拐された娘か、アームストロングの孫娘なのか?
背景 紹介文に「幻想歴史ミステリ」とあるが、厳密にはミステリとは言い難い。ヴィクトリア朝時代のテムズ川の描写が秀逸で、複雑な人間関係を有する物語を巧みに収束させている。

邦題 『紅いオレンジ』
原作者 ハリエット・タイス
原題 Blood Orange(2019)
訳者 服部京子
出版社 早川書房
出版年 2021/9/25
面白度 ★★★
主人公 法廷弁護士のアリソン。夫は心理療法士で、二人の間には6歳の娘がいる。
事件 ロンドンでバリスタ(法廷弁護士)として活躍するアリソンは、念願かなって夫殺害事件の弁護を担当することに。逮捕された妻は殺人を自白しているのだが、アリソンは何かを隠していることに疑問を持った。一方私生活では娘を愛しながらも、独身のソリシタ(事務弁護士)との情事を止められずにいる。ある日、謎の人物から不倫を咎めるメールが届き始め‥‥。
背景 著者の初翻訳作品。殺人事件を扱い、脅迫メールの犯人を追うというミステリではあるが、面白さは、才能ある弁護士の不倫により家庭崩壊が起こるのか、といった風俗小説的興味にある。また日本には馴染みのない英国法曹界のお仕事小説としても楽しめる。

邦題 『裏切りの塔』
原作者 G・K・チェスタトン
原題 The Tower of Treason and Other Stories(1913,1922)
訳者 南條竹則
出版社 東京創元社
出版年 2021/5/28
面白度 ★★★
主人公 原書の『知りすぎた男その他の物語』からホーン・フィッシャー作品を除いた4本の中・短編と3幕1場の戯曲(本邦初訳)を含む日本独自の短編集。
事件 収録作品は中編「高慢の樹」と短編「煙の庭」「剣の五」「裏切りの塔」の4本と戯曲「魔術――幻想的喜劇」。
背景 既訳の「高慢の樹」と「裏切りの塔」は、1977年の創元推理文庫版『奇商クラブ』(中村保男訳)に「驕りの樹」と「背信の塔」という題で収録されている。また「煙の庭」と「剣の五」は、2008年の論創社版『知りすぎた男――ホーン・フィッシャーの事件簿』(井伊順彦訳)に同題のまま収録されている。戯曲「魔術」はミステリーではないが、いかにもチェスタトンらしい台詞に満ちている。

邦題 『宿敵』上下
原作者 リー・チャイルド
原題 Persuader(2003)
訳者 青木創
出版社 講談社
出版年 2021/8/12
面白度 ★★★
主人公 シリーズ・キャラクターでお馴染みのジャック・リーチャー。家も車も持たずに、アメリカ放浪の旅を続ける元憲兵隊指揮官。
事件 リーチャーは、十年前に息の根を止めたはずの悪党クインをボストンで目撃した。一方で司法省麻薬取締局の捜査官たちから非公式に協力を求められ、輸入商ベックの邸宅に潜入した女性捜査官の消息を探すことに。ベックとクインが知り合いであると分かったリーチャーは……。
背景 シリーズ7作目の作品。本シリーズは2021年までに26作も書かれているので、本書は初期の作品といってよい。既訳作品と比べると、銃撃戦や素手での格闘場面がかなり多く、謎解き要素は減ってしまった。米国読者を狙ったベストセラーを意識しすぎた結果か?

邦題 『運命の証人』
原作者 D・M・ディヴァイン
原題 The Sleeping Tiger(1968)
訳者 中村有希
出版社 東京創元社
出版年 2021/5/28
面白度 ★★★
主人公 地方都市に住む事務弁護士のジョン・プレスコット。物語の始まり時は24歳。
事件 ジョンが駆け出しの弁護士だった頃、友人で会計士のピーターにある女性を紹介された。ノラ・ブラウン。ジョンは一目で彼女の虜になってしまったが、やがてピーターとノラは婚約した。ところがピーターは何故かふさぎ込むことが多くなり、ついに自殺してしまったのだ。ジョンがノラと結婚したのは、それから40日も過ぎなかったのだが……。
背景 全13冊ある著者の12番目の翻訳。巻末解説で大山誠一郎氏は著者の特徴を「小説の力を活かし切った最良の本格ミステリ」としている。納得する点は多いものの、本書はジョンの視点で語られるので警察捜査の描写は少ない。本格味のあるサスペンス小説とも言えそうだ。

邦題 『憐れみをなす者』上下
原作者 ピーター・トレメイン
原題 Act of Mercy(1999)
訳者 田村美佐子
出版社 東京創元社
出版年 2021/2/26
面白度 ★★★
主人公 お馴染みの修道女フィデルマ。法廷弁護士(ドーリィー)でもある。
事件 フィデルマは単身巡礼の船旅に出た。だが船には、若き日に彼女を捨てたかっての恋人キアンが乗っていた。そして船出の翌朝、巡礼団の一員である修道女が行方不明なる。時化のなか海に落ちたと思われたが、船室らか血染めの衣が見つかり、フィデルマは捜査をすることに!
背景 7世紀のアイルランドを舞台としたフィデルマ・シリーズの第8作。邦訳は第7作『消えた修道士』以来6年振り。本書の特徴は、ワトスン役の修道士エイダルフが登場しないことと、フィデルマの解決すべき事件が船という閉鎖空間内で起こる点。その結果、前半の謎解き小説的展開は単調だが、後半はさすがに本来の冒険小説的プロットが生きて楽しめる。

邦題 『囁き男』
原作者 アレックス・ノース
原題 The Whisper Man(2019)
訳者 菅原美保
出版社 小学館
出版年 2021/6/12
面白度 ★★★
主人公 シングルファザーの作家トム・ケネディ。7歳の息子ジェイクを育てている。事件の捜査側はピート・ウィリス警部補か。
事件 愛する妻を喪ったトムは、母の死というトラウマを抱えるジェイクの扱いに困惑し、新天地での生活を決意した。場所はフェザーバンク村。緑の映える美しい土地だが、そこでは20年前に「囁き男」が連続少年誘拐殺人を起こしていたのだ。そして新たに似た事件が起こり……。
背景 別名義では十冊以上の著作がある作者が、新名義で発表した本邦初訳作品。主プロットはサイコ・サスペンスだが、猟奇性や残虐性は少ない。著者の狙いが、サイコ物の面白さより、一人親と息子の微妙な関係を描くことにあったからであろう。

邦題 『スリープウォーカー』
原作者 ジョセフ・ノックス
原題 The Sleepwalker(2019)
訳者 池田真紀子
出版社 新潮社
出版年 2021/9/1
面白度 ★★★★
主人公 マンチェスター市警巡査部長のエイダン(エイド)・ウェイツ。犯罪捜査の相棒は同市警巡査の若い女性ナオミ・ブラック。
事件 12年前に起きた一家惨殺事件の犯人が、癌のために余命宣告をされ病院に収容された。だが何者かに襲撃され、エイダンの目前で「俺じゃない」と言った後に死亡。なぜ死にかけている男が殺されたのか? エイダンはナオミと共に複雑な謎を追う。
背景 『堕落刑事』でデビューしたエイダン・シリーズの第三弾。デビュー作のノワール風警察小説から、謎解き主体の警察小説に様変わりしている。また相棒との会話などもデビュー作より数段進歩している。ただし結末がノワールに戻ってしまったのは、個人的には少し残念だ。

邦題 『ガラスの顔』
原作者 フランシス・ハーディング
原題 A Face Like Glass()
訳者 児玉敦子
出版社 東京創元社
出版年  
面白度  
主人公 

事件 


背景 


邦題 『第八の探偵』
原作者 アレックス・パヴェージ
原題 Eight Detectives(2020)
訳者 鈴木恵
出版社 早川書房
出版年 2021/4/25
面白度 ★★★★
主人公 隠退した作家のグラント・マカリスターと現役編集者のジュリア・ハート。
事件 ジュリアは、探偵小説黄金時代に一冊の短編集『ホワイトの殺人事件集』を刊行し、その後小島に隠棲しているグラントのもとを訪れた。彼女の狙いはその短編集の復刊を持ちかけることであった。多彩なプロットを持つ7作の短編をジュリアがひとつひとつグラントに読み聞かせ、二人は議論を交わしていくが……。
背景 『カササギ殺人事件』に代表される作中作を織り込んだミステリ。短編7作も取り込んだ点に独創性があるが、それらの短編の謎解き小説としての質が高い点にも注目だ。惜しむらくは謎解きの語り口の切れ味が少し鈍いことだが、新人作家なので今後に期待したい。

邦題 『サナトリウム』
原作者 サラ・ピアース
原題 The Sanatorium(2021)
訳者 岡本由香子
出版社 KADOKAWA
出版年 2021/11/25
面白度 ★★
主人公 英国の警察官エリン・ワーナー。現在は休職中だが、建築家の恋人がいる。
事件 アルプスの山岳リゾートにある、古いサナトリウムを改装した豪華なホテル<ル・メソ>。弟の婚約パーティのためエリンは恋人と訪れたのだが、何か喜べない雰囲気を感じていた。すると、ホテル副支配人である弟の婚約者が失踪。そのうえゴムマスクをはめられた女性の遺体が見つかったのだ。大雪で交通遮断のなか、エリンは単独で捜査に乗り出すが……。
背景 新人の第一作。クリスティと同郷だそうで、物語も大雪で孤立したホテル内の連続殺人事件を扱っている(ただし謎解きではなくサスペンス小説)。権限のないスイス国内での捜査のためか、主人公の言動に魅力が乏しいのがかなりの減点になっている。

邦題 『TOKYO REDUX 下山迷宮』
原作者 デイヴィッド・ピース
原題 TOKYO REDUX(2021)
訳者 黒原敏行
出版社 文芸春秋
出版年 2021/8/25
面白度 ★★★★
主人公 第一部はGHQ民間公安課捜査官ハリー・スウィーニ。第二部は私立探偵室田秀樹、第三部は対日工作員から翻訳家になったドナルド・ライケンバック。
事件 1949年7月国鉄の下山総裁が忽然と姿を消し、深夜線路上の轢断死体で見つかった。第1部はその謎をハリーが捜査する。第2部は1964年のオリンピック目前の東京で、その謎を追って消えた推理作家黒田を室田が追跡し、第三部の1989年では過去の亡霊がライケンバックの元へ……。
背景 著者の<東京三部作>の最終作。松本清張を始め幾多の作家・ジャーナリストが追求した下山事件を扱っている。第一部はノンフィクション・ノヴェル風の展開だが、それ以後は事実を離れた独自の展開。ノワールの文体・語り口は健在で、著者の迫力には圧倒される。

邦題 『アガサ・レーズンの探偵事務所』
原作者 M・C・ビートン
原題 Agatha Raisin and the Deadly Dance()
訳者 羽田詩津子
出版社 原書房
出版年 2021/2/20
面白度  
主人公 

事件 


背景 


邦題 『アガサ・レーズンと完璧すぎる主婦』
原作者 M・C・ビートン
原題 Agatha Raisin and the Perfect Paragon(2005)
訳者 羽田詩津子
出版社 原書房
出版年 2021/7/20
面白度  
主人公 

事件 


背景 


邦題 『瞳の奥に』
原作者 サラ・ピンバラ
原題 Behind her Eyes(2017)
訳者 佐々木紀子
出版社 扶桑社
出版年 2021/3/10
面白度 ★★
主人公 ロンドンの精神科クリニックで秘書として働くシングルマザーのルイーズ・バンズリーと精神科医デヴィッドの妻アデル・マーチン。
事件 ルイーズは新しい上司となる医師デヴィッドを見て仰天した。前夜にバーで出会って意気投合し、キスまでいった相手だったからだ。一方彼の妻アデルとも知り合い友人に。ルイーズはデヴィッドの魅力に負け一線を越えるが、この夫婦の不可解なことにも気付き……。
背景 著者は本邦初紹介の女性作家。好きな作家はスティーヴン・キングとのことで、本書もホラー味のあるサスペンス小説。主人公二人が交互に語るという形式で物語が展開する。単純なプロットながら読ませるが、ミステリ・ファンにはこの結末はいただけない。

邦題 『彼と彼女の衝撃の瞬間』
原作者 アリス・フィーニー
原題 His & Hers(2020)
訳者 越智睦
出版社 東京創元社
出版年 2021/8/31
面白度 ★★★
主人公 BBCのキャスターからレポーターに降格されたアナ・アンドルースとロンドンから車で2時間ほどの距離にあるブラックダウン在住の警部ジャック・ハーパーの二人。
事件 物語は、二人の視点からほぼ交互に語られる。ブラックダウンの森で、女性の死体が見つかった。アナが現地に飛ぶと、事件捜査の責任者はロンドンで結婚していた元夫のジャックだった。そのうえ被害者の女性は二人の知人。だが、二人の言い分は微妙な食い違いがあり……。
背景 『ときどき私は嘘をつく』に続く邦訳第2弾。プロットは『そして誰もいなくなった』風の連続殺人事件を扱っているので謎解き小説ファンでもそれなりに楽しめるが、狙いはあくまでのサスペンス小説なのだから、語り口がフェアかどうかの議論は無意味だろう。

邦題 『ゲストリスト』
原作者 ルーシー・フォリー
原題 The Guest List(2020)
訳者 唐木田みゆき
出版社 早川書房
出版年 2021/11/15
面白度 ★★★
主人公 群像劇なのでいない。強いて挙げれば、結婚する花嫁(ウェブ雑誌の創設者のジュール)と花婿(サバイバル番組主演スターのウィル)の二人か。
事件 アイルランド沖の孤島で、ジュールとウィルの豪華な結婚式が計画され、多くの友人や知人が参加することになった。だがその裏では、謎めいた警告の手紙が見つかったり、花嫁とその妹との葛藤が明らかに。そして殺人が起きる。誰が誰を殺したのか?
背景 孤島での殺人というと、クリスティの『そして誰もいなくなった』を連想してしまうが、その後の展開をみると、むしろクリスティの別の傑作を思い出してしまう。嫌味な登場人物が多すぎるのが弱点だが、サスペンス小説にフーダニットの要素を含めたプロットは秀逸だ。

邦題 『ネヴァー』上中下
原作者 ケン・フォレット
原題 Never(2021)
訳者 戸田裕之
出版社 扶桑社
出版年  
面白度  
主人公 

事件 


背景 


邦題 『ソーンダイク博士短篇全集V パズル・ロック』
原作者 R・オースティン・フリーマン
原題 The Puzzle Lock(1925)、The Magic Casket(1927)
訳者 渕上痩平
出版社 国書刊行会
出版年 2021/4/25
面白度 ★★★
主人公 ジョン・イヴリン・ソーンダイク博士。医学博士で法廷弁護士。
事件 二冊の短篇集の18本の短編からなる日本独自の短篇集。「パズル・ロック」「緑のチェックのジャケット」#「ネブカドネツァル王の印章」#「フィリス・アネズリーの危難」「疫病をまき散らす男」「バーナビー事件」「砂丘の謎」「バーリング・コートの幽霊」「謎の訪問者」#「魔法の小箱」*「箱の中身」「巧妙な隠れみの」#「法廷の博物学者」#「ポンティング氏のアリバイ」「パンドラの箱」「巨獣の手がかり」*「急を救う病理学者」*「瓦礫で集めた情報」の18本。題名末尾の#は戦前訳だけの短編、*は本邦初訳と思われる短編である。
背景 これですべての短編が訳されたことになる。最後の短編は1927/3に雑誌に発表された。

邦題 『ビーフ巡査部長のための事件』
原作者 レオ・ブルース
原題 Case for Sergeant Beef(1947)
訳者 小林晋
出版社 扶桑社
出版年 2021/2/10
面白度 ★★★
主人公 警官を退職し私立探偵業を営んでいるウィリアム・ビーフ(元巡査部長)。事件の記述者はライオネル・タウンゼント。
事件 ケント州の「死者の森」で頭部を銃で撃たれた死体が見つかった。地元警察は自殺と判断。だが疑問を持った被害者の妹はビーフに捜査を依頼した。最近引っ越してきた隣人が秘かに殺人願望の手記を書いているとは、ビーフには知る由もなかったが。
背景 ビーフ巡査部長シリーズの6作目(全8冊)。毎回奇抜なプロットを考え出す著者の今回の工夫は、冒頭に動機無き殺人を決行する手記が載っていて、その後その人物の登場する物語が語られる。一種の倒叙物のような面白さ。解説は充実し、題名の由来も納得した。

邦題 『マイ・シスター、シリアルキラー』
原作者 オインカン・ブレイスウェイト
原題 My Sister, The Serial Killer(2018)
訳者 粟飯原文子
出版社 早川書房
出版年 2021/1/15
面白度 ★★★★
主人公 ナイジェリアの大都市ラゴスに住む看護師コレデと彼女の妹アヨオラ。
事件 コレデは母と妹とともに暮らしているが、几帳面な性格のコレデは、妹が犯す殺人に悩まされてきた。妹は誰からも愛される美人なのだが、これまでに三人の彼氏を殺していたからだ。コレデは妹を守るため、それらの犯行の隠蔽を積極的に助けていたが……。
背景 著者はナイジェリア生まれで、幼い頃両親とともに英国に移住して英国の大学を卒業し、現在はナイジェリアで編集者の仕事をしながら本書でデビューした。このような経歴なので英国ミステリに含めた。純粋のミステリとは言い難い犯罪小説。姉と妹の絆、彼女らと父母との関係、ナイジェリアの現社会がユニークかつユーモラスに描かれていて、なにより小説として面白い。

邦題 『ベッドフォード・ロウの怪事件』
原作者 J・S・フレッチャー
原題 The Bedford Row Mystery(1925)
訳者 友田葉子
出版社 論創社
出版年 2021/5/30
面白度 ★★
主人公 プロットの面白さで読ませるミステリなので主人公はいないが、強いて挙げればロンドン警視庁の部長警部リヴァーズエッジとクリケット選手リチャード・マーチモント。
事件 リチャードは恋人のことを報告するため、父親代わりの事務弁護士の伯父ヘンリーを訪れた。その時ヘンリーは、株式疑惑事件で25年前に雲隠れした主犯に再会したと述べたが、その男は恋人の父親らしい。リチャードは不安を持ったが、なんとヘンリーは射殺されたのだ!
背景 日本では戦前に人気のあった著者の新訳作品(初訳は1927年の高橋誠之訳『弁護士町の怪事件』)。短い章の最後に必ず驚きを入れて、意外性ある展開で読ませるミステリー。この手法はさすがに古さを感じてしまうが、最後まで真犯人を隠すことには成功している。

邦題 『巡査さんを惑わす映画』
原作者 リース・ボウエン
原題 Evan Can Wait()
訳者 田辺千幸
出版社 原書房
出版年 2021/1/20
面白度  
主人公 

事件 


背景 


邦題 『貧乏お嬢さまの危ない新婚旅行』
原作者 リース・ボウエン
原題 Love and Death among the Cheetahs()
訳者 田辺千幸
出版社 原書房
出版年 2021/3/20
面白度  
主人公 

事件 


背景 


邦題 『貧乏お嬢さま、追憶の館へ』
原作者 リース・ボウエン
原題 The Last Mrs. Summers(2020)
訳者 田辺千幸
出版社 原書房
出版年 2021/11/20
面白度  
主人公 

事件 


背景 


邦題 『巡査さんと超能力者の謎』
原作者 リース・ボウエン
原題 Evans to Betsy()
訳者 田辺千幸
出版社 原書房
出版年 2021/12/20
面白度  
主人公 

事件 


背景 



邦題 『ヨルガオ殺人事件』上下
原作者 アンソニー・ホロヴィッツ
原題 Moonflower Murders(2020)
訳者 山田蘭
出版社 東京創元社
出版年 2021/9/10
面白度 ★★★★
主人公 本編の主人公は元編集者のスーザン・ライランド。今はギリシャのクレタ島でホテルを経営している。作中作の主人公は有名な私立探偵アティカス・ピュント。
事件 「カササギ殺人事件」後に編集者を辞めたスーザンに、英国から調査の依頼があった。以前スーザンが編集した名探偵ピュント・シリーズの第3作『愚行の代償』を読んだ娘が、一族所有のホテルで起きた殺人事件の真相を見つけたと言った直後に失踪したからだ。
背景 『カササギ殺人』に続く、本編の謎に作中作が絡まるという斬新な展開の作品。前作同様、読みやすさは抜群だし、クリスティ・ファンをくすぐるネタも豊富で楽しめる。ただしシリーズとしての構成上、作中作が過去の事件にならざるを得ないので、2作の絡まり方は平凡だ。

邦題 『ペンバリー屋敷の闇』
原作者 T・H・ホワイト
原題 Darkness at Pemberley(1932)
訳者 小林晋
出版社 ROM
出版年 2021/12/28
面白度 ★★★
主人公 地元警察(ケンブリッジ市?)の警察官ブラー警部。独身の中年男。
事件 セント・バーナーズ・カレッジの学生が射殺された。ところが翌日、道路を越えた向かいの建物に住む評議員の死体が発見された。ブラーが捜査をすると、同じ拳銃で死亡しており、死の順番は、自殺と思われた評議員の方が先だったのだ。つまり二人とも他殺だったのだ。容疑者には、確固たるアリバイもあったが、ブラーはその穴に気付き……。
背景 上記の事件説明は第一部に相当し、明らかに黄金時代の謎解き小説と言えるが、第二部になるとペンバリー屋敷を舞台にした明智対怪人二十面相の対決風の通俗スリラー小説に変ってしまう。語り口は巧みなので1冊で2度楽しめると評価するか、大転回に唖然としてしまうか?

邦題 『オールド・アンの囁き』
原作者 ナイオ・マーシュ
原題 Scales of Justice(1955)
訳者 金井美子
出版社 論創社
出版年 2021/5/30
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁犯罪捜査課の主任警部ロデリック・アレン。
事件 事件の舞台は、英国の美しい村スウェヴニングズ。村には4軒の旧家があるが、その一つの館に住むラックランダ―卿が自伝を書き終わった直後に病死した。ところがその数日後、原稿を受取っていた隣人の大佐が殴殺されたのだ。傍らにはオールド・アンという伝説の魚の死体もあった。状況から犯人は旧家の人々に限られる。捜査責任者にアレンが指名され……。
背景 『道化の死』以来14年振りの著者の10冊目の邦訳。冒頭の章が圧巻で、舞台の風景と被害者・容疑者の人間関係が簡潔かつ巧みに描写されていて、著者の特徴がよく出ている。犯人を指摘する終盤にはサスペンスも横溢しているが、トリックと犯人の意外性が少し不足しているか。『裁きの鱗』(松本真一訳、風詠社)という別題で同じ年に出版されている。

邦題 『獣たちの葬列』
原作者 スチュアート・マクブライド
原題 A Song for the Dying(2014)
訳者 鍋島啓祐
出版社 ハーパーコリンズ・ジャパン
出版年 2021/10/20
面白度 ★★★
主人公 服役中のスコットランド・オールドカースル署の元刑事アッシュ・ヘンダーソン。相棒は犯罪心理学者のアリス・マクドナルド。二人は外部調査・考察ユニット(LIRU)に所属。
事件 切り裂かれた腹に人形を埋めた遺体が見つかった。猟奇殺人鬼”インサイド・マン”の8年振りの登場である。アッシュは、かつて犯人を逮捕目前まで追い詰めたことがあるため、仮釈放を条件に捜査を引き受けた。だが彼には高利貸の女ギャングに復讐するという別目的も‥‥。
背景 『獣狩り』に続くシリーズ第二弾。本作は独立作品として読めるものの、前作から読んだ方が背景が理解しやすいだろう。内容はシリアル・キラーの犯人捜しと女ギャングへの復讐という暗い話だが、ノワールではなくバイオレンス一杯の警察小説で、後味はそう悪くはない。

邦題 『レイン・ドッグズ』
原作者 エイドリアン・マッキンティ
原題 Rain Dogs(2015)
訳者 武藤陽生
出版社 早川書房
出版年 2021/12/25
面白度 ★★★★
主人公 シリーズ・キャラクターの王立アルスター警察隊警部補のショーン・ダフィー。ショーンを助ける部下は、巡査部長のジョン・マクラバンと巡査刑事のアレクサンダー・ローソン。
事件 北アイルランドにある古城の中庭で女性ジャーナリストの転落死体が見つかった。事件当時の現場は密室状態であったため城塞の屋上からの飛び降り自殺と思われた。しかし鑑識の結果、明かな他殺だったのだ。一方で警視正の爆殺が発生! 二つの事件の関連は?
背景 ショーン・シリーズの第5作。密室殺人を扱った警察小説として注目されているが、本書の魅力は、暴動などが日常化している1980年代の北アイルランドを舞台にしたこととショーンの行動力・生き方にあろう。部下や上司と協力して捜査する姿勢は、ショーンの人間的成長の証しか。

邦題 『マハラジャの葬列』
原作者 アビール・ムカジー
原題 A Necessary Evil(2017)
訳者 田村義進
出版社 早川書房
出版年 2021/3/15
面白度 ★★★★
主人公 インド帝国警察のイギリス人警部サミュエル(サム)・ウィンダムと彼の部下であるインド人部長刑事サレンダーノット(サレンドラナート)・バネルジーのコンビ。
事件 1920年6月英国統治下のカルカッタで、藩王国サンバルプールの王太子が暗殺された。その上実行犯が目前で自殺してしまったのだ。二人は真相を解明すべく、遺体と共にサンバルプールへ赴くが、王宮の独特な慣習に翻弄され、捜査は難航を極める上に新たな殺人未遂が……。
背景 『カルカッタの殺人』に続く第2弾。主舞台が英国直轄領ではなく半独立の藩王国。象による虎狩や百人以上も側室がいる後宮などの風俗描写は興味深いが、それ以上に二人の活躍が巧みに語られている点が素晴らしい。旧世界における謎解きの完成度はそう高くはないが。

邦題 『ロックダウン』
原作者 ピーター・メイ
原題 Lockdown(2020)
訳者 堀川志野・舞内藤典子
出版社 ハーパーコリンズ・ジャパン
出版年 2021/1/20
面白度 ★★
主人公 ロンドンのケニントン・ロード警察署警部補のジャック・マクニールと法科学研究所コンサルタントのエイミー・ウー。ウーは事故で下肢が麻痺し車椅子を利用している。
事件 死亡率80%の新型ウィルスが猛威をふるうロンドン。死者は50万人を越え、市はロックダウンされたが、病院建設現場で肉を削ぎ落された子供の骨が見つかったのだ。ジャックが捜査に駆り出されるが、やがて新型コロナ絡むに大陰謀事件に発展し……。
背景 『さよなら、ブラックハウス』と『忘れゆく男』の邦訳がある著者の新作。青春ミステリーではなく、本書は鳥インフルエンザから想を得て2005年に書き上げたが、昨年ようやく出版された。その先見性には敬服するも、実際のパンデミックを経験してしまうと迫真性が感じられない。

邦題 『マーチン・ヒューイット【完全版】』
原作者 アーサー・モリスン
原題 Martin Hewitt,Investigator(1894)、The Chronicles of Martine Hewitt(1895)、The Adventures of Martine Hewitt(1896)、The Red Triangle(1903)
訳者 平山雄一
出版社 作品社
出版年 2021/6/30
面白度 ★★
主人公 マーチン・ヒューイット。保険関係事件が専門の探偵で、独身。
事件 ヒューイットの活躍を描いた短編集は全四冊。前二作の短編12本の内10本は『マーチン・ヒューイットの事件簿』に収録されている。また最後の短編集『赤い三角形』は連作短編集なので、個々の短編題名は省略。第二短編集での初訳は「失われた手の事件」と「記憶喪失の外国人事件」。第三短編集の収録作品は「ゲルダー氏の駆け落ち事件」「故リューズ氏事件」「セットン夫人の子どもの事件」「コウモリ槍騎兵隊事件」「死んだ船長の事件」「ワード・レーンの礼拝堂事件」。
背景 ヒューイットはホームズのピンチヒッターとして雑誌に登場したそうだ。第一短編集以外は冴えない。謎解きや冒険小説としては19世紀末の短編としても平板だ。

邦題 『ロンドン謎解き結婚相談所』
原作者 アリスン・モントクレア
原題 The Right Sort of Man(2019)
訳者 山田久美子
出版社 東京創元社
出版年 2021/2/12
面白度 ★★★
主人公 アラサーのアイリス・スパークスとグウェンドリン(グウェン)・ベインブリッジ。前者は未婚、後者は未亡人で、二人は<ライト・ソート結婚相談所>の共同経営者。
事件 1946年の戦後のロンドン。二人は結婚相談所を設立し、順調に会員数を増やしていると、ある日若い美女ティリーが入会する。ティリーの話を聞いた二人は、奥手だが誠実な会計士を紹介したところ、なんとティリーは刺殺され、会計士は逮捕されてしまったのだ!
背景 第二次世界大戦直後のロンドンが舞台なので、著者は英国人と勝手に判断。ケンブリッジ大卒でスパイ活動をしたことのあるアイリスと人の内面を見抜く能力のある上流階級出身のグウェンとの言動が楽しいコージー・ミステリー。謎解きはやはりメインではなかった。

邦題 『王女に捧ぐ身辺調査』
原作者 アリソン・モントクレア
原題 A Royal Affair(2020)
訳者 山田久美子
出版社 東京創元社
出版年 2021/11/12
面白度 ★★★
主人公 戦後ロンドンで結婚相談所を営む二人。元情報部員で小柄なブルネットのアイリス・スパークスと貴族階級出身の長身でブロンドのグウェンドリン(グウェン)・ベインブリッジ。
事件 グウェンのいとこから突然依頼が舞い込んだ。エリザベス王女が想いを寄せるギリシャのフィリップ王子の母親に関する醜聞を仄めかす脅迫状が届いたという。英国王室の危機であり、二人は極秘で調査を始める。醜聞の証拠である手紙は本物なのか?
背景 シリーズの第二作。今回は王室スキャンダルを巡る犯罪。市井の二人には扱えないはずの極秘行動が必要な捜査だが、良き友人に恵まれるご都合主義で解決してしまう。関係者一同を集めた謎解きもあるとはいえ、やはり二人の会話が楽しいロマンチック・サスペンス。

邦題 『シルバービュー荘にて』
原作者 ジョン・ル・カレ
原題 Silverview(2021)
訳者 加賀山卓朗
出版社 早川書房
出版年 2021/12/25
面白度 ★★★★
主人公 英国諜報機関サービスの国内保安の責任者スチュアート・プロクターとロンドン金融街の辣腕トレーダーを辞めて書店主になったジュリアン・ローンズリーの二人。
事件 ある日プロクターのもとに、幼い子供を連れた若い女性が訪ねてきて、母から託された手紙を渡された。一読した彼は、危機が起きていることを知り調査を始める。一方ジュリアンの店には、彼の父親の友人であった男が現れ、書店の地下室に興味を示すのだが……。
背景 ル・カレの遺作。とはいえ最後に執筆された作品ではなく、息子ニック・コーンウェルの巻末解説によると『繊細な真実』(2014)のあとだったようだ。どうりで冒頭のシーンの迫力や二人の的確な人物創造力には脱帽だ。地味すぎて中盤が少しダレ気味ではあるが。

邦題 『寒慄』
原作者 アリー・レナルズ
原題 Shiver(2021)
訳者 国弘喜美代
出版社 早川書房
出版年 2021/6/15
面白度 ★★★
主人公 現在はジムのトレーナーだが、十年前にはプロのスノーボード選手であったミラ・アンダーソン。独身で30歳代前半の女性。
事件 舞台はスイス・アルプスの山中にある休業中のホステル。この地での十年前のスノーボード選手権で、女子選手サスキアが姿を消した。そして今ミラはかつての関係者4人と再会したのだが、誰が招待したのか不明のままだ。全員が疑心暗鬼に陥っていくが……。
背景 スノーボート選手だった著者の第一作。舞台設定は『そして誰もいなくなった』に似ているが、謎解き小説ではない。現在の状況と過去の事件が、ほぼ同じ分量で交互に語られていくサスペンス小説。元騎手から作家となったD・フランシスのような活躍を期待したいが。

邦題 『ロンリーハート・4122』
原作者 コリン・ワトソン
原題 Lonelyheart 4122(1967)
訳者 岩崎たまゑ
出版社 論創社
出版年 2021/2/20
面白度 ★★★
主人公 捜査担当はフラックス・バラ警察署の警部ウォルター・パブライトと巡査部長シドニー・ラブ。もう一人は未婚の中年女性ルシーラ・ティータイム。
事件 ミス・ルシーラは『フラックス・バラ・シティズン』の広告欄に載っている結婚相談所に注目した。お手頃な入会金で幸せを手に入れられるという。一方、この町では最近未亡人と中年未婚女性が相次いで行方不明となる事件が起きていた。警部らはルシーラに接触すると……。
背景 フラックス・バラ・シリーズの第四作。2016年に2冊が翻訳されているが、版元を代えての3冊目。従来の著者名がワトスンで舞台がフラックスボローという表記も、ワトソンとフラックス・バラに変更された。ユーモアのある小味なミステリという特徴は同じだが。

戻る