ウインタブルック・ハウス通信

クリスティ・ファンクラブ機関誌

1998.12.24  NO.56

クリスティの十二支(その15)

 ポワロの視線には、しずかな力がこもっていた。カスト氏は彼を見、眼をそらし、それから、とりこになった兎のように、また見返した。

(『ABC殺人事件』東京創元社、堀田善衛訳)より


< 目  次 >

◎クリスティとポアロを<ついでに>訪ねる旅――――――――――――――――――――――泉 淑枝
◎ブックレビュー"The Bette Davis Murder Case"(By George Baxt. 1994 St. Martin's Press)――原岡 望
◎漫談風クリスティいろいろ(1998年1月〜9月)―――――――――――――――――――――安藤 靖子
◎グリル・ルーム――――――――――――――――――――――――――――――――――新谷 里美・中嶋 千寿子・安永 一典
◎ミセス鈴木のパン・お菓子教室(第9回、ヴィクトリアン・トルテ)――――――――――――――鈴木 千佳子
◎クリスティ症候群患者の告白(その25)――――――――――――――――――――――――数藤 康雄
◎ティー・ラウンジ
★表紙   高田 雄吉


クリスティとポアロを<ついでに>訪ねる旅

泉 淑枝

 ティー・ラウンジでお馴染みの泉さんの旅行記です。先々号の安藤さんの旅行記に触発されて書かれていますが、いろいろ珍しい経験をしているようで、読むだけで笑い出してしまいます。
 それにしても安藤さん、村上さん、新谷さん、泉さんと、女性陣の行動力には圧倒されてしまいます。クラブ員も女性が7割を越えたかもしれません(S)。


 ごぶさたしておりますが、S氏におかれましてはお元気にお過ごしのことと存じます。
 私は……、「まだTLDに行ったことがない」「10年近くTVは見てない」なーんて言うと、「えっ! どーして」と呆れられたりビックリされたりしますけれど、そういうことをする気になれないほど時間が物凄い速さで過ぎていってしまいます。近年は殊に。といって、何をしているワケでも無い、時々司会のバイトをし(容色の衰えと不況の影響で、この頃は少しだけです)、試写室のモグリをするほかは、ただボー然と過ごしているだけなんですけれど……。ボー然とするのも結構忙しいなーんて、ホントにお忙しいS氏に申し上げるのは不謹慎でしょうか。
 ボー然とするのを少し止めて、昨年末、それこそ忙しく慌ただしいヨーロッパ・ツアーに参加した時のことを書かせていただきます。昨年末会誌N0.54を手にして、安藤靖子さん寄稿の『ヨ−ロッパにクリスティとポア口を訪ねて』を拝読して、21頁の下のほうに目がいった時、思わず「ハッ」としました。「セーヌ川のディナークルーズは、ドレスアップして出かけて正解だった」と書かれていたからです。実は数日後、私もヨーロッパ・ツアーに出かける予定で、パリではオプションのセーヌ川クルーズも申し込んでいました。しかし、ドレスアップが必要だとは! 思いもしないことでした。
 「冬のヨーロッパは死ぬほど寒いゾ」と聞いて、Tシャツやセーターをひたすら重ね着してしのごうと思い、旅行鞄に詰め込んだのはその類いの普段着ばかり。ドレスアッブが必要となると、一体、何を持っていったらいいんだか……。パーティードレスならいっぱいある、ありすぎるんですよね。いつも仕事で着ているやつが。
 しかし仕事用のドレスはどれもこれも品格に欠け少々くたびれていますから、そんなのをパリで着たら営業中のオカマみたいに見られちゃうだろうしなあ(実際、問違えられたことがある)と、真剣に悩んじゃいました。幸い(?)私がクルーズを申し込んでいたのはクリスマスイヴだったので、程なく「船会社の人が働きたくないというので、ディナークルーズは中止になりました」という電話が旅行社から人り(そりゃそうですよね。パリジャンがイヴに働くなんて、ヘンだとは思っていました)私のちっぽけな悩みは解消しましたが……。
 着る物の心配がなくなったので安心して、改めて安藤さんの旅行記を読み返してみたら、あ〜ら、殆ど私の行くコースと同じだ。安藤さんはパリ2泊、ブリュッセル、ロンドンに各1泊されたそうですが、私の参加するツアーはパリ2泊、アムステルダム、ブルージュ、ブリュッセル、ロンドンに各1泊。6泊8日でフランス、オランダ、ベルギー、イギリスの4か国の国境を越えるという、体力勝負の超忙しい旅。
 でもパリにもベルギーにも行くから、私も『クリスティとポアロを<ついでに>訪ねる旅』なら出来そうだ! と、俄かに奮いたちました。といっても、私のツアーは忙し過ぎて自由時間が殆んどない。パリでディナークルーズに参加する筈だったイヴの夜だけが空いているので、この時間を使って、安藤さんが行かれた“ムーリス・ホテルの方へ……”行ってみることにしました。
 パリで2泊といっても、1泊目はタ刻バリに着くとすぐバスでホテルに運ばれ、コンビニで買ったフランスパンのサンドイッチ(廉価、美味)をほおばって眠っただけ。翌日は朝早くから観光。バスでモンパルナス近くのホテルからシテ島のノートルダム寺院に向かう途中、パリ留学中のクリスティがフランス語の聴講に通ったというソルボンヌ大学がチラッと見えました。  ノートルダム寺院、エッフェル塔、シャイヨー宮殿、オペラ座を回りヴァンドーム広場からチュイルリー公園へ抜ける辺りで、バスの車窓から目をこらしてムーリス・ホテルの看板を探しました。旅行社から配布されたパリの地図のこの辺りに、ムーリスの名前が記されていたからです。しかし目についたのは、ダイアナ妃が事故死する前に愛人と食事をしたというリッツホテルの大看板ばかり。仕方ないので場所の見当だけつけておいて、後でゆっくり探すことにしました。
 コンコルド広場でバスを降り、凱旋門へと続くシャンゼリゼ大通りを少し歩いたあたりで解散。各自、自由に散策を楽しんだのち、ホテルヘ帰ることになりました。ようやく夕暮れてきたシャンゼリゼは、何しろクリスマスイヴですからマロニエの並木のイルミネーションが燦然と輝いて、ライトアップされた凱旋門まで続いて、それは素晴らしい眺めだったことでしょう! もし晴れていたら……。
 生憎、私たちがシャンゼリゼに着いた時分から雨が降り始め、イルミネーションが輝く頃には風も強くなり、横殴りの雨をマトモに受けて、もう髪はクシャクシャ、服はズブ濡れ。パリくんだりまで来て何でこんな目にあわなきゃなんないの、と言いたくなるような惨状。
 風に逆らい傘を何度もオチョコにしながら、ようやく辿り着いたコンコルド広場は、フランス革命時、ルイ16世やマリー・アントワネットが処刑された場所だそうな。そのちょうど王妃マリーの血がギロチンから滴り落ちた辺りに今は大観覧車が建ち、乗ればシャンゼリゼ大通りから凱旋門に至る夜景を一望することができます。乗りたかったけれど、激しい風雨を受けてユラユラ揺れ、今にもゴンドラがひっくり返りそうな様子を見ると怖くて、諦めました。もし乗っていたら……“雨の夜、パリに死す”ことになっていたでしょう。
 このツアーには、娘とニ人で参加しました。私はコンコルド広場からすぐムーリスに向かいたかったのですが、娘は吹きつける風雨を物ともせず、やれブランド物を見たいとか、ボーイフレンドヘのお土産にW杯関連グッズを買いたいとか言って、ショップの並ぶシャンゼリゼ通りを離れようとしない。欲望というのは“雨にも負けず、風にも負けず”燃え盛るものか、ああ、おぞましや……とボヤキつつ、買い物に興味のない私はズブ濡れになりながら、ただ耐えて歩くこと1時間あまり。ようやくバスから眺めたムーリスのある辺りに向かうことが出来たのは19時を回った頃でした。
 ヴァンドーム広場に近づいたあたりで、何人もの人に「この辺りにムーリスというホテルはありませんか?」と尋ねたのですが、みなクビを降るばかり。そんな無名のちっぽけなホテルなのかよ、と訝しみつつ裏通りに回ったら、やっと地味めの看板が目にとまりました。
 安藤さんが書いておいでのように、ムーリスはごく普通のビルの中にあって、目立つ外観ではありません。体や傘から流れ落ちる雨の滴を気にしつつ中を覗くと、わっ、ゴージャズ! ふかふかのぶ厚い絨毯の上にベルサイユもかくやと思われるような(なーんて言ったら、ちとオーバーかな)ロココ調の豪奢な椅子やテーブルが並び、天井にはシャンデリアが輝いています。安藤さんが立ち寄られた時と同じく、フロントでキリリとした制服に身を包んだ男性2人が働いていました。
 ホテルのパンフに手を伸ばしながら「頂いてもいいですか?」と英語でたずねたら、フロントの男性のうちの一人が「ノー・プロブレム、マダム」と答えたあとで、突然日本人ですかあ。こんにちは、おはよっ、ありがと、バカヤロ」と、とんでもなく大きな声で叫び始めたので、もーー、仰天。幼少のみぎり、ドーデの『最後の授業』を読んだ身には信じられないような展開に、ただもう唖然。そうそうにホテルを飛び出してしまいました。だから嵐の中苦労して辿り着きながら、ホテルの中はほとんど見られなかったのです。ああ、無情!
 ホテルと同じビルの中に“アンジェリーナ”という喫茶店があり「ここのモンブランの美味しさには定評がある。ぜひ食べたほうが良い」とHANAKO誌を愛読する娘が言うので、またもや濡れた服を気にしながら寄ってみました。パリのどこの店にも日本人がたくさん居ましたが、この店のお客さんはほとんど地元の人のようで、日本人とおぼしきは私たちだけ。フランス語で注文を取りに来たウェイトレスに英語でオーダーしたら、心持ち嫌そうに眉をしかめながら「ウイ、マダーム」と答えたので、おお、ムーリスと同じビルにありながら、ここにはまだ「最後の授業」のフランスが生きているぞと、なーんとなくホッとしたことでした。この店のモンブランは絶品。とろけるようなお味です。ムーリス・ホテルを覗かれたら、このお店にも寄ってみられることを、会員各位にお勧めしま〜す!
 “アンジェリーナ”で一休みした後、「これからノートルダム寺院ヘ行ってクリスマスのミサに参加する」という娘と別れ、一人でホテルヘ帰りました。もうヘトヘト。シャワーを浴びるとベッドに倒れ込み、翌朝まで眠りこけました。ともかくムーリスをチラッとだけど見ることが出来た……という小さな満足を胸に。
 翌日早朝、パリ北駅からタリスに乗りアムステルダムヘ。アムステルダムには午前中に着いたので飾り窓のお姐さまにお目にかかることは出来ず、S氏のようにダム広場の本屋さんを訪れる時間も持てませんでした。駅の回りをドラッグをやっているとおぼしいオカマちゃんや黒人のアンちゃんが怪しい目付きで徘徊しているので、この国のドラッグ禍は相当なものなんだなあ、と実感。観光後ダム広場近くのホテルに―泊、翌朝バスでアントワープを経てブルージュヘ。
 実は今度のツアーに参加した本当の目的は、永いこと妄想と憧れを燃やし続けてきたフランドルの水の都・ブルージュを一目見ることでした。そして、確かに一目ではあったけれど、“見る”ことは出来ました! ザアザア降りの雨に煙るブルージュの石畳、暗い運河のうねりを。「見るは一瞬、記憶は永遠」などと独りごちながら、翌日バスでポアロの故郷、ブリュッセルヘ。
 会員諸氏・諸嬢は、ベルギーといえばまずポアロをイメージするかもしれませんが、一般市民の方々は、ワッフルを連想するのではないでしょうか。私も、まずは焼きたてのベルギーワッフルを食べなくては……と、グランブラス近くのスタンドで焼きたてのあつあつのワッフルに生クリームをかけたのを1枚、砂糖をかけたのを1枚食べました。おいしかったですよお。娘はお土産用にゴディバやノイハウスのチョコレートを買い漁っていました。日本でもバレンタインデイの本命用チョコとして知られるようになったゴディバは、本国ベルギーで買ってもやっぱり高い!
 ポアロがブリュッセルの警察で働いていた頃、灰色の脳細胞がまったく働かず大失敗した“チョコレートの箱”事件というのがあったそうですが、そのチョコレートというのはゴディバだったのか、ノイハウスだったのか?
 ベルギーの男性の顔には共通した特徴があり、クリクリッとした目の上にアーチ型の眉があり、鼻は丸くてホッペが赤い。これは映画『オリエント急行の殺人』でポアロを演じたアルバート・フィニーのメイクに似ています。フィニーはポアロがベルギー人であることを意識して、あの凝ったメークを考え出したのではないか、などと思ったことでした。翌朝、ユーロスターで英仏海峡を渡りロンドンヘ。
 このツアーのいいところは、まず安いこと。次に8日間で4つの国境を越えること。そして3つ目は、タリスとユーロスターという2つの特急電車に乗れることです。しかしタリスもユーロスターも私が乗った2等車の座席は狭苦しく、日本の新幹線と大差ありません。安藤さんが乗られたユーロスターの座席は広く、窓のところに赤いランプがついていたそうですから1等車に乗られたのではないでしょうか?
 帰国してから英国ミステリー映画『私家版』を観たら、老いてなお美しいテレンス・スタンプがユーロスターのゆったりした座席に腰掛け海峡を越える場面がありました。それを見て、「1等車はこんなふうなのだな」と思い、次に乗る時はぜひ1等車に乗ってみたい、ユーロスターだけでなく、オリエント急行の1等車にも乗ってみよう……という思いを強くしました。
 3月12日に創刊されたばかりの旅の雑誌『週刊地球旅行』は「パリとセーヌの散策」を特集しています。その28頁の「ルイ15世の華麗なる官殿の名残/パリの名門ホテルで至福の時を過ごす」というタイトルのグラビアページに、クリヨン、インターコンチネンタル、ジョルジュ・サンク、シャトー・フロントナックとともにムーリスが紹介されています。写真だけ見ると、5つの名門ホテルの中でムーリスが一番重厚華麗に見えるので、ちょっと嬉しくなってしまいました。
 その写真のキャプションによれば、ムーリスは「1816年の創業当時からヨーロッパの王侯貴族に愛されてきた、パリでも屈指の豪華なホテル」だそうです。王侯貴族が宿泊した頃は、あのフロントのアンちゃんは居なかったんでしょうね。


ブックレビュー"The Bette Davis Murder Case"
(By George Baxt. 1994 St. Martin's Press)

原岡 望

 本書の著者ジョージ・バクストをご存知の方は、そう多くはいないと思いますが、日本では『ある奇妙な死』と『ヒッチコック殺人事件』が翻訳されています。前者は処女作で、最近は本書のように、ハリウッドの有名人物を題名に含むミステリーが多いようです。
 なお機会がありましたら、今後もクリスティやポアロなどに関係するパロディ的な作品を紹介していく予定です。ご期待ください(S)。


 「私の専門ですわ、書斎の死体は」
 話しているのはクリスティその人です。この小説の作者は、実在の人物を登場させた物語がお得意らしく、本書の他にもThe Marene Dietrich Murder Case だとか The Greta Garbo Murder Case などを書いています。でも遺族の許可は得ているのでしょうか。余計なことながら心配になります。
 Bette Davis (ベティー・デイヴィス、1908-1989)はアメリカの女優。作中でクリスティも「目がとても素敵だわね」と言っているように目に特徴があります。表紙に顔写真が載っていますが、確かに大きくて忘れられない目です。本名Ruth Elisabeth Davis; 映画 Dangerous (アカデミー主演女優賞 1935) Jezebel(アカデミー主演女優賞 1938) [最新英語情報辞典 小学館 1986] 日本でもかなり上映されていたようで、いわば個性派だとか。

 時は1936年。イギリスに向かう船の中にベティーが登場します。夫のハムとの間で離婚の話がもちあがっています。船中でベティーは霊媒のニディア・ティルソンと知り合いになります。ロンドンでの住まいを探しているというベティーにニディアは考古学者のヴァージル・ウィンを紹介します。まもなく発掘に出かけるヴァージルは、留守中、ベティーに家をただで貸してくれることになります。ヴァージルは目下一人暮らし。家政婦のネリー・ナンビーが身の回りの世話をしています。ヴァージルの親族は、やはり考古学者でバラマー女王の墓を発見した功績で1920年にナイトの称号を授けられた父親のサー・ロランド、数年前に死亡した母親のメイベル。それに、内容のない詩を書き続けている姉アンシア、自称作曲家の兄オスカーです。隣家の主は何とマローワン夫妻なのです。ご主人は調査旅行中で、目下夫人がひとりで暮らしています。
 ヴァージルがエジプトへ出発する予定の日に事件が起きます。自宅の書斎で机に向かったまま死んでいたのです。そこで冒頭の科白になります。家政婦のネリー・ナンビーは「呪いだわ」と叫びます。墓を暴いた一族には呪いが降りかかると信じているのです。アガサの見立てによると死体は典型的な砒素中毒の症状を示しています。それもどうやら数か月にわたって食事の中に仕込まれていたようです。警察から探偵が二人やってきます。犯人は内部の者のようでサー・ロランド、シンシア、オスカー、ネリー、ニィディアが有力容疑者です。地下室の捜索。降霊会。霊媒のニディアの体を借りていろいろな人物が現れます。正に探偵小説の典型というところでしょうか。
 降霊会が終った夜更け、ひとり残ったベティーは、ドアがばたんと閉まる音を聞きます。火かき棒を手にして、勇敢にも地下室へ降りてゆくと、女性の手が突き出しています。ナイフが心臓に刺さった死体でした。そして、ネリー・ナンビーのゆがんだ顔。ベティーは叫び声をあげます。苦悶の表情は決して忘れられないでしょう。
 知らせを聞いて関係者が再び集まります。不用意な一言がもとで犯人は正体を現してしまいます。そして、表面に出でいなかったもう一つの犯罪の真相も明らかになります。ここで見事な推理を披露するのはアガサとベティーです。タイトルからするとベティーが殺されるのかとも思いますが、そうではないのでファンの方はご安心を。
 小説の作りは極めてオーソドックスでけれん味はありません。会話がかなり多く登場人物はかなりよく書き分けられています。また英語と米語の表現の違いについての話題が随所に出てきて、マニアの方はほくそ笑みそうです。ただし、単語はかなり難しく、読み通すのに苦労しました。クリスティの文章のほうがずっと分かり易いと思いました。

最後に、本書の中のクリスティについての描写と語録をいくつか並べてみます。
[ ]は筆者の付け足し。

 そろそろお後がよろしいようで。拙いブックレビューをこの辺でお終いにします。


漫談風クリスティいろいろ(1998年1月〜9月)

安藤 靖子

 昨年はパリやロンドンを旅行したばかりの安藤さんが、今年はイタリア家族旅行。いろいろな旅を楽しんでいるようで、うらやましい限りです。
 なお本文の最後に触れられている田村隆一さんとは、一回だけ対談したことがあります。お酒の大変好きな人で、対談前にすでに顔が多少赤くなっていましたが、そのおかげか、対談はスムースに進むし、いろいろ教えられることも多く、貴重な経験でした。ご冥福をお祈りいたします(S)。


 この11月に娘の結婚をひかえ、昨年末から今年の正月にかけて一家4人(夫、私、娘、大学生の息子)で、8日間のイタリア・ツアーに参加しました。最初で最後の家族ともどもの海外旅行というわけです。ローマ・アシジ・フィレンツェ・ベニス・ベローナ・ミラノの観光地をバスでまわるツアーはまるで修学旅行のようでしたが、ミラノで迎えた元日は、終日自由行動だったので親子水入らずで楽しい一日を過ごすことができました。ドォーモで新年のミサを体験し、その屋根にあがってミラノの町をながめ、冷え込む町を散歩してきました。
 スカラ座側から有名なビィットリオ・エマヌエレ2世アーケイドへ入ると、右側に「リゾーリ」という大きな書店があります。ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープの『恋におちて』(1984年)という映画をご覧になったでしょうか。冒頭の場面で二人がクリスマス・プレゼントを買いに入った書店は、リゾーリのニューヨーク支店だそうです。つまり、ここが本店というわけです。数藤さんの海外書店探検の記事を思い出し、アガサ・クリスティの作品がどんな風に並べられているか早速調べてみることにしました。ちょっとツンとした感じの女店員に訊ねると、まず英語版のある場所に案内されました。正面の一番目立つ場所にペーパーバックがズラリと揃えられていました。次にイタリア語版の場所を尋ねると、意外や意外、まったく人目につかない場所、平積みされた本の下の棚に、20冊ばかりが無造作に並べられていたのです。その場にしゃがんで『アクロイド殺し』と『ABC殺人事件』の2冊をさがしてみたのですが、残念ながらありませんでした。そこで、記念に『復讐の女神』を買いました。表紙にはMiss Marple:Nemesiとあり、訳者はDiana Fonticoliという女性で、ミラノのOscar Mondadoriという出版社から出たものだということはわかりました。
 このあとタクシーでミラノ中央駅へ向かいました。イタリアでは複数でタクシーにのると割増料金を取られることがわかりました。しかし、良心的な運転手ならば、きちんと領収書を出してくれることもわかりました。中央駅にはオリエント急行が止まるのでひょっとしてホームに停車しているその雄姿を見ることができたら…と、淡い期待を抱いて駅構内に入ったのですが、期待はずれに終わりました。
 さて、WH通信55号では、村上さんの「アガサ・クリスティの地・初見参の記」を楽しく読ませて頂きました。今や、ゆかりの地トーキーは日本のツアーにも組まれているようです。娘がハネムーンのために取り寄せたパンフレットを見ていたら「ANA's ヨーロッッパ」(全日空ハローツアー)の中に、「南イングランドの庭園とアガサ・クリスティの故郷をたずねて8日間」というのがありました。4日目のトーキー半日観光は、村上さんの滞在したボーンマスからバスでトーキー入りして、トーキー博物館とトア・アビーのクリスティ記念室を見学するスケジュールになっています。ところが、記念室の写真説明がトーキー博物館になっていて残念でした。リードさんが見たらきっとがっかりすることでしょう。私がトア・アビーをたずねたのは1991年の11月でしたが、ここはじっくり見るととても楽しい場所です。特に庭はおすすめです。今後訪問を予定いている方のために、見所をいくつか紹介させてください。
 同じ敷地内にある「スパニッシュ・バーン」という古いレンガの納屋には、イギリスがスペインの無敵艦隊アルマーダを破ったときに、捕虜として連れてこられた兵隊や水夫が幽閉されていたそうです。今でもこの納屋の前にはスペイン人の中尉とその婚約者の幽霊が出るという、いかにもイギリス人好みの話がパンフレットにのっています。
 トア・アビーの裏手には小さな庭園があります。小規模ながらよく設計された庭で、ベンチもあるので、建物の見学がおわったら立ち寄るとよいでしょう。この庭の奥手には裏通りへ抜ける出口があります。それを出たところには、小さな墓石に墓碑銘の刻まれた犬の墓がいくつかあります。犬をこよなく愛するイギリス人気質がうかがえる場所でもあります。かつて修道院だった建物を屋敷に改造して住んでいたカレー家のペットの墓です。刻まれた墓碑銘をメモしてありますので二つほど紹介しましょう。“John, a black old dog faithful, patient for 7 years", "Viggy, a most affectionate little friend" ここまで可愛がられれば、犬も本望でしょう。アガサ・クリスティも愛犬家だったことで知られています。1991年11月トーキーの民宿で出会い、友人になったシスターが送ってくれたJane Langton 著の"Agatha Christie's Devon" という本には若かりし日のほっそりとしたクリスティが、犬を小脇に抱えて微笑んでいる写真が載っています。日本で出版された本では見たことのない大変珍しい写真ですが、初めて見た時彼女の初々しさ、美しさに圧倒されたことを思い出します。
 村上さんはブロンテ姉妹のゆかりの地ハワースも訪ねられたようで、その行動力には感服いたします。やはり55号で数藤さんが言及されているA・バイヤット(35ページ)は、妹のマーガレット・ドラブルと共に「現代のブロンテ姉妹」といわれているようです。ドラブルさんは、1990年津田塾大学の招きで来日したことがあり、『碾き臼』(The Millstone)は文庫版で日本語訳も出ています。
 今年は、日本国内でもクリスティ関連の記事がよく目につきました。7月5日号の『アサヒ・ウィークリィー』紙には「マザーグースへの旅」という連載記事の中で、小鳩くるみさんが、本名・鷲津名都江の名でクリスティのマザーグース好きに触れ、“Three Blind Mice"をモチーフにして作られた『ねずみとり』のことを書いていました。この童謡は輪唱で歌われたのだということを初めて知りました。7月後半には衛星第二でイギリス特集があり、27日には『オリエント急行殺人事件』が放映されました。1974年、つまり24年も前の作品なのに、少しも時代を感じさせない作品でした。しかし、出演したスターのうち、バーグマンもパーキンスもすでに故人になってしまいました。
 NHK教育テレビの英語講座に「三ヶ月英会話」というのがあり、7月は5人の英国人作家の作品が取り上げられました。クリスティは出ているかな…とゾクゾクしながらテキストを開けてみると、ありました! シェイクスピア、ポター、ディケンズについで彼女の名前がありました(ちなみに、最後はイブリン・ウォー)。しかも、表紙をめくって最初のページには「オリエント急行」の写真があり、クリスティの言葉が引用されていました。「列車による旅は、自然と人間、そして町や教会や川…まことに、人生を見ることである」と。(『三ヶ月英会話』テキストより)
 当日の放送を見ると、アフタヌーン・ティーの習慣が紹介されていました。バートラム・ホテルのモデルとされるブラウンズ・ホテルでの取材といい、英国女優による原作の朗読といい、番組の構成もよくできていました。特に、講師の小林章夫氏が、クリスティの英語に言及して,「美しくてわかりやすい」といっていたのが印象的でした。「イギリス文学への旅」と銘打ったシリーズに我らが敬愛するクリスティさまが登場するとは、誠に喜ばしいことであります。
 さて、おしまいは悲しい記事についてです。8月27日、クリスティの翻訳でも知られている詩人・田村隆一氏の訃報に驚いた方は多いのではないでしょうか。私より2まわり年上の3月18日生まれ(ということは、おなじ亥年,うお座)の田村氏には親しみを感じておりました。9月9日の朝日新聞にのった紙面全部を使った宝島社の追悼をご覧になったでしょうか。かつて、同社の新聞広告に使われたダンディな氏の写真の右上には,「じゃあ みなさんこれからいろいろ大変だろうけど、お先に失礼します」と、ありました。しゃれたコピーだな、と思いました。謹んでご冥福を祈りいたします。


グリル・ルーム

新谷 里美・中嶋 千寿子・安永 一典

 困ったときの「グリル・ルーム」で、予定していた原稿が遅れたり、私が原稿を書く時間がないときに、ちょっと長めのお手紙をご紹介するという「グリル・ルーム」を開店することにしています。
 常時開店ではありませんが、今後もよろしく!(S)。


戯曲「ナイル殺人事件」を見て

新谷 里美

 なにげなく新聞の文化欄を見ていて、大阪の近鉄小劇場でA・クリスティの「ナイル殺人事件」が10月1日〜10月4日まで公演されるのを見つけました。
 公演の2,3日前でチケットが取れるかどうかわかりませんでしたが、結果的には10月3日(土)19:00の券が取れました。日本初上演作品とのことでした。原作は『ナイルに死す』。それを元に1946年に戯曲として発表され、また「ナイル殺人事件」として映画にもなりました。
 何といっても映画の印象が強いので、どんな風にこの限られた空間で演じられるかが大変興味がありました。舞台装置は結構簡素な感じで、遊覧船の展望サロンに限られ、また登場人物も映画とは違い、限定されていました。その分、人間関係が分かりやすく、凝縮された感じで良くできていたと思います。
 結末は小説・映画とはずいぶん違うのですが、演劇にはあっていたと思います。ポアロも出演しませんしーー。劇団「往来」というのがこの公演主です。初めてA・クリスティの演劇に取り組んだそうですが、良い出し物に目をつけたと思います。あと幾つかA・クリスティの戯曲を英国からもってきているとのことですので、これといったいわゆる”スター”という人は出演していないと思いますが(私の知っている)、また二,三セリフのとちりはありましたが、秋の夕べ、十分に演劇を楽しめたと思います。ラッキーでした。


クリスティは人種差別者?

中嶋 千寿子

 先日『子どもの本とごちそうの話』という本を読んでおりましたところ、クリスティの名前が出てきました。この本は、本の探偵さんとしても有名な赤木かん子さんが径書房から出されているもので、内容は、子どもの本に登場するおいしいものの話です。例えば『若草物語』の中でアスパラガスというものの存在をしったとか、『くまのパディントン』のマーマレードは、日本のものに比ぶべくもなく,英国のものはおいしいとか、いった内容で、作り方なども紹介されています。
 子どもの本なのに何故クリスティか? とも思いますが、やはり英国のお茶といった場合、やはり右に出る者がいないですものね。
 著者も『バートラム・ホテルにて』のお茶のシーンを「これは完璧昔風を保っていて……」と紹介し、『チムニーズ館の秘密』のカータラム卿の朝食を紹介しています。「イギリスの生活のことになったら、アガサ・クリスティにまさる作家はいません」とあって、前置きが長くなりましたが、実は、この次のくだりに、どうも納得できなかったので、つい、お便りを差し上げることになってしまって……「クリスティにまさる作家はいません。あれで人種差別さえしなきゃ最高なんだがね!」とあるのです。
 たしかに金髪美女同様、フランス人の小間使いでろくな人がいたためしもないような気もしますし、外人または外国帰りの人々も。しかしそれは、他民族を排斥するはっきりとした人種差別というよりも、英国、自分の国が好きというようなものでは、ないでしょうか。これもやはり人種差別なのでしょうか。不勉強な私にはわかりませんが……。
 ところで『ブラック・コーヒー[小説版]』出ましたね。本の中にミス・マープルのビデオの宣伝が入っていましたが、あのジョーン・ヒックソンさん、ビデオは観ていませんが、あの写真だけで「どうかなあ……」と心配になってしまいました。どうみても歯がないっていう感じですよね。それか入れ歯が合ってないか……。セント・メアリー・ミード村に歯医者さんがいたかどうかは別としても、ミス・マープルは総入れ歯ではなかったんではないでしょうか。歯が無いとモグモグして言葉が明瞭に発せられないので、とても名推理どころではないと思いますが……。アンジェラ・ランズベリーさんみたいに、背が高くてオーバー・アクションのご婦人も、ミス・マープル向きじゃないですよね。


ポアロとホームズ

安永 一典

 ところでジョージアンといえば、ジョージアン期に建てられたベーカー街に住むシャーロック・ホームズを思い出しますが、彼は1854年生まれであることは度々書かれている事実です、また一方エルキュール・ポアロは1904年にベルギー警察を定年引退、その時が50歳と仮定すれば、やはり1854年生れとなり、クリスティは意識してホームズと同じ歳にしたのではないかと思います。
 ホームズはジョージアンの建物の中で、どっぷりとヴィクトリア時代のイギリスに浸って装飾過多のインテリアの中で事件を考えますが,一方のポアロは、あのアールヌーヴォ発生の地ベルギーからイギリスに来て、アバンギャルドのデザイン、アールデコ、後には四角く角張ったモダンデザインのホワイトマン・レヨンと同じ歳でありながら、そのデザイン指向は全く異なり,その点でもホームズとの差別化を計ったのではないかと思います。またホームズが49歳で引退したのにもかかわらず、ポアロはその年齢以降活躍するのですから興味をひかれます。  そのようなことを考えて、イギリスのジョージアン期のデザイナーに思いを至らせております。


ミセス鈴木のパン・お菓子教室
第9回 ヴィクトリアン・タルト

鈴木 千佳子

 前回はヴィクトリアサンドイッチでしたが、今回はトルテです。試してみてください。なお最近、ハーブ研究家北野佐久子さんの『アガサ・クリスティーの食卓』という本が出版されましたが、クリスティとお菓子には深い関係があるようです(S)。


はじめに
 ヴィクトリアトルテという名前の由来については、定かではありません。
 ロールケーキを作り、それを周りに飾って、中にババロアを流しこむというやり方は手がかかりますが、見た目がとても豪華で、しかもおいしい……ということでヴィクトリア女王の名を冠にいただいたのかもしれません。
 ジャムやババロアをチョコレートクリームやフルーツ入りに変えて、生クリームでデコレーションすると、誕生日やX'mas用にもアレンジできます。本体だけなら冷凍しておくこともできますので、ぜひ、いろいろ工夫してみて下さい。
材料 φ15cmのボール2台分(あるいはφ18cmのボール1台分)

A.ビスケット……型の底の大きさ分
B.ロールケーキ……四角い天板で1枚分(7〜8mm厚にスライス)
C.ババロア
*あればラズベリーのリキュール、なければ無しでもよい。
**5倍の冷水でふやかす

作り方

1.ビスケットを焼く。
  1. ボールにバターを入れ、クリーム状にし、砂糖を加えてすりたてる。ほぐした卵を少しずつ加えてよく混ぜ、バニラも加える。ふるった薄力粉は2回に分けて加え、ゴムべらで切るように合わせる。
  2. ラップにくるんで冷蔵庫で1時間休ませた後、3mmに伸ばし、型の底大にカットする。フォークでピケをし(φ15cmの場合は2枚とります)、160-170℃で15分程焼き、冷ましておく。
2.ロールケーキを作る。
  1. ボールにほぐした卵を入れ、砂糖を加えてのの字が描けるまでしっかり泡立てる。初めはしばらく湯せんにするとよい。ふるった薄力粉を加え、ゴムべらでさっくり混ぜる。溶かしたバターを加え、さっと合わせる。紙を敷いた天板に流し、180℃で15分焼く。
  2. 冷めたら2枚(7〜8mm)にスライスする。
  3. シロップを打ち、ジャムを塗って巻き、ラップにくるんで冷蔵庫で15分程休ませる。5mm厚にスライスする。
3.ババロアを作る。
  1. ボールに卵黄を入れてほぐし、砂糖を加えて白っぽくもったりするまで泡立てる。沸かした牛乳@を少しずつ加える。ふやかし、湯せんで溶かしたゼラチンを加えてよく混ぜ、裏ごす。冷めたらリキュールを加える。冷やす。
  2. 生クリームに牛乳Aとバニラを加え、氷水にあてながら、7〜8分立てにする。@の固まり具合を見て、同じ位のトロミになったら合わせる。
4.ケーキを組み立てる。
  1. ボールの内側にロールケーキを貼りつけていく。底から始めて、できるだけ隙間がないように詰めていく。最後にフチから飛び出す部分はカットし、型(ボール)ぴったりにする。
  2. ババロアを流しこむ。一部をビスケット用に残しておく。
  3. ロールケーキを上面に敷き詰める。Aのババロアをビスケットに塗り、上からかぶせる。
  4. 冷蔵庫で1時間以上休ませる。冷凍する場合は、冷凍保存用の袋に入れて冷凍し、冷蔵庫で自然解凍して食卓へ。
  5. 皿にひっくり返して型からはずす。あればアプリコットジャムをつや出し用に表面に塗るとよい。生クリームやフルーツでデコレーションすると豪華になる。

クリスティ症候群患者の告白(その25)

数藤 康雄

×月×日 集英社文庫が「乱歩が選ぶ黄金時代ミステリーベスト10」というシリーズを出すことになり、その中の一冊『アクロイド殺害事件』の解説を依頼される。編集者の話によると、乱歩が『幻影城』に発表した黄金時代ミステリーベスト10を新訳で出すという企画だそうである。いまさら乱歩ではないという気もするが、ミステリーの古典が新訳で読めるというのは好ましいことである。
 実をいうと、私が翻訳ミステリー・ファンになったのは、昭和30年代に出版された東京創元社の世界推理小説全集を読んでからである。花森安冶氏の斬新な装丁の本で、その第一回配本は『アクロイド殺害事件』と『黄色い部屋の謎』ではなかったかと記憶している。どちらかというと『黄色い部屋の謎』の方を期待して読んだのだが、結果は逆に『アクロイド殺害事件』のトリックに驚いてしまったというわけである。
 今回の第一回配本もその2冊になるという話であったから、まさに”歴史は繰り返す”のであろう。あのトリックについて何かまとめるにはこれ以上の機会はないと思い、喜んで書かせてもらうことにした。
 本は10月25日に発売となった。訳者は雨沢泰さんで、同じ集英社文庫から『世界の名探偵コレクション10 ミス・マープル』を訳している。その雨沢さんから、本が出た後でお手紙を頂いた。どのような考えで翻訳に取り組んだかがよくわかるので、一部引用してみる。
 「大久保康雄を始めとする先輩諸氏の名訳の後とあっては、新しいものが出せようはずもありません。ほんのわずかな改変のみに終わりました。それでは寂しいので何かできることはないかと首をひねり、ポアロのフランス語はルビにせず片カナで出し、外国人らしさを強調する。屋敷の見取図で私道と小径、離亭の位置関係を本文に合わせるという点に、辛うじて新味を盛り込みました」とのことである。
 私は、解説を書くために、実に久しぶりにゲラの段階でこの新訳を読んだのだが、先号に載ったトーケマーダの序文どおり、こんなにも手掛かりの多い謎解きミステリーかと驚いた。この機会にぜひ新訳を読んでみてください。また知り合いに中高校生がいる場合は、新しいクリスティー・ファンを増やすため、積極的に贈り物に利用しましょう、と図々しいですが、大いにPRさせて貰います。
×月×日 今年の6月に同朋舎という出版社から、”ワールド・ミステリー・ツアー13”というシリーズ書籍が出た。第一巻は「ロンドン」、第二巻は「イタリア」で、本屋でご覧になった人もいるかと思うが、ホラー的なものと推理小説的なものをミックスしたような内容の本である。13の章に分かれていて、それぞれの専門家に得意のテーマを書かせている。第5巻が「イギリス」編となるそうで、その中の「アガサ・クリスティの世界に遊ぶ」を依頼される。
 クリスティの故郷南デボンについては、クリスティ生百年誕記念となった1990年前後からトーベイ市が観光開発に力を入れ始めたこともあり、各種の観光パンフレット、雑誌記事で紹介されることが多くなった。ファンクラブ員も、結構トーケイを訪れている。『アガサ・クリスティと訪ねる南西イギリス』(津野志摩子著、PHP出版)といった本格的な案内書も出ている。
 それに対して私は、1972年にクリスティに会うためにペイントンに行ったことはあるものの、トーケイ海岸はもとより、トーケイ博物館といった最近の観光施設を実際に見たわけではない。すべて紙上の知識にすぎない。執筆しようか迷ったが、編集者の話によれば、単なる観光案内にはしたくないという。クリスティとの会見記を付け加えても構わないというので、クリスティの別荘グリーンウェイ・ハウスの内部を一番詳しく書くことにした。そして残りはクリスティのお墓と一般的な観光案内でお茶を濁すことにした。
 本誌が送られる頃には「イギリス」編は本屋に並んでいるはずなので、見てみてください、と再びPR。
×月×日 筑摩書房が英語の教科書を出版しているとはまったく知らなかったが、来春から使われる高校二年用の教科書にクリスティ自伝の一部(ポアロ誕生のあたり)が載ることになったそうだ。そして教師が参考にするマニュアルにクリスティ自選ベストテンが載っている手紙の写真を入れたいという。教科書にクリスティの文章が載るのは画期的(?!)ではないかと思うので、喜んで手伝うことにした。ついでにクリスティとの文通の経緯を書いた私の雑文も載ることになったが、高校の英語の先生は、ぜひこの教科書を使ってくださいと、三度PR。PRばかりの告白でした。


ティー・ラウンジ

■昨秋私は転倒し、背骨を痛めてしまいました.そして何ヶ月も寝たきり状態でしたが、最近市中に引越しました。食料品店なども近くにあります。今は歩くこともできますが、まだ痛みがあり、十分には回復はしていません。このため私達のニューズレターは中断しています。坐るのは問題ないのですが、まだニューズレターを出すのは無理のようです(ドロシー・カーさん)。
 アメリカで最初の公式なファンクラブを作ったカーさんの近況です(S)。
■軽井沢のホームズ像,私も昨年見ました。由緒書きがあるのでわけはすぐわかりましたが、ほんのわずかな縁からこんな大きな像をおっ立ててしまう、この発想というか観光精神? というか、それとも純粋なモノズキなのか、とにかく感じ入りました。
 先日病中のつれづれ(というと大病みたいですけど)に、岡本綺堂読物選集を読み返して、この人は英文学の素養と江戸以来の日本文学の伝統とが実にうまく統一がとれていて、改めて感心しました。この人の怪談はこわいですね! 都筑道夫氏がこの人のモダン・ホラーの凄さを詳説してますが、全くだと思います(杉みき子さん)。
■推理小説は、十分にエッセイのネタになると思います.なぜなら、それは人間の好奇心、想像力、思考力、(不可能へ)挑戦する心、等々の産物ですから、その根源のほう(好奇心等々)に視点を合わせれば、十分に人間というシロモノのおもしろさが書けるはず。人間のおもしろさを書くことは、まさしくエッセイです。作者名は忘れましたが、不可能犯罪の右代表「密室」作りのアイデアとして、はじめに殺人をし、死体の上に後から家を建てたトリックがあります。この奇想天外ぶり。
 考えて考えて、挑戦して……という人間の誰にもある性分の一つの例と言えないか。また、人はなぜ推理小説が好きなのか、そこをつきつめていっても、エッセイは作れそう(斉藤信也さん)。
■編集長兼発行人様はもちろん、会員の方々も、知識と知性と教養に溢れるばかり……。毎号ながら凡人はタメ息あるのみ。
 小説化本『ブラック・コーヒー』はまるでバカにした書評しか見なかったので、ついパスしていたら、もう店頭になくなっていました。やれやれ。ちなみに集英社文庫のポアロとミス・マープルは、おかげさまで、あやうく確保できました。『名探偵ポワロの華麗なる生涯』も、ビンボー人としてはパスしようかな……なんて気にもなっていたのですが、気を取り直して確保しました(海保なおみさん)。
■去年は調子を悪くしてずいぶん月日を損しました。今年は何とか元気を出したい!! そして村上由美氏の真似でも……、なんて思っています。年齢と共に体力、気力、時の運から遠のきつつあって困ったことです。もしも運よくいけば(ヨレヨレ婆さんをボーイさんが入れてくれたら)、8月20日頃、あのブラウンズでアフタヌーン・ティをしてきます(和賀井みな子さん)。
■私も昔からクリスティの大ファンです。最初は緻密に仕立てられたトリックの凄さばかりにハマッテいたのですが、今では独特のアットホームな雰囲気にも引かれています。読む度に味わいが深くなっていきますね(高畑洋子さん)。
■No.55、一段と面白く読ませていただきました(映画の記事が多かったし……)。「フル・モンティ」や「ブラス」は始まるやいなや見に行きました。このごろの英・仏ものは失業を抜きには語れませんね。失業、ユーゴ紛争、同性愛、これがアメリカ映画以外の三大テーマですね(川口明子さん)。
■思いがけない頃、ファンクラブ誌が来た時は嬉しくなります。お目にかかったことは有りませんが、いろいろ御苦労も多いことでしょう。有難うございます。何しろ6歳から10歳まで英国に居り、その節一家全員インフルエンザにかかり静養の為トーキーに行きました。まさかアガサさんの故郷とは知りませんでした。美しい景色の町でしたよ。私も大正六年生れ、後もう一寸……。目も悪くなりペイパーバックの安本を繰り返し読む位が楽しみになりました。英国のいろいろなミステリーを読みますが、マープルさんの出るものが一番好きです(田中美穂子さん)。
■本当に今年はいろいろなクリスティ関連本が出ていて、うれしいかぎりです。『名探偵ポワロの華麗なる生涯』は「4月下旬刊」と広告で知り、ほんとうに待ち遠しく何回も本屋へ足を運んではがっかりして帰ってきたものでした。私は、どちらかというとミス・マープルの方が好きなので、同じ著者の本でも『ミス・マープルの愛すべき生涯』が、何か、内輪話という雰囲気も強く、気に入っています。けれどもこの”ポワロ”も、想像よりもずっと立派な本で(最初ちらりと見た時は、てっきりシャーロック・ホームズ本だと思い、しばらく気づかずに、その辺をキョロキョロと探していたのです)読み応えがありました。私は「第10章 家のなかのポワロ」のところが好きでした(野坂典子さん)。
■私は今年の4月でやっと二十歳になります。クリスティの作品を読み始めてから7年にもなり、もうそろそろと言うか、すでに読み終えているのでは? というこの月日。まだ半分か1/3は残っていると思います.仕事から帰ってくると、すぐ布団の中か、最近買ったプレステの方に手が伸びてしまい、本を読む機会がなくなってしまいました。たまの休みには彼氏がいる広島へ新幹線で行くので、それまでの車中で読んでいます(塩見友紀さん)。
■シャーロック・ホームズの立像が軽井沢に建てられているのを不審に思うと投稿された方……は、この私です。平成4年6月信濃追分の「油屋」に投宿しておりました時、”分去れ”の常夜燈まで散歩をした帰り道、左手の林の中に草花を見つけ、その中に歩み進みましたところ、何と木立に囲まれる感に忽然と、かの名高きシャーロック・ホームズ様の立像があるではありませんか……。何故? 何故なの?? 何故なんだ??? 何故なのよぉ〜。もう頭の中が真っ白!! ただただ、びっくり仰天の境地。近くにあった由来の文字も眼に入りまじく、私の胸は、ざわざわ鳴るばかりでした。
 あれから6年、やっと謎が解明しました。これぞミステリー、いやまったく本当に感謝の気持ちで一杯です。竹内澪子様ありがとうございました(土居ノ内寛子さん)。
■いつもお手紙の中に名句を詠み込まれる土居ノ内寛子さん。今号は俳句は無いけれど「ブルージュはあこがれの地」と書いていらっしゃる! 「私、行ったんですよ、そのブルージュに! ブルージュの路地裏で、ポアロの卵形の頭を絶対に見たと確信しております。はい!」と叫びたくなりましたです。はい!
 竹内澪子さんは、シャーロック・ホームズ像が軽井沢にある由来を明らかにして下さいました。杉みき子さんは、阿笠栗助というヘンな名前の文学青年が1960年代(!)のNHKの連続ドラマに登場したことを教えて下さいました。
 ”ティー・ラウンジ”のオシャベリの輪に加えて頂きながら、いつしか自分を、『予告殺人』の冒頭で「いつはじまるんですの、殺人は?」とすっとんきょうな叫びをあげる牧師夫人のグリセルダのように感じたり、「だってリチャードは殺されたんでしょう」なんて要らない口を挟んだばかりに殺されてしまう『葬儀を終えて』のコーラのように感じたりしています。そして確信します。この”ティー・ラウンジ”はセントメアリーミード村のどこかにあるのに違いない、と。情報の波の遠く及ばない、驚きが驚きとして、好奇心が好奇心として、生き生きと存在することを許されていた、あの聖地にあるに違いない、と(泉淑枝さん)。
■この一年ほどフロッピー・ディスク二台だけのパソコンを使用していましたが、10月中旬ついにその一台も壊れ、あわててWindows98用のパソコンを購入しました。快適です。ただし新しいワープロ・ソフトを試す時間がないので、印刷レイアウトは従来のままです。次号からはもっと読みやすくなるはずですが……。なお校正にもあまり時間を割けませんでした。間違いがありそうなので、先に謝っておきます。
■時間がないといえば、映画もほとんど観られませんでした。唯一観た映画も、どうせ観るなら疲れのとれる映画に限るというわけで、”癒し”の映画「アパッショナート」にしました。予想していた内容とは違っていましたが、主役のアンナ・ガリエナ(「髪結いの亭主」のヒロインを演じていた女優)にはウットリ!
■今号も、年内発送は確実です。定期刊行を最優先させていますので、ぜひ原稿またはお手紙をおよせください。メリー・クリスマス & 謹賀新年


 ・・・・・・・・・・ウインタブルック・ハウス通信・・・・・・・・・・・・
 ・☆ 編集者:数藤康雄 〒188      ☆ 発行日 :1998.12.24 ・
 ・ 田無市南町6ー6ー16ー304        ☆ 会 費 :年 500 円 ・
 ・☆ 発行所:KS社             ☆ 振替番号:00190-7-66325・
 ・ 品川区小山2ー11ー2           ☆ 名 称 :クリスティ・ファン・クラブ ・

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