クリスティ作品(長編)のパロディ・パスティーシュ(2014.11月現在)

 短編のときと同様、最初にクリスティ作品のパロディやパスティーシュとはどのような作品を指すかという定義をしておきます。短編の際はポアロやミス・マープルといったクリスティ作品の名探偵が登場したり、彼らを彷彿させる迷探偵・珍探偵が登場する作品と考えましたが、ここでは、それらに加えてクリスティ自身が登場する作品も含めることにしました。ポアロやマープルを彷彿させる探偵が登場する作品はあまり多くなく、リスト数を増やすための苦肉の策でもあります。ただしアガサという名前のヒロインが登場だけの作品はカットし、オリエント急行内で事件が起きるという舞台設定だけが似ている作品も除外しています。クリスティの有名な長編のトリックやプロットを茶化したような、あるいは模倣したような作品も、原則として含めないことにしました。
 除外した作品の具体例を挙げると次のようになります。たとえば胡桃沢耕史の作品に『女探偵アガサ奔る』がありますが、これは女性主人公の名前がアガサというだけで、それ以外はクリスティとほとんど関係がありません。また斎藤栄に『オリエント急行殺人旅行』という作品がありますが、この作品は事件の舞台がオリエント急行列車内に設定してあるだけで、あとはクリスティ作品と無関係です。さらに西村京太郎の初期の傑作『殺しの双曲線』については、著者自身がクリスティの『そして誰もいなくなった』のプロットを下敷きにしたと認めている作品ですが、残念ながら除外というわけです。もっとも孤島や嵐の山荘を舞台にした作品を含めてしまうと、数が多すぎて収集がつかなくなってしまう可能性が大です。
 というわけで絞ったリストは以下のとおりです。抜けている作品に気づかれた方は、ここへご連絡して頂ければ幸いです。

海外作品(整理番号は原著の出版年代順)

(1) "The Passing of Mr. Quinn"(G.Roy McRae 1928)(未訳)
ハリー・クィンの贋作というべき作品。『謎のクィン氏』の中の一編「クィン氏登場」は1928年に映画化されたが、本書はその脚本を小説化したもの。詳しい内容については、WH通信55号のここを参照してほしい。
(2)『三人の名探偵のための事件』(Case for Three Detectives 1936)レオ・ブルース、小林晋訳、新樹社(1998.12)
著者レオ・ブルースの第一作で、シリーズ探偵ビーフ巡査部長の初登場作品。この物語の前半に、ムッシュー・アメ・ピコンというポアロ似のフランス人私立探偵が登場する。サーストン家の密室殺人の謎に挑戦するも、最終的な解決はビーフ巡査部長が行う。なお題名からもわかるように、その他にウィムジィ卿似のロード・サイモン・プリムソルとブラウン神父似のスミス師が登場する。
(3) "Murders at Turbot Towers"(S. John Peskett 1937)(未訳)
献辞にドロシイ・セイヤーズとアガサ・クリスティの名前があるとおり、ウィムジィ卿とポアロが登場するパロディ。事件はターボット荘に集まっていた十人以上の客が一夜にして全員殺害されてしまうというハチャメチャなもの。挿絵も数多く入っていて読みやすい。パロディらしくウィムジィ卿とポアロは事件を解決できず、すぐに退場となってしまう。二人が登場するのは全19章の内の約2章だけ。事件を解決するのは、近くに住むウィニフレッド・ウィッギー嬢であるという皮肉な結末がつく。典型的なバカミスだが、大いに笑えるところもある。
(4) "Gory Knight"(Margaret Rivers Larminie And Jane Langslow 1937)(未訳)
 田舎屋敷で起きた料理人ドラ・ナイトの殺人について、四人の探偵が呼ばれて、捜査するというもの。探偵の中の一人がM. Hippolyte Pommeau(なんと発音するのか?)という背の低いフランス人探偵である。Hippolyteを辞書で引いたら、ギリシャ神話に出てくるヒポリュテー(Herculesに殺されたというAmazonの女王)と書かれているので、フランス人とベルギー人の違いはあるものの、エルキュール・ポアロを意識して創造したはずだ。(3)のようなチョイ役ではなく、全編にわたって登場する。ただしM. Pommeauとポワロとの類似度はそう高くはなく、本書のバカミス度も(3)よりは低いが、まあポアロのパロディと考えて間違いはないだろう。
(5)"The Murdered Cliché a Fantastic Thriller"(Joseph Samuel 1947)(未訳)
本書の献辞はマルクス兄弟に捧げられている。マルクス兄弟といえば米国の有名なコメディアン。著者がマルクス兄弟と懇意なのかどうかしらないが、私の勝手な想像では、マルクス兄弟の誇張された饒舌な会話を大いに参考にして、このパロディを書いたためであろう。この小説の面白さは、ほとんど登場人物たちの会話で持っていると言ってよいからである。もっとも正直に言えば、マルクス兄弟の映画は一本も観たことはなく、以前に小林信彦氏の著作から得た情報のみで判断しているだけだし、書かれている原書の会話も難しくて、かなりの部分が理解不能なのだが……。
ということで物語を紹介してもあまり意味はないのだが一応書いてみると、マルトラバー卿が殺され、卿の頭部が浴室に転がっていた! という事件をスコットランドヤードの警部と警部の友達Mercure Poitrine(これも、なんと発音するのか?)が捜査するというもの。このMercure Poitrineが確かフランス人で、小さな口髭のある小柄な男に設定され、ポアロのパロディ的な探偵というわけである。ミステリーの謎は実にくだらないものだが、結末の意外性は高く買いたい。
(6)『殺人混成曲』(Murder in Pastiche 1954)マリオン・マナリング、都筑道夫他訳、早川書房(1959.7)
ポアロのパロディというと、まず思い出す作品。大昔に読んだので中味はほとんど忘れてしまった。ポケミスの裏表紙の梗概によれば、リヴァプールからニューヨークに向けて出航した大西洋航路の豪華客船に乗っていた9人の名探偵が、悪名高いゴシップ・ニューズ記者の惨殺事件を捜査するというもののようだ。著作権の関係で、ポアロの名前はそのままでは使えなかったのか、「エルキュール・ポアロによく似たアトラス・ポワロオ」が名探偵の一人として登場する作品。
(7)『名探偵登場』(Murder by Death 1976)ニール・サイモン(ヘンリー・キーティング)、小鷹信光訳、三笠書房(1976.9)
映画のノベライゼーションで、脚本をニール・サイモンが書き、それを小説化したのがH・R・F・キーティングのようだ。大富豪が殺人パーティを仕掛けるという話で、ポアロに似たムッシュ・ミロ・ペリエとマープル似のミス・ジェシカ・マーブルが登場する。それほど面白い話とは思わなかったが、映画興行としては好評だったようで続編が作られた。その続編『名探偵再登で、続編にはポアロやマープルといった名探偵は登場していないようだ。
(8)『アガサ 愛の失踪事件』(The Search for Agatha 1978)キャサリン・タイナン、夏樹静子訳、サンリオ(1979.9)
クリスティが36歳のときに失踪した有名な事件の謎解きをフィクションとして書いた作品で、映画にもなっている(脚本も同じ人が書いている)。当時は結構評判になり、映画を観るか、本を読んでいる人が多いと思うので、内容についてはここでは書かない。なお文庫版は1988年に文藝春秋より出ているので、未読の人は文庫版なら簡単に見つかるはず?
(9)『三回殺して、さようなら』(Trois Petits Meurtres--Et Puis Sen Va 1985)パスカル・レネ、田中淳一訳、東京創元社(1988.6)
 ミス・マープルの甥っこ、ロベール・レスター主任警部が登場する。またクリスティ似であるとともにマープル似のイギリス婦人も登場するが、それ以上クリスティ作品に似ているところはない。
(10)『ドロシーとアガサ』(Dorothy and Agatha 1990)ゲイロード・ラーセン、宮脇裕子訳、光文社(2003.12)
 アガサ・クリスティとドロシー・セイヤーズが協力して、セイヤーズの家で見つかった謎の死体について調査するというもの。最初は本誌(No.41号)の中で小林晋さんが紹介したのだが、やがてEQで連載され、さらに十年後に文庫本となった。まだ購入可能と思われるので、興味のある人はよろしく! 恥ずかしながら、私も巻末エッセイを書いている。
(11)『クリスティー記念祭の殺人』(The Christie Caper 1991)キャロリン・G・ハート、山本俊子訳、早川書房 (1994.3)
 本作は、ここで定義したパロディとは言い難い。とはいえ、クリスティ・ファンがもっとも楽しめるパロディっぽい作品と言えないこともないので(苦しいです!)、強引にリストに含めてしまった。ヒロイン(ミステリー専門店の店主)がクリスティの生誕百年を記念して、クリスティ記念祭を主催するが、"コージー派"を毛嫌いする批評家が参加したために――、といった話。
(12) "The Bette Davis Murder Case"( George Baxt、1994)(未訳)
本作は、会員の原岡さんがWH通信(No.56)のここで紹介している。クリスティはアガサ・マローワンという名前で登場するようだ。
(13)『モノグラム殺人事件』(The Monogram Murders 2014)ソフィー・ハナ、山本博・大野尚江訳、早川書房(2014.10)
クリスティの著作権管理会社の正式な許可を得て執筆されたポアロ物の新作。実に『カーテン』以来の39年振りのポアロが謎を解く作品。時代設定を1929年におき、ポアロと同じ下宿に住むスコットランド・ヤードの刑事エドワード・キャッチプールが語り手になっている。事件は高級ホテルで三人の客が短時間に毒殺された連続殺人。本格的な謎解き小説というより、スリラーとして楽しめる。
 以上の11冊が、私が調べた限りの英米で出版されたクリスティのパロディや贋作である。未訳作品が5冊も入っていて、よく調べたものだと感心する人がいるかもしれないが、それは完全な間違い。未訳作品はすべて、海外本格ミステリー研究の第一人者森英俊さんより十年ほどまえに教えられ、"Murder By The Mail"から購入したものである。なお未訳作品の著者はジョージ・バクストを除くと、訳出された作品はないし、本国でもほとんどミステリーは書いていないようだ(J・ヒュービンの"The Bibliography of Crime Fiction 1749-1975"による)。長編パロディとなると、ミステリー専門作家よりユーモア作家の方が書きやすいというのだろうか。

国内作品
 国内作品はほとんどが西村京太郎の作品だった。やはり日本人作家がパロディ長編を書くには、調べることが多すぎて割りがあわないとか、著作権に関していろいろ問題が多いのだろう。

(1) 『オリエントの塔』水上勉、文藝春秋社、1962
登場人物のなかにアガサ・クリスティを彷彿させるキャザリン・クリスチーヌ(英国のイラン遺跡調査団団長の妻)と彼女の友人メルキュール・ポワローがいるだけで、作品はパロディではなく、初期の水上が得意とした社会派ミステリーである。なぜクリスティのような人物を入れたのか、水上勉がどの程度クリスティ作品を読んでいたか、といった謎の方が事件の謎より興味深い。
(2) 『名探偵なんて怖くない』西村京太郎、講談社、1971
エルキュール・ポワロの他クイーン、メグレ、明智小五郎が登場するパロディ。物語は三億円事件を下敷きにしている。今回念のために再読したが、『アクロイド殺し』について「アリバイ作りにテープレコーダが使われた」と書いている(文庫本のP.119)。ディクタフォンをテープレコーダと勘違いした人間は、私だけではないことを発見したのは愉快であった。
(3) 『名探偵が多すぎる』西村京太郎、講談社、1972
第一作が好評であったようで、さっそく翌年にシリーズ第二作が出た。前作と同じポワロ、クイーン、メグレ、明智という名探偵に加えて、ルパンまで登場する。別府行きの豪華客船内で起きる宝石商の密室殺人と事務長殺人を扱っていて、名探偵と怪盗ルパンとの対決が読みどころである。
(4) 『名探偵も楽じゃない』西村京太郎、講談社、1973
シリーズ三作目。ミステリーマニアの例会で起きた連続殺人事件を、招待されたポワロ、メグレ、クイーン、明智の4人組が、共同で推理するというもの。パロディ度はそう高くはない。
(5) 『名探偵に乾杯』西村京太郎、講談社、1976
シリーズ四作目で最終作。ポアロはすでに亡くなっている。ポアロ追悼のために、明智の別荘がある孤島にクイーン、メグレ、明智、小林(かつての少年で、今は立派な大人)とその娘、ヘイスティングズが集まるが、そこにポアロ・ジュニアと名乗る男が登場し、連続殺人が起きるというもの。問題は『カーテン』の内容を勝手にばらしていることではないか。
(6) 『アガサ・クリスティ殺人事件』河野典生、祥伝社、1983
かつて和製ハードボイルドの第一人者であった著者の書いた、アガサとポワロが登場する、インドを舞台としたトラベル・ミステリー。当初は雑誌「幻影城」に連載されたが、雑誌が廃刊になったため一時執筆を中断し、イメージが醸成されるのを待って完成させたという。
(7) 『霊界予告殺人』山村正夫、講談社、1989
映画「大霊界」がヒットしたこともあり、著者は霊界を舞台にしたミステリーを書いてみたいと思ったそうだ。内容は、霊界の日本探偵作家クラブがコナン・ドイルとS・S・ヴァンダイン、アガサ・クリスティを招待したが……。チョイ役でクリスティが登場する程度の作品。

これも中間発表ということで、不完全ながら掲載しました。抜けている作品がありましたら、ぜひ情報提供に、ご協力のほど、よろしく!

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