邦題 『犯行以前』
原作者 フランシス・アイルズ
原題 Before the Fact(1932)
訳者 村上啓夫
出版社 早川書房
出版年 1955/4/30
面白度 ★★★
主人公 田舎にひっこみがちな女性のリナ。20代後半で、独身。ピクニックでジョニーと知り合う。
事件 ジョニーは単純だが、魅力ある男だった。周りの人もそう思っていた。リナもそのようなジョニーを愛し、結婚した。だがやがてジョニーの本性がわかってきた。根っからの嘘つきで、道徳観念は欠如していた。しかしそれ以上に、殺人者ではないかと疑いだしたのだ。
背景 A・バークリーがアイルズ名義で書いた第ニ作。ヒッチコックによって映画化されている(ジョーン・フォンテイン主演の「断崖」で、光るミルクが有名)。テレビで映画を先に見てしまったので、本の方は少し退屈だったという印象しか残っていないが、先駆的な犯罪小説として評価すべきであろう。1972年に『レディに捧げる殺人物語』(東京創元社)としても出版されている。

邦題 『三つの棺』
原作者 J・D・カー
原題 The Three Coffins(1935)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1955/2/15
面白度 ★★★★
主人公 ギデオン・フェル博士。
事件 二つの強烈な密室殺人が語られる。一つはトランシルバニア出身のグリモー教授のところに訪問者が来るが、やがて教授の部屋で銃声が聞こえ、戸をこじ開けて部屋に入ると、教授は重傷、ピストルはなし、犯人もいないという事件。もう一つは雪で覆われた小道の中央で被害者は近距離から発射されたピストルで殺されたものの、被害者以外の足跡がない、というもの。
背景 いずれも不可能犯罪の話で、それを怪奇趣味で彩っているという作品。だいぶ後になって再読したときはトリックがゴチャゴチャしていてあまり感心しなかったが、初読時のノートにはトリックについて高い評価をしている。若いときに読むべき作品か。有名な密室講義が含まれている。

邦題 『火刑法廷』
原作者 J・D・カー
原題 The Burning Court(1937)
訳者 西田政治
出版社 早川書房
出版年 1955/2/15
面白度 ★★★★★
主人公 出版者の編集部員エドワード・スティーヴンズ。32歳。妻マリーがいる。謎解きには犯罪研究家ゴーダン・クロスが活躍する。
事件 エドワードはクロスの書いた17世紀の魔女についての原稿を見て驚いた。添付されていた魔女の写真が妻にそっくりだったからだ。一方隣家、デスパート家では老人が変死し、壁をすり抜ける女性が目撃されたり、老人の死体が納骨堂から消えるという不可解な事件が続発したのだ。
背景 前半の不気味なサスペンス、中盤の不可能興味、終盤の合理的な謎の解決、そしてエピローグにおける驚くべきドンデン返し。すべてが文句なしといえる。ややもすると、ちょっと幼稚なカーの怪奇趣味は私の肌に合わないのだが、その欠点が本作にはさほど感じられなかった。

邦題 『死の時計』
原作者 J・D・カー
原題 Death-Watch(1935)
訳者 喜多孝良
出版社 早川書房
出版年 1955/4/15
面白度
主人公 お馴染みのギデオン・フェル博士。
事件 ロンドンのリンカンズ・イン街にある古いレンガ作りの家。時計師ジョハナス・カーヴァの館だが、いま屋根の上には人影が、そして天窓の下の部屋では、完全殺人の計画が同居人によって進行中であったのだ。ところがドアが開けられて、時計の針で刺された死体が転がり込んできた。
背景 カーの悪い点(と私が考える)ものばかりが出ている作品。江戸川乱歩は○を付けて、チェスタトンの影響が出ている傑作と書いているようだが、その影響は認められるものの、ファース一杯のカーの文章には、まったく乗れなかった。リズムが合わないというか、これほど読むのに苦労したミステリーは珍しい。この文章こそ、カー・マニアになれるかどうかの分かれ道?

邦題 『死人を起す』
原作者 J・D・カー
原題 To Wake the Dead(1938)
訳者 延原謙
出版社 早川書房
出版年 1955/6/30
面白度 ★★
主人公 お馴染みのギデオン・フェル博士。サブはロンドン警視庁の警視ハドリー。
事件 南アフリカの若い作家ケントは、賭けの結果、ヨハネスブルグからロンドンまで無銭旅行をすることになった。なんとかロンドンに辿り着いたものの、一文なしになっていた。そこでホテル側を騙して無銭飲食を敢行したものの、なぜか彼の泊まる部屋に女性の死体があったのだ。進退きわまったケントは、知り合いのフェル博士のもとに駆け込んで、援助を求めたのだった。
背景 導入部はうまい。そして以前にも殺人が起きていることがわかる。だが面白いのはそこまで。それからの物語展開はカーの欠点の方が目立ってしまう。意外な犯人はまあ許せても、そのためのトリックには、それはないよ!と叫びたくなってしまう。

邦題 『嘲るものの座』
原作者 J・D・カー
原題 Death Twins the Table(1942)
訳者 早川節夫
出版社 早川書房
出版年 1955/12/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのギデオン・フェル博士。
事件 アイアトン判事は冷酷に人を裁く人物として恐れられていた。ところがその判事の別荘で不思議な殺人事件が起きたのだ。被害者は判事の娘の婚約者で、現場にいたのは判事だけで、皮肉にも判事は唯一の容疑者になった。判事は身の潔白を主張するものの、状況証拠は圧倒的に不利であった。判事は本当に犯人なのか?
背景 登場人物が少なく、小品といっていいミステリー。戦争中の田舎で起きた事件のため科学的捜査などは行われない。そのような状況を逆にうまく生かして、少ない登場人物だけで複雑な謎を作り上げている。なお1981年には『猫と鼠の殺人』(東京創元社)として刊行された。

邦題 『黄金の十二』
原作者 エラリー・クイーン
原題 Golden Dazen()
訳者 黒沼健・他
出版社 早川書房
出版年 1955/
面白度 ★★★★
主人公 12人の評論家・作家などの投票で選ばれた傑作短編集。12本を収録。
事件 「オッタモール氏の手」(トーマス・バーク)、「ぬすまれた手紙」(E・A・ポー)、「赤毛組合」(コナン・ドイル)、「偶然は審く」(アンソニイ・バークレイ)、「13号独房の問題」(ジャック・フットレル)、「犬のお告げ」(G・K・チェスタートン)、「ナボテの葡萄園」(M・D・ポースト)、「ジョコンダの微笑」(オルダス・ハックスレイ)、「黄色いなめくじ」(H・C・ベイリイ)、「ほんものの陣羽織」(E・C・ベントリイ)、「疑惑」(D・L・セイヤーズ)の12編。
背景 定評作ばかりだが、12本中8本の著者が英国人なので本リストに含めた。驚いたことに、原書は出版されていない。雑誌「EQMM」に掲載された短編から日本独自で作られた短編集。

邦題 『二十一の短編』
原作者 グレアム・グリーン
原題 Twenty‐one Stories(1954)
訳者 青木雄造・瀬尾裕
出版社 早川書房
出版年 1955/
面白度 ★★★
主人公 題名どおり21本の短編を集めた短編集。
事件 ミステリーらしい作品、気に入った題名を順に挙げると、「地下室」(子供が主人公の中編に近い作品)、「双生児」(感受性の強過ぎる少年の死を扱ったもので、各務三郎氏絶賛の短編)、「見つけたぞ」、「無邪気」(子供時代の他愛ない恋愛を思い出す話だが、上手い)、「確証」(ホラー・ショート・ショート。面白い)、「被告側証人」(双子を利用)、「竜虎相い摶つ」(コンゲームのような話で、ユーモラス)、「ブルー・フィルム」(ミステリーではないが……)、「特別任務」など。
背景 ユーモアものや高尚な(?)もの、スリラーなど、色々な作風の作品を集めていることと不要な言葉を徹底的に排した文章には感心。ミステリー風の作品が予想外に少なかったのが残念。

邦題 『エッジウェア卿の死』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Lord Edgware Dies(1933)
訳者 福島正実
出版社 早川書房
出版年 1955/4/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。
事件 ポアロとヘイスティングズは、当時評判の劇を観た帰り、居合わせたエッジウェア卿夫人に招待され、彼女から離婚の交渉を頼まれた。彼らは卿に会い、離婚を承諾したといわれたが、その夜、卿は殺された。そして夫人らしき女性が屋敷を訪ねるのが目撃されたものの、夫人は別のパーティーに夜会服を着て出席し、多くの人によってアリバイが証明されていたのだ。
背景 クリスティの作品では可もなし不可もなしといった水準作。この作品のポアロは少しオッチョコチョイである。ジャップ警部が意外と活躍する。アリバイ・トリックはなるほどよく考えられているものの、その他のトリックは思い付き程度のもの。東京創元社版は『晩餐会の13人』。

邦題 『チムニーズ館の秘密』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Secret of Chimneys(1925)
訳者 赤嶺弥生
出版社 早川書房
出版年 1955/4/30
面白度 ★★
主人公 物語で活躍するのはアンソニー・ケイド。旅行会社の地方駐在員。事件を解決するのはロンドン警視庁のバトル警視。
事件 バークシャーにあるイギリス屈指の豪邸チムニーズ館がメイン舞台となる。そこには某国と英国の政財界人の要人が集っていた。そこで殺人事件が発生する。一方ひょんなことからアフリカからイギリスへ帰って来たケイドもチムニーズ館に向かうことになるのだった。
背景 このポケミスは古本屋でもなかなか見つからず、クリスティの代表的作品を読み終わってから、やっと入手できたもの。期待が大き過ぎたことの反動か、登場人物が多くて読むのにかなり苦労した記憶がある。まあ、”外套と短剣”時代の冒険スリラーで、最後の意外性が救いか。

邦題 『そして誰もいなくなった』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Ten Little Niggers(1939)
訳者 清水俊二
出版社 早川書房
出版年 1955/6/15
面白度 ★★★★★
主人公 インディアン島に集った10人。
事件 マザー・グースの歌詞通りに、一人づつ殺されて、最後は文字通り”そして誰もいなくなった”という、あまりにも有名な作品。
背景 本書も初読は帰省中の列車の中であったが、あまりに熱中したため、降りる駅を間違えそうになった。クリスティの最高傑作。本人も満足のいく出来映えと自信をもっているようだ。クリスティ・ファンクラブ員のベストテン結果でも、ニ位の『アクロイド殺し』を離してのダントツの1位。私のミステリー・ベストワンでもある。ポアロもミス・マープルも登場しないが、童謡殺人を用いるというクリスティの特徴はよく出ている。劇や映画の結末は本とは異なっているが、本の方がいい。

邦題 『愛国殺人』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 One Two Buckle My Shoe(1940)
訳者 加島祥造
出版社 早川書房
出版年 1955/7/31
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。
事件 ポアロにも怖いものがある。年2回歯医者にいって歯の治療をしなければならないこと。だがポアロが治療した後で、歯医者がピストル自殺をしていた。しかもその日の待合室には、銀行頭取を始め、ギリシャの富豪、正体不明のアメリカ人など、不思議な人物が揃っていたのだ。
背景 これも童謡殺人の一種といってよい。この時期には傑作が目白押しなのであまり目立たないが、本作も意外性十分な犯人、矛盾のない解決など、レベルの高い作品。初読時は、このトリックには完全に騙された。ただステレオタイプな登場人物が少し多いような気がする。ポアロ以外には魅力的な人物がいないのも、地味な印象を与えるようだ。

邦題 『死への旅』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Destination Unknown(1954)
訳者 妹尾韶夫
出版社 早川書房
出版年 1955/11/30
面白度 ★★★
主人公 ヒラリー・クレイヴェン。自殺を望んでいたが……。
事件 西側諸国から著名な科学者や医師などが次々と失踪した。ZE核分裂の研究をしていた原子科学者ベタトンもそんな一人だった。彼の捜索に妻が立ち上がるものの、飛行機事故で亡くなった。しかしたまたま同じ病院にいたヒラリーは、彼の妻に瓜二つであったことから、英国情報部のたっての依頼で身代りとなり、敵地にスパイとして潜入することになったのだ。
背景 クリスティには比較的珍しいスパイ冒険小説。本書の魅力の一つは、ヒロインであるヒラリーの言動にあろう。そしてもう一つの魅力は、冒険小説的スタイルをとっているものの、謎や結末の意外性をきちんと用意していることだ。ミステリー本来の面白さを忘れてはいない。

邦題 『スタイルズ荘の怪事件』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Mysterious Affair at Styles(1920)
訳者 松本恵子
出版社 講談社
出版年 1955/12/15
面白度 ★★★★
主人公 初登場となるエルキュール・ポアロ。ベルギーからの避難民としてイングルソープ夫人に助けられる。卵型の頭と偉大な口髭の持ち主。語り手はヘイスティングズ大尉。
事件 エセックス州のスタイルズ荘に住むイングルソープ夫人が深夜急死した。たまたまそこで休暇を過していたヘイスティングズが、村の郵便局でポアロに再会し、事件の捜査を依頼する。
背景 記念すべきクリスティの第一作であるとともに、ポアロ初登場の作品である。厳密にいえば英国では1920年には雑誌に掲載されただけで、単行本は翌年に出たようだ(アメリカでは20年に刊行されている)。新人の作品なので2000部程度しか売れなかったが、当時の読者は、この近代的なミステリーの良さを十分に理解できなかったこともあろう。フェアープレイに徹している。

邦題 『ヘラクレスの冒険』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Labours of Hercules(1947)
訳者 妹尾韶夫
出版社 早川書房
出版年 1955/12/31
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。エルキュールとはギリシャ神話のヘラクレスから名付けられたこともあり、ヘラクレスの難業にちなんで、隠退前に12の難事件を解決する。
事件 12本の短編からなる連作短編集。傑出した短編もないかわり駄作もないという、クリスティの安定振りがよくわかる作品。なかでは冒頭の「ネメアの獅子」は粋なトリックで感心した。「アルカディアの鹿」はクリスティ得意の一人二役のトリックが生きている。「オージャス王の牛小屋」は異色作といってよいだろう。ラストの「地獄の番犬」にはポアロのあの女(ひと)というべきヴェラ・ロサコフ公爵夫人が登場する。その他「九頭の蛇」、「エリマンシアの猪」など。
背景 こちらがギリシャ神話に慣れ親しんでいれば、もっと面白く感じるはずだが……。

邦題 『二月三十一日』
原作者 ジュリアン・シモンズ
原題 The Thirty-First of February(1950)
訳者 桑原千恵子
出版社 早川書房
出版年 1955/4/15
面白度 ★★★
主人公 広告会社企画部長のアンダソン。
事件 第二次大戦が終ったある年の2月4日、アンダソンの妻が亡くなった。お酒をとりに地下室に入ったとき、誤って階段から落ちて首の骨を折ったのだ。事故死ということで一件落着したが、それから3週間後、アンダソンの身辺に不思議なことが起こり始めた。彼の卓上カレンダーは2月4日になっていたり、妻の筆跡の手紙が届いたりした。しだいに彼の精神は侵されていった……。
背景 シモンズの怪作(?)といわれる作品。訳があまり良くなさそうで、中盤のサスペンスが盛り上がらない。出世の階段を徐々に登っていく男の悲哀によって、もう少しサスペンスが高まった気もするが、サラリーマン・ミステリー(?)のはしりのような作品。題の意味はよくわからないが。

邦題 『毒』
原作者 ドロシイ・セイヤーズ
原題 Strong Poison(1930)
訳者 井上一夫
出版社 早川書房
出版年 1955/6/30
面白度 ★★★★
主人公 ピーター・ウィムジイ卿。シリーズ5作目。作家のハリエット・ヴェインに一目惚れする。
事件 物語は、緊迫した裁判場面で幕が開く。そこでは探偵作家ハリエットが、かつて同棲していた小説家を毒殺したとされる事件の裁判が進行していた。傍聴に出向いたピーターは、こともあろうにハリエットに一目惚れしてしまったのだ。何がなんでも無罪を勝ち取らなければならない!
背景 ハリエットは著者自身の分身といわれるが、当時の女性としては先進的な考えをもち、ピーター卿が惚れるのも肯ける。毒殺トリックは、当時はともかく現在の読者はそう驚かないと思うが、ユーモアをまぜながらも一定の緊張感をもって物語を展開させるうまさは“元女王”の名にふさわしい。なお1995年東京創元社から『毒を食らわば』(浅羽莢子訳)という題名で新訳が出ている。

邦題 『ブラウン神父の無知』
原作者 G・K・チェスタートン
原題 The Innocence of Father Brown(1911)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1955/7/15
面白度 ★★★★
主人公 J・ブラウン神父。背の低いローマ・カトリックの神父。帽子と蝙蝠傘がトレード・マーク。ワトスン役は元盗賊のフランボウ。
事件 名高いブラウン神父物の第一短編集。正統的な謎解き小説とはいいがたいが、チェスタトン一流の逆説や独特の雰囲気のある語り口で、突拍子もないトリック、プロットを納得させられてしまう。しかしピントが外れていると感じてしまう短編もある。最高傑作といえる短編は「折れた剣」。「樹の葉はどこに隠すかな」−>「森のなかですよ」。その他「奇妙な足音」や「見えない男」、「神の鉄槌」、「三つの兇器」などの有名な作品が収録されている。
背景 東京創元社版は福田恒存・中村保男訳『ブラウン神父の童心』(1959)。

邦題 『ブラウン神父の知恵』
原作者 G・K・チェスタートン
原題 The Wisdom of Father Brown(1914)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1955/10/31
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのブラウン神父。第二短編集で12本の短編が収録されている。
事件 短編は以下のとおり。「グラス氏の消失」(密室内の男の茶番劇?)、「盗賊の楽園」(イタリアが舞台)、「ヒルシュ博士の決闘」(非対称とは?)、「通路の男」(有名な鏡のトリック)、「機械のまちがい」(嘘発見器の間違い)、「シーザーの頭」(ローマ貨幣)、「紫の鬘」(色の不自然さ)、「ペンドラゴン一族の滅亡」、「ドラの神」(殺人に適している所とは?)、「クレイ大佐のサラダ」(猿神の呪い?)、「ジョン・ブールノアのふしぎな犯罪」(証拠でないことが決め手?)、「ブラウン神父のお伽話」。
背景 相変わらず逆説の面白さは感じるが、個人的にはそれほど好みではない。宗教者は肌に合わないから? 東京創元社版(福田恒存・中村保男訳)は同題で、1960/4/15の出版。

邦題 『墓場貸します』
原作者 カーター・ディクスン
原題 A Graveyard to Let(1949)
訳者 西田政治
出版社 早川書房
出版年 1955/7/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのヘンリー・メリヴェール(H・M卿)。客船モーリタニア号でアメリカに到着。珍しいのは元プロ野球選手を相手に野球をすることか。
事件 ヘンリーは、ニューヨーク有数の資産家マニングに招かれて彼の屋敷に滞在していた。だがマニングは自身の財団の金を使い込み、情婦とともに逃げ出そうと計画していたのだ。そして警察車のサイレンを聞きつけると、衆人環視のプールに飛び込み、そのまま消えてしまったのである!
背景 献辞が「クレイトン・ロースンに捧ぐ」となっているからもわかるように、奇術的なトリックを用いた謎解き小説。プールに飛び込んだまま消えてしまうという謎とその解明はまあまあだが、何故マニングがそうしたのかという動機には説得性があまりない。カーの典型的なB級作品か。

邦題 『レベッカ』
原作者 ダフネ・デュ・モーリア
原題 Rebecca(1938)
訳者 大久保康雄
出版社 ダヴィッド社
出版年 1955/
面白度 ★★★★★
主人公 語り手は<わたし>カロラインだが、物語の主役は、カロラインが結婚したマキシムの前夫人レベッカというべきであろう。レベッカに使えた家政婦デンヴァース夫人もユニーク。
事件 <わたし>はモンテ・カルロで上流階級の中年男マキシムと知り合って結婚し、大邸宅のマンダレーにきた。そこでデンヴァース夫人によって、海の見えない東側の部屋だけを与えられた。やがて死んだはずのレベッカがまだ屋敷を支配していることに気づき、<わたし>は悩む。
背景 現代的なゴシック・ロマンスの傑作。文字通り一気に読まずにはいられない作品。レベッカを謎の女性とし、デンヴァース夫人に不気味さを与えて、物語は最初から緊張感に満ちている。当時の心理小説の手法を巧みに取り入れているそうだが、伏線などもきちんと張られている。

邦題 『シャーロック・ホームズの叡智』
原作者 コナン・ドイル
原題 独自の編集
訳者 延原謙
出版社 新潮社
出版年 1955/9/20
面白度 ★★
主人公 シャーロック・ホームズ。
事件 訳者の独自の編集による短編集。原書にはない訳本。つまりこれまでの5冊の短編集に収録できなかった8本を収録している。順に書くと、「技師の拇指」、「緑玉の宝冠」、「ライゲートの大地主」、「ノーウッドの建築師」、「三人の学生」、「スリー・コータの失踪」、「ショスコム荘」、「隠居絵具師」となる。延原訳で読んだ記憶は確かにあるが、内容については、例によってほとんど覚えていない。情けない。
背景 訳者は「割愛されたのは他の作品と比べて決して劣っている訳ではない」と述べているらしいが、少なくとも他の短編より突出した出来の作品ではないということは確か?

邦題 『洞窟の女王』
原作者 H・R・ハガード
原題 She(1886)
訳者 大木淳夫
出版社 生活百科刊行会
出版年 1955/
面白度 ★★★
主人公 三人。まずは中央アフリカの奥地に住んでいる女王アッシャ。背の高い美女で、たぐいまれな美しさを備えている。残り二人は、女王の二千年来の恋人の再生と思われるレオ・ヴィンシイと、そのレオの後見人で本編の語り手ルードウィヒ・ホーレス・ホリー。
事件 ホリーは、友人より二十年後に開封せよと指定された鉄の箱を開けた。中にはギリシャ文字で書かれた古文書があり、その文書に誘われてレオとホリーはアフリカ探険に向かったのだ。
背景 『ソロモン王の洞窟』と双璧をなすハガードの代表作。『ソロモン王の洞窟』のような冒険活劇もあるが、今でいうダーク・ファンタジー的な色彩も強い。この種の古典で、ミイラを松明にする無気味な描写などは出色だが、妖しさは少し不足気味。19世紀の文学だから無理もないが。

邦題 『鎧なき騎士』
原作者 ジェイムズ・ヒルトン
原題 Knight Without Armour(1933)
訳者 龍口直太郎
出版社 生活百科刊行会
出版年 1955/
面白度 ★★★★
主人公 エインズリー・ジャーグウィン・フォザギル。ケンブリッジ大卒で、特派員としてロシアに赴くも、偶然からロシア革命に巻き込まれて、数奇な運命に出会う。
事件 20世紀初頭、エインズリーは記者を諦めてイギリスのスパイになったが、捕まって流刑生活を送ることになった。そして革命の成功によって釈放されたものの、心ならずも殺人を犯し、そのため人民委員に就いてしまい、結局女囚アドラクシン伯爵と知り合い、一大逃避行へ――。
背景 ロマン一杯の冒険小説。面白い。冒険小説というとチャールトン・ヘストンのような強い男をイメージしがちだが、本作の主人公は、まあ優れているとはいえ、それほどではない。それが運命に弄ばされながらも懸命に生きていく。現在の騎士道物語でもあり、イギリス人ならではの作品。

邦題 『魔法医師ニコラ』
原作者 ガイ・ブースビー
原題 Doctor Nikora(1896)
訳者 西条八十
出版社 小山書店
出版年 1955/
面白度 ★★★
主人公 ヒキガエルのような顔のニコラ博士。語り手は、上海にいたウィルフレッド・ブルース。
事件 19世紀後半の上海で、ブルースは「報酬一万ポンドでチベットへ行こう」とニコラ博士から誘われた。二人は艱難辛苦の旅を続けて、チベット奥地の秘密結社の総本山に辿り付く。そして二人が目にしたものは、全身麻痺者を健常者にする超自然な驚くべき技術であった。
背景 19世紀の作品にしては面白い。特にニコラ博士の不思議な人間味と冒険小説としての筋立ては結構なもの。結社の秘密に関しては古臭さを感じる。小学館から出ている地球人ライブラリーの一冊『魔法医師ニコラ』(菊池秀行訳、1996年)を読んでの感想である。欧米人にとっては中国、チベットが神秘的で魅力のある土地と思っていたのが実感できる。本書ではA・ブラックウッドの短編を併録している。

邦題 『私が見たと蝿は言う』
原作者 エリザベス・フェラーズ
原題 I Said the Fly(1945)
訳者 橋本福夫
出版社 早川書房
出版年 1955/9/30
面白度 ★★★
主人公 謎を解くのはコリイ警部だが、物語の主人公はリツル・カーベリイ街の下宿屋「十号館」の住人。強いて一人を挙げると、画家のケイ・ブライアント。詩人の夫とは別居している。
事件 事件の舞台は第二次大戦少し前のロンドンの下宿屋。そこに住んでいた作家志望の女性ナオミが去った後の部屋で、ピストルが見つかった。そしてナオミも郊外で射殺されていたのが発見されたのだ。状況から犯人は下宿屋の住人や管理者の中にいると考えられた。
背景 本邦初紹介女性作家の一冊。題名からサスペンス小説を予想していたが、一応謎解き小説になっている。ただ謎解きの面白さより、下宿屋に生活する芸術家タイプの人間模様の描写に興味が向いてしまう。プロットには多少無理があり、風俗ミステリーとして読んだ方が楽しめる。

邦題 『呪われた穴』
原作者 ニコラス・ブレイク
原題 The Dreadful Hollow(1953)
訳者 早川節夫
出版社 早川書房
出版年 1955/4/30
面白度 ★★★
主人公 私立探偵ナイジェル・ストレンジウェイス(本作の表記はナイゲル・ストレンジウェイズ)。警察の担当者はロンドン警視庁のブラント警視。
事件 ナイゲルは大資本家ブリック卿より、ライヤーズ・アイボーン村で起きている匿名の脅迫状の調査を依頼された。その村には卿の長男が住み、次男が支配人として勤める工場がある。そこに脅迫状による自殺者が出たというわけである。調査をすると犯人は簡単にわかったが……。
背景 前半は匿名の手紙を書いた犯人探し、後半はブリック卿を殺した犯人探しとなる。後半は典型的なフーダニットで、それなりに読ませるが、設定の一つに納得できないものがある。前半と後半の物語の繋がり方もそれほど巧妙ではないが、適確な人物描写などはさすがに読ませる。

邦題 『風が吹く時』
原作者 シリル・ヘアー
原題 When the Wind Blows(1949)
訳者 宇野利泰
出版社 早川書房
出版年 1955/6/30
面白度 ★★★★
主人公 弁護士のフランシス・ペティグルー。
事件 ペティグルーは、素人音楽家たちの集りであるマークシェア管弦楽団の名誉監事を無理やり任せられてしまった。下手糞なコンサートでは退屈以外の何物でもないが、コンサートの夕べに招いたヴァイオリニストが絞殺される事件が起きたのだ。容疑者は関係者の中にいる!
背景 著者が自分のペースを守り軽々と書いた作品のように感じてしまうが、イギリス・ミステリーの楽しさを満喫できる。謎は結構複雑なものだが、破綻なくまとめている。動機はヘアー得意の法律絡みで、これをペティグルーに解決させているので、ラストは鮮やかに決まっている。小品で地味な作品で、いわばクリーン・ヒットのような出来である。

邦題 『女ごころ』
原作者 サマセット・モーム
原題 Up at the Villa(1941)
訳者 龍口直太郎
出版社 新潮社
出版年 1955/
面白度 ★★★★
主人公 フローレンスの眺めが素晴らしい山荘に住むメアリイ。離婚している。
事件 メアリイは、父親のような紳士から求婚された。離婚した後なので、決心がつかなかった。一方、その日パーティで遊び人風の男と知り合い、男から誘われたりした。そしてパーティの帰り、オーストリアからの亡命者リヒターを助けたが、彼は彼女の家でピストル自殺してしまったのだ!
背景 モームは劇作家でもあるだけに小道具の扱いがうまい。特に本作ではピストルを巧みに使っている。女性心理の描き方も、鮮やかという一言に尽きる。死体を出してサスペンスを高めるテクニックも円熟している。もちろんミステリーそのものを書こうとしいるわけではないので、結末の意外性はそれほどではないが、人間観察の達人の筆になるだけに、一気に読める。

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