ウインタブルック・ハウス通信

クリスティ・ファンクラブ機関誌

2003.9.15  NO.65

 65歳(1955年)のクリスティ。この年の9月、アガサとマックスは銀婚式をグリーンウェイ・ハウスで祝っている。土壇場で問題が起きてパーティの準備は大変だったらしいが、彼女の大好物であるキャビアがどっさり集って、クリスティはご機嫌であった。
 ミステリーの執筆も順調であった。冬の間に発掘現場のニムルドで『ヒッコリー・ロードの殺人』を書き上げ(年内に出版された)、秋には自宅のウィンタブルック・ハウスで来年出版する予定の『死者のあやまち』を脱稿している。またウェストマコット名義の『愛の重さ』もほぼ完成させている。65歳にしてこの活躍であるが、さらに暮れには彼女の書いた「乳袋のなかのバター」というラジオドラマがBBCから放送された。悪徳弁護士の話らしいが、台本が残っているのなら、ぜひ読みたいものだ(S)。


< 目  次 >

◎戯曲「見知らぬ人からの愛」(第一幕第二場)――――――――――――――原作(短編「うぐいす荘」):アガサ・クリスティ
                                                   脚色:フランク・ヴォスパー
                                                   翻訳:小堀 久子
◎落ち穂ひろい(その2)――――――――――――――――――――――――鳥居 正弘
◎グリルルーム――――――――――――――――――――――――――――庵原 直子・中嶋 千寿子・新谷 里美
◎ミセス鈴木のパン・お菓子教室  第14回 クリスマス・オーナメントクッキー ――鈴木 千佳子
◎クリスティ症候群患者の告白(その34) ―――――――――――――――――数藤 康雄
◎ティー・ラウンジ
★表紙   高田 雄吉


戯曲「見知らぬ人からの愛」(第一幕第二場)

原作(短編「うぐいす荘」):アガサ・クリスティ
脚色:フランク・ヴォスパー
翻訳:小堀 久子

 WH通信No.63の続きで、五回連載の第二回となります。一年間の空白がありますので、前回の内容を覚えている人は少ないでしょう。まずは前回の粗筋を紹介しておきます。
 二人の女性(セシリーとメイヴィス)はベイズウォーターの最上階の部屋に住むルームメイト。二人は宝くじで二万ポンド当てたこととセシリーがナイジェルと結婚することになったため、その部屋を三か月間貸すことにした。だが実はセシリーとナイジェルの仲はうまくいっておらず、セシリーは彼に結婚延期の手紙を出していた。そこに部屋を借りたいという男ブルースが現れる。セシリーとブルースは何故かお互いに好意を持ち、ついに昼食の約束をしてしまう。その時、ナイジェルから電話が入り――(S)。


第一幕

第二場

登場人物
ナイジェル:セシリーの婚約者。仕事でスーダンに出張しており、ロンドンに着いたばかりである。
メイヴィス:セシリーのルームメイト。
ルールー:セシリーのおば。
セシリー:ヒロイン。30歳ぐらい。
ブルース:部屋を借りたいという男。一目でセシリーに好意を感じているようだ。

 (二時間後の同じ場所)
 (ナイジェルがセシリーの手紙を手に、ソファに腰掛けている。舞台左手にあるひじ掛け椅子にはメイヴィスが座っている。ナイジェルはいかにもイギリス紳士、といった風貌だ。きちんと軍人のように整えられた髪型、刈り込まれた口ひげ、そして骨ばった顔立ちを覆う張りのある皮膚。興奮しているせいか日焼けした肌がやや黄色味をおびて見える。大きく見開かれた濃い色の瞳は、今や打ちひしがれ悲しげだ。しばらく沈黙が続く)

ナイジェル:取り乱して申し訳ない。少しショックだった。つまり、帰国して、喜びの絶頂にいたのに……。
メイヴィス:わかるわ。
ナイジェル:信じられない。セシリーは……。僕はどうしたらいいだろうか、メイヴィス。どうしたら……。僕のすべてだった。仕事も何もかも、すべての目的だった。
メイヴィス:どう言ってあげたらいいの。私に何ができるのかしら……。
ナイジェル:こんなことなら、電話であんなにせっかちにするのではなかった。
メイヴィス:セシリーったらいったいどこへ行ったのかしら。見当もつかないわ。
ナイジェル:今何時だろう? 三時か。彼女がこんなに思い詰めているなんて夢にも思わなかった。(すでに十回も読んだセシリーの手紙を、また読み上げる。そして突拍子もなく笑う)「追伸。あなたからいただいた指輪は洗浄に出してあります。仕上がったらすぐにお手元に届くでしょう」ずいぶん手回しが良いものだな。
メイヴィス:もっと私に話してくれていればこんな事にはならなかったと思う。でもここのところずっと何週間も、自分の心の中に閉じ込もっていたのだもの。そして何度も言うけど、今朝になって初めて、手の内を見せたのよ。
ナイジェル:(メモを読んでいる)「ごめんなさい。こんな気持ちのまま結婚することはできません。私を待たないで下さい。あなたの為にはならないから。本当にごめんなさい。でも自分に正直でいたいのです」あのうさん臭いインチキな金のせいだ! ばかやろう! ちくしょう!
メイヴィス:(半分は自分に向かって)'諸悪の根源! ルールーおばさんならきっとそう言うわ。聞き飽きた古臭いことわざでも、時にはなるほどと思えるものよ。うるさい年寄りがよく言うでしょう、「ほら、ごらん。言ったとおりだろう」って。うるさい年寄りといえば、外で待っていたあなたを見つけたのが私でよかったわ。ルールーおばさんじゃなくて。
(メイヴィスは何かを喋らずにはいられない。でもナイジェルは聞いていない)

ナイジェル:えっ?
メイヴィス:(立ち上がる)ねえ、このままここにいても、どうかしら? なんて言うか、いつセシリーが戻って来るのか、わからないわけだし。
ナイジェル:(笑みを浮かべ)待つさ。必要なら、一週間ずっとでも。
メイヴィス:セシリーが戻る前に、ルールーおばさんが戻ってきちゃうわ。そうなると最初から事の次第を全部説明しなきゃならなくなるのよ。あなたには耐えられないことだと思う。
ナイジェル:今より悪い状態などない。僕は待つよ。
メイヴィス:そう。でも私はなんだか……。
ナイジェル:(いきなり立ち上がる)まったく! 僕を一体なんだと思っているんだ! ただ座っているだけの役立たずだとでも言いたいのか。(窓辺へと動く)そうじゃない。僕は戦う!
メイヴィス:(つい)そう、それよ!
ナイジェル:(ムッとして窓の外に目をやる)殺伐とした異国の地で、暑く寝苦しい夜ごと汗にまみれて、この再会の日を夢に描いてきたのだ。おかしいじゃないか。あの忍耐が何にもならなかった。
メイヴィス:(どうしていいか分からない)ナイジェル!
ナイジェル:すまない、メイヴィス。情けないところを見せてしまったね。僕のことはもう心配しなくてもいい。ありがとう、行っていいよ。良い天気じゃないか。少なくとも僕が船から下りた時はそうだった。それもたった三時間前のことに過ぎないのか。僕は大丈夫。本当だ。
メイヴィス:(ソファの右端に移動)……そうね、いない方がいいというのなら……。
ナイジェル:いや、そういう意味じゃない。
メイヴィス:じゃ、ここにいるわ。(ソファの右端のひじ掛椅子に腰掛ける)
ナイジェル:本当に気遣ってくれてありがたいが、今日は楽しい話し相手になれそうもない。教科書の退屈な詩でも読んでいた方がましだろうよ。しかし、いずれにしろ話の筋道を整理すれば、彼女のことは笑って許せるようになるだろう。僕らはユーモアのセンスという点でも気が合っているんだから。今は何も愉快だとは到底思えないが、そうだな、いつかきっとまた笑えるようになるだろう。

(舞台袖からルールーおばさんの声が聞こえる。ナイジェルはソファの前を横切る)

ルールー:(声)子供たち! 子供たち!
メイヴィス:(立ち上がって窓際の椅子の方へ)いやだ! 笑えない状況がやってきたわ。(手袋を窓際の椅子に置く)

(ルールーおばさんはいきなり部屋に入って来る。彼女はナイジェルにばかり関心が行って、セシリーの不在に気がつかない)

ルールー:ナイジェル! やっと会えたわ。よく顔を見せてちょうだい! 元気そうだわ! ほんのちょっとだけおつむに白いものが見えるけど、よく似合っていてよ。こんなに幸せなんだから、少しの白髪なんてどうということはありゃしない。ご気分は? 最高? それは良かったわ。こんなに晴れ晴れとして明るいあなたを見たことがないわ。セシリーったら、待ち遠しくて、そわそわして、もう、ねえ、そうでしょう、セシ……? (あたりを見る)あら、ちょっと待って、あの子はどこ?

(メイヴィスは被っていた帽子を取って書き物机の上に置き、その椅子の前に来る)

ルールー:あなたにばかり注目していて、メイヴィスをセシリーだと思ってしまったわ。何ておばかさんなんでしょう!

(ルールーは気取った様子で笑ってから、ナイジェルとメイヴィスの硬い表情に気がつく)

ルールー:でもセシリーはどこなの?

(深い沈黙)

ルールー:何か手違いでも?
メイヴィス:手違いだらけなのよ、ミス・ギャラ―ド。セシリーは消えてしまったわ。ナイジェルが着いた時にはいなかったの。
ルールー:ここにいなかった、ですって?
メイヴィス:婚約を破棄したのよ。
ルールー:セシリーが? ……まさか。

(それに答えるようにナイジェルはセシリーの手紙をルールーに手渡す。ルールーはソファに座り、脇にバッグを置いて手紙を読み始めるが、徐々に失望の色が顔に現れてくる)

ルールー:でもむちゃですよ。とんでもない! セシリーはどこ? 意味がわからないわ。一体全体何でまたあの子が? どうして?
ナイジェル:(ルールーに、というより、自分に言い聞かせるかのように)二、三ヶ月前に結婚の延期を申し出る手紙をくれました。
ルールー:結婚の延期? これまで三年間も待っていたのに?
ナイジェル:そうです。僕もそう思いました。
ルールー:でもあの子は、あなたが帰ってくることを思って嬉しくてたまらずに、今日も朝から、この部屋で踊ったりしていたのに。
メイヴィス:(中央に来る)もうナイジェルに白々しい嘘は通じないわ、ミス・ギャラード。
ルールー:本当に、私は夢にも……。
メイヴィス:(窓の方へ)問題は、私たちは誰も彼女の悩みを十分深刻に受け止めてあげなかったということね。

(一同、考え深く黙り込む)

ルールー:それに、その人の話すらしなかったわ。私が見た限りでは、手紙だって受け取ったことは無いのよ。電話ですら、少なくとも私が……。
ナイジェル:誰のことですか?
ルールー:他の男性ですよ。どこの誰かは知らないけれど。
メイヴィス:いいえ、いいえ、これだけは言える。他に男性なんていないわ。論外よ!
ナイジェル:本当に?
メイヴィス:もちろんだわ。
ルールー:ばかな! 次の当てもないのに恋人のもとを去っていく女の子なんていませんよ。
メイヴィス:(ナイジェルに向かって)私を信じて。確信をもって言える。他には誰もいないわ。
ナイジェル:すると、僕にもまだ微かにチャンスがあるということかな。
ルールー:ありますとも! あの子にはちゃんと言い聞かせないとダメね、常識とはどういうことかと。こんな書置きを残していくなんて、女の子のする事じゃありませんよ。(もう一度手紙を読む)それにしても、どうして指輪はまだ届いていないのかしら。ちょうど昨日その店に行ったのだけど、今日の十二時までには間違いなく届けると言っていましたよ。

(メイヴィスははっと小さな悲鳴を上げて、両手で顔を覆う)

ルールー:メイヴィスったら、どうしたというの。

(セシリーが入ってくる。頬を紅潮させ瞳は輝いている。ナイジェルに気がついてハッとする。ルールーは立ち上がり、ソファとテーブルからなる一角に入る。メイヴィスは書き物椅子の方へと下がる。ナイジェルは暖炉の前)

セシリー:(閉めたドアの前)ナイジェル、私を待たないでと言ったでしょう。そうしてくれたら本当に良かったのに。
ナイジェル:待たずにいられなかった。
セシリー:本当にごめんなさい。あなたをわずらわせたくなかったの。あなたにどうこうできる問題ではないし。
ルールー:はるばるスーダンから戻ってきた人に向かって、何て言い草なんでしょうね。
セシリー:全くその通りだわ。自分が嫌になるわ。でもねナイジェル、
ルールー:ご挨拶のキスもないのだったら、握手ぐらいしたらどうかしら。
メイヴィス:ねえ、ミス・ギャラード、しばらく二人きりにさせてあげたらどうかしら。
セシリー:いいえ、メイヴィス。二人ともいてくれた方がいいの。私はすぐにまた出ていくから。底の厚い靴に履き替えに来ただけだから。
(メイヴィスは書き物椅子の肘掛けに腰をかける)

ルールー:底の厚い靴? 何のために?
セシリー:(ソファの後ろに回り込み、ソファをはさんでナイジェルと向き合う)二人ともいてくれたほうが、私たちには助かるわ。ナイジェル、何かよい方法があるのなら、いくらでもそうしたいけど、ないのよ。

(セシリーの態度が変わる。その冷静さは無情とまでは言えないが、自分の内面の満足にだけ向かっているような感じ)

ナイジェル:セシリー、聞いてくれ。
セシリー:だめよ、ナイジェル。
ナイジェル:そこまで言うのだったら、結婚式を延期してもいいんだ。
ルールー:ごらんなさい! なんて寛大なんでしょう!
セシリー:ごめんなさい。もう手遅れだわ。
ナイジェル:今朝の電話のせいなのか。悪かった。でも本当に……。
セシリー:いいえ、いいえ、あなたが怒るのは当然だったわ。そんなことでは全くないの。
ナイジェル:では、何?
セシリー:(途方に暮れて)ただ、……ただもう手遅れなの。遅すぎるの。
ルールー:(テーブルを回って、セシリーの方へ)あら、そうなの、セシリー。でもね、あなた、こんなじれったい手紙を書いておいて、そしてまた「もう遅いの」なんてことが、よくも言えたものだわね。
セシリー:(思わず)おばさま、お願いやめて!
メイヴィス:(書き物椅子に腰をかけたまま)いいえ、セシリー。今回だけは、ルールーおばさまの言うとおりよ。ナイジェルは最大限譲歩してくれたのに、あなたは彼に会うことすら拒んだのよ。わけを話すべきだわ。
ルールー:全くその通りだと思いますよ。
ナイジェル:他に誰かいるのかい、セシリー?
セシリー:いなかったわ。
メイヴィス:いなかった?
ルールー:今はいるってこと? やっぱり、思った通りだわ。
セシリー:いいえ、違うの、おばさま。今朝、おばさまとメイヴィスが出て行ったあとに、初めて出会ったのよ。
ナイジェル:いつ知り合ったと?
セシリー:今朝……、非常識に聞こえるでしょうけど……。
ナイジェル:非常識さ! その男はここにどれだけいたというのだ。
セシリー:さあ、三十分くらいかしら。
ナイジェル:つまり君が言っているのは、一度きり、三十分ばかり一緒にいただけの男のことか。
セシリー:ここで会って、その後もまた一緒だったわ。実はさっき昼食を一緒にしたのよ。
ルールー:セシリー! 何て事を! 何てはしたない!(ほんの少し間を置いて)どこで?
セシリー:サヴォイよ。
ルールー:あら!(サヴォイと聞いて、ちょっとましだったと思っている様子が伺える)
ナイジェル:(舞台前へ)一体そいつは誰なんだ!
セシリー:名前は、ブルース・ロベル。
メイヴィス:次はいつ会うの。
セシリー:実は外のタクシーで待っているの。キュー植物園へ行くから。
メイヴィス:あら! '植物園で春を満喫'という手はずなのね。なるほど。
ルールー:だから靴を履き替えに来たのね。
ナイジェル:(暖炉の方へ)彼と結婚するというのじゃないだろうね?
セシリー:申し込まれたわ。
ナイジェル:(腹立たしげに)ほう!
ルールー:つまりその方はこの部屋を借りないってこと?
セシリー:(笑みを浮かべ)残念だけどそういうことだわ。
ルールー:(書き物机のそばにいるメイヴィスの方へ動く)さあ、常に最悪の事態に備えて最善の準備をしておくものよ。ハロッズに頼んできてよかったわ。今日の午後には誰かをよこしてくれるという段取りなのよ。
ナイジェル:(怒りをあらわに下手に移動し、左手のひじ掛け椅子の前に立つ)部屋なんか、なんだ! 僕の人生が粉々に砕け散ってしまおうという時なのに、彼女を止める手だては何かないのか。 ルールー:(ナイジェルに向かって)私にわかるはずがありません。私に当たってもだめですよ。
ナイジェル:知り合ったばかりの男と結婚しようだなんて、あまりにもばかげてはいないか。
セシリー:結婚なんてしないわよ、ナイジェル。でもね、感情のおもむくままに従ってみるって素晴らしいわ。人は心の底では感情のままに流されてみたいと望んでいるの。でもそこまで奔放になれるチャンスになかなか巡り合わないだけ。
メイヴィス:(静かに)その人がそう言ったの?
セシリー:(鋭い目つきで見返す)なぜわかるの?
メイヴィス:(冗談っぽく)私にはジプシーの血が流れているから。ところで、その彼はあなたが当てた宝くじの賞金金額を知っているのかしら?
セシリー:ああ、そうくると思ったわ。ええ、話したわ。
ルールー:あら! ということは当然……。
セシリー:でもそんなこと関係無いわ。お金なら彼はたくさん持っているそうよ。カナダで財産を作ったのですって。
メイヴィス:ああ、"広大な大地"でね。あなたの態度が変わった理由がわかったわ。
ルールー:(ナイジェルの方へ向かって)恥ずべき事態だわ。私など朝からずっと骨の髄までこき使われて、わびしい昼食をとり、そして今……。
ナイジェル:(ルールーおばさんなど全く気にも留めず)なんていまいましい! 軽率で、自分勝手だ!
ルールー:(ナイジェルに背を向けて、メイヴィスとセシリーに向かって話す)それに、人様になんて言われるか、考えても御覧なさい!
ナイジェル:(乱暴に)もう黙ってくれ!
ルールー:(急に振り向いてナイジェルを見ながら)おやまあ、そうですか。そんな言い方はあんまりですよ。

(メイヴィスが立ち上がり、舞台を横切って駆けつける)

ルールー:私に歯向かうつもりなら。
メイヴィス:ミス・ギャラード、ナイジェルと争っても意味がないわ。
ルールー:お黙りなさい! あなたなんて、うちの一族でもなんでもないでしょう。

(玄関ベルが鳴る)

ルールー:ああ、ハロッズだわ。(ナイジェルに)さあ、あなたのお手紙よ。(急いで舞台外へ) メイヴィス:(窓辺へ)お取り込みの最中に限って、こういう人が尋ねて来るのよね。
ルールー:(朗らかさを全身で体現しているような声が聞こえてくる)さあ、上がっていらして。ちょっとご足労ですけど、でも上までいらしたら風通しがよろしくてよ。(その男は上がって来てそばにいる)あら素敵な方! さあ、こちらが居間ですのよ。

(ブルースが入ってくる)

ブルース:(セシリーに)申し訳ない、タクシーで待っているのが退屈になってきたものだから。
セシリー:ブルース、だめじゃない!
ルールー:(訳が分からない)ブルース、ですって?
メイヴィス:あなたが、ブルース・ロベル?
ブルース:そうです。
ナイジェル:なんだと!
ルールー:(右手中央のドア脇、ブルースの左にいる)え?どなたですって? ということは、つまり……私はてっきりハロッズの……と、とんでもない、よくもこの家の敷居をまたげたものだわね!
セシリー:ルールーおばさまったら!
ルールー:お黙りなさい、セシリー! 私に任せなさい!(ブルースに)覚えておきなさい、私はセシリーの唯一の親族であり、後見人なのですから、はっきり言って、私にはこの件について説明を受ける権利があります。
ブルース:何について、説明しろと? ハリントンさん。
ルールー:私の名前はギャラードですわ。こちらの哀れな男性は、はるばるスーダンから戻ってみれば、恋人に捨てられていたというわけなのよ。

(ブルース、ナイジェルの方を見て、彼の方へ)

ルールー:捨てられた、としか他に言いようがないわ、しかも我が姪によって。全部あなたのせいですよ!
メイヴィス:(ルールーの方へ)お願い! ミス・ギャラード!
ルールー:おせっかいね! 構わないでちょうだい! もう口出しはやめなさい! (ブルースの腕をつかみ体を向かせる。二人は中央に立っている) あなたは誰? 何者なの? 家族は? 私が唯一知っているロベル一族は、シュロプシャーのロベルで、みんな飲んだくれだわ!
ブルース:ミス・ギャラード、聞いてください。あなたのご心配はよく分かります。
ルールー:お黙りなさい!
セシリー:わかったわ、もう充分! メイヴィス、おばさまを連れ出して。
ルールー:今言うべき事があるとしたらそれは……。
ナイジェル:今言うべき事は、僕に言わせてくれませんか。
メイヴィス:ナイジェルの言うとおりだわ、ミス・ギャラード。私たちは退散した方がよさそうね。ちょっと散歩に行きましょう。
ルールー:散歩! 散々いやな目にあわされた挙句に?
メイヴィス:じゃあ、分かったわ。タクシーに乗って、どこかでお茶をいただきましょう。
ルールー:お茶! 喉を通らないわ。
メイヴィス:(書き物机から帽子を取って、机の向こうの鏡を見ながら被る)ガンターズへ行きましょう。
ルールー:(考えている)……そうね。……分かったわ。でも本当は行きたくないのよ。

(メイヴィス、窓辺の椅子から手袋を取る)

ルールー:(セシリーに向かって)あなたは母親の名前を汚しましたよ。あなたのお父様が生きていらしたら、こんなことにはならなかったのでしょうけど。とにかく、私としては出来る限りのことをしたし、誰にもこれ以上のことは出来なかったはずです。これはあなたが自分で引き起こしたことなのだから、蒔いた種は自分で刈り取る、というか、自業自得というか……(自分で何を言っているのか分からなくなり、急いで部屋から出る)
メイヴィス:(部屋から出て行きかけるが、二、三歩引き返して)セシリー、私が言いたいのは、ただね、(ブルースを前にして言葉を止める。彼を見る目に親しさはない)……でも、今は言っても無駄ね。

(メイヴィス、退場)

ナイジェル:おばさんを連れ出してくれて、助かった。

(ルールー、再び登場。不機嫌)

ルールー:バッグを忘れたわ。

(十分にもったいぶった様子で舞台前へ出てソファからバッグを取り上げ、静寂の中また出て行く)

ナイジェル:(ブルースの方へ向かって)さて、ロベル君、はじめは僕が誰かも知らなかっただろうが、もう事情は飲み込めただろう。
ブルース:ええ。あなたのことは、お気の毒に思います。僕は謝るようなことは何もしていないが、あなたは今きっととても傷ついている、そのことには同情します。
ナイジェル:僕たちがずっと婚約していることは知っているのか。
ブルース:永すぎましたね。彼女は僕と知り合う前から結婚の延期を頼んでいたのでしょう。
セシリー:それは事実よ。そうでしょう、ナイジェル。
ナイジェル:ああ、そうだ。だが僕は今、延期に同意している。
セシリー:でも待って、あれから……。
ブルース:この論争は誰の得にもならないし、なんの解決にもならないと思いませんか。タクシーのメーターが上がって、運転手が喜ぶだけだ。
ナイジェル:君は口を挟まないでくれ。今ここで話をつけたいのだ。
ブルース:あなたとセシリーの問題だ。僕には厄介すぎる。だがキュー植物園に行くという約束はまだ有効ではないかと思うのだけど、どうかな、セシリー?

(セシリー、頷く)

ブルース:あなた達には話し合う権利がある。でも隙間風の入るタクシーで待つのは呪いたくなるほど嫌だから、もしよければ食堂で待たせてもらえないだろうか。好きな絵があるから。(左手の食堂へ消える)
ナイジェル:(狂ったように)ひどいじゃないか、セシリー!よくもこんな。どういうつもりなんだ。
セシリー:(落ち着いて誠実に)ねえ、私は何週間も、他のことは何も考えられなかった。
ナイジェル:女性なら自分を巡って男たちが争うのはさぞ楽しいものなのだろう。
セシリー:ナイジェル! どうして、そんな言い方をするの!
ナイジェル:でもセシリー、僕たち上手くいっていたじゃないか、思い出してみてごらん。素晴らしい時間をともにすごし、お互い理解しあい、愛し合っていたのではなかったのか。
セシリー:ナイジェル、今もあなたのことは好きよ。あなたへの気持ちは変わっていない。ただ、それがそんなに強い気持ちではなかったと気がついたの。
ナイジェル:(ソファに腰掛ける)はっきりとわかったよ。僕は代用品だったのだ。仕事からの逃げ道だったのだ。今はもう金が手に入ったから、必要なくなったというわけか。
セシリー:(ソファの右手から)そういう風に考えたいのなら、どうぞ。私だって今朝、恐ろしいことにそうかもしれないと一瞬思ったの。でも今はよく分かる。あなたへの気持ちは今も昔も本物だってこと。ただそれよりも強いものが訪れたということなの。私は正気を失っているのかもしれない。何の意味も無いかもしれない。でも来てしまった。

(しばらく二人は考え深く黙っている。やがてナイジェルが沈黙を破る)

ナイジェル:分かった。今はこれ以上君を煩わせないことにしよう。でもあきらめたというわけじゃない。数週間の内に考えを変えて見せるさ。ぼろぼろになってでもやって見せる。しかし今はそのタイミングじゃない。僕は冷静さを失っているし、君にひどいことを言ってしまうだけだから。そんな自分に我慢ができない。なぜって、どういうことになろうと、君が何をしようと、君を愛している。ずっとだ。(立ち上がる。そして少しの間)僕は本気だ。そのことを忘れないでほしい。

(ナイジェルは右中央のドアに向かって大股に歩いて舞台を横切り出て行く。そんな彼の姿を見つめるセシリーは、心が揺れ動きソファに腰をおろして少し泣く。少し間をおいてブルースが入ってくる。ドアを閉めながら数秒の間セシリーを見つめる)

ブルース:(窓辺へ)なかなか厳しい状況だね。辛いでしょう。
セシリー:(吹っ切れたように立ち上がる)さあ、植物園へ行きましょう。
ブルース:急がないと、向こうでの時間がなくなりそうだ。
セシリー:そうね! 靴を替えてくるわ。すぐよ。

(セシリーは左中央の寝室へと消える。ブルースは意識的に舞台前方右手に置かれてある(第一幕の後移動させている)小引き出しの方へ横切り、新聞紙を取り出す。しばらくそれを一心に読み、含み笑いをする。セシリーが戻ると、ブルースはこっそりとその新聞紙を背後に隠す)

セシリー:あら、どうかした?
ブルース:靴紐を結んでいたんだ。行きましょう。
セシリー:ええ、準備はいいわ。

(ブルースはセシリーのためにドアを押さえる。セシリーも立ち止まってブルースを見つめる。ブルースはどうやって新聞紙を隠そうかと考えているが、結局ポケットに押し込んで、セシリーの後に続く)


落ち穂ひろい(その2)

鳥居 正弘

 WH通信No.60(2000年クリスマス号)に掲載されたエッセイの続編です。前回は主にクリスティ作品に引用されたシェイクスピアの文章を探し集めたものでしたが、今回はクリスティの二作品(『満潮に乗って』と『杉の柩』)の引用について論考しています。
 理系人間である私は、英文学の古典を原文で読むなどという経験をしたことがありません。したがってそのような原文が出てくると、これまでは校正するのもタイヘンだったのですが、最近は便利なことに、引用文の一部を検索キーとして入力するだけで、正確な全文がインターネットで簡単に見つけ出せるようになりました。古典の全文がさまざまなHPに掲載されているからですが、ありがたいことです。
 ところで古典ばかりでなく、クリスティの『スタイルズ荘の怪事件』の全文もインターネットで公開されています(http://www.bartleby.com/fiction/)。日本でも明治期刊行図書は近代デジタルライブラリ(http://kindai.ndl.go.jp/img/)で見られますが、画像データなので読みにくいのが欠点か(S)。


かつてペーパーバック版Agatha Christie文庫のPRに、女史の作品は「本格推理の味わいを楽しむことができるのは勿論のこと、作品の中に散りばめられた数々の伝説や古典文学からの言葉を探ってみることも楽しいこと」というのがありました。二つの作品について、ひろってみることが出来たものを列挙してみました。

1)"Taken at the Flood"(『満潮に乗って』)
@とびらの引用文はShakespeareの"Julius Cesar" W,B,218-224(この段階では女史は出典を書いていない。なおBook2,14参照)。邦訳では出典を書き加えられている。この書名及び米国版"There is a Tide"はこの中から採られている。
ABook1,1 "Oh! brave new words" thought Lynn grimly:―
  Shakespeare, "The Tempest" X,@,182-183参照:
     O, wonder!
     How many goodly creatures are there here!
     How beauteous mankind is! O brave new world,
     That has such people in't!
     (注によればbrave = fine,beautiful,splendid なおランダム研究社大英和など参照)
   Aldous Leonard Huxley(科学者Thomas Henry Huxleyの孫)に逆ユートピアの長編"Brave New World"がある(研究社の英文学叢書にはこの小説ではなく"Two or Three Graces"が収められている)。
   なお"That has such people in't!"だけが引用された他の作家の例もある(G.Gissing,"The Private Papers of Henry Ryecroft")。
BBook2,14 "She's dead and in her grave and oh the difference to me - or rather to us":―
  Wordsworth(1770-1850)、Lucy poem 参照。少し長いですが全文を書きました。
     She dwelt among the untrodden ways
      Beside the springs of Dove,
     A maid whom there were none to praise
      And very few to love:

     A violet by a mossy stone
      Half hidden from the eye!
     Fair as a star , when only one
      In shining in the sky

     She lived unknown, and few could know
      When Lucy ceased to be ;
     But She is in her grave ,and ,oh,
      The difference to me !
CEnoch Ardenという人物の登場。Tennyson(1809-1892)の物語詩Enoch Arden参照(私ごとながら、敗戦から数年たった年に、郷里でまだバラック建ての古本屋で、澤村寅二郎、奈良次郎著Tennyson, Enoch Ardenの訳注書を買い求め、長らく積んだままになっていましたが、この機会に読んでみました)。
DPrologue 2 The nursery rhyme ,Little Boy BlueからもじったUnderhayという人物登場。 E Book1,9 Robinson Crusoe's island と D.Defoe(1661?-1731)の小説の名前が出て来る。
FBook1,4 "And now -" he smiled insolently at her "Home is the sailor, home from the sea. That's you! And the Hunter home from the Hill::―
 "Treasure Island"や"Strange Case of Dr.Jekyll and Mr. Hyde"などのR.L.Stevenson(1850-94)のThe Requiem参照。
   Under the wide and starry sky       星、満天の、みそらの下に
    Dig the grave and let me lie:        余が墓掘りて、埋めよこの身。
   Glad did I live and gladly die,        生き楽しみ且つまた死をも
    And I laid me down with a will.       勇み迎えしあわれこの身。

   This be the verse you grave for me:   余が墓石に刻め、かくは、
    "Here he lies where he long'd to be;   ここぞこの身の宿望の地、
   Home is the sailor, home from sea,    海より戻りて船子は憩えり、
    And the hunter home from the hill.    山より帰って猟夫休めり  (岡倉由三郎訳)

 生れた故郷より全く異なったサモイア島の太平洋を見下ろす山の頂に、星空の下、自作の鎮魂の歌が刻まれた墓の下に44歳を一期にR.L.Stevensonは永い眠りについた。(注:The Requiemの"home from sea" と女史の"home from the sea"いずれが墓に刻まれているか、不問にしています)
2)"Sad Cypress"(『杉の柩』)
@とびらの引用文はShakespeareの"Twelfth Night" U,C,52-59(道化の歌う歌)(女史はShakespeareとだけ出典を書いている)。邦訳では細かく出典を加えられている。この書名はこの中からとられている。
APart one,7,2 "Let her be that to him -yes- an exquisite memory - a thing of beauty and a joy for ever":
 J.Keats(1795-1821)の大作Endymionの冒頭参照。
   A Thing of beauty is a joy for ever:
   Its loveliness increases; it will never
   Pass into nothingness; but still will keep
   A bower quiet for us, and a sleep
   Full of sweet dreams, and health, and quiet breathing.  (以下省略)
BPart Two,6 "But she is in her grave and oh,
         The difference to me!"
         "I beg your pardon," said Roddy. Hercule Poirot explained:
         "Wordsworth. I read him much. Those lines express, perhaps, what you feel? ":―
 上記1)BのLucy poemを参照。
CPart One 6,1:Shakespeare,Othello W,B,59 "Tis neither here nor there."参照。
DPart Two 3: Shakespeare, Midsummer-Night's DreamU,@,163-164
   "And the imperial votaress passed on,
   In maiden meditation, fancy-free." 参照。
EShakespeare, Hamletの言葉をもじったもの、3件。
Fその他Tennysonの詩から:Part One 4,Vにあり。


――お知らせ――

ちょっとスペースが空きましたので……。


グリルルーム

 長いお手紙を紹介するコーナーです。嬉しいことに今回は三通も届きました。

クリスティ作品と出会えた人生

庵原 直子

 私は今年一年、病気に継ぐ病気、持病も少し進んで、もう決して若くない。それを自覚しないとつい無理をしてしまいます。そんなエネルギーの無い時や、不眠で夜中に読む本は、やはりクリスティです。
 20代〜30代の頃の私にとってのベストは『茶色の服の男』や『青列車の秘密』、『愛国殺人』等、一寸冒険色のある作品でした。40代〜50代は『葬儀を終えて』、『書斎の死体』、『予告殺人』等でした。
 60代の今、『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』やトミーとタペンスのシリーズのような楽しいミステリー(?)が、いっとき、痛みや不安を忘れさせてくれます。久しぶりに読んだ『クィン氏の事件簿』は、オー! こんなに味わい深く、しゃれた短編集だったのか、と改めてクリスティはすごいと思いました。
 何度も読み返すクリスティ作品に、もし出会うことなくきていたら、私の人生は実につまらなく、色褪せたものではなかっただろうかと思います。60歳になったらイギリスへ旅をする、クリスティ縁の地を歩き、モース警部を思ってオックスフォードの大学街を歩き、そしてバースへ行ってダイヤモンド・シリーズを読むと、夢見てきました。それも脊髄の病気のため、長時間の飛行機は無理だとなり、船旅するほどのお金はなしで、結局、夢は夢で終ってしまうのでしょう。


DVD版のミス・マープル

中嶋 千寿子

 NHK出版生活人新書の『料理で読むミステリー』、ご覧になりましたか。クリスティは『鏡は横にひび割れて』が挙げられていて、英国式朝食について書かれていましたね。クリスティ、英国といえばアフタヌーンティというのは普遍的過ぎるのでしょうけど、スコーンやサンドウィッチの他にもケーキやチョコについても、まだまだ言及の余地があるような。作品にも、よく登場しますよね、チョコ。ポアロのチョコ(飲み物としての)好きは、ベルギーというお国柄だとしても、病人にも箱入りチョコをあげたりしてますよね。クリスティはチョコ好きだったのでしょうか。
 そうチョコといえば、とうとう(?)届きました。BBCのミス・マープル・シリーズのDVD版! 第1巻は売切れで入手できませんでしたが、残り10巻は大丈夫でした。ラインナップは以下の通りですが、ビデオ版には入っていたという「ポケットにライ麦を」が無いのが残念です。
 1.「書斎の死体」2.「スリーピング・マーダー」3.「パディントン発4時50分」4.「カリブ海の秘密」5.「バートラムホテルにて」6.「予告殺人」7.「復讐の女神」8.「動く指」9.「魔術の殺人」10.「牧師館の殺人」11.「鏡は横にひび割れて」
 で、一番最初に観たかったものは、勿論「予告殺人」です。その理由は「デリシャス・デス甘美なる死」という名を冠された特製ケーキが見たかったからです。チョコたっぷりのザッハトルテ風かな、と想像しておりましたが、さにあらず。プリンのように頭に茶色の帽子を被ったかのような、素朴なケーキでした。あまりにもそっけない気もしたのですが、こういう飾り気の無さが英国人好みなのでしょうか。原作ではミッチーという名でしたが、DVDでは何故か「ハナ」という名の、フラメンコの衣装が似合いそうな女性が作ったにしては、おとなし過ぎるような。おそらくドラは頭痛持ちだったのでしょうが、確実に頭痛を発症させ服薬したくなるよう仕向けるには、頭痛誘発物質チラミンを、その成分にもつチョコレートを、これでもか! という位ドッサリ、そう、悶絶するほど塗り込める必要があったのでは? と思うぐらいのあっさりケーキで意外でした。でも、ドラの飲んだ毒物って、一体何だったのでしょう。通常服用量の1〜2錠程度で眠るように死に至るほどの毒物を、どのようにして入手できたのだろう、という疑問もチラリとかすめましたが、キャスティングもよく、村やそこここの部屋の中のたたずまいなども素敵で楽しめました。原作の後半にジュリアが「うまい肉料理を作った」というところが、オムレツを作るシーンになっていたのは、卵をかき混ぜる動作にいらだちを引き出す演出なのでしょうか。ラストは二組の結婚式までありました。次は「パディントン発〜」を観ようと思っています。何故って、それは全主婦の憧れ、ルーシー・アイレスバロウが登場するからです。せめて彼女の1/50ほどの才能があったら、捜し物の度にそこら中の引き出しを開けずにすみそうじゃありませんか(そんなのは私だけでしょうか。……失礼しました)。そんなわけで当分お楽しみが続きそうです。
P.S.この乱文をしたためておりましたら、電話が……。第1巻も再生産されたようで無事入荷したらしいです。ありがたや、ありがたや、長生きはしてみるものですね。

50周年目の「マウストラップ」

新谷 里美

 新年はロンドンから、ではありませんが、今年もロンドンに短い旅をしました。「マウストラップ」のゴールデン・ジュビリィー、50周年に当る年で、もちろん観劇致しました。今までで一番良い席を予約しました。相変わらず旅行者(ユーロ圏と思われる)や老若男女で賑わっていました。
 今年のロンドンは寒くて夜はマイナスの温度になっていたのではないでしょうか。着込んでいたにもかかわらず、寒く感じました。日本に戻ってからニュースでロンドンに雪が降ったと聞きました。私は観劇中はワクワクしますが、むしろ観劇前の劇場の玄関辺りに人々が集り、おしゃべりしながら、パンフレットや飲み物を買っている時が何だか一番楽しいです。筋書きはもちろんマスターしていますが、数年に1回のことだから、いつも初めてのように観劇しています。配役も変わりますしね。
 今回もクリストファーレンやパラビチーニの役者が印象に残りました。それから季節もぴったりでした。


ミセス鈴木のパン・お菓子教室

第14回 クリスマス・オーナメントクッキー

鈴木 千佳子

 前回は紙幅の関係と原稿が少し遅れて届いたこともあり、「ミセス鈴木のパン・お菓子教室」は一回休みになりました。遅れた理由は、「新年度が始まった時、ある程度は予想していましたが、今年はものすごく忙しい年になっています。無事3月が迎えられるよう、ミスが少しでも少なく様々な役を終えられるよう、ひたすら前を向いて走っています」とのこと。学校関係のようですね。
 ということで6月にクリスマスのケーキとは、季節に似合わないのですが、私のイイカゲンな編集作業では、クリスマス号をクリスマスまでに届けられない可能性もあります。作るための準備時間を考慮すれば、むしろ今号への掲載こそ最適と思われます、と居直り(?)つつのお詫びです(S)。


はじめに
 これは、香辛料がたくさん入っていて、少し癖のある味ですが、日持ちが良く、1ヶ月くらいは大丈夫です。子供達もデコレーションするのが大好きで、毎年作ろうと言われます。よく玄関の樅木に飾っておくのですが、子供達が食べたり、お客さんにあげたりしていつの間にかなくなってしまいます。
 この生地は、本当はヘキセンハウス(魔女の家、右の写真)をつくるためのものです。その残りをクッキーにしていたのですが、我が家の子供達の口に合ったらしく、24日を待ちかねて、ハウスも食べられてしまいます。ハウスは、型紙の準備や組み立てのことなど面倒なので、簡単なクッキーという形で紹介します。イギリスで作られているかどうかは、定かではありませんので、悪しからず。レシピを書いているうちに、何だか作りたくなりました。

材料
 薄力粉・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・230グラム
 ベーキングパウダー・・・・・・・・・・・・・・・・5グラム
 シナモン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小さじ1杯
 ナツメグ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小さじ4分の1杯
 グロウブ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小さじ4分の1杯
 ジンジャー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小さじ4分の1杯
 ショートニング・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30グラム
 蜂蜜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・150グラム
 キビ砂糖(ブラウンシュガー)・・・・・・・・60グラム

  粉砂糖・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・100グラム
 卵白・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15グラム
 レモン汁・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3グラム

作り方

  1. 粉類を3回ふるい、大きめのボールに入れる
  2. ショートニングを湯煎で溶かし、蜂蜜と砂糖を加えて溶かしながら80度まで温度を上げ、一端冷します。
  3. 2.を1.に入れ、手でしっかりこねて一つにまとめる
  4. ラップにくるんで、涼しい所で一晩休ませる。
  5. 打ち粉(強力粉)をふって、3ミリ厚に伸ばす。
  6. 星や柊、サンタクロースなどクリスマスにちなんだ抜き型で抜き、上になる方にひも通しのための小さな穴をあける。(型がなければ厚紙で作り、それに沿ってナイフで切れば、いろいろな形ができる)
  7. クックシートを敷いた天板に乗せ、予熱をしておいたオーブンに入れ、170度で15分ほど焼く。
  8. オーブンから出し、すこし冷めたらアミに移して完全に冷ます。
  9. 粉砂糖に卵白とレモン汁を加えて、ホイッパーでよく混ぜる。
  10. 幾つかに小分けし、色粉でいろいろな色を作る。クックシートで小さな絞り出し袋を作っていれる。
  11. 8.のクッキーの形に合わせて、工夫して絞る。ドライチェリー、アンゼリカ、松の実、ミモザ、アラザンなどでデコレイションするときれいで楽しい。
  12. 細いカラーテープを穴に通し、クリスマス・ツリーや壁に飾る。

クリスティ症候群患者の告白(その34)

数藤 康雄

×月×日 ペイントンにあるクリスティの別荘グリーンウェイ・ハウスの庭がナショナル・トラストに移管されたものの、交通渋滞を懸念した近隣住民との話し合いがまとまらず、一般公開が遅れているようだ、ということは以前のWH通信でお知らせしたはず。その後どうなったのだろう、と気にはしていたものの、クリスティ協会が解散したこともあり、情報が入らなくなってしまった。クリスティの公式ホームページ(http://www.agathachristie.com/)にもなんの記事も載っていないので、依然として中断したままかと考えていたが、インターネットで適当に検索していたところ、BBCのインターネット版に以下の記事が見つかり(http://www.bbc.co.uk/devon/outdoors/gardens/agatha_christie.shtml)、すでに2002年3月には公開されていたことがわかった。
 その記事によると、公開は1週間に4日、1年に37週とし、訪問者は年間4万人、車も12800台以下とすることで、近隣住民と合意に達したそうだ。訪問者はペイントンからバスに乗るか、ダートマスからフェリーで行くことになる。車でも訪れることは出来るが、車の場合は、大型バスはダメで、しかも事前の予約が必要ということである。
 グリーンウェイは全部で300エーカの広さがあるそうだが、一般公開されるのはその一部30エーカである。牛小屋や納屋を改造した受付やカフェもあり、遊歩道もナショナル・トラスト側で整備したそうだ。その責任者の話では、現在のこの庭は、クリスティの娘ロザリンドさんの夫ヒックスさんが1950年代から手塩にかけて整備したもので、ヒックスさんの好み・考えが全面的に反映されているとのこと。ヒックスさんは南半球の植物が好きなので、そこにはマグノリア、ツバキ、ロードデンドロン(石楠花?)、シラブなどが多いらしい。
 ただしクリスティに直接関係したものはまったくないそうだ。それはクリスティがこの庭の整備に直接手も口も出さなかったからだが、見学コースにもクリスティの面影を偲ぶものはなにもないそうだ。したがって遊歩道は、かつてクリスティが住んでいた(現在ロザリンドさんとヒックスさんが住んでいる)白亜のグリーンウェイ・ハウスの近くを通っていないようだ(遊歩中に少しは建物が見えると思うが……)。管理責任者は「クリスティ・ファンはここに来て、クリスティの雰囲気を感じ、想像はできますが、それだけです。クリスティの記念物を期待したら、ガッカリするだけでしょう」と述べている。つまりここに来てもポアロ饅頭やマープル・マフィンは売られていないし、クリスティの記念碑やプレートなどもまったく見当たらないということなのであろう。そして庭の完全修復までにはあと10年はかかるそうだ。
 ところでナショナル・トラストのホームページ(http://www.nationaltrust.org.uk/main/)には、より実用的なことが書かれていることがわかった。それによると2003年の公開日は3月5日〜10月4日の内の水〜土曜日、時間は10:30−17:00まで。入場料は、大人3.7ポンド、子供1.8ポンド(ただしこれは交通費込みで、直接車などで行くならば、もう少し安い)。
 クリスティ・ファンより、イギリス庭園好きが見学すべき場所のような気がするが、会員の中で訪れる方がありましたら、ぜひ詳細報告を!
×月×日 ひょんなことから、クリスティに関する風聞を耳にした。噂話なのであまり信用されても困るが、クリスティ・ファンには興味深いことなので、一応披露することにしよう。
 1998年、Chorion PLCという会社がAgatha Christie LTDの64%の権利を収得した(http://www.chorion.co.uk/release/agathachristie.html)。これによってChorionは新たな戦略の元で、クリスティ作品の販売に力をいれだした。ペイパーバックの装丁を変えたり、鴉をモチーフした統一ロゴを作成したのもその一環と思われるが、昨年は日本の出版社に対して、クリスティ作品の新たな翻訳権交渉を行なったようである。
 これまでのクリスティ作品の翻訳権は、一部の古い作品を除いては早川書房が持っていたが、この契約はかなり昔のことで(つまり日本が今のような大きなマーケットになるとは予想されていない頃のことなので)、その内容には結構あいまいな点があったらしい。今回の交渉は、これまでの契約を打ちきり、新たに一定期間の独占翻訳権を認めるということらしく、日本の各社と交渉したようだが、結局以前からの実績(?)がものをいってか、早川書房と新しく契約することになったらしい。契約は7年間程度なので、その期間内に早川書房もクリスティ作品を積極的に売り出し、契約料に見合うだけの利益を上げる必要がある。お馴染みの真鍋博さんの表紙まで変えるかどうかは知らないが、少なくとも一部の古い翻訳は新訳に変更して、クリスティ作品の売上増を狙って、今秋からクリスティ・フェアを大々的に実施するらしい。
 年来のクリスティ・ファンは読み残した作品を入手しやすくなるし、新しいクリスティ・ファンも増えることになるから、そのようなことは大賛成であるが、ただ問題が一つ発生したようだ。契約交渉の過程で、これまでは各社が自由にできた『オリエント急行の殺人』と『三幕の殺人』の翻訳出版が、今後はできなくなる可能性のあることが判明したからである。つまりこれまでは、上記二作品は、翻訳権10年留保の関係で(原著刊行後10年以内に日本で正式に契約されて、出版されなければ、翻訳権は自由使用となる日本の著作権法条項のおかげで)、各社が自由に出版できたのに、今後はそれが難しくなる可能性が高くなったからである。
 ここで素人の私が、現在の著作権法を説明するというのもヘンなことだが(したがって勘違いもあるはずだが、行き掛かり上書いてみると)、例えば本国で1934年に出版されている『オリエント急行の殺人』は、10年留保の関係で、1944年までに日本で正式な契約のもとで翻訳されていなければ、以後は自由に翻訳できるかといえば、それがそう簡単ではない。戦時期間加算というものがあるからだ。つまり戦争勃発(1941年12月8日)から平和条約成立(1952年4月28日)までの期間は、10年留保の期間には含めないからである。その上、翻訳の場合はそれに必要な期間としてさらに6か月が加算されることになるらしい。ということで1930年代前半に原著が出版され、1950年代前半に早川書房から翻訳された作品について厳密に日数をカウントしてみたら、これまでは翻訳権が切れていと思われた上記二作品が、この10年留保に抵触することがわかった、というのが翻訳エージェントからの指摘である。これを書いている現在、翻訳エージェントと早川書房を除く各社との間でどのような決着になったのかは、関係者でない私には、もちろんわからない。
 一般に英米の本は出版年しか記されていないことが多いので、厳密に日数を計算できるのか疑問であるが、なにはともあれファンとしては、これまで通り数種類の翻訳書があるに越したことはないので、ヘンにこじれることなく一件落着してほしいものだ。
4月×日 自分が読み残した英国ミステリーを整理するためと脳細胞の衰えを防ぐため(?)、自分のホームページを作り始めてから8か月ほどになるが、いまだに作業が終わらない。完成度は6−7割か。でも前号の末尾に記したように、以前から4月1日には公開しようと決めていたので、4月1日現在の完成状態をそのままサーバーに転送した。サイト名は、クリスティの作品名をそのまま安易に頂戴した"二人で探偵を"で、URLはhttp://www.ab.cyberhome.ne.jp/~lilac/である。インターネットをしている人は、都合の良いときに覗いてみてください、とPR。
 内容は(1)クリスティ・ファンクラブの紹介、(2)戦後翻訳された英国ミステリーのリスト(評価付き)、(3)障害者探偵のリストの三本立てである。このうち(1)は田中さんのサーバーに間借りしていたクリスティ・ファンクラブのURLを自前のURLに変更しただけで、内容はまったく同じである(今後は多少充実させようと思っているが、いうまでもなくファンクラブについてはこの機関誌の方を重視しているので、慌ててインターネットに接続する必要はまったくないが)。そして(3)は以前作っていたものの増補・改定版なので、たいして時間を掛けずに完成した。
 問題は(2)であった。内容は戦後翻訳された英国ミステリーのリストと400字前後のコメントを付けたものであるが、1978年からはEQ誌に掲載した紹介文が残っているし(しかも1989年からはファイルとして残っている!)、それ以前の作品については一応読書ノートや読書カードを作っていたので、半年もあれば完成するだろうと楽観していた。ところがこれが大誤算。記憶力が衰えていたことを忘れていたからである。EQ誌に掲載した作品については、10年前までの作品なら確かに覚えているものがほとんどだったが、それ以前の作品については忘れてしまったものの方が多い。学生時代に読んだ作品は、多くが古典ミステリーなので、400字ぐらいのコメントなら簡単に付けられると思っていたが、これも間違っていた。面白かった、あるいはつまらなかったしか記憶に残っていないのだ。そのうえ古い読書ノートはトリックについてしか触れておらず、ほとんど使い物にならなかった。そこでダンボールから本を探しては拾い読みしてコメントを書いていたら、作業が大幅に遅れてしまったというわけである。
 でも早々に完成してしまっては楽しみが減ってしまう。この程度の完成度からスタートするのが無難であろう。文字情報ばかりのHPで見てくれは悪いが、たまには接続をよろしく!


ティー・ラウンジ

■寒い日が続いています。でも私は暖かい気持ちでいっぱいです。12月号の通信に載せていただいた、NHKで放映したクリスティのビデオについて、早速4人の会員の方から御連絡があり、浜松の庵原様からは、なんと直接届き、10年ぶりに見ることができました。その他にも、アガサ・クリスティのビデオをほとんどお持ちの「ビデオ長者」の方から、ビデオのリストをいただき、新たに「秘密機関」と「茶色い服の男」までダビングしていただき、本当に会員の方々の御好意に感謝感激です。クリスティを愛する方々のこのクラブはすばらしいなあと、お仲間にいれていただき、ありがとうございました。ご報告とお礼を申し上げます。これで皆さんと夏樹静子氏と石坂浩二氏が回ったクリスティの作品の舞台となった所へ行く企画があれば、仕事を休診にして参加してしまうのですけれど(野村恭子さん)。
■64号有難うございました。マイベスト<7>の頁で、田中氏の2位にトレヴェニアンの「シブミ」があり、嬉しくなりました。何年か前に読んで以来ほかの作品を探していたのですが、最近"Hot Night in the City"を見つけました。まだ読んでいませんが(大山伯恵さん)。
 トレヴェニアンが新作を出しているとは知りませんでした。私も好きな作家の一人です。さっそくインターネットで調べてみたら"Hot Night in the City"は2000年に出た短編集でした。1998年には"Incident at Twenty Mile"という西部劇も出ているようです(S)。
■ところでWH通信No.64の拙稿「前夫の不倫がクリスティに与えた影響はあるか?」の「追伸」で、少し舌足らずだったのですが、ジョン・ヒル・バートン博士がドイルの幼なじみだったのではなく、博士の子息のウィリアム・K・バートン氏がドイルの竹馬の友だったのです。そのバートン氏が「御雇い外国人」として日本の上下水道改良に努めると共に、ドイルに「バリツ」を伝えた(さらには正倉院や聖武天皇についてもドイルにレクチュアした)と言われております(W・K・バートン氏は明治32年に日本で客死しました)。ちなみにワトスンが偽名として使ったのは"Hill Barton"ですが、ドイルの友人の父のバートン博士は"John Hill Burton"なので、もしバートン一家に恨みを抱いていたら、スペルを変えるでしょうか?(佐竹剛さん)
■「クリスティ・ファンの、マイベスト7」には、お世話になっています。かなりの読書量になってきていますが、自分の気に入るものがみなさんと合わないと、間違いを犯したような気分になる私でしたが、真鍋博さんの昔のエッセイの中で、「本を読むにも職業ならではの読み方がある……」と書いていらして、大きく言うと個人ごと違って良いかな? なんて考えて安心しています。ちなみにそのエッセイ集の中で、クリスティの文庫本カバーをデザインする時、タイトルをタテにした、とありました。当時は珍しいことだったんですね(橋本弥生さん)。
■会社でもらった「基金だより」にクリスティのことが載っていたので同封しました。ところで評論を書く時はいつも「では、カーは(このテーマに)どう挑んでいるか?」「クリスティは?」という考察もしているのですが、やはりクイーンに近いのはカーではなくクリスティですね。カーがミステリーの枠やパターンを無自覚に踏襲しているのに対し、クリスティとクイーンは違いますから。クイーンがクリスティに先を越されまいかを気にしていた(が、カーは気にしてなかった)点は、この証明でしょう。特に『親指のうずき』は「後期クイーン問題」とやらと重なる部分がありますね(斉藤匡稔さん)。
 「基金だより」には、俳優で司会者としても有名な児玉清氏のエッセイが載っていたのですが、児玉氏はクリスティ作品をまだ一冊も読んだことがないそうです。理由は、嫌いな大学の先輩がクリスティを好きだったからだそうです。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの類ですね(S)。
■今号の阿部純子さんの「私のW杯」の記事、面白かったです。サッカー大好きなのですが、W杯前まではマニアックと見られていたので、あの1ヶ月は最高でした! 挨拶がサッカーの話題なんて滅多にありませんから。ところが彼女は「サッカーなんて大嫌い」と言いつつ、ポアロを見ながらもやはり結果は気になった、とおっしゃる。何となく想像できて、微笑ましかったです(荒井邦子さん)。
■だんだんミステリの読書量も減りつつあり、たまに手にした評判作がハズレだったりすると、本当にガッカリしてしまいます。一部で絶賛されているポール・アルテなども、昨年の『第四の扉』に関する限り×でしょう。プロットも変だし、読み物としてサッパリ面白くない。その点、最近読んだエセル・リナ・ホワイトの『バルカン超特急』(訳されるのが遅すぎ!)は――細かいことを言いだせば幾らもありますが――途中からグイグイ惹き込まれ、最後まで楽しめました。終盤アクション物に転じるヒッチコック映画版(それはそれで傑作ですが)より好きなくらいです。列車つながりで無性に『オリエント急行の殺人』を読み返したくなってきました(塚田よしとさん)。
■近くに大型の映画館ができて四、五年、毎年30〜50本近く映画を観てきました。昨年の暮れ「マイノリティ・レポート」を観ました。確かに重要な役どころでアガサと名付けられた女の人がいましたが、クリスティとは結び付きませんでした。映画は充分楽しめました。スピルバーグの映像美とトム・クルーズのスター性がうまい具合に重なってアッという間に見終わりました。邦画では「ピンポン」が面白かったです(相良麻里子さん)。
■ところで最近、EQ誌の「ドロシーとアガサ」を手に入れることに成功しました。筆者はゲイロード・ラーセン。2回連続の読み物でしたが、これがなかなか面白い。読み始めるまでは評論の類いと思っていたのですが、一つのミステリー作品に仕上げてあり(ファクトとフィクションの要素をもつファクションと位置づけられていますが)、「二大ミステリー作家」の特徴を縦糸に、第一次戦争中の英国軍隊内で起った不祥事件を横糸(縦、横は入れ替えても差し支えないのですが)に物語は作られています。勿論、大方のクリスティ・ファンはすでに読んでおられるのでしょうが、ドロシー・L・セイヤーズについては作品以外あまり知らなかったわたしには驚きの連続で、ときどき大笑いしながら読み通しました。アガサはとても可愛く、かつ巧妙な探偵魂をもつ女性に描かれ、<謎解きの得意な作家>と謙遜振りも本人が語ってでもいるかのようで、ドロシーと比較するとあまりにも得をしているかのように見えて、それが最後にきっちりドロシーにも<花を持たせる>辺りは、ラーセンの手腕の冴えなのかセイヤーズ・ファンへの気配りなのか、なかなか後味のよい作品でした。雑誌は、だるま書店という古本屋(名古屋)からインターネット経由で購入しましたが、丁寧に梱包された包を開けるときは、あの『チャリングクロス84番地』に描かれたと同じようなワクワクするような気分を味わえて、イギリス行きをキャンセルした後の気分をいくらか忘れることができました(村上由美さん)。
 「ドロシーとアガサ」は1993年1月号と3月号のEQ誌(No.91とNo.92)に連載されたものです。No.92には私の雑文も載っていますが、興味のある人は古本屋で探してみてください(S)。
■私は小学校で江戸川乱歩、ドイルの作品に出会い、高校でクリスティのミステリーに出会い、大学でウェストマコット名義の作品を知りました。以来、イギリスはずっと憧れの国です。アシモフ氏が黒後家シリーズの中で何度か述べておられますが、クリスティ作品には大変な魅力があります。時代を反映した大英帝国主義、白人(至上?)主義が見え隠れするとしても、奇抜なトリック、緻密な心理描写、女性らしい視点の持ち方……。原作といいますか、オリジナルの英語が読み易いのも嬉しいです(Holmes物の英語は難しく、未だに読破できていません)。翻訳も洋書も読め、イギリスにも行ける今の時代に生れて幸運だと思います。イギリスに憧れ、ミステリーをオリジナルで読みたいと考えたこともあり、私は英語を人一倍勉強しました。そのお陰もあり、今はフィリピン支援のボランティア団体(小さなNGOです)で職員をしています。クリスティやポアロさんが暮らした街に行きたいという気持が現在の私の原点なのかもしれません。
 今度クリスティ女史が生れかわってミステリーを書くなら、有色人種のことをもう少し丁寧に描いて欲しいなぁ……と、フィリピンやバングラデシュを訪問した今は思います。「初めての海外はイギリス!」と考えていた私の初めての海外は、仕事の関係でパヤタスに代わりました。最後一字だけは同じですが、こちらはフィリピンのゴミの山で(この近くに支援先の作業所があります)、ミステリの街とはえらい違いですが、人の魅力に溢れていることは、クリスティ・ワールドと変わりません。でもいつか、ポアロさんを偲ぶためのヨーロッパ旅行もしたい……と考えております(松岡亜湖さん)。
■素晴らしい本に出会えました。『ミステリ美術館 ジャケットで見るミステリの歴史』(国書刊行会)です。原書のカラージャケットが460点も! クリスティに関しては『おしどり探偵』のイギリス初版がとってもおしゃれに感じました。それにしても70年も、80年も前の海外ミステリは宝石のように思え、可能な限り読んでみたいと思っています。
 テレビでは「バーナビー警部」が楽しめました。ストーリーそのものよりも、イギリスの田園風景、庭、美しい家に魅せられて見ていました。バーナビー警部の吹き替えを小野武彦が担当したのは、顔がとても似ていたからだと思います。NHKは吹き替えに関しては粋なところがあって、登場人物本人の顔や声が似ている人を採用することがよくあると感じていました。例えばデビッド・スーシェと熊倉一雄は声、アンジェラ・ランズベリー(ジェシカおばさん)と森光子も声が似ていて、シャーロック・ホームズの「曲がった男」に出てきた婦人は高林由紀子に顔がそっくりでした(大江美代子さん)。
■クリスティの場合、作品数が多いので仕方ないのでしょうが、翻訳で作品を読むときには、どうしてもその日本語によってはなんだか面白く感じられないものと、好ましい言葉使いのものとに別れます。ポアロものなどは会話部分が多いので、話し方をどう書いてあるかで印象が全く違ってきます。Harper Collinsのペーパーバックを買って読むのもいいのですが、私の英語力では日本語と同じスピードという訳には行きません。悩ましいところです。まあ、クリスティ・ファンとしては是非、原文で全作品を読むべきなのでしょうね。来年から頑張って増やしていこうと思います(高橋顕子さん)。
■WH通信届きました。これを合図に私の12月が始まります。猛ダッシュで賀状書き(すべて手書き)、旅の記録の写真の整理、紀行文の着手、季刊誌への寄稿の準備、結社誌への投句……等々、もうわが机上は修羅のごとき有様! まあ、これが私の元気印の源……。文明の利器など一切使用しない私は、ひたすらペン派で強がっています。身ほとりに電子音のある暮しが嫌いで、そのうち取り残されてゆく人種かもしれません。家の近くに玉川上水があり、朝は野鳥のこえで目覚めます。陽の光り、風の音、樹々の匂い、すべての自然に感謝をして暮らしてゆきたいと思っております。
        ミス・レモン スフレのような春帽子       ひろこ (土居ノ内寛子さん)
■ところでアガサが生れ変わって犬になったというお話はご存知でしょうか? 英国のお話ではなくて、名作もじりの題名でおなじみジル・チャーチルの新シリーズ『風の向くまま』の中でのお話です。コリー犬の血がかなり入っている大きな(どうやら雑種らしい)野良犬が主人公に家族として迎えられて(謎解きをするんだから)、「アガサ・クリスティにならなきゃね」というわけで命名されたのですが、「気でも狂ったのか? なんてひどい名前だ」なーんて言われてしまうんですよ。「女の子の名前にはいいけど、犬には……」っていうくだりもあって、「アガサ」という名はどんな雰囲気のお名前なんでしょうね。古風な感じなんでしょうか。日本でいえば「千代」とか……。なにはともあれ、危機一髪で主人公を守るけなげな犬なんですけどね(中嶋千寿子さん)。 ■今号の白眉は何といっても、マローワン博士の不倫(?)特集ですね。ミステリーの会誌には不似合いな、あまりロマンチックでないオシャレでもない、どちらかというと婦人雑誌的な生臭い視点からの考察ではありますが、なかなか考えさせられるものがありました。特に(3)についての考察、「マックスとバーバラの結婚は不倫の延長線上に生じたのではなく、老人問題、介護問題の結果としてであろう」は、クリスティ、マローワン、バーバラ、三者三様の人生を意外な角度から鮮明にして、ウーン、深いぞ。
 マローワン博士の存在は、クリスティの華やかさに比して地味で平凡なものに思われがちですし、バーバラに至ってはその存在を知る人も少ないでしょう。しかし、その生きた重みというか人生の充実度みたいなものを考えた時、有名無名といった尺度を越え、3人がそれぞれその人らしく充実した人生を成就していることに感動を覚えます。
 グエン・ロビンス『アガサ・クリスチィの秘密』の最終章に"夫人の死から20か月後にサー・マックス・マローワンは考古学を通して夫妻の共通の友人だったミス・バーバラ・パーカーと再婚した。自分が先に他界したら夫には再婚して欲しいというのが、デイム・アガサのかねてからの望みでもあった"とありますが、私はこれを信じます。お利口なクリスティは、自分の死後二人が再婚するであろうことを見通した上で、マローワン博士に『スリーピング・マーダー』の著作権ほかの贈り物をしたはずです。マローワン博士はその贈り物を活用した後、結婚という一番合理的な方法でバーバラ嬢に贈り、バーバラもそれを上手に活かして残りの人生を充実させているようですね。クリスティは天上からこの様子を眺め(あの有名なポーズで頬づえをつきながら)自分の好意が活かされたことをきっと喜んだことと思います。彼女はそういう温かい心の持ち主であることが、作品から感じられませんか。
 話は変わりますが、妻を亡くした後余命いくばくも無いのに若いバーバラと結婚し、彼女に経済的な安定を贈ったマローワン博士のやり方は、"人生2回結婚説"を唱え実践した木々高太郎を思い起こさせます。ちょっと古いですが。古いのも仕方ない。私、間もなく還暦ですから。同じ年代の方なら、木々高太郎がどんな人で、"人生2回結婚説"がいかなる物かお分かりでしょうが、若い方には何のことやらさっぱり、かもしれない。木々高太郎は江戸川乱歩と同時代のミステリー作家。その本名を打ち出そうと思ったのですが、私のトロいワープロは"林"は打てるけど"たかし"が打てない。"たかし"の転換を試みるうち疲労困憊しまったので、え〜い、この話はもうここで止めだ(泉淑江さん)。
 "たかし"の漢字は「髞」ですね。JISの第二水準にありました(S)。
■毎日が日曜日なうえに、映画が老人割引(千円)で観られる歳になってしまいました。老人割引はチケット売り場での自己申告制(?)なので、初めて老人割引でチケットを買ったときは、「証明書などはありますか?」などと言われそうな気がしたのですが、なんのトラブルもなくガッカリ(!)。自分は若いと思っているのに、やはり他人様は歳相応に見ているのですね。そういえばコンビニのレジでは購入者を見て、密かに購入者の年齢を推測して入力しているとか。どんなボタンが押されるのか多少興味がありますが、こちらがコンビニにはほとんど行かないので、この調査はまだ出来ていませんが。
■今年初めて老人割引で観た映画は、やはりケン・ローチ監督の「SWEET SIXTEEN」になりました。あいかわらず英国労働者階級の生活が活写されています。脚本がうまいなあと思ったら、カンヌ映画祭の脚本賞を受賞したとのこと。「ケス」を見逃したことが、返す返すも残念です。
■今号を発送するころには、サッカーのコンフェデレーションズ杯がフランスで行われているはずで楽しみです。クリスティについては秋頃のクリスティ・フェアに期待しましょう(S)。


 ・・・・・・・・・・ウインタブルック・ハウス通信・・・・・・・・・・・・
☆ 編集者:数藤康雄           ☆ 発行日 :2003.9.15
  三鷹市XX町XーXーX          ☆ 会 費 :年 500 円
☆ 発行所:KS社              ☆ 振替番号:00190-7-66325
                        ☆ 名 称 :クリスティ・ファン・クラブ


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