邦題 『判事への花束』
原作者 マージェリー・アリンガム
原題 Flowers for the Judge(1936)
訳者 鈴木幸夫
出版社 早川書房
出版年 1956/7/31
面白度 ★★★
主人公 素人探偵アルバート・キャムピオン。マイクルの友人として茶話会に出席する。
事件 バーナバス書房の重役の一人トムは、1911年5月に家を出たまま忽然と消えてしまった。それから20年たった1931年、同社の取締役ポール・ブランドンが二、三日顔を見せなかったものの社員はそれほど驚いてはいなかった。ところが社で催された「茶話会」の後で、ポールの死体が社の金庫部屋から発見され、取締役のマイケルが容疑者になったのだ。キャムピオンは調査を始める。
背景 著者の二冊目の邦訳。永らく入手できなかったが、1996年(40年ぶり!)に再版されたのを機会に読むことができた。老舗出版社で起きた殺人事件を、人間関係を含めて巧みに描いている。これで冒頭の人間消失トリックがまともなものなら、★4つだったのに。残念。

邦題 『眠れるスフィンクス』
原作者 ジョン・ディクスン・カー
原題 The Sleeping Sphinx(1947)
訳者 西田政治
出版社 早川書房
出版年 1956/5/15
面白度 ★★
主人公 探偵役はお馴染みのロンドン警視庁顧問ギデオン・フェル博士。
事件 第二次世界大戦後、帰還軍人のドナルド・ホルデンは、陸軍省から自分が一年前に誤って死亡していると言われた。彼には結婚したいと思っていた女性セリアがいたが、幸い彼女はまだ結婚していないという。ドナルドは勇んでセリアの住む邸宅に向かった。そこにはセリアの姉の夫ソーレイがいたが、なんと姉は急死し、セリアも精神異常者扱いされていたのだった。
背景 カーの中期の作品。最大の謎はセリアの姉は毒殺ではないのかというものだが、トリックはともかく動機に説得力が乏しい。3組の恋愛模様が語られているというカー作品にしては珍しい設定なので、読みやすいのはありがたいが、トリックのための恋愛からは抜け切れていない。

邦題 『妖女の隠れ家』
原作者 ジョン・ディクスン・カー
原題 Hag's Nook(1933)
訳者 西田政治
出版社 早川書房
出版年 1956/7/31
面白度 ★★★
主人公 ギデオン・フェル博士。初登場である。1884年リンカーシャー州生れ。本事件の時は47歳。第一次大戦中は諜報活動にかかわったが、今は辞書編纂家として犯罪捜査にも乗り出す。
事件 スタバース家は代々監獄の長官をしていたが、何人も不可解な死を遂げていた。先代も怪死し、臨終に際して謎の遺書を残していた。それから2年、スタバース家の長男が、遺産相続の儀式を行なっていたその夜、謎の死を遂げたのである。何かの呪なのか?
背景 フェル博士物第一作。カーの初期作品であるため、私の好みではないオドロオドロしい雰囲気はあるが、フェル博士は後年の彼ほどアクは強くない。犯人は意外性はあるものの、トリックはそう目新しいものではない。後年東京創元社より『魔女の隠れ家』(高見浩訳)として出版された。

邦題 『囁く影』
原作者 ジョン・ディクスン・カー
原題 He Who Whispers(1946)
訳者 西田政治
出版社 早川書房
出版年 1956/8/31
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのギデオン・フェル博士。
事件 パリ郊外の川岸にそびえる古塔の頂上で、土地の富豪が仕込み杖で刺し殺された。誰もいない塔の頂上での事件でもあり、警察は自殺と断定したが、吸血鬼の仕業との噂も立った。そして数年後、歴史学者ハモンドはこの怪事件に興味を持ったが、深夜彼の妹が襲われて重傷を負った。彼女は何かが”ささやく”とつぶやいたのだ。
背景 冒頭の謎の解決は、合理的ではあるものの、ナーンダと感じる程度のもの。でも謎の不可能興味を強調しないで、あっさり第2の事件へ物語を移しているのがうまい展開。中期以降のカーの変貌の結果か。終盤はサスペンスが高まるが、偶然が二つ以上あると、無理を感じてしまう。

邦題 『帽子収集狂事件』
原作者 ジョン・ディクスン・カー
原題 The Mad Hatter Mystery(1933)
訳者 宇野利泰
出版社 東京創元社
出版年 1956/6/28
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのギデオン・フェル博士。実際の捜査はハドリー警部が担当。
事件 ロンドン市内では帽子の盗難が続発していた。帽子収集狂がいるという新聞記事が掲載されたりもした。隠退した保守党政治家のピットン卿も帽子を盗まれた一人だが、今度は彼の持っていた貴重なポーの未発表原稿が盗まれたのだ。そしてそのことをフェル博士に相談しているとき、ロンドン塔では、卿の甥が卿の帽子を被ったまま殺されているのが見つかった。
背景 物語は、甥の殺人とポーの原稿の盗難がどう係わるのかという興味で展開していく。江戸川乱歩が自選のベスト10に入れたことで評判が高いが、それほどではない。確かに冒頭の奇妙な謎は面白かったが、中盤はサスペンスは少ないし、ファースも空振り気味。駄作ではないが。

邦題 『モスコー殺人事件』
原作者 アンドリュー・ガーブ
原題 Murder in Moscow(1951)
訳者 向井啓雄
出版社 時事通信
出版年 1956/5/1
面白度 ★★
主人公 レコード紙のモスコー特派員ヴェルニー。
事件 ヴェルニーは訪ソの平和使節団に同行し、列車でモスコーに向かった。モスコーでは使節団と同じホテルに泊まり、ホテルでは旧友の歓迎を受けた。だが使節団の中では反目があり、ある日使節団の団長が瓶で殴り殺されているのが発見された。そして老給仕人が捕まったのである。しかしこの捜査はあまりにデタラメであることがわかり……。
背景 舞台はモスクワ。発表当時は朝鮮戦争の頃で、当時のソ連事情が窺い知れる(例えばホテルの窓を封印するなど)。ただその辺りを翻訳ではかなりカットしたらしいのが残念なところ。ミステリーとしては前半は平板だが、フーダニットで興味をそそる終盤の筆の冴えは悪くない。

邦題 『伯母の死』
原作者 C・H・B・キッチン
原題 Death of My Aunt(1929)
訳者 宇野利泰
出版社 早川書房
出版年 1956/8/15
面白度 ★★★
主人公 株式仲買人のマルコム・ウォレン。物語の語り手でもある。
事件 いつもの金曜日のように、この週末をどのように過そうかと考えながら、マルコムは下宿に帰ってきた。すると伯父から電報が届いていた。伯母キャサリンがマルコムに会いたいという。夜遅く伯母の家についたマルコムは、伯母の依頼で帳簿を調べるが不審な点はなかった。だが翌朝、伯母が飲んだ薬が問題で、伯母は急死してしまったのだ。
背景 1920年代の作品にしては現代的な感覚で書かれている。つまりえらぶった名探偵は登場しないし、オドロオドロした雰囲気もない。その意味では当時としては新鮮さが評価されたのではないかと思われるが、それでも伯父の態度などは作り物めいた古さを感じる。

邦題 『おとなしいアメリカ人』
原作者 グレアム・グリーン
原題 The Quiet American(1955)
訳者 田中西二郎
出版社 早川書房
出版年 1956/6/
面白度 ★★★
主人公 英国人の報道記者トマス・ファウラア。英国には別居中の妻がいるが、ヴェトナムでは現地の女性フウオングと同棲している。中年男。
事件 舞台は1951−2年のヴェトナム。そこに経済援助使節団としてアメリカから一人の男がやってきた。パイルと名乗る32歳の青年で、生真面目で好感のもてる”おとなしいアメリカ人”。トマスはすぐにパイルと親しくなるが、やがてパイルはフウオングと結婚したいと言い出したのだ。
背景 『第三の男』と並ぶグリーンの評判作。フランスとヴェトナムとのインドシナ戦争を背景にしている。グリーンが反米を明確にしていることが興味深い。小説としては政治小説としても、恋愛小説としても楽しめる。いわゆるスパイ小説として書かれていないのが残念だ。

邦題 『七つの時計』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Seven Dials Mystery(1929)
訳者 赤嶺弥生
出版社 早川書房
出版年 1956/3/15
面白度 ★★★
主人公 シリーズ探偵としてはロンドン警視庁のバトル警視。本書でもっとも活躍するのは、チムニーズ館の所有者ケイタラム卿の娘アイリーン(バンドル)。
事件 チムニーズ館に招かれた4人の青年のうち、外務省官吏の青年が睡眠薬の飲み過ぎで死んでいた。そしてその部屋には7つの時計が時を刻んでいた。謎の<セブン・ダイヤルズ・クラブ>と関係があるのか? バンドルらは推理合戦をしているうちに……。
背景 『チムニーズ館の秘密』の続編でもあるが、独立した作品として楽しめる。まあ、基本線は冒険スパイ小説だが、フーダニットとしての謎も、それほど複雑ではないものの、一応含まれている。ただ本事件では複数の人が活躍するので、話が多少散漫になっているのが残念。

邦題 『茶色の服の男』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Man in Brown Suit(1924)
訳者 桑原千恵子
出版社 早川書房
出版年 1956/7/31
面白度 ★★★★
主人公 考古学者の娘アン・ベディグフェルド。
事件 アンは、ある日突然父が亡くなり、天涯孤独の身になった。そして一人ぼっちになると、がぜん冒険したくなったのだ。ロンドンに出て地下鉄に乗ると、男が地下鉄のホームから転落し、感電死するのを目撃した。そして落ちていた一枚の紙から、アンは冒険に積極的に巻き込まれていく。謎を解くために、ただ一人で南アフリカ行きの客船に乗り込むことに。
背景 最初の30頁と最後の50頁が面白い冒険小説。謎の面白さより、主人公アンの魅力でもっている作品。初読時は大学生だったので、美人で冒険好きな(それでいて天涯孤独な女性の)アンの活躍には魅せられた。後年、あるトリックが使用されているのを知ったが、再読しなければ。

邦題 『バグダッドの秘密』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 They Came to Baghdad(1951)
訳者 赤嶺弥生
出版社 早川書房
出版年 1956/10/31
面白度 ★★★
主人公 ヴィクトーリア・ジョウンズ。タイピストだが、おしゃべり好きが災いして失業。
事件 失業したが陽気な性格のヴィクトーリアは、ロンドンの公園で将来のことを考えていた。ところが偶然エドワードと名乗る青年と知り合った。彼は「オリーヴの枝の会」会長の秘書をしていて、バグダッドに行くという。それを聞いているうちに彼女はバグダッドに行きたくなったのだ。そして首尾よくバグダッドでタイピストになったものの、いつのまにか事件に巻き込まれていく。
背景 クリスティのスパイ冒険物。”芸術的な”嘘吐きのヴィクトーリアには結構惹き付けられる。サスペンスは不足しているものの、その分、誰が悪人なのか? どんな事件なのか? という謎があって読ませる。夫の発掘仕事の関係でよく知っているバグダッドが舞台となっているのも魅力。

邦題 『ヒッコリー・ロードの殺人』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Hickory Dickory Dock(1955)
訳者 高橋豊
出版社 早川書房
出版年 1956/11/15
面白度 ★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。
事件 ポアロの秘書ミス・レモンが珍しく失敗をした。完璧な仕事をするミス・レモンにしては極めて異例だ。不審に思ったポアロが問いただすと、彼女の妹は各国の学生相手の寮の寮母をしているが、その寮で最近オカシナ盗難が相次いで起きていて、頭を悩ましているというのだ。ポアロはミス・レモンのために事件の解決に乗り出したが、その悪戯の犯人が殺されてしまったのだ。
背景 おそらく、これまでに読んだクリスティ作品の中では、かなり評価の低い作品と言わざるをえない。前半、ポアロが出張するところまではいいのだが、その後の展開が平凡。それぞれの寮生の描き分けも十分ではない。クリスティ得意のマザー・グースを利用した作品。

邦題 『葬儀を終えて』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 After the Funeral(1953)
訳者 加島祥造
出版社 早川書房
出版年 1956/12/31
面白度 ★★★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。
事件 大富豪のアバネシー家の長男リチャードが亡くなり、莫大な遺産は遺族に等分に分けられることになった。ところが少し頭のおかしな末妹のコーラが「あら、リチャードは殺されたんじゃなかったの?」といった。誰もこの言葉に関心を示さなかったが、次の日、コーラは眠っている間に殺されてしまったのだ。容疑は相続人全員にかかり、遺言執行人はポアロに助けを求めたのだ。
背景 驚いた。『アクロイド』に唖然とし、『そして――』に驚嘆し、そして今回である。乱歩ではないが、”クリスティに脱帽”だ。物理的トリックは避け、ほんの小さなトリックしか使っていないにも係わらず、意外性十分のフーダニットになっている。クリスティに傾倒してしまった決定的な作品。

邦題 『書斎の死体』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Body in the Library(1942)
訳者 高橋豊
出版社 早川書房
出版年 1956/12/31
面白度 ★★★★
主人公 セント・メアリ・ミード村に住むお馴染みのミス・ジェーン・マープル。
事件 ゴシントン・ホールに住むバントリー夫人は、女中の声に飛び起きた。書斎に誰かの死体があるというのだ。美人の女性の死体だった。死体は誰なのか? なぜそこに置いていったのか? バントリー夫人は、ミス・マープルに調査を依頼したのだ。マープルは海辺のホテルへ向かった。
背景 クリスティは本書のまえがきで、「わたしは数年前から、”よく知られたテーマで斬新な変化のある”ものを書きたいと心ひそかに思っていた」と述べている。まさに陳腐な”書斎の死体”を、マープルを登場させることによって面白いミステリーに仕上げている。独創的なトリックを使っているわけではなく、小さなトリックの組合せをうまく生かしている。マープルの評価を高めた作品。

邦題 『ABC殺人事件』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The A.B.C. Murders(1935)
訳者 松本恵子
出版社 講談社
出版年 1956/
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。久しぶりにヘイスティングズが協力する。
事件 ポアロのもとにABCとだけ署名した手紙が舞い込んできた。それにはアンドーヴァに注意せよの文句があった。そしてアンドーヴァでアッシャー夫人が殺され、近くにABC鉄道案内書が置かれていた。そして次々に挑戦状が届き、ベクスヒル海岸のバーナードが、そしてチャーストンのカーマイケル卿が殺されたのだ。ポアロは3つの事件に関連する靴下行商人を見つけるが……。
背景 大胆なトリックを利用したミステリー。短編ネタのようだが、十分に長編をもたせている。殺人予告状が警視庁ではなく、ポアロの自宅(ホワイト・ヘイヴン・マンション)に送られてきたことまで伏線になっている。たいしたものだ。靴下行商人についてもうまく処理している。

邦題 『みさき荘の秘密』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Peril at the End House(1932)
訳者 松本恵子
出版社 講談社
出版年 1956/
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。
事件 ポアロは、ヘイスティングズとともに、風光明媚なセント・ルーに滞在していた。そんなある日、二人は、ホテルのテラスで美しい女性と知り合いになった。彼女は岬の断崖の上に建つ旧家の女主人ニックであったが、最近何者かに狙われていた。ポアロは彼女の身を護るべく……。
背景 後年、早川書房からは『邪悪の家』、東京創元社からは『エンド・ハウスの怪事件』として出版された。本書は濃緑色の”クリスチー探偵小説集”の一冊として出版された。クリスティを読みなれていると、わりと早く犯人に気づいてしまう作品だが、それでも最後のドンデン返しは非凡な冴えを見せている。まあ、クリスティとしては水準作。

邦題 『雲の中の殺人』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Death in the Clouds(1935)
訳者 松本恵子
出版社 講談社
出版年 1956/
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。
事件 ロンドン行きの定期旅客機は21名の乗客を乗せてパリから飛び立った。ポアロも乗客の一人。そして飛行機が英仏海峡上を飛んでいるとき、高利貸業のマダム・ジゼルが死亡した。首に傷痕があり、機内に飛んでいた黄蜂が疑われたが、検死の結果、毒殺であることがわかったのだ。さらに機内からは吹矢も発見された。空飛ぶ密室内の殺人だったのだ。
背景 トリックは、チェスタトンが用いた有名なものの応用版といってよいが、うまく騙されてしまった。ミスディレクションの技巧は冴えている。船が嫌いなポアロが飛行機に乗っているのが珍しい。この飛行機は複葉機のハンドレページHP42(巡航速度は時速100マイル)であった。

邦題 『ゴルフ場の殺人事件』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Murder on the Links(1923)
訳者 松本恵子
出版社 講談社
出版年 1956/
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。『スタイルズ荘の怪事件』に続く第2作。
事件 ポアロのもとに、「頼む、来てください!」と書き添えられた手紙がフランスに住む富豪から送られてきた。ポアロはヘイスティングズを連れて、その日のうちにフランスに出発したが、到着したときには富豪は、ゴルフ場でペイパー・ナイフで刺し殺されていた。容疑者は数多くいたが、ポアロは、パリ警視庁のジロー刑事と競いながら、犯人を捕まえる必要があった。
背景 トリックなどには見るべきものはあるが、小説のスタイルが、これまでの探偵小説のそれを踏襲しているだけなのが不満。クリスティもそのことに気づいて、ヘイスティングズを最後に海外へ移住させたのであろう。なお未読の人には東京創元社版をぜひ読んでくださいとPRしておく。

邦題 『ザ・ビッグ・4』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Big Four(1927)
訳者 松本恵子
出版社 講談社
出版年 1956/
面白度 ★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。連作短編集のような構成の作品。
事件 アルゼンチンの農場から戻ってきたヘイスティングズはポアロのもとへ駈け付けた。ところがポアロは逆にブラジルへ行く寸前だったが、憔悴した男がポアロの寝室に侵入してきたことから、ポアロは世界的なギャング団”ビッグ4”と対決することになる。
背景 1926年12月3日、クリスティは有名な失踪事件を起した。その翌年、なにはともあれ本を出す必要があり、それまでに雑誌に掲載した短編をもとにでっち上げた(?)作品。精神状態もまだ不安定であったはずで、それが作品の出来にも影響している。クリスティ作品では最低レベルのものだが、ポアロが口髭を剃ったりしている。ファンには見逃せない作品である。

邦題 『消えた玩具屋』
原作者 エドマンド・クリスピン
原題 The Moving Toyshop(1946)
訳者 大久保康雄
出版社 早川書房
出版年 1956/12/31
面白度 ★★★★
主人公 オックスフォード大学教授のジャーヴァス・フェン。
事件 オックスフォードの町を深夜歩いていた詩人は、ふと小さな玩具屋の戸が開いているのに気づいた。入ってみると、驚くことに女性の死体が! だが何者かに頭部を一撃されて気絶した。ところが翌朝、意識を取り戻すと、玩具屋は消えていた。この不思議な事件には警察も相手をしてくれなかったため、詩人は友人のフェンに助けを求めたのだった。
背景 冒頭の不可能興味はさすがに面白い。この突飛な謎は一級品である。また語り口にはユーモアもあるしサスペンスも豊かで、前半は申し分のない展開である。後半は遺産相続者の中の誰が犯人か、という設定になり、解決部では無理も目につくようになる。

邦題 『クロイドン発12時30分』
原作者 F・W・クロフツ
原題 The 12:30 From Cloydon(1934)
訳者 大久保康雄
出版社 東京創元社
出版年 1956/10/26
面白度 ★★★★
主人公 チャールズ・スウィンバーン。小型電動モーターを製造している工場主。中年の独身男。謎を解くのは、ロンドン警視庁のフレンチ警部。
事件 チャールズの事業は、不景気で注文が減り、閉鎖はもはや時間の問題であった。そこでチャールズの叔父で財産家のクラウザー老人に借金を申し込んだ。たったの一千ポンドしか借りられなかったものの、クラウザーが亡くなれば遺産が入るため、毒薬の錠剤作りに手を出したのだ。
背景 フリーマンが創始した倒叙ミステリーを継承した秀作。正当な倒叙物といってよく、犯人チャールズが毒薬の錠剤を試作するところなどは、淡々と描いているものの、興味深いシーンだ。フレンチ警部の推理の切れ味はそう鋭くないものの、堅実な捜査で期待を裏切られることはない。

邦題 『夢の魔女・黒い小屋』
原作者 ウィルキー・コリンズ
原題 独自の編集
訳者 鷲巣尚・才野重雄・鈴木四郎
出版社 英宝社
出版年 1956/10/15
面白度 ★★★
主人公 "After Dark"(1856)と"The Queen of Hearts"(1859)という短編集から6本の短編を収録した日本独自の短編集。
事件 収録されている短編は「恐怖のベッド」(人殺しベッドという有名な短編)、「グレンウィズッグレンジの女」、「黒い小屋」(冒険小説風の設定で、若い女性の主人公が魅力的)、「死人の手」(未読)、「夢の魔女」(怪奇小説風の短編)、「手柄をあせって」(岩波では探偵志願」)の6本。
背景 1997年12月に岩波文庫より『夢の女・恐怖のベッド』が出たが、収録作品は「死人の手」の代わり「盗まれた手紙」と「狂気の結婚」が入っているだけで、その他は同じ。このような早い時期に出版されていたとは知らなかった。文学作品として翻訳されたようだ。

邦題 『海を渡る恋』
原作者 R・L・スティーヴンソン
原題 Catriona(1893)
訳者 中村徳三郎
出版社 河出書房
出版年 1956/
面白度 ★★
主人公 『誘拐されて』の続編なので、主人公は同じデイビッド・バルフォア。ヒロインはカトリアナ・ドゥラモンド。漱石はその女性を「日本の侍の娘のように見える」とメモしてる。
事件 親友アランの無実を知るデイビッドは、正義のために裁判に出席するものの、政治裁判のため散々な目に。その過程で知り合ったカトリアナに恋をし、二人はオランダへ行くが……。
背景 前作は少年向けの冒険小説だったが、本作は少女向けの純愛小説(前半は殺人事件の裁判を扱ったミステリ的要素もあるが)。ヴィクトリア朝末期の従順な女性ばかりでなく、主人公を翻弄する女性も登場し、風俗小説としても興味深い。なお本文は、新訳の『カトリアナ』(佐復秀樹訳、平凡社、2022/2/10)を読んでの感想である。

邦題 『魔人ドラキュラ』
原作者 ブラム・ストーカー
原題 Dracula(1897)
訳者 平井呈一
出版社 東京創元社
出版年 1956/10/10
面白度 ★★★
主人公 ドラキュラ城の城主ドラキュラ伯爵。ホラー界では有名なキャラ。顔は精悍な荒鷲のようで、異様に尖った白い犬歯を持ち、唇は毒々しいほど赤い。ドラキュラと対決する主人公がアムステルダム大学名誉教授のヴァン・ヘルシング。
事件 吸血鬼がロンドンに出没し、ゴダルミング卿の婚約者ルーシー・ウェステンラが襲われる。ヘルシングが呼ばれ、ニンニクと十字架でルーシーを守ろうとするが……。
背景 吸血鬼を扱った作品の古典。小説よりも映画の方が有名ではないか。小説は、『月長石』のように手記や日記、手紙、電報などで構成されている。古い構成で冗長部分もあるが、ドラキュラが登場するシーン(そう多くはないが)はさすがに迫力がある。

邦題 『バターシイ殺人事件』
原作者 D・L・セイヤーズ
原題 Who's Body ?(1923)
訳者 小山内徹
出版社 芸術社
出版年 1956/12/15
面白度 ★★
主人公 ピーター・ウィムジイ卿。初登場の作品。資産家の貴族。さらに趣味は書物蒐集と犯罪学、音楽、クリケットなどで、独身でもある。
事件 ある朝目覚めた若い建築家は、浴室に鼻眼鏡をかけた全裸の男の死体を見つけて驚いた。ピーター卿は、犯罪学の権威として殺人犯の捜査に乗り出すことになったのだ。
背景 目を引くのは冒頭の意外性と死体隠蔽方法。しかしそれ以外については魅力が乏しく、ミステリーとしては平凡である。ピーター卿は、女性の読者にはすんなり受け入れられそうな探偵だが、スノッブ臭が気になるところ。なおセイヤーズ生誕百周年を記念して、1993年に東京創元社より『誰の死体?』(浅羽莢子訳)が新訳として出版された。

邦題 『ブラウン神父の懐疑』(東京創元社版は『ブラウン神父の不信』)
原作者 G・K・チェスタートン
原題 The Incredulity of Father Brown(1926)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1956/9/30
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのブラウン神父。その第三短編集。第二集から15年後の出版である。
事件 8編の短編「ブラウン神父の復活」「天の矢」「犬のお告げ」(犬の不可思議な行動から事件を解決する。一種の密室物)「新月荘の奇蹟」(創元版は「ムーン・クレサントの奇跡」。これも一種の密室殺人。殺人方法はユニーク過ぎるが、ブラウン神父物であるなら許される範囲か)「金の十字架の呪い」「羽根のはえた短剣」(創元版は「翼のある剣」。プロットがちょっと面白い)「ダーナウェイ家の宿命」「ギデオン・ワイズの幽霊」が収録されている。
背景 いくつかのアンソロジーに収録されている「犬のお告げ」と「ムーン・クレサントの奇跡」は、やはり面白い。少し驚いたのは前半の短編群の舞台がアメリカであること。

邦題 『プレーグ・コートの殺人』
原作者 カーター・ディクスン
原題 The Plague Court Murders(1934)
訳者 西田政治
出版社 早川書房
出版年 1956/5/15
面白度 ★★★
主人公 ヘンリー・メリヴェール卿(通称H・M卿)。初登場である。
事件 黒死病流行の時代に建てられた奇怪な<プレーグ・コート>邸は、今では降霊術に適した幽霊屋敷として評判になっていた。そこで降霊術師が殺された。扉には閂が掛けられ、窓には鉄格子がはめられた石室の中で、しかも周囲は泥の土ばかりなのに、足跡はまったくなかった。つまり完全な密室状態での殺人で、死体のそばにはロンドン博物館から盗まれた短剣が……。
背景 翻訳は逆転しているが、本書はH・M卿の初登場作品で、『修道院殺人事件』は第2作となる。トリックの一つ(ネタバレになるので書かない)は、後年あちこちで使われているが、本書が嚆矢なのかもしれない。背景となる黒死病は、私には興味深かった。

邦題 『予言殺人事件』
原作者 カーター・ディクスン
原題 The Reader Is Warned(1939)
訳者 宇野利泰
出版社 現代文芸社
出版年 1956/12/10
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのヘンリー・メリヴェール卿。
事件 読心術者ペニイクは思念放射で殺人が出来ると豪語していたが、その予言どおりのことが起こったのだ。被害者のサムは、階段を降りかけたまま指先を痙攣させ、やがて崩折れるようにして倒れて死んだのだ。そして、さらにサムの妻も、予言通りに殺されたのであった。
背景 「読者よ欺かるるなかれ」という警告が入っている作品。そうはいっても読者は法医学書などは読んでいないのだから、アンフェア的である。ただし初期作品のように、子供じみた不可能興味を大袈裟に扱っていない点には好感をもった。小説作りが上達していることがよくわかる。なお1958年には『読者よ欺かるるなかれ』として早川書房より出版されている。

邦題 『情炎の海』
原作者 ダフネ・デュ・モーリア
原題 Frenchman's Creek(1941)
訳者 大久保康雄
出版社 東京創元社
出版年 1956/9/15
面白度 ★★★
主人公 ドーナ・セント・コラム。貴族の夫と結婚して6年。二人の子供の母で、29歳。
事件 ドーナはロンドンでの虚飾に満ちた生活に倦怠し、夫の故郷コーンウォール地方のネヴロン荘園に逃避してきた。だがこの地方は、最近フランスの海賊船に掠奪を受けていた。ある日ドーナは、家僕が深夜に不審な男と会っているのを目撃した。そして翌日、怪しい足跡を発見した。それを追っていくと、見知らぬクリークに出て、そこには海賊船らしき船が見えたのだ。
背景 傑作『レベッカ』の三冊後の作品。物語の時代ははっきりしないが、近世を舞台にした歴史冒険小説。ドーナの人物造形がユニークで、冒険心旺盛な女性に設定されている。欠点は、相手となる海賊船長が紳士すぎて魅力不足なことと、プロットが少し単純すぎることか。

邦題 『名探偵登場@』
原作者 早川書房編集部編
原題 独自の編集
訳者  
出版社 早川書房
出版年 1956/2/29
面白度 ★★★★
主人公 名探偵の登場する短編のアンソロジー。ミステリーの歴史を概観することも出来る。
事件 最初の経典外聖書を除くと、9本の短編が収録されており、そのうち6本が英国作家の作品。ドイルの「まだらの紐」(ホームズ物)、モリスンの「レントン館盗難事件」(ヒューイット物)、シールの「S・S」(ザレツキー物)、オルツイの「ダブリン事件」(隅の老人物)、バーの「遺産の隠し場」(ヴァルモン物)、フリーマンの「文字合わせ錠」(ソーンダイク博士物)。残りは「モルグ街の殺人」、「ディキンスン夫人の秘密」(カーター物)、「失くなったネックレース」(思考機械物)。
背景 全6巻のアンソロジーは、当時は欧米にも例をみなかったらしい。田中潤司氏の心意気と解説が良い。作品自体は有名なものが多く、後年他の短編集・アンソロジーで読めるが……。

邦題 『名探偵登場A』
原作者 早川書房編集部編
原題 独自の編集
訳者  
出版社 早川書房
出版年 1956/3/15
面白度 ★★★
主人公 名探偵のアンソロジー第二弾。10本収録されているが、英国作家の短編は5本。
事件 主として1910−20年代である。英国作家の作品は、チェスタトンの「見えない人」(ブラウン神父物)、ベントリイの「失踪した弁護士」(トレント物)、A・ブラマの「真夜中の悲劇」(M・カラドス物)、A・メイスンの「セミラミス・ホテル事件」(アノー物)、クロフツの「東の風」(フレンチ警部物)。米国作家の作品はリーヴの「黒手組」、ポーストの「神の所業」、バージェスの「ジョン・ハドスンの失踪」、フットナーの「ファーンハースト邸の殺人」、コーヘンの「株式委任状」の5本。
背景 英国作家の短編は有名な探偵の作品ばかりだが、米国作家の短編はアブナー伯父物の「神の所業」を除くと、無名の探偵の作品ばかりで、作品の質も劣る。

邦題 『名探偵登場B』
原作者 早川書房編集部編
原題 独自の編集
訳者  
出版社 早川書房
出版年 1956/4/15
面白度 ★★★
主人公 1920年代に登場・活躍した名探偵の短編アンソロジー。実に10作中9作が英国産。
事件 収録順に挙げると、ベイリーの「豊かな晩餐」(フォーチュン氏)、クリスティーの「総理大臣の失踪」(ポアロ)、ハンショーの「虹の真珠」(四十面相のクリーク)、セイヤーズの「二人のピーター卿」(ウィムジイ卿)、マクドナルドの「木を見て森を見ず」(ゲスリン大佐)、ウォーレスの「宝探し」(リーダー)、ウィンの「サイプラス島の蜂」(ヘイリイ博士)、バークリーの「瓶違い」(シェリンがム)、ハメットの「カウフィグナル島の掠奪」(コンチネンタル・オプ)となる。
背景 当然、歴史的意味を重視して編まれているので、一言でいえば玉石混淆。もっとも面白かった作品は、ハメットのコンチネンタル・オプ物であったのは、少し残念だが。

邦題 『幻想と怪奇@』
原作者 早川書房編集部編
原題 独自の編集
訳者  
出版社 早川書房
出版年 1956/8/15
面白度 ★★★★
主人公 正統的な怪奇短編小説を7本集めたアンソロジー。うち6本が英国作家の作品である。
事件 収録作は、レ・ファニュの「緑茶」(幽霊幻覚の話)、マリオン・クロフォードの「上段寝台」(唯一の米国作家の短編で、海坊主的な怪談)、J・D・ベレスフォードの「人間嫌い」(小品だが、アイディアが優れている)、ロバート・ヒチェンズの「魅入られたギルディア教授」(透明人間のような幽霊が出る話)、E・F・ベンソンの「アムワース夫人」(典型的な吸血鬼物)、A・ブラックウッドの「柳」(植物怪談)、M・アームストロングの「パイプをすう男」(老人の懺悔話だが、結構怖い)の7本。
背景 ホラーの入門書的なアンソロジー。いろいろなテーマを扱った、レベルの高い作品が収録されている。個人的にもっとも好きなのは「人間嫌い」で、古さをほとんど感じなかった。なお『幻想と怪奇A』には「猿の手」や「開いた窓」といった英国作家の傑作短編が収録されているが、英国作家は半分に満たないので(11人中5人)、Aは本リストには含めていない。

邦題 『闇からの声』
原作者 イーデン・フィルポッツ
原題 A Voice from the Dark(1925)
訳者 井上良夫
出版社 早川書房
出版年 1956/2/28
面白度 ★★★
主人公 退職した名探偵ジョン・リングローズ。55歳の活動的な人間。
事件 ジョンは旧荘園亭ホテルに招待された。だが夜中に、物にとりつかれたような少年の声を聞いた。魂の苦悩の重みをもったような、厳しい声であった。そして次の日、滞在しているベラーズ夫人から、恐ろしい話を聞いた。一年前に滞在していた爵位を継いだ13歳の少年が、突然恐怖に襲われて亡くなったというのだ。ジョンは、その謎を解こうとする。
背景 闇からの声の正体は他愛ないもの。犯罪心理小説といってよく、犯人はすぐ明らかになる。倒叙物としても読める。発端は魅力的であり、最後の数章もサスペンスが盛り上がるが、途中が平板。歳をとってから読めば、この程度のゆったりした文章が適しているのかもしれないが。

邦題 『医者よ自分を癒せ』
原作者 イーデン・フィルポッツ
原題 Physician Heal Thyself(1935)
訳者 宇野利泰
出版社 早川書房
出版年 1956/12/15
面白度 ★★
主人公 若い内科医ヘクター・マックオストリッチ。イギリス海峡に面した風光明媚な土地ブリッドマスに医院を開く。本編の語り手であり、後年リューマチの権威になる。
事件 開業まもないヘクターは、沼地を散歩中、殺人事件を目撃した。だが拘わりを恐れてそのまま自宅へ帰ってしまったのだ。翌朝発見された被害者は、その町の不動産業者の一人息子だった。この事件がきっかけでヘクターは被害者の妹と恋仲になり、結婚することになるが……。
背景 一種の倒叙物といってよい。殺人にいたるまでの犯罪者の心理・論理が詳しく描かれている。いかにもフィルポッツらしい作品だが、最大の欠点は、いかに筆を費やしていようと、犯罪の動機に説得力がないこと。またミステリー的な捻りが、早々に見当がついてしまうのも弱点。

邦題 『間にあった殺人』
原作者 エリザベス・フェラーズ
原題 Murder in Time(1953)
訳者 橋本福夫
出版社 早川書房
出版年 1956/12/31
面白度 ★★
主人公 特にいない。読者が信頼できる探偵役が不在なため、登場人物はすべて探偵でもあるが、容疑者でもある。終盤になって、やっとヒューズ警部が捜査を担当することになる。
事件 代議士マーク・オーティは裕福なブラジル人女性と結婚することになり、彼は、かつての知人をニースに招待することにした。招待客は男女合わせて9人。まずはマークの家に集まり、全員が飛行機でニースに向かう予定になっていたが、マークにあることが起きて……。
背景 関係者一同が集まっている状況で事件が起こるという典型的な謎解き小説的設定ながら、名探偵が不在のため、物語はサスペンス小説風に展開する。このどっちつかずが面白さを減じている。題名は含蓄がある。蛇足だが裏表紙の紹介文はオカシイし、表紙絵も内容とマッチしていない。

邦題 『怪物』
原作者 ハリングトン・ヘクスト
原題 The Monster(1925)
訳者 宇野利泰
出版社 早川書房
出版年 1956/12/15
面白度 ★★★
主人公 謎を解くのは私立探偵マーティン・フォーブスと警部のサムエル・ボウデン。
事件 リチャードとフィリスは結婚を決意したが、両親の了解を取り付けるのが大変だった。二人の父親はリチャードの父ジョージが持っている土地を巡って対立していたからである。だがジョージの叔父の仲介で、交渉が成立することになったのだ。交渉場は両家の中間にある荒廃した倉庫で、午後5時半からとなった。ところがその時、フィリスの父は射殺された。ジョージが犯人なのか?
背景 犯人探しのミステリーとしては、容疑者が少ないこともあり単純。著者は、むしろ人殺しをなんとも思わない非情な”怪物”(オペラ座の怪人のような人物ではない)を創造したかったのであろう。結果としては単なる二重人格者に過ぎず、中途半端な作品になっている。

邦題 『鑢』
原作者 フィリップ・マクドナルド
原題 The Rasp(1924)
訳者 黒沼健
出版社 早川書房
出版年 1956/4/15
面白度 ★★★
主人公 アントニー・ゲスリン大佐。戦時中は情報部で活躍。
事件 週刊誌「梟」編集長の有能な秘書が、大蔵大臣が殺害された記事をスクープした。編集長の友人であるゲスリン大佐を特派員として派遣し、彼の記事を週刊誌の呼び物にしようとした。ゲスリンは事件を調べていくうちにルーシアという夫人と知り合うが、彼女の弟が容疑者になっため、彼女のためにもこの事件を解決しようと決意するのだった。
背景 『トレント最後の事件』と同じように、探偵小説に恋愛を持ち込んだ作品。比較的物語の展開は早く会話もユーモラスなので、そこそこ読めるが、恋愛の扱い方は通俗的過ぎるようだ。なお東京創元社より同題の新訳(吉田誠一訳)が1983年に刊行されている。

邦題 『秘密諜報部員』
原作者 サマセット・モーム
原題 Ashenden(1928)
訳者 龍口直太郎
出版社 東京創元社
出版年 1956/6/25
面白度 ★★★
主人公 作家のアシェンデン。陸軍情報部R大佐からスパイになることを要請される。
事件 アシェンデンはR大佐との会見後、ジュネーヴに向って出発した。ジュネーヴではホテル住いであったが、ある仕事から帰ってみると、スイス秘密警察の人間が彼の部屋にいた。どうやら荷物を調べていたらしい。彼はさりげなく訊問されたが、静かな環境で芝居を書きたいのだと答えた。またホテルに滞在していた老嬢が死に際にアシェンデンに会いたいという事件も起きた。
背景 モームは、第一次大戦中は実際にスパイ行動に参加していたらしい。連作短編集のような構成の本書はフィクションだが、かなりの部分が事実を下敷きにして書かれている。いつものモームの小説のような艶やかさがない。実に地味である。でもこれがスパイの実像に近いのだろう。

邦題 『緑のダイヤ』
原作者 アーサ・モリスン
原題 The Green Eye of Goona(1904)
訳者 延原謙
出版社 東京創元社
出版年 1956/10/25
面白度 ★★★
主人公 冒険好きな商人ハーヴィ・クルックと国籍不明の商人フランク・ハーン。
事件 1902年、インド北部の古都デリーでは、インド皇帝の即位式が行なわれたが、その儀式中に有名なダイヤ「グーナの眼」が盗まれた。話変わって、ハーヴィはハーンからトーケー葡萄酒を預かってロンドンへ向かった。ところがその葡萄酒の瓶の一つの中に「グーナの眼」が隠されていたのだった。そのこと知らなかった二人は、売り払った葡萄酒を探し始めるが……。
背景 ホームズ物の短編にあったはず(?)のプロットを応用した作品。一気に読める。途中から殺人事件が起きるが、これは冒険小説であろう。ユーモアも含まれている。インド人が登場するのが、いかにも時代遅れという印象を与えるが、ラストの締め方は結構新鮮である。

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