ウインタブルック・ハウス通信

クリスティ・ファン・クラブ機関誌

1989.12.24  NO.38

 

 

クリスティの十二支(その6)

「『蒼ざめた馬』ですか? そう。僕はむしろ宿屋のままで残しておいてほしかったと思いますね。前からあそこには、謎めいたとてつもない悪業の過去が秘められていそうな気がするんですよ」
(『蒼ざめた馬』(橋本福夫訳)より)


< 目  次 >

◎クリスティ生誕百年記念フェスティバルの紹介 八木谷涼子+数藤康雄

◎クリスティ・ランドの素敵な人(その11)・・戸塚美砂子

◎ロス情報 『茶色の服の男』を観て・・・・・・小堀久子

◎キーティングのベスト100(その3)・・・・R.H.F.キーティング 川端千穂訳

◎『ミステリー千夜一夜』(クリスティ編、その1)・スーザン・ダンラップ+マーシャ・ミュラー 槙千冬訳

◎クリスティ症候群患者の告白(その10)・・・数藤康雄

◎ティー・ラウンジ


★表紙   高田 雄吉


クリスティ生誕百年記念フェスティバルの紹介

資料提供:八木谷 涼子

紹  介:数藤  康雄

 前号のWH通信の埋め草コラムで、クリスティ生誕百年記念フェスティバルのことを書き、誰か詳しい情報をもっている人がいましたら教えて下さい、とお願いしたところ、ずうずうしいお願いにもかかわらず、八木谷さんから、”Riviera Review” (VOL.1 No.2 SEPTEMBER 1989) という新聞のコピーが送られてきました。八木谷さんは、ぼくのコラムを見て、早速トーケィの観光局に手紙を出して問い合わせをしたところ、"Riviera Review"が送られてきたのだそうです。この雑文は、その新聞記事をもとにクリスティ生誕百年記念フェスティバルの内容を紹介しようというわけです。

 まず"Riviera Review"という新聞についてですが、これはTORBAY TOURIST BOARDが発行元になっています。観光局の発行する広告そのもので、新聞とはいっても毎日出るという意味の新聞ではなく、形、印刷形式が新聞に似ているというだけです。発行も年2、3回のようです。

 次に、お待ちかねの内容の紹介ですが、まずトップには、フェスティバル最大のイベントとしてクリスティの戯曲「蜘蛛の巣」の上演が決定したと、大々的に報じています。主演はバーバラ・マーレイという女優で、「パワー・ゲーム」や「パリサーズ」などに主演した女性だそうです(イギリス演劇界の事情はまったく知らないので、コピーの写真で判断してください)。また演出はチャールズ・ヴァンス。この人についても一切知りませんが、記事によりますと、この劇のプロデュースがちょうど100回目になるそうです。クリスティ劇と関係の深い人間のひとりなのでしょう。

 なおこの劇は、来年の2月にローヤル・ウィンザー劇場で幕をあげ、その後、全国各地で公演を続け、クリスティ週間となる9月10日にトーケィのプリンス劇場で最後の公演を始め、まさにフェスティバルのクライマックスとなる9月15日に終了するそうです。

 おそらく多くの観光客がトーケィに集まることになるのでしょうが、トーベイ観光局局長の話によれば、まだマーケッティング・キャンペーンを始める前から、日本やオーストラリアから問い合わせがきているそうです。八木谷さん以外にも、問い合わせをした熱心な日本人がいたことになるわけですが、もしかしたら、その日本人は、八木谷さんを指しているのかもしれません。

 以上が第一面の主要な記事。第二面では、まずクリスティの蝋人形の写真が目につきます。これは1972年に、例のマダム・タッソー館に陳列されたものです。ぼくもちょうどその年にクリスティに会いにいきましたので、幸運にも見ることができた蝋人形です。ロンドンを訪れたミステリー・ファンはかなり見ているはずですが、記事によりますと、フェスティバル期間中は、里帰りしてトーケィに展示されるそうです。まだ紫色のドレスを着ているのでしょうか?

 この第2面には、もう一枚懐かしい写真が載っています。クリスティの孫マシュー・プリチャードの写真です。しかも、ぼくが訪問したクリスティの別荘グリーンウエイ・ハウスの玄関前に立っています。今回のフェスティバルのクリスティ財団の責任者はこのマシュー氏らしく、そのために写真が載ったのでしょう。

 確か、ぼくと同年齢で、大学時代はクリケットの主将かなにかで活躍したスポーツマンのはずです。ぼくはこの人とは握手をしただけで、話はほとんどしませんでしたが(他の人とも話をしたなんて、いえるほど英会話ができるはずはありませんが)、胴長短足の日本人としては、相手が、背が高く、筋肉の引き締まった青年であったので、いささか恥ずかしかったことを覚えています。

 今回、そのマシュー氏の写真(前のページのコピー)をみますと、腰のまわりに肉がつきだしているようですし、髪もいささか白くなっているようで(コピーの関係だと思うのですが、あるいはもともと金髪だったかな?)、自分のことは棚上げにしますが、時の流れを感ぜずにはいられません。

 なお、第2面には、この他トーケィ・ホテルでは、期間中にミステリー劇が上演されるという記事があります。

 第3面は、3分の2近くが、懐かしい1930年代のホテルと鉄道の広告で占められています。パレス・ホテルだのインペリアル・ホテル、グランド・ホテルといったおなじみの名前が載っていますが、これがすべて60年近くたった現在でも営業しているというわけです。建物も変わっていないのでしょうか?

 鉄道の広告で驚いたのは、1933年の広告で、トーベイ急行に乗ると、ロンドン(パディントン)からトーケィまで3時間半で行けると書かれていることです。確かぼくは、ペイントン(トーケイの一つ先)までいくのに4時間近くかかったはずです。とすると、この方面行の急行は、50年以上たった現在でも、あまり時間の短縮はなかったことになります。イギリスの昔の鉄道技術がすばらしかったのか、今の鉄道技術がお粗末なのか、いささか不思議な広告でもあります。

 さて3面で重要な記事は、このフェスティバル期間中に偉大な探偵の映画が上映されることです。イギリス映画研究所のウエィン・デュー氏が選んだ12本のクラッシック作品は、初日の上映作はまだ決めていないそうですが、残りは以下のとおりです。

  1.  未定
  2. 「ブラウン神父」(1954、アレック・ギネス主演、ブラウン神父)<
  3. 女には向かない職業」(1981、パイパ・ガード主演、コーデリア・グレイ)
  4. 「闇の狂人」(1936、ワーナー・オーランド主演、チャーリー・チャン)
  5. 「青の恐怖」(1946、アリステア・シム主演、コックリル警部)
  6. 「三十九夜」(1935、ロバート・ドーナット主演、リチャード・ハネー)
  7. 「裁くのは俺だ」(1953、ビフ・エリオット主演、マイク・ハマー
  8. 「バスカーヴィル家の犬」(1959、ピーター・カッシング主演、シャーロック・ホームズ)
  9. 「三つ数えろ」(1946、ハンフリー・ボガート主演、フィリップ・マーロウ)
  10. 「パディントン発4時50分」(1961、マーガレット・ラザフォード主演、ミス・マープル)
  11. 「オリエント急行殺人事件」(1974、アルバート・フィニー主演、エルキュール・ポアロ)
  12. 「アメリカの友人」(1980、デニス・ホッパー主演、トム・リプリー)

 初日には、どんな映画が上演されるのか、皆さんも考えてみてください(なお映画の題名は、日本で公開されたものはそのときの題名を、未公開の作品は本の訳題にしました。ただし、最近は映画をほとんど見ていないので、間違っている可能性もあります。間違っていたらゴメンナサイ)。

 最後の第4面は、3面と同じような1930年代の広告と、こまごました情報が載っています。

 以上が"Riviera Review"(第2号)の要約です。トーケィ市が観光客を集めようとしてかなり熱心に企画を練っていることがわかります。暇と英語力といささかのお金があったら、僕も行ってみたい気がしないでもありませんが、参加される方は、ぜひレポートをお願いします(と、またまたずうずうしいお願いです)。

 なお、八木谷さんは、観光局の郵便送付リストに登録され、すべての情報が自動的に入手できるようですが、ぜひ私も! という人は、下記の住所に問い合わせてみたら良いでしょう。

 Torbay Tourist Board, Carlton Chambers, Vaughan Parade, Torquay, Devon,
TQ2 5JG, England.
Tel:(0803)296296


クリスティ・ランドの素敵な人(その11)

シンクレア・ジョーダン

戸塚 美砂子

 シンクレア・ジョーダンは、パーカー・パイン物の中の一編「不満な夫の事件」に登場する男性です。とはいえ、記憶している方はいないでしょう。Randall Toye編の"Agatha Christie WHO'S WHO"(約1600人の登場人物が載っている)の中にも紹介されていない人物だからです。
 まあ、映画でいえば、通行人の中の一人のような男性なのですが、その他大勢の中に、素敵な人を見つける戸塚さんの目は、さすが! とびっくり(S)。


 シンクレア様。ああ、何という心地よい響きのお名前でしょう。いかにも美男ぶりが匂ってきそうではありませんか。

 ウェーブがかった長い髪、手にすくえば、さらさらこぼれるであろう艶のある髪。その髪は、彫りの深い、青白いまでに透き通った肌の、やや面長の顔を縁どって、憂いをふくんだお姿になるのでしょう。

 むろん運動などしなくとも、決して太らず、かといってやせぎすでもなく、ほどよい均整のとれた長身のあなたが目に浮かびます。

 シンクレア様。あなたは決して表面に出ず、幻といってもいいくらいですのに、私には、はっきりと映ります。全くそうに違いありません。

 なのに、マドレーンときたら、何て失礼な女でしょう。あなたのおみ足にケチをつけるとは。大丈夫、ちっとも気になりはしませんとも。いいがかりですわ。

 あなたとご一緒に、コンサートへ行ったり、美術館めぐりができたら、どんなに幸せでしょう。作曲家は、誰がお好き? 絵画は、どんな分野のものが、お好きなのでしょう。わかりさえすれば、私も同じようにできましたものを・・・。

 ああ、シンクレア様。あなたは、登場がごく少なく、ちっとも情報がえられないのが、かえすがえすも残念でなりません。

 決して、ないがしろにした訳ではないと、信じていますが・・・。

 あなたは今、傷心の旅でも、しておいでですか。悪い女にかかわってしまいましたね。 結婚を約束しながら(それとて、本気だったかどうか)、土壇場になって、亭主に寝返ったアイリス、レジーなど、テニスやゴルフ三昧で頭はからっぽといった風。そんな男に心を戻した中年女のアイリスなど、かえってやっかい払いができたというもの。

 あなた様も、一瞬、マドレーンに、ひかれたことがあったにしても、それは、一時の気の迷いだったのでございましょう。

 相手は、プロの女、全くろくでもない女ばかりでした。

 ほんとに不運でございましたね。移り気なアイリス。スポーツばかりのレジャー。男たらしのマドレーン。そんなやからにそしられて、かわいそうなシンクレア様。

 頭の切れるあなたのことです。不幸な恋にみきりをつけて、次のカモ(あら、つい口がすべって)、いいえ、お相手を探してくださいませ。あなたにお似合いの、お金持ちのお嬢様などを。

 シンクレア・ジョーダン様。ほら、もうすでに、あなたのおそばに・・・。

 何の心配も、ございませんでしたね。私もこれで安心して、ページを閉じることに致しましょう。永遠にお逢いできぬあなたへ。


----------------------------ありがとうございました------------------------
河村幹夫著『シャーロック・ホームズの履歴書』(講談社刊)が著者より送られてきました。河村さんは、仕事でロンドンに滞在中のある日、テレビで「ボヘミアの醜聞」を見て、夢中になってロンドン・シャーロック・ホームズ協会に入会を申し込んだというシャーロキアンです。この本はヴィクトリア朝の時代背景やホームズの人となりが簡潔に描写されています。「事件だ! ワトソン」ということで、本年度のエッセイスト賞を受賞しました。なにより好ましいのは、ホームズ関係の本にありがちな、仲間うちでないとわかりにくいことがない点でしょう。
ポアロの先輩に敬意を表して、乾杯!
----------------------------------------------------------------------


ロスアンジェルス情報!

『茶色の服の男』を観て

小堀 久子

 このWH通信の愛読者は、海外にも何人かいます。小堀さんもその一人で、独身時代にはベルギーに遊びにいって、ベルギー警察(以前ポアロが勤めていた所)の写真を撮ってきた奇特な(?)女性ですが、今は、ご主人の仕事の関係で、ロスアンジェルスの近郊にお住いです。
 まだアメリカ生活に慣れていないようですが、トミーとタペンスのロス事務所の活躍を期待したいものです(S)。


 この頃は投稿が少ないとのこと。私も反省しています。それで、ここアメリカでのクリスティ情報を提供しようと”積極的に”活動しようと考えてはいるのですが、なかなかできないでいましたら、ひょっこりとTVで”クリスティ物”の放送がありましたので、まずはその件についてご報告したいと思います。

 概要は”週間TVガイド”の解説を同封しますのでご覧下さい。

 星印は、TVガイドによるおもしろさの度合で、4ッ星が最高、見なきゃ損、3つだとおもしろい! 2つの場合はぼちぼち、まぁ好き好きといった感じでしょうか。

 今回の2ッ星は妥当な評価と思います。私の場合、義務感もあり、集中して見ましたが、英語力の乏しさのせいで、だいたいの筋はわかるものの、会話のすみずみまではつかみきれないため、どんなにウイットに富んだ脚本であったとしても、わからなかったかもしれませんが。

 数カ月前に、これもTVで『死海殺人事件』を観ましたが、これと比べてみると『死海殺人事件』の方が、やはりメジャー・ピクチャーという感じがして、楽しめると思います。

 この"The Man in the Brown Suit"は、予算の関係か、現代版になっていました。私は原作をもう10年以上も前に読んだきりなので、よく覚えていないのですが、初め事件の発端が、駅からだったような気がします。でも、これは空港でした。しかしその後、舞台はインド洋のクルージング(現代豪華版とはいかず、現代の小さなクルーザー、しかし客室は素敵)、そしてカイワなどに移るため、クリスティ物としての雰囲気はまあまあ保たれているといった感じでした。

 主役のステファニー・ジンバリストは、なかなかキュートで良かったと思います。『死海殺人事件』の若い女の医師(ジェニー・シーグローブ)と似た雰囲気があるように思われますが、ステファニーの方が、いくぶんセクシーな感じです。

 あとのキャストについては有名な方々かもしれませんが、残念ながら、私はわかりませんでした。

 いつか日本で放映されるでしょうか?

 ビデオにとって差し上げたいと思いましたが、機械は日本から持参したものなので、まだ接続をちゃんとしていないので、再生はできるけど、録画はできないのでした。ごめんなさい。

TVガイドの紹介

9PM 2CH 映画・・・ミステリー;2時間 ★★
アガサ・クリスティの『茶色の服を着た男』(TV用、1989年製作)は、軽いミステリー。原著の1924年から現代のアフリカに舞台を変更しているが、そこで冒険好きの旅行者(ステファニー・ジンバリスト)が殺人に巻き込まれる話である。スペインで製作された。

その他の出演者

粗筋

 かってレミントン・スティールを演じたスター、ステファン・ジンバリストが、1989年作の『茶色の服を着た男』で、再び探偵役を演じている(星は★★)。これはワーナー・ブラザース・テレビジョンがCBSのために製作した8番目のクリスティ作品である。ジンバリストはカイロに滞在している冒険好きのアメリカ人旅行者に扮している。一つの殺人と題名どうりの人物との怪しげな出合いの後、彼女はインド洋に浮かぶクルーザーの乗客になり、大冒険をする。彼女と共演するのは、ルー・マッククラナハン、トニー・ランダル、エドワード・ウッドワード、サイモン・ダットン、ケン・ハワード、ニコラス・グレイスなどで、彼らは宝石泥棒や殺人容疑者を気持ちよく演じている。


◎キーティングのベスト100(その3)

R.H.F.キーティング

川端 千穂訳


 申し訳ありません。著作権の関係で掲載できません(S)。


◎『ミステリー千夜一夜』(クリスティ編、その1)

スーザン・ダンラップ+マーシャ・ミュラー

槙 千冬訳


 申し訳ありません。著作権の関係で掲載できません(S)。


クリスティ症候群患者の告白(その10)

数藤 康雄


×月×日 『小児疾患と文学』(角田昭夫著、日本医事新報社)に、アガサ・クリスティのことが載っているのを「週刊読書人」のコラムで知る。『鏡は横にひび割れて』の中に出てくる妊娠初期の風疹を論じた文章が含まれているそうだ。著者は神奈川県立こども医療センター病院の院長で、推理小説作家、木々高太郎の甥にあたる。その影響かどうかは知らないが、ミステリーも好きらしい。クリスティの作品を専門家の立場からどのように分析しているかは興味のあるところだが、実際に本を探そうとすると、この種のちょっと変わった本は、田無にある中規模書店にはまずおいてないし、新宿の紀伊国屋などの大型書店では、逆に文学の柵にあるのか、医学の柵にあるのか、はたまたエッセイの柵にあるのか、よくわからない。わからなければ、店員に聞けばいいではないか、と言われてしまうが、これがなぜか嫌いで、まあ、次回に探してみよう、などと考えているうちに、今日まできてしまった。こういう境界領域を扱った本を見つけるのは、意外に難しいものだ。

×月×日 「一シーズンに一山」、「一カ月に一映画」というスローガンを冗談にかかげてから、かれこれ9カ月になる。このスローガンをきちんと守ろうとは、当初から考えていなかったが(なにしろ、まだまだ”知命”ではない)、今年は、正月に「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」をみて、この8月にやっと2本目「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」をみることができた。たった2本であるが、これでも去年に比べれば、一応の成果なのである。
 そもそも、8月の映画は、娘を連れてデズニー映画をみることに決めていた。これは、『パパは神様ではない』の著者、小林信彦さんの真似をしたくて、毎年考えることなのだが、娘に嫌われたり、こちらがみたいデズニー映画が上映されなかったり、我が家のタペンスに反対されたりで、まだ1回しか成功していない。で、今年も計画だけは立てたものの、娘と我が家のタペンスは、さっさと「魔女の宅急便」をみにいってしまい、しかたなく(?)「映画は孤独な芸術である」などとつぶやきながら、「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」を一人でみたわけである。
 この歳になると、この映画にはさすがに幼稚っぽさを感じる部分もあったが、迫力ある場面とふっと息を抜く場面のブレンドが見事で、まずは楽しめた。

×月×日 学会というのが好きではないが、学会を無視しつづけていると、エセ研究者などはすぐクビになってしまう。そこで、まあ、適当につき合うことにしているのだが、今年の某学会は北九州市で開かれたので、帰りに岡山で途中下車をして一泊した。本当は、広島に泊まろうと考えていたのだが、原爆記念日の近くであったので、予約なしでの一泊にいささか不安を感じたからである。
 で、なぜ岡山かといえば、ここで今年始めて”山”に登ったからである。名前は”唯心山”。『日本百名山』はもとより、あらゆる登山ガイドブックにも載っていない低山であるが、それでも山は山である。とはいえ、これはレトリック。なにしろ、”唯心山”とは、後楽園の中にあった標高4、5メートルの庭山なのだから。

×月×日 前に一度この欄に書いたことがあるが、たまに都心に出張し、憂鬱なことがあると、紀伊国屋でイイカゲンにクリスティ関係の文献を注文することにしている。"AGATHA CHRISTIE TRIVIA"(by Richard T.Ryan,Quinlan Press,1987)もそんな一冊。クリスティの雑学クイズ集といったものである。クリスティについてのクイズは、すでに1975年にAndy Eastが"The Agatha Christie Quizbook"という本を出版している。クイズ集としてはたいして面白味がなかったが、ライアンのこの作品も、パラパラ見た限りでは似たような内容であまり楽しめるものではない。
 たとえば第1問は、「クリスティの作品のうち、題名に"mystery"という単語を含むものは何作あるか?」であり、ポアロに関するクイズ第19問は、「ポアロが信じている宗教は?」である。つまり、やはり記憶力に頼る問題がほとんどなのである。(記憶力を試されるクイズが嫌いなのは、すでに記憶力が衰えている証拠か!?)
 ただし、映画や劇についてのクイズには写真を多用しているので目の保養にはなるし、マニア度チェックの一応の目安にはなりそうだ。

×月×日 小林信彦氏の『セプテンバー・ソングのように1946―1989』(弓立社)を読む。これは、小林氏が中学2年生(13歳、1946年、つまり敗戦の翌夏)の夏休みに書かれた日記を中心にしてまとめられた本である。
 8月22日の日記には、映画「或る夜の殿様」を汗びっしょりになりながらも楽しんだことが記されているが、さらにこの映画に注を付け加えている。その部分にクリスティのことが出てくるので、書き移しておこう。

 「注・「或る夜の殿様」は<戦後最初の娯楽大作>として定評のある作品。脚本・小国英雄、監督・衣笠貞之助。長谷川一夫、大河内伝次郎、高峰秀子、志村喬、進藤英太郎という東宝のオール・スター映画である。民主主義のPRもふんだんに入っているが、脚本のプロットが秀抜である。・・・はるかのちに、クリスティの「チムニーズ館の秘密」を読み、主人公(長谷川一夫)の設定がそっくりなのに、気がついた。だが、「チムニーズ館の秘密」を脚本家が原書で読んでいたとしても、この脚本はやはり上出来というべきだろう。「キネマ旬報」のベストテンでは、この年の三位である。」 映画にも、クリスティにも詳しい小林氏でなければ、指摘できないことであろう。

×月×日 "MYSTERY READER'S WALKING GUIDE TO LONDON"(By Alzina Stone Dale  and Barbara Sloan Hendershott,1987)をやっと入手する。この本の存在は、本国で出版されてからすこし経って知ったので、ハードカバーの注文をしたときには、本が品切れの状態であったらしく、返事が一年経ってもこない。この間にペーパーバックが発売される始末で、結局ハードカバーを一年後に解約してペーパーバックを手に入れたというわけである。
さっそくパラパラとみてみると、クリスティ作品の引用は50ヶ所以上もあり、短編からも引用されている。最初は、この本をネタにロンドンのクリスティ・マップを作ろうかなと思っていたのだが、引用が多すぎて(そして時間がなくて)、あっさりダウンしてしまった。次回までに、はたしてまとめられるか?

×月×日 神戸のポートアイランドで開かれた某学会に出席する。例によって”式”というものは嫌いなので、開会式をサボって三宮にでる。東京ではめったに経験したことがない平日の昼間に映画をみようとしたわけだ。
 ただし、神戸も初めてなら、三宮も初めてである。そこで、早速近くの本屋に飛び込み、「ピア」を立ち読みして映画館の位置を確認する。なぜか、知らない町をやたら歩き回るのは好きなので、地図をみれば、それほど迷わずに目的の建物を見つけ出せる変な才能があるのである(それにしては、今年の夏、座談会のために初めて訪れた早川書房がさっぱり見つけられず、近くをグルグル回ってばかりいたぞ――これはカゲの声)。
 その立ち読みによれば、駅の近くには7つほどの映画館がある。で、いそいそと映画館巡りをはじめたが、6館めまでの映画は、「ブラック・レイン」や「007、消されたライセンス」などで、いまいち食指が動かない。最後に残ったのが、確かロッポニカ三宮という映画館だった。館名からはポルノ映画専門館のように思えて、あてにしていなかったからである。ところが意外なことに、「サマーストーリー」を上演しているではないか!
 この映画は、ゴールズワージーの短編「林檎の樹」を映画化したもの。世界の名作などは、昔はまったく読まなかったので、この短編も40歳を過ぎて読んだのであるが、イギリス文学のせいか、恋愛小説にもかかわらず、素直に楽しめた記憶がある(ついでながら、ほぼ同じ頃、シュトルムの「湖」も読んだが、さすがにこの作品は、もうお呼びではなかった)。
 映画の舞台、時代背景は原作と同じで、原作を忠実に映画化しているが、結末は、より現代的になっており、原作より好ましい。またクリスティ・ファンとして興味深いのは、後半の舞台が20世紀初頭のトーケィになっていることだ。クリスティ自伝などで白黒写真でしか見たことのないトーケィの海岸風景がカラーで再現されていて楽しめる(当時のインペリアル・ホテルも登場する)。ひょっとしたら、映画の美術監督はクリスティ自伝の写真を参考にしたのかもしれない。
 男女の主演者は、いずれも初めてお目にかかる俳優だが、特に女性のイモジェン・スタッブスは(「テス」を演じたナターシャ・キンスキーほどの華麗さはないが)、印象深い。ラスト・シーンでは涙が出てきて困ったが、まだ僕にも多少は感激する心が残っていたかと、うれしくもあった。しかし、いずれにしても学会をサボると、このような楽しい経験ができるのだから、学会を好きになれないのも当然か?

×月×日 ミステリーを出していない文庫にはあまり興味がないので、岩波文庫はほとんど買わない。しかし、復刻版が出たときだけは別で、『二つの薔薇』はスティヴンソンの作品というだけで買ってしまった(なにしろ『宝島』の作者だから)。解説を読むと、原題は”黒い矢”だそうだ。”黒い矢”といえばクリスティの『運命の裏木戸』に小道具として使われている本である。『運命の裏木戸』の内容からは、児童文学にちがいないと思っていたので意外であったが、これで、また余計な本を読む楽しみが増えた。これも”いもづる式読書法”の一種なのだろう。

11月×日 前号に書いたクリスティ作品の異本については、もはや紙幅がなくなった。またまた次号へ後回し。


ティ・ラウンジ

■前号で一番嬉しかったのは、佐藤孝夫さんという人が、「昨日消えた男」は「キネマクラブ」で手に入る、と教えて下さったことです。でも「キネマクラブ」って、なんなのだ? ビデオ・ショップの名前だろうか? それともソフトの発売元だろうか? 多分後者じゃないかと思うのですが、予算の都合上、私としては買わずに借りたいので、できたら知りたいのは前者なのです。数藤さんがまとめてくださった市販されているクリスティ映画のビデオのリストは、たいへん便利なものですが、これらをおいている貸しビデオ屋さんがどこにあるのかがわかると、もっといいと思う。会員の中に、その方面の研鑽を積んでいる方がきっといると思うので、クリスティ作品をおいている貸しビデオ屋のマップを作ってもらって、次号に紹介していただくわけにはいかないでしょうか? ホントはクリスティ作品のビデオ試写会を開いて下さる奇特な方がいると一番よいのですが、ものぐさクラブでそんなことを望んでも、無理というものでしょうね。
 クリスティに関しては7月11日の読売新聞の夕刊に、次のような記事が出ていました。
----------------------------------------------------------------------------
英作家の遺品が競売に英国の競売企業サザビーズが明らかにしたところによると、イアン・フレミングら人気作家を含む古今の英文学者の遺品の競売会が20日、ロンドンのサザビーズで開かれる。
 競売されるのは、フレミング関係では007シリーズを執筆中のフレミングが「秘密の会話は戸外の開けっ広げの場所ですること」「前部座席に女性二人が乗った車は要注意」などと、主人公ジェームズ・ボンドの”心得”を書きためた「注意書き帳」2冊(推定価格、各6千ポンド、約132万円)など。
 アガサ・クリスティ関係では、遺作『運命の裏木戸』全巻の口述筆記を記録したテープ(同約66万円)が目玉という。(共同)
----------------------------------------------------------------------------
 ん、イアン・フレミングは132万円でクリスティは66万円と、ちょっと目をむいたのですが、直筆の手帳とテープでは資料価値というか、商品価値が違うのでしょうか。でも、売りに出すのがサザビーズじゃなくて、クリスティだったらよかったのに・・・とか、またアホなことを考えてしまいました。
 前号で「60年安保の頃、ガロを愛読した」なんて書きましたが(44頁)、これは「70年安保の頃」の誤り。ガロに滝田ゆうが登場したのは、確か、つげ義春や長島慎二のあとで、新宿にまだ”フーテン”なんて呼ばれる人たちがいて、西口広場は反戦歌が響き、東大で安田砦の攻防戦の行われた頃だったと思う。それを「60年」と書き間違えるなんて、私の心の中で、何かとんでもなく風化、荒廃しちゃったものがあるようだ。(泉淑枝さん)

 『運命の裏木戸』は、かなりの部分が会話で成り立っているミステリーですが、やはり口述筆記に頼ったからなのでしょう。素人目には、録音テープの方が貴重という気がしますが、フレミングの注意書き帳の方が高価というのは、おそらくボンド・ファンには熱狂的な人間が多いからなのでしょう(S)。

■週末を過ごしに、英国南海岸沿いにあるSEAFORDに来ております。SEVEN SISTERSという白亜の崖が見えるきれいな海岸があって、犬や子供達を連れて海水浴を楽しむ人々がたくさんいます。
 ところで現在、私の宿泊しているコルシカ・ホールはとても素敵な古い建物で、研修センター兼保養所になっているのですが、以前はLEWESという古い伝統を持った町の近くにあったのだそうです。そこで、2人の子供が遊んでいる最中に一人がもう一人を射殺し、無人になっていたというのです。それを密貿易で大金を手に入れた人が買い、解体して運び、この地に再建ということらしいのです(ゆっくり話して下さるのですが、私には正確に伝わっているのか不安なのです)。さて、その古い事件は、単に事故だったのか、故意だったのか、仕組まれた第3者のワナか、狂人がそれもゆっくり狂気を培養している一見普通の狂人がかかわっていたりして・・・、クリスティの世界を思います。散歩で見かける造りかけの花壇を見ると、”あなたのお庭をどうするの?”なんて思い出してしまいます。(斎藤洋子さん)

■映画になった中では、やはり「オリエント急行殺人事件」と「ナイル殺人事件」が一番好きでした。エリザベス・テイラーの「クリスタル殺人事件」、「死海殺人事件」、「そして誰もいなくなった」、「地中海殺人事件」はどれも私のイメージに合わず嫌いでした。ぜいたくかな―。
 『エッジウエア卿の死』も、また読み返しました。なんだか不自然な話だと思います。美人のエッジウエア夫人、そう悪人と思いませんでしたが、あまり美しく生まれたせいか・・・、やはり不幸ですね。最後の手紙は淋しく、またアッパレという感じです。
 二、三冊友達に、クリスティのペイパーバックを貸しました。三年たっても返しません。言い出せないので困っています。年寄りは、何回も読み返すのが楽しみですのに。(田中美穂子さん)

■東京は新宿の伊勢丹で開催されている『ヴィクトリア朝の絵画』展を見に行ったところ、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの「シャーロットの乙女」を見つけ、「あっ」と驚いてしまいました。帰宅してトム・アダムズの画集を広げると、アダムズはちゃんと言及している。画家として正規の教育を受けているので、ウォーターハウスの作品を知っているのは当然だったわけです。(小林晋さん)

 アダムズが描いた『鏡は横にひび割れて』の表紙絵のことなのですが、両方の絵を載せられなくて残念! (S)。

■年に一度の星祭りの月にWH通信を手にして、なにやら懐かしい人に出逢った様な気がしました。皆様お元気な様子で今回も楽しく拝読しました。前回オリエント急行の件でJRを利用しないつもりだったのに、結局、奈良、四国一周、信州等、旅ばかりしています。それで落ち着いて本を読む暇もなく、このハウスの住人たる資格などないのではないかと心配で夜も寝られず、その分昼寝?している有様です。それ故クリスティ・ランドの素敵な人にもとんとお目にかかれず、とても皆様の様な見識等持ち合わせがないのです。小平の田舎?では、レンタル・ビデオ屋もなく、仕事を持っている身では深夜のTVもままならず、もうお手上げの状態です。皆様方の読書力には感服いたします。(土居ノ内寛子さん)

■ビデオでこの頃、次々と映画化を見ることができて、どれもこれもそれなりに面白いですが、ポアロ役は、今までどの人も、私のイメージにあるポアロとは異なり、今年は映画を見るたびにフンガイしていましたが、前号に諸氏の書いていらっしゃるように、『死者のあやまち』や『三幕の悲劇』、『エッジウエア卿の死』の3本立てを見ていると、ユスチノフのポアロが、実にポアロらしくなっているということです。原作のように卵形の顔でもないし、小柄でもないし・・・。あんなに大柄で、凡そ風采から云うと、クリスティのポアロらしくありません。しかしポアロそのものでした。ユスチノフも年とって、やっとこの枯淡の境地のポアロが、やれるようになったのかしらと、その演技をつくづくと楽しく観ました。しかし、それらの作為もアメリカ好みに改作されているものもあって、やっぱり、英国製作の方が、原作の味合いが出ているように思います。何といっても私の忘れ難いのは、『謎のエバンス』です。英国製作の映画。十年ぐらい前に観ていると思いますが、英国映画では珍しく、重たさがなくて、楽しめました。(竹内澪子さん)

■クリスティ・ワースト作品投票、面白そうですね。40号を記念して募ってみたらいかがでしょう。先日、本箱の整理のついでに、メアリ・ウェストマコット作品、つくづくうまいなあ、と思いながら読み返してしまいました。老境に入りつつあるせいか、読んだ本は捨てる(古本屋へ売り払う)ことにしていますが、クリスティの作品など、なかなかすてられませんね。こんなことを言うなんて、フソンかしら?(小林昌子さん)。

■最近、ミステリーにはごぶさたしているのですが、TVの方では、ひさびさにパーカー・パインなんぞ観ました。大阪の友人が送ってくれたのです。いいですね、うれしくなるような優雅な雰囲気。
 ただ、ネタがわれていて、スリルもサスペンスもなかった。それに役者が中年ばっかり。年とったせいか、若い子がよくって、最近は・・・。イギリスにおける退役軍人って、どういう位置にいるんでしょうか?退役と聞くと、中年以降って気がするんだけど、それでちゃんと結婚にこぎつけるでしょう? それから子育てするんでは・・・、そこまで考えることはないですね。アハ・・・。(松原優子さん)

■私は最近、ドールハウスにちょっと凝っています。御存知ですか、ドールハウス。要はミニチュア(原寸の1/12サイズ)なのですが、欧米、特にアメリカでは一つの趣味のジャンルとして定着しているようです。日本では、あまり知られていないので、本やミニチュアも取り寄せているのですが、時代、スタイル等さまざまで、実に楽しめます。それこそミス・マープル時代の庭や建物、衣服を考察して作ることも可能なのです。まだまだ財源が乏しく、本格的には始められないのが残念ですが、老後の楽しみの一つにしようかと思っています。(川本敬子さん)

■旅が好きです。今年の秋も山梨県の清里に行ってきました。新宿から中央本線特急に乗ると小淵沢まで2時間、さらに小海線に乗り換えて40分弱で清里に着きます。ひなびた小さな駅に下り立つと、そこはもう高原から吹き渡ってくる風の中で、その澄み切った空気が、都会を離れてきた人間を有頂天にさせてくれます。そして駅から少し歩いただけで、雄大でしかも大変垢抜けた景色が視界いっぱいに広がるのです。好天に恵まれると、近々と迫る八ヵ岳連峰の足元にカラ松の紅葉が燃えるように照り映えて一層の美観となります。
 往復車中のつれづれに、ハヤカワ・ミステリ文庫の『メソポタミアの殺人』のページをめくっていましたら、巻末に「解説、数藤康雄」とあるのをみて、最初はどこかで聞いた名前だけどと首をかしげ、次にはたと思い当たって、新米会員にとっては驚きでした。(日名美千子さん)

■クリスティ生誕百年記念が近いというのに、前号より何もしない、何もしないとわめいてる全く変なファン・クラブですが、懲りずによろしく! 今号も年内発送といきたいのですが・・・(S)。


--------------------ウインタブルック・ハウス通信------------------------
☆編集者:数藤康雄 〒188      ☆ 発行日 :1989.12.24
 田無市南町6ー6ー16ー304       ☆ 会 費 :年 500 円
☆発行所:KS社            ☆ 郵便番号:東京9-66325
 品川区小山2ー11ー2          ☆ 名称:クリスティ・ファン・クラフ
--------------------------------------------------------------------------


ファンクラブのHPに戻る