南デボンとトーキーの登場するアガサ・クリスティの小説

ピーター・J・ベリッジ & ジーン・M・リード
安藤 靖子訳


 本稿は、トーキー博物館のベッリジさんとリードさんがクリスティ作品のなかに出てくる南デボンとトーキーの描写を集めた資料集です。地の利を生かして非常に細かいものまで集められていて感心しますが、それでもプライバシーを考慮して、一部はカットしているそうです(S)。


南デボンの登場するクリスティの小説

  1. 『スリーピング・マーダー』(早川書房)
    「ディルマス」という町は、シドマス、トーキー、及びダートマスの混成によって出来た場所と考えられる。犯行現場「ウッドレイ・キャンプ場」は「ピクニック向けの場所」で、シドマス近郊の「ウッドベリー・コモン」であろう。この小説についてはまだ調査中。
  2. 『白昼の悪魔』(早川書房)
    「スマグラーズ島」上の「ジョリー・ロジャー・ホテル」とは南デボンのビッグベリー・オン・シー付近のバー島にあるホテルのこと。小説同様、この島も渡り道で陸地とつながっている。
  3. 『無実はさいなむ』(早川書房)
    舞台は「ドライマス」、つまりダートマスに設定されている。「ルビコン川」(ダート川)をディティシャムで渡る渡し船と、かつて対岸から渡し船を呼寄せていた古い鐘についての言及もある。トーキーは「レッドキー」として登場。ダート川沿いのアガサ・クリスティの家グリーンウェイは戦争難民のためのホームであったが、物語の中で「サニー・ポイント」と呼ばれる家も同様である。
  4. 『死者のあやまち』(早川書房)
    ダート川沿いのアガサ・クリスティの家グリーンウェイ周辺や、その敷地内と容易に認められる場所が数多くでてくる。「ヘルム川」とは勿論ダート川のこと。ナス屋敷とはグリーンウェイのこと。殺人現場は、グリーンウェイ敷地内の川岸に立つボート小屋に実によく似た小屋に設定されている。メイプールのユースホステルへの言及もある。「ナスコーム」駅とはチャーストン駅のこと。有名な観光船「デボン・ベル」号による「ブリックスウェル」(ブリクサム)から「ギッチャム」(ディティシャム)までの遊覧の描写がある。
  5. 『NかMか』(早川書房)
    サン・スーシ*は、冒険の舞台になっているゲストハウスである。アガサ・クリスティが住んでいた頃のトーキーにあった、ゲストハウスと呼ばれるホテル数軒の名前から、その名を思いついたにちがいない。「堂々とした栗色のサン・スーシ」は、ペイントンでおなじみの砂岩の建物を連想させる。小説の正確な設定場所を確定するため、調査はまだ続いている。(*サン・スーシは無憂荘と訳されている。)
  6. 「レッガッタ・デーの事件」(短編集『黄色いアイリス』(早川書房)より)
    「レガッタ・デーの事件」を含む短編集はアメリカでのみ出版されたため、イギリスでは入手できない。小説の舞台は、レガッタ祭とレガッタ市の期間中、ダートマス港を見下ろせる「ロイヤル・ジョージ」ホテルの2階の部屋である。このホテルは「港の広場に面した大きな張り出し窓が開けはなってある」という描写から、ロイヤル・カースル・ホテルのことだろうと確認できる。
  7. 『シタフォードの秘密』
    この物語は、「エクスハンプトン」(オケハンプトン)の町から6マイル、ダートムアのはずれの雪にとざされた村が舞台になっている。シタフォード・トー(チャグフォードの南西6マイルのところ)は「シタフォードの小さな寒村」の名にヒントを与えたにちがいない。プリンス・タウンのダートムア刑務所についての言及もある。
  8. 「ゲリュオンの牛たち」(短編集『ヘラクレスの冒険』(早川書房)より)
    南デボンの赤い崖がこの短編の舞台にヒントを与えているのは明らかだ。「牧草は青々とし、地面と崖は燃えるような赤だった」とある。
  9. 『象は忘れない』(早川書房)
    海を見下ろす殺人現場はババコン・ビーチの上方にある岩の切立った場所に相違なく、小説の中で言及のある「オーバークリフ」とはおそらく、ババコン・ビーチへ降りていく険しい、曲りくねった道にたっていた「アンダークリフ」のことだろう。
  10. 『そして誰もいなくなった』(早川書房)
    小説の舞台になっているホテルは、ビッグベリー湾のバー島にあるとおもわれる。物語の中では「ニガー島」と呼ばれている。(*アメリカ版では「インディアン島」)
  11. 「二重の罪」(短編集『教会で死んだ男』*(早川書房)より)
    この短編にはエクセターから「モンカンプトン」(オケハンプトン)経由で、南デボンの海岸にある「エバーマス」及び北デボンの海岸にある「チャーロック・ベイ」へむかう旅のことが言及されている。(*原書は"Poirot's Early Cases")

トーキーの登場するクリスティの小説

  1. 『邪悪の家』(早川書房)
    舞台はコーンウォールに設定されているが、実際には「セント・ルー」、「海水浴場の女王」という名で、トーキーが舞台になっている。ポアロとヘイスティングズは「マジェスティック」ホテルのテラスに腰掛けている。このホテルはインペリアル・ホテルのこと。「エンドハウス」は、かつてインペリアル・ホテルの近くにあったロックエンド邸からヒントを得たもの。
  2. 『運命の裏木戸』(早川書房)
    アガサ・クリスティの幼少時代への言及が多々みられる。小説に現れる家は、バートンロードに建っていた彼女が子供時代を過した「アッシュフィールド」がもとになっている。舞台は「ホロウキー」に設定されている。1910年代フリート街46番地にあったローズ・K・ダラント・アンド・サンズ(現在ブーツ薬局のある場所)が、写真屋「ダランス」という名で出てくる。「ボールディズ・ヘッド」(実は「コービンズ・ヘッド」のこと)への言及もあり、「そこの岩は赤い」とある。
  3. 『ABC殺人事件』(早川書房)
    殺人事件「C」はエルベリイの入江に近いチャーストンでおこる。また、トーキー港の向い側にあるプリンセス・ガーデンズに腰掛けている人物を登場させている。
  4. 『スリーピング・マーダー』(早川書房)
    「トーキーでのあとがき」にはインペリアル・ホテルのテラスに腰掛けているミス・マープルが登場する。
  5. 『書斎の死体』(早川書房)
    物語の一部は「デインマス」の「マジェスティック」ホテル(インペリアル・ホテルとおもわれる)に設定されている。そのホテルは海を見下ろす崖の上にたっている。
  6. 『茶色の服の男』(早川書房)
    アガサ・クリスティの父、フレデリック・ミラーはトーキー自然史協会の会員であったから、家族はケンツ大洞窟のことをよく知っていたろう。とすれば、「リトル・ハンプスリー」の「ハンプスリー大洞窟」について「パパが」博物館の館長と一緒に出かけて、「文字どおり頭のてっぺんから足の爪先まですっかり更新世の泥にまみれて帰ってきた」というくだりがあるのもうなずける。
  7. 『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』(早川書房)
    舞台はウェールズに設定されてはいるものの、犯罪のおこった現場は海を見下ろすゴルフコースである。このゴルフコースはアガサ・クリスティが若い頃にゴルフをしたペティトーのゴルフコースから思いついたものだろう。
  8. 「鉄壁のアリバイ」(短編集『おしどり探偵』(早川書房)より)
    トミーとタペンスは事件の手がかりを求めてトーキーを訪ね、そこの「カースル」ホテルに滞在。パビリオンについての言及もある。
  9. 『マギンティ夫人は死んだ』(早川書房)
    舞台は南デボンの架空の村「ブローディニー」に設定されている。ポアロはカレンキー(トーキーの仮名)にある土地の芝居小屋を訪ねている。
  10. 『愛の旋律』(早川書房)
    アガサ・クリスティは第一次世界大戦中、トーキーのタウン・ホールに仮設された赤十字病院でV・A・Dの看護婦として働いた。この作品では「ネル」が、「ウィルツベリーのタウン・ホール」から模様替えされた病院に、下働きの欠員として採用されている。その他、クリスティ自身の半ば個人的な看護婦経験への言及が多々ある。(* V・A・Dは救急看護奉仕隊のこと。)
  11. 『ビッグ4』(早川書房)
    物語は「モートンハムステッドから車で9マイル」の所にある「ホパットン」という村のグラニット・バンガローが舞台になっている。これは、アガサ・クリスティが兄モンティの病気回復期をすごす場所として見つけたダートムアのグラニット・バンガローからヒントを得たものにちがいない。
  12. 『五匹の子豚』(早川書房)
    「ハンドクロス・マナー」および「オルダベリー」はアガサ・クリスティの家の立つダート川の辺りに設定されている。バテリー (グリーンウェイにある)についても言及されている。グリーンウェイのことは、オルダベリーについて述べるくだりでも「立派な古いジョージ王朝風の建物だった」との記述がある。「レィディ・ディティシャム」という人も登場する。(ディティシャムとはグリーンウェイの、ダート川をはさんだ対岸の村の名前である。)(*バテリーは砲台庭園と訳されている。)

Compiled and researched by Peter J. Berridge and Jean M. Reid, Torquay Museum. This is a Japanese translation published by permission of the authors and Torquay Museum.

Copyright 1990

*は訳者の注です。翻訳では、ハヤカワ文庫、『新版アガサ・クリスティー読本』を参考にしました。
注1:グリーンウェイ(アガサ・クリスティの家)は一般に公開されていません。
(Greenway−Agatha Christie's house− is not open to visitors.)

注2:リードさんは南デボンの登場するアガサ・クリスティの小説のさらなる調査に取りかかる計画だそうです。
(Miss Reid plans to undertake further research on the South Devon locations of Agatha Christie novels.)


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