ウインタブルック・ハウス通信

クリスティ・ファンクラブ機関誌

1992.9.15  NO.43

 今年(1992年)の11月25日は戯曲「ねずみとり」の40周年記念日になります。またもやロンドンの劇場街では、世界一のロングランを続けるこの劇を祝う催しが盛大に行われることでしょう。

 ところで「ねずみとり」は、ちょうど10年前に東京でも上演されました。そして、この劇の初日(1982.6.10)には、クリスティ・ファン・クラブの歴史的な(?)第1回会合が西武劇場のロビーを借りて開かれたわけです。あれから10年。第2回会合はまだ開かれていませんが……(S)。


< 目  次 >

◎バートラム・ホテルのモデル・・・・・・・・・田中 弘

◎別館ティー・ラウンジ・・・・・・・・・・青木 零・海保なをみ

◎我が母、アガサ・クリスティ・・・・・ロザリンド・ヒックス・訳 広田 あき

◎クリスティ・ランドの素敵な人(その14) ミセス・アラートン・・・・・・・・関根由紀子

◎クリスティ症候群患者の告白(その14)・・・・・・・・・・数藤 康雄

◎ティー・ラウンジ

★表紙   高田 雄吉


バートラム・ホテルのモデル

田中 弘


 アガサ・クリスティがバートラム・ホテルのモデルとしてブラウンズ・ホテルを利用したのは公然の秘密である、と書いたのはCharles Osborne("The Life and Crimes of Agatha Christie"の著者)です。しかし、実際はフレミングス・ホテルですと反論しているのは、遺族公認の伝記を書いたジャネット・モーガン。

 でも二人とも、詳しい証拠を挙げているわけではありません。クリスティは類似している部分をわざとぼかしたようですが、そのために、かえってモデル論争が持ち上がっているのかもしれません。両方のホテルを訪ねたことのある田中さんは、はたしてどちらのホテルを本命と考えているのか、お楽しみください(S)。


 激変するロンドンの街並の中で、エドワード王朝時代の変らぬ雰囲気を保っているという、あのバートラム・ホテルのモデルは、果してフレミングス・ホテルか、ブラウンズ・ホテルか・・・。ロンドン出張のたびに、この二つのホテルを訪ねたり、その界隈を行ったり来たりしたものだ。

 ハイドパークからピカデリーサーカスに通じるピカデリー大通りは、交通も激しく、朝夕は急ぎ足で行き交う通勤の人々で慌しい。それにフォートナム&メイスンの店やダックスのブランドで知られるシンプソンの店などもあって、華やかな通りの一つでもある。が、この通りの北側の細い路に入ると、うってかわって閑静なたたずまいとなる。その先にあるバークレース・スクウェアやグロブナー・スクウェアは、都会の真中とは思えないほど人通りも少なく、ほっと一息つくオアシスのようである。

 「ほとんど誰にも知られていないポケットのような閑静なところがたくさんある・・・・・ハイドパークから出ている、これといった目立たない通りを離れて、左へ右へ一、二度まがると、静かな街路へ出る」とアガサは書いているが、バートラム・ホテル、そして実在の二つのホテルは、こんな静かな家並の中に、あまり自己主張することもなく、ひっそりとある。たまにロンドン名物オースティンの黒いタクシーがバタバタとやってきては、また過ぎ去っていく。

 どちらのホテルもバートラムのモデルであっても不思議ではない。現地ではあまり明確な答が返ってこなかったが、最近あらためて両ホテルに問い合わせてみた。ブラウンズ・ホテルの General Manager Banister 氏からは、

 "I am writing to confirm that Agatha Christie based her novel on Brown's Hotel in her book called Bertrams Hotel"

 という返事。一方、フレミングス・ホテルからは、なんと日本語で、

 「当ホテル、Flemings Hotel は、Agatha Christie が何度もご滞在なされていまして、"At Bertram's Hotel" も、ここを舞台としています」

とのこと。実はこれは、フレミングスに Japanese Guest Relations Manager として勤務しておられる山田ジュンコさんからの返事であった。というわけで、どちらも自分のところがモデルである、と主張しているというわけだ。

 手許にある資料によると、ブラウンズの方は、1837年に J.Brown が 23 Dover Str. にオープンし、1844年に 21〜24 Dover Str. に拡張、1889年には、背中合わせにあった St. Georges Hotel を買収し、1890年に建物を統合した。従って、現在 Dover Str. と Albermarle Str. の両方に入口がある。見たところAl-bermarle の入口の方がやや大きく、風格がある。古くから王族、外交官、政治家、作家が滞在し、ヴィクトリア女王、グラハム・ベル、キップリング、ルーズベルト大統領、ナポレオン三世、バイロンなどの名が語られている。

 フレミングスの方はより新しく、1900年始めに R.Fleming が 10 Half Moon Str. に小さな private hotel を開いたのが始まり。1920年代から約30年間、アメリカ人 Sandford が所有し、7〜10番地に拡張した。現在はまわりにいくつかのアパートメントホテルも所有している。

 アガサは、この両ホテルに宿泊したことがあって、本当はこれをミックスして描いたのかも知れないが、筆者はどちらかといえば、バートラムのモデルとしては、ブラウンズの方に軍配をあげたくなる。その理由をいくつか記すと、

 まず第一に、その内装である。樫材を壁や柱にふんだんに使って、落ち着いたやわらかい雰囲気をかもしだしていて、やや狭くて薄暗いが、しかし、どこかの家庭に迷いこんだような気分になる。「中にはいると、バートラム・ホテルにはじめての人だったら、まずびっくりする。・・・もはや消滅した世界へ逆もどりしたのではないかと思う。時があともどりしている。まるでエドワード王朝時代の英国なのである」とアガサは記しているのがぴったりだ。もちろん、両ホテルの内装が、アガサが親しんだ頃から変っていなければの話だが。

 次に、午後のお茶のことである。アガサは、「まったくのところ、この午後のお茶は、バートラム・ホテルの特色のひとつであった」と書いているし、「ロンドンで、今でもほんもののマフィンがいただけるとこって、ここだけしかありませんからね」とも書いている。ブラウンズのパンフレットにも、"legendary Brown's tea" として紹介されている。実際、ここのウエッジウッド製のハザウエイのばらという絵柄の食器で、外の喧噪を忘れて優雅なお茶の一時をすごすのは、最高の楽しみの一つである。

 そしてもう一点、ミス・マープルが14才の時に、叔父叔母に連れられてバートラム・ホテルに来たというが、それは1909年のことであると読める。ブラウンズはその頃すでに、ほとんど現在の大きさになっていて、有名人の滞在も多く、その名を轟かせていたであろう。フレミングスの方は、その頃存在していたとしてもまだオープンしたばかりであり、しかも小さな private Hotel であったというから、その後次第に大きくなって、ミス・マープルが何十年ぶりかで再訪したときには、以前と相当雰囲気が変っているはずである。彼女に「そのホテルのことが忘れられないの」といわしめるのには、ブラウンズの方がより相応しいと思うのだが、如何であろう。

 というわけで、バートラムのモデルはブラウンズの方だと思うが、しかし、それにも難点が一つある。このホテルには前述のように、Dover 街と Albermarle 街との二つの入口がある。ミス・マープルがロビーでお茶を飲みながら、出入りする人達を観察するには具合が悪い。両方の入口を見渡すことができればまだしも、実際にみてみると、それらは狭い廊下で結ばれている、というわけである。

 『新版アガサ・クリスティー読本』によると、フレミングスがモデルであると記してあるが、そちらのご意見も聞かせていただければ幸いである。

 が、いずれにしても謎は謎のままの方が楽しみは増えるというもの。『バートラム・ホテルにて』のクライマックスシーンのように、濃く深い霧に包まれた彼方にあるのが、アガサ・ファンのこよなく愛するバートラムなのである。次回のロンドン訪問の際は、ぜひブラウンズがフレミングスに投宿し、マープルの気分を味わってみたいと思うのである。(引用はハヤカワミステリー文庫による)


別館ティー・ラウンジ

青木 零・海保 なをみ


 毎号の巻末にある”ティー・ラウンジ”は、頂いたお手紙の中から興味深い、しかし公開してもかまわないであろうと思われる内容を掲載している常設のコーナーです。WH通信の中では一番面白い、と定評を得ています。原則として掲載は1人原稿用紙1枚〜2枚の長さになりますが、なかには手紙の全文をそまま載せたくなるものもあります。

 で、そういう場合は、内容を短くする苦労などは一切放棄して、すぐに別館ティー・ラウンジを建ててしまいます。このイイカゲンな編集こそ、WH通信の特徴というわけです(S)。


■海保なをみさんがWH通信42号のpp21〜22で提起されている「どこでクリスティーがカーの『皇帝のかぎ煙草入れ』をほめていたか?」という問題ですが、創元の惹句の出所はたぶん、『皇帝のかぎ煙草入れ』(1942)のペンギン版(1953)の表紙裏にあるPENGUIN編集者が書いたと覚しき紹介文でしょう。

 ではここに引用されているクリスティーのほめことばはどこから引用されたのか? といわれると、そこまではわからないのですが、『皇帝のかぎ煙草入れ』が出た時の書評かコメントではないかと思われます。いずれにせよ引用符で囲ってクリスティーの名前が明記されていることですから、クリスティーの文章(の一部)にはちがいないでしょう。創元の宣伝文句はともかく、クリスティーがここで言いたかったのは、探偵小説がリアリズムに向かいつつある1940年代という時代にあっても、最後まで読者を五里霧中に迷わせて途方にくわさせる(baffle)ことを常に(always)心がけているカーに送るエールですよ、ということだろうと僕は考えています。ではクリスティーはどうして『皇帝のかぎ煙草入れ』について、このコメントを出したのか? カー(carr)マニアのダグラス・グリーンが言うように、カーの小説世界はクリスティーのとは全く反対で、クリスティーの世界は一言でいうと”cozy”なのに、カーの描く殺人事件には”cozy”なものは何もない、のでありますが、バンコランもフェル博士もH.M.も出てこない『皇帝のかぎ煙草入れ』だけは、クリスティーの”cozy”世界に一番接近しているから、クリスティーも特に気に入ったんじゃないでしょうか(青木零さん)。

■実は去年、日本では保険金殺人で有名なモルジブに魚を見に行ったとき(ダイビングではなくシュノーケルです)、そこのリゾートホテルに客が置いていく本を集めてある一角があり、そこで、克莉絲蒂著 張伯權譯 というペイパーバックというか、むしろ日本の新書に近い形の本を一冊、えー、ひ、拾ったのです(帰ってみたら、後ろのところに pls being back! と書いてあったのよね……、ゴメンナサイ!!)。

 すでにこの話題、出たことあるかもしれないけれども、やっぱり面白いので。ISBN 957-9536-44-9 というこの『鐘』は、「《風雲版》克莉絲蒂探案系列」の10です。見返しの案内によれば、24『四大魔頭』まで出ているようです。24冊しかないうちにBig4を入れるのかなあ……というのは勝手な独り言ですけど、これはまず『ビッグ4』でしょうね。

 瑪戴小姐 伊娜・布蘭特(だと思うんですけど)の登場から始まり、書き出しは九月九日的下午、一如平常的下午、没有両様(台湾のですから、正字ですけど)。柯林・藍姆的叙述となっている章も出てきます。これだけヒントがありながら、この『鐘』が何か、私はまだ分んないという情なさ。

 それはともかく、24冊並べてみますと、

  1. ABC謀殺案
  2. 加勒比海島謀殺案人
  3. 東方快車謀殺案
  4. 鏡子魔術
    ここまでは多分わかりますよね。加勒比海がカリブ海とすれば。そして全部長編だとすれば。
  5. 魔子――   ?
  6. 第三個女郎 うっ、と、日本語感覚では一瞬驚くけれども、これは『第三の女』でしょう。
  7. 謀海    ?
  8. 此夜綿綿  日本語ではぐっと泣かせる題にみえますね。中国語ではどうなんでしょうか。 Endless Night よりも情緒的なのか?
  9. 不祥的宴会 『エッジウェア卿の死』かな?
  10. 鐘     ?
  11. 謀殺啓事  ? 中国語の意味は殺人ことはじめ? 殺人から始まった?
  12. 死亡約会  『死との約束』でしょうか……、それとも『予告殺人』?
  13. 葬礼之後  After the Funeral としか思えません。
  14. 白馬酒店  The Pale Horse で文句あっか(誰も何も言っとらんて)。
  15. 褐衣男子  15〜18は、よほど訳者氏がヒネてつけたのでない限り原題から推察できるでしょう。
  16. 万霊節之
  17. 鴿群裏的猫
  18. 高爾夫球場命案
  19. 尼羅河謀殺案    にら? あ、ナイル河だ!!
  20. 盍陽下的謀殺案   Evil under the Sun ? それとも固有名詞?
  21. 死灰復燃  ?
  22. 零時    Towards Zero
  23. 畸形屋   そ、そうか。Crooked は畸形か。
  24. 四大魔頭

 なにしろ実物があるのは『鐘』だけだし、中国語の知識は皆無だし。推理というよりは空想ですけども。さて、数藤氏の御推理はいかに?(海保なをみさん)


我が母、アガサ・クリスティ

ロザリンド・ヒックス 広田 あき訳

 いささか紹介が遅れましたが、本稿は、クリスティ生誕百年記念年にあたる1990年9月8日付けの THE TIMES SATURDAY REVIEW に載ったエッセイです。内容にはそれほど目新しいものは含まれていませんが、珍しいのは、書いた人がクリスティの一人娘ロザリンドさんであることでしょう。孫のマシュー氏は生誕100年記念ブックに”伝説の祖母、ニーマの思い出”などを書いていますが、ロザリンドさんの文章がマスコミに載ったのは初めてかもしれません。なお、この記事を見つけて、コピーを送ってくれたのは八木谷さんです。ありがとうございましいた(S)。


申し訳ありませんが、著作権の関係で掲載できません。


クリスティ・ランドの素敵な人(その14)
ミセス・アラートン

関根 由紀子

 
 映画「ナイル殺人事件」は、戯曲「ナイルに死す」と同様に、原作より登場人物が減っています。今回紹介されたミセス・アラートンは、残念ながら映画にも戯曲にも登場していませんが、それだけに、どのような姿、顔立ちの人物か、勝手に想像する楽しさがあるというものです。

 なお関根さんは名古屋市在住の専業主婦20年の女性です。薬剤師の免許ももっているそうですから、クリスティに似ている? とは大げさか(S)。


 『ナイルに死す』を読まれた方、ミセス・アラートンを覚えていらっしゃいますか。

 この本は登場人物が多くて少し繁雑ですね。また皆それぞれに個性的です。その中で強烈なのが、ジャクリーン・ド・ベルフォール、ヴァン・スカイラー、リネット・リッジウェイ。そして静かな個性の持主が、コーネリア・ロブスンとティムの母親のミセス・アラートンでしょうか。

 ミセス・アラートンは、多くの登場人物の中では影がうすく、時として、この物語に存在しなくてもいいように思われるかもしれません。でも彼女は私の大好きな人、理想の人です。

 彼女を影のナレータにして、映画「ナイルに死す」を作ったら、ちょっと変ったしゃれたものが出来るのではと思っているほどです。それなのに、現実の映画「ナイルに死す」の中に彼女は登場しないのです(私の勘違いでしょうか)。

 なぜなのでしょう。物語の筋そのものに彼女が関係していないからでしょうか。

 とんでもないことです。落ち着いた人目をひく姿、知性、ユーモア、そして好奇心に富んだ気性、するどい観察力を備えながら年相応の常識と優しさを持った素晴らしい人なのです。

 船の中という逃げ場のない特殊な場所で次々と起こる殺人事件。この異常な日々の中で彼女の持っている温かさや平衡感覚とでもいうものが、どれほど船の中の皆の気持ちを救ったかと思います。

 クリスティーは、他の人達に彼女の素晴らしさを何度も言わせています。

 例えばロザリーとティムの対話。

「あなたはたいていの人が羨むものを一つ持ってるわ」
「何です?」
「あなたのお母さん。すてきな方だと思うわ。美しいし、落ちついて威厳があるし。それでいて、いつでも明るくて冗談も言えるし」

 ポアロとレイス大佐が皆の船室を調べていた時、彼女の部屋を調べた後、レイス大佐がこう言っています。「気持ちのいい奥さんだな」

 またミセス・オッタボーンが殺され、ポアロはロザリーを彼女にあづけます。そして後になって「奥様、あの娘を良い方の手に委ねたという気がしますよ」という言葉をおくっています。

 すべてを抜き書きできないのが残念ですが、クリスティーもきっと彼女を好きだったのですよ。もしかしたら彼女自身をミセス・アラートンの中にいれてしまったのでは?  ミセス・アラートンに幸あれ! です。


クリスティ症候群患者の告白(その14)

数藤 康雄

×月×日 正月休みに "AGATHA CHRISTIE:The Woman and Her Mysteries"(By GILLIAN GILL,1991,Robson Books Ltd.) をやっと読む。この本は1990年(クリスティ生誕百年記念年)にアメリカで出版されるというので、出版前に紀伊国屋に注文したのだが、これがヒドイ失敗。どうやら注文が早すぎたようで、担当者に忘れ去られてしまい、いつまでたってもなんの連絡もない。そこでクレームをつけたら、もう売り切れ、再版まで待ってくれと言う。その言葉を信じで待ち続けたが、一向に再版にならない。ついに1年たって諦め、1991年に出たイギリス版を入手したしだいである。

 1990年に僕が書いた雑文の中には、最新情報を盛り込みたくてこの本に言及したものもあるが、原書を読まずに、向こうで出たこの本の書評から原書の内容を紹介することになってしまった。したがってあまり詳しくは触れられず、ごまかしたというのが本音である。  今回読んでみて、以前に書いた文章は基本的には間違っていないことがわかったが、大学の先生が書いただけに、やはり作品論の比重が予想以上に高かった。例のクリスティの失踪については、既に明らかになっているデータから再検討を試みているが、モーガンの説を越えているわけではない。

 実は、詳しい内容を紹介する予定にしていたのだが、読んだ時にきちんとしたメモをとっていなかったので、まとめようとした現時点(5月の連休です)では、大半を忘れてしまった。次号には間に合わせようと思っているので、ゴカンベン。なお怪情報(?)によると、著者ギル(ハーバード大学で近代文学を教えていて、フェミニストの理論家)の息子さんは日本の大学の講師として来日しているそうである。

×月×日 評判の『イギリスはおいしい』(林望著、平凡社)を読む。さすがに面白い。直接クリスティに言及しているのは一ヶ所しかないが(それも単に名前が挙げられている程度だが)、クリスティを楽しむうえで参考になることが多かった。

 直接教えられたことは2つ。ひとつは、”スコーン”は正しくは”スコン”と発音するらしいこと。もうひとつは、イギリスには3種類の生クリームがあるということ。single cream(コーヒー用)とdouble cream(ホイップ用)、clotted cream(ねっとりと固く、薄黄色みを帯びた濃厚なクリームで、スコンには欠かせない)である。クリスティはデボンシャー・クロテッド・クリームが大好きだったはずだが、これでは体重が増えるのも当然と納得したしだい。

×月×日 磐田市にお住いの図書館員、小野さんから『17人のスティーヴンソン』(図書館流通センター刊)の一部のコピーが送られてきた。この本は、図書における外国人名のカナ表記、という副題が示しているように、これまでに日本で出版された翻訳書の外国人作家名の表記例をすべて集めたもの。『宝島』の著者でおなじみのスティーヴンソンには17通りの表記があったため、『17人のスティーヴンソン』という奇抜な題名が付いたようだ。図書館員用の専門書といえる本で、題名は前から知っていたが、中味を見るのは今回が初めてだった。

 で、クリスティの表記であるが、以下の7通りがある。

 クリスティー(秋田書店)(講談社)(早川書房)
 クリスティ(新潮社)
 A・クリスティー(国土社)
 A・クリスティ(中央公論社)
 アガサ・クリスティ(角川書店)(新潮社)
 アガサ・クリスティー(講談社)(春陽堂)(早川書房)
 アガサ・クリスチィ(東京創元社)

 このWH通信では、原則としてクリスティを使っている。僕は原音に忠実にと思ってクリスティという表記を使用しているのではない。単に、最後の長音は書かない(例コンピュータ、トランジスタ)というエンジニアの常識にしたがっただけなのである。いわば、この機関誌を編集している人間はエンジニアであるという手がかり(?)を秘かに入れただけなのだが、新潮や角川が正式にクリスティを採用していることを今回初めて知った。クリスティという表記も案外まともであることがわかった。

×月×日 アメリカの古書店ではビデオの販売もしているようだ。小林晋さんより貰ったカタログを見ると、ミス・マープル(ジョアン・ヒックソン)のビデオが30ドル程度で売られている。小林さんは「そして誰もいなくなった」などを買ったそうだ。希望者がいれば貸し出してもいいといっているので、ご希望の方はご連絡下さい。ただし吹替えでも字幕入りでもありません。念のため。

 なお、カタログをよく見てみると、クリスティ物のオーディオ・カセットテープもあるようだ。デビッド・スーシェがポアロの短編を朗読していて、20ドルである。クリスティを本だけで楽しむ時代は終ったのかもしれない。

×月×日 1月12日はクリスティの命日だが、この日、新聞紙上で松村喜雄さんの訃報に接する(亡くなられたのは10日)。松村さんはフランス・ミステリー研究の第一人者であるばかりか、江戸川乱歩の親戚ということで、乱歩の研究者でもあった。

 松村さんと知り合ったのは、僕の作った小冊子「ミス・マープルのすべて」に松村さんが興味を示されたからである。しかし、実際にお目にかかったのは、僕が仕事でアメリカ一人旅に出かける直前であった。25年以上も前の話であるが、当時の松村さんは外務省の役人で、サンフランシスコ総領事館の勤務から国内に転勤直後だったので、最新のアメリカ事情を聞いておきたかったからである。

 外務省の喫茶室でお会いした松村さんは、背の高い細身の紳士で、万一の場合にはこの名刺をもって領事館に行きなさいなどと、実に親切に応対してくれた。ニューヨークでは、今では恐ろしくてできないような暗い街路を一人で歩き回ったこともあったが(実にスリルとサスペンスに富む?!)、結局その名刺は使用せずに無事帰国できた。これも、松村さんの名刺があったからこそできたのであろう。

 松村さんはラオスやベトナム、サンフランシスコを舞台にした国際陰謀小説なども書いていたが、自身の好みは本格ミステリーで、”ミステリーの鬼”という表現がふさわしい人であった。アメリカ旅行の後はお会いすることもなく、手紙だけのつき合いになってしまったが、お手紙の中では、いつもミステリーについて熱ぽっく語っていた。僕は、とでもじゃないが”鬼”などにはなれないイイカゲンな人間なのでいつも逃げ回っていたが、それでも松村さんの依頼で一回だけクリスティの短編を翻訳したことがあった。

 今回、ティー・ラウンジのために手紙を整理していたら、昨年7月11日の消印のある松村さんのお手紙が見つかった。フランスの古本屋のカタログから30年も探していた本を数冊入手したとか、念願の江戸川乱歩の長編評論を書き上げた、とか書かれている。相変わらずの”鬼”の手紙だが、自分のやりたいことを完成させた満足感の感じられる内容でもあった(雑誌「EQ」の記事によれば、松村さんの『江戸川乱歩論』は遅くとも年内に刊行されるようだ)。心から御冥福をお祈りいたします。


ティー・ラウンジ

■WH通信42号のP.29で数藤さんが書いていらっしゃる生誕百年記念のディナーのメニューは、ハンカチーフになっているのをご存知ですか? 昨秋TorquayのMuseumで「クリスティ展」を見学した時のこと。一階のショーケースにおみやげとして売られているのを発見、一枚買ってきました。本当は「記念ロゴ入り」のカサがあって、それが欲しかったのですが、折りたたみ式でなかったのであきらめました。メニューの料理には、クリスティゆかりの地名や川の名(Dart川,Devonshire,Cornish,Dartmoor)が織り込まれているのですね。

 ところでLondonのCharing Cross Road(地下鉄レスタースクェアが最寄り)にミステリー専門の書店があります。その名も"Murder One"。そこにはあらゆるミステリー関係の本やビデオがそろえられ、入って左側にはシャーロック・ホームズの等身大の人形が飾られていました。入口のラックにはフォンタナ版のChristieの作品がそろえられており、うれしくなってParker Pyne Investigates を買い、A Pocket Full of Ryeのビデオを買ったのですが、こちらは日本のビデオ機にはかからず、今も本箱の中で眠っています(安藤靖子さん)。

■クリスティの全部を里から送って貰いまして、一年に一度はつかれたように次から次へと読破していく私です。読み終えて最後に、必ず娘に「クリスティって、すごいわ」です。飽きることなく再読可能。これがいわゆるクリスティ症候群なんでしょうね。良き時代の教養人って趣が随所に見られてなにより。日本で今のようにフェルメールが知られていない時に、私達は『葬儀を終えて』でいち早くフェルメールを知りました。どのような絵描きかしらと長く思っていましたら、ある日平凡社だったかしら、出版されて、日本でも世界でもブームになり、私も大好きになりました。『死への旅』の「去年の雪、今何処」、この一節の美しさに惹かれ、これまたどんな詩かと憧れていましたら、ある日新聞に、鈴木信太郎訳で『遺言詩集』の予約広告。早速注文、手許にきたのを開いて、あの一節を見いだした時の喜びたるや・・・。とまあ、このように物語とは別の興味を与えてくれるのも嬉しいですね。晩婚の私の指標となった「宝石より貴きもの」という聖書からの引用。実際は程遠い身ですが、心のすみにはおいています。これは『鳩の中の猫』。クリスティの本を前に頂いた佐々木建造氏、なつかしい。相変わらず本の虫でいらっしゃるのですね(大森朋子さん)。

■ところで今日は、私のおそまつで悲しく、愚かな小学校時代の私とクリスティについてお話します。私は小学校6年のクリスマスにクリスティの本を買ってもらいました。このときは読みこなせず、未だに本箱に眠っているのは『青列車殺人事件』です(まったくお恥ずかしい次第です)。そして、その年のお正月、映画「地中海殺人事件」を兄につれていってもらったのです。たしか、初めの方の「結婚して何日目かで、駈落ちされてしまった」とかいう内容のセリフのところで、字幕の「駈落ち」という漢字が小学6年の私の頭では読めず、周囲の笑い声からとり残された悲しい思い出があります。

 そして、私は、小学校卒業記念のタイムカプセルに、その頃読み終えた『スタイルズ荘の怪事件』を入れました。そのタイムカプセルを今年の3月の同窓会で掘り起こすと、湿気を含んではいましたが、中から『スタイルズ荘の怪事件』が完全な形で出てきました。もう、本の内容の記憶もうすれ、腐っていて読めなかったらどうしようかと思っていたので、大変うれしく、そしてなつかしかったです。そのまま持って帰って、読み直してもよかったのですが、また元どおりに戻し、何年後かに掘り起こしたいと思います。未熟な小学生が読んだのとは、また違った『スタイルズ荘の怪事件』が味わえるまで、じっくりと熟成したいと思います(笠原由子さん)。

■シャーロッキアン的な世界は、どちらかというと小生は苦手なのですが、WH通信を読んでいると、会員諸兄姉の、ミステリーの多彩な楽しみかたに感心させられます。クリスティを読み返していく過程で、副産物に小生も何か投稿できればと思いますが、将来的にセイヤーズ、アリンガム、マーシュといった英国女流を読んでいく心づもりもあるので(ペイパーバックが大分たまってきた!)、”アガサ・クリスティのライヴァルたち”について書いてみたいな、などと勝手に考えています。新しい世界にふれ、結構、刺激されているのでアリマス(塚田善人さん)。

■ラウンジの皆様お久しぶりです。さる3月30日から4月3日までのポワロもの5回シリーズ(NHKテレビ)御覧になりましたか。いつもながらのクラシックなムードが嬉しかったですね。とりわけ第3夜の「二重の手がかり」は、常とはひと味違ったドラマに仕上がっていて、あの皮肉屋のポワロ氏がそこはかとない恋をするなんて、おやまあ! といったところですが、何はともあれ雰囲気としては上等だったと思います。ラストの、夜霧に煙る駅頭で、ロサコフ伯爵夫人を見送る別れのシーンは、さながら往年の名画を彷彿とさせるようで、昔なつかしい思いに馳せられました(日名美千子さん)。

 5夜連続でポアロ物を放映するとは、まったく気付きませんでした(S)。

■珍しくもありませんが、Moorland Hotelの絵はがきを同封いたします。アガサ・クリスティー・バーというのがあって、A.C.の頬杖をついている大きな肖像画がかかっていました。夕食は(おどろくほど)期待外れでしたが、場所はとても眺望のいいところです。先を急ぐので泊まりませんでしたが(中村妙子さん)。

 ムアランド・ホテルはアガサが『スタイルズ荘の怪事件』を集中的に執筆したところです。絵葉書で見る限り、美しいホテルのようです(S)。

■最近、エリス・ピーターズのカドフェル・シリーズなどを楽しんでいるのですが、つくづく思うのは、イギリスの老婦人というのはたいしたものだ……と、いうことです(志賀京子さん)。

 このシリーズは僕も好きです。もっとも、まだ全部は読んでいないのですが(S)。

■韓国のハングルでは、英語のAはエとアの中間で発音し、どちらかというとエの方が強いように思います。従ってカメラマンは、カメラメンに聞こえます。このため、アガサも、エガサとアガサの二通りの表記になっているものと思います。ハングルには中間音が多く、釜山はプサンとブサンの中間の発音になります(田中弘さん)。

 ローマ字で pusan と busan があったので、てっきり違う都市だろうと思ったのですが、このためヒドイ失敗をしました。間違いついでに書いておきますと、前号の「クリスティ症候群患者の告白」で、ソウル一の書店を秋保書店と書いたのは教保書店の誤りでした。昔仙台に住んでいたので、つい秋保と書いたようです(S)。

■TVではポワロシリーズをやっていたり、近々ブルームーン探偵社や、衛星でもなにがしか推理物をやるようで、楽しみにしています。この間本屋で、クリスティの名前で推理物以外の小説が並んでいるのを見ましたが、たしか別のペンネームを使っていたのではなかったでしょうか。それとも、知名度が高い方を出版社が使ったのでしょうか。それはともかく、ちらと見ただけで買わない、というファンとしてあるまじき行為をした私です(橋本弥生さん)。

■「同業者たち」おもしろいですね! 私の同業者、いたかなあ。オリヴァー夫人が子どもの本を書いたという話は聞かないようだし、作家はときどき出てくるけど、童話の方はどうもね。児童文学の市民権のあるイギリスなのに。さてとなると、なかなかいないようです。オリヴァー夫人がパーカーパインの座付作者をしていたときのハラハラドキドキの筋書きは、子どもの冒険読み物と紙一重という気もするけど……(杉みき子さん)。

■会員の皆さんの楽しい声を聞くことができるのでティー・ラウンジをおもしろく読ませてもらっています。今号の佐々木さんの便りは内外のミステリー3000冊を整理したとのことで、よく思いきったなあと感心しました。私など古い人間は女房にイヤな顔をされながら、家の中に古い変色した本を積んでおいて、整理する気持ちは絶望的に起きないのだから、若い方のいさぎよさに目を見張る思いです。田中さんはクリスティの本が手元にほとんど無くて恥ずかしい限り、と言っていますが、この頃は、どの町にも図書館が沢山の蔵書を持っているのですから、読みたいときには図書館利用で十分ではないでしょうか。私のように所持していれば何時かは読めると思って安心(?)して結局は読んでないものが多い(ミステリー全般についてですが)ということになり、このほうが恥ずかしい限りです。

 新谷さんの御尊父の逝去に心からお悔み申し上げます。病室で最後に読んだのがクリスティとのことに、私がこの後入院するようなことになり、本の読める小康のときは、どの作家のミステリーを手にとるだろう、とふと思いました。元気な現在の気持ちでは、クィーン、そしてカーといったところと思いますが、ベッドの上の小康のとき、しみじみ胸に沁みてくる味わいとして、やはりクリスティかなと思うのは年齢の加わりのためでしょう。

 水田さんが退職なさって1年後にいよいよクリスティ全作品の読書の読破を始められたとのことに、自分を省りみて、まさに脱帽です。私も8年前にそのような気持ちになって読書ノートを作り作品リストをはりつけたのですが、定年半年後には老人学級参加、公民館のいくつかのグループに加入、そして戦友会の幹事やら会社のOB会などの間口が広くなり、読書ノートなどどこにいってしまったのか、以後見たことのない有様です。ともかく、ミステリーを読む楽しさから生涯離れられないと思いますし、クリスティに未読のものがある私には読書の新しい出会いが残されていると思うと、気持ちだけは(実行できるかどうかはさておき)豊かです(島田幾夫さん)。

■早川文庫の『ミステリ・ハンドブック』の「海外ミステリ・ベスト100」に、クリスティの作品が2点(24位『そして誰もいなくなった』と48位『アクロイド殺し』)きり入っていないのは寂しいなぁと思っていたら、2月23日付読売新聞掲載の「読者の好きなミステリー・ベスト30」には7点も入っていました(1位『そして誰もいなくなった』、2位『オリエント急行殺人事件』、3位『ナイルに死す』、6位『アクロイド殺人事件』、16位『カーテン』、25位『ABC殺人事件』、28位『地中海殺人事件』)。このベスト30で、クリスティの次に支持されていたのが、あの、シドニー・シェルダンで、5点も入っているのを見ると、なーんだ、ミステリーのベスト30じゃなくて、大衆小説のベスト30じゃあないのと、いささかガッカリしないでもないのですが・・。ま、この二つの人気投票の結果は、クリスティは通好みではないけれど、ミステリーの読者でない人からも幅広く支持されていることを語っているように思えます。ファン・クラブの皆さんが、クリスティの次に好きな作家は誰なのだろうと、時々、思うことがあります(まさか、シドニー・シェルダンじゃ無いですよね)。何かの機会にアンケートを取ってみてはどうでしょうか(泉淑枝さん)。

■新しい会員が増えたせいか、会費についての問い合わせが多くなってきました。まとめてお答えしておきます。

 まず年会費500円(1冊500円ではありません)の件ですが、もともとWH通信は最初は無料でした。しかし、郵送料が値上がったこともあり、正確な号数は覚えていませんが、送料は会員の負担に変更になりました。そしてさらに、ガリバン印刷(無料の家内製手工業)から現行の印刷(外部に発注)に変更したのを期に、現在の年会費500円になりました。つまり、昔から赤字覚悟、イイカゲンなものでカンベンしてもらう、という考えで一貫して製作していますので、現在の会費設定になっているわけです。ご了承下さい。

 次に、会費切れになった場合はどうなるのか、という点です。会費切れの場合は、「今号で会費が切れます」と書かれた小さなメモ用紙がWH通信と一緒に同封されます。小さなメモ用紙(再生紙を使用した西友の無印良品)なので、うっかりすると見逃す恐れがあります。また僕の方で会費納入を書きもらしたこともありました。そこで会費が切れてからも、その後2号分は強制的に「先号で会費が切れました」または「先々号で会費が切れました」というメモとともにWH通信をお送りすることにしています。その間に、こちらの会費管理ミスが見つかれば訂正できますし、うっかり会費郵送を忘れた人でも、気が付くというわけです。

 最近は住所管理から会費管理まで、すべてパソコンで処理しています(と書くと、いかにもスゴイように思われるでしょうが、BASICで20行前後のいたって簡単な自作プログラムです)。したがって会費切れの場合は、宛名の右下に*(「今号で会費が切れます」という意味)、**(「先号で会費が切れました」)、***(「先々号で会費が切れました」)が打ち出されるはずです。それを見て判断されるのがもっとも手っとり早いかもしれません。つまり*印が付いていなければ、会費はまだ残っている、ということです。  なお会費の郵送は、郵便局の振替が一番安くて確実ですが、郵便局へ行くのが面倒な方は現金を直接同封されても、少額の切手を同封されてもかまいません。ただし、できましたら2年分(1000円)をお願いします。振替の送料(60円)は、500円でも1000円でも同じですし、こちらの会費管理も簡単になり、間違いも少なくりなります。よろしくお願い致します。今年の正月観た映画は「ターミネータ2」。最近、都では、こんな映画が流行っているのか! CGだけが面白かった(S)。

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