邦題 『チャーリー退場』
原作者 アレックス・アトキンスン
原題 Exit Charlie(1955)
訳者 堀田善衛
出版社 東京創元社
出版年 1959/5/25
面白度 ★★★
主人公 謎を解くのはファーニス主任警部とアップルビー巡査部長。
事件 今週の劇の主役を演ずるのはチャールズ・マニヨン。彼は開幕ぎりぎりで楽屋に着いたものの、劇はとどこおりなく終了した。だがチャールズはフィナーレに登場しなかった。不審に思った若手俳優が彼の楽屋を訪れてみると、チャールズは毒殺されており、そばに砒素入りのグラスが!
背景 新人の第一作。英国ミステリーに多い劇場を舞台にした謎解きミステリー。ミスディレクションを生かしたトリックが結構面白い。動機にも意外性がある。著者は一時俳優をしていたようで、劇場の雰囲気をリアリティを持って描いている。その点はいいのだが、文章そのものは地味なので、登場人物を次々に紹介していく前半はサスペンスに欠けていて、ある程度の忍耐力が必要か。2004年に新訳(鈴木恵訳)が出た。

邦題 『学長の死』
原作者 マイケル・イネス
原題 Death at the President's Lodging(1936)
訳者 木々高太郎
出版社 東京創元社
出版年 1959/1/30
面白度 ★★
主人公 ロンドン警視庁警視のジョン・アプルビー。初登場なのに詳しい紹介はなく、知的で教養のある男としかわからない。
事件 11月の寒い朝、セントアントニー大学学長の射殺死体が学長官舎で見つかった。周りには古い骨が散らばっていたが、犯行は前夜の10時〜11時ごろと思われた。アプルビーが調査を始めると、大学内は一種の密室状態にあり、容疑者は大学関係者に限られたのである。
背景 シリーズ第一作だからか、後年著者が得意としたファルス・ミステリーではなく、伝統的な探偵小説そのもの。中盤での容疑者への尋問や細かいアリバイ調査には退屈するが、一癖も二癖もある大学関係者の登場や当時の大学の雰囲気描写は興味深い。

邦題 『足跡のない殺人』
原作者 J・D・カー
原題 The Problem of the Wire Cage(1939)
訳者 長谷川修二
出版社 東京創元社
出版年 1959/1/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのギデオン・フェル博士。
事件 雨上がりのテニスコートの中央に絞殺死体が発見された。しかし周りには被害者と発見者の足跡しかなかった。もちろん、足跡に細工はほどこされていない。屋外の密室といってよいテニスコートでの不可能犯罪である。そして第ニの殺人が起きた。被害者は第一の殺人の有力な容疑者で、劇場内で衆人監視中に起きた不可能殺人であったのだ。
背景 どうだ、マイッタカという謎の提出である。結末を読むと、確かに第一の殺人のトリックはマイリマシタ、という脱帽してしまうが、第ニの殺人のトリックはかなり強引なもので、胡散臭さが鼻についてしまう。なお後年『テニスコートの謎』(厚木淳訳)として改題・改訳された。

邦題 『死者のノック』
原作者 J・D・カー
原題 The Dead Man's Knock(1958)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1959/1/30
面白度  
主人公 

事件 


背景 



邦題 『連続殺人事件』
原作者 J・D・カー
原題 The Case of the Constant Suicide(1941)
訳者 井上一夫
出版社 東京創元社
出版年 1959/6/30
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのギデオン・フェル博士。
事件 スコットランドの古城の塔から男が墜落死した。他殺か、保険金目当ての自殺か、あるいは事故死なのか。男がいた塔の部屋は内側から戸締りがしてあり、室内には中身の入っていないトランクが残されていた。密室の事件である。男の親族たちはこの謎を解いてもらうためフェル博士を招くことにしたが、フェル博士の面前でまたもや密室殺人が起きたのだ!
背景 カーが自選した自信作。大上段に振りかぶった書き方ではなく、さらりと書いているのがいい。登場人物も少なく、物語もすっきりしている。トリックは簡単な物理的なものだが(机上の空論でも、実現の可能性は少ないと思われるが)、結構盲点をついている。

邦題 『ニューゲイトの花嫁』
原作者 J・D・カー
原題 The Bride of Newgate(1950)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1959/9/30
面白度 ★★
主人公 リチャード・ダーウェント。ダーウェント家を継ぎ侯爵となる。
事件 時はナポレオンとの戦争中の19世紀始め。美貌の令嬢キャロラインはニューゲート監獄に死刑囚のリチャードを訪ねてきた。彼女は遺産を貰うためには25歳前に結婚する必要があり、無実の罪で投獄されて死刑間近かのリチャードを結婚相手に選んだのだ。ところが結婚後にナポレオンが敗北し、リチャードは釈放された。彼は復讐に燃えて、真犯人探しに乗り出した。
背景 カーの時代物第一作。死刑囚と結婚するという冒頭部分は面白い。しかしその後の展開は尻すぼみで終っている。リチャードは積極的に犯人を探そうとはしないし、解くべき謎もはっきりしないからである。ただし風俗小説や活劇小説と考えれば、まあまあの出来か。

邦題 『震えない男』
原作者 J・D・カー
原題 The Man Who Could Not Shuder(1940)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1959/11/30
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのギデオン・フェル博士。エリオット警部も活躍する。
事件 マーチン・クラークは、怪奇な伝説に包まれた旧い屋敷を購入した。俗に幽霊屋敷と呼ばれていた豪邸である。彼はその屋敷を修復し、今日はその祝いとして「幽霊パーティ」を開催したのだ。ところがその最中に、招待客の一人が銃殺された。ところが被害者の傍らにいた妻によれば、拳銃がひとりでに発射されたという。まさしく幽霊の仕業なのか?
背景 この他にもシャンデリアなどが自動的に動き出したりする。トリックは機械的なもので、理系人間にはわかりやすい。逆に怪奇趣味を強く出している初期作品は私の好みではない。なお東京創元社版は『幽霊屋敷』(小林完太郎訳)という題で、約一ヶ月後に出版されている。

邦題 『ギャラウエイ事件』
原作者 アンドリュウ・ガーヴ
原題 The Galloway Case(1958)
訳者 福島正実
出版社 早川書房
出版年 1959/3/15
面白度 ★★★★
主人公 新聞社の社会部記者ピーター・レニイ。
事件 取材先のジャージー島でピーターは、メアリ・スミスと名乗る女性と知り合いになる。彼は一目惚れするが、メアリも彼を憎からず思っているようだった。彼らは3日間楽しい時を過したが、4日目メアリは忽然と消えてしまったのだ。ピーターは諦めきれずメアリを探し回った。そして4ヶ月後その努力は報いられた。だが、そこにはさらなる困難が待ち受けていた。
背景 推理小説の剽窃事件を扱っている。ガーヴの目のつけどころが斬新で、プロットが面白い。ガーヴの作品がこれほど面白いとは予想していなかった。欠点があるとすれば、200頁たらずの作品であること。もう少し細部をきちんと書いた方が終盤がもっと盛り上がったはずだ。残念。

邦題 『新聞社殺人事件』
原作者 アンドリュウ・ガーヴ
原題 A Press of Suspects(1951)
訳者 中桐雅夫
出版社 早川書房
出版年 1959/3/30
面白度 ★★
主人公 事件担当者はロンドン警視庁主席警部のアルフレッド・ヘインズだが、名探偵でなく凡庸な人間。強いて挙げれば、海外特派員のビル・アイアデールと婦人記者キャサリン・キャムデン。
事件 大衆紙モーニング・コールの外報部次長ジェサップは、局長のエドから、部長への昇進ではなく、極東の僻地マラヤへの転勤を命じられた。そして部長職は後輩の若手が抜擢されたのだ。喜びと悲しみが交錯するその新聞社内で報道部長が毒殺されたのである。
背景 ガーヴの第4作。一種の倒叙物で、犯人は前半の段階で明らかにされるが、通常の倒叙物とは異なり、作者の狙いはいかに犯罪が暴かれるかにあるのではなく、いかに犯人が第ニ、第三の殺人を犯すのかにある。つまり、いささか雑なプロットを持つサスペンス小説になっている。

邦題 『死と空と』
原作者 アンドリュウ・ガーヴ
原題 Death and the Sky Above(1953)
訳者 福島正実
出版社 早川書房
出版年 1959/12/31
面白度 ★★★
主人公 死刑囚チャールズ・ヒラリイと彼を助ける恋人キャスリン・フォレスター(TVの司会者)。
事件 チャールズは妻を殺したとして逮捕された。そして現場に残っていた指紋や、アリバイがなかったことから、あろうことか死刑囚となってしまった。ところが刑務所に大型ガソリン車が激突し、その混乱からチャールズは刑務所を脱出した。キャスリンは彼の無実を証明しようとして……。
背景 いかにもガーヴらしい作品だが、欠点も目立つ。悪い点は、チャールズが犯人になってしまう設定が安易なこと。ガーヴらしい点は後半のチャールズとキャスリンの逃避行がサスペンスフルに描かれていること。特に泥沼で逃げまわるところは圧巻。二人の描写にも泣かせるものがある。サスペンス小説として読み応えはあるものの、裁判場面ではもっと緻密さがほしい。

邦題 『ハバナの男』
原作者 グレアム・グリーン
原題 Our Man in Havana(1958)
訳者 田中西二郎
出版社 早川書房
出版年 1959/
面白度 ★★★
主人公 主として電気掃除器を扱う貿易商ワーモルド。17歳の娘がいる。妻は逃げてしまった。
事件 イギリス情報部はハバナの責任者としてワーモルドを選んだ。彼は娘の教育費などが必要なこともあり、その申し出を承諾したのだ。彼は電気掃除器の代理店を歴訪しながら、海軍基地の情報を本部に送った。それらはほとんど架空の情報であったが、徐々ににエスカレートし……。
背景 スパイ小説のパロディだが、笑いだけでなく、恐怖も不安もあるという作品。ベルリンの壁が崩壊後に読んだので、あまり恐怖と不安は感じなかったが、プロットよりもさまざまな登場人物が生き生きと描かれていることが興味深い。主題は後年の『ヒューマン・ファクター』と同じで、国家より個人の愛の方が重要だということであろう。著者のエンタテイメントとしては7冊目の作品。

邦題 『火曜クラブ』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Thirteen Problems(1932)
訳者 中村妙子
出版社 早川書房
出版年 1959/7/15
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのミス・ジェーン・マープル。初登場の作品で、初登場の時は「黒いブロケードの服を着て、手には黒いレースの指なし手袋をはめ、雪白の髪を高々とゆいあげた上に黒いレースのキャップを」のせていた。彼女の甥は作家のレイモンド・ウェスト。
事件 題名を順に挙げると、「火曜クラブ」、「アシタルテの祠」、「金塊事件」、「舗道の血痕」(一番の出来!)、「動機対機会」、「聖ペテロの指のあと」、「青いゼラニウム」、「二人の老嬢」、「四人の容疑者」、「クリスマスの悲劇」、「毒草」、「バンガロー事件」、「溺死」の13本である。
背景 最初の6本は1928年に雑誌に発表された。つまり紙上初お目見えのマープルは「火曜クラブ」のマープルとなる(1930年出版の『牧師館の殺人』のマープルより先というわけである)。

邦題 『パーカー・パイン登場』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Parker Pyne Investigates(1934)
訳者 赤嶺弥生
出版社 早川書房
出版年 1959/11/15
面白度 ★★★
主人公 パーカー・パイン。身の上相談を職業とする探偵。「あなたは幸福ですか?」という新聞広告を出している。統計に強い。度の強い眼鏡を掛けた禿げ頭のイギリス紳士。
事件 12本が収録されている。順に挙げると「中年の妻の事件」、「不満な軍人の事件」、「悩める夫人の事件」、「不満な夫の事件」、「ロンドンの会社員の事件」、「金持ちの女の事件」、「ほしいものは全部入手したか?」、「バグダードの門」、「シラズの家」、「高価な真珠」、「ナイル河の死」、「デルファイの託宣」である。
背景 短編だけに登場するシリーズ探偵だが、面白いのは、ポアロの秘書ミス・レモンは、最初パインの事務所に勤めていたこと。またアリアドネ・オリヴァー夫人も本書が初登場のはずだ。

邦題 『ポアロ登場』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Poirot Investigates(1924)
訳者 小倉多加志
出版社 早川書房
出版年 1959/11/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。ロンドンで私立探偵を開業している。
事件 題名を順に挙げると、「<西部の星>盗難事件」、「マースドン荘の惨劇」、「安アパート事件」、「猟人荘の怪事件」、「百万ドル債券盗難事件」、「エジプト墳墓の謎」、「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」、「総理大臣の失踪」(一番好きな短編!)、「ダヴンハイム失踪事件」、「イタリア貴族殺害事件」、「謎の遺言書」、「ヴェールをかけた女」、「消えた廃坑」、「チョコレートの箱」(ポアロのベルギー警察時代の話で、記録に残るポアロ最初の事件)の14本である。
背景 初期の作品ばかりなので、物語の形式はホームズ物の亜流だが、謎解き短編としてはすでに独自性を発揮している。創元社版(『ポアロの事件簿1 2』には8本が追加されている。

邦題 『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Why Didn't They Ask Evans?(1934)
訳者 田村隆一
出版社 早川書房
出版年 1959/12/15
面白度 ★★★
主人公 田舎牧師の四男ロバート・ジョーンズ(ボビイ)と伯爵令嬢のフランシス・ダーウェント(フランキー)。ボビイは28歳ぐらいの好青年、フランキーはボビイの幼なじみで元気一杯の女性。
事件 ボビイはゴルフ場17番ホールでボールを大きく逸らし、ボールは地面の割れ目に落ちてしまった。下を見ると岩の上には身体のねじれた男が! そして男は意識を取り戻すと、ボビイに「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」と言って、息を引き取ったのだ。
背景 若い男女が活躍するスリラー小説。クリスティとしては、若き自分をフランキーに投影し、楽しみながら書いた作品なのであろう。スリラーなのに拳銃を持った悪漢などは登場しない。いかにもクリスティらしいプロットだ。田舎を舞台にしているのも、ノンビリした展開に適している。

邦題 『お楽しみの埋葬』
原作者 エドマンド・クリスピン
原題 Buried for Pleasure(1948)
訳者 深井淳
出版社 早川書房
出版年 1959/12/15
面白度 ★★★★
主人公 オックスフォード大の教授ジャーヴァス・フェン。お馴染みの素人探偵である。
事件 フェンは執筆が一段落したこともあり、ひょんなことから下院議員に立候補することを思いついた。選挙区は農村であったが、そこでは脅迫事件に絡む殺人事件が起きており、事件担当者はフェンの友人の警部であった。すでに選挙運動のインチキさにうんざりしていたフェンは、その調査に飛びついたが、あろうことか警部は死体となって見つかったのである。
背景 まことに楽しいミステリー。逆説やドライ・ユーモアがふんだんに含まれている。徹底的にふざけているのだが、そこは著者の教養がタガの役目をしていて(これが多少嫌味に感じることもあるが)、下品になることはない。トリックは机上の空論と考えれば、説得力をもっている。

邦題 『殺人計画』
原作者 マニング・コールス
原題 Toast to Tomorrow(1940)
訳者 尾高京子
出版社 新潮社
出版年 1959/7/20
面白度 ★★
主人公 イギリスの情報部員トミー・ハンブルドン。
事件 第一次世界大戦の後期、海岸に流れついた男がドイツ海軍病院に担ぎ込まれた。彼はその後体力は回復したものの記憶は失われたままであった。やがて時代はヒットラーの台頭することになり、彼は彼らの革新的なところが気にいった。だが国会議事堂焼き討ち事件を目撃したとき、自分がトミーであると気づいたのだ。そして警視総監となったトミーは情報を英国に流し始めた。
背景 翻訳が遅れた『昨日への乾杯』(著者の第一作)の続編。原著は第二次大戦中の出版なので、ヒットラーなどの実在人物を登場させたことはかなりセンセイショナルだったのであろう。しかし60年代に読んだ限りでは、リアリティよりも古臭さを感じてしまい、あまり楽しめなかった。

邦題 『ある大使の死』
原作者 マニング・コールス
原題 Death of an Ambassador(1957)
訳者 長沼弘毅
出版社 東京創元社
出版年 1959/8/7
面白度 ★★★
主人公 英国の外務省諜報課員トミー・ハンブルドン。
事件 ロンドンの駐英エスメラルダ大使は、客と対談中に狙撃されて死亡した。トミーはこの事件の調査を命じられた。彼は容疑者を追ってパリに向かい、保安警察のルトールの協力を得て捜査を開始した。ところが不可解な事件が多発し、第3の人物が関係していることがわかったのだ。
背景 著者名は、シリル・コールスとアデライド・マニングという二人の男女の筆名。コールスは実際に情報部に勤務していたらしい。初期作品(『昨日への乾杯』や『殺人計画』)には実話的要素がかなり入っていたが、晩年の本作ではよりフィクションに徹していて、こちらの方が私には好ましい。特に第3の謎の人物が登場するというプロットに独創性があり、これはコールスの功績か。

邦題 『消えた犠牲』
原作者 ベルトン・コッブ
原題 The Missing Scapegoat(1958)
訳者 池田健太郎
出版社 東京創元社
出版年 1959/9/30
面白度 ★★★★
主人公 犯罪捜査課の警部チェヴィオット・バーマン。
事件 作家マイクルジョンは出版社経営主のウィルキンズと会うために出版社に出向いた。だが彼は不在で代わりに共同経営者のスカーブルックと会うはめになった。そしてスカーブルックから、彼の別荘を仕事場にするよう勧められた。そこで別荘に行くとウィルキンズが殺されていたのだ! スカーブルックの罠なのか? マイクルジョンは姿を消そうとするが……。
背景 第1部がマイクルジョンの手記で、第2部はチェヴィオットの捜査話となる。ちょっと『野獣死すべし』を思い出すが、プロットが巧みで楽しめる。本邦初紹介のベテラン作家の作品がこのような秀作であるとは、英国ミステリーの奥行きの深さを改めて感じさせる。

邦題 『消えた心臓』
原作者 M・R・ジェイムス
原題 独自の編集
訳者 平井呈一・大西尹明
出版社 東京創元社
出版年 1959/10/10
面白度  
主人公 

事件 


背景 



邦題 『ミス・ブランディッシの蘭』
原作者 ハードリー・チェイス
原題 No Orchids for Miss Blandish(1938)
訳者 井上一夫
出版社 東京創元社
出版年 1959/12/4
面白度 ★★★
主人公 特にいないが、題名にあるミス・ブランディッシか。牛肉王と呼ばれる富豪ジョン・ブランディッシの美貌の娘。その他殺し屋スリムや私立探偵フェナーが重要な役割を演ずる。
事件 ちんぴらのギャングがミス・ブランディッシを誘拐した。だが別のギャングに属するスリムが乗り込み、娘を奪ってしまう。スリムはミス・ブランディッシに惚れてしまったため……。
背景 チェイスの第一作。アメリカのスラング辞典を頼りに書き上げたという犯罪スリラー小説。プロットには重きを置かず、シーン描写で読ませる。出版当時はサド・マゾ、あるいは残虐さで評判になったらしいが、60年代に初めて読んだ限りでは(すでにかなりギャング映画を観ていたこともあり)、刺激の強さは並である。ただしこのジャンルの里程標的作品であることは確かだ。

邦題 『ポンド氏の逆説』
原作者 G・K・チェスタトン
原題 The Paradoxes of Mr. Pond(1936)
訳者 福田恆存
出版社 東京創元社
出版年 1959/2/5
面白度  
主人公 

事件 


背景 



邦題 『貴婦人として死す』
原作者 カーター・ディクスン
原題 She Died a Lady(1943)
訳者 小倉多加志
出版社 早川書房
出版年 1959/4/15
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのヘンリー・メリヴェール卿。本作では足の親指をくじいたため外部動力付車いすを使用しているのが珍しい。語り手は老医師のリューク・クロックスリー。
事件 老数学教授の若き妻リタと美貌の俳優サリヴァンはいつしか惹かれあった。そしてある日、心中事件が起こったと思われた。二人の足跡が絶壁に向かったままで終わっていたからである。しかし二日後見つかった二人の死体には銃で撃たれた痕が発見されたのだ!
背景 カー中期の作品。この時期の多くの作品同様、怪奇趣味は少なく、読みやすい仕上がりになっている。カーが得意とした不可能犯罪的な足跡トリックは平凡だが、一人称の手記を巧みに利用している。戦時中という時代背景もうまく生かされている。

邦題 『パンチとジュディ』
原作者 カーター・ディクスン
原題 The Punch and Judy Murder(1936)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1959/4/25
面白度 ★★
主人公 謎を解くのはお馴染みの陸軍諜報部長官ヘンリー・メルヴェール(HM)卿。ただし物語の主役は元諜報部員のケンウッド(ケン)・ブレイク。
事件 結婚式を明日に控えたケンはHMから電報で、至急トーキーに来るように言われた。その地に住む、元ドイツのスパイで今は心霊術に凝っている老人が、国際的機密ブローカーで謎の人物Lの名を明かすという。その老人が信用できるか、探る仕事を頼まれたわけだった。
背景 カーの初期作品群にはファース・ミステリーが多いが、本書も典型的なその種の一冊。導入部には魅力的な謎があり、すんなり物語に入っていけるが、その後は闇の中を歩むような展開。サスペンス不足で盛り上がらない。ファース・ミステリーの弱点が露出している。

邦題 『メッキの神像』
原作者 カーター・ディクスン
原題 The Gilded Man(1942)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1959/6/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのヘンリー・メリヴェール卿。ロンドン警視庁警部のニック・ウッドも活躍。
事件 富豪スタンホープの別邸は仮面荘と呼ばれ、そこには高価な名画が陳列されていた。ある夜、そこに泥棒が入った。屋敷の者が駈け付けると、覆面をした瀕死の泥棒が倒れていた。だが、覆面を剥ぎ取ってみると、なんと泥棒は当主のスタンホープだったのだ!
背景 何故自分の屋敷に盗みの目的で侵入したのかという冒頭の謎は魅力十分。そのうえ、いくらでもオドロオドロしく出来る設定でありながら、それを抑えている点にも好感が持てる。ただその後の展開は平凡で、面白さが尻すぼみになってしまったのは残念。なお東京創元社からは1981年に『仮面荘の怪事件』(厚木淳訳)という題で出版された。

邦題 『殺人者と恐喝者』
原作者 カーター・ディクスン
原題 Seeing Is Believing(1941)
訳者 長谷川修二
出版社 東京創元社
出版年 1959/8/7
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのヘンリー・メリヴェール(H・M)卿。
事件 美貌の若妻ヴィッキーは、自分の家の客間で若い女性が殺されたことを知った。関係者は彼女と居候の叔父ヒューバートと夫のアーサーの三人だけだ。そんな状況の中でリッチ博士の催す催眠術が同家であった。ヴィッキーに術がかけられ、彼女は夫を刺すように命じられた。玩具の短剣のはずが、いつのまにか本物の短剣に代わっていたため、ヴィッキーは夫を殺してしまった。
背景 書き出しは面白いし、殺人者は明らかだが犯人は不明という設定は興味深いものの、その後は平凡なミステリー。トリックは物理的なものも心理的なものも、成功とは言いがたい(後者のトリックは後年の某作品を思い出すが)。H・M卿が自伝を書いているので、その点では貴重か。2004年に原書房より新訳(森英俊訳)が出た。

邦題 『弓弦城殺人事件』
原作者 カーター・ディクスン
原題 The Bowstring Murders(1933)
訳者 加島祥造
出版社 早川書房
出版年 1959/8/31
面白度 ★★
主人公 ジョン・ゴーント。犯罪学の権威で、バーンハセット子爵の三男。
事件 15世紀チュードル王朝期に建てられた古城ボウストリング(弓弦城)。イングランド東部の海岸に聳えるこの城へ、当主のレイル卿に会うために二人の男が訪れた。だがその夜、レイル卿は準密室状態の甲冑室で殺され、卿の娘が容疑者となってしまったのだ。
背景 カーター・ディクスン(厳密にはカー・ディクスン名義)の第一作。お馴染みのHM卿の前身といえるゴーントが探偵役となる。オドロオドロしい書き方はカーらしいが、古めかしい印象を拭い切れない。短時間に三人も殺されるが、殺人状況がよく理解できない(私だけ?)。個人的に興味深かったのは、ディクタフォンに言及していること。これはクリスティの某作品への批判であろう。

邦題 『三十九の階段』
原作者 ジョン・バカン
原題 Thirty Nine Steps(1915)
訳者 小西宏
出版社 東京創元社
出版年 1959/5/20
面白度 ★★★
主人公 リチャード・ハネー。南アフリカからロンドンに帰ってきたが、退屈を持て余している。
事件 ハネーのもとに、同じアパートに住む男が「私は追われている。かくまってくれ」と頼みにきた。事情を聞くと、ドイツ人によるギリシャ首相の暗殺計画をキャッチしたという。しかしその後、ハネーが帰宅してみると、その男は殺されていた。秘密を知っているハネーも危ない。ハネーは牛乳配達人に化けてロンドンを脱出し、「39階段」や「黒い石」の謎に挑戦する。
背景 巻き込まれ型スパイ小説だが、ハネーは典型的な英国冒険小説の主人公。物語の展開が早く、一気に読める。飛行機、自動車、自転車、汽車と様々な乗物に乗って逃げ回るのが面白い。何回か映画化されているが、映画と違い女性が登場しないのが、いかにもバカンらしい。初出は『妖女ドレッテ』の合本。創元推理文庫では『三十九階段』という題で11.6に出版された。(2010.12.25)

邦題 『二人の女王』
原作者 H・R・ハガード
原題 Allan Quatermain(1887)
訳者 大久保康雄
出版社 東京創元社
出版年 1959/2/5
面白度 ★★★
主人公 三人の冒険家。本編の語り手でもある63歳のアラン・クォーターメン、英国貴族ヘンリー・カーティス、海軍大佐のジョン・グッドである。
事件 アランが耳にした情報を頼りに、三人はアフリカの奥地に存在するという白人王国を目指す旅に出発した。そして現地人や野生動物に襲われながらも、ついに美しい双子の姉妹が支配する王国に到着する。だが二人の女王がヘンリーを巡って確執し、ついに内戦が勃発したのだ!
背景 『ソロモン王の洞窟』の続編。前半は典型的な秘境冒険物だが、後半は幻想的な小説になっている。プロットは単純ながら語り口は達者で、それなりに楽しめる。ただ作者の主調音は「文明への嫌悪」であり、「自然への回帰」だそうだが、その点については、さほど共感はできない。

邦題 『モンテズマの娘』
原作者 H・R・ハガード
原題 Montezuma's Daughter(1894)
訳者 大久保康雄
出版社 東京創元社
出版年 1959/9/5
面白度 ★★★
主人公 本編の語り手であるトマス・ウィングフィールド。父はイギリス人、母はスペイン人という両親の次男坊。恋人リリー・ボザードがいる。
事件 古い恋の恨みから、母がスペイン人ガルシャに殺された。トマスは母の復讐を誓って、リリーを英国に残したままスペインに渡る。医者として成功するも、さらにガルシャを追って西インドへ。途中で船が難破し、いろいろあってアナワク帝国の王女オトミーと結婚するが……。
背景 復讐譚というより秘境冒険物に近い。ただし『ソロモン王の洞窟』のような幻想味は少なく、ある程度史実(スペイン人によるメキシコ征服)にのっとった歴史小説でもある。この設定には不満もあるが、エピソードを次々に重ねて、飽きない物語を作るテクニックにはやはり脱帽!

邦題 『アランの妻』
原作者 H・R・ハガード
原題 Allan's Wife(1887)
訳者 大久保康雄
出版社 東京創元社
出版年 1959/10/30
面白度 ★★
主人公 本編の語り手であるアラン・クォーターメイン。
事件 アランの父はイギリスの平凡な宣教師であったが、母の死後、アラン少年を連れて南アフリカへ渡った。やがてアランは現地人の言葉も自由に操れるようになり、父が亡くなると、カフール族を供につれてアフリカの奥地に象狩りに出かける。だが象に逆襲されたり、現地人に襲われたため、砂漠を越えて密林に逃げ込んだところ、幸いなるかな未来の妻ステラに出会ったのだ。
背景 『ソロモン王の洞窟』で有名になったクォーター・メインのシリーズ物の一冊(シリーズ全14冊の第三作)。クォーターメインの少年時代から結婚、妻の死までを扱っている。プロットは単純で小説的な面白さには欠けるが、ファンには興味深い一冊といえよう。

邦題 『マイワの復讐』
原作者 H・R・ハガード
原題 Maiwa's Revenge(1888)
訳者 大久保康雄
出版社 東京創元社
出版年 1959/10/30
面白度 ★★
主人公 本編の語り手であるお馴染みのアラン・クォーターメイン。
事件 英国の片田舎で余生を送っているアランは炉を囲みながら、二人の狩猟仲間に若き日の冒険譚を語り始めた。まずはアフリカ奥地で巨大象を三頭狩った話だったが、次はその地方で勢威を振るう大酋長ワンベと闘う話。ワンベは酋長ナラの娘マイワを妻にして子を生ませたが、将来、酋長を奪われるのを恐れて殺してしまったのだ。そこでワンベはアランに助力を頼み……。
背景 原書シリーズの第四作。中篇2本を集めて長編1本にしたような短い作品。前半の象狩りの方が興味深いが、どちらも短すぎて物語は盛り上がらないまま終ってしまう。なお本編と上記の『アランの妻』は合本のうえ世界大ロマン全集65巻として出版された。

邦題 『首つり判事』
原作者 ブルース・ハミルトン
原題 Let Him Have Judgement(1948)
訳者 井上一夫
出版社 早川書房
出版年 1959/7/30
面白度 ★★★★
主人公 特にいないが、まあ首つり判事の異名をもつフランシス・ブリテン卿か。
事件 ブリテン卿が死刑判決にした男の刑が執行されたが、その男は無実だったのだ。一方とある寒村に浮浪者風の男がウィロビーなる男を訪ねてきた。ところがその男が殺されていることがわかり、ウィロビーは逮捕されるが、実はウィロビーはブリテン卿だった!
背景 法は人が作ったものであり、人が裁く限りは間違いがある。それを諷刺・批判した傑作ミステリーがヘアーの『法の悲劇』だが、本作もその系列に入る佳作。やはりブリテン卿が犯人かどうかを決める後半の裁判場面が面白い。トリックにさしたる独創性がないのが弱点だが(真相がだいたい判る)、裁判が政治問題に発展するなどの展開は少し珍しい。

邦題 『死の逢びき』
原作者 リー・ハワード
原題 Blind Date(1955)
訳者 清水千代太
出版社 東京創元社
出版年 1959/3/5
面白度 ★★★
主人公 新聞記者のデル・モンクトン。
事件 デルは、デイトの約束で密会場所に急いでいた。予定通りその家の戸は開いており、デルはその家の中で彼女の来るのを待っていた。ところが入ってきたのは警察官で、この家には女性の他殺死体があるという。実はデルは、デイトする女性の名前も、この家の持ち主についてもまったく知らなかったのだ。彼は名前を言わずにこの苦境を切り抜けようとするが……。
背景 かなり変わった犯罪小説。当時はこの作品をミステリーと認めない人も結構いたのではないか(今なら特に問題はないが)。フーダニットの面白さはないものの、デルに対する訊問に次ぐ尋問がテンポ良く展開され、読み応えは十分。再読すれば評価はもう少し高いかもしれない。

邦題 『失われた地平線』
原作者 ジェイムズ・ヒルトン
原題 Lost Horizon(1934)
訳者 増野正衛
出版社 新潮社
出版年 1959/
面白度 ★★★
主人公 イギリス領事のヒュー・コンウェイ。オックスフォード大卒で、ボート選手でもあり、素人としてはピアノの名手という多才な男。37歳。
事件 コンウェイは中央アジアのバスクールに二年間勤務するが、治安の悪化によりその地を飛行機で脱出することになった。だが飛行機はコースを外れて行方不明となった。その数年後、コンウェイは米国行きの郵船に乗っていた。そして驚くべきシャングリラについて話し始めたのだ。
背景 著者の代表作と言われる作品だが、『チップス先生さようなら』で有名になる前年の作品。いわゆる理想郷≪シャングリラ≫に関する物語だが、いたずらに出世を欲しない趣味人コンウェイの魅力で読ませる小説でもある。冒険小説としてはもう少しスリリングな場面が欲しかったが。

邦題 『チューダー女王の事件』
原作者 クリストファ・ブッシュ
原題 The Case of the Tudor Queen(1938)
訳者 小山内徹
出版社 東京創元社
出版年 1959/12/18
面白度 ★★
主人公 私立探偵ルドヴィック・トラヴァースとスコットランド・ヤードのジョージ・ワートン警部。二人ともシリーズ・キャラクターである。
事件 二人は旅からの帰途、道を間違えたことから英国劇団の有名な女優メアリー・レグレイ(劇でチューダ女王を演じて評判になった)の別荘を訪ねることになった。ところが無人の家の中に入ると、毒を飲んだメアリーと彼女の侍僕の二死体が見つかったのだ。自殺か、他殺か?
背景 『完全殺人事件』で有名な著者の中期の作品。アリバイ崩しのフーダニットで冒頭の事件設定は興味深いが、物語はあまり盛り上がらない。特に倒叙物の得意なヴィカーズに比べると、予想外の小道具で真実が明らかになるという快感が不足しているのが残念だ。

邦題 『ハイヒールの死』
原作者 クリスチアナ・ブランド
原題 Death in High Heels(1941)
訳者 恩地三保子
出版社 早川書房
出版年 1959/2/28
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁のチャールズワース警部。女性に弱い美男。
事件 クルストフ衣装店は美人ぞろいの店であるが、新しい支店を出すことになり、誰がマネージャーになるか、噂が飛び交っていた。最有力は仕入部主任のドゥーンで、対抗馬は店主の秘書であった。ところが嫌われものの女性が選ばれ、その直後にドゥーンは蓚酸で毒殺されたのだ。チャールズワースが担当することになり、容疑者は8人の女性と2人の男性に絞られるが……。
背景 ブランドの第一作。まあまあの出来か。良い点は英国ミステリーらしいゆったりした展開やユーモアがあること。欠点は10人の容疑者の描き分けが不十分で、人物表を見ないと混乱してくること。ラストの手際もあまり上手くないが、まあ最初の作品なので無理もないか。

邦題 『猫とねずみ』
原作者 クリスチアナ・ブランド
原題 Cat and Mouse(1950)
訳者 三戸森毅
出版社 早川書房
出版年 1959/2/28
面白度 ★★★
主人公 雑誌「乙女の友」の記者カティンカ・ジョーンズとチャッキー警部。
事件 雑誌の身の上相談を受け持つカティンカは、春の休暇に久しぶりに故郷ウェールズに戻った。しかし彼女のもう一つの目的は、身の上相談への投書がきっかけで、編集部の人気者となったアミスタを訪ねることであった。アミスタはもう結婚しているはず。だが訪ねた屋敷の主人らはそのような女性はいないという。カティンカは足を挫いたと偽り、その家に泊めてもらうが……。
背景 ユーモアのあるゴシック・ロマンスのような話だが、そこはミステリー作家らしく、伏線を堂々と張っているのはさすが。クリスティのようにさらりと書いてほしいところがネチネチした書き方になっているのが欠点か。サンデー・タイムズのベスト100に選ばれている佳作。

邦題 『はなれわざ』
原作者 クリスチアナ・ブランド
原題 Tour de Force(1955)
訳者 宇野利泰
出版社 早川書房
出版年 1959/3/30
面白度 ★★★★★
主人公 ロンドン警視庁のコックリル警部。休暇でサン・ホアン・エル・ピラータ島を訪れる。
事件 コックリルはイタリア一周の旅行団に参加していた。参加者には新進女流作家や一流のデザイナー、元インド在住の大佐夫人、片腕を失ったピアニスト夫妻、孤独な独身女性など、多士済済な人たちがいた。そして彼らは地中海に浮かぶ溶岩のサン・ホアン・エル・ピラータ島にやって来たのだが、その島のホテルの一室で、一行の一人が刺し殺された。
背景 おそらく著者の代表作になるであろう傑作。雰囲気がクリスティ作品に似ている。多分クリスティの『白昼の悪魔』を意識して書かれたのではないか? トリックはかなりトリッキーで、文字通り”はなれわざ”的なものだが、それより伏線の張り方とラストの意外性を評価すべきであろう。

邦題 『自宅にて急逝』
原作者 クリスチアナ・ブランド
原題 Suddenly at His Residence(1946)
訳者 恩地三保子
出版社 早川書房
出版年 1959/6/15
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのコックリル警部。本作ではケント州ヘロンズフォード署に属している。
事件 白鳥の湖邸という豪勢な邸に住むサー・リチャードは亡妻のための記念パーティーを今年も開こうとしていた。すでに息子たちは戦争や事故で亡くなり、集まってきたのは4人の孫とその関係者たちだった。だが翌朝リチャードはアドレナリンの過量摂取で離れ家で死亡していた。遺産相続を巡る他殺と思われたが、家の周りに敷かれた砂には犯人の足跡が見つからず……。
背景 殺人の動機が遺産問題という典型的な謎解き小説。ちょっと変わった孫たちが容疑者となる設定は、さすがに上手い。また終盤のサスペンスと意外性は高く買いたい。ただし不可能犯罪に対するトリックは平凡で、足跡トリックはバカミス的。コックリルの魅力もイマイチ。

邦題 『切られた首』
原作者 クリスチアナ・ブランド
原題 Head You Lose(1941)
訳者 三戸森毅
出版社 早川書房
出版年 1959/10/15
面白度 ★★
主人公 お馴染みのコックリル(コッキー)警部だが、本作ではトーリントン警察署に所属。
事件 大地主ペンドックの屋敷は英国南部のダウンズにある。その邸のテラスから雪景色を描いていた中年女性画家のグレイスが殺された。しかも首が切り離され、その首には、ペンドックが密かに愛していた娘がロンドンの専門店に注文した奇妙な帽子が被されていたのだ!
背景 著者の第二作で、コックリル警部のデビュー作。ディクスン・カーばりのオドロオドロしい殺人現場が登場するものの、語り口はブランド流のあっけらかんとしたものなので、そのアンバランスがサスペンスを削いでいる。読書を引っ張る謎の設定もわかりにくいし、初登場のコックリルはさほど目立った活躍をしていない。まだブランド印が確立する以前の凡作。

邦題 『ゆがんだ光輪』
原作者 クリスチアナ・ブランド
原題 The Three-Cornered Halo(1957)
訳者 恩地三保子
出版社 早川書房
出版年 1959/10/31
面白度 ★★
主人公 ロンドン警視庁コックリル警部の妹ハリエット・コックリル(カズン・ハット)。ハリエットの従妹ウィンゾム(ウィニフレッド)・フォレイも活躍する。
事件 カズン・ハットは、かつてコックリル警部が活躍した(『はなれわざ』)地中海に浮かぶピラータ島を訪問した。その地に住んでいた聖処女マルガリータに興味を持ったからだ。彼女にまつわる伝説を調べるうちにますます魅せられ始めたが、裏では陰謀が……。
背景 『はなれわざ』と舞台が同じなので、謎解き小説と勘違いされそうだが、実際はスリラー小説に近いか。架空の独立国という珍しい島を背景としている風俗ミステリーとしても楽しめるが、いかんせん前半はサスペンスが不足している。終盤50頁は盛り上がるが。

邦題 『ドクター・ノオ』
原作者 イアン・フレミング
原題 Doctor No(1958)
訳者 井上一夫
出版社 早川書房
出版年 1959/9/30
面白度 ★★★
主人公 お馴染みの英国秘密情報部部員007号のジェイムズ・ボンド。
事件 ジャマイカのキングストン市で、英国秘密情報部の地区責任者が行方不明となった。ボンドは休養のためと地区責任者の失踪を調べるために、部長Mからジャマイカへ派遣された。彼はノオ博士が怪しいと思い、クラブ礁島を探りにいくが、逆に捕まってしまったのだ!
背景 原シリーズの6冊目。荒唐無稽なプロットだが、各シーンが丁寧に書かれているので、楽しい娯楽作品に仕上がっている。大イカが登場する場面やボンドの脱出シーンなどは、フレミングの独壇場といったお楽しみ場面である。ボンドの敵ノオ博士にも独特の魅力がある。なお1962年にはショーン・コネリー主演で映画化され、ボンドが大ブレークするきっかけとなった作品。

邦題 『黒魔団』
原作者 デニス・ホイートリー
原題 The Devil Rides Out(1935)
訳者 平井呈一
出版社 東京創元社
出版年 1959/6/10
面白度  
主人公 

事件 


背景 



邦題 『こびとの呪』
原作者 E・L・ホワイト
原題 独自の編集によるアンソロジー
訳者 橋本福夫・中村能三
出版社 東京創元社
出版年 1959/11/5
面白度 ★★★★
主人公 作品の原作者にはホワイトと書かれているが、実際は怪奇小説のアンソロジー。
事件 収録作は、N・ホーソン「ラパチーニの娘」、W・W・ジェーコブス「邪魔をした幽霊」、C・ディケンズ「信号手」、E・ウォートン「あとになって」、F・オブライエン「あれは何だったのか?」、R・キップリング「イムレイの帰還」、A・E・コッパード「アダムとイヴ」、W・コリンズ「夢の中の女」、J・D・ベレスフォード「人間嫌い」、S・ローマー「チェリアピン」、E・L・ホワイト「こびとの呪」の11本。
背景 後年『怪奇小説傑作集3』(東京創元社)に衣替えした短編集。怪奇小説の巨匠の作品は除かれているものの、佳作作品が並んでいる。「こびとの呪」は「ルクンド」という訳題で有名な作品だし、「人間嫌い」も早川書房の『幻想と怪奇1』に収録されている。

邦題 『死の序曲』
原作者 ナイオ・マーシュ
原題 Overtune to Death(1939)
訳者 瀬沼茂樹
出版社 早川書房
出版年 1959/3/25
面白度 ★★★★
主人公 ロンドン警察庁首席警部ロデリック・アレン。シリーズ探偵である。
事件 ペン・クックウの谷間にある村の教会では、基金募金のために素人芝居が始まった。司会者が前奏曲の奏者を紹介すると、観衆はざわついた。予期されていた地主の姪ではなく、村の資産家の女性だったからだ。だが資産家の女性が得意満面で、その指をキーに落としたとたん、銃声がピアノの中から響いて彼女は即死したのだった!
背景 アレン・シリーズの8作め。トリックや謎解きは平凡といってよいが、人物造形や性格描写には非凡なものを感じさせるという著者の特徴がよく現れている作品。サスペンスはあまりないものの、犯人を最後まで隠すテクニックは巧妙で、著者の最高峰の一冊といってよい。

邦題 『怪奇クラブ』
原作者 アーサ・マッケン
原題 The Three Imposters(1985)
訳者 平井呈一
出版社 東京創元社
出版年 1959/2/5
面白度 ★★★
主人公 原題「三人の詐欺師」が示す通り、リッチモンドトとデイヴィス、ヘレンの3人。
事件 一応長編の体裁を保っているが、著者自身が「スティーヴンスンの『新アラビア夜話』あたりの模倣だ」という意味を匂わせているそうだ(訳者の巻末解説)。確かにいくつかのほぼ独立した怪奇短編をごく短い章で繋ぎ合わせて長編化している。各短編には主人公らやその関係者が登場する。怪奇短編小説として読めるのは、「暗黒の谷」「黒い石印」「白い粉薬のはなし」などか。章の題名ではないが、「鉄の乙女」という女フランケンシュタイン物も含まれている。
背景 東京創元社版世界恐怖全集の1巻としてはこれがすべてだが、1970年の文庫版では中篇「大いなる来復」(Great Return,1915)が追加されている。

邦題 『殺人混成曲』
原作者 マリオン・マナリング
原題 Murder in Pastiche(1954)
訳者 都筑道夫他
出版社 早川書房
出版年 1959/7/15
面白度 ★★★
主人公 偽のネロ・ウルフ、エラリー・クイーン、ペリイ・メイスン、マイク・ハマー、ピーター・ウィムジイ卿、アプルビー副総監、エルキュールポアロ、ロデリック・アレン、ミス・シルヴァーの9人。
事件 リヴァプールからニューヨークに向けて出航した豪華客船の船長は、乗客名簿を見て驚いた。有名な探偵や警察官が9人も乗っていたからだ。ところが偶然にも、悪名高いゴシップ記者が惨殺される事件が発生した。9人はそれぞれ事件の解決に挑戦するが……。
背景 アイディアは素晴らしいが、それを生かしきれていない。著者の筆力では、長編小説の中でそれぞれの探偵の活躍を描き切るのは、マイク・ハマーのような特徴のある私立探偵ならばまだしも、その他の探偵については荷が重かったようだ。堂々巡りしているような展開も弱点。

邦題 『モンブランの処女』
原作者 A・E・W・メースン
原題 Running Water(1907)
訳者 稲葉和夫
出版社 朋文堂
出版年 1959/10/15
面白度 ★★★
主人公 アルプス登山が得意なヒラリー・シェイン大尉。そしてシェインと恋仲となり結婚するシルヴィアも活躍する。シェインは30代始め、シルヴィアは10代末。
事件 二人はシャモニーで知り合い、近くの山を共同で登頂したことから、お互いに強く惹かれあった。だがシルヴィアは父親の住む英国に移住してしまったのである。しかし父親はなにやら悪事に関係していると懸念したシルヴィアはシェイン大尉と相談したいと考えて……。
背景 ミステリー界では『矢の家』で有名な著者の山岳スリラー・ロマンス小説。ロマンス部分は典型的な通俗小説でしかないが、著者は英国山岳会に所属していたようなので、冒頭と終盤のアルプス山中の行動描写は迫力満点。昔は”登山家に悪人なし”だったのか?

邦題 『ハマースミスのうじ虫』
原作者 ウィリアム・モール
原題 The Hammersmith Maggot(1955)
訳者 井上勇
出版社 東京創元社
出版年 1959/6/5
面白度 ★★★★
主人公 キャソン・デューカー。趣味は「非合法の境目をうまく歩いている連中を蒐集すること」という素人探偵。本業はブドウ酒輸入商会の取締役で中年の独身者。
事件 銀行家のロッキヤーは脅迫されていた。同じクラブに所属していたキャソンは、自身の興味と正義感からさっそく犯人を見つけ出そうとした。ロッキヤーの話から、犯人が古美術に造詣が深くて銀行の関係者と推理し、犯人の割り出しに成功したが、第二、第三の被害者が出て……。
背景 植草甚一氏がセレクトに関与していたクライム・クラブの一冊。前半は普通の犯人探しの物語といってよいが、犯人が割れてしまう後半は犯罪心理小説のようになる。エンタテイメントとしては派手さはないものの、抑えた語り口には不思議な魅力がある。2006.8に新訳(霜島義明訳)が出た。

邦題 『さよならの値打ちもない』
原作者 ウィリアム・モール
原題 Goodbye is not Worthwhile(1956)
訳者 井上勇
出版社 東京創元社
出版年 1959/7/25
面白度 ★★★
主人公 キャソン・デューカー。本業はブドウ酒輸入商会の取締役という素人探偵。
事件 舞台は英国属領西インド諸島のバーバドス島。キャソンがクラブ経営者らと雑談していると、船から人が落ちたという知らせを受けた。そして翌朝死体は見つかったが、事故死と見なされた。しかしキャソンは疑問をもって調査を始めると、死んだ男の妻エミーが殺されてしまったのだ。キャソンは自身の調査が女性の死の原因と考え、偏執狂の殺人者を罠に掛けるが……。
背景 『ハマースミスのうじ虫』に続く第二弾。舞台はロンドンではないが、似たような設定(一種の倒叙物+本格物)の話しを同じ文体で書いているので、第一作を読んだときのようなインパクトは受けなかった。エミーが殺されるシーンや殺人狂を罠に掛ける場面などはやはり印象に残るが。

邦題 『恐怖へのはしけ』
原作者 エリオット・リード
原題 Tender to Moonlight(1951)
訳者 加島祥造
出版社 早川書房
出版年 1959/3/31
面白度 ★★★
主人公 医師のアンドルー・マクラレン。ギリシャで赤十字社に3年務め、帰国途中であった。
事件 アテネ発ロンドン行きの旅客機は、悪天候と濃霧のため、ブラッセルに緊急着陸した。同乗の女性には目向きもされず、マクラレンには泣きっ面に蜂であったが、隣席の外国人がホテルを勝手に決めてくれた。ところがその外国人は謎の失踪をとげ、彼の手には意味ありげな一通の封筒が残されたのだ。何となく危険を感じたマクラレンはベルギー警察に掛け込んだが……。
背景 エリック・アンブラーがチャールズ・ロッダとの共同の筆名で書いたスパイ冒険小説。主人公が事件に巻き込まれ、美女が絡むよくある設定だが、安心して楽しめる。国家権力のような恐ろしい力は登場せず、スパイ小説のようでありながら、実際は冒険小説であるからであろう。

邦題 『電話の声』
原作者 ジョン・ロード
原題 The Telephone Call(1948)
訳者 鮎川信夫
出版社 東京創元社
出版年 1959/3/5
面白度 ★★★
主人公 ジミイ・ワグホーン警視と犯罪学の権威ランスロット・プリーストリー博士。
事件 代理販売業者のリッジウェルは、電話の伝言を受け取った。翌朝その伝言の場所を探すが、建物も会うべき人物も見つからなかった。イライラしながら帰宅してみると、彼の妻は居間で殺されていた。彼女には敵もなく、疑いはアリバイのない夫に向けられたが……。
背景 ワグホーン警視が、プリーストリーの手を借りて解決する物語。じっくり書かれているうえに地味な展開なので、確かに退屈する部分もないことはないが、本来の推理の楽しさは味わえる(ワグホーンが犯人を推理するところでは、私も同じように犯人を指摘できたから、なおさら?)。物的証拠がまったくないなどの不満はあるものの、動機を追及するところなども面白い。

邦題 『殺人の朝』
原作者 C・ロバートスン
原題 Murder in the Morning(1957)
訳者 斉藤数衛
出版社 東京創元社
出版年 1959/2/25
面白度 ★★★★
主人公 ハートフォードシャー警察管区のブラント警部。歳は40に近い。
事件 英国電子工業会社社長のマーク・グラントは、昔からあくどいやり方で富みを築いてきた。ところがいまや妻も娘もマークから離れてしまった。妻は彼の秘書と、娘は会社の社員と親しくなっていたのだ。そのうえマークは、余命3か月といわれた。彼は死んでからも彼の権力が生きるように、ある計画を実施する。成功したかにみえたが、マークの死は毒殺であることがわかったのだ!
背景 クライム・クラブのヒット作の一冊。出だしは倒叙物の語り口で、小気味良く登場人物を紹介していく。中盤過ぎると、誰がマークを殺したかという本格物になる。ラストの一捻りがいささか弱いが、通俗的な作品をかなり書いているベテラン作家らしく、そつなくまとめている手腕には脱帽。

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