オックスフォードからハロゲイトへ
(6日目)
 永嶋郁子

 この日はスーツケースを引きながらの大移動となるので、早めの9時前にホテルをチェックアウトし、バスでOxford駅に向かう。Oxford駅は4年前にも利用したので慣れた感じがあった。小さな待合スペースで、日本で英語の先生をしていたという夫妻と娘さんに会い、談笑していた。10:01発のPaddington行き列車が、ホームに入って来たので、改札に行ったら止められた。「この切符では乗れない!」というのだ。荷物を引っ張って慌てて窓口へ行き、新たなチケットを買う羽目に。5人分90ポンドの予定外支出だ。気が付くと私は現金を持っていない! ハッと血の気が引くと、傍らには財布を開けて待機している吉田さん、心配そうに寄り添う竹村さんの姿があった。何たる結束。感謝! 必死の思いで切符を手に列車に乗り込んで、セーフだった。
 初日の切符まとめ買いは「完璧!」と思っていたのに、乗車日の印字が間違っていたのだ。この日の行程は Paddington駅に着いたら地下鉄でKings Cross駅へ行く。そこで軽く昼食を取り、次の列車に乗り、途中のLeeds駅で乗り換えてHarrogateまで行く、というハードで緊張する日なのだ。大変だと覚悟していたこの日だが、スタートでこんなことになるのはガッカリだ。


問題の日の座席指定券
 このままでは納得がいかないので、英語の堪能な松さんとPaddington駅の切符売り場に窮状を訴え出た。フロアにいた背の高い、いかにもイギリス人のマネージャーらしき人に交渉。松さんの優雅な交渉で「わかった、大丈夫。私が窓口に話すから並んでいて」と言われた。窓口ではマネージャーが「いや、発券ミスだよ!」とあっさりと断言して、すっきりと解決。余分に払った分を全額返してもらった。
 Kings Cross駅は、天井に白い鉄骨が網目状に張られた広い駅だ。Harry Potter でおなじみの9と3/4ホームを模したセットには写真撮影の人が列を作っている。列車のホームは11本。二か所の改札口には駅員が数名いて旅行者の質問に気持ちよく答えてくれた。時間が無くなったので食べるものを買って列車の中でお弁当を食べることにした。Waitrose の店が駅構内にあり、3人はサンドイッチなどを買ったが、私は松さんと、気になる和食チェーン店『わさび』の海苔巻き弁当に挑戦してみた。列車の中でのお弁当は旅の楽しみだし、切符問題をクリアしたので、ほっとして味わうことができた。
 
英国風海苔巻き弁当            Doncaster駅の表示板    
 乗り換えLeeds駅の少し手前で、ドンカスター(Doncaster) 駅に止まった。『ABC殺人事件』に登場するDの駅だ。ここには有名な競馬場がある。毎年9月に行われるセントレジャー・ステークスは日本の菊花賞に当たり、クラシック競走三冠の最終戦として大きな注目を集めるレース。『ABC殺人事件』ではその日にDの事件が起きるのだから、クリスティ・ファンとしてはなんとなく嬉しくなる。
次なる問題はLeeds駅での乗り換えだ。もちろん何の案内もない。乗り換え時間は10分間なのに、すでに4分も遅れている。一体どこへ行ったらいいのやら。制服姿の駅員を見つけた私は、荷物ごと突進していって「Harrogateへの乗り換えはどれ?」と叫んだ。手をこまねき「5Bに乗れ!」、「前の列車だ!」と叫ばれた。「Bってなあーに?」と自問しながら列車を探すと、二種類の列車が縦列に止まっている。なるほどBは前の列車のことか。わかってしまえば 「なあーんだ」なのだが、どぎまぎしてしまった。
 Harrogateの駅はこじんまりしているが、瀟洒でおしゃれな高級温泉地である。アガサ・クリスティが1926年12月3日から11日間の失踪の際 、ケープタウンから来たミセス・テレサ・ニールとして(夫の愛人の名前を騙って)Hydropathic Hotel (現在のOld Swan Hotel )に滞在していることがわかって 大きな騒ぎになった。その大きなスワンが立っているポールを眺めながら、アガサ・クリスティ・ファンとして、まさにそのホテルに泊まれる興奮に包まれてHarrogateを楽しみたいと思った。

美しい羽のOLD SWAN HOTELの白鳥
 恒例のアフタヌーン・ティーは、有名なBetty's Caféで食べた。土曜日の夕方なので、混んで入れないと困るため事前に日本から予約を入れておいた。一人£34.95。しゃれたガラスの器にマリネした小エビと玉ねぎ、キュウリなどのappetizer。小ぶりのクロワッサンにクリームチーズとスモーク・サーモン、ドライトマトのパテ、シーザース・ドレッシングのチキンなどのサンドイッチ。二種類のスコーンは、香ばしく焼かれていておいしかった。小さなお菓子は、非常にしっかりとした味のマカロンとカスタード・タルト、塩キャラメル、リッチなダーク・チョコレート。クロテッド・クリームは数藤さんの評価によると、やはりデボンシャー・クリームの方が勝っているそうだ。おかわりのプレートも出してくれたので結構お腹がいっぱいになった。
 
真剣な表情で茶葉の計量     アフタヌーン・ティー  
 紅茶はいろいろな種類があり、ウェイトレスがとめどもなく説明してくれるのだが、しゃべり方が独特で、単語の音をやけに伸ばすので聞き取りづらかった。リッチで薫り高いTearoomブレンド。エキスパートが選んだマスカットの香りのAfternoon Darjeeling。私はCeylon Blue Sapphireというのを飲ませてもらった。Blue Corn Flower (トウモロコシ畑のそばに咲くヤグルマギクらしい) のきれいなブルーの花びらが入っている。はちみつが香りづけに入っていておいしい。
 下の店には紅茶のソムリエがいて、茶葉選びの助言をしてもらった。アガサ・クリスティはどんな過ごし方をしたのだろうか? 思いを馳せる。

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