邦題 『殺意』
原作者 フランシス・アイルズ
原題 Malice Aforethought(1931)
訳者 延原謙
出版社 日本出版協同
出版年 1953/9/20
面白度 ★★★★
主人公 ワイヴァン・クロスの開業医エドマンド・ビクリイ学士。37歳の既婚。背が低い(靴を穿いても5フィート7インチしかない)ことでコンプレックスを持っている。妻は歳上のジュリア。
事件 ビクリイは妻を殺す決意をした。しかし実行に移すまでには数週間のずれがあった。そもそもの発端は村の「館」に一人娘マドリンが引っ越してきたことだ。彼は勝手にのぼせ上がってしまったのだ。そこで、いつしか過剰なモルヒネを妻に与えて殺そうとしたのだが……。
背景 A・バークリーが別名で書いた倒叙物。『第ニの銃声』の序文では、今後は心理的興味に重点を置いた小説が盛んになるだろう、と断言していたが、それを実践した作品。ミステリーの可能性を大きく広げたことは間違いない。トリック自体は単純なもの。ラストの皮肉は生きている。

邦題 『デミトリオスの棺』
原作者 エリック・アンブラー
原題 The Mask of Dimitrios(1939)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1953/10/15
面白度 ★★★★★
主人公 国際的犯罪人デミトリオス。物語は探偵小説作家ラチマーの目を通して語られる。
事件 ラチマーはイスタンブールを訪ね、そこの秘密警察長官からデミトリオスが死んだと聞かされる。そして死体置場に安置された彼の死体を眺めているうちに、ラチマーは彼の過去を洗ってみたい衝動に駆られた。だが、彼の跡を追っていたのはラチマーだけではなかった。彼の残した遺産を狙う昔の仲間や復讐をしようとしていた男などである。ラチマーは意外な事実を知る。
背景 『あるスパイの墓碑銘』に感動し、本書を手に取ったが、代表作という名にふさわしい傑作だった。前半はデミトリオスの成長の記録でサスペンスがやや不足しているが、終盤は文字通り息もつかせない迫力がある。なお後年菊池光訳で同題の新訳が早川書房から出版されている。

邦題 『恐怖の背景』
原作者 エリック・アンブラー
原題 Uncommon Danger(1937)
訳者 平井イサク
出版社 早川書房
出版年 1953/11/25
面白度 ★★★★
主人公 イギリス人の新聞記者ケントン。ポーカーですべてのお金をすってしまう。
事件 お金を借りるためウィーンに向かっていたケントンは、汽車の中でザッハスと名乗る男から、彼の持っていた書類をある町のホテル届けてほしいと言われる。報酬は500マルク。だが彼が約束どおりそのホテルに行くとザッハスは殺されており、ケントンは犯人と間違えられてしまったのだ。彼はソ連のスパイに助けられ、書類の中味を知るが……。
背景 巻き込まれ型のスパイ小説。第二次大戦前の作品ながら、決して色褪せてはいない。珍しいと感じるのは、主人公がソ連の味方になって行動することだが、これは当時の世界情勢が、英仏ソ連がナチと対決していたためであろう。文書をどこに隠したかという謎もある。

邦題 『内なる私』
原作者 グレアム・グリーン
原題 The Man Within(1929)
訳者 瀬尾裕
出版社 早川書房
出版年 1953/
面白度
主人公 アンドルーズ。弱虫で臆病な役に立たない男。だが父親は密輸の親方だった強い男。
事件 アンドルーズは明け方麓の森を見て叫び声を挙げそうになった。そして石造りの家を見つけた。だが家に入ると、女が銃をもって立っていた。彼は外敵に狙われているだけでなく、裏切りを行なうにいたった自分の中の<内なる私>によっても追われているのである。
背景 グリーンの第一作。第一部は、追われる男が逃げ込んだ家で女性にあうというサスペンス・タッチな展開。第ニ部は巡回裁判の模様で、第三部がまた田舎の一軒屋に戻るという構成である。雰囲気はミステリーといってもいいのだが、もちろん著者はミステリーを書いているわけではないので、話に乗りにくい。★印はもちろんミステリーとして読んだ場合である。念のため。

邦題 『スタンブール特急』
原作者 グレアム・グリーン
原題 Stamboul Train(1932)
訳者 北村太郎
出版社 早川書房
出版年 1953/
面白度 ★★★
主人公 群像劇のような話で、一人には絞れない。オステンドからイスタンブールまで行くオリエント急行が主人公といってもよい。
事件 列車にはさまざまな人間が乗り込んでいた。若いユダヤ人商人のマイアット、踊り子のマスカー、ユーゴーの反体制派のチンナー博士など。そしてケルンからは女性記者ウォーレンも。
背景 スパイ小説的雰囲気があるのは、チンナー博士の正体がわかったり、彼が列車から脱出する場面など。ただし、もっとも面白かったのは、列車という一つの空間で男女が出会い、愛し合い、終点に着くと男が急に現実的になっていくこと。つまり列車という動く空間は、いかにロマンティックなものであるのかよくわかる。エンタテインメントを意識して書かれただけに、実に読みやすい。

邦題 『忘られぬ死』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Sparkling Cyanide(1945)
訳者 村上啓夫
出版社 早川書房
出版年 1953/12/31
面白度 ★★★
主人公 ヒロインは姉の死によって莫大な財産を継承したアイリス・マール。探偵役の一人に『茶色の服の男』に登場したレイス大佐が登場している。
事件 アイリスの姉は世をはかなんで自殺したことになっているが、アイリスは納得していなかった。一年後、姉の自殺に関係していた人々を招き、パーティーを開いた。だが姉のかつての夫がアイリスのために乾杯して一口飲んだ瞬間、テーブルの上に倒れて亡くなったのだ!
背景 総合評価はクリスティ作品の中では平均より少し良い程度のもの。江戸川乱歩の評価が高かったので早く出版されたのであろう。小味なトリック(短編に前例がある)を使っているが、それでも十分な驚きを与えてくれる。小説の語り口がうまいのだ。

邦題 『フランケンシュタイン』
原作者 メアリ・シェリー
原題 Frankenstein(1818)
訳者 宍戸儀一
出版社 日本出版協同
出版年 1953/
面白度 ★★ 
主人公 天才科学者ヴィクター・フランケンシュタイン。彼が創った怪物も重要人物。
事件 フランケンシュタインは大学で化学に熱中し、ついに人間を創造することの研究に一心不乱に取り組みだした。そして、若き天才学者は、解剖室から各器官を寄せ集め、それらを繋ぎ合わせて生命を吹き込んだ。だがそれは見るもおぞましい怪物だった!
背景 SFの古典として名高い作品。ただ文学史的にはマイナーなゴシック・ロマンスに属するといってよい。メアリの父が書いたゴシック・ロマンス『ケイレブ・ウィリアムズ』は、シモンズの指摘するようにミステリーとして結構面白いので、本書もミステリーに入れたという次第。確かに殺人や裁判場面もあり、ミステリーとして読めるものの、本書の価値が別の面にあることは間違いない。

邦題 『ソロモン王の宝窟』
原作者 H・R・ハガード
原題 King Solomon's Mines(1885)
訳者 那須辰造
出版社 日本出版協同
出版年 1953/
面白度 ★★★
主人公 冒険家アラン・クォーターメン。貿易、狩猟、戦闘、採鉱などを経験。象撃ちが得意。
事件 三世紀前の古い一枚の地図をたよりに、伝説のソロモン王の秘宝を求めて男たちがアフリカを探検するという秘境冒険小説の古典である。
背景 初読は確か講談社の子供向け世界名作全集であった。皆既日食を利用して地元民を騙したり、最後の地中の探検などはしっかり覚えている。完訳(東京創元社)を再読した。本書はスティヴンスンの『宝島』と同時期に出版され、『宝島』以上の人気・売り上げがあったそうだが、それも当然と肯ける。ただし百年後に読んでみると、『宝島』の方が古びていない。本作の主人公らの考え方が、よく言えば騎士道精神にあふれ、悪く言えば帝国主義に侵されていて古さを感じてしまう。

邦題 『密室の守銭奴』
原作者 イーデン・フィルポッツ
原題 Marylebone Miser(1926)
訳者 桂英二
出版社 宝石社(別冊宝石第29巻)
出版年 1953/8/10
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁のアムブラーと退職しているジョン・リングロウズ。
事件 メアリボーンのビルで不可解な事件が起きた。厳重な戸締りをしていた四階の一室で男が短刃で殺されていた。被害者は高利貸しであったので、このような部屋に住んでいたのだ。窓からの侵入は不可能で、扉にも中から6本のボルトがかかっていた。
背景 密室ミステリーだが、密室トリックは機械的なもので、物語全体の中ではそれほど大きな割合を占めているわけではない。本作の面白さは、トリックの新規性ではなく犯人の性格設定にあろう。冷血だが、さほど憎めない人物になっている。話のテンポは早く(完訳かどうか知らないが)、読みやすい。なおリングロウズは同じ著者の『闇からの声』にも登場するそうだ。2016年7月に『守銭奴の遺産』(木村浩美訳、論創社)として完訳された。旧訳は5割強の抄訳だそうだ(2016.7.27)。

邦題 『ゼンダ城の虜』
原作者 アンソニー・ホープ
原題 The Prisoner of Zenda(1894)
訳者 村上啓夫
出版社 日本出版協同
出版年 1953/
面白度 ★★★
主人公 イギリスの貴族ルドルフ・ラッセンディル。29歳。バーンズドン卿の弟。ルリタニア王家とは血の繋がりがある。ルドルフ五世とは瓜二つ。仕事はなし。
事件 ルリタニア王国は戴冠式を目前に控えていた。しかし王弟ミヒャエル大公とヘンツオ伯爵は、密かに王位を狙っていた。暇を持て余してルリタニアに来たルドルフは、陰謀によってゼンダ城の虜になった王の密かな身代りとなり戴冠式に出席したのだ。
背景 冒頭の義姉とルドルフの会話が楽しい。面白い冒険小説が始まると確信できる。これはイギリス冒険小説の定型の一つといってようだろう。瓜二つの人間を登場させるのは安易だが、まあ古典だから許されるか。ヴィクトリア朝後期が舞台なので古い恋愛感もしかたがないが……。

邦題 『矢の家』
原作者 A・E・W・メースン
原題 The House of the Arrow(1924)
訳者 妹尾韶夫
出版社 早川書房
出版年 1953/9/20
面白度 ★★★
主人公 パリ警視庁の探偵アノー。濃い黒髪の中年の紳士で、丸顔。
事件 資産家のハーロウ夫人が亡くなった。しかしハーロウ夫人の遠縁にあたる人が、夫人は毒殺されたと告発したのだ。痕跡の残らない毒殺があるのだろうか? アノーは調査に乗り出した。そして遺産相続人の養女が容疑者として浮かび上がったが……。
背景 典型的なパズラーと思っていたが、むしろイーデン・フィルポッツのような犯罪心理スリラーであった。高校生のときの初読では、その良さがわからなかったのも無理はない。パズラーとしては抜け道があったり、XXXが多かったりと安易である。逆に犯人とアノーとの会話などはなかなか読ませる。とはいえ地味な内容で、前半は殺人も起こらずいささか退屈。

邦題 『怒りの海』
原作者 モンサラット
原題 The Cruel Sea(1951)
訳者 吉田健一
出版社 新潮社
出版年 1953/
面白度 ★★★★
主人公 著者のまえがきに「これは一つの海と、ニ隻の船と、百五十人ばかりの男の、かなり長い、しかし嘘は少しもない話」とある。そのとおりで特に主人公はいないが、艦長のエリクソン海軍少佐(途中から中佐)と副艦長になるロックハートは最後まで活躍する。また二隻の船とは、<コンパス・ローズ>というコルヴェット艦と<サルタッシュ>というフリゲート艦である。
事件 第二次世界大戦の始まりから終りまでの、輸送船団を護衛し、ドイツのUボート(潜水艦)と戦う英国海軍の戦いと日常生活を淡々と描いている。
背景 主プロットはなく、さまざまなエピソードの寄せ集めで物語が語られていく。海洋冒険小説というより、戦争小説に近い。なお後年、『非情の海』という別題で、フジ出版社から刊行された。

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