邦題 『夜来たる者』
原作者 エリック・アンブラー
原題 The Night-Comers(1956)
訳者 瀬田貞二
出版社 早川書房
出版年 1958/5/15
面白度 ★★★★
主人公 英国人のスティーヴン・フレイザー。スンダ国のタンガ渓谷開発計画現地顧問技師。30代後半と思われる。離婚歴ありで、現在は独身。契約完了によって英国へ帰国することになる。
事件 タンガ渓谷から首都のスランバンに移ったスティーヴンは、英国行きの手続きをするために数日間滞在することになった。滞在先は航空会館の一室。混血の女性と親しくなるまではよかったが、二人で寝ていたある夜、山刀を持った男たちが現れた。クーデターが起こったのだ!
背景 東南アジアの架空の国(モデルはインドネシアらしい)を舞台にした政治スリラー。物語はスティーヴンの目を通して語られていく。派手なアクション場面があるわけではないが、リアリティに富み、サスペンスに溢れている。さすがはアンブラー、東南アジアの現状を適確に把握している。

邦題 『ヴェルフラージュ殺人事件』
原作者 ロイ・ヴィカーズ
原題 Murdering Mr Velfrage(1950)
訳者 小倉多加志
出版社 早川書房
出版年 1958/2/28
面白度 ★★
主人公 物語の主人公は海運商事会社の社長ブルース・ヘイバージョン(27歳の独身)だが、実際の捜査担当者はロンドン警視庁のカイル警部。ただしカイル警部は凡庸な人物である。
事件 ヘイバージョンは熱と頭痛のため早めに会社を出たが、自動車事故で立ち往生の知合いの弁護士に出会い、同乗させてやった。弁護士は訴訟依頼人の家に行く途中だったのだ。だがその家に入った弁護士はいくら待っても出てこない。ヘイバージョンは不審に思い……。
背景 「迷宮課事件簿」などの短編でお馴染みの著者の初紹介長編。短編の名手といえども長編が上手いとは限らないが、本書もそのような一冊。本来なら警察小説にすべきところを巻き込まれ型サスペンス小説のような設定にしたため、物語が中途半端で、盛り上りに欠ける。

邦題 『リトモア少年誘拐』
原作者 ヘンリー・ウェイド
原題 The Litmore Snatch(1954)
訳者 中村保男
出版社 東京創元社
出版年 1958/7/31
面白度 ★★★
主人公 ヴァイン主任警部。
事件 有力な地方新聞の社長リトモアのもとに脅迫状が届いた。同紙が犯罪撲滅キャンペーンを実施し始めたことへの脅迫であった。警察は直ちに動き出したが、あろうことか、社長の一人息子が帰宅途中に誘拐されてしまったのだ。捜査は進まず、やがて迷宮入りとなったが……。
背景 誘拐をテーマにしたミステリー。前半はスリラー形式で展開するが、後半は誘拐者が誰か? という本格物になっている。いかにも英国ミステリーらしい地味な語り口で、意外性もそれほどではない。家を探すところは調子が良すぎるものの、”熊のプーさん”の扱い方や警察官にも疑惑を向けさせるテクニックなどには、さすがにベテランの味がする。

邦題 『怪奇小説傑作集U』
原作者 江戸川乱歩
原題 独自の編集
訳者 宇野利泰 
出版社 東京創元社
出版年 1958/3/31
面白度 ★★★
主人公 世界大ロマン全集第38巻で、11本の怪奇小説が集められている。
事件 収録作は、L・P・ハートリイ「ポドロ島」、J・コリア「みどりの想い」、E・M・デラフィールド「帰ってきたソフィ・メイスン」、L・E・スミス「船を見ぬ島」、F・M・クロフォード*「泣きさけぶどくろ」、サキ「スレドニ・ヴァシュタール」、F・マリヤット「人狼」、H・G・ウェルズ「卵形の水晶球」、S・H・アダムズ*「テーブルを前にした死骸」(雪に囲まれた山小屋では……怖い話)、B・ヘクト「恋がたき」、H・カットナー*「住宅問題」の11本。
背景 なお1969年に出た『怪奇小説傑作集 英米編2』では、「卵形の水晶球」が抜けている。*印を付けた3人は米作家である。

邦題 『喉切り隊長』
原作者 J・D・カー
原題 Captain Cut-Throat(1955)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1958/1/15
面白度 ★★★★
主人公 英国外務省の密偵アラン・ヘバンとその妻マドレーヌ。
事件 1805年、ナポレオン麾下のフランス軍は英本土に出撃しようと英仏海峡沿いに集結していた。ところがその陣営に「喉切り隊長」と名乗る暗殺者が登場したのだ。冷酷なパリ警務大臣ジョゼフ・フーシェは真犯人を探すべくへバンを捕まえて、へバンとその妻に捜査を担当させたのだ。「喉切り隊長」の正体はイギリスのスパイなのか、フランス軍の裏切り者なのか?
背景 カーの歴史ミステリーのベスト。不可能興味の謎は前半で明らかにし、フーダニットの謎で物語を押し通していくが、この構成がいい。登場人物では圧倒的にフーシェに存在感があるが、この人物はツヴァイクの『マリー・アントアネット』でも忘れ難き人物だ。意外な犯人もいい。

邦題 『九つの答』
原作者 J・D・カー
原題 The Nine Wrong Answers(1952)
訳者 青木雄造
出版社 早川書房
出版年 1958/3/15
面白度 ★★★
主人公 英国から米国に渡って来た青年ビル(ウィリアム)・ドーソン。一人の身寄りもないニューヨークで、無一文になってしまった。
事件 ビルは新聞の尋ね人欄に自分の名前を見つけ、藁をも掴む思いで弁護士事務所を訪れた。ところが見知らぬ男から、理由を聞かずにその男の身代わりをすれば、一万ドルを出すという。しかも行き先はロンドンにある富豪の彼の伯父の家だ。当然裏のある話と感じたが……。
背景 カーの晩年の作品。巻き込まれ型サスペンス小説のような設定だが、実際は謎解き小説。ただし題名から推察されるような多重解決の物語ではない。晩年になっても謎解き小説に挑戦する意気込みはいいのだが、偶然が多いなど無理な設定には多少しらけてしまう。

邦題 『毒のたわむれ』
原作者 J・D・カー
原題 Poison in Jest(1932)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1958/3/31
面白度 ★★
主人公 物語の語り手は、シリーズ・キャラクターの一人であるジェフ・マールだが、探偵役は、不思議な推理力を発揮する青年パット・ロシター。
事件 ペンシルバニア州の名家の出であったクェイル判事は厳格な裁判官であったが、今は引退している。ジェフは十数年ぶりにその判事の息子に会いに判事邸を訪れるが、そこで判事夫妻の毒殺事件に遭遇した。だが事件は続き、判事の義理の息子(医師)も毒殺されたのだ。
背景 著者の5作め。それまでの4作品はバンコラン物で、第6作以降はフェル博士物となるので、フェル博士物へ移行する中間的な作品といえる。事実ロシターにはフェル博士の原型が認められるが、若いこともあり、フェル博士ほどの魅力はない。一作で消えたのも当然か。

邦題 『剣の八』
原作者 J・D・カー
原題 The Eight of Swords(1934)
訳者 妹尾韶夫
出版社 早川書房
出版年 1958/8/31
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのギデオン・フェル博士。ロンドン警視庁のハドリー捜査課長も活躍する。
事件 激しい嵐の夜、謎の訪問者が邸の主人を訪れてきた。すでに停電中であったものの、彼は自分の名前を告げずに、強引に主人に会いたがった。そして翌朝、その男は書斎で頭部をピストルで撃たれて死んでいた。その近くには八つの剣を描いたカードが置かれていたのである。
背景 カーにしては小品。メイン・トリックはそれほど大胆なものではないし、意外性もたいしたことはない。怪奇趣味もあまりない。カーの特徴はそれほど表れていないが、それが私にはかえって好印象を与えてくれた。物語は前半に山があり、そこはさすがにカーだと肯けるのだが、終盤にもう一つの山場を作れずに、そのまま終ってしまったのが残念なところ。

邦題 『緑のカプセル』
原作者 J・D・カー
原題 The Problem of the Green Capsule(1939)
訳者 宇野利泰
出版社 東京創元社
出版年 1958/12/5
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのギデオン・フェル博士。
事件 村のお菓子屋でチョコレートを買った子供たちの中から毒殺の犠牲者が出た。犯罪研究を趣味にしている荘園主は、そのトリックに気づいた。ところがそのトリックを公開実験中に、自分が緑のカプセルで毒殺されたのだ。だがその実験は映画に撮影されていたため、事件の関係者すべてに強固なアリバイがあった。誰がカプセルを飲ませたのか?
背景 カー自身が「心理的手法による純粋小説」と言っているミステリー。確かに奇術を応用した心理的トリックは巧妙。そのうえオカルティズムなどもないので私好みなのだが、『皇帝の嗅ぎ煙草入れ』ほどの傑作ではない。動機などに無理が目立つからである。

邦題 『四つの兇器』
原作者 J・D・カー
原題 The Four False Weapons(1937)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1958/12/15
面白度 ★★
主人公 最初期のシリーズ探偵であった仏人アンリ・バンコラン。5度目で最後の登場。
事件 弁護士カーチスは、金持ちの道楽息子ダグラスの火遊びの後始末のためにパリにやってきた。ダグラスは良家の令嬢と婚約したが、それ以前には娼婦に別荘を買って与える仲だったからである。二人は娼婦の別荘を訪ねると、なんと彼女は全裸でベッドの上で殺されていた!
背景 本書はカー名義では『火刑法廷』と同年に出版され、ディクスン名義では『ユダの窓』の前年に書かれている。つまりカーの絶頂期の一冊といってよいが、好不調の激しい著者らしく、この作品では物語展開がゴチャゴチャしすぎて欠点の方が目立つ。パリが舞台なのでバンコランは特別に登場したのであろう。なお題名はブラウン神父物の「三つの凶器」に由来している。

邦題 『シャーロック・ホームズの功績』
原作者 カー & アドリアン・コナン・ドイル
原題 The Exploits of Sherlock Holmes(1954)
訳者 大久保康雄
出版社 早川書房
出版年 1958/5/31
面白度 ★★
主人公 ホームズ偽作短編集。いずれも正典の”語られざる事件”を扱っている。
事件 「七つの時計の事件」「金時計の事件」「蝋人形賭博師の事件」「ハイゲイトの奇蹟事件」「色の浅黒い男爵の事件」「密閉された部屋の事件」(以上の6本はカーとドイルの共作)「ファウルクス・ラス館の事件」「アバス・ルビーの事件」「黒衣の天使の事件」「二人の女性の事件」「デプトフォードの恐怖の事件」「赤い寡婦の事件」(以上の6本はドイルの単独作)の12本で構成。
背景 コナン・ドイルの末子アドリアン・コナン・ドイルがドイルの伝記を書いたこともあるカーと共作した短編集。前半6本だけが共作だが、後半の単独作と比較すると、文章は似たようなものだが、ミステリーとしての謎の設定は前半の方が数段上に見えてしまう。

邦題 『エレヴェーター殺人事件』
原作者 カー & ロード
原題 Drop to His Death(1939)
訳者 中桐雅夫
出版社 早川書房
出版年 1958/1/31
面白度 ★★
主人公 ロンドン警視庁のホーンビーム警部。
事件 ボス的存在の出版社社長タラント卿が、エレヴェーターに乗って一階に向かった。だが玄関番がドアを開けると、鋼鉄製のエレヴェーターの中でタラント卿は射殺されていたのだ。犯人は目撃されていない。まさに動いている密室内で起きた不可能殺人なのであった!
背景 当時脂の乗り切っていた本格派ミステリーの書き手二人による、珍しい合作作品。トリックは物理的なもので(挿絵付きで解説されており)、まあまあといったところ。語り口は地味なうえにユーモアもない。多分ロードが主に書いたのではないかと思われる。前半は訊問ばかりで退屈。ミスディレクションも強引すぎるが、さすがに犯人指摘のとろこは迫力がある。

邦題 『メグストン計画』
原作者 アンドリュウ・ガーヴ
原題 The Megstone Plot(1956)
訳者 福島正実
出版社 早川書房
出版年 1958/4/30
面白度 ★★★
主人公 元潜水艦艦長クライヴ・イーストン。原潜の機密設計に従事していた。
事件 イーストンは美しい情婦イザベルとの逃避行を夢見ていたが、それにしては軍資金が底を尽きていた。イザベルは機密情報を外国に売ったらいいと提案したが、彼はそこまでしたくはなかった。そこで考えた計画とは、機密を売ると見せかけて新聞が騒ぐのを待ち、彼らを相手に名誉毀損の訴訟を起すというもの。手が込みすぎていて忍耐のいる犯罪であったが……。
背景 名誉毀損の慰謝料が極端に安い日本では考えられない犯罪である。その意味では興味があるし、イギリスならでは犯罪小説だ。ところがこれが些細なことでガラガラと崩れる。このあたりは倒叙物のような面白さだが、いささか荒っぽい展開が難。終わり方はガーヴらしいが。

邦題 『死後』
原作者 ガイ・カリンフォード
原題 Post Mortem(1953)
訳者 森郁夫
出版社 早川書房
出版年 1958/12/30
面白度 ★★★
主人公 小説家のギルバート・ワース。眠っている間に射殺された。
事件 ギルバートは、家族の誰かが自分を殺そうとしているのに気づいた。最初は階段にオハジキが密かに置かれていた。そして二度目は牛乳に毒が入っていたのだ。妻か、三人の子どもの誰かか。はたまた秘書兼情婦の女か? 考えがまとまらないうちにうたた寝していると、私は頭を撃ち抜かれていたのだ。私は幽霊になったのか?
背景 ケッタイな設定のミステリー。結末をどのようにまとめるかが最大のポイント。エピローグを付けて現実の話にしている。そこをどう評価するかだが、私はちょっとガッカリ派。関係者すべての自白で解決するという形式が不満だ。それにしても分類しにくい異色作であることは間違いない。

邦題 『ベアトリスの死』
原作者 マーテン・カンバランド
原題 Lying at Death's Door(1956)
訳者 高村勝治
出版社 東京創元社
出版年 1958/5/5
面白度 ★★★
主人公 パリ警察のサチュルナン・ダックス警視とフェリックス・ノルマン警部補。
事件 11月のある朝、ベアトリスがブーローニュ公園で殺されているのが見つかった。彼女はロベールという老人と同じ家で生活していたが、その老人も失踪していたことがわかった。ところがベアトリス事件を独自に調査していた私立探偵も行方不明という情報が入り……。
背景 ダックス警視は、よくメグレ警視と比較されるそうだ。二人ともパリ警察の警視だからだが、ユーモアの質が異なっているように感じる。作風は本格物とも警察小説といえるが、独自のスタイルを確立しているのが好ましい。物語は第1章から殺人の話になり、各章が短いので飽きることはない。しかし一番大事な動機に少々無理があると思えるのだが。

邦題 『パリを見て死ね!』
原作者 マーテン・カンバランド
原題 Far Better Dead !(1957)
訳者 菅泰男
出版社 東京創元社
出版年 1958/11/30
面白度 ★★★
主人公 フランス司法警察のサチュルナン・ダックス主任警視とフェリックス・ノルマン警部補。
事件 音楽教師のシーリアは、義兄から招待状を貰い、イタリアの義兄の別荘に向かっていた。別荘には夕方に無事到着したものの、そこには誰もおらず、不審に思っていると見知らぬ男にぶつかって、彼女は気を失なった。一方、義兄は死体で発見された。彼は会社の金を使いこんで宝石を買い、それを持って外国へ逃げようとしていたのだ。
背景 出だしは快調に展開する。そして犯人はあっさり割れ、トリックも簡単なものであるが(密輸に関するもの)、プロットの面白さで読まされてしまう。やはり警察小説といった方がいいのだろう。主人公の所属が前作とは異なるが、単なる訳の違いか、異動したのか?

邦題 『ひらけ胡麻!』
原作者 マイケル・ギルバート
原題 The Doors Open(1949)
訳者 中川竜一
出版社 東京創元社
出版年 1958/3/25
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁ヘイズルリッグ主任警部とマッカン少佐。
事件 列車の中でピストル自殺を試みた男がいた。彼は保険会社の出納係を長く勤めていたものの、クビになった直後だった。だがその翌朝、近くの川から彼の死体が発見された。この小さな事件から、偏執的な復讐欲にかられた男の大きな犯罪につながっていく。
背景 私好みの冒頭である。つまり普通の人間が、ふとしたことから事件に巻き込まれ、しだいに身動きが出来なくなる展開である(例えば『あるスパイの墓碑銘』や映画「北北西に進路を取れ」など)。そして一つ謎が解けると、さらにそれより大きな謎が現れるというプロットが面白い。ただし最後はイデオロギーで処理してしまうのは残念。冷戦時代だから、しかたない点もあるが。

邦題 『情婦』
原作者 アガサ・クリスティ
原題 独自の編集
訳者 松本恵子
出版社 角川書店
出版年 1958/3/10
面白度 ★★
主人公 クリスティ短編を集めた短編集。訳者の独自の編集である。
事件 収録作品を順に挙げると、「情婦」、「西方の星」、「首相誘拐事件」、「ダベンハイム氏の失踪」、「クラパムの料理女」、「イタリア貴族の怪死」、「エジプト人墓地の冒険」である。
背景 1957年には、クリスティの傑作短編「検察側の証人」が、ビリー・ワイルダー監督によって映画化された。日本での公開は1958年かどうかは未確認だが、その映画にあやかって出版された短編集。「検察側の証人」が「情婦」と題して訳されている。残りの短編はすべてポアロ物。『ポアロの事件簿』から6本が収録されている。角川書店は、こんな昔から映画とタイアップした出版を試みていたのか? 角川小説新書の一冊。

邦題 『死が最後にやってくる』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Death Comes as the End(1944)
訳者 加島祥造
出版社 早川書房
出版年 1958/1/31
面白度 ★★★
主人公 ヒロインは、墓所守インホテプの娘レニセンブ。若い寡婦。謎を解くのは管理人のホリ。
事件 舞台は、紀元前2000年のエジプトのナイル河畔にある土地。レニセンブは8年ぶりに我が家に帰って来た。彼女の兄やホリなど懐かしい人たちがいた。だが父が若い妾を連れて帰ってきたことから、危険な状態になった。やがて妾が殺され、さらに大家族の中から被害者が出て……。
背景 クリスティの夫はメソポタミア専門の考古学者。その夫の友人の高名なエジプト学者から勧められて書かれた歴史ミステリー。表面上はクリスティの異色作だが、細かいトリックを組み合わせる工夫などは、いつもの彼女の作品と同じ。クリスティがもっとも苦労したのは、普段の食事の材料とか、食事は何時にとっていたのか、といった2000年前の日常生活の描写だったとか。

邦題 『マギンティ夫人は死んだ』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Mrs. McGinty's Dead(1952)
訳者 田村隆一
出版社 早川書房
出版年 1958/4/30
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。
事件 老雑役婦のマギンティ夫人が殴殺され、わずかな蓄えが盗まれていた。容疑者は下宿人の失業者で、上着の袖には血痕が付着していて、裁判で死刑を宣告された。しかし捜査を担当したスペンス警視は納得がいかなかった。そこでポアロを訪れて、いくつかの疑問をぶつけたのである。ポアロが再調査を始めると、死の直前に夫人が新聞社に投書していることがわかり――。
背景 物語の出だしは、ラティマーの『処刑6日前』やアイリッシュの『幻の女』と似た設定。だがポアロが出馬する以上は当然(!)助かるはずと思ってしまうためか、サスペンスが希薄。トリックはまあまあ。過去の事件が尾を引くというクリスティ得意のプロットを持つ手慣れた作品。

邦題 『死者のあやまち』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Dead Man's Folly(1956)
訳者 田村隆一
出版社 早川書房
出版年 1958/9/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。探偵作家のオリヴァ夫人も活躍する。
事件 オリヴァ夫人はナス屋敷で演ずる殺人ゲームを考案したが、なんとなく腑に落ちない点があった。そこで念のためポアロに電話を掛けて、ナス屋敷まで来てもらったのだ。そしてゲームの当日、二人は予定された殺人現場であるボート小屋にやってきた。ゲームでは、田舎娘が死んだふりをすることになっているのだ。ところがその娘は本当に殺されていたのだ!
背景 水準作。前半は多少退屈だが、最後の解決部を読むと、やはりクリスティと納得してしまう出来。いつも同じ感想になってしまうが、ファンにとって注目すべき点は、舞台となるナス屋敷がクリスティの別荘グリーンウェイ・ハウスであること。鬱蒼とした林やボート小屋が懐かしい!!

邦題 『動く指』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Moving Finger(1943)
訳者 高橋豊
出版社 早川書房
出版年 1958/10/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのミス・ジェーン・マープル。ただし語り手は傷痍軍人ジェリー・バートン。
事件 バートンは飛行機事故で受けた傷の回復のため、医者の勧めで田舎で療養生活を始めることにした。妹と一緒にリムストックに家を借りたが、閑静な田舎にも、最近悪意に満ちた中傷の手紙を出す人物がいたのだ。そしてそれらの手紙によって自殺者が出たり、その家の女中が殺されたりした。たまたまカルスロップ家に泊まりに来ていたマープルが事件に係わることになる。
背景 マープルは最後の50頁ぐらいから登場し、あっさり事件を解決する。まあ水準作といった程度。興味深いのは、戦時中の田舎の生活やジェリーの恋愛などが木目細かく描写されている部分。風俗ミステリーとして楽しめる。

邦題 『魔術の殺人』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 They Do It with Mirrors(1952)
訳者 田村隆一
出版社 早川書房
出版年 1958/12/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのミス・ジェーン・マープル。
事件 富豪のキャリイ・ルイズとマープルは学校友達であった。そのキャリイの姉からマープルに依頼があり、妹のことが心配だという。キャリイは三回も大金持ちの男と結婚していて、今は二百人以上の非行少年少女を収容する施設ストニイゲイトを運営していた。マープルがストニイゲイトが訪れると、確かに不気味な雰囲気が感じられたのだ。そしてキャリイの長男が殺された!
背景 クリスティは、これまでによく使ったトリックを本書でも使っている。クリスティ作品を読み慣れた人なら、気づく人も多いはず。そのため評価は割れそうだが、後期の手慣れた作品であることは間違いない。マープルの学生時代が少しわかることもうれしい。

邦題 『関税品はありませんか?』
原作者 F・W・クロフツ
原題 Anything to Declare?(1957)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1958/6/15
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁のフレンチ警視。
事件 叔父の遺産として一隻のヨットがある青年に残された。彼はそのヨットを遊覧旅行に利用することを考えたが、やがてより利益を生む方法を思い付いた。見掛けは遊覧旅行に利用しながら、裏ではスイス製の時計を仕入れ、税関の目をごまかして密輸入しようとしたのだ。だが……。
背景 クロフツの遺作。プロットとしては『製材所の秘密』に似ており、いずれも密輸が背景にある。解決に偶然を多用しているなど欠点も目立つが、相変わらず事件を丁寧に描写しながら、読者を飽きさせないテクニックは健在である。クロフツは第一作以来すでに40年近いのに、作風がほとんど変わっていないのは立派と言うべきか、進歩がないと言うべきか。

邦題 『サキ短編集』
原作者 サキ
原題 訳者による独自の編集
訳者 中村能三
出版社 新潮社
出版年 1958/3/15
面白度 ★★★★
主人公 ショート・ショートの元祖サキの短編集。21本が収録されている。
事件 傑作「開いた窓」を始めとして、多くの作品がユーモアと諷刺に貫かれた好短編。強迫観念としての”伯母”や”嘘”、”狼”のいずれかが、ほとんどの作品に登場している。「狼少年」のようなSF的なものより、最後の意外性を皮肉なユーモアで締める「二十日鼠」や「肥った牡牛」、「家庭」、「盲点」、「開いた窓」の方が個人的には好きである。
背景 『十二人の評決』の中に登場する「シュレニド・ヴァシュタール」が収録されていないのが、少し残念なところ。サキ(酒姫)という不思議な筆名は、イランの天文学者・数学者・詩人のオマル・カイヤムの作とされる4行詩(ルバイヤアト)からとられたそうだ。

邦題 『丘の音楽・宿命の犬』
原作者 サキ
原題 独自の編集
訳者 山田昌司・和田勇一
出版社 英宝社
出版年 1958/
面白度 ★★
主人公 26の短編からなる。主として『クローヴィスの日誌』と『獣と超獣』、『平和的な玩具』から選んだそうだ(訳者の解説による)。
事件 「レジノルドと聖歌隊」「無口なアン夫人」「エズミ」「復活祭の飾り卵」「丘の音楽」「聖ヴェスパルースの話」「宿命の犬」「セプティマス・ブロープの秘密の罪」「牡狼」「おおしか」「聖名祝いの日」「物置小屋」「博愛家と幸福な猫」「来客たち」「贖罪」「幻の昼食」「パーティの前夜祭」「警告されて」「屈服」「ペンサビーさん以外は」「牡牛」「衝撃戦術」「意気地なし」「「失われた魂」の像」「猫の偉業」
背景 面白いことに中村編の短編集とは、「牡狼」を除くとダブルものはほとんどない。訳者らは、さほどエンタテイメントを重視していないようで、私にはあまり楽しめなかった。

邦題 『スカラムーシュ』
原作者 ラファエル・サバチニ
原題 Scaramouche(1921)
訳者 大久保康雄
出版社 東京創元社
出版年 1958/4/15
面白度 ★★★
主人公 ブルターニュに住む24歳の青年弁護士アンドレ・ルイ。両親は不明で、領主カンタンが養父となって育てる。その後旅役者の一団に加わり、スカラムーシュとなる。
事件 物語の時代はフランス革命が勃発する前後の18世紀末。アンドレは、親友である神学生が決闘でダルジ侯爵に殺された事実に憤った。そのダルジが幼友達のアリーヌに求婚したのも気に食わない。旧体制に原因があるはずだと考えた彼は暴徒を煽動してしまい……。
背景 歴史ロマン小説だが、波乱万丈のプロットは冒険小説として楽しめる。スカラムーシュとはイタリア古典喜劇の中の一人物で、アンドレが扮するために(そして明るく楽天的な性格がある程度彼に似ているために)原題になったのであろう。出生の秘密が恥ずかしいほど安易だ。


邦題 『狙った椅子』
原作者 ジュリアン・シモンズ
原題 The Narrowing Circle(1954)
訳者 大西尹明
出版社 東京創元社
出版年 1958/6/30
面白度 ★★★
主人公 グロス出版社推理小説課の編集者デイヴ。
事件 デイヴは、新しく創刊される雑誌の編集長に昇進すると思われていた。ところが意外にも、デイヴの同僚が新編集長に決まったのだ。彼は落胆し、やけくそになって夜の女を拾ってホテルに泊まった。ところがその夜、新編集長は殺されたのだ。このためデイヴには重大な嫌疑がかかってきた。彼はアリバイを証明するために必死になるのだが……。
背景 デイヴはスーパーマン的な人物ではなく、必死になればなるほど、周囲の人々は彼を敬遠するようになる。そのあたりの焦燥感は巧みに描かれていて、緊張感はかなり高まる。私好みの作品だが、謎が単純で犯人の意外性もないので、傑作と呼ぶほどの出来ではない。

邦題 『ナイン・テイラーズ』
原作者 D・L・セイヤーズ
原題 The Nine Tailors(1933)
訳者 平井呈一
出版社 東京創元社
出版年 1958/5/31
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのピーター・ウィムジイ卿。シリーズ第9作。
事件 大晦日ピーターは大雪のため教会に泊めてもらうことになった。だが墓地で見知らぬ死体が見つかった。死体が誰で、どのような方法で殺されたのか? 本国イギリスでの評価は出版当時から高く、本邦では名のみ有名であったから、高校生の私はさっそく飛びついたが、トリックにしか興味のなかったので、この時はT部を読み切れずに終ってしまった。
背景 再挑戦は90年代に入ってからであったが、狭い視野から物語を見るという失敗をしなければ、ウィムジイ卿が飛び入りで鐘を鳴らす冒頭の場面からして、大いに楽しめるはずだ。なお1998年東京創元社より浅羽莢子訳の新訳が刊行されている。

邦題 『忙しい蜜月旅行』
原作者 D・L・セイヤーズ
原題 Busman's Honeymoon(1937)
訳者 深井淳
出版社 早川書房
出版年 1958/7/31
面白度 ★★★
主人公 お馴染みの貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿。45歳になっている。
事件 ピーター卿と探偵作家のハリエット・ヴェインがついに結婚した。二人は、ハリエットの故郷近くの屋敷を購入し、新婚旅行ではそこに滞在することにした。だが屋敷に着くと、鍵は掛かっているし、屋敷の主人はいなかった。なんと主人は翌日、地下室から死体で見つかったのだ。
背景 ピーター卿シリーズの第11作にして、最後の作品。巻末の解説によると、戯曲として書かれた作品(共著)を自身で小説化したそうだ。大長編ミステリーで(文庫本で六百頁以上)、推理要素は骨細ではあるものの、恋愛要素やユーモアが巧みにブレンドされていて、すらすら読めるのはありがたい。なお2005年早川ミステリ文庫より新訳(松下祥子訳)が刊行された。

邦題 『判事に保釈なし』
原作者 ヘンリイ・セシル
原題 No Bail for the Judge(1952)
訳者 福田陸太郎
出版社 早川書房
出版年 1958/2/28
面白度 ★★
主人公 プラウト判事の娘エリザベス。彼女を助けるのが、もと泥棒の私立探偵アムブロースロウと校長になりそこなった退役大佐ブレイン。
事件 高等法院のプラウト判事は、あろうことか売笑婦殺しの容疑で告訴されたのだ。彼の騎士道精神のなせる業だった。しかし父親の無実を信じるエリザベスは、当然のように父を窮地から救う決心をした。そしてアムブロースロウらの助けを借りるが……。
背景 私の体調が良くなかったのか、この訳には乗り切れなかった。セシルの作品がこれほどつまらないとは考えにくいが。確かに思わず笑い出してしまうシーンはあるものの、作品全体からは皮肉、ユーモアがほとんど感じられない。結末の意図もさっぱり理解できなかった。

邦題 『奇商クラブ』
原作者 G・K・チェスタトン
原題 The Club of Queer Trades(1905)
訳者 福田恆存
出版社 東京創元社
出版年 1958/2/20
面白度 ★★★
主人公 裁判官席で発狂したとして隠退した元裁判官のバジル・グランド。
事件 東京創元社の世界推理小説55巻は以下の6本の短編からなる。「ブラウン少佐の大冒険」(プロットはクリスティのパーカー・パイン物の先例のようだ)「痛ましい名声の失墜」「牧師はなぜ訪問したか」「家屋周旋業者の珍種目」「チャド教授の奇行」「老人軟禁事件」。同社推理文庫版(1977/6/10)では、6本の短編に加えて短編1本「背信の塔」(一種の不可能犯罪物)と中編1本「驕りの樹」が含まれている。
背景 ブラウン神父物(第一短編集は1911年の出版)より前に書かれている。古典的な名探偵物とは設定・内容が異なり、かえって現代的なのが驚きだ。

邦題 『花火と猫と提督』
原作者 ジョスリン・デイヴィー
原題 The Undoubted Deed(1956)
訳者 北村太郎
出版社 早川書房
出版年 1958/11/30
面白度 ★★★
主人公 事件を解決するのはオックスフォード大学哲学講師アンブロウズ・アシャー。
事件 ガイ・フォークス祭の夜、ワシントンの英国大使館は、各国の大使や外交官を招いて盛大なパーティを催した。呼び物は、花火好きの大使が考案した仕掛け花火であった。それが点火されると素晴らしい光景になったが、そのとき大使館の裏では、館員の一人が射殺されたのだ。
背景 典型的な英国ユーモア・ミステリー。まずサスペンスが希薄で、スノッブの臭う会話が多く、さらにはトリックも貧弱である。しかし欠点と思われるそれらの特徴は、ある意味では利点でもある。言い方によっては高尚な会話もあり、プッと吹き出すユーモアもある。読書しながらパズルを解く必要もない。つまり登場人物の会話をゆったりと楽しめるミステリーなのである。

邦題 『わらう後家』
原作者 カーター・ディクスン
原題 Night at the Mocking Widow(1950)
訳者 宮西豊逸
出版社 早川書房
出版年 1958/5/31
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのヘンリー・メルヴェール卿。古本を見たくてドルイド村に来る。
事件 いつもは静かなドルイド村で奇怪な事件が起きた。事実無根の性的な中傷の手紙が次々と村人に送られてきたのだ。署名は<後家>となっており、あまりにひどい内容に自殺者まで出現した。ところが中傷の手紙は止まらずに、ついに殺人事件まで発生したのである。
背景 バカミスの代表作として有名な作品。『魔女が笑う夜』という題の新訳(斉藤数衛訳)で読了した。確かに鏡を使った密室トリックは、バカミスにふさわしいものか。ただし語り口や雰囲気までも下劣というわけではない。中傷の手紙を扱ったカー得意のファルス・ミステリーとして、犯人は意外性があり結構楽しめる。カー作品としては水準作。

邦題 『爬虫館殺人事件』
原作者 カーター・ディクスン
原題 He Wouldn't Kill Patience(1944)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1958/6/30
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのヘンリー・メリヴェール卿。陸軍省の権威者。
事件 時は第二次大戦中、ロンドンの動物園で起きた殺人事件を扱っている。園長が密室状態の部屋でガス中毒死していた。部屋のドアや窓に鍵が掛かっているのはもちろん、ドアの下の隙間から鍵穴まで、どんな隙間も内部から糊の付いた紙を張り付けて、目張りがしてあったのだ。だがそばで蛇も死んでいたことを知ったメリヴェールは、彼が蛇を殺すはずはないと考え……。
背景 カー中期の作品なので、怪奇趣味が少なく読みやすい。動機と真犯人に意外性があるのがいいが、一番感心したのは、第二次大戦中という時代を密室トリックに利用した点。これには完全に盲点をつかれた。なお東京創元社版は『彼が蛇を殺すはずはない』(中村能三訳)である。

邦題 『青銅ランプの呪』
原作者 カーター・ディクスン
原題 The Curse of the Bronze Lamp(1945)
訳者 長谷川修二
出版社 東京創元社
出版年 1958/7/25
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのヘンリー・メリヴェール卿。
事件 考古学者の伯爵令嬢は、発掘した≪青銅のランプ≫とともにイギリスの館に戻ることにした。その際占い師から「お部屋には決して行き着けませんよ」と予言されていた。そして館に着き、令嬢が先に玄関に行き約3分後に友人らが入ると、床の上には青銅ランプが置いてあるだけで、令嬢は消えていた。近くには鉛管工もいたが目撃されなかった。青銅ランプの呪なのか?
背景 本書はE・クイーンに献辞されている。それによると、ドイルの語られざる事件(傘を取りに自宅に戻ったまま消えてしまったフィリモア氏の事件)に挑戦したもの。確かに冒頭の女性消失事件は魅力十分だ。ランプの呪は子供じみているものの、この奇術的なトリックは一読に値する。

邦題 『赤後家の殺人』
原作者 カーター・ディクスン
原題 The Red Widow Murders(1935)
訳者 宇野利泰
出版社 東京創元社
出版年 1958/9/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのヘンリー・メリヴェール卿。
事件 「部屋が人間を殺せるものかね」という大英博物館長の言葉にテアレン博士は興味を持った。そしてそのような部屋があるマンドリン家に招待された。赤後家と呼ばれるその部屋には、ひとりきりで二時間以上いると死ぬという。過去に何人もの死者が出て、1876年に封印されたのだ。しかし邸の取り壊しのため今日封印が解かれ、一人の男がその部屋に入ったが……。
背景 第一の密室殺人は、よく考えられている。密室にいる男に15分ごとに声を掛けて返事を貰っていたにもかかわらず、その男が毒殺されたというもの。ファース趣味を押え、赤後家伝説を巧みに物語に取り入れている。第ニの殺人に関係したサブ・トリックが安易なのが減点か。

邦題 『一角獣の怪』
原作者 カーター・ディクスン
原題 The Unicorn Murders(1935)
訳者 長谷川修二
出版社 東京創元社
出版年 1958/9/20
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのヘンリー・メリヴェール卿。
事件 事件の主舞台はロアール河流域にある孤立した城(カー好みの設定!)。その城に集まってきた人の中に、ルパンばりの怪盗やパリ警視庁の覆面探偵がいることがわかったのだ。そのうえ一角獣の仕業としか思えない死体が見つかり――。
背景 『三つの棺』や『赤後家の殺人』と同じ年に出版された作品。さすがに年間三冊の傑作は無理というもので、前二作と比べると謎のスケールでは見劣りがするものの、それでも犯人探し+探偵探しという一捻りした趣向でスリリングな物語に仕上がっている。カーにも脱帽。なお1995年国書刊行会から『一角獣殺人事件』(田中潤司訳)という題名で新訳が出た。

邦題 『ドイル傑作集U海洋奇談編』
原作者 コナン・ドイル
原題 独自の編集
訳者 延原謙
出版社 新潮社
出版年 1958/8/20
面白度 ★★★
主人公 副題どおりの海洋奇談の短編を6本集めている。
事件 題名を順に列挙すると、「縞のある衣装箱」(誰もいない遭難船には斧で殺された死体と縞のある木箱が残っていたが……)、「ポールスター号船長」(捕鯨船の船医の手記。悲しげに泣き叫ぶ声を聞くが、やがて船長は氷原に消えた……)、「たる工場の怪」(動物ホラー物)、「ジェランドの航海」(舞台が日本というのが珍しい小品)、「ジェ・ハバカク・ジェフスンの遺書」(マリイ・セレスト号の謎にドイルが挑戦した作品)、「あの四角い小箱」(珍しくユーモアのある作品)である。
背景 ドイルは若い頃、一年間ほど船医をしていたらしい。その時の経験を生かした短編集。プロットはたいしたことはないものの、ストーリー・テラーとしての才能には、改めて感心してしまう。

邦題 『ドイル傑作集Zクルンバの悲劇』
原作者 コナン・ドイル
原題 The Mystery of Cloomber(1889)
訳者 延原謙
出版社 新潮社
出版年 1958/8/20
面白度 ★★
主人公 ジョン・フォザギル・ウェスト。本編の語り手で、セントアンドルーズ大学の学生。
事件  ウェスト一家は、伯父が転地療養するためブランクサムで地主生活を始めた。ある日、長い間荒れほうだいであった近所のクルンバ館にヘザストン一家が引っ越してきた。しかし彼らは一切の付き合いを拒否したのである。だがジョンと同世代の兄妹がいたため、ジョンと妹は密かに二人と親しくなり、父親の奇行を聞かされた。何故か、毎年10月5日がもっとも危険だというのだ。
背景 ホームズ物の第1作『緋色の研究』の2年後に出版された。伝奇冒険小説といったらいいのか。プロットは単純で、ヘザストン将軍のインド時代の悪業をインド人僧に復讐される話。改めてドイルの語り口の上手さに感心させられる。なお東京創元社版は『クルンバーの謎』である。

邦題 『コロスコ号の悲劇』
原作者 コナン・ドイル
原題 The Tragedy of the Korosko(1898)
訳者 松原正
出版社 東京創元社
出版年 1958/11/30
面白度 ★★
主人公 ナイル川を遡ってワディ・ハルファまで行くコロスコ号の乗客たち。後半主役を演じるのは英国陸軍退役大佐コクレイン・コクレイン。
事件 コロスコ号の乗客は11名ほどであったが、英国人ばかりではなく、米国人や仏国人もいた。だが一行がアブシール岩を見物中、砂漠からラクダの一隊が近づき、彼らは襲われた。襲撃者は現地軍のアラブ人で、彼らは現地軍とともに砂漠の中を逃げることになったのだ。
背景 エジプトを舞台にした冒険小説。前半は当時のエジプトが興味深く語られているが、後半の逃亡劇は単純なもの。なお本作は東京創元社世界大ロマン全集54巻に含まれていて、同書には『クルンバーの謎』も入っているが、上記の通り新潮社版の方が3か月ほど早く出ている。

邦題 『消えた街灯』
原作者 ビヴァリイ・ニコルズ
原題 No Man's Street(1954)
訳者 小倉多加志
出版社 早川書房
出版年 1958/8/15
面白度 ★★★
主人公 事件を担当し謎解きをするのは、隠退した私立探偵ホレイショ・グリーン(趣味は園芸)とロンドン警視庁の警視ジョージ・ウォラー。
事件 音楽評論家のカーステアズ卿は、爆撃で荒廃したロンドン・チェルシーの一画に住んでいたが、「兄の具合が悪い」という電話を受けた彼の妹が訪れると、そこには卿の刺殺死体が! 卿には敵が多かったので恨みによる犯行か? または遺産相続に関係あるのか?
背景 著者は純文学作家、劇作家として成功した人物。本書は後年書き出した初のミステリー。30年以上前に読んだ『ムーンフラワー』があまりにヒドイかったので、今回こわごわ手を出したが、まともなフーダニット+アリバイ物だった。高齢者でないとこの手の作品は楽しめないか。

邦題 『ムーンフラワー』
原作者 ビヴァリイ・ニコルズ
原題 Moonflower(1955)
訳者 大橋健三郎
出版社 早川書房
出版年 1958/9/15
面白度
主人公 隠退した私立探偵ホレイショ・グリーン。
事件 暴風雨の中、ダートムアにある刑務所から凶悪殺人犯が脱走した。一方、その近くのモアトン・フェロー村には、グリーンが滞在していた。彼は大金持ちのファヴァシャム夫人が所有する巨大な熱帯の花、ムーンフラワーを鑑賞するため、この地を訪ねて来たのだ。だがムーンフラワーは見事に咲いていたものの、夫人は殺されていたのだった。
背景 つまらなかった。骨折で入院中に読んだというのも一因か。英国ミステリーの特徴の一つであるユーモアが感じられないのに、英国ミステリーの欠点であるサスペンスのなさが如実にでている。これでは主人公の個性の魅力もほとんど生きていない。脱獄との関係もヒドイ。

邦題 『まだ死んでいる』
原作者 ロナルド・ノックス
原題 Still Dead(1934)
訳者 橋本福夫
出版社 早川書房
出版年 1958/2/28
面白度 ★★★
主人公 保険会社の探偵マイルズ・ブレドン。ワトスン役は妻のアンジェラ。
事件 ドーン荘園領主の長男コーリンは、荘園の庭師頭の息子を轢き殺した気の咎めから旅に出てしまった。だが父親の病気が重くなったため、旅先からコーリンを呼び戻す手配をしたところ、彼は死体で見つかったのだ。ところが急報で集った人々は呆然とした。死体が消えていたからである。そして2日後に猟番によってまたコーリンの死体が発見されたのだ。
背景 有名なノックスの十戒を発表した数年後に書かれた作品。したがってその制約を守っている謎解き小説になっている。当然のように(?)サスペンスの無いのが弱点だが、主人公二人の会話はユーモラスで楽しめる。なお東京創元社版は『消えた死体』(瀬沼茂樹訳)である。

邦題 『試行錯誤』
原作者 アントニイ・バークリイ
原題 Trial and Error(1937)
訳者 鮎川信夫
出版社 東京創元社
出版年 1958/7/10
面白度 ★★★★★
主人公 「ロンドン・レヴュー」誌の書評寄稿家トッドハンター。主治医から大動脈瘤で余命二、三ヶ月と言われている。探偵役はチタウィック氏。
事件 余命いくばくもないトッドハンターは、人助けになる殺人を決意する。そして殺人は成功と思ったら、別人が逮捕されたのだ。彼はチタウィックに自分が真犯人であることの証明を頼んだ。
背景 いかにもバークリイらしい主題、展開のミステリー。特に全5部を悪漢小説風や推理小説風、怪奇小説風などとして物語を展開しているのは上手いところ。長丁場を持たせるだけの実力を改めて見せている。ラストの皮肉も生きている。著者の最高傑作か。なお20日遅れで早川書房より中桐雅夫訳の同題の本が出版された。本書は後年『トライアル&エラー』と改題された。

邦題 『幽霊島』
原作者 A・ブラックウッド
原題 独自の編集
訳者 平井呈一
出版社 東京創元社
出版年 1958/8/20
面白度  
主人公 

事件 


背景 



邦題 『緑は危険』
原作者 クリスチナ・ブランド
原題 Green for Danger(1944)
訳者 中村保男
出版社 早川書房
出版年 1958/6/15
面白度 ★★★★
主人公 ケント州警察のコックリル警部。白髪の小男でわし鼻、知的な額。
事件 戦時中の地方都市にある陸軍病院が舞台。空襲で脚を骨折した老郵便配達人が手術室に運びこまれたが、手術中に亡くなった。死因は窒息死で、炭酸ガス・ボンベが使われたためだった。容疑者は外科病棟の6人。彼らの過去や複雑な恋愛関係が徐々に明らかになってきた頃、今度は中年看護婦が刺殺されたのだった。
背景 伏線が巧みに張られた謎解き小説。容疑者は病院関係者に限定でき、フーダニットの面白さをうまく作り出している。また物語は三人称多視点で語られるが、これがサスペンスを高めている。だたし名探偵の視点はあまり多くないので、コックリル警部の印象はそう強くない。

邦題 『疑惑の霧』
原作者 クリスチナ・ブランド
原題 London Particular(1952)
訳者 野上彰
出版社 早川書房
出版年 1958/8/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのシリーズ探偵コックリル警部。ただしこの事件では容疑者の知人として事件に係わるだけ。公式の捜査はロンドン警視庁のチャールズワース警部が担当。
事件 ロンドン全市が濃い霧で覆われた夜。エヴァンズ医師宅で木槌で撲殺された仏人の死体が発見された。エヴァンズは往診中で、妻や祖母は二階にいて気付かず。エヴァンズの妹と友人の医師が発見者であったが、妹は仏人とただならぬ関係だったようで……。
背景 脂の乗り切った中期の作品だが、『緑は危険』のような本格ミステリーというよりサスペンス小説に近い。事件設定は作りすぎの感じだが、三人称の語りに視点者の独白を入れたり、最後の一段落で真相を明らかにするなど、技巧を凝らした語り口が圧巻。

邦題 『章の終り』
原作者 ニコラス・ブレイク
原題 End of Chapter(1957)
訳者 小笠原豊樹
出版社 早川書房
出版年 1958/3/15
面白度 ★★★
主人公 ナイジェル・ストレンジウェイズ。お馴染みのシリーズ探偵。登場人物表では「私立探偵」になっている。彫刻家の恋人クレア・マシンジャがいる。
事件 ナイジェルは、ウェンハム・アンド・ジェラルディン出版社から調査を依頼された。過激な表現がある校正刷りを、著者の了解を得て削除したはずが、何者かが「イキ」と書いたために、そのまま本が完成してしまった事件についてである。誰が、何のために行ったのか?
背景 翻訳当時のブレイクの最新作(第13作)。正統的な本格ミステリーで、アリバイ捜査などにも多くの筆を費やしている。ただし謎解き部分は、犯人の意外性を含めて平凡。個々の人物造形は優れているし、出版社の内部事情を活写されていて、風俗ミステリーとして楽しめる。

邦題 『くもの巣』
原作者 ニコラス・ブレイク
原題 A Tangled Web(1956)
訳者 加納秀夫
出版社 早川書房
出版年 1958/12/30
面白度 ★★★
主人公 若い女性ディジーと盗人のヒューゴー・チェスターマン。
事件 ディジーはヒューゴーの正体を知らずに付き合い始めた。彼女は、明朗で、親切で、真摯な情熱家でもある彼を愛した。たとえヒューゴーは盗人であっても。そして彼が警察に追われたと知ったときには、彼の種を宿していた。それほど彼を愛していたが……。
背景 シリーズ探偵ナイジェルは登場しない作品。20世紀初頭にあった実際の事件に基づいて書かれている。本格ミステリーとは異なり、心理描写が多い。ジュリアン・シモンズが喜びそうな犯罪小説といってよい。事実に沿った物語なのでプロットがミエミエなのが弱点だが、ブレイクの人物・風俗の描写力には脱帽せざるをえない。

邦題 『乙女の祈り』
原作者 ジョーン・フレミング
原題 Maiden's Prayer(1957)
訳者 山本恭子
出版社 東京創元社
出版年 1958/11/24
面白度 ★★★★
主人公 オールド・ミスのメイドン嬢と詐欺師のアラディン。
事件 メイドン嬢は、亡くなった母親から旧い屋敷とささやかな遺産を受け継いで生活していた。ある日土地斡旋所でメイドン嬢はアラディンと知り合った。アラディンは彼女にうまく取り入って、彼女の秘書となって屋敷に入り込むことに成功したのだ。アラディンの詐欺師としての本領発揮の結果だが、あるミスから、彼の目的がメイドン嬢にわかってしまった。
背景 初紹介の英国女性作家の作品。物語は、漠然とした老嬢の日常生活の描写から始まる。英国ミステリーによくあるパターンだが、途中からアラディンは脅迫者ではなく脅迫される側になってしまう。そのあたりのプロットが新鮮である。ラストは残酷さを避けていて微笑ましい。

邦題 『ペニクロス村殺人事件』
原作者 モーリス・プロクター
原題 The Chief Inspector's Atatement(1951)
訳者 加島祥造
出版社 早川書房
出版年 1958/7/31
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁の若い首席警部フィリップ・ハンター。
事件 ペニクロス村は、英国のどこにでもあるような平穏な村。しかしこの村の森の中で二人の女の子が殺された。夜の村を全裸で走り回る男も、何人かが目撃している。その事件を捜査するためハンターはペニクロス村に派遣された。彼は村の女性に恋しながらも、必死に捜査を続けた。
背景 小品ながら、味わい深い警察小説。まず等身大の主人公がいい。天才的な捜査能力はないものの、真面目に仕事をこなしていく。そして構成。なんでもないようなエピローグを2頁入れただけで、ある怖さをもったミステリーになっている。事件は結構現代的なもので、それなりにリアルに描かれているものの、中盤のサスペンスが希薄なのが減点材料だ。

邦題 『十二人の少女像』
原作者 シェーン・マーティン
原題 Twelve Girls in the Garden(1957)
訳者 高城ちゑ
出版社 東京創元社
出版年 1958/11/10
面白度 ★★★★
主人公 アメリカ人の考古学者ロナルド・チャリス教授。
事件 チャリスは、ある夕方、散歩がてらに友人の元の家まで足を延ばした。懐かしくてつい見惚れていると、その家の庭には12人の少女像があり、作者グラッセは失踪していることを、その家の住人から教えられた。チャリスは持ち前の好奇心から、失踪の謎に挑戦してみたくなった。やがてグラッセがギリシャにいるらしいという情報を掴み、オリエント急行でアテネに向かうが……。
背景 新しい英国ミステリーを数多く紹介しているクライム・クラブの一作。スパイ物に本格味の謎を取り入れた作品で、新人の第一作らしい新鮮さが感じられる。ただし後半は偶然によって隠れ場所がわれるなど安易な展開もあるが、最後のどんでん返しはあざやかだ。

邦題 『ギデオンの一日』
原作者 J・J・マリック
原題 Gideon's Day(1955)
訳者 井上一夫
出版社 早川書房
出版年 1958/7/31
面白度 ★★
主人公 ロンドン警視庁の警視ジョージ・ギデオン。妻はケイト。40代末。大柄で人目につく体格で、グレイの髪、かぎ鼻、への字に曲がった唇、大きな角ばった顎の持ち主。6人の子持ち。
事件 ギデオンには休まる時がない。今日も麻薬密売人から賄賂を受けた部下の一人が何者かにひき逃げされる事件があったのに、郵便車の襲撃が頻繁に起きたのだ。さらには少女殺しの容疑者が目撃されたので緊急手配をした直後に、強盗殺人発生の一報が入ったのだ。
背景 警察小説として有名なシリーズの第一作(シリーズは全22冊)。ギデオンのある一日を活写している。それなりにリアリティはあるし、50年代半ばのロンドンの風俗を知るうえでは興味深い。とはいえ一日だけの活動なので、謎解きは少ないし、山場に欠けてサスペンス不足気味だ。

邦題 『ギデオンの夜』
原作者 J・J・マリック
原題 Gideon's Night(1957)
訳者 清水千代太
出版社 東京創元社
出版年 1958/8/25
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁犯罪捜査部部長ジョージ・ギデオン(役職が『ギデオンの一日』と異なるのは訳者の違い)。アップルビイ主任警部を始め多数の部下も捜査に協力する。
事件 今日はギデオンの夜勤日。夕方になり霧が濃くなってきたが、このような天候では犯行が目撃されにくいため、”徘徊者”(婦女暴行魔)が現れやすい。赤ん坊の拉致事件が報告された後に、やはり徘徊者が現れたのだ。ギデオンは警官をその地区に集めるが……。
背景 『ギデオンの一日』『一週間』に続くシリーズ第三弾。夕方から明け方までの半日のギデオンらの警察活動を生き生きと描いている。それなりのサスペンスを生み出しているが、特に謎があるわけではない。単調さを避ける語り口は、これぞプロの味というべきか。

邦題 『トム・ブラウンの死体』
原作者 グラディス・ミッチェル
原題 Tom Brown's Body(1949)
訳者 遠藤慎吾
出版社 早川書房
出版年 1958/12/30
面白度 ★★★
主人公 精神分析医の中年女性ブラッドリイ夫人。
事件 スピイ校の歴史教師が、同僚教師の家の庭で殺されているのが見つかった。状況から容疑者はスピイ校内の人間に絞られた。そして警察の捜査が暗礁に乗り上げたと思われたとき、スピイ校の近くに住んでいるブラッドリイ夫人が密かに事件の調査をしていたのだった。
背景 舞台は田園地帯にあるパブリック・スクール。探偵は中年の女性。ゆったりした物語展開。どちらかというと私好みの設定なのだが、いまいち興味が湧かなかったのは、作者独自な面白さが感じられないからであろう。後年知ったことだが、この作者は、クリスティとは対極にあるような独自の個性を持った作家だそうだ。本書にはその特徴はあまり出ていない。

邦題 『魔術師』
原作者 サマセット・モーム
原題 The Magician(1908)
訳者 田中西二郎
出版社 新潮社
出版年 1958/
面白度 ★★★
主人公 物語の主人公は外科医のアーサー・バートン。しかし本当の主人公は魔術師オリヴァ・ハドゥー。非常な大男で、おそろしく肥満している。顔も大きくて、たっぷり肉がついている。
事件 バートンは、婚約者マーガレットと会うためにパリに向かった。マーガレットは絵の勉強のためパリに来ていたのだ。彼女はフラットに女性二人で住んでいたが、そこにオリヴァが現れ……。
背景 モームの代表作『人間の絆』の前作。オカルト小説だが、ホラー小説といってもよいであろう。モームがこの手の小説を書いていたとは知らなかった。魔術師オリヴァの人物造形に圧倒される。ただ前半は比較的おとなしく、サイコ・スリラーを期待するとすこしガッカリするかもしれない。オカルト小説だからだが、後半はさすがにストーリー・テラーとしての実力を発揮している。

邦題 『遠い山彦』
原作者 ダグラス・ラザフォード
原題 The Long Echo(1957)
訳者 龍口直太郎
出版社 東京創元社
出版年 1958/10/15
面白度 ★★★
主人公 イタリア絵画の専門家アンドルー・カーソン。
事件 カーソンは、イタリア画家メラの評伝を書くためにトレアルトに向かった。そこにはメラの聖画があるからだった。ところが偶然カーソンは、メラが恋した娘の家の子孫というマリサ・ベネアドルノと知り合ったのだ。今彼女は別の男と婚約していたが、その男は殺されて、容疑は彼女の兄にかかっていた。カーソンはしだいにマリサに惹かれていくが……。
背景 英国の伝統を受け継いでいる冒険小説。殺人も出てくるが、犯人はすぐ見当がつき、とても謎解き小説とは言えない。マリアは印象深いヒロインに造られている。二人の恋愛は単純なのだが、物語を読み進める原動力となっている。イタリアの地方都市を丹念に描いているのもいい。

邦題 『日時計』
原作者 クリストファー・ランドン
原題 The Shadow of Time(1957)
訳者 丸谷才一
出版社 東京創元社
出版年 1958/10/15
面白度 ★★★★
主人公 私立探偵のハリー・ケント。妻ジョウンと二人で探偵業をしている。
事件 ハリーのもとにライ市の美容師が訪れてきて、彼の娘マーガレットを探してくれと頼まれた。彼は脅迫されており警察には頼めない事情があった。ハリーは、友人ジョシュアの助けで、持ってきた写真に写る影からマーガレットがフランスのロアール河近辺にある城館に捕らわれていると推理したのだ。後は、いかにして生きて娘を救いだすかだ!
背景 前半は謎解き小説で、後半は完全な冒険スリラーとなる。当時としては新鮮な構成のミステリー。謎解きは、まあ楽しめる程度であるが、後半の脱出行は、一難さってまた一難の映画的な面白さだ。主人公夫妻と友人との奇妙な三角関係(?)にも、ニヤリとさせられる。

邦題 『吸血鬼カーミラ』
原作者 J・S・レ・ファニュ
原題 Carmilla(1872)
訳者 平井呈一
出版社 東京創元社
出版年 1958/10/15
面白度 ★★★
主人公 世界恐怖小説全集第1巻として出版された本書は、4本の短編と1本の中編からなる作品集(収録作品は*を付けている)。1970/4/10に出た文庫本『吸血鬼カーミラ』では、さらに3本の短編が追加されている。
事件 19世紀中・後半に書かれた短編を集めた作品集。収録作品は次のとおり。「白い手の怪」*、「墓堀りクルックの死」、「シャルケン画伯」、「大地主トビーの遺言」、「仇魔」*、「判事ハーボットル氏」*、「吸血鬼カーミラ」*(ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』誕生に大きな影響を与えた中編)、「緑茶」* (広く知られている怪奇短編)。
背景 小説のアイディアはむしろ平凡だが、ストーリー・テラーとしては超一流といったところか。特に物語前半での不気味な雰囲気を醸し出す語り口は上手いものだ。

邦題 『吸殻とパナマ帽』
原作者 ジョン・ロード
原題 Open Verdict(1956)
訳者 福田陸太郎
出版社 東京創元社
出版年 1958/4/10
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁のジミー・ワグホーン警視。
事件 農場に続く道のそばで男の死体が発見され、ワグホーンが捜査を担当することになった。調べると、男はマンストン会社の運転手で、彼の娘との婚約を破棄した男を脅迫していたことがわかったのだ。そして脅迫されていた男はマンストン会社社長の養子で、彼の家からは被害者のパナマ帽が見つかった。事件は解決したと思われたが、今度はその男が爆殺されたのだ!
背景 初めて読んだロード作品。二つの殺人事件を扱っているが、二つの事件は不自然なく結び付いていている。このあたりはベテランの円熟さであろうか。クロフツ作品と同じように地味で、ユーモアがほどんどないのが残念なところだが、それがロードの限界なのだろう。

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