ウインタブルック・ハウス通信

クリスティ・ファンクラブ機関誌

1991.9.15  NO.41 

 お気づきかと思いますが、今号から表紙が少し変りました。忙しいなかを高田氏がすすんで協力してくれた結果です。ちょうどWH通信も41号になり、あらたな旅立ちにふさわしい装丁になりました。残念ながら中味はこれまでと変らないマンネリですが、そこはまあ、毎回創意工夫を凝らしたクリスティと違うのは当然なわけで……。今後もよろしくお願い致します(S)。


< 目  次 >

◎クリスティの未紹介短編について・・・・・・・・・数藤康雄

◎楽しめたBS 「アガサ・クリスティー・スペシャル」・・・・今枝 えい子

◎クリスティ・ランドの素敵な人(その12)・・・・・・・・・・・・金井 裕子

D.M.Devineの"My Brother's Killer"(1961)について・・・・・・・・・ 小林 晋

◎会員へのお知らせ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・海保 なをみ

◎私の知るアガサ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・A・L・ラウス、八木谷 涼子訳

◎Gaylord Larsen著"Dorothy and Agatha"(1990)を読んで・・・・・・・・小林晋

◎ティー・ラウンジ


★表紙   高田 雄吉


クリスティの未紹介短編について

数藤 康雄

 単行本未収録のクリスティの短編が6本も残されているというクリスティ・ファンにとって涙の出るほど嬉しい情報はWH通信No.37のティー・ラウンジに載りました。紹介者はイギリスの古いミステリーを原書で数多く読んでいる小林晋さん。 "Detective Fiction:The Collecter's Guide"(By John Cooper & B.A.Pike)を読んでの投稿でした。その後、単行本未収録の短編がクリスティ生誕百年記念本に載るとの予告が出たので、Cooperらが見つけた短編だろうと考えていましたが、実際に載った短編「罠にご用心」は、そうではありませんでした。
 未収録短編はどうなってしまったのだろう、と思っていたところ、B.A.PikeがThe Armchair Detective(Vol.24 No.1 1991 Winter)にクリスティ短編の詳細な調査結果を公表しました。この紹介文はその論文の要約です。
 Pikeの調査は詳細を極めています。クリスティの最初の短編集"Poirot Investigates"(『ポアロ登場』)の英米版の違いから始まり、1943年から1946年にかけてイギリスで数多く出版されたペイパーバック版短編集の内容をすべて現物でチェックし、最後に未収録短編の再確認を行っています。細かい調査結果はそれなりに面白いのですが、英米版の違いなどは日本のファンにはあまり興味のない点だと思いますので、ここでは僕が興味をもち、クリスティ・ファンにとっても面白い情報と思われるものに限定して紹介しておきます。
 まず、HubinやReillyらのチェックリストの載っている"The Sunningdale Mystery(1933)"は、『おしどり探偵』から5編(11章から22章)をとって作られた短編集だそうです。またJack Adrianの調査によりますと、クリスティの未収録短編として題名だけ知られていた"The First Wish"と"Publicity"は、それぞれ『おしどり探偵』の1−2章と20−21章に形を変えて使われているそうです。
 Hagenの"Who Done It?"に登場する幻の(?)一編" The Mystery of Crime in Cabin 66"は、最初はストランド誌に"Poirot and the Crime in Cabin 66"と題されて掲載されました。内容は、短編集"The Regatta Mystery"の中の"Probrem at Sea"だそうです。日本では「海上の悲劇」として訳されています。ということで、" The Mystery of Crime in Cabin 66"は幻ではなくなりました。
 1943年から1946年にかけて、イギリスでは薄いペーパーバックでクリスティの短編集が11冊も出ました。いずれも再録の短編を1、2編集めたものばかりですが、"The Regatta Mystery"では、パーカー・パインではなく、ポアロが探偵役で登場するそうです。まあ、珍品といえば珍品かもしれませんが、それ以上の価値はほとんどないと言ってよいでしょう。
 ポアロの全短編は公式には50本ですが、ポアロの登場する"The Regatta Mystery"といったものも含めると55本になり、クリスティの全短編もすべてのバリエーションを含めると154本になるそうです。またこの他、Jack Adrianによれば、ベレスフォード物の外伝が2本あるそうです。
 結論として、パイクはアメリカの読者とイギリスの読者が読むことのできない短編を整理していますが、ここではそのデータをもとに日本人読者がこれまで読むことのできなかった短編を再整理しますと、下記の5編になります。
"While the Light Lasts"(April 1924)
"Within a Wall"(October 1925)
"The House of Dreams"(January 1926)
"The Lonly God"(July 1926)
"The Edge"(February 1927)
 "While the Light Lasts"はWH通信No.37のリストにない短編ですが、逆になぜか"The Stolen Ghost"(May 1927)がリストから抜けてしまいました。もっともパイクは追伸において、詳細は不明なものの、Jack AdrianとTony Medawarがそれぞれ別々に新しい短編を1本見つけた、と書いていますので、そこに入っているのかもしれません。
 結局、多めに数えれば10本程の短編がまだ未翻訳になっているわけで、それだけあれば、なんとか短編集の出版は可能でしょう。最近のクリスティの話題といえばテレビ映画ばかりですが、たまには新しい短編集を出版して、本の方でも話題になってほしいところです。


楽しめたBS 「アガサ・クリスティー・スペシャル」

今枝 えい子

 私の住んでいるマンションは約百戸。そこでBSアンテナのあるフラットを数えてみると5戸ありました。つまり衛星放送の簡易普及率調査結果は約5%ということになります。このデータをクリスティ・ファン・クラブにそのままあてはめると、BSのクリスティ映画を観たファンは最大でもわずか12人に過ぎません。
 ということで、ここでは熱狂的な(?)テレビ・ファン、今枝さんに「クリスティー・スペシャル」の報告をお願いしたしだいです(S)。


 アガサ・クリスティの生誕百年を記念して、NHKが昨年の11月24日(土)から11月30日(金)の7日間、延べ14時間30分もかけて、放映された「アガサ・クリスティー・スペシャル」は、衛星放送でなければ出来ない企画で、私達ファンを大いに堪能させてくれました。
 ビデオテープ7本に全部収録出来て、今後の楽しみが増えたと喜んでいます。このスペシャル番組のために、作家の夏樹静子さんと俳優の石坂浩二氏がイギリスに行き、クリスティゆかりの地や作品の舞台になった所を訪れて、背景を紹介したり、作家ロバート・バーナード氏をはじめ、出版社の人達のインタビューやトークショウ等、盛りだくさんの内容、TV映画やドラマも7本放映、いづれも夏樹静子さんの解説つきという豪華さでした。
 7日間の内容は
1日目……お二人のリポートと対談等
     映画「スタイルズ荘の怪事件」、主演デビッド・スーシェ
2日目……ドラマ「マーダー・バイ・ザ・ブック」と推理紀行「ポアロ殺人事件」
3日目……「パディントン発4時50分」、主演ジョーン・ヒックソン
4日目……「三幕の殺人」、主演ピーター・ユスチノフ
5日目……「カリブ海の秘密」、主演ジョーン・ヒックソン
6日目……「死者のあやまち」、主演ピーター・ユスチノフ
7日目……「スリーピング・マーダー」、主演ジョーン・ヒックソン

 ご覧のように、ポアロとミス・マープルが交互に見られ、しかもポアロは、デビット・スーシェとピーター・ユスチノフの両方の作品を観賞できました。
 この中から「マーダー・バイ・ザ・ブック」と推理紀行「ポアロ殺人事件」、「スリーピング・マーダー」の感想を。
○「マーダー・バイ・ザ・ブック」
 新しく作られたドラマ、このスペシャルでも目玉で日曜日に放映。約53分、アガサ・クリスティとポアロが対決するという珍しい設定(アガサの夢の中で)。
 アガサに扮した女優さんは、良い雰囲気を出している。アガサのせりふは、生前クリスティが、あちこちでつぶやいた言葉を集めたとかで、いかにもクリスティが言い出しそうな言葉になっている。
 原稿の事を「ただのつまらないソーセージ」と云ったり「ミス・マープルには手こずった事がない。彼女が主人公だとスラスラ書けるが、ポアロにはいらいらさせられる」等面白く聞いた。
○推理紀行「ポアロ殺人事件」
 この作品は、スペシャル番組のためにNHKが製作。金田一耕助に扮した石坂浩二氏が、ポアロの依頼で、なぜ、クリスティは『カーテン』で、彼を葬らなければならなかったのかを調査するという設定。
 クリスティの生誕をたどりながら、この謎を追って各地を駆け回る。この中で、クリスティ本人のインタビューの珍しいフィルムが紹介される。1962年の「ねずみとり」上演10周年記念パーティの席上での一コマ。
 この作品の中では、失踪事件のハロゲートのハイドロホテル等、初めて見る場所も多く、楽しめた。
○「スリーピング・マーダー」
 私個人がこのスペシャルの中で一番楽しみにしていた作品。英国BBCTVが、ジョーン・ヒックソン主演で製作したミス・マープル・シリーズの中の一つ。
 すでに「書斎の死体」をはじめ、数作品を見てその出来映えに満足している。原作も好きで何回も読みかえした愛着のある作品。1987年に製作されたようで、比較的新しい。TV放映は前後編二回シリーズだったようだが、今回は一挙に放映。
 ヒロイン、グエンダが新しい家を買う導入部分から終りまで一気み見せられてしまう。原作の良さを生かし、ミス・マープルの推理も不自然さがない。知らない町で毛糸を買いに入った商店での情報を得る場面など、ミス・マープルの面目躍如といったところ。思わず嬉しくなってしまった。
 以前にも書きましたが、このシリーズは配役の隅々にまで製作者の目がゆきとどいていて、原作のイメージを本当に良く生かしている。
 このスペシャルの中で紹介された生誕百年の記念行事に、デビッド・スーシェとジョーン・ヒックソンが各々、ポアロとミス・マープルの扮装で招かれ、歓迎されている様子を見て、二人が英国の人々にも、承認されているようで納得しました。
 スーシェ主演の「名探偵ポアロ」シリーズがNHKテレビで、放映が再開されている。スーシェがインタビューの中で、「この役がきたとき、原作を読み直し、なるべく原作を忠実に再現しようと思った。ひげをつけた瞬間、私はポアロになり、身なりはきちんと、靴はピカピカにと心がけている」という彼の言葉に拍手を贈りたい。


クリスティ・ランドの素敵な人(その12)

金井 裕子

 今回の”クリスティ・ランドの素敵な人”は4人も登場します。どうやら1人に絞り切れなかったようで、これはクリスティ・ファンの共通の悩みかもしれません。
 なお金井さんは、あの原宿にあるティー・サロン”クリスティー”でデートしたことある女性で(当然、うまくいくのです!)、現在は宇都宮市にお住いです(S)。


 クリスティの作品の中でも印象に残っている人達を考えると、たとえどんなに暗くてひどい殺人者であっても、わがままでも、やっかい者でも、いつの間にか好きになってしまっている。そして、それらは、ポアロやヘイスティングなどごく一部を除いては、皆女性だ。クリスティ・・彼女達・・私、「女同士」ということでつながりがあると勝手に思っているからかもしれない。
 クリスティの本を手にとてみると、細かい筋は忘れていても、一作品に一人や二人、忘れられないキャラクターがいるものだ。
 ここでは、特に印象に残っている3作品に出てくる4人の女性について記したい。
 まず、『葬儀を終えて』のコーラ・ランスケネ。少し頭のおかしなコーラが、「あら、リチャードは殺されたんじゃなかったの?」と言ったことで、一見平凡な葬儀から推理ドラマが展開されていった。読んでいる間中、頭の中で繰り返していた彼女の発言、そして彼女の特異なキャラクター。しかし、コーラはストーリー中、実は、一度も生きた姿をあらわしていなかったのだ。何も殺されなくたって……と思える理由で惨殺され、死後もXXXによっていやなことを演じさせられる。気の毒なような、こっけいなようで、印象に残っていた。
 次に、『メソポタミアの殺人』のレイズ・レイドナー。利己的な彼女は、いかにも殺されそうで殺されてしまった。殺されて当然と思っていたが、一見献身的な人間に裏切られたわけだから、レザラン看護婦の言うように、憐れむべき女性だったのだ。
 コーラとレイズは、立場が似ていると思う。その独特な性格や雰囲気を利用されてしまってのだ。
 ところで、『メソポタミアの殺人』の中でポアロの言った「ある集団の空気は、その指揮者の気持ちを微妙に反映するものです」という言葉がとても印象深かった。十数年前に読んだこの本のレイズを覚えていたのもその言葉のせいかもしれない。
 そして、『予告殺人』のレティシィア・ブラックロックだ。メイドの顔を水のはいった桶におしつけて殺そうとするこわい女性だが、最も愛着を感じる人物だ。彼女は冷静で知的で、本当は思いやりがある。不幸な少女期を送った彼女が、合法ではないが、つかみかけていた幸せ。なぜ神様はじゃまなさったのだろう。神様を恨むのは私の正義感の無さ故だろうが、私はレティシィアを憎めない。彼女の苦しさがわかるような気がする。彼女は頭が良くて道を間違えてしまったのだ。
 私は、「ブラックロック」という名前が気に入り、一時期ペンネーム(そんなものを持つ必要性などまったくなかったが)にしていた。
 4人目は、やはり『メソポタミアの殺人』に出てくるレザラン看護婦だ。適度にプライドが高く、率直で、勇敢で理知的なレザラン看護婦は、クリスティが好きなタイプの女性で、クリスティ自身なのかも知れない。レザラン看護婦の手記を読んでいるというより、クリスティの話を聞いているような感じだった。
 蛇足だが、『メソポタミアの殺人』の舞台となったイラクでは湾岸戦争が始まってしまった。のんびりクリスティの作品を読んでいるどころではないかもしれない。心から平和を祈らずにはいられない。


D.M.Devineの”My Brother’s Killer”(1961)について

小林 晋

 レオ・ブルース・ファンクラブといっても御存知の方はそれほど多くないと思いますが、小林さんはそのファンクラブの主宰者。日本では忘れ去られたブルース(30年程前に一冊(『死の扉』)しか訳されていない)の作品を進んで翻訳しているばかりか、渋いイギリス作家の未訳の作品を精力的に原書で読んでおり、本当にミステリーが好きなんだなあー、と実感させられる人です。探す心さえあれば、面白い本はまだまだ無数にあるようで、楽しくなってきます(S)。


 会長が以前書かれた文章(『日本人好み(?)の作家L.プルース』,ROM,No.51,またはAunt Aurora,vol.1に収録)に、クリスティー・ファンの読書の楽しみとして、@クリスティーのミステリを何回も読み、シャーロキアン的な研究をする、A新作の中からクリスティーの後継者の作品を読む、B過去の作品の中からクリスティーの作品に似たものを発掘する、の3項自が挙げられていた。筆者は熱心なクリスティーの読者とは言えないが、今回、上記の3項自には該当しないが、ちょっとクリスティーに関連したミステリを読んだので、ここにご報告する次第である。
 さて、コリンズ社(クリスティーのイギリスの版元)が1961年にDon's Detective Novel Competition(探偵小説コンクールといったところか。詳しい話は知らないが、Don'sというところを見ると、応募者は大学関係者に限られていたのかもしれない)を催した際に、審査員のクリスティーが推したのがここで取り上げる作品なのである。
 クリスティーというのはなかなか控え目な人だったようで、他人の作品をとやかく言ったという例を筆者はあまり知らない。数少ない例がJ.D.カーの『皇帝の嗅ぎ煙草入れ』に関するもので、作品の出来映えも相当なものだったから、以来、批評家クリスティーには絶大な信頼を寄せているのである。そのクリスティーが推した作品であれぱさぞかし、と思うのが人情であろう。枕が長くなったが、以上が本作を読んだ主たる動機である。その他にも、作者が我国でまったく知られていないことと、アマチュアの処女作であることから、筆者は大きな期待を抱いて本作を読んだのだった。
 次に、内容の方をざっとご紹介する。

 サイモン・バーネットが自宅で新聞のクロスワード・パズルを解きながらくつろいでいると、兄のオリヴァーから電話で至急事務所に来るようにと言われる。オリヴァ一兄弟は弁護士事務所の共同経営者として同じ事務所に働いている。
 生憎とその夜は霧の濃い天候で、サイモンは事務所まで行くのにかなり時間がかかってしまった。やっと到着したが、奇妙なことに事務所のあるフロアは真っ暗。階段を上る途中、サイモンは何者かがドアを閉める音を聞いたような気がした。声をかけてみたが返答がなかったので、その時は気のせいだと思った。
 とりあえずサイモンは事務所に入って、通路の電源を入れた。しかし、兄の部屋の照明をつけようとした時に、電灯が消えてしまう。それとほぼ同時にエレヴェーターが動く音が聞こえたので、大急ぎで出てみたが、何者か確認することはできなかった。とにかく逃げた人物がフロアの主電源を切ってしまったらしい。やはりさっきの物音は気のせいではなかったのか。
 暗闇の中でマッチを擦って部屋を見回したサイモンが発見したのは、頭を拳銃で射ち抜かれた兄の死体であった。サイそンは電源を元に戻して、警察に電話で事件を通報する。
 警察からやって来たのは地元署のケネディー警部だった。拳銃がオリヴァーの手に握られていたが、殺人犯が自殺を偽装したものらしいということは直ぐに分かった。警察の調査によって、オリヴァーの金庫からいかがわしい写真か多数発見され、どうやらそれをネタに他人を恐喝していたものと看傲される。しかし、サイモンには納得がいかなかった。兄は人格者ではなかった(妻との仲がうまくいかなくなってから、週末にはアパートで別の女性と過ごしていた)が、そのようなことをする人問ではない。しかし、写真を撮影した場所がオリヴァーの関与していた企業のナイト・クラブであることも判明して、オリヴァーが恐喝者だったことは間違いのない事実に思われる。
 事件の成り行きに納得のいかないサイモンは、事務所のスタッフを使って故人の名誉を守ろうとするのであった。

 結論から先に言うと、期待にたがわない優れた作品であった。読んでいる時はイギリスよりもむしろアメリカ的な雰囲気を強く感じたほど現代的な語り口で、以前に読んだC.W.グラフトンの作品を思い起こしたものである。外見はモダンだが、実質は本格物、しかも物語の展開は二転三転し、最後には縦横に張り巡らされた伏線が生きてくるという、誠に嬉しい構成なのであった。作者は当時、セント・アンドリュース大学のdeputy secretary(日本語ではなんと訳すのだろう。副理事?)であったというが、処女作にしてこれだけの作品を仕上げるとは感心してしまう。たびたび思うのだが、このようなことは我国では考えにくいこと(勤務先から帰宅してもぐったりして何もやる気になれないというのが大部分ではないだろうか)であり、彼我の差(労働条件とか精神的な余裕とか)を痛感する。さらに、ミステリ愛好家の層の厚さを我国と比ぺて考え込んでしまう。そして結局はいつも、伝統というのは大したものだなという平凡な結論に落ち着くのである。
 この作者の作品は他にも数冊持っているので、筆者としては将来の楽しみが増えたことを喜んでいる。
 最後にクリスティーと、やはりミステリ史上著名な作家フランシス・アイルズ(アントニイ・バークリー)の本作を評した言葉を引用しておく。
 『最後までわたしが楽しんで読めた、極めて面白い犯罪小説』(アガサ・クリスティー)
 『もっとも将来を嘱望される実力派の処女作』(フランシス・アイルズ)

(1991.1.24)
使用テクスト:The Crime Club/Collins(in "The Crime Club Famous Firsts Collection"),1981年刊


会員へのお知らせ

海保 なをみ

 WHAの「クラブ活動」として『アガサ・クリスティー読本』中の「小事典」作成に非力にもかかわらず参加させていただいたところ、思いがけず印税の配分にあずかり、嬉しさのあまりクリスティ・ファンクラブ専用の便箋を作りました。本アナウンスメントの表紙を担当してくださっている高田雄吉氏のご好意で、高田氏がデザイン、イラストおよび版下製作までしてくださったスマートなものが、ポアロのとミス・マープル(高田画伯によるミス・マープルのイラスト、初登場です!)のとの2種類できました。会の通信用に半分とりわけまして、残りを希望する会員で分けたいと存じます。(一人各々何枚になるかは希望者の数によりますが、希望者30人の場合は1人6枚ずつ計12枚)。
 ご希望の方は、宛先を記入し、切手を貼った返信用封筒を7月20日までに送ってください。返信用封筒は、便箋を折ってもかまわなければ定型の封筒に72円切手を貼ったもの、便箋を折らずに送る場合はA4判(210ミリ×298ミリ)が入る封筒に120円切手を貼ったものにしてください。返信用封筒の送付先は・・(以下はカットしました(S))。


私の知るアガサ

A・L・ラウス、八木谷 涼子訳

 昨年の9月、10月には、クリスティについて数多くの記事が内外のマスコミに登場しました。本稿は、ニューヨーク・タイムズ(1990.10.14日号)の書評欄に載ったもので、訳者の八木谷さんが見つけました。
 なお八木谷さんはイギリスの伝記文学が大好きだそうですが、最近は、『アラビアのロレンスを探して』(平凡社)という本の共訳者で活躍しています。その本のおかげで、ロレンス→ウーリー卿→クリスティーという関係を教えられました(S)。


 申し訳ありません。著作権の関係で掲載できません。
 なおA.L.Rowseは1903年コーンウォール生れ。オックスフォード大学出身。英国を代表するシェイクスピア学者のひとりです。


Gaylord Larsen著"Dorothy and Agatha"(1990)を読んで

小林 晋

 今号の編集完了直前に送られてきた原稿です。小林さんには珍しい(?)新作の紹介ですが、今号に載せないと翻訳される可能性が高いため、どうでもいい「クリスティ症候群患者の告白」は次号まわしになりました。
 題名からは、事実に寄り掛かっただけの安易な内容のミステリーを想像してしまいますが、それは間違いのようです。翻訳が出るまで待つか、すぐに原書を注文するか、この時期では迷ってしまいます(S)。


 若千の取引がある関係で、The Mysterious Bookshop から定期的にカタログが郵送されてくる。新刊の中にも旧作のリヴァイヴァルや評論・研究書が含まれているし、海外でどのような本が出版されたかいち早く知るためにも重宝している。比較的最近のカタログに載っていた Robert L. Fish の Schlock Homes: The Complete Bagle Street Saga(Gaslight, $22.95)とともに注目したのがここで取り上げる本である。
 題名からご想像がつくと思うが、ドロシイ(セイヤーズ)やアガサ(クリスティ)といった実在の人物を登場させたフィクション(作者はファクトとフィクションの合成という意味でファクションと言っている)で、その他にディテクション・クラプの面々が登場する。

 セイヤーズの帰宅を待っていた男が、部屋で射殺されていた。男を家に人れたメイドは銃声を聞かなかったと言っている。見ず知らずの男が家の中で死体となって発見されるというのは、まるでセイヤーズ自身の Whose Body? を思わせるような状況である。
 さて、数日後、ドロシイがディテクション・クラプの会合に出席すると、A.A.ミルンから事件のことを尋ねられる。周りの会員たちも興味津々であったが、ドロシイは大事な劇の上演に取りかかっている最中だから、あまり騒ぎ立てないで欲しいと言う。
 ドロシイが帰ると、これまでディテクション・クラプの事業として『漂う提督』などの共作や短篇集などを出版してきたが、今度は実際の事件を調べてみようではないかという意見を会長のバークリーが出す(この辺りの作家の性格の微妙な描き分けは充分に成功していて、読んでいて実に楽しい)。そこで、クリスティ、ベントリー、ミルン、それに新入会員のブリーン(調べた眼りでは、この作家だけが実在していないようである)の四人がチームを組んで、探偵活動を開始する。
 捜査を開始して早々に、事件には怪しい点があることが分かる。男は当初、拳銃で自殺したものと思われたが、自殺なら当然現れる筈の硝煙反応が見られない。従って、警察では他殺の可能性を考慮しているらしい。また、メイドから事情を聞いたクリスティは、セイヤーズが嘘を言っているらしいことに気づく。ところが、セイヤーズに四人組が探偵活動を行っているのを気づかれてしまい、やむなく捜査は中断させられる(ここで、クリスティがセイヤーズにやりこめられる場面があり、クリスティ・ファンは些か辛い思いをすることになる。オクスフォード出のインテリであるセイヤーズは日頃から、お嬢様育ちのクリスティのことをあまり評価していない、というよりも見下しているような感じである。一方、クリスティの方は、ミステリの執筆や推理力は優れていても、内気な性格のために会合など人前で当意即妙のやりとりをするのは苦手で、一層二人の間を隔てる結果になるのである)。参考文献を調べながら読んだが、クリスティの方がセイヤーズよりも年長だったことを知って驚いた。逆の印象を持っていたからである。
 しかし、既に好奇心を充分に掻き立てられたクリスティは、独自の捜査活動を展開する。そのうちに、死亡していた男はセイヤーズの息子の学校関係者であることが分かる。事件の背後に何かあると睨んだクリスティは、セイヤーズと共同で事件の捜査に当たる。やがて、フレミング氏(セイヤーズの夫)の死亡事故をきっかけに、氏の軍隊仲問が最近立て続けに死亡していることが判明する。どうやら事件の背後には第一次世界大戦中に起きた事件が隠されているようだったが……。

 著者のゲイロード・ラーセンは既に数冊のミステリを出版している1932年生まれの作家で、前作 A Paramount Kill は書評から推察するとハリウッドを舞台にしたミステリで、こちらもやはり実在の人物を登場させるという手法を用いているようである。してみると、カミンスキーあたりから影響を受けているのだろうか。
 さて、本書を読んで先ず最初に感心したのは、例えば、セイヤーズだったら確かにこんなことを言いそうだ、さもありなん、と読者を納得させるほど登場人物が非常に巧く描かれているということである。主要登場人物のセイヤーズとクリスティはもちろんのこと、その他の作家(ベントリー、ミルン、バークリー、ノックス、クロフツ)の発言もこちらが想像していた作家像に合致しているので、びっくりするくらいである。この作家、なかなかどうして大した力量の持ち主である。
 本題の殺人事件だが、伏線も適度に張り巡らされていて、定跡通り意外な人物が犯人として指摘されることになる。ミステリとしての出来栄えは水準程度だが、その他の部分が良いため、読後に充分な満足感が得られる。それは何と言っても先に述べたように、セイヤーズとクリスティというミステリ史上類稀な二人の大作家の、お互いの相手に対する微妙な感情を描くことに成功し、物語が進行するにつれて二人の感情のわだかまり(とりわけセイヤーズのクリスティに対する)が解け、相手を理解し尊敬するまでに至るという結末が感動的だからである。
 細部で若干気になった点について述べておく。時代設定は1930年代の後半と推測されるが、作中でクリスティの『書斎の死休』が出てくるのは無理があるのではないか。同作品は1942年に単行本が出版されているからである。同じ理由で、1939年刊行の『そして誰もいなくなった』が言及されるのも苦しい。なお、作中で同書の題名を間違えて Ten Little Indians としているのは、内容と関わってくるので Ten Little Niggers に修正すぺきである(Indians の方は後年アメリカでペイパーバックで刊行された時の題名)。因にアメリカ版は1940年に刊行されている。
 話題性は充分にあるので、いずれ邦訳出版されることだろうが、手法に負けずに登場人物、とりわけミステリ界の巨匠を生き生きと描いた本書は、ミステリ・マニアにとって一読の価値かある。
使用テクスト:Dutton社刊,1990年初版($16.95)

(1991.5.12)


ティー・ラウンジ

■No.40に書いてあるクリスティ特集のTVビデオと同じものと思いますが、今年1月5日にロンドンへ出張し、その日の夜、何気なくホテルのTVをつけると、その番組をやっていました。時差で眠いのも忘れて、感激して最後まで見てしまいました。録画できなくて残念。
 最近感激したことをもう一つ。仕事の関係でエジプトへ出張していた頃、アスワンでカタラクトホテルに泊まりました。このホテルは『ナイルに死す』に登場するのですが、ホテルの描写やまわりの様子は、『ナイルに死す』にあるとおり。エジプト王朝ゆかりの建物です。後で読み返してみて不思議に思ったのですが、リンネットがファルカという小さな帆船でホテル付近を出発して南方にあるフィラエ島に向います。ところが、この間には、アスワンダム(古い方)があるので、それは不可能ではないかと疑問に思い、エジプトにいる知人に問い合わせたところ、土木工学関係の書物を調べてくれて、早速返信あり。実はダムの西岸に小さな船なら通れる水門があるのです。私が行った時には全く気がつかなかったので、長い間疑問に思っていました。これでホッとしました。(田中弘さん)
■衛星放送のクリスティー・スペシャルは、待望の「スタイルズ……」「マーダー・バイ・ザ・ブック」「スリーピング・マーダー」を見ることができて楽しめましたが、ただジャマだったのが石坂浩二と夏木静子でした……(でもウィンタブルックハウスの美しい室内が写って嬉しかった!)。
 さて、ポアロの第3シリーズが放映されました。
1/6 How Does Your Garden Grow ?(あなたの庭はどんな庭?)
13 The Million Dollar Bond Robbery(百万ドル債券盗難事件)
20 The Plymouth Express(プリマス行き急行列車)
27 Wasps' Nest(スズメ蜂の巣)
2/3 The Tragedy at Marsdon Manor(マースドン荘の惨劇)
10 The Double Clue(二重の手がかり)
17 The Mystery of the Spanish Chest(スペイン櫃の秘密)
24 The Theft of the Royal Ruby(クリスマス・プディングの冒険)
3/3 The Affair at the Victory Ball(戦勝記念舞踏会事件)
10 The Mystery of Hunter's Lodge(猟人荘の怪事件)
17 Four and Twenty Blackbirds(二十四羽の黒つぐみ、再放映)
以上の11本です(なんだかハンパな気もしますが……)。(八木谷涼子さん)
 最後の作品は再放映でした。それにしても『ヘラクレスの冒険』の連作短編を除くと、TV化できる原作がなくなってきました。(S)
■先日は、憧れのミステリマガジン誌上に拙稿を載せていただき、お礼を申し上げようと思いつつ遅くなりました。大学を卒業する時、真剣に早川書房に入りたかった身といたしましては、側面に「謹呈」とハンコの押してあるミステリマガジン11月号を、我が身の宝として棺おけに入れてもらおうと思っております。恥ずかしながら本屋で何冊も買い込み、親兄弟、友人一同に配ってしまいました。
 追伸:ジャネット・モーガンの『アガサ・クリスティーの生涯』を血迷って2部買ってしまいました。WBH仲間で、誰かほしがらないでしょうかしら。ただで送ります。うちの本棚はギューギューだぁ!!(阿部純子さん)
 希望者は私の方へ申し込んでください。(S)
■ところで、僕が本を買っているニューヨークの本屋(ここからだと定価の25%〜30%OFFで本が買えます)の話によれば、クリスティのアメリカのpublisherであるDodd,Meadが"out of business"になった、とのこと。倒産したのか買収されたのか。そうするとクリスティのハードカバー本の権利は誰のところへ行くのか、とにかく今のところ、クリスティの本はペイパーバックでしかavailableでないようなことを言ってきましたが、どうなのでしょうか。(青木零さん)
 買収されたようです。(S)
■『アガサ・クリスティー生誕100年記念ブック』を買って、ちらほら眺めていたらp.21の告白アルバムが目に留まりました。好きな作家の一人がエリザベス・デイリーなので、おやっと思って右側のオリジナルを見ると、なんとエリザベス・ボウエンではありませんか。人騒がせなミスです。もっとも、以前何かでクリスティがデイリーの作品を愛好しているというような記事を読んだ覚えがあるので、訳者に先入観があったのかも。(小林晋さん)
■昨年の暮れ、アガサ・クリスティ展を見に行ってまいりました。無理をしてでもオリエント・エクスプレスの食器を買うのだったと今になって後悔しきりでございます。また、昨秋にはグアテマラ、ホンデュラスへ旅行しましたが、その時、機内で新聞を見ていましたら、アガサ・クリスティの記事が出ておりました。只今一生懸命訳読しております。(岡本冨士枝さん)
■5年前にたまたま文芸春秋社と朝日放送とサントリーKKの共催によるサントリー・ミステリー大賞を選ぶ読者選考委員の応募を知りました。題が「私とミステリー」という次第でしたので、「クリスティ作品を読み始めて以来の喜び」を書きました。そして委員になり、読者賞の選考と大賞の公開選考の場に出席することができました。その時、たまたま同席した庵原直子さんの友人の熱烈なクリスティ・ファンの安藤さんに紹介され、そして念願のクリスティ・ファンクラブの存在を知り、入会させて頂きました。昨夏は、7月8月をロンドンで過ごしましたのに、トーケィまで一人で行く勇気はなく、クリスティについて何とも為すこともなく帰国。先号に、クリスティのお墓参りを書いておられるのを拝見して、「これくらいなら、私にも出来たのに……」と残念です。ロンドンでは丁度、毎土曜日の夜にクリスティの作品を放映していました。バートラムホテルやカリブ海のマープルものでした。(竹内澪子さん)
■日本で手に入るクリスティの本は、だいたい持っていますが、一番好きなのは『自伝』です。一番すごいと思うのは『春にして君を離れ』。『さあ、あなたの暮らしぶりを話して』を、ぜひ日本でも出してほしいと思っています。推理の方は、すべて読んだのですが、犯人が分かったのは、『スリーピング・マーダー』一冊だけでした。それだけに、クリスティはおもしろい!と思っています。クリスティのためにイギリスが好きになりました。(菊池詠子さん)
■2年ほど就職してから1年半ほどイギリスへ短期留学しました。やはりイギリスは、クリスティの影響もあって、あこがれの国だったのですが、特に、彼女の愛する田舎の生活!を体験してみたかったのです。私の居たブライトンという街は、サセックス州のリゾート地ですが、土地柄を見ても、たぶんトーキィに似ていると思います。私のホスト・ファミリーが「ラブリー・カントリーサイド!!」と絶賛する小さな丘に連れて行ってもらい、広がる畑や村の家並を見た時、クリスティの作中人物が全員いっぺんに登場してくるのでは……と思うほど感激したものです。また、通りを行く老婦人に道を尋ねた時、ご丁寧にも、私の発音の仕方を直してくれましたが、そのイギリス人としての誇りをガンとして持っているおばあちゃんがミス・マープルに見えたこともあります。(斎藤加代さん)
■さすがイギリス。クリスティものは、テレビで、劇場で、たびたびやっています。先週も"Spider's Web"見てきました。御報告しようと思いながら、忙しくてなかなか実現できず、すみません。(鈴木真由美さん)
■ミステリーではありませんが、メアリー・ウェズレーの『満潮』(講談社)を読み、驚きました。瑞瑞しい文体、知的でユーモアのある会話、サスペンス溢れる語り口など、どれをとっても70歳の女性の処女作とは考えられないような出来映えです。いつのまにか、平均寿命の半分以上を生きてしまった人間にとっては、高齢な人の新たな挑戦をみると、がぜん心が躍ります。50歳からやることも、60歳からやることも決めているのですが、70歳からは小説に挑戦してみたくなりました。とまぁ、『満潮』を読んだおかげで元気が出たようで、この機関誌は、まだまだ当分続きますので、おつき合いのほどよろしく!(S)

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☆発行所:KS社            ☆ 郵便番号:東京9-66325
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