邦題 『細い線』
原作者 エドワード・アタイア
原題 The Thin Line(1951)
訳者 文村潤
出版社 早川書房
出版年 1954/12/31
面白度 ★★★★
主人公 著名なジャーナリストのピーター・メイスン。
事件 メイスンは親友の妻を殺した。しかし死体が発見されても、彼には容疑がかからなかった。動機のない殺人であり、結果として完全犯罪となった。しかしこの現実が彼を圧倒し出した。妻を始め、誰かに罪を告白したくなったのだ。
背景 一風変わったサスペンス小説。冒頭に殺人らしきものが描かれるが、これは主人公の告白だけで、物的証拠はまったくない。最初のうちはこの完全犯罪がいかに崩壊するのかというサスペンスで物語がもっている。欲をいえばもう少し論理的な面の面白さがほしいが、この結末を含めて、これはこれで確かに一つの世界を形成している。

邦題 『幽霊の死』
原作者 マージェリー・アリンガム
原題 Death of a Ghost(1934)
訳者 服部達
出版社 早川書房
出版年 1954/2/25
面白度 ★★★
主人公 名探偵のアルバート・キャンピオン。
事件 有名な画家ラフカディオは奇妙な遺書を残して死んでいった。それは、自分の死後11年から、それまで封印していた絵12枚を毎年一点公表すべしというもの。そして8回目の発表式の日に、関係者が集った画廊の中で殺人事件が発生したのだ。殺されたのはラフカディオの孫娘で、突然停電となり、再び明るくなる前に鋏で刺殺されていた。この事件は迷宮入りしたが……。
背景 初めて読むアリンガム作品。日本ではあまり高い評価を受けていないようだが、それほど嫌いではない。文章はゆったりして落ち着いているからか、ジワジワとサスペンスが高まってくる書き方になっている。美術界の内幕の描写も読ませる。ただし読むのはやはり疲れる。

邦題 『恐怖への旅』
原作者 エリック・アンブラー
原題 Journey into Fear(1940)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1954/5/10
面白度 ★★★
主人公 英国兵器会社の主任技師グレアム。仕事でトルコからの帰途に事件に巻き込まれる。
事件 グレアムはイスタンブールでホテルに戻った直後、何者かに銃撃された。どうやらドイツのスパイに狙われたらしい。そこで海路でジェノアに行くように変更した。イタリアの貨物船には、美貌のダンサー、トルコ人の煙草商、ドイツ人の考古学学者、帰途のフランス人夫妻、イタリア人母子などが乗っていたが、やはり中にスパイがいたのだった。
背景 巻き込まれ型スパイ小説。現代から見ればノンビリしていた時代のスパイが登場するものの、サスペンスはかなりある。登場人物が演説口調で話すのが、いかにもアンブラーらしい。スパイはそれほど意外な人物ではないので、驚きは少ない。アンブラーの他の作品より少しおちるか。

邦題 『シルマー家の遺産』
原作者 エリック・アンブラー
原題 The Schirmer Inheritance(1953)
訳者 関口功
出版社 早川書房
出版年 1954/10/15
面白度 ★★★
主人公 アメリカ人の青年弁護士ジョージ・ケアリ。
事件 ケアリは、これまで多くの弁護士が手掛けたものの解決されなかった、遺産相続事件を担当することになった。詳しく調べると、ナポレオン戦争時代の記録から意外な収穫があったのだ。フランツ・シルマーという独軍の軍曹が後継者らしいことがわかった。ケアリはギリシャに向かった。
背景 『デミトリオスの棺』と同じように、過去の資料から謎を追及していく小説。第二次大戦後のアンブラーの作品は地味な展開が多いが、本書もかなり地味。後半ピストルは一回しか出てこない。一種のナチ物といってもいいだろう。ケルンがカローンとなっているなど誤訳が目につく。私が言うのだからあまりあてにはならないが、さほど読みやすい翻訳ではないようだ。

邦題 『蝋人形館の殺人』
原作者 ジョン・ディクスン・カー
原題 The Corpse in the Waxworks(1932)
訳者 妹尾韶夫
出版社 早川書房
出版年 1954/11/30
面白度
主人公 セーヌ地区の予審判事アンリ・バンコラン。シリーズ第4作。
事件 オーギュスト陳列館には数々の蝋人形が展示されていた。なかでも”人殺しのルシャール夫人”の人形は傑作の誉れが高かった。ところが、その人形が殺人を犯したと思える事件がおき、被害者は刺殺死体となってセーヌ河で発見されたのだ。バンコランは陳列館を調べるが、やがて陳列館の隣りにある秘密クラブに注目するのだった。
背景 蝋人形館に実際の死体があるという設定は、当時のミステリーとしては衝撃が大きかったのかもしれないが、乱歩や正史がかなり真似しているので(本作は再版で読んだので)、さほど驚かなかった。時間によって色褪せてしまったか。カーも本作でバンコランを一端諦めたようだ。

邦題 『夜歩く』
原作者 J・D・カー
原題 It Walks by Night(1930)
訳者 西田政治
出版社 早川書房
出版年 1954/12/31
面白度 ★★
主人公 予審判事のアンリ・バンコラン。シリーズ第1作。
事件 サリニー公爵が結婚することになった。お相手はルイーズ。この噂を聞いたローランは彼女を死ぬほど愛していたので、収容されていた精神病院を脱出。整形手術で顔を変え、公爵の命を狙い出した。そして結婚式後のパーティー中に、バンコランらが環視していた密室でサリニーは首なし死体で見つかった。犯人は本当にローランなのか? そしてその方法は?
背景 カーの第1作。密室殺人が起こるまでの50頁ほどと謎解きとなるラスト50頁は面白かったが、それを繋ぐ部分はサスペンスが希薄でマイッタ。狼人間といった怪奇趣味は私の肌にあわない。トリックも、鮮やかさよりは不自然さの方が気になってしまう。体質的に私には不向きな作品。

邦題 『皇帝の嗅煙草入』
原作者 J・D・カー
原題 The Emperor's Snuffbox(1942)
訳者 西田政治
出版社 早川書房
出版年 1954/12/31
面白度 ★★★★★
主人公 探偵役は精神病医のダーモット・キンロス博士。物語の主役はイヴ・ニール。
事件 イヴは父から遺産を相続し、25歳で美男のネッド・アトウッドと結婚した。しかし3年後には離婚し、やがて近くに住むトビイ・ロウズと婚約した。ところがトビイの父親が火掻き棒で殴殺されてしまったのだ。しかもイヴとネッドが言い争いながら窓からその行為を目撃したというのだ。
背景 カーの最高傑作と信じている作品。クリスティも、この作品には完全に兜を脱いだと絶賛している。不可能犯罪の極地というようなトリック小説である。犯人もトリックも、驚きの一言であった。カー作品の特徴である(だが私の嫌いな)オドロオドロしさも、バカバカしいファースがないのもいい。代わってサスペンスが横溢しているのも素晴らしい。初読は東京創元社版(井上一夫訳)。

邦題 『カックー線事件』
原作者 アンドリュウ・ガーヴ
原題 The Cuckoo Line Affair(1953)
訳者 高橋豊
出版社 早川書房
出版年 1954/12/31
面白度 ★★★
主人公 元下院議員ラチマーの二人の息子と次男ハッフの婚約者シンシア。
事件 ラチマーはロンドンからの帰りにカックー線の列車に乗っていたとき、彼の目の前に座っていた美しい女性が突然抱きついてきて悲鳴を上げ、ラチマーは痴漢にされてしまった。その上数日後、その女性がラチマー家の近くで殺されていた。ラチマーは逮捕されたが、彼の息子らは協力して、父親の無実を証明しようとするのだった。
背景 物語の設定が良い。基本的には巻き込まれ型のサスペンス小説だが、後半は謎解き小説的な展開となる。船の航跡や満潮かどうかという点から、船を割り出すなどの推理は面白い。ただし目撃者の扱いなどは不満。ガーヴの特徴はよく出ている。水準作。

邦題 『黒い死』
原作者 アントニー・ギルバート
原題 Footsteps Behind Me(1953)
訳者 平井イサク
出版社 早川書房
出版年 1954/7/31
面白度 ★★★★
主人公 探偵役はクルック弁護士。
事件 レインは脅迫状を4人の男女に送った。しかし送られた4人は協力してレインの口を塞ごうとした。そしてなんと一週間後に、レインは殺されてしまったのだ。部屋に残っていた手紙から、4人の中の一人が容疑者となったが、クルックが真犯人を探し出すことになる。
背景 プロットが面白い。脅迫者が脅迫され、殺されてしまう。そして犯人は誰だ、という謎が提示される。つまり前半はスリラーで、後半はフーダニットの本格物になる。このプロットが新鮮である。前半はスリラーだが、伏線は結構張られている。犯人は終盤になると見当がついてしまうのが残念なところだが、それでも最後には楽しいオチをつけている。

邦題 『恐怖省』
原作者 グレアム・グリーン
原題 The Ministry of Fear(1943)
訳者 小津次郎・野崎孝
出版社 早川書房
出版年 1954/
面白度 ★★★
主人公 アーサー・ロウ。過去に病弱な愛妻を毒殺したとして、精神病院に入れられた。その後釈放されるものの、社会の局外者として孤独な生活をしている中年男。
事件 舞台は第二次世界大戦中のロンドン。ロウは子供時代の童心の世界に惹かれたこともあり、ある慈善市に足を踏み入れた。そして運勢判断をしてもらうと賞品あてのヒントを教えられ、賞品のケーキを手に入れてしまった。ところがそのケーキには写真フィルムが隠されていた!
背景 グリーンは自書を本格小説と娯楽小説に分類しているが、本書は後者に属する作品。第一部はスパイ小説風の展開で、確かに読みやすい。ロウというユニークな人物の造形は成功しているし、戦時中の生活も興味深く描かれている。第ニ部以降の展開には不満があるが……。

邦題 『オリエント急行の殺人』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Murder on the Orient Express(1934)
訳者 延原謙
出版社 早川書房
出版年 1954/3/25
面白度 ★★★★★
主人公 エルキュール・ポアロ。卵型の頭と偉大な口髭が特徴。
事件 冬の季節にも係わらず、オリエント急行は満員であった。ポアロはかろうじて寝台を確保できたものの、列車は雪のため途中で立ち往生した。そして翌朝、一人のアメリカ人が12ヶ所の刺し傷を受けて死んでいるのが発見された。外は大雪で、外部からの侵入は不可能である。犯人は寝台列車の乗客の中にいなければならない。だが全員にアリバイがあったのだ。
背景 本書出版の2年前にアメリカで起きたリンドバーグ事件(息子誘拐事件)に触発されて書かれている。そして、これまで例のなかった大胆なトリックが使われ、意外な結末を用意している。またさり気ない伏線も数多く張られていて、最後を読むと、完全にマイッタ! となる作品。

邦題 『青列車殺人事件』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Mystery of the Blue Train(1928)
訳者 松本恵子
出版社 日本出版協同
出版年 1954/4/5
面白度 ★★★
主人公 お馴染みの有名な私立探偵エルキュール・ポアロ。
事件 ロンドンからリヴィエラに向かう特急列車ブルー・トレインの中で、富豪の娘が殺された。そして前日まであった宝石箱が無くなっていた。偶然乗り合せていたポアロが謎を解く。
背景 初読は東京創元社の『青列車の謎』(長沼弘毅訳)と思うが、トリック、犯人などは記憶に残っていない。クリスティ自身は、この作品を嫌っていた。その理由は、あの失踪事件後のゴタゴタの最中に(ゴタゴタの中には夫との離婚問題も含まれている)、なにはともあれ経済的理由で作品を完成させなければならなかったからだ。だが本人が最低な作品と思っているほどには悪いミステリーではない。舞台が良い。「人生は汽車のようなものです」というポアロの台詞も味がある。

邦題 『ホロー館の殺人』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Hollow(1946)
訳者 妹尾韶夫
出版社 早川書房
出版年 1954/10/15
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みの有名な私立探偵エルキュール・ポアロ。
事件 アンカテル卿の午餐会に招かれてポアロはホロー荘にやってきた。ところが驚いたことに、プールの端で男が血を流して死んでおり、ピストルを持った女が空ろな表情で立っていたのだ。
背景 この本は古本屋でもなかなか見つからず、初読は忙しい社会人になってからと思われる(読書ノートには記載なし)。意外な犯人に驚いた。この作品は、その後劇化されているが、日本でも上演されており、久野綾希子や中原ひとみ、野口五郎は記憶に残っている。しかし一番忘れ難いのは、「危険な女たち」という題で日本で映画化されたことだろう。監督は野村芳太郎、主演は大竹しのぶや池上季実子、石坂浩二らであった。出来は普通であったが……。

邦題 『牧師館の殺人』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Murder at the Vicarage(1930)
訳者 山下暁三郎
出版社 早川書房
出版年 1954/11/15
面白度 ★★★
主人公 ミス・ジェーン・マープル。長編初登場。語り手は牧師レナード・クレメント。
事件 セント・メアリ・ミード村に住むクレメントは、旧弊で意地の悪い退役大佐プロズロウが嫌いだった。今日も画家レディングが娘の水着姿を描いていたというので追い出したらしい。ところがクレメントは、偶然レディングと大佐の妻が抱擁しているのを目撃してしまったのだ。そしてその晩、大佐は殺された。牧師館の隣りに住んでいる典型的な老嬢のミス・マープルが乗り出した。
背景 特に派手なトリックが使われているわけではないが、上手く騙されてしまった。あまりに怪しい人物を登場させるなど、ミス・ディレクションの腕はそれほどではない。セント・メアリ・ミード村が地図付きで紹介されているのが貴重。本作のマープルにはあまり魅力を感じなかった。

邦題 『ポケットにライ麦を』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 A Pocket Full of Rye(1953)
訳者 宇野利泰
出版社 早川書房
出版年 1954/12/31
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのミス・ジェーン・マープル。
事件 投資信託会社社長のフォテスキュウが毒殺された。家族構成は二度目の妻とニ男一女であったが、捜査を担当したニイル警部は、遺産を継ぐと思われる妻が男友達と遊んでいたため、彼女を第一の容疑者と考えていた。だが、マザー・グース「ポケットにライ麦を」の歌のように、その妻や屋敷の小間使いが次々と殺されたのだ。マープルは、その小間使いを以前自宅で面倒を見ていたこともあり、犯人に復讐するために、ニイル警部を援助することにした。
背景 クリスティ得意の毒殺や童謡殺人を取り入れた本格ミステリー。型にはまった水準作で安心して読める。冷静なマープルが思わず涙ぐむシーンがあるのが珍しい。

邦題 『地の果てまで』
原作者 A・J・クローニン
原題 Beyond This Place(1953)
訳者 竹内道之助
出版社 三笠書房
出版年 1954/
面白度 ★★★★
主人公 大学生のポール。
事件 ポールは、死んだと思い込んでいた父が実は刑務所で終身刑に服しているのを知った。その事実に驚いたが、殺人罪という罪名に疑問をもって、15年前の事件現場に向かった。そしてリーナという女性と地方新聞の記者ダンの手助けで、真犯人を見つけ出すという話。
背景 一人の青年が真犯人を追及するというよくあるパターンの作品だが、クローニンの筆にかかると、途中で読書を止めることができなくなってしまう。犯人は一応意外性はあるものの、複雑な謎があるわけではない。通俗的なれど、正義は最後に勝つというのは、若い時に読むと強く胸をうつ。クローニンの小説は泥臭いのが多くてあまり好きではないが、本作ではあまり気に障らない。

邦題 『スターベル事件』
原作者 F・W・クロフツ
原題 Inspector French and the Starvel Tragedy(1927)
訳者 井上良夫
出版社 早川書房
出版年 1954/5/20
面白度 ★★★★
主人公 ロンドン警視庁のフレンチ警部。
事件 ルスは孤児で、叔父シモンの情でスターベルの家に居候していた。そんなルスに親戚から招待状が届いた。叔父も旅行を許してくれた。だがルスの留守中、スターベルの家は全焼し、叔父と庭師夫妻が焼死してしまったのだ。単なる過失と思われたが、金庫の中で焼失したはずのお札がロンドンの銀行で見つかった。これを契機にフレンチが事件の再調査を始める。
背景 完成度は極めて高い作品。序盤の火事場面(犯罪であることがわかる!)、中盤の再調査(失敗する!)、謎解きをする終盤(偶然による解決!)、それぞれが巧みに構築されている。なお本書は抄訳で、完訳は1977年に『スターベルの悲劇』(番町書房)として出版された。

邦題 『ビッグ・ボウの殺人』
原作者 イスラエル・ザングウィル
原題 The Big Bow Mystery(1892)
訳者 妹尾韶夫
出版社 早川書房
出版年 1954/12/15
面白度 ★★★
主人公 元探偵のジョージ・グロドマンとロンドン警視庁探偵のエドワード・ウィンプ。
事件 霧の都ロンドンで怪事件が起きた。ボウ町の下宿に住む労働運動家がいくら呼んでも起きてこないので、下宿のおかみがグロドマンと一緒に、内部から鍵のかかった部屋に押し入ったところ、男が喉をかき切られて死んでいたというのだ。ウィンプは被害者の友人を逮捕したが、やがて新旧二人の探偵が鋭く対立することになる。
背景 世界初の密室トリックを扱った長編ミステリー。心理的なトリックで、これは上手い手を使っている。検死審問におけるユーモアも楽しめるし、結末の意外性も生きている。警察の捜査は杜撰で、きちんと捜査すれば簡単に犯人を捕まえられると思うが、時代を考えたら無理もないか。

邦題 『アリ・ババの呪文』
原作者 D・L・セイヤーズ
原題 独自の編集
訳者 黒沼健
出版社 日本出版協同
出版年 1954/1/1
面白度 ★★
主人公 ピーター・ウィムジイ卿が主役の短編ばかりでなく、モンタギュー・エッグ君が登場する短編を含む13本からなる短編集。訳者の独自の編集である。
事件 収録作品は、「アリ・ババの呪文」(音声認識を扱っている)、「銅指男」、「殺人第1課」、「二人のピーター卿」(これは、いろいろなアンソロジーに入っている作品)、「エッグ君の鼻」(エッグ君は酒屋のセールスマン)、「噴水の戯れ」、「緑色の頭髪」、「鏡に映った影」、「白いクイーン」、「メール・シャラール・ハッシュバッス」、「香水の戯れ」、「嗤う跫音」、「妖魔遁走曲」。
背景 80年代以降セイヤーズの短編集は何冊も出ているが、それまでは本書のみであった。ウィムジイ卿の出ない短編は短いし、内容も平凡。セイヤーズの短編はやはりウィムジイ卿物だ。

邦題 『時の娘』
原作者 ジョセフィン・テイ
原題 The Daughter of Time(1951)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1954/1/10
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁警部のアラン・グラント。マンホールに転落して足を骨折し、入院。
事件 グラントは暇つぶしに本を読んでいたが、ふとリチャード三世のことで疑問を持った。本当に教科書に載っているような悪い王なのか? 助手キャラダインを使っての謎解きが始まった。
背景 世評の高い作品。特に欧米での評価は高い。恥かしながら、ほとんどシェイクスピアの作品を読んだことがない二十歳の頃に読んだだけなので(なにしろ工学部の学生だったので)、初読時の印象は★3つ程度であった。その後小泉喜美子訳の文庫が出たが、それは読んでいない。ティーが最初に指摘したのではない点でも少しガッカリした記憶がある。なお題名は「真理は時の娘、権力は娘にあらず」という哲学者ロジャー・ベーコンの言葉からとられたそうだ。

邦題 『フランチャイズ事件』
原作者 ジョセフィン・テイ
原題 The Franchise Affair(1948)
訳者 大山功
出版社 早川書房
出版年 1954/9/15
面白度 ★★★★
主人公 法律事務所の所長ロバート・ブレーヤー。中年の独身で、伯母と住んでいる。
事件 <フランチャイズ家>と呼ばれる屋敷に住んでいたシャープ母娘が、女性を拉致して、暴行を加えたとして訴えられた。確かにその女性には暴行の跡は残っていたが、母娘には身に覚えのないことだった。ロバートはこの事件の弁護を引き受けたが、状況は母娘に不利だった。
背景 プロットは、英国で実際に起きた有名な事件に基づいている。まあ、その事件に対するティの推理結果といってもいい。どちらかが嘘をついているはずの冒頭の謎は素晴らしい。ロバートはそれほどの切れ者ではないものの、イギリス紳士らしい真摯な活躍をしている。殺人などはまったくないのだが、物語に独特のサスペンスが溢れているのはサスガだ。

邦題 『美の秘密』
原作者 ジョセフィン・テイ
原題 To Love and Be Wise(1950)
訳者 河田清史
出版社 早川書房
出版年 1954/11/15
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁の警部アラン・グラント。結構なお金持ち。シリーズ探偵。
事件 著名な写真家リスリイ・シャールはイギリスに渡り、流行作家ラヴィナ・フィッチ女史の近くに居候するようになった。ラヴィナにはウォルター・ウィットモアという甥(BBCの解説者)がおり、美人秘書のリッツがいる。ウォルターとリッツは許婚だが、リスリイとリッツが親密な関係になっていった。そしてリスリイが、ウォルターとカヌー旅行中に失踪したのだ。
背景 これは三角関係の事件。事件そのものは単純なもの。死体が登場するわけではなく、単なる失踪事件だからだ。そのため前半がかったるい。小味なトリックが用いられている。ラストはさすがに上手く、心爽やかな印象を与えてくれる。

邦題 『ユダの窓』
原作者 カーター・ディクスン
原題 The Juda Window(1938)
訳者 喜多孝良
出版社 早川書房
出版年 1954/7/15
面白度 ★★★★★
主人公 ヘンリー・メルヴィル卿(H・M卿)。
事件 青年ジェイムズ・アンスウェルは銀行家ヒューム宅を訪れた。彼の娘との結婚の許しを得るのが目的だった。だが飲んだ酒が悪かったのか、彼は意識を失った。気がつくと、ヒュームは矢で心臓を射抜かれていて死んでいた。部屋は密室状態で、窓には鎧戸が下りていてボルトで締めてあり、扉は内側から掛け金が掛かっていた。メルヴィル卿がジェイムズの弁護をする。
背景 H・M卿物はあまり好きではないが、本作は、ファースが抑えられているからか、はたまた裁判物語であるからか、えらく感心してしまった。密室トリックが物語にうまく溶け込んでいる。機械的トリックだが、見事に盲点をついていた。ディクスン名義では最高峰?

邦題 『豪勇ジェラール』
原作者 コナン・ドイル
原題 The Exploits of Brigadier Gerard(1896)
訳者 大仏次郎
出版社 生活百科刊行会
出版年 1954/
面白度 ★★
主人公 上記の本は未見につき、『勇将ジェラールの回想』(東京創元社、上野景福訳、1971)で代用した。ナポレオンに忠誠を尽くす准将で旅団長のジェラール。31歳。
事件 連作短編集で「准将が≪陰うつな城≫へ乗りこんだ顛末」「准将がアジャクショの殺し屋組員を斬った顛末」「准将が王様をつかんだ顛末」「王様が准将を捕えた顛末」「准将がミルフラール元帥に戦闘をしかけた顛末」「准将が王国を賭けてゲームをした顛末」「准将が勲章をもらった顛末」「准将が悪魔に誘惑された顛末」の8本からなる。
背景 単純に剣の力で解決してしまう剣豪小説ばかりかと思ったが、最後に一捻りを入れてミステリー・ファンもまあまあ楽しめる作品も多い。忠誠ぶりには辟易するが。

邦題 『陸橋殺人事件』
原作者 ロナルド・ノックス
原題 The Viaduct Murder(1925)
訳者 井上良夫
出版社 早川書房
出版年 1954/6/15
面白度 ★★★
主人公 オートビル村の住人リーブズとその友人ゴードン、元大学教授のカーマイケル、牧師のマリヤットの4人。ゴルフ好きだが、熱心な探偵小説ファンでもある。
事件 ある日ゴルフ場でプレイしていた4人は、スライスした球を探しにいって陸橋の横に顔の潰れた死体を見つけた。陸橋を走る列車から落ちた死体と思われたが、被害者は破産状態にあり、いろいろな観点から捜査が始められた。4人も得意の推理合戦をすることになる。
背景 本作は7分程度の抄訳らしい(完訳は1982年に同題で東京創元社から出版)。独創的なトリックもないし、魅力的な探偵も登場しないが、当時の真面目な謎解き小説を揶揄した構成はユニーク。4人組の会話を始めとして、ユーモアに満ちた楽しい作品。

邦題 『学校殺人事件』
原作者 ジェームス・ヒルトン
原題 Murder at School(1931)
訳者 乾信一郎
出版社 早川書房
出版年 1954/12/31
面白度 ★★★
主人公 探偵役は詩人のコーリン・レべル。オックスフォード大卒だが、定職にはつかず不動産収入で暮らしている。事件の担当はスコットランド・ヤードの刑事ガスリー。
事件 パブリック・スクールの寄宿舎で、重いガス燈用具が落ちて生徒の一人が即死した。コーリンは校長の依頼でその事件を捜査するが事故死と判断した。それから九ヶ月後、死んだ生徒の兄が、夜間水のないプールに飛び込んで死亡するという事件が起きたのだ。関連はないのか?
背景 ヒルトンが別名義で、お金のために書いたといわれる作品。素人とプロの探偵を巧みに配して、プロットはそれなりに工夫されている。学園を舞台にした典型的なフーダニットで、書かれた当時でも新味はなかったのではないか。そこはかとなく漂うユーモアはかえるが。

邦題 『私たちは孤独ではない』
原作者 ジェイムズ・ヒルトン
原題 We Are Not Alone(1936)
訳者 村上啓夫
出版社 早川書房
出版年 1954/
面白度 ★★★★
主人公 医師デヴィッド・ニューカムとドイツ人の踊り子レニ・クラフト。
事件 ニューカムは、変化の少ない地方に位置し、教会堂のある町コールダベリーに住む平凡な医師。その彼が、町の劇場で踊り子が怪我したしたので診てほしいといわれた。ドイツ人の踊り子で、その場では普通の手当てだけで終った。しかしその踊り子は祖国ドイツにはまったく身寄りがいなかった。そこで彼の家に住まわせたが、その結果、彼の人生は変わっていったのだ。
背景 淡々とした語り口で、結末がわかっている物語を進めて行く。大上段に振りかぶって書かれたら、それこそこちらが赤面していまうような純粋なラブ・ストーリーだ。作者の人間性のおかげであろう。ミステリー的には並の妻殺しの話であるが、戦争への静かな抗議も胸をうつ。

邦題 『100%アリバイ』
原作者 クリストファー・ブッシュ
原題 The Case of the 100% Alibis(1934)
訳者 森下雨村
出版社 日本出版協同
出版年 1954/9/
面白度 ★★★
主人公 探偵役はルドウィック・トラヴァース(ケンブリッジ大卒の秀才で、ジュランゴ会社の財政担当重役)とロンドン警視庁のジョージ・ワートン警視。
事件 シイバロの警察に「人殺しです!」という電話がかかってきた。ワートンらが現場に行くと、リュートンという男が殺されていたが、電話を掛けた召使はまだ駅に着いたところだった。だがリュートンの背後を洗うと4人の容疑者が浮かぶが、彼等には鉄壁のアリバイがあったのだ。
背景 着想は面白い。100%のアリバイのために犯人を逮捕できない皮肉が、幕切れに生きている。しかしそのアリバイ工作はつまらない。時計をつかった単純なもの。緻密なアリバイ・トリックがあって、犯人との知的な熱い闘いがあれば、最後の皮肉がもっと生きたろうに。

邦題 『野獣死すべし』
原作者 ニコラス・ブレイク
原題 The Beast Must Die(1938)
訳者 黒沼健
出版社 早川書房
出版年 1954/2/5
面白度 ★★★★
主人公 私立探偵のナイジェル・ストレンジウェイズ。
事件 探偵小説作家のフィリクス・レインは息子を何者かによって轢き逃げされた。警察の捜査にもかかわらず、犯人は捕まらなかった。子煩悩であったレインは独力で犯人を探そうとした。まず犯人は自分で自動車を修理したと考えた。そして偶然、怪しい人間を見つけたのだ。レインはそれまでの経緯を日記に書いていたが、その容疑者が毒殺されたことにより、自分が殺人犯にされてしまったのだ。疑惑晴らしをストレンジウェイズに頼んだのである。
背景 日記が上手く利用されている。心理的トリックが生きている。復讐譚であるが、犯人の心の弱さなども巧みに描かれている。ただ中盤にサスペンスが少し希薄になるが。

邦題 『十二人の評決』
原作者 レイモンド・ポストゲート
原題 Verdict of Twelve(1940)
訳者 黒沼健
出版社 早川書房
出版年 1954/11/15
面白度 ★★★★
主人公 特にいない。陪審員全員だが、その中から強いて挙げれば陪審員長アーサー・ポープスグローヴ。事件の被害者(11歳の少年)フィリップ・アークライトも重要な人物。
事件 フィリップは莫大な遺産の相続人であったが、後見人の伯母と二人で住んでた。彼は一匹の兎に異常な愛情をそそいでいたが、その兎を嫌う伯母と対立するようになった。そしてある日、フィリップは野菜を食べて中毒死した。事故死と思われたが……。
背景 初読時の記憶は、陪審員の心情をメーターの針で表示するという変わった法廷ミステリーというもの。実際はサキの短編「シュレイド・バシュタール」のような奇妙な味もある。本格ミステリーとは言いがたいが、やはり面白い。1999年に改訳版(宇野輝雄訳)が出版された。

邦題 『アリバイ』
原作者 ミカエル・モルトン
原題 Alibi(1928)
訳者 長沼弘毅
出版社 早川書房
出版年 1954/11/30
面白度 ★★★
主人公 探偵エルキュール・ポワロ。原作のポワロはベルギー人だが、舞台のポワロはフランス人になっている。さらに老人ではなく、若い女性に秘かに恋心を抱いている。
事件 有名な原作と基本的には同じプロット・トリックを使用しているが、録音機は観客には確認できない設定になっている。舞台でのポワロと他の登場人物とのやり取りは主に9時半頃のアリバイについてで、驚きの結末はあるものの、当たり前だが原作には遠く及ばない。
背景 『アクロイド殺し』をモートンが脚色した戯曲。クリスティの原作を基にした初の劇である。初演のポワロは若き日のチャールス・ロートンが演じた。シェパード医師の姉キャロラインは妹カリルに代わってしまったが、このことが、ミス・マープルが誕生する一因になったとか。

邦題 『下宿人』
原作者 ベロック・ローンズ
原題 The Lodger(1913)
訳者 加藤衛
出版社 早川書房
出版年 1954/12/30
面白度 ★★★
主人公 特にいないが、強いて挙げれば下宿屋の主人ロバート・バンティングと妻エレンか。
事件 ビクトリア朝末期のロンドン。バンティング夫妻は下宿屋を賄っていたが、そこに一人の男が登場した。男はスルウスと名乗り、金払いはよかった。夫妻は生活に困窮していたこともあり、すぐ下宿人となることに同意した。一方、その頃のロンドンでは、姿なき殺人者が出没し、女性を殺して「復讐者」というメモを残していた。スルウスの夜中の行動からエレンは密かに疑惑を抱くが……。
背景 有名なジャック・ザ・リッパー事件を下敷きにした作品。猟奇連続殺人事件を扱っているが、今で言うサイコ・スリラーではなく、といって”もし私が知っていたら”派のような語り口ではない。結構明るく、ユーモアもあり風俗ミステリーのような雰囲気が良い。謎はほとんどないが。

戻る