ウインタブルック・ハウス通信

クリスティ・ファンクラブ機関誌

2001.12.24  NO.62

 62歳のクリスティ。この年は『マギンティ夫人は死んだ』と『魔術の殺人』の二長編を出版している。60歳を超えての旺盛な筆力には頭が下がるが、これだけで驚いては困る。この年には、さらにあの怪物戯曲「ねずみとり」が公演されたのである。
 初演は1952年11月25日。所はロンドンのアンバサダー劇場。主役はリチャード・アッテンボローとシーラ・シム。8ヶ月も続けばと思われていた「ねずみとり」は、空前絶後、前人未到の50周年の年に突入した。これこそ、本当の驚きだ(S)。


< 目  次 >

◎クリスティ関連書の紹介(その2)――――――――――数藤 康雄
◎ロンドンへの短い旅 ―――――――――――――――新谷 里美
◎『そして誰もいなくなった』を巡る二つの話題 ―――――佐竹 剛
◎クリスティ・ファンのマイベスト<7>―――――――――新坂 純一・加藤 武男・羽田 和政
◎グリルルーム――――――――――――――――――田中 美穂子・泉 淑枝・土居ノ内 寛子
◎ミセス鈴木のパン・お菓子教室  第12回 紅茶のバターケーキ――鈴木 千佳子
◎クリスティ症候群患者の告白(その31) ―――――――数藤 康雄
◎ティー・ラウンジ
★表紙   高田 雄吉


クリスティ関連書の紹介(その2)

紹介者  数藤 康雄

 クリスティが亡くなってから、はや25年が経ちました。きりのよい1/4世紀という数字のためかどうかしりませんが、今年も、前号で紹介したクリスティ関連本以外にも、関係本が出版されています。また例によって(?)気の利いた企画が思い付かなかったため、ここでは前回扱えなかった本を中心に、表紙付きで紹介してみました。
 なお今回は、時間的制約などの関係で私だけが担当しましたが、なにか面白い本、興味深い本を見つけましたら、ぜひこの欄で紹介してください(S)。


"The Getaway Guide to Agatha Christie's England"(1999)

By Judith Hurdle

 

 クリスティが観光資源として有効であることが明らかになったのは、間違いなく1990年のクリスティ生誕百年記念年前後であろう。その記念祭を契機に、生れ故郷トーケイには記念室や胸像が整備されたし、英国政府観光庁はクリスティの観光パンフレットを大々的に配布したりしているからである。またトーケイを中心にした観光案内書や写真集もいくつか出版されるようになった。
 そのような案内書のうち、見ているだけで楽しくなったしまう本は、フランス人Francois Riviere の書いた"In the Footsteps of Agatha Christie"と津野志摩子さんの『アガサ・クリスティーと訪ねる南西イギリス』のニ書であろう。いずれも美しいカラー写真が豊富に掲載されているうえに、説明もわかりやすいからである。ただし、いずれもデボン州を中心とした紹介で、ロンドン案内がほとんどないのが欠点といってよいだろう。
 それに対して本書は、第一部が「アガサ・クリスティのロンドン」となっており、ロンドンでクリスティが住んでいたさまざまなフラットやクリスティ作品に登場するショッピング街、大英博物館などについて詳述している。特にクリスティの住んだフラットについては地図付きの紹介で、この本でもっとも価値のある部分といってよい。
 第二部は「ロンドン以外」の紹介で、トーキイなども含まれているが、前ニ書より簡単な記述になっている(ウォリングフォードについては詳しいが)。ちょっと変わっているのは第三部で、ここではアメリカの旅行者を対象にした具体的な日程表が例示されている。
 例えばロンドン7日間のスケジュールは、以下のとおり。
第一日:ロンドン着。"Time Out"を入手すること。2−3時間のロンドン・バスツアーの後、ブラウンズかハロッズでお茶をとる。夜はオリジナル・ロンドン・ウォーク。
第二日:大英博物館を見学後、クロッカー・ホーリー・パブで軽食。夕食はパブ"シャーロック・ホームズ"の二階のレストラン。その後は"ねずみとり"を観劇。
第三日:セント・ジェームズやメイフェアのクリスティ関連場所の探索。夕食後はコンサート。
第四日:パディントン駅からチョルジー駅へ、そして徒歩でクリスティのお墓へ。その後駅前からタクシーでウォリングフォード。レガッタ・ホテルで昼食。ウィンタブルック・ハウスに通じる遊歩道を辿って再びチョルジー駅へ。ロンドンで夕食と観劇(もしオックスフォードへ行きたい場合はタクシーでチョルジー駅へ)。
第五日:チェルシー界隈。クレスウェル・プレース22とスワン・コート48を訪問。その後チェルシー公園の散策やキングズ・ロードでのショッピングを楽しむ。昼食はパブ"キングズヘッド・アンド・エイトベルス"。夕食後はロイヤル・フェスティバル・ホールでのコンサート。
第六日:キャムデン・ヒルやホランド・パーク界隈の散策。レイトン・ハウスを訪問。リバティかヒールでお茶。夜はシェイクスピア劇の観劇。
第七日:ハムステッド。ヒースでピクニック・ランチ。キーツの家を見学後、英国の村の雰囲気を楽しむ。ケンウッド・ハウスでコンサート。
 あー、行ってみたい!!


"From Agatha Christie to Ruth Rendell"(2001)

By Susan Rowland

 

 日本の大学ではミステリーはまだあまり研究されていないが、英米ではそれなりに文学研究の対象になっており、その成果は本として出版されている。クリスティ関連の研究書もいくつか出ているが、大学の先生が書くクリスティについての評論は一般に内容が堅く、単なるクリスティ・ファンでしかない(しかも理系人間の)私には苦手なもののひとつである。したがってインターネットのアマゾン書店で本書を見つけたときも、すぐにその種の評論書だと気付いたので、当初は食指は動かなかったが、今なら送料無料とか、このハードカバーは40%オフとか書いてあり、注文がワンクリックですむため、ついつい買ってしまった。私はチラシの誇大広告に弱いのです。トホホ……。
 著者はGreenwich大学の先生で、パラパラ見た限りでは、まあだいたい予想したものであった。"My subject is pleasure"などと書かれているものの、やはり小難しい文章が多く、私の英語力では理解がアヤシクなる。したがって以下の紹介もイイカゲンにならざるをえないが、ごく短いのでご容赦を。
 著者の目的は、アガサ・クリスティ、ドロシー・L・セイヤーズ、マージョリー・アリンガム、ナイオ・マーシュ、P・D・ジャイムズ、ルース・レンデルの6人のミステリーをジェンダー、植民地主義、精神分析、フェミニズム、ゴシックなどの観点から考察し、相互の関係を明確にしようということである。考察の仕方は、最初は一般論を展開し、次にそれぞれの作家の代表的な一冊を取り上げるという方法である。ちなみにクリスティの作品で個別に取り上げられているのは、『アクロイド殺害事件』、『牧師館の殺人』、『ナイルに死す』、『ホロー荘の殺人』、『魔術の殺人』、『死との約束』、『スリーピングマーダー』の7本である。
 "ミステリーの女王"は4人で、その後継者は2人という考えはまあ妥当と思うが、P・モイーズが完全に無視されているのが、個人的には残念な点か。


"Agatha Christie, Woman of Mystery"(1997)

By John Escott

 

 情けないことに、"From Agatha Christie to Ruth Rendell"の紹介が2頁でダウンしてしまったので、おまけとして追加することにしたのが、本書である。
 こちらは学校の国語の副読本として作られたもので、基本単語700語だけで書かれている。私でもスイスイ読めるのはありがたい(イラストや写真を多数含めて40頁ちょうど)。当然、目新しい内容が書かれているわけではないが、クリスティの一生が簡潔にまとめられている。なお著者は英国のミステリー作家のようだ。おっ、英語の能力が進歩したのかな? と錯覚させてくれる嬉しい本である(S)。


ロンドンへの短い旅

新谷 里美

 本文は、ほぼ毎年(?)イギリスへ旅行されている新谷さんのお手紙の一部です。本来ならばティー・ラウンジに載せるべきものなのですが、このなかで触れられているアガサのブルー・プラーク(青い記念銘板)については、英国クリスティ協会の会報(2000年秋号)に面白い記事が載っていましたので、この際、そのことも紹介しようと思い、この文章を独立させたというわけです。
 その紹介したい記事ですが、アイリス・フレイという女性が書いている「失われた青白プラークの謎」というものです。
 新谷さんのお手紙の後に続きます(S)。


 今年の1月、短いロンドンの旅に出ました。今回はマウス・トラップの観劇とアガサのブルー・プラークを捜しました。Casewell 22(ロンドン)のプラークを捜すのには苦労致しましたが、親切な地元の方々に教えられて、無事にその前で記念撮影をすることが出来ました。今年の11月には同じくロンドンのSheffield Terrace 58 のブルー・プラークのセレモニーがあるそうです。出来たら参加したく思っています。
 さて帰国して、しばらくして悲しい知らせを受け取りました。あの偉大なアガサの執事だったGeorge Gowler さんが亡くなられたという(1月14日)奥様のEvelyn からのものでした。Gowlerさんがお好きだった美しいピンクのバラのカードでした。晩年のGowlerさんは、アガサに対する思いを出来る限り、アガサの好きな人々にアピールされ、とっておきの執事時代のエピソードを公開して下さいました。1998年に初めてTorquayでお会いした時、とても親切にして下さったことは忘れられない大切な思い出です。心から御冥福をお祈り申し上げます。今年はアガサ没後25年とのことで、英国では色々な行事があるようです。どれか一つに参加したいというのが今の望みです。

 前書きに触れたとおり、アイリス・フレイさんの記事を紹介することにします。彼女は旅行好きのアメリカ人で、1997年にロンドンへ旅行した際、クリスティのプラークがある家を訪ねてみたくなりました。そこで「ブルー・プラーク事務局」に問い合わせたところ、クリスティのプラークはひとつもないという返事を貰ったわけです。
 これはオカシイと思いませんか? 以前会員の安藤さんが訪れたという報告がWH通信(No.54)に載ったはずですし、前ページの新谷さんの写真は、まさにそのプラークのある家の写真なのですから。
 その疑問に対する答は、写真のプラーク(Casewell 22)は、非公式なプラークなのだそうです。イギリスのように古い建物を尊重する(?)国では、ディケンズやドイルが住んでいた家であると証明するプラークを取り付けるにも、それなりのお墨付きが必要となります。そのお墨付きを与えるところがEnglish Heritageの「ブルー・プラーク事務局」というわけで、ここにはそれまでクリスティのプラークを作ってほしいという要望は寄せられていなかったそうです。
 そこで、イレーネさんの要望を受けた事務局が1年間の検討の結果、クリスティのプラークを作ることに決めたそうです。そして、それからがいかにもイギリスらしいというのでしょうが、2年間もの徹底的な調査を行い、以下のようなプラークをSheffield Terrace 58番地の家に付けることになったそうです。

Dame AGATHA CHRISTIE
1890-1976
Detective Novelist and
Playwright lived here
1934-1941

 2年間も費やした大きな理由は、Sheffield Terrace 58にクリスティが間違いなく住んでいたことを確認するためでした。クリスティの自伝やジャネット・モーガンの遺族公認の伝記では、クリスティはSheffield Terrace 48に住んでいたと記されています。調査チームも最初はその線で調査したようですが、48では、クリスティが自伝で書いている記述と矛盾することがある(58であれば問題ない)ことがわかりました。そして当時の選挙人名簿や郵便配達人名録などから58が正しいとの結論になりました。48というと、クリスティがこれまで住んでいたCampden StreetもSwan Courtもいずれも48だったので、クリスティが無意識に間違えたというのが真相のようです。というわけでSheffield Terrace 58にプラークが取り付けられることになりました。除幕式は今年(2001年)の11月に行われることになっていますが、9月現在日時までは決まっていません。
 クリスティは、Sheffield TerraceやCasewell 22以外にも、ロンドンにはいくつかフラットを持っていたり、借りたりしています。きちんとした証拠のある建物にはどんどんプラークを付けてもよい気がしますが、ロンドンには有名人が多すぎるのか、English Heritageでは、一人につき一つのプラークしか認めないそうです。でもこれで、クリスティのロンドン名所がまた一つ増えたことになります。訪ねてみたいですね(S)。


『そして誰もいなくなった』を巡る二つの話題

佐竹 剛

 クリスティの『そして誰もいなくなった』は、その独創性においても、完成度においても、クリスティ作品の最高峰といってよいでしょう。クリスティ・ファンクラブのベストテン第一位で、自選のベストテンにも選ばれています。また戯曲にもなり、何回も映画化されています。
 このことは、『そして誰もいなくなった』という最高峰には、さまざまなルートからのアプローチが可能であることを意味します。ここでは映画と探偵論の二つのルートからの佐竹さんのアプローチを紹介しましたが、あなたの独特なアプローチも、ぜひお知らせください(S)。


四カ国による不思議な合作映画
 シャーロック・ホームズものの映画やTVは、英米はもちろん、デンマーク・ドイツ・イタリア・カナダ・フランス・旧ソ連・旧チェコスロバキア・ハンガリー等でも作られているそうであるが、我らがアガサ・クリスティのミステリーも、英米はもちろん、ドイツや旧ソ連などでも映画・TV化されているようである。
 なかでも変り種は、1975年に伊・仏・旧西ドイツ・スペイン合作で映画化された「そして誰もいなくなった」(ピーター・コリンソン監督、オリヴァー・リード主演)であろう。主なスタッフが英国人であることからイギリス映画扱いされているが、英・伊・仏・独・スペインの俳優が共演し、しかもイタリア人のアドルフォ・チェリがフランス人役、ドイツ人のエルケ・ゾマーが(たぶん)イギリス人かアメリカ人役で出ているとなると、どこかマカロニウェスタンを連想させる配役である。
 シナリオは1945年にルネ・クレール監督がハリウッドで映画化した「そして誰もいなくなった」と同じくハッピー・エンドになっているが、イランの史蹟を舞台にアレンジされている。まだイスラム革命前なので、本当にイランでロケをしたのかもしれない(マカロニウェスタンと同じく、スペインあたりで撮影した可能性もあり)。
 面白さではクレール版より劣るらしいが(なにしろ、現代に時代設定がされているので、オープニングにヘリコプターが出て来る。クレール氏が見たら卒倒するかも?!)、英語版では「U・N・オーエン氏」の声をオーソン・ウェルズが演じているし、歌手役の本物の歌手であるシャルル・アズナブールが(残念ながらフランス語ではなく英語で)マザーグースの「そして誰もいなくなった」を歌うという心憎い演出をしている。
 クリスティ自身は「検察側の証人」を映画化した「情婦」(1957年アメリカ。ビリー・ワイルダー監督、タイロン・パワー、マレーネ・ディートリッヒ、チャールズ・ロートン共演)を評価し、クレール版「そして誰もいなくなった」は駄作扱いしているが、ファンの間ではクレール氏のユーモア感覚が高く評価されているものの、この伊・仏・独・スペイン合作版こそ、駄作扱いされているらしい(やはり舞台や年代を変更したせいであろうか)。
 ポワロやミス・マープルといった「名探偵」が、この映画には出てこないので、ラストの改作は映画演出上、仕方ないのかもしれないが、ヘリコプターが出てくるクリスティものというのは、ちょっといただけない。とはいえ、イタリアでもクリスティの映画が作られているのを知っただけでも、幸運だろう。

探偵不在のミステリー
 『そして誰もいなくなった』の演劇版(クリスティ自身による戯曲)やルネ・クレール監督版(及びそのリメイク版)で、原作と違って、ハッピーエンドになるのは、一つにはファン心理によるものだろうが(ウィリアム・ジレット氏の戯曲でシャーロック・ホームズが結婚してしまうのも同じ心理?)、もう一つ、原作どおりだとドラマ化が不可能になるからでもあろう。
 小生は戯曲版やクレール版は見ていないが、前に述べた伊・仏・旧西独・スペイン合作映画版から類推すると、「探偵役」の「悪事」が別人の仕業なのを、「探偵役」が身代わりでインディアン島へ来たと改作されている(悪人が探偵というのは、少なくとも大戦間本格探偵小説では、あり得ぬからであろう)ことになっているらしい。
 原作版では探偵役が出てこないのも、「意外な結末」トリックの効果が高まっていることの一つだろう(間違ってもポワロやミス・マープルを出してはいけない。彼らは絶対に殺されないから、サスペンスが半減するからであろう)。
 小生としては、犯人の手記ではなく、全員死んだあと、ポワロなりミス・マープルなりがインディアン島を訪れて推理する、というアレンジも面白いのでは、と思う(それでも、最後に探偵が「あなたが犯人です、XXさん!」という決めゼリフを使えないから、困るだろうが)。アニメ・ファンとしては、「金田一少年」や「名探偵コナン」がインディアン島で事件に巻き込まれる、というパロディを描いてみたい、という誘惑にかられてしまう(笑)。
 ちなみに、原作では黒人の人形だったのがインディアン(ネイティヴ・アメリカン)の人形に、映画ではアレンジされていたのは、黒人への配慮だろうが、今ならインディアン人形も使えないかもしれない。
 ところで考えてみると、『月長石』も「特定の探偵が出てこない」ミステリーだが、捜査側は複数ながら、犯人側とはちゃんと分かれている。『そして誰もいなくなった』は、誰が探偵で誰が犯人なのかわからない(というより探偵不在のミステリーである)。松本清張氏などの「社会派」ミステリーだって、探偵役が一応はいる(ラストで巨悪に殺されたりもするが)。してみると『そして誰もいなくなった』は「社会派」さえも超えている、といえるかもしれない。


クリスティ・ファンのマイベスト<7>(その3)

新坂 純一・加藤 武男・羽田 和政

 会員の方に気軽に投稿してもらおうとして作ったコーナーです。あっ、こんな名作(迷作?)をまだ読んでいなかった、と気付いてもらうためでもありますので、個性的なリストも大歓迎です。今回は、日本人作家の作品も結構登場しています。
 約束事は、クリスティ作品を一作は入れてほしいことと、200字前後のコメントを付けることだけです。よろしく!!(S)


新坂 純一

1 『Yの悲劇』(創元推理文庫他) エラリー・クイーン
2 『グリーン家殺人事件』(創元推理文庫他) S・S・ヴァン・ダイン
3 『アクロイド殺害事件』(創元推理文庫他) アガサ・クリスティ
4 『黄色い部屋の謎』(創元推理文庫) ガストン・ルルー
5 『幻の女』(早川ミステリ文庫) ウィリアム・アイリッシュ
6 『トレント最後の事件』(創元推理文庫) E・C・ベントリー
7 『エジプト十字架の謎』(創元推理文庫他) エラリー・クイーン

 オールタイムベスト10のような古めかしいラインナップになったが、ホームズ、ルパンに続くミステリー読書体験の最初期に読んだこれらの本は、その後の私の人生を形作ったといっても過言ではなく、読後の印象は今も鮮明に残っている。あの感銘を体験したいがために、その後も多くのミステリーを読み続けてきたような気がする。多くの新しい傑作、問題作にめぐり逢ったが、ここに挙げた諸作に比べると印象の度合いが全く違う。


加藤 武男

1 『笑う警官』(角川文庫)  マイ・シューバル、ペール・ヴァールー
2 『予告殺人』(早川ミステリ文庫) アガサ・クリスティ
3 『Yの悲劇』(創元推理文庫他) エラリー・クイーン
4 『樽』(創元推理文庫) F・W・クロフツ
5 『ジャッカルの日』(角川文庫) フレデリック・フォーサイス
6 『シャドー81』(新潮文庫) ルシアン・ネイハム
7 『悪の紋章』(講談社ロマンブックス) 橋本 忍

 古典的な名作と、比較的新しい作品から、素直に好きだったという7作を選びました。第7位のみ日本製で、著者の橋本忍さんは日本を代表する脚本家(映画化もされ、その脚本も勿論、彼による)であります。「いいシナリオほど、それと判らない形で自然な会話やショットの中に、説明を織り込んでゆくのである」。これは伊丹十三さんの言葉(『ヨーロッパ退屈日記』より)ですが、秀れた脚本家による秀れたミステリー、これが『悪の紋章』であります。


羽田 和政

1 『虚無への供物』(講談社文庫) 塔 晶夫
2 『陰獣』(講談社文庫他) 江戸川 乱歩
3 『アクロイド殺害事件』(創元推理文庫他) アガサ・クリスティ
4 『グリーン家殺人事件』(創元推理文庫他) S・S・ヴァン・ダイン
5 『不連続殺人事件』(双葉文庫他) 坂口 安吾
6 『Yの悲劇』(創元推理文庫他) エラリー・クイーン
7 『猫は知っていた』(講談社文庫) 仁木 悦子

 読後に出た熱の高さとひくまでかかった時間で選出しました。『虚無』は苦労して初版(高校生当時、あの伝説の初版本しか世の中になかった)を見つけ、読後は3日間、学校を休みました。『陰獣』は、ミステリが単なるパズルだと思っていた純粋な気持ちをぶちこわしたし、『不連続』は『ナイルに死す』の感動を減らした張本人です。7位は『りら荘事件』(鮎川哲也)、『火刑法廷』(カー)とどれにしようか迷いましたが、女にミステリは書けないと思っていた気持ち裏切った作品として入れました。


グリルルーム

 冒頭の田中さんのお手紙で触れられているトーキイは、1920年代のトーキイと思われます。路面電車は走っていたのでしょうか?(S)


昔のトーケイ

田中 美穂子

 大正12年、関東大地震が有りました。私は6歳。両親は商事会社任務でロンドン支店に居りました。地震は壁がハガレた位でしたが、翌年祖母が亡くなり、両親が迎えに帰国しました。なにしろ船で40日かかります。air line のない時代。上海、香港、シンガポール、コロンボ、スエズ運河、カイロ、ナポリ、マルセーユ……、ロンドンの大きい家に着きました。
 学校は近くのパブリック・スクールの幼稚園に入りました。英語のエの字もわからず、ちょうどイースターで子供たちは卵に絵を描いていましたが、日本人など見たこともないので、一日中見つめられ、困りました。先生がstand up と言うと、私は座ってしまい、sit down と言うと立ち上がったりしました。が、半年経つと英語はペラペラになりました。子供は早いものです。
 さてトーキイのこと。ロンドンの冬は寒くて暗く、スモッグで喉がへんになり、子供たちは全部インフルエンザになり、熱と咳で大騒ぎ。医者のすすめで海岸の保養地トーキイに行きました。子供心に美しい所と思いました。芝生一面に桜草が咲いていました。その頃はアガサ・クリスティなど全く知らず、何十年後外国育ちの姉の影響で、ペイパーバックを集めました。丸善や紀ノ国屋で買って居りました。今日数えると九十何冊有ります。ウェストマコットの4冊、家出の時の本など……。アガサも亡くなってからかなりになります。書き方も今とはだいぶ異なっています。
 この年になると昔読んだのを読み返しております。好きになった本は
"Ten Little Niggers"            "Death on the Nile"
"The Murder on the Orient Express"     "Endless Night"
"The Murder of Roger Ackroyde" "The Murder at the Vicarage"
です。


お手伝いさんが読む本

泉 淑枝

 「キネマ旬報」4月下旬号で双葉十三郎氏と川本三郎氏が対談しています(「20世紀という書斎から漂う馨しき映画の香り」)。
 その中で川本氏が双葉氏に「先生のチャンドラーの翻訳はユニークですよね。"ガッテン承知のすけ"という言葉が出てきたり、`ブラジャー"が"乳当て"になっていたり」と、双葉氏訳の『大いなる眠り』を読んで以来の私の不満を代弁して下さいました。ハードボイルドといえばスマートで都会的な感じがあるでしょう。そこへ捕物帳的な"ガッテン承知のすけ"や"乳当て"(これは死語というより考古学的言語というべきでしょう)が出てきた時は、びっくりしたなあ、もう。
 川本発言を読み、びっくりしたのが私だけではないことが分かって良かった。しかし、言われた双葉氏はこの言葉に反応していない。多分気にせず、にこやかに聞き流したのでしょう。別に構わないです、私はもうハードボイルドは読まないことにしたから。ナマのブラが出てきて、ナマのイキのいい肉体が躍動するアクション映画に転向です。ハードボイルドは小説より映画で見たほうがずっと面白いと、多分双葉氏も思っておいでなのでしょう。
 川本氏はクリスの会(クリスティじゃなくてクリストファー・ウォーケンのファンクラブ)の会長さんですが、双葉氏も戦前、飯島正・植草甚一氏らとグレアム・グリーン・クラブを作ったそうです。ミステリーのクラブというのは、結構昔からあったのですね。
 戦前は翻訳が出ていないので英語で読んだミステリーの中で、「クリスティは読みやすいほうかな、あれは向こうのお手伝いさんが読む本だっていうね」と双葉氏。このクダリには胸が少しチクリとしました。私も職業婦人から"主婦"と呼ばれるお手伝いさんに身を落とした(当時はそう感じた)時、ベソをかきながらクリスティを読み始めたからです。子育ての時期は永く、キッチンは暗くジメついた場所に感じられ、まだ私はこんなに若くみずみずしいのに、仕事だって出来るのに……と思うと、とても悔しかった。そんな私に、クリスティの諸作は家庭的な暮らしの良さを優しく教えてくれました。
 多分ファンタジーの扉は、お屋敷の奥様やお嬢様の部屋ではなく、貧しく慎ましいお手伝いさんの部屋の壁にあるのでしようね。
 仕事を終えたあとクリスティを読むお手伝いさんがいたら、その方は私の友人です。お会いしたことはなくとも。


俳句とミステリー

土居ノ内 寛子

 ご指摘の通り、俳句は季語をもつ季感の心髄にいかに正確に到達出来るか……、その醍醐味に尽きると思います。これぞまさにミステリー!! 的を射た手応えを得た時の喜びは謎解きの快感とまったくの同感であります。短歌が乙女チックに朧々と詠い上げるのに対して、俳句は一直線に一点のきらめきを感知する、まことに男性的要素の文学だと思います。クリスティの作風にカミソリのようなあの強さも私の魅了される要因のひとつではないでしょうか。作中に表される人間の優しさ、弱さ、脆さ、そして琴線のごとき断乎たる厳しさに、今だ多くのファンを引きつけるのではないでしょうか。若いファンの方も登場されて、ますます期待しております。心の紲を感じさせてくれます。大切に、たいせつにしたいと思います。

郭公や卓に檸檬(れもん)推理本(ミステリー)     ひろこ


ミセス鈴木のパン・お菓子教室

第12回 紅茶のバターケーキ

鈴木 千佳子

  前号は一回休みとなった鈴木さんの"パン・お菓子教室"ですが、単に原稿の締切りをうっかり忘れてしまったためで、遅れて届いた原稿は私の手元にあります。
 しかしそのまま掲載すると、夏用のお菓子がクリスマス号に載ることになり、あまり好ましいことではないと考えた鈴木さんは、今度は新しい原稿をメールで送ってくれました。
 こちらはクリスマスにも適していますので、ぜひ試してみてください(S)。


はじめに
 このケーキは、紅茶の風味とピーカンナッツの歯ごたえが何とも言えず、どこへ持っていっても大好評を得たケーキでした。(ピーカンナッツは、最近出回るようになったナッツですが、クルミに比べてくせがなく、渋皮を取る必要もないので扱いやすく、クッキーやタルトにもよく使われます)。アルコール類が入っていないので、子供にも安心して食べさせられると思います。冷凍しておくこともできるし、日持ちもしますのでどこかへ送ることもできます。秋の日差しの中でのテイータイムにぴったりです。我が家でも、作る頻度がかなり高いケーキの一つです。

材料
バター 100g
砂糖 100g
薄力粉 110g
2個
ベーキングパウダー 小さじ1/2
ピーカンナッツ 60g(粗みじん)
紅茶(アールグレイ) 5g(刻む。テイパックが便利)
ピーカンナッツ 適量(ケーキの上面に乗る量)
粉砂糖 適量(ケーキの上面にふる)

作り方
1. バターをクリーム状にし、砂糖を加えて良くすり混ぜる。
2. 卵をよくほぐして、少しずつ加え、ていねいに混ぜ合わせていく。
3. 一緒にふるった粉類を2回に分けて加え、ゴムべらで切るようにあわせる。
4. 刻んだ紅茶と粗みじんのピーカンナッツを加え、全体に散らす。
5. パウンド型に流し、真ん中を少し低くして、上面にピーカンナッツをきれいに詰めて並べる。
6. 予熱しておいたオーブンに入れ、160度で50分(電気オーブンは、170度で45分焼く。竹串をさして何もつかなければ、できあがり。
7. 網の上でさまし、完全にさめたら粉砂糖をふる。


クリスティ症候群患者の告白(その31)

数藤 康雄

×月×日 WH通信61号を発送する二週間ほど前に、クリスティの戯曲「蜘蛛の巣」が今年の11月に上演されるという情報が飛び込んできた。しかし61号の版下はすでに印刷業者に送っているので、その情報を61号に載せることはできない。かといって次号(つまり本号)に載せようとしても、この号の発行は12月下旬なので遅すぎる。そのため担当者と相談して、宣伝用コピーを急遽作成してもらい、それを機関誌と一緒に発送することにした。
 送られてきた宣伝用コピーは150枚ほどだったので、関東地方に住所のある会員を中心にコピーを同封した。担当者の話では会員割引なども考慮するといっていたが、いかんせん時期が早すぎたのか、具体的なことは書いてなかった。このため会員割引が実際にあったのかどうか知らないが、なにぶんこの手の交渉は苦手なので、カンベンしてください。
 ところでこの劇については、マスコミなどでも取り上げられているのでご存知の会員も多いと思うが、関東地方以外の会員のためにメモしておくと、出演者は久世星佳、細川俊之他、演出は山田和也、公演期間は11月30日−12月9日、場所は東京グローブ座となっている。観劇された会員はぜひ"ティーラウンジ"に投稿を!
×月×日 会員の椙村さんよりFINANCIAL TIMES(2001.7.14/15)のコピーが送られてきた(ありがとうございます)。Susanna Rustinという記者が書いたクリスティの記事が載っている。没後25年であることと、今年が「ねずみとり」50周年になるために、最新のクリスティ情報を提供しようとしたものと思われる。名前はよく聞くものの実際のFINANCIAL TIMES を見るのは初めてなのだが、この新聞にクリスティ関連の記事が載るのは珍しいことなのか?
 記事の中でもっとも興味深かった点は、Henrietta McCallという作家がマローワンの伝記を執筆中であるが、そこでは『なぜアガサ・クリスティは失踪したのか?』(ジャレッド・ケイジ著)で暴露された夫マローワンの不倫はなかった、とケイジと反対のことを書いているという指摘である。Henrietta McCallをインターネットで調べてみると、どうやらエジプトやメソポタミア文明に関する児童書を主に出しているノンフィクション作家のようだ。マローワンに愛人がいたかどうかはプライベートな問題なので白黒はっきりさせることは無理だと思うが、"不倫はなかったと思いたい"派としては、反撃、大賛成といったところ。
×月×日 「EQ」の後継誌である「ジャーロ」(No.5)にクリスティ絡みの文章が二つも載っていた。ひとつは『アクロイドを殺したのはだれか』(ピエール・バイヤール著、筑摩書房)に関連した藤本由香里氏のエッセイ、もうひとつは『アクロイド殺し』の例のトリックに関する千街晶之氏の評論である。
 後者については、ミステリー界では相変らず関心が高いようだし、集英社文庫から出た『アクロイド殺害事件』の解説でこのトリックについての論争をまとめたこともあるので(個人的にはあまり関心はないものの)、ここで千街氏の評論をまとめておく(備忘録を兼ねています)。
 千街氏は、クリスティのトリックの問題点は「フェアたらんとこだわった余りに記述者の心理状態にまで意識が行き届かなかったことから生じた」と指摘している。つまり「手記を書く心理的必然性」に不自然な点が生じているというのだ。そしてもう一つは、終りの数章を一夜で書くのは時間的に困難なはずだし、その書き方が「それまでと全く同じく乱れがなく、悠揚迫らぬ調子で書き進められている」のは心理的に不自然だと記している。
 前者はともかく、後者についてはほとんど無視してもいいような欠点だが、結論としてフェアかアンフェアかについての明確な判定はしていない。どうせならどちらの結論になるのか、きちんと"ショー・ザ・フラッグ"してほしかった。
×月×日 創元推理文庫のクリスティ作品の表紙を数多く描いているひらいたかこさんが、その絵を基にした版画を製作された。絵に関しては素人なので技術的なことはまったく知らないのだが、ひらいさんの原画はカラーインクを使っているので耐光性がなく、原画の販売は不可能であったらしい。そこで「原画の質の高さを保ちながら、褪色の不安のない版画」の製作が試行錯誤的に試みられたが、これまではひらいさんが満足のいく版画は実現できなかったそうだ。ところが最近のデジタル技術の進歩で、ひらいさんも満足できる版画がやっと完成するようになり、今年10作品(そのうちクリスティに関する絵は3枚)が30部限定で発売されることになった。
 文庫本のように手軽に買えるというものではないが、さっそく購入してみると、殺伐としていた(?)我が家が一気に華やいだ感あり。
×月×日 うれしいことに、講談社の「青い鳥文庫」から出たクリスティの短編集は好評だったらしく、翻訳権が必要のないポワロ物の短編は、あらかた訳すことになったようだ。ポワロ物は一冊だけと思っていたので、短編集(1)に入れた短編6本はそれぞれ特徴のあるものを選んだので解説を書くのは楽だったが、(2)以降はちょっと苦労しそうだ。短編集(2)は多分来年の始めには店頭に出ると思うので、気が向いたら本屋で立ち読みでもしてください。
×月×日 「the S.H」という隔月刊の雑誌が創刊されるそうだ。SHとはシャーロック・ホームズの略なので、シャーロッキアン向けの雑誌と誤解されそうだが、雑誌の目的は英国的ライフスタイルの案内役を担うことにあるようだ。その編集室からクリスティ・ファンクラブの紹介を依頼される。うまくすれば連載コラムになる可能性がありそうなので、もし本屋でこの雑誌を目にしたら手にとってみてください。もっともこの雑誌は定期購買会員が主で、店頭販売はそう多くないので、比較的大きな本屋でないと無理かもしれない。
×月×日 クリスティ協会の機関紙「クリスティ・クロニクル」(2001年春号)によると、"ナショナル・トラスト"が行うことになっていたグリーンウェイ・ハウスの庭の公開が遅れることになった。理由は、このまま公開すると見物客が押し寄せ、近隣の交通混雑が予想されるからだそうだ。そういえば、おぼろげながらグリーンウェイ・ハウスの前の道路は一車線程度の狭い道だったような気がする。車でなくても行ける方法はあるのだろうか? 
×月×日 気がつかなかったが『アガサ・クリステーの英国』(福光必勝著、近代文芸社)という本が2000年8月に出版されていた。クリスティ作品の舞台となった実在の土地を探すという内容のもので、架空の舞台と実際の土地を結び付ける推理方法には強引なところも目につくものの、例えばセント・メアリ・ミード村はウディコムだ、というような安易な説には寄りかかっていないのはさすが。写真も美しい。
×月×日 前号は発送2週間ほど前にクリスティの戯曲公演のニュースが飛び込んできたが、こんどは今号の版下完成の直前にショッキングなニュースが届いた。あわてて版下を作り直しやり直すことになったというわけである。
 その大ニュースとは、英国のクリスティ協会がこの11月30日をもって活動を終了するというもの(機関誌クリスティ・クロニクルは2001年秋号(No.35)で終刊)。機関誌は内容だけでなく、レイアウトも立派になりつつあり、また会員も増えているようなので、まさか急になくなるとは予想もしていなかった。正確な言葉は忘れたが、江戸川乱歩が、同人誌はガリ版から活版印刷の立派なものになると赤字が増えて廃刊になってしまう、というようなことを言っていたようだが、クリスティ協会の機関誌もその例外ではなかったということか。
 実は、カーさんたちのアメリカのクリスティ・ファンクラブも、数年前から活動を中止している。これでまた本クラブが世界で唯一の(?)ファンクラブになってしまったようなので、1980年代に戻ってしまった感あり。でも我がクラブの機関誌は三十年一日のごとき進歩の無さが取り柄なので、あと12年は潰れないと思います。ご安心ください。
 なおクリスティ協会の活動は終るが、クリスティに関する情報はインターネット上で引き続き発信するらしいので(http://www.AgathaChristie.com/)、発展的解消といえなくもない。非インターネット派の切り捨てではあるが……。


ティー・ラウンジ

■ロンドン・ヒースローからバスで30分のWokingという町のB & Bに二週間ほど泊まったときのことです。奥さんが大変な読書家で、家中の蔵書の数は目をみはるばかりでした。「まるで図書館みたい」と私が云うと、とても嬉しそうにニコニコしました。大分うちとけてきた頃、ある日の朝食後、何かの話のついででしたが、私が「もう年なので以前みたいに元気もないし、いろんなことをするのがおっくうです」とこぼすと、奥さんが「あなたはアガサ・クリスティを読んだことありますか。だったらエルキュール・ポワロを知っているでしょ」という返事に思わず耳がピンと緊張したのは云うまでもありません。奥さんは続けて「彼が何かある度にいつも口にする灰色の脳細胞を働かせるのを忘れないでいることよ。それは年齢には関係ないし、体力も別に必要ではないでしょう」と話しているときの彼女の目がキラキラ輝いていたのを、私は何度もなつかしく思い出します(日名美千子さん)。
■小生このところクリスティ作品にはご無沙汰続きですが、「通信」も近頃は専ら海外旅行や映画TVの話ばかりで、まともな作家論・作品論がなくなったのは少々残念です(正田巖さん)。
■このところ音楽にせよミステリーにせよ、新しいものに積極的になじむことがますますなくなりつつあります。年のせいとも思いますが、国書刊行会より出ている黄金期の傑作(?)や復刻CDを聴いていると、あながち好奇心が薄れたせいとも思えません。「知的な楽しみ」という優雅な時間が身の回りからどんどん減っていっているような気がします。情報はますます多量で直接的になっていく一方、それを取捨選択したり、関連づけて判断をする時間はますます少なくなっていきます。「20世紀」が人類の知的活動が盛んになった一時期として回顧される時代も遠くないかもしれません(佐藤康則さん)。
■6月10日(日)は新大久保の東京グローブ座でRSC(ロイヤル・シェークスピア)の"テンペスト"を見て、それからは数日間その余韻に浸っておりましたが、その魔法が完全に消える前にWH通信のバックナンバーの小包を頂いたのです(嬉しい!)。No.32から順に読み始めました(高橋顕子さん)。
■最近流行のイングリッシュ・ガーデンに、ミス・マープルを思い出します。テレビで見たミス・マープルの家の庭は思ったより狭い感じでしたが、レタスの苗とか、植わっているのでしょうか? ミス・マープルのように歳を取りたいと思うのも、だいぶ現実に近くなって来ました。最初に読んだのが小六の時でしたから、もうかれこれ36年……。今からが勝負なのでしょうか(田中裕子さん)。
■No.61ティー・ラウンジの佐々木さんのように<新しい本にはまったく手をつけない>決心もつかず、かといって「ミステリー・文庫本・気に入っている作家か、書評でうまくとりあげられたもの」に限っていても毎月けっこうな冊数になり、結局どの本がどんな話だったのか、ごっちゃごちゃで??? 愛読したつもりのクリスティでさえ、あのクイズのような難しいのはモチロン、<『杉の柩』でトゲなしのバラがトリックに使われている>ことなども、まるっきり思い出せず、トホホな人生です。
 濱田さんが英国の長距離バスのすばらしさを書いておられますが、昔ながらの鉄道は残っていても、BRはずたずたに(? よくわからないんですが)民営化されたらしく、鉄道の信頼度はぐっと落ちているようですね。また空港などは当然とはいえ、ロンドンでも英語じゃない言語がずいぶん聞こえて"外人"の多さにびっくり。EC加盟のためでしょうか。ま、東京もずいぶん外国語が聞こえてくるようになっていますけど(海保なをみさん)。
■劇の案内を同封していただきましたが、主演はどちらも宝塚出身の方ですね。翻訳物にはふさわしいと思いました(足立雅弘さん)。
■昨日、インターネットで数藤康雄氏を検索したら70件以上のヒットがありました。で、ひさしぶりに当ファンクラブのHPも覗かせていただきました。それから、林克郎氏のHP「風読人」も発見しましたが、これは本当にすごいですね。クリスティの全作品が事件発生順にまとめられていて、しかも評価から表紙の写真までが本当に見やすくて感激しちゃいました。全ミステリ・ファン必見のHPですね。
 ところで、WH通信58号のティーラウンジでTVアニメ「名探偵コナン」のことを中嶋さんが書かれていましたが、化石人間の数藤さんはご覧になったことはありますか?(まったく見たことありません(S)) 私も結構好きで、ときどきですが見ています。ほんとうに名前には凝っていて、コナン君と同じように子供にされてしまった灰原愛という登場人物がいるのですが(記憶が曖昧なので違ってたらごめんなさい)、灰はコーデリア・グレイのグレイ=灰色から、愛はV・I・ウォーショースキーのIからとった名前という懲りようです。トカレフの安全装置の掛け方とか、リボルバーの硝煙の飛散のしかたとか、こんなの覚えてどーすんだと思うようなマニアックな知識が出てきます。子供向けと思わず、一度見てみてください(荒井真理さん)。
■いま(8月?)発売中の漫画スーパー・ジャンプの『ゼロ』に、「"アガサ・クリスティ"殺人事件」というのがあって、私は、これは傑作だと思いました(小沢一豊さん)。
■クリスティ没後25周年を記念して、イギリスでは関連するイベントが目白押しだそうですね。昨年デボン州のタビストックまで行って、トーキーに足を伸ばせずじまいでしたが、今年だったら無理してでも行っていることでしょう! ご存知だと思いますが、トーキー博物館は大改修工事が行われ、館内のクリスティ・コーナーには本や劇作品とともに、テレビシリーズ「ポワロ」や「ミス・マープル」で使われた衣装も展示されているとか……。トーベイ(トーキーを含む海岸エリア)には2003年までに「アガサ・クリスティ・センター」がオープンする予定だそうですね。イギリス人の好きなウォーキング・ツアーに、「アガサ・クリスティ・マイル」と題したものが実施されており、「ポワロ」や「ミス・マープル」を書くにあたって、登場人物のキャラクターを考えた、ゆかりの場所を訪ねるらしいのです。そして、ロンドンの大英博物館では、クリスティのアマチュア考古学者としての人生に注目したユニークな企画展「ミステリー・イン・メソポタミア」が11月8日〜来年3月24日まで開催されます。イギリスに行くのが1年遅かったらと思うと残念ですが、アガサ・クリスティ・センターも出来ることだし、友達はデボンにいることなので、またいつか……(濱田ひとみさん)。
■8月からまた、大好きなミス.マープルが始まりました。何度も観ていますから、細かいセリフとか、衣装、カップの柄、ドアノブの位置、髪形、その時の編物の色と形(彼女は同時にいろんなものを編むみたい)、そして毎回私を感動させてくれる屋根の美しさです。あの黒い丸みを帯びた、そして、うねうねのふちの形にはいつも目を瞠り、イギリス人の住に対するこだわりを羨ましく思います。あの美しいお家のなかで、真夏でもツイードなんかをお召しになって、「こちら、セントメアリーミード35番です」なんて、お電話なさってるご様子を想像するにつけ、私の40年働いてきた現在の、なれの果てとのギャップに落ちこみそうになります。
 サンデイエゴのSan Diego State Univ. でのセミナーのテキストに何を使ったとお思いになります? 組織論のクラスでしたが、「12人の怒れる男」でした。リメーク版ですので、ヘンリー・フオンダでなく、ジャック・レモンでしたが、11人が有罪から無罪に変わってゆく過程が、ものすごく良くわかりました。旅行中にアン・エドワーズのヴィヴィアン・リーを読みました。中に、ロス市の図書館にヴィヴのパネルを(壁一面の大きなもの)数枚飾ってあるとの事でしたので、どうせ近くを走っていたので寄ってみましたが、そんな事実は無いと言われて、がっかりでした。旅の途中で思わぬ拾い物を手にできる偶然など、万にひとつも無いのを知ってるくせに……と笑いました(伊東絹子さん)。
■『ビッグ4』をたまたま読み返し、あまりにおもしろいので、なんだか素直にビックリしてしまいました。クリスティの時代には、スパイ(謎の諜報部員)が実際に跳躍していたのでしょうか。今現在読んでも、「ミッション・インポッシブル」にひけをとるものではありません。N.Y.の爆弾テロなど、稚拙で田舎っぽい無駄な行為にみえます。そういえば、犯人役のデビッド・スーシェが民間飛行機をハイジャックして飛行機ごと爆弾を積んだままアメリカにつっこもうとする、あの「エグゼクティブ・ディシジョン」。あれは映画としては傑作だと私は思っていたのですが、同じことが現実に起ころうとはスーシェ氏も予想だにしなっかたでしょう。
 いあや、それよりも、スーシェ氏の演技は、すごい。決して奇をてらっているわけではないのに、怖ろしさと迫力をかんじさせる。皆様はどう思われましたでしょうか。是非伺いたいところであります(成瀬幸枝さん)。
■今回同封されていたパンフのクリスティ劇は見てみたいですね。またp.13にあった「若い書評家の薦めるミステリがさっぱり面白くない…云々」その心境、よく分かるような気がしますよ。いろいろな理由があると思いますけれど、結論だけ言えばやっぱりそうですよね(加瀬義雄さん)。
■今日「みんなのいえ」を観てきました。なかなか楽しかったです。田中直樹は役者として、いいですね。前作の「ラヂオの時間」よりは、よくできていたと思います。「お葬式」とまあ似ているかな。比べると伊丹さんに失礼でしょう。三谷さんは、舞台のほうが数段おもしろい。でも、映画も作りたいのよね(池葉須明子さん)。
■映画の企画や製作の部門におりましたので、年がら年中、映画化できそうなミステリーや文学をひたすら読み続ける仕事をしておりましたが、この4月に法務の仕事に異動になりました。それまでも海外のミステリーは勿論、読んではいましたが、どちらかといえば日本のものが主体で、仕事と趣味が一緒になったような複雑な気持ちで毎日を送っておりました。これからは海外のミステリーを自分の楽しみとして心ゆくまで味わいつつ、読んでゆきたいと思います。
 早速、デクスターの『悔恨の日』、グリーンリーフの『憎悪の果実』、ウィングスフィールドの『夜のフロスト』、フェイ・ケラーマンの『赦されざる罪』等を読み、やはり海外ミステリーはいいなあ、とため息をついている次第です(新坂純一さん)。
■ダービーが終わって(競馬モンにはもう一つの年の暮れです)、呆然としているとWH通信が届き、やっと息を吹き返して次の半年へ歩き出すという、大抵こんな年間スケジュールです。
 「初恋の来た道」はご覧になりましたか? 都会から湘南におりてきて、現在茅ヶ崎のマイカルで上映中です。ヒロインのけなげさ、ひたむきさに、見ているおじさんはみんな泣いてしまうという評判の映画。夫婦カップルも多く、あちこちで奥さんがだんなにハンカチを渡しているとか。私はかつて中国語専攻学生でしたので、中国映画は好きでよく見に行きます。泣いたりするもんかい!と高をくくり、5組くらいしか観客がいなくて(茅ヶ崎の文化程度はこんなものです)がらがらだったので、ど真ん中に座ったのが大不正解。泣けたのなんのって、ハンカチがぐしゃぐしゃになりました。もちろんヒロインで泣いたわけではなく、初恋の恋心を抱き続けたまま40年間寄り添って暮らした夫婦が、突然夫の死を迎えるという話ですから、息子が父母の仲睦まじさや互いへの愛の言葉を思い出して語るシーンごとに、涙が出るのを止められませんでした。(「父さんは村の誰よりもいい声をしていたよ。朗読の声は40年間聞いていても飽きなかった。」なんて、今でも思い出すと泣けてしまいます。)近くの若いカップルの手前、非常に恥ずかしかったです。教師としても胸に響くものがありました。私以外に泣いてるのはおじさんだけかと思ったら、近くのおばさんも泣いていてびっくりしました。それぞれがそれぞれに思い出すことがあるのでしょう。ぐっと押さえた場面作りが見られ、張藝謀も巧くなったなと思いました。数藤さんは果たして泣くでしょうか。是非見て泣いてください。チャン・ツイイーは今度ハリウッドで悪役をやるんですって?!ほんまかいな。それこそおじさんが泣きます(阿部純子さん)。
■「初恋の来た道」は、結局渋谷のロードショーでは観ることができませんでしたが、偶然にも地元の芸術文化センターというところで、「あの子を探して」との二本立て上映の機会がありましたので、そこで観ました。どちらも同じ監督の映画です。
 「初恋の来た道」には私も泣いてしまいましたが、阿部さんのお手紙から泣ける映画だとの忠告(?)を受けていたので、まあ、隣りの人には悟られない程度の涙ですみました。この映画のプロットは実に単純で、どちらかというと複雑なプロットを愛するミステリー・ファンとしては、その点で多少不満がありました。また笑わせてくれるシーンが、水汲みの場面だけなのも不満といえば不満でした。それにしても、映像と音楽と語りでひたすら観客の心の琴線をふるわせるこの監督のテクニックには感心してしまいました。
 「初恋の来た道」に比べると「あの子を探して」は笑いあり、涙あり、メッセージあり、そのうえ後半のプロットは子どもを探すというミステリー・タッチでもあるので、私はこちらの方が好みなのですが、いずれにしてもこの二本立てで千円というのはお得でした(S)。
■突然ですが、また引っ越しました。申し訳ありませんが、住所変更をお願いします(振替番号や名称は変わりません)。新住所は最後にも書いてあるとおり三鷹市です。行政改革の痛みをモロに受けて夜逃げ(!)というわけではありませんが、いろいろな事情が重なって決断しました。
 今度のマンションは、前が病院、斜め後ろがお寺という場所にあるので、終の棲家としては理想的な所のような気もします。しかしファンクラブ発祥の地(とは大げさですが)狛江市とは、直線距離ではかなり近くなりました。京王線を飛び越してまた狛江に引っ越すと、「かくて円環は閉じる」で、なにやら『陰獣』の世界に似てきます。それが楽しみで引っ越す可能性もありますが、どうなるやら……。
 現在住んでいる所の近くには、太宰治や森鴎外のお墓があるようですが、あまり興味がないので、まだ行ったことはありません。そういえば山本有三記念館というのもありますが、こちらはまあ見にいくことはないでしょう。近くを歩いていて驚いたのは、扉に221Bとあるイギリス風の建物があったこと。インターネットで調べてみたら、結構有名なシャーロキアンの歯医者さんが住んでいる家だとわかりました。またその昔三鷹市はニューメディアの実験場所でもあったので情報通信基盤はしっかりしていて、例えば市立図書館の蔵書は我が家のパソコンから簡単に調べられます。インターネット・カフェもありますし、スナック「ルパン」という看板も見かけました。私に適したヘンな街のような気がします。
■言い忘れましたがメールアドレスも変わりました。バタバタしましたが、今号も無事完成です。メリー・クリスマス & 謹賀新年!(S)


 ・・・・・・・・・・ウインタブルック・ハウス通信・・・・・・・・・・・・
☆ 編集者:数藤康雄 〒181      ☆ 発行日 :2001.12.24
  三鷹市XX町XーXーX          ☆ 会 費 :年 500 円
☆ 発行所:KS社              ☆ 振替番号:00190-7-66325
                        ☆ 名 称 :クリスティ・ファン・クラブ


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