邦題 『べにはこべ』
原作者 バロネス・オルツイ
原題 The Scarlet Pimpernel(1905)
訳者 村岡花子
出版社 英宝社
出版年 1950/
面白度 ★★★
主人公 イギリスの貴族パーシー・ブレイクニー。イギリスきっての伊達男。妻は元フランス座の花形女優マルグリート・サン・ジュスト。対決する人物はフランス政府全権大使ショーヴラン。
事件 1789年、フランス革命が勃発した。共和政府に捕えられた貴族を救うため秘密結社「べにはこべ」が結成された。そして大胆不敵な計画が出来上がったが、気づいたショーヴランは――。
背景 冒険ロマンス物の古典といってよいだろう。初読は東京創元社版(西村孝次訳、1970年刊)によったが、十代のときに映画を観ており、内容はかなり覚えていた。冒頭のパリ脱出を含めて、いかにも映画化に適した作品であることがわかる。いつもは「ぼけっとしている」人間が本当は有能という、古典的なトリックを使っている。血をみない娯楽小説なのも嬉しい。

邦題 『アクロイド殺し』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 The Murder of Roger Ackroyd(1926)
訳者 松本恵子
出版社 雄鶏社
出版年 1950/11/
面白度 ★★★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。キングズ・アボット村に隠退している。
事件 村の名士ロジャー・アクロイドが自宅で殺された。その朝には睡眠薬の飲み過ぎで、村の未亡人も亡くなっていた。物語は村に住む開業医ジェームズ・シェパードの手記として語られる。
背景 ミステリー史上最大の問題作である。またアクロイドはミステリー史上もっとも有名な被害者といってよいであろう。このトリックはさまざまなところでネタバレされている。私は中三の時、東京創元社から出版された世界推理小説全集の第ニ回配本『アクロイド殺人事件』を読んだのだが、それ以前はホームズ物ぐらいしか推理小説を読んでいなかった。トリックをまったく知らずに読めたのは幸運なことであった。クリスティ・ファンになれたのも、その幸運のおかげであろう。

邦題 『樽』
原作者 F・W・クロフツ
原題 The Cask(1920)
訳者 森下雨村
出版社 雄鶏社
出版年 1950/6/
面白度 ★★★★★
主人公 前半はロンドン警視庁警部バーンリとパリ警視庁警部ルファルジュが捜査を担当し、後半はロンドンの私立探偵ラ・トゥーシュが活躍する。
事件 陸揚げしようとした樽が吊り索から外れて落ちた。そして調べてみると、中からは金貨と死体が出てきたのだ。ところがバーンリ警部が調査を始める前に、樽は何者かによって持ち去られてしまったのだ。樽はパリから発送されており、二人の警部が徹底的な調査を開始した。
背景 クロフツの第1作であり、もっとも評価の高い作品。クロフツは以後30冊以上の長編を書いているが、この作品を抜くことはできなかった。まさに古典の名がふさわしい一冊。アリバイ崩しの謎が徐々に解き明かされる展開を丁寧に読むと、面白さが倍加する。

邦題 『ポンスン事件』
原作者 F・W・クロフツ
原題 The Ponson Case(1921)
訳者 井上良夫
出版社 雄鶏社
出版年 1950/6/
面白度 ★★★
主人公 スコットランド・ヤードのタナー警部。
事件 7月の夕べ、英国の田園地帯でサー・ウィリアム・ポンスンの死体が見つかった。川岸に打ち上げられていたのだ。最初は単純な事故死と思われたが、実は他殺であることがわかった。容疑者は三人。息子と甥、そして妻の前夫である。タナーはまず息子を容疑者として逮捕したが、自分でも納得がいかなかった。そこでタナーは新たな気持で捜査を再開した。
背景 クロフツの第二作。まあクロフツの典型的な作風を示している作品といってよい。足跡に関する謎が整理しきれていないなどの不満はあるものの、メイン・トリックはまあまあ。ただ名誉のために証言を拒否する容疑者が登場するなど、やはり古い作品だなと納得。

邦題 『百萬長者の死』
原作者 G・D・H・ & M・コール
原題 The Death of a Millionaire(1925)
訳者 吉田松太郎
出版社 雄鶏社
出版年 1950/8/
面白度 ★★
主人公 ロンドン警視庁のヘンリイ・ウィルスン警視。最後では警視庁を辞めて私立探偵となる。
事件 ロンドンの超一流ホテルで殺人事件が起きた。被害者と思われたのはアメリカの富豪ラドレット。絨緞や壁に血痕があり、室内は荒らされていたが、ただし死体は見つからなかった。ラドレットは英国一の富豪イーリング卿と一緒に朝食をとることになっていたのだ。ところが捜査が始まると、寝室には縛られた男がおり、ラドレットはトランクに詰められて運ばれたと証言したのだ。
背景 ミステリーとしては通俗的な題名なので、安っぽい謎解き小説を想像してしまった。確かに冒頭に殺人事件があり、次に訊問が続く。あたり前の展開で読書は進まないが、後半になると、意外な動機が浮かび上がり、ラストで少しビックリ。でも経済オンチの私には不向きな作品だ。

邦題 『月長石』
原作者 ウィルキー・コリンズ
原題 The Moonstone(1868)
訳者 森下雨村
出版社 雄鶏社
出版年 1950/8/
面白度 ★★★★
主人公 スコットランド・ヤードのカッフ部長刑事。白髪混じりの初老の男。事件の翌年には引退している。趣味はバラの栽培。ただし物語のメインの語り手(約半分)は執事ベタレッジ。
事件 インドから掠奪した世界最大のダイヤモンドの一つ月長石を持っていた大佐が亡くなり、姪の誕生日に姪に贈られることになった。しかしその夜何者かに盗まれた。犯人は近くにいたインド人か、屋敷の女中か、親戚の人か。ドアのペンキの痕が重要な手掛かりとなったのだ。
背景 古典の一冊。メイン・トリックはチャチだが、姪や女中の不可解な態度は納得のいく解決をしている。著者が一流のストーリー・テラーであるのが、実によくわかる。なお本書は抄訳と思われ、中村能三による完訳は1961年に世界名作推理大系2巻(東京創元社)として刊行された。

邦題 『二つの薔薇』
原作者 R・L・スティーヴンスン
原題 The Black Arrow: A Tale of the Two Roses(1888)
訳者 中村徳三郎
出版社 岩波書店
出版年 1950/6/20
評価 ★★★
主人公 ディック(リチャード)・シェルトン。18歳にもならぬ若者。父親は何者かに殺され、サー・ダニエルが後見人になって育てられた。
事件 時は、ヨーク家とランカスター家が争っていた薔薇戦争時代。サー・ダニエルは紛争があるたびに寝返りをうっては財産を増やしていた。ディックはサー・ダニエルを疑い、反旗を翻す。
背景 歴史冒険小説。英国の中世史を知らないので、最初は少しとっつきにくいが、ディックが男装の娘(最後に結ばれる)と逃げる場面以後は、豊富な活劇場面が楽しめる。この作品は、クリスティの実質的な最後の長編『運命の裏木戸』の中で重要な役割を演じている。8版(1989年刊)の文庫本で読んだが、旧漢字を使用しているので、さすがに読みにくい。

邦題 『南海千一夜物語』
原作者 R・L・スティーヴンスン
原題 Island Nights' Entertainments(1893)
訳者 中村徳三郎
出版社 岩波書店
出版年 1950/2/15
評価 ★★★★
主人公 中編1本と短編2本からなる短編集。
事件 中編「ファレサアの濱」の粗筋は、ウィルトシアという貿易商がファレサアノに来て、土地の娘ウマと結婚するが、それは魔術を使う白人ケイスの策略でもあり、ウィルトシアは彼と対決する。短編「瓶の妖鬼」は、何でも叶えてくれる小鬼は瓶の中に住んでいるが、持ち主が売らずに亡くなったら永久に地獄の火で身を焼かれる、という話で、彼の短編としては各種アンソロジーに収録されている。最後の「聲のする島」は、魔法の敷物で、どこへでも飛んで行けるが……、という話。
背景 著者がサモアに移住していた頃に書いた作品。極めて土俗的な内容の話ばかりだが、中編は冒険小説として読めるし、短編2本はホラーとして楽しめる。

邦題 『赤毛のレドメイン』
原作者 イーデン・フィルポッツ
原題 The Red Redmaynes(1922)
訳者 井上良夫
出版社 雄鶏社
出版年 1950/7/
面白度 ★★★★
主人公 最初に活躍するロンドン警視庁の刑事マーク・ブレンドンは、むしろワトスン役。謎を解くのは引退したアメリカの探偵ピーター・ガンス。
事件 マークは、休暇を過すためダートムアにやってきた。そして、美人のジェニーを見て、密かに恋心を抱いた。ところがジェニーの夫が殺されるという事件が起きた。容疑者はロバート叔父とされたが、死体を隠して逃亡してしまった。ジェニーの依頼でマークは捜査をするが……。
背景 江戸川乱歩が激賞したことで日本では評価の高い作品。今ではあたり前のことだが、恋愛をミステリーのプロットに生かしている。書かれた当時は新鮮に感じたのであろう。マークを含む警察の捜査が実にあっさりしていて歯がゆいのが弱点。結構意外な犯人ではあるが。

邦題 『完全殺人事件』
原作者 クリストファ・ブッシュ
原題 The Perfect Murder Case(1929)
訳者 井上良夫
出版社 雄鶏社
出版年 1950/10/
面白度 ★★
主人公 ジュランゴ会社財政担当重役のルドウィック・トラヴァース。ケンブリッジ大卒の秀才。捜査を担当するのは同社の探偵ジョン・フランクリン。戦時中は情報部に勤務。
事件 新聞社に殺人予告の手紙が届いた。完全殺人を今月11日の夜テムズ河北岸で起すというもので、署名は「マリウス」。これに興味を示したのが民間人のトラヴァースで、調査を買ってでた。そして11日夜警察に電話が入り、本当に殺人が行われていたことが判明したのだ。
背景 著者の邦訳第一作。思わせぶりなプロローグから殺人発生までは快調である。正当な謎解き小説を期待できるが、その後は容疑者が絞られ、地道なアリバイ調査になる。ただしクロフツを越えるものではないうえに、トリックは陳腐。題名は魅力的で、完全に名前負けしている。

邦題 『トレント最後の事件』
原作者 E・C・ベントリイ
原題 Trent's Last Case(1913)
訳者 延原謙
出版社 雄鶏社
出版年 1950/5/
面白度 ★★★
主人公 フィリップ・トレント。名探偵として評判の高い画家。32歳。父も画家であった。ポーのマリー・ロージェ事件を真似して、実際の事件を推理したことで、有名になる。
事件 米国財界の大立者が頭を撃たれて死んだ。”レコード”新聞社の社主モロイ卿は、この事件の捜査をトレントに依頼したのである。トレントは、死体発見の場所が家から30ヤードしか離れていないにも係わらず、銃声を耳にした者がいないことから、意外な犯人を指摘するが……。
背景 ミステリー黄金時代の先駆け的作品として有名。文章は扇情的な書き方ではないし、謎解き小説としての骨格はきちんと作られていて、確かに納得がいく。歴史的観点からは重要な作品であることは間違いない。最後の二章を除くと、サスペンスは希薄だが。

邦題 『赤い家の秘密』
原作者 A・A・ミルン
原題 The Red House Mystery(1922)
訳者 妹尾韶夫
出版社 雄鶏社
出版年 1950/12/
面白度 ★★★
主人公 素人探偵のアントニー・ギリンガム。ワトスン役を演じるのがビル・ペヴリー。
事件 静かな田園の中に建つ赤い家に、主人の兄ロバートが15年振りに訪ねてきた。そしてギリンガムが到着したとき、一発の銃声が聞こえた。主人のいとこ、管理人らと銃声のした部屋の庭側の窓を破って部屋に入ると、ロバートが射ち殺されていたのだ。
背景 『熊のプーさん』で有名な著者の唯一の長編。初読時の記憶はまったくなかったので再読したが、印象が薄い。江戸川乱歩がベスト10に入れたこともあり、日本では過大評価されているのではないか。まあ童話作家の余技による水準作。トリックはそう複雑ではなく、抜け道を利用しているのもガッカリ。ただし結末の爽やかさや、血をみても恐ろしくない作風は特筆にあたいする。

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