邦題 『プリズン・ストーリーズ』
原作者 ジェフリー・アーチャー
原題 Cat O'nine Tales(2007)
訳者 永井淳
出版社 新潮社
出版年 2008/6/1
面白度 ★★★
主人公 著者が刑務所に入っていた時に耳にした話をフィクションとして書いた短編(9本)と出所後にアイディアを得て完成させた短編(3本)からなる短編集。
事件 「自分の郵便局から盗んだ男」「マエストロ」(脱税の話)「この水は飲めません」「もう十月?」「ザ・レッド・キング」(詐欺の話だが、大英博物館からこれほど簡単に盗めるのか?)「ソロモンの知恵」「この意味、わかるだろう」「慈善は家庭に始まる」(結末がいい)「アリバイ」「あるギリシャ悲劇」「警察長官」「あばたもエクボ」の12本が収録されている。
背景 ”腐っても鯛”を実感させられる典型的な短編集。かなり安易なプロットといえるが、わかりやすい語り口で、ついつい読まされてしまう。時間つぶしには最適な短編集。

邦題 『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』
原作者 ギルバート・アデア
原題 The Act of Roger Murgatroyd(2006)
訳者 松本依子
出版社 早川書房
出版年 2008/1/15
面白度 ★★★★
主人公 謎の解決を担う二人。つまり元スコットランド・ヤードの警部トラブショウと女性推理作家のイヴァドニ(イーヴィ)・マウントの二人である。
事件 時は1935年。舞台は英国ダートムアにあるロジャー・フォークス大佐の邸。集まった人々は吹雪のためにカンヅメになっていたのだが、そこでゴシップ記者が密室状態の屋根裏部屋で射殺されたのだ。記者は集まった人々の秘密を多数握っていたことがわかり……。
背景 著者はポストモダンに詳しい作家・批評家だが、本書は純然たるミステリー。「クリスティの『アクロイド殺し』に捧げられたオマージュであり、かつその批評兼パロディ」(若島正氏の解説)になっている。確かに黄金期本格ミステリーの雰囲気を持っていて、大いに楽しめた。

邦題 『グリーン・サークル事件』
原作者 エリック・アンブラー
原題 The Levanter(1972)
訳者 藤倉秀彦
出版社 東京創元社
出版年 2008/9/12
面白度 ★★★★
主人公 シリアで同族会社を経営するマイクル・ハウエル。祖父はイギリス人だが、イギリス人の血はわずか。東地中海人を自称する。秘書兼愛人のイタリア人女性テレーザも活躍する。
事件 ハウエルの会社が雇った男の中にゲリラ組織<パレスチナ行動軍>の指導者ガレドがいた。彼は仲間とともに、会社で秘かに爆弾を製造していたのだ。ハウエルは協力を強要されたが、東地中海人の誇りが頭をもたげ、会社を守り抜くという困難な仕事に挑戦し続けたのである。
背景 懐かしきアンブラーの翻訳。その年のCWA最優秀長編賞を受賞した。1972年のベルリン五輪時のゲリラ事件を預言したと評判になったそうだ。確かに当時のシリア近辺の政治・経済情勢がプロットに巧妙に取り入れられている。ベテラン作家の円熟の技といえようか。

邦題 『腕利き泥棒のためのアムステルダム・ガイド』
原作者 クリス・イーワン
原題 The Good Thief's Guide to Amsterdam(2007)
訳者 佐藤耕士
出版社 講談社
出版年 2008/8/12
面白度 ★★★
主人公 英国人のミステリー作家兼プロの泥棒であるチャーリー・ハワード。中年の独身。
事件 アムステルダムに滞在中のチャーリーは、二万ユーロという約束で、アメリカ人から”三猿”の人形二体を盗んでほしいと依頼された。お金の魅力に負けて盗み出したが、人形を依頼人に渡そうと彼のアパートに行くと、彼は瀕死の状態で見つかった。チャーリーは警察が到着直前に逃げるものの、その後の調べで依頼人も泥棒だったのだ。何故チャーリーに依頼したのか?
背景 新人の第一作。原題は有名なSF『銀河ヒッチハイク・ガイド』の本歌取りになっている。ただしアムステルダムの観光ガイドブック的な描写は少ない。内容は巻き込まれ型のサスペンス小説で、結末は一同を集めての謎解きという古典スタイル。チャーリーの軽口はイマイチ。

邦題 『霧と雪』
原作者 マイケル・イネス
原題 There Came Both Mist and Snow(1940)
訳者 白須清美
出版社 原書房
出版年 2008/7/1
面白度 ★★
主人公 お馴染みのシリーズ探偵、スコットランド・ヤードのジョン・アプルビイ警部。
事件 第七代準男爵バジル・ローパーはヨークシャーの谷間にある屋敷に住んでいるが、そこで主に親類を集めたパーティが開かれて、アプルビイも招待された。彼が屋敷に到着すると、なんと屋敷の主人が銃撃されたというのだ。書斎にいるところを窓の外から狙われたらしいが……。
背景 アプルビー・シリーズの6冊目。イネスの作品は、『ハムレット復讐せよ』や『ある詩人への挽歌』といった本格物と『アララテのアプルビイ』のようなファルス物、冒険物の三つに分類できるそうだが、本書は一族内の殺人を扱った普通のフーダニット。プロットは複雑で一読しただけでではわかりにくい上に、スノッブ臭もある。ただし終盤の謎解きは盛り上がる。

邦題 『終わらない悪夢』
原作者 ハーバート・ヴァン・サール編
原題 The Sixth Pan Book of Horror Stories(1965)
訳者 金井美子
出版社 論創社
出版年 2008/4/30
面白度 ★★★
主人公 英国ホラー傑作集の第六巻。17人の作者の20本の短編が収録されている。
事件 面白い作品のみ、著者名を入れる。「終わらない悪夢」仏人のR・ガリ「皮コレクター」「レンズの中の迷宮」「誕生パーティー」J・バーク「許されざる者」「人形使い」「蝿のいない日」「心臓移植」「美しい色」W・サンソム「緑の想い」J・コリア「冷たい手を重ねて」「私の小さなぼうや」「うなる鞭」「入院患者」「悪魔の舌への帰還」W・ウィンウォード「パッツの死」「暗闇に続く道」A・ジェイムズ「死の人形」「私を愛して」「基地」R・スタップリイ
背景 ソノラマ文庫の英国ホラー傑作集は一部の作品がカットされているそうだ。本書は初の完訳。無名作家が多いが、これは層の厚さの証明か。わかりやすい作品が多いのは私好み。

邦題 『灰色の女』
原作者 A・M・ウィリアムスン
原題 A Woman in Grey(1898)
訳者 中島賢二
出版社 論創社
出版年 2008/2/25
面白度 ★★
主人公 長身の青年テレンス・ダークモア。前内務大臣ウィルフレッド・アモリー卿の甥。ヒロインは謎の”灰色の女”か。
事件 アモリー家に伝わる由緒ある屋敷ローン・アベイ館。時計塔のあるこの屋敷を下見に訪れたダークモアは”灰色の女”に会い惹かれるが、次々に奇怪な出来事が起き……。
背景 黒岩涙香や江戸川乱歩が翻案した『幽霊塔』の原作本。長らく不明であった。著者は英国生まれの女性で、米国人と結婚。カーと同じように英米作家と言われているようなので、本リストに含めた。題名から明らかなようにコリンズの『白衣の女』を意識して書かれている。ヴィクトリア朝の典型的なゴシック・ロマンスだが、物語がかなり通俗的なので、古臭いのは仕方ないか。

邦題 『千の嘘』
原作者 ローラ・ウィルソン
原題 A Thousand Lies(2006)
訳者 日暮雅通
出版社 東京創元社
出版年 2008/7/31
面白度 ★★
主人公 ジャーナリストのエイミー・ヴォーン。30代半ばの独身女性。彼女の父親は家出していたが、途中から戻ってくる。母親はすでに亡くなっている。
事件 母の遺品を整理していたエイミーは、モーリーンという女性が書いた古い日記帳を見つけた。4年間書き綴った日記の内容から、モーリーンの母が彼女の夫に虐待されていたことが窺えた。なぜ母がこの日記帳を持っていたのか? 調べ始めるとエイミーの身辺で不審な事件が相次いだ。
背景 本邦初紹介作家の一冊。ドメスティック・バイオレンスを主題にした心理サスペンス小説。地味で暗いテーマを扱っているので、フランセス・ファイフィールドの後輩といった位置づけか。ミステリーとしては、展開にしても謎解きにしても驚きが少ないのが弱点。

邦題 『フロスト気質』上下
原作者 R・D・ウィングフィールド
原題 Hard Frost(1995)
訳者 芹澤恵
出版社 東京創元社
出版年 2008/7/31
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのジャック・フロスト。デントン警察の警部。憎まれ役は娘を交通事故で亡くしたジム・キャシディ警部代行。フロストを助けるのが女性のリーズ・モード部長刑事。
事件 ハロウィーンの夜、行方不明の少年を捜していた巡査が別の少年の死体を見つけた。また連続幼児刺傷犯が活動を始めた。さらに15歳の少女が誘拐され、その捜査中に腐乱死体が見つかった。休暇を返上してフロストは指揮をとるが、行方不明の少年に対する身代金要求が!
背景 フロスト・シリーズ4作目。前作は文庫本で7百頁ほどだったが、今回は上下巻で9百頁に達する。欠点を挙げるとすれば、この長さであろう。数多くの事件が併行して展開するプロットはこれまでと同じだが、それらの事件の関連は前作ほど緊密でないのも評価として多少マイナスか。

邦題 『犯罪王カームジン』
原作者 ジェラルド・カーシュ
原題 Karmesin The World's Greatest Criminal-or Most Outrageous Liar(2008)
訳者 駒月雅子
出版社 角川書店
出版年 2008/9/30
面白度 ★★★
主人公 当代きっての犯罪王とか、世界一の大ぼら吹きと言われるカームジン。
事件 カームジン(以下Kと表示)の短編17本(既訳5本)と最後に2本の非K物からなる短編集。「Kの銀行泥棒」「Kとガスメータ」「Kの贋札づくり」「Kとめかし屋」「K脅迫者となる」「Kの宝石泥棒」「Kとあの世を信じない男」「Kの殺人計画」「Kと透明人間」「Kと豪華なロープ」「K手数料を稼ぐ」「K彫像になる」「Kと王冠」「Kの出版業」「K対カーファックス」「Kと重ね着した名画」「Kと『ハムレット』の台本」「埋もれた予言」「イノシシの幸運日」
背景 一言でいってしまえば、アメリカほら話。アイディア勝負の軽い短編ばかりだが、非カームジン物の作品(日本独自の編集)はこの著者らしいアクの強さがあり、★をひとつプラス。

邦題 『イスタンブールの群狼』
原作者 ジェイソン・グッドウィン
原題 The Janissary Tree(2006)
訳者 和爾桃子
出版社 早川書房
出版年 2008/1/25
面白度 ★★
主人公 宦官のヤムシ・エフェンディ。語学の才があり、生来の魅力を持っている。声も催眠術なみの不可思議な力を有する。30代の終わり。
事件 時は1836年、所はオスマントルコ帝国が支配するイスタンブール。4人の仕官が突然行方不明となり、次々に惨殺死体で発見された。司令官は聡明なヤシムに捜査を依頼する。死体から判断すると、かつての最強軍団イェニチェリの残党の仕業らしかったが……。
背景 典型的な歴史風俗ミステリー。2007年度のMWA最優秀長編賞を受賞している。あまりに多い風俗描写のため、ヤシムの冒険物語が途切れ途切れになってしまうのが残念。トルコやイスタンブールに興味のある人には面白いミステリーだが、私のような英国ミステリー好きにはイマイチ。

邦題 『哀れなるものたち』
原作者 アラスター・グレイ
原題 Poor Things(1992)
訳者 高橋和久
出版社 早川書房
出版年 2008/1/25
面白度 ★★★
主人公 物語の語り手は公衆衛生官で医学博士のアーチボールド・マッキャンドレスだが、物語の主人公は後にアーチボールドの妻となる医学博士ヴィクトリアといってよい。
事件 小説家アラスター・グレイは一冊の書(『スコットランドの一公衆衛生官の若き日を彩るいくつかの挿話』)を入手した。その本には19世紀のグラスゴーに生存していた醜い天才医師が、現代の医学でも不可能な手術を成功させたと述べられていた。グレイはその話を信じるが……。
背景 著者はスコットランドを代表する小説家。ミステリではないが、明らかにシェリー夫人の『フランケンシュタイン』を下敷にしていることやスコットランド・ヤードのカフ部長刑事がチョイ役で登場する。さらには終盤で結論が二転、三転する面白さはミステリ的でもある。

邦題 『黒衣の処刑人』上下
原作者 トム・ケイン
原題 Accident Man(2007)
訳者 佐藤耕士
出版社 新潮社
出版年 2008/12/1
面白度 ★★★
主人公 元イギリス海兵隊特殊部隊員で、現在は秘かに悪人を始末するという必殺仕事人的なことを手掛けているサミュエル・カーバー。
事件 カーバーが依頼された今回の仕事は、パリのセーヌ川脇のトンネルを疾走するベンツを激突させること。標的は大物テロリストと思っていたが、実際は英国元皇太子妃だったのだ! カーバーは一転、各国の情報機関や謎のロシア人殺し屋に追われて逃げまどう。
背景 新人の第一作。メインの謎はプリンセス・ダイアナの死に関するものだが、それだけに頼ってないのがこの物語の面白いところ。新聞記者歴の長い人らしく、一気に読ませる筆力の持ち主。ただし登場人物すべてがステレオタイプな人間ばかりなのが弱点。

邦題 『フェイス』上下
原作者 マルティナ・コール
原題 Faces(2007)
訳者 嵯峨静江
出版社 早川書房
出版年 2008/11/15
面白度 ★★
主人公 ロンドンの最貧地区で育ったギャングのダニー・ボーイ・カドガン。
事件 14歳のダニー・ボーイは、飲んだくれの父親に代わって一家の生計を支えていたが、父が作った借金の取立て人を撃退して彼の運命は一変した。ギャングとして生きる自信がついたのだ。そして相棒マイケルとともに暗黒街の頂点を目指して大暴れの活躍をするが、逆に妻(マイケルの妹)との仲は冷え切り、マイケルもダニー・ボーイの強引な生き方に恐れを抱き……。
背景 『顔のない女』に続く著者の二冊目の訳書。ギャングが主人公だが、犯罪を描いたミステリーではなく、ギャングの一生を描いた普通の小説に近い。ミステリー的仕掛けはないし、主人公にも共感はできないとはいえ、著者の筆力によって読まされてしまう。

邦題 『還らざる日々』上下
原作者 ロバート・ゴダード
原題 Never Go Back(2006)
訳者 越前敏弥
出版社 講談社
出版年 2008/7/15
面白度 ★★★
主人公 シリーズ・キャラクターのハリー・バーネット。69歳で3度目の登場。妻・娘とカナダに住んでいたが、母が亡くなり、財産整理のため英国に逗留していて事件に巻き込まれる。
事件 50年ぶりとなる空軍の同窓会に出席するため、ハリーはスコットランドの城館に向った。だが途中で一人が列車内から失踪し、後に他殺であることが判明した。また車に細工が施され別の一人も死亡した。ハリーは同窓会を欠席した元ビジネス・パートナーとともに容疑者に!
背景 『蒼穹のかなたへ』『日輪の果て』に続く”だめ男”ハリーの三作目。前二作と同様、奇怪な事件に巻き込まれ、逃げ惑いながら謎解きをするというプロット。空軍のクリーン・シート作戦が裏にある設定が巧みだが、収束の仕方もこれまで同様、大甘のご都合主義で終っている。

邦題 『老検死官シリ先生がゆく』
原作者 コリン・コッタリル
原題 The Coroner's Lunch(2004)
訳者 雨沢泰
出版社 ヴィレッジブックス
出版年 2008/8/20
面白度 ★★★
主人公 ラオス国内で唯一の検死官であるシリ・パイプーン。72歳で見事な白髪と緑色の目をしている。看護婦のデツイと解剖助手のグンも、シリの手伝いとして活躍する。
事件 1976年のラオスが舞台。年金生活を楽しもうとしていたシリは、新しく出来た革命政権から検死官に任命された。事務所は設備もお粗末だったが、さっそく上級共産党員の妻の死体が運び込まれた。自然死のようだったが、秘かに死因を調べると毒殺であることが明らかになり……。
背景 共産主義国家になった直後のラオスを舞台にし、高齢者が探偵役を務めるという珍しい風俗ミステリー。著者は英国人で現在はタイに住んでいるそうだ。物語は一種のモジュラー型ミステリーで、謎は平凡ながら、当時のラオス人の生き方やユーモラスな会話は大いに楽しめる。

邦題 『或る豪邸主の死』
原作者 J・J・コニントン
原題 Death at Swaythling Court(1926)
訳者 田中富佐子
出版社 長崎出版
出版年 2008/2/15
面白度 ★★★
主人公 謎は犯人の自白で解かれるので、本当の探偵はいない。見かけ上探偵役として登場するのは、フェーンハースト・パーヴァ村の治安判事サンダーステッド大佐。
事件 スウェイスリング邸に住み始めたハバードは金持ちとはいえ、その仕事は不明であった。ところがサンダーステッド大佐の甥が大佐を訪れ、ハバードが恐喝しているので逮捕状を出してほしいと頼んだのだ。逮捕状とともにスウェイスリング邸を訪れるとハバードは死体で!
背景 ミステリー黄金期の作家。戦前に抄訳が2冊出ているが、戦後は初の翻訳で、著者のミステリー第一作。理系出身作家らしい作りの本格物。クリスティの『アクロイド殺し』と同年の出版で、比較すると興味深い。ただし古い作品とはいえ、障害者の扱いには唖然としてしまう。

邦題 『1/2の埋葬』上下
原作者 ピーター・ジェイムズ
原題 Dead Simple(2005)
訳者 田辺千幸
出版社 ランダムハウス講談社
出版年 2008/1/7
面白度 ★★★★
主人公 サセックス警察の犯罪捜査部のロイ・グレイス警視。30代で警視に昇進した中年男だが、妻は9年前に忽然と失踪したまま。個人的には霊能師に興味を持っている。
事件 結婚前夜、悪友たちが仕掛けた悪戯によって、新郎マイケルは酔ったまま棺桶に入れられ生き埋めにされてしまった。数時間後に掘り出すという計画で、中にはトランシーバーも入れられていたが、なんと悪戯を仕掛けた全員が交通事故で死んでしまったのだ!
背景 ホラー小説が得意な著者の新シリーズ第一弾。物語の出だしは確かに恐怖小説的な雰囲気をもつものの、中盤を過ぎると犯罪小説となり、最後は警察小説という構成。いろいろな要素が入っていて長さを感じさせない手腕はサスガだが、グレイス警視の魅力は少し不足している。

邦題 『会員制殺人サイト』上下
原作者 ピーター・ジェイムズ
原題 Looking Good Dead(2006)
訳者 田辺千幸
出版社 ランダムハウス講談社
出版年 2008/12/10
面白度 ★★★
主人公 サセックス警察の警視ロイ・グレイスだが、ブランソン巡査部長を始めとする部下もそれなりに活躍する。ロイには市営死体安置所の職員クレオ・モーリーという恋人ができる。
事件 ある日通勤電車で、会社経営者のトムは忘れ物のCDを拾った。持ち主の手掛かりを得るために自宅のパソコンで開いてみると、アヤシゲなサイトに繋がり、若い女性が刺し殺される映像が映ったのだ! 本物の殺人なのか、フィクションなのか?
背景 グレイス物の第二弾。第一作『1/2の埋葬』と同様、抜群のリーダビリティで、上下巻の長い物語を一気に読ませる筆力には脱帽だ。またロイと新しい恋人との恋愛話も、常套手段とはいえ興味をそそられる。ただし犯人側のネット闇社会の設定は平凡。

邦題 『野良犬の運河』
原作者 スタヴ・シェレズ
原題 The Devil's Playground(2004)
訳者 松本 剛史
出版社 ヴィレッジブックス
出版年 2008/3/20
面白度 ★★
主人公 元音楽ライターでウェブ・デザイナーのジョン・リード。ロンドンに住んでいるが、ひょんなことからホームレスの老人ジェイクと共同生活をすることになる。
事件 そのジェイクが突然姿を消し、数ヵ月後アムステルダム警察から連絡が入った。ジェイクらしき人物の惨殺死体が見つかったと。当時アムステルダムでは連続女性殺人事件が発生しており、その犠牲者になったらしい。ジョンは秘かに調査を進め、裏にナチスの陰を認めるが……。
背景 新人の第一作。CWAの新人賞候補作になったそうだが、当人はさほどミステリーを意識して書いたとは思えない。読者に訴えたいテーマがあったために書かれた犯罪小説が正解か。シーン描写には優れた点はあるものの、ミステリーのプロットとしてはかなり杜撰だ。

邦題 『死者覚醒』
原作者 T・M・ジェンキンズ
原題 The Waking(2006)
訳者 熊谷千寿
出版社 早川書房
出版年 2008/2/25
面白度 ★★
主人公 医師のネイト・シーハンと死刑囚のデュエイン・ウィリアムズ。なぜ二人かというと、二人の肉体を合体させ、その合体人間が活躍するからである。
事件 時は2070年、所はアメリカ西部のフェニックス。2006年に銃撃され死亡したネイトの頭部は直後に冷凍保存されていたが、それから64年後にネイトの頭部と死刑執行されたデュエインの肉体とを接合し、ネイトは生き返ったのだ。だがその裏には陰謀が……。
背景 近未来のアメリカに冷凍人間や合体人間が登場するので、表面的にはSFともいえるが、70年後の地球がどうなるかといったスペキュレーションの面白さより医学サスペンスとして読んだほうが楽しい一冊。ただしテーマを欲張り過ぎていて、話が分散気味なのが弱点。

邦題 『残虐なる月』
原作者 クリス・シムズ
原題 Savage Moon(2007)
訳者 延原泰子
出版社 小学館
出版年 2008/11/12
面白度 ★★★
主人公 マンチェスター警察のジョン・スペンサー。シリーズ・キャラクター。前作では恋人だったアリスとは結婚し、数ヶ月の娘がいる。アリスは産後の鬱状態で苦しんでいる。
事件 郊外のムース(荒野)で牧羊農家の妻が喉を引き裂かれて絶命し、その爪にはクロヒョウの毛が挟まっていた。さらに同性愛者の男が同様な襲われ方で死んでいるのが見つかった。本当にクロヒョウが襲ったのか? ジョンは家庭と仕事の板挟みで苦しみつつも捜査を行う。
背景 シリーズ第三冊(邦訳は2冊め)。警察捜査小説としてはクロヒョウの犯罪かどうかの検証が杜撰でサスペンスが盛り上がらないのが欠点。警察官小説としてはもう少しユーモアが欲しいところだが、メッセージ性の高い警察小説として強い共感を覚える。

邦題 『チャイルド44』上下
原作者 トム・ロブ・スミス
原題 Child 44(2008)
訳者 田口俊樹
出版社 新潮社
出版年 2008/9/1
面白度 ★★★★
主人公 レオ・デミドフ。ソ連国家保安省の捜査官であったが、副官の計略にはまってヴォウアルスク人民警察巡査長に降格される。30代で、妻ライーサがいる。
事件 スターリン死亡直後の時代。追放されたレオは、その地で裸体少年の死体を見つけた。死体は、かつて彼が事故とみなした少年の遺体に酷似していた。さらに前例となる遺体があったこともわかった。レオとライーサは、禁を犯してモスクワに戻り秘かに調査を始めるが……。
背景 大型新人の第一作(CWAのイアン・フレミング賞を受賞)。評判通りの面白さで、リーダビリティは高い。たいしたものである。ただしサイコ・キラー物なのか、一党独裁体制下の警察小説なのか、夫婦愛や兄弟愛を扱った冒険小説なのか、軸足がいささかぐらつき気味である。

邦題 『サーズビイ君奮闘す』
原作者 ヘンリー・セシル
原題 Brothers in Law(1955)
訳者 澄木柚
出版社 論創社
出版年 2008/5/25
面白度 ★★
主人公 見習い法廷弁護士ロジャー・サーズビイ。法廷弁護士の資格を取ったばかりの21歳の若者で、母と二人暮し。サリーとジョイという二人の女友達がいて、公平に付き合っている。
事件 グライムズ法廷弁護士が経営する法律事務所に所属した初日、ロジャーはいきなり裁判の場にひとり立たされ、トンチンカンな受け答えしかできず落ち込んだ。しかしジョイの大叔父からの依頼で離婚訴訟の仕事を貰い、張り切って法廷に出たものの……。
背景 法廷ミステリーというより法廷ユーモア小説と言ったほうが適切な作品。サーズビイが登場する作品は三冊あり、その第一作。サーズビイの見習い時代を描いた成長小説ともいえる。苦味のあるユーモアは面白いが、当時の英国の裁判制度は極東の人間には、やはりわかりにくい。

邦題 『13番目の物語』上下
原作者 ダイアン・セッターフィールド
原題 The Thirteenth Tale(2006)
訳者 鈴木彩織
出版社 NHK出版
出版年 2008/8/25
面白度 ★★★
主人公 伝記作家のマーガレット・リー。父親の経営する古書店を手助けしている。
事件 マーガレットは、”現代のディケンズ”と称される大作家ヴァイダ・ウィンターから彼女の伝記を書いてほしいと依頼された。ヴァルダには何十通りの偽りの生い立ちがあったので不審を抱いたものの、マーガレットの話を聞くうち、孤独な少女時代に共鳴するようになり――。
背景 19-20世紀のフランス文学が専門であった著者の初めての小説。ミステリーではないが、謎もあるし幽霊も登場する。いわば現代のゴシック・ロマンス的な雰囲気を持っている小説。『ジェン・エア』の本歌取りのようなプロットなので、それも当然といえようか。余韻のある結末もいいが、ミステリーとしての切れ味はそう鋭くはないのが残念なところ。

邦題 『ケンブリッジ大学の殺人』
原作者 グリン・ダニエル
原題 The Cambridge Murders(1945)
訳者 小林晋
出版社 扶桑社
出版年 2008/5/30
面白度 ★★★
主人公 フィッシャー・カレッジ考古学教授のサー・リチャード・チェリントンとケンブリッジ署のウィンダム警部、スコットランド・ヤードのロバートスン-マクドナルド警視の三人。
事件 ケンブリッジ大学が明日から長期休暇に入るという夜、フィッシャー・カレッジ内で門衛が射殺された。副学長のリチャードは、彼が重大な事件の目撃者だから殺されたと考え、別の殺人事件があると推理したが、やがて甥のトランクから学生監の射殺死体が見つかったのだ。
背景 考古学の大学教授が余技で書いたミステリーの第一作(長編は未出版作品を入れても三作しかないそうだ)。一種の多重解決のような構成と謎の多いサー・リチャードの言動のおかげで、本格ミステリーながら中盤のサスペンスが落ちていないのはサスガ。ユーモアも楽しめる。

邦題 『知りすぎた男 ホーン・フィッシャーの事件簿』
原作者 G・K・チェスタトン
原題 The Man Who Knew Too Much and Other Stories(1922)
訳者 井伊順彦
出版社 論創社
出版年 2008/9/25
面白度 ★★
主人公 ホーン・フィッシャー(素人探偵)とハロルド・マーチ(ワトスン役)のコンビ。前者は一見さえない男だが名家生まれの才人。後者は新進の政治記者。
事件 フィッシャー・シリーズと非シリーズ物から構成された短編集。フィッシャー物は「標的の顔」(二人の出会いを描く)「消えたプリンス」(ミステリー味は濃い)「少年の心」「底なしの井戸」「塀の穴」「釣り人のこだわり」「一家の馬鹿息子」「像の復讐」(シリーズ最後の作品と考えると興味深い)の8本。非シリーズは「煙の庭」と「剣の五」の2本。
背景 国内外の政治状況を取り込んだ短編ばかりで、政治の方がミステリーより前面に出ている作品が多い。逆説は衰えていないものの、主人公の魅力はブラウン神父には遠く及ばない。

邦題 『名画消失』
原作者 ノア・チャーニイ
原題 The Art Thief(2007)
訳者 山本博
出版社 早川書房
出版年 2008/1/25
面白度 ★★★
主人公 事件の捜査は、イタリア軍警察文化遺産保護課主任クラウディオ・アリオストとパリ警視庁警部ジャン・ジャック・ビゾ、スコットランドヤード美術・骨董品課警部ハリー・ウィケンデンの三人だが、いずれも脇役。主人公は強いて挙げれば犯人か。
事件 ローマではカラバッジョの代表的宗教画「受胎告知」が、パリではロシアの抽象画家マレーヴィチの「白の上の白」が金庫から盗まれた。さらにロンドンでは国立近代美術館が競り落とした、同じ「白の上の白」が盗難にあったのだ。三つの事件の関係は?
背景 典型的な絵画ミステリー。絵画に詳しい著者だけに登場人物の造形や絵画に関する薀蓄は興味深いが、ミステリーとしての構成(伏線の張り方など)が弱すぎるのが欠点。

邦題 『ウォリス家の殺人』
原作者 D・M・ディヴァイン
原題 This is Your Death(1981)
訳者 中村有希
出版社 東京創元社
出版年 2008/8/29
面白度 ★★★
主人公 語り手の歴史学者モーリス・スレイター。人気作家ジョフリー・ウォリスの幼馴染み。現在は独身だが、離婚歴があり、息子が一人いる。
事件 モーリスは、ジョフリーの妻からジョフリーの様子がおかしいと訴えられ、彼の館に滞在することになった。関係者にあってみると、ジョフリーの兄に脅迫されているうえに、彼の日記の出版が中断されていることが理由らしいとわかった。だが、ジョフリーと兄が行方不明になり……。
背景 創元推理文庫から出た著者の第二弾。全13冊のミステリーを書いているが、本書は最後となった作品。相変わらず物語の設定は巧みだが、探偵役を含む登場人物のすべてが嫌味な人間で、読者の共感を得にくい。この欠点(?)は最後まで変わらなかったようである。

邦題 『地中海の海賊』
原作者 リンゼイ・デイヴィス
原題 Scandal Takes a Holiday(2004)
訳者 矢沢聖子
出版社 光文社
出版年 2008/5/20
面白度 ★★★
主人公 お馴染みの密偵マルクス・ディディウス・ファルコ。妻ヘレナとの間に生れた二人の娘は順調に成長している。
事件 時は紀元76年の6月。ローマ市中を流れるテベレ川の河口に位置する港町オスティアが舞台。ファルコの仕事は「ローマ日報」の記者を捜索すること。猛暑のローマを避けるべく、喜んで家族ぐるみでオスティアに移動した。調査を始めると身代金誘拐グループが怪しいと気付き……。
背景 シリーズ16作。原書は2007年で18冊出ているそうだから、翻訳はほぼ原書出版に追いついたことになる。喜ばしいことだ。オスティアという港町の風俗が詳述されていて、それだけで感心してしまうが、ファルコ一家・親戚のユーモラスな会話も健在で、シリーズのレベルダウンはない。

邦題 『大統領の遺産』
原作者 ライオネル・デヴィッドスン
原題 The Sun Chemist(1976)
訳者 小田川佳子
出版社 扶桑社
出版年 2008/12/30
面白度 ★★★
主人公 イスラエル初代大統領ハイム・ワイツマンの書簡集の編纂者イゴー・ドゥルヤノフ。ロシア人の父とユダヤ人の母の息子。本編の語り手である。
事件 ワイツマンの在野時代(1930年代)の書簡を調べていたイゴーは、意外な事実に気付いた。本来化学者だった彼が石油に代わる物質の精製法を研究していたのだ。これが成功すればイスラエルは多大な恩恵が得られる。だが何者かの妨害工作が始まり……。
背景 第一作『モルダウの黒い流れ』でCWA賞を受賞した著者の第6作。前半はワイツマンの謎解き、後半はイゴーを狙う人物との戦いを描いた冒険小説といった構成。後半の方が面白いが、なんといってもイゴーや彼の周りの女性陣の人物造型が秀逸で楽しめる。

邦題 『陸の海賊』
原作者 コナン・ドイル
原題 独自の編集
訳者 北原尚彦・西崎憲編
出版社 東京創元社
出版年 2008/4/11
面白度 ★★
主人公 『ドイル傑作集』(新潮社)のボクシング編や海賊編から構成された独自の短編集。
事件 「クロックスリーの王者」「バリモア公の失脚」「ブローカスの暴れん坊」「ファルコンブリッジ公」「狐の王」(以上は翔泳社版の「ミステリー編」より収録)「スペディグの魔球」(かすかに読んだ記憶があるが初出の雑誌は不明)「准将の結婚」(ジェラール准将物で、初の翻訳)「セント・キットキット島総督、本国へ帰還す」「シャーキー対スティーヴン・クラドック」「コプリー・バンクス、シャーキー船長を葬る」(以上3編はシャーキー船長物)の11本を収録している。
背景 目新しい点は雑誌掲載時の挿絵がほとんど載っていること。おそらく著者がドイルでなかったら翻訳されることはなかったであろうが、風俗小説としては興味深い。

邦題 『教会の悪魔』
原作者 ポール・ドハティ
原題 Satan in St Mary's(1986)
訳者 和爾桃子
出版社 早川書房
出版年 2008/4/15
面白度 ★★
主人公 王座裁判所書記のヒュー・コーベット。エドワード一世軍に加わりウェールズ軍と戦ったが負傷し、書記になった。妻子をペストで亡くし、現在は独身。
事件 1284年のロンドン。妹を誘惑されて激怒した金匠が相手の男を殺害し、聖ボウ教会に逃げ込んだ。しかしその後、罪の意識に苛まれたのか、金匠は密室状態の教会で首吊り自殺したという。だが、その裏に何かあると感じた国王の命を受けて、コーベットが再調査を始めると……。
背景 著者の作品では、検死官ジョンクランストン卿やロジャー・シャーロット物が翻訳されているが、これは新シリーズの一冊。前記の二シリーズよりも先に書かれている。13世紀を舞台にしているからか、謎とその解決は実に単純で、歴史の興味で持っているミステリー。

邦題 『神の家の災い』
原作者 ポール・ドハティー
原題 Murder Most Holy(1992)
訳者 古賀弥生
出版社 東京創元社
出版年 2008/11/28
面白度 ★★
主人公 お馴染みの、シティ(ロンドン)の検死官ジョン・クランストン卿と卿の書記アセルスタン修道士のコンビ。
事件 時は1379年。国王の摂政の宴でクランストンは、四人の人間が怪死した<緋色の部屋>の謎解きを約束した。一方アセルスタンが守る教会では、奇跡を起すという人骨が見つかる。さらにアセルスタンが籍を置いた修道院で連続殺人が起きた。三つの謎を早急に解けるか?
背景 シリーズ第三弾。このシリーズは不可能犯罪事件を扱った本格謎解き小説と思われているが、本書の謎はスケールは大きいものの、いずれの解決もかなり安易なもの。謎解き小説ではなく時代風俗ミステリーとして読むぶんには、それなりに楽しめよう。

邦題 『イスタンブールの記憶』
原作者 バーバラ・ナデル
原題 Deadly Web(2005)
訳者 高山 真由美
出版社 アップフロントブックス
出版年 2008/9/15
面白度 ★★★
主人公 イスタンブール警察の面々だが、主役はチェティン・イクメン警部とメフメット・スレイマン警部の二人。前者は50代で9人の子持ちだが、誠実な人柄の持ち主。後者は王族の末裔で30代後半。離婚歴はあるものの容姿端麗で有能な人物。
事件 舞台は2002年頃のイスタンブール。全裸の少女がナイフで刺殺される事件が続いた。彼女らが持っていたパソコンから、共通項が絞られる。魔術が関係しているらしい?!
背景 本邦初紹介のシリーズ物の7作め。その年のCWAシルバーダガー賞を受賞している。警察小説だが、警察捜査小説ではなく、警察官小説といってよい。主人公二人の悩みや喜びが巧みに描かれている反面、魔術やスナッフ・ムービーを扱った事件そのものは陳腐だ。

邦題 『地獄 英国怪談中篇傑作集』
原作者 南條竹則編
原題 独自の編集
訳者 南條竹則・坂本あおい
出版社 メディアファクトリー
出版年 2008/3/5
面白度 ★★★
主人公 中編2本と長めの短編1本からなる怪談集。中編2本は初訳。
事件 収録作品は「シートンのおばさん」(ウォルター・デ・ラ・メーア。学友シートンに誘われ、彼のおばさんの家に泊まりに行くが……)「水晶の瑕」(メイ・シンクレア。男女関係のもつれに疲れアガサは田舎に退いたが、自分には不思議な力があることを知り……)「地獄」(アルジャノン・ブラックアッド。妹の友人の家を訪れると、妹は夜寝られないという)の3本。
背景 「シートンのおばさん」のみ『怪奇小説傑作集3』(東京創元社)に既訳がある。いずれの作品も怪異現象を直接的に描写しないで怖さを演出する技法は流石だし、翻訳も読みやすい。ただし宗教に関心がないだけに「地獄」は私の肌にあわない。

邦題 『ポドロ島』
原作者 L・P・ハートリー 
原題 独自の編集
訳者 今本渉
出版社 河出書房新社
出版年 2008/6/30
面白度 ★★★
主人公 日本では怪奇小説作家として有名な著者の日本独自の短編集。
事件 12本の短編が収録されている(*印は初訳で7本)。「ポドロ島」(傑作と言われるだけの怖さがある)「動く棺桶」「足から先に」(*)「持ち主の交代」(*分身テーマだが、楽しめなかった)「思いつき」(*)「島」(*ミステリーとしても通用する)「夜の怪」「毒壜」(これもミステリー的)「合図」(*)「W・S」「パンパス草の茂み」(*)「愛し合う部屋」(*)
背景 典型的な幽霊譚の怪奇小説は「足から先に」のみ。主人公の妄想から思いがけない事件が起きるという作品が主流で、ミステリーとしても通用する作品があって読みやすい(訳も良いためか)。ただし謎は解決されないので、怖いけれども、中途半端という印象も拭いきれない。

邦題 『紳士たちの遊戯』
原作者 ジョアン・ハリス
原題 Gentlemen & Players(2005)
訳者 古賀弥生
出版社 早川書房
出版年 2008/2/25
面白度 ★★★
主人公 セント=オズワルド・グラマースクールのラテン語教師ロイ・ストレートリー。60代半ばで独身。これまでに99学期教えていた。
事件 伝統ある男子校で不可解な事件が次々に起きた。まずは人種差別を糾弾する落書き。そしてアレルギーを持つ生徒を昏倒させる悪戯。さらに職員の不祥事が新聞に書きたてられるようになった。誰が密告したのか。やがて生徒一人が失踪して……。
背景 『ショコラ』で評判の著者の初ミステリー。一種の学園物だが、ヒルトン『学校の殺人』のようなフーダニットではなく、ルース・レンデル風のサスペンスに近い。前半は学園内の詳細な描写がいささか読書欲を減退させるが、巧みな時間操作・視点操作が後半に生きてくる。

邦題 『消せない炎』
原作者 ジャック・ヒギンズ、ジャスティン・リチャーズ
原題 Sure Fire(2006)
訳者 田口俊樹
出版社 理論社
出版年 2008/7/
面白度
主人公 15歳の双子の姉弟ジェイドとリッチ。交通事故で母を亡くして孤児になった直後に、父と名乗る男が登場し、国際陰謀事件に巻き込まれる。
事件 父と名乗る男ジョン・チャンスは、二人をロンドンのアパートに引き取った。だがそこは殺風景な部屋で、別人宛の手紙も届いていた。謎の多い父親を不審に思った二人が、ある日父を尾行すると、なんと四人組に誘拐されてしまったのだ。警察は相手にしないし……。
背景 冒険小説の大家が共著となっているヤング・アダルト向けの冒険小説。情に訴えるヒギンズ節はほとんど出てこないから、ヒギンズの関与は物語の骨格ぐらいではないか? 高校生がドンパチしたり、戦車を操縦したりする荒唐無稽な展開で、ゲーム感覚がないと楽しめない。

邦題 『聖なる比率』上下
原作者 デヴィッド・ヒューソン
原題 The Sacred Cut(2005)
訳者 山本やよい
出版社 ランダムハウス講談社
出版年 2008/10/10
面白度 ★★
主人公 ローマ市警刑事ニック・コスタ物の一冊だが、主人公はニックに加えて、同じ市警の警部レオ・ファルコーネ、刑事ジャンニ・ペローニ、女性病理学者テレサ・ルポの面々。さらに本書ではFBIの女性捜査官エミリー・ディーコンも主人公並みの活躍をする。
事件 クリスマスの5日前、ローマは大雪に見舞われたが、ニックはパンテオンに侵入者がいるとの通報を受けた。さっそく現地に足を踏み入れると、何者かに銃撃されたものの、そこには背中に不可解な紋様が刻まれた女性の全裸死体が残されていたのだ!
背景 シリーズ第三弾。冒頭に猟奇的殺人が起きるのはこれまで同様だが、湾岸戦争を取り込んでいるので、警察小説より国際陰謀小説に近い展開。犯罪の動機などがわかり難い。

邦題 『ダルジールの死』
原作者 レジナルド・ヒル
原題 The Death of Dalziel(2007)
訳者 松下祥子
出版社 早川書房
出版年 2008/3/15
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのシリーズ探偵アンディ・ダルジールはほとんどベッドに寝ているだけ。代わって大活躍するのはピーター・パスコー主任警部とその妻で作家でもあるエリー・パスコー。
事件 店舗に銃を持った男がいる、という報告が入った。調べるとその店舗はテロ組織が関係しているらしい。ダルジールとパスコーは現場に行き、入店しようとした直前に爆発が! ダルジールの陰になっていたパスコーは軽症だったが、ダルジールは瀕死の重傷に!
背景 ダルジール警視シリーズの最新作。全編ダルジールが生死をさ迷い続けるという異色作。テロという今日的テーマに取り組んだ意欲作でもある。ただしプロットは平板。ミステリーとしての驚きは少ないものの、パスコー夫妻の魅力と語り口の上手さはまったく衰えていない。

邦題 『猿の手を持つ悪魔』
原作者 セバスチャン・フォークス、イアン・フレミング
原題 Devil May Care(2008)
訳者 佐々木紀子
出版社 竹書房
出版年 2008/12/31
面白度 ★★★★
主人公 懐かしの007ジェームズ・ボンド(ただし贋作の主人公)。『007/黄金の銃をもつ男』のエピソード後の療養のために南仏やローマに滞在していた。40代の独身。
事件 そのようなボンドにMから新たな任務が言い渡された。大金持ちで偏執狂のゴルナー博士に接触せよと。ゴルナーは左手が猿のような毛深い手を持ち、イギリスを憎み、破滅させようとしていたのだ。ボンドはパリに飛び、さらにイランやソ連にも潜入するが……。
背景 フレミング生誕百年を記念して書かれた007の贋作。著者は『シャーロット・グレイ』などの訳書がある純文学系の作家。007シリーズの特徴をよく把握して、スリリングな物語に仕上げている。他作家の贋作は20冊以上あるが(既読は数冊だが)、ベスト3に入る出来か。2012年『007デヴィル・メイ・ケア』(竹書房文庫)に改題

邦題 『アフガンの男』上下
原作者 フレデリック・フォーサイス
原題 The Afghan(2006)
訳者 篠原慎
出版社 角川書店
出版年 2008/5/31
面白度 ★★★
主人公 元SAS大佐のマイク・マーティン。『神の拳』に続く登場。幼い頃(1975年まで)イラクで生活していた。弟テリーは大学教授で、コーランの研究家。
事件 2005年のロンドン自爆テロの捜査過程で、警察はアルカイダの隠れ場所を特定・強襲した。そこで入手したパソコンのデータ解析から、アルカイダが大きなプロジェクトを計画していることを知ったのだ。英米は協力し、その計画を探るためマイクをアルカイダに潜入させるが……。
背景 いかにもフォーサイスらしい作品。ロンドンの地下鉄爆破を実行したアルカイダが、次の目標は何かということを示す国際陰謀小説。アルカイダに関する情報は豊富で、情報小説としてそれなりに楽しめるが、マイクの活躍する冒険小説としては平凡。

邦題 『刈りたての干草の香り』
原作者 ジョン・ブラックバーン
原題 A Scent of New-Mown Hay(1958)
訳者 霜島義明
出版社 論創社
出版年 2008/2/25
面白度 ★★★
主人公 シリーズ・キャラクターは英国外務省情報局長のチャールズ・カーク将軍だが、本書で一番活躍するのはダーフォード大学生物学教室特別研究員のトニー・ヒース。
事件 ソ連北方の辺境地帯の村で、突然住民が強制退去させられる事態が発生した。さらに近くを航海していた英国貨物船が謎の遭難をした。疫病発生か? カーク将軍は秘かに調査を開始し、細菌の突然変異体を研究しているトニーに援助を求めた。
背景 パニック小説にスパイ小説的な独特の味付けをした著者の第一作。言葉を変えればジャンル・ミックスのホラー小説といえようか。当時としては斬新なプロットと言えるが、今の時点で評価するとそう驚くものはない。歴史的評価を考慮して★一つを追加している。

邦題 『審判』
原作者 ディック・フランシス、フェリックス・フランシス
原題 Silks(2008)
訳者 北野 寿美枝
出版社 早川書房
出版年 2008/12/25
面白度 ★★★★
主人公 法律事務所に勤務しつつ(役職はジュニア・バリスタ)、休日はレースに出場するアマチュア騎手のジェフリイ・メイスン。数年前に急病で妻を亡くした三十代後半の男。
事件 トップ・ジョッキーが干草用のピッチフォークで串刺しにされる事件が起き、ライバル騎手が逮捕された。ピッチフォークは容疑者のもので、容疑者は被害者と犬猿の仲であったのだ。不利な状況の下でメイスンは弁護を引き受けるが、さらに何者かに脅迫され……。
背景 再起したフランシスの第三作。最大の山場は裁判で、G・S・ガードナーのメイスン物に似ている。88歳にもかかわらず、物語の緊迫度が高い水準を保っているのはサスガ。ただし裁判途中で真犯人を指摘するという逆転劇の切れ味は、本物のメインスンには及ばないようだ。

邦題 『ポッターマック氏の失策』
原作者 オースティン・フリーマン
原題 Mr. Pottermack's Oversight(1930)
訳者 鬼頭玲子
出版社 論創社
出版年 2008/5/25
面白度 ★★
主人公 謎を解くのはシリーズ探偵で法医学者・弁護士のジョン・ソーンダイク博士だが、物語の主人公は引退した独身の実業家マーカス・ポッターマック。
事件 英国の田舎に住むポッターマックは穏かな生活をしているようにみえたが、実際は銀行員から執拗なゆすりにあっていた。この日も百ポンドを強要されて乱闘になり、脅迫者を古井戸に落としてしまったのだ。だが脅迫者の靴跡を隠蔽するためにポッターマックが考えたのは……。
背景 著者は倒叙ミステリーの創始者とはいえ、倒叙物の長編は二冊しか書いていない。本書はその内の一冊。『レ・ミゼラブル』のように無実な男が脱獄して米国で成功し、15年後に英国に戻ってくるという展開で、謎の解決に驚きは少なく、古臭い冒険小説という方が似合っている。

邦題 『猿の肖像』
原作者 R・オースティン・フリーマン
原題 The Stoneware Monkey(1938)
訳者 青山万里子
出版社 長崎出版
出版年 2008/1/10
面白度 ★★
主人公 お馴染みのソーンダイク博士と彼の仲間たち。ただし物語の語り手は、最初から2/3が新米医師のジェームズ・オールドフィールドで、残りがクリストファー・ジャーヴィス医師。
事件 オールドフィールドは原因不明の患者に頭を悩まし、恩師のソーンダイク博士に助言を乞う。ソーンダイクは砒素中毒の可能性を指摘し、実際患者の近くにあった大麦湯から砒素が検出されたのだ。だが数ヵ月後、患者が利用する炉内から正体不明の焼死体の一部が見つかった!
背景 原著シリーズの19作。晩年の作品で、本格ミステリ・ファンなら、だいたい気付くような基本的トリックを利用していて驚きは少ない(初心者はそれなりに感心すると思うが)。冒頭のダイヤモンド盗難とメインの患者行方不明事件との関連も無理筋に見えてしまう。

邦題 『ネームドロッパー』上下
原作者 ブライアン・フリーマントル
原題 The Namedropper(2007)
訳者 戸田裕之
出版社 新潮社
出版年 2008/7/1
面白度 ★★
主人公 プロのネット詐欺師(他人の個人情報を盗み出して本人になりすまし、ネット上から他人の財産を騙し取って暮らしを立てている)ハーヴェイ・ジョーダン。中年の独身男。
事件 ヴァカンスでニースにやって来たジョーダンは、そこで離婚寸前の人妻アリスと知り合う。そして「休日のロマンス」に発展したが、帰国した彼を襲ったのは、姦通罪をたてに多額の請求をしている訴状だった。敵は誰で、その狙いは? アメリカでの裁判が始まったが……。
背景 著書の非シリーズ物の一冊。いまどき姦通罪のような罪があるとは知らなかったが、ノースカロナイナ州には存在するらしい。確かに主人公は”身分窃盗”を生業にしているが、本書の面白さは弁護士が丁々発止とやり合う法廷ミステリーにある。プロットに意外性がないのが弱点。

邦題 『アメリカン・スキン』
原作者 ケン・ブルーウン
原題 American Skin(2006)
訳者 鈴木恵
出版社 早川書房
出版年 2008/1/25
面白度 ★★★
主人公 主人公を一人に絞るのは難しいが、一人称の部ではアイルランド人だがアメリカ人になりきろうとしているスティーヴ、三人称の部では異常な殺人鬼のデイドか。
事件 銀行から不正な手段で大金を手に入れたスディーヴはアメリカに逃亡した。その後恋人シボーンと再会し、トューソンでひっそりと生活しようとしたのだ。だが彼の親友を殺したIRAの殺し屋に追われたり、思わぬ出会いからデイドと対決することになる。
背景 舞台はアメリカだが、ブリティッシュ・ノワールの一冊。確かに残虐な描写はあるものの、アメリカ語に拘るスティーヴの言動にはユーモアもあり、アメリカの犯罪小説とは一味違っている。プロットも現在と過去の事件、一人称と三人称の語りを巧みに織り交ぜて一気に読ませる。

邦題 『優しいオオカミの雪原』上下
原作者 ステフ・ペニー
原題 The Tenderness of Wolves(2006)
訳者 栗原百代
出版社 早川書房
出版年 2008/2/15
面白度 ★★★
主人公 物語は一人称と多視点の三人称で語られ、主人公は一人には絞れない。カナダ北方に住む多くの登場人物全員が主人公。
事件 19世紀半ばのカナダ。平和な入植地で罠猟師ジャメが殺され、同時に近くに住む若者フランシスが行方不明となった。フランシスは犯人なのか、または犯人を目撃して追跡したままなのか。フランシスの母ロス夫人は、フランシスの容疑を晴らすため彼の足跡を追って森に入るが……。
背景 映画監督でもあった著者の第一作。物語を短い描写で次々に展開していく手法は映画的と言えそう。フーダニットと暗号という謎はあるものの謎解き小説ではなく、冒険小説だ。ただし一番の面白さは、様々な愛(親子愛や夫婦愛、初々しい愛、不倫など)が描かれていることか。

邦題 『震えるスパイ』
原作者 ウィリアム・ボイド
原題 Restless(2006)
訳者 菊地よしみ
出版社 早川書房
出版年 2008/8/15
面白度 ★★★★★
主人公 1976年の事件の主人公は大学院生のルース・ギルマーティン。28歳のシングルマザーで、息子が一人いる。英語の教師をして生活費を稼いでいる。1940年前後のスパイ活動の主人公は、英国諜報員であったルースの母サリー・ギルマーティン。
事件 サリーは命の危険を感じて手記を書いた。第二次世界大戦の対独情報工作やアメリカを参戦させる作戦に関するもので、母自身も死の危機に見舞われた。事実を知ったルースは……。
背景 『グッドマン・イン・アフリカ』の著者の本格的なスパイ小説。時間的にずれのある二つの話が併行して語られ、最後に結びつくという設定はよくあるものだが、二人の主人公の人物造形がすばらしい。スパイ小説にしては珍しい心暖まる展開・結末で、人間不信には陥らない。

邦題 『待ちに待った個展の夜に』
原作者 ジェイニー・ボライソー
原題 Betyayed in Cornwall(2000)
訳者 安野玲
出版社 東京創元社
出版年 2008/10/24
面白度 ★★
主人公 素人探偵を演ずるのはコーンウォール地方に住む画家ローズ・トレヴェリアン。シリーズ探偵で、夫を亡くした40代後半の魅力的な女性。実際の事件の捜査は、地元警察キャンボーン署のジャック・ピアース警部。二人は元恋人で今は友人関係にある。
事件 ローズの念願だった個展が初めて開かれることになった。両親や友人を招いた内覧会は成功裡に終ったが、その前夜ローズの親友の息子が不審な死にあい、さらに娘も行方不明に!
背景 シリーズ4作目。美しいコーンウォール地方を舞台にしたミステリーだが、風景描写に加えて、この地方の人間模様も巧みに描かれている。コージー・ミステリーとして安心して楽しめるが、本作では謎の設定は平凡。つまり小説部分とミステリー部分のバランスが崩れている。

邦題 『国境の少女』
原作者 ブライアン・マギロウェイ
原題 Borderlands(2007)
訳者 長野きよみ
出版社 早川書房
出版年 2008/4/25
面白度 ★★★★
主人公 アイルランド共和国リフォード警察の警部ベネディクト(ベン)・デヴリン。妻と一人娘、犬一匹と一緒に生活している。
事件 クリスマスの前日、アイルランドを南北に分断する国境地帯でほぼ全裸状態の少女の死体が発見された。死因は不純物の入った麻薬と思われ、容疑者の一人は行方不明。近くに住む”漂白民”の青年が浮かび上がったが、少女の持っていた指環から事件は意外な展開をみる。
背景 アイルランド作家の第一作。イアン・ランキンを敬愛しているそうで、確かに似た印象を受ける警察小説。ミステリーとしては、犯罪現場が南北アイルランドの国境という珍しい土地での、ベンの捜査と私生活がそつなく描写されている。ただし犯人の設定は安易すぎる。

邦題 『壁に書かれた預言』
原作者 ヴァル・マクダーミド
原題 Stranded(2005)
訳者 宮本もと子
出版社 集英社
出版年 2008/2/25
面白度 ★★★
主人公 著者初の短編集で、19本の短編が収録されている。
事件 収録作は「ミッテル」(非ミステリー)「疾走」「油断大敵」「命取りのミス」「白夜と黒魔術」(面白い)「壁に書かれた預言」「真人間になりたい」「得がたい伴侶」「クリスマスのしきたり」「サンタを殺した少女」「お大事に」「善意の罠」「帰郷」(非ミステリー)「火祭り」「ビンゴ・ホールの女たち」(佳作)「残念賞」(佳作)「変身」「恋人たちの末路」「ダンディーへの道」(非ミステリーで、自伝的な作品)の19本。
背景 長編作家と思われていた著者は短編も上手いことがよくわかる。ただし多くの作品が短編としても短すぎる。またこの著者らしく、レスビアンがかなり登場しているのも特徴か。

邦題 『ワトスンの選択』
原作者 グラディス・ミッチェル
原題 Watson's Choice(1955)
訳者 佐久間野百合
出版社 長崎出版
出版年 2008/5/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのシリーズ探偵ミセス・ベアトリス・レストレンジ・ブラッドリー。彼女の秘書の婚約者ロバート・ギャヴィン(ロンドン警視庁の警部)も活躍する。
事件 ミセス・ブラッドリーの患者でもあったブーン卿から、シャーロック・ホームズ生誕百周年を祝う招待状が届いた。参加者全員がホームズ作品に登場する人物に扮し、ホームズに関するゲームも行なわれるという。そして、なんとバスカヴィル家の犬まで登場したのだった。
背景 著者の長編は66冊あるそうだが、本書は28冊めにあたるから、中期の作品といってよい。特徴は物語にホームズ作品を組み入れていることだが、パロディではない。そこが中途半端に感じてしまう点だが、オフビートな独特の語り口は健在だ。

邦題 『タナスグ湖の怪物』
原作者 グラディス・ミッチェル
原題 Winking at the Brim(1974)
訳者 白須清美
出版社 論創社
出版年 2008/7/25
面白度 ★★
主人公 素人探偵はシリーズ・キャラクターのベアトリス・アデラ・レストレンジ・ブラッドリー。魔女の血を引く精神科医。彼女の秘書ローラ・ギャヴィンも活躍する。
事件 サー・カルショット一行は、ネッシーのような恐竜らしき生物が目撃されたタナスグ湖へ調査に赴いた。巨大動物らしき影や水面の妖しい波紋が観測されるなか、メンバーの一人が自殺のような状況で見つかった。メンバーの中にブラッドリーの孫娘がいたため、彼女が呼ばれるが……。
背景 著者の後期の作品。作品中に怪物が実際に登場するというので一部で評判のミステリー。まあミステリーとしてはギリギリセーフといった処理の仕方で、そこは確かに巧みなものの、メインの事件そのものは平凡。ブラッドリー夫人よりローラの活躍の方が印象に残る。

邦題 『踊るドルイド』
原作者 グラディス・ミッチェル
原題 The Dancing Druids(1948)
訳者 堤朝子
出版社 原書房
出版年 2008/10/1
面白度 ★★
主人公 ベアトリス・アデラ・レストレンジ・ブラッドリー。シリーズ・キャラクターの精神科医。趣味の一つである編物をする場面が二、三回ある。秘書ローラ・メンジーズも活躍する。
事件 イングランド南西部の町で(近くにストーン・サークルがある)クロスカントリーをしていた学生が雨にたたられて農家に避難した。だが逆にそこの居住者から患者を車で運ぶのを手伝わされる始末。患者は重態で、犯罪に巻き込まれたことを怖れた学生はミス・ブラッドリーを訪れた。
背景 シリーズ物の一作だが、謎解き小説よりスリラー小説に近い。ただし著者の独特の書き方(「盛り上がるべきところで盛り上がらず」という文体)はスリラーにはミスマッチで、導入部はうまいものの、前半はかったるい。ミッチェル作品としては平凡な出来映えだ。

邦題 『ランポール弁護に立つ』
原作者 ジョン・モーティマー
原題 Rumpole of the Bailey(1978)
訳者 千葉康樹
出版社 河出書房新社
出版年 2008/8/30
面白度 ★★★★
主人公 自称三文弁護士のホレス・ランポール。バリスター(法廷弁護士)で67歳。妻ヒルダは、《絶対服従のお方》。一人息子はボルチモア大学の社会学講師。
事件 長めの短編6本「ランポールと跡継ぎたち」「ランポールとヒッピーたち」「ランポールと下院議員」「ランポールと人妻」(皮肉なオチが鮮やか)「ランポールと学識深き同僚たち」「ランポールと闇の紳士たち」(結末が嬉しい)からなる第一作品集。
背景 法廷ミステリーだが、メイスン物のように切れ味鋭い訊問で被告の無罪を勝ち取るといった話ではなく(中には被告が有罪になるものもある)、ランポールの警句や皮肉、ユーモラスな会話、つまりは老獪なランポールの魅力で読ませる作品集。私好みなので★を一つプラスした。

邦題 『反撃のレスキュー・ミッション』
原作者 クリス・ライアン
原題 Strike Back(2007)
訳者 伏見威蕃
出版社 早川書房
出版年 2008/10/25
面白度 ★★★
主人公 元SAS隊員のジョン・ポーター。1989年にレバノンで行なった人質救出任務で、三人の隊員を死亡させた責任をとって除隊。その後離婚し、路上生活者に落ちぶれてしまった。
事件 17年後のレバノンで英国人女性ジャーナリストが誘拐された。しかも首謀者のヒズボラ幹部の男は、以前の事件でジョンが助けた少年だったのだ。この関係だけを頼りに、ジョンは英国政府に直訴し、人質救出を単独で実行する了承を得たのだが、48時間の猶予しかなかった。
背景 SAS隊員を主人公にしたシリーズ物の第12作。事件の場所や設定は毎回変わるものの、窮地に単独(またはチーム)で潜入して難事件を解決するというパターンは毎度お馴染み。今回は、プロットの捻りがミエミエなのが弱点だが、戦闘場面の描写は相変わらず迫力十分だ。

邦題 『処刑人の秘めごと』
原作者 ピーター・ラヴゼイ
原題 The Secret Hangman(2007)
訳者 山本やよい
出版社 早川書房
出版年 2008/6/25
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのシリーズ探偵ピーター・ダイヤモンド警視。妻ステフが亡くなってから3年たつが、最近なぜか、見知らぬ女性から手紙やケーキが送られてきた。
事件 公園のブランコから女性の死体がぶら下がっているのが見つかった。索条痕が二本あることから、絞殺と推定されたのである。それから数日後、その女性の元夫も首吊り状態で見つかった。容疑者は何人か浮かぶが、やがて同様な事件が過去にもあったことがわかったのだ!
背景 シリーズ9作目。ミステリーとしては連続殺人者を扱ったミッシング・リンク物。クリスティ・ファンやラヴゼイ・ファンなら犯人はなんとなく予想できよう。ダイヤモンドの恋愛など、並みの作家が扱うと弱点になりそうなのに、それをプラスに変えているのは天晴れ。

邦題 『サラマンダーは炎のなかに』上下
原作者 ジョン・ル・カレ
原題 Absolute Friends(2003)
訳者 加賀山卓朗
出版社 光文社
出版年 2008/11/20
面白度 ★★★
主人公 パキスタン生れの英国人テッド・マンディ。父親は軍人で、1960年代にオックスフォード大に入るも落ちこぼれて西ベルリンに渡り、そこで急進派学生セクトのリーダー、サーシャと知り合う。21世紀の現在では、ドイツのリンダーホフ城のツアーガイドをしている。
事件 学生集会の騒乱のさなか、マンディはサーシャを命がけで救出。二人は固い友情で結ばれた。そして数年後スパイとなったサーシャが現れてマンディは二重スパイとなる。時はさらに流れて、内縁の妻であるトルコ人女性と生活しているマンディの前に三度サーシャが登場し……。
背景 著者19冊めのスパイ小説。米ソ冷戦状態の世界から9・11以降の欧州を舞台にした本格的なスパイ小説だが、著者がブッシュ大統領やブレア政権に批判的なのが意外性十分か。

邦題 『シミタールSL−2』
原作者 パトリック・ロビンソン
原題 Scimitar SL-2(2004)
訳者 伏見威蕃
出版社 角川書店
出版年  
面白度  
主人公 1

事件 3


背景 6



邦題 『ナポレオン艦隊追撃』
原作者 ジュリアン・ストックウィン
原題 Tenacious()
訳者 大森洋子
出版社 早川書房
出版年 2008/3/
面白度  
主人公 1

事件 3


背景 6


戻る