ギルフォード散策から「検察側の証人」の観劇へ
(2日目:その2)
 永嶋郁子

 Guildford 方面行きのバス・ストップは、昼食をとったレストランThe Plucky Pheasantの近くには見当たらず、女性4人はどこで待っていればよいのか不安であった。バスは13:44発といっても、Guildford Friary Bus Station行き(14:07着)の最終バスだ。だがレストランの若いスタッフがとても親切に調べてくれ、どうやら向かい側で待っていれば来るだろうということになり、不安な面持ちでバスが姿を現すのを待った。「あぁ来た、来た!」 無事に乗れてGuildford 駅へ! 一安心!
 列車の出発時刻(15:49発)まで約1時間半あった。歴史の古い街を楽しむ予定だ。旅行前に訪問すべきところを調査していたら『不思議の国のアリス』の作者ルイス・キャロル(Lewis Carroll)の終焉の地と知った。早速日本ルイス・キャロル協会所属の友人にアドバイスをもらったところ、徒歩30分の圏内に見るべきところがたくさんあることが分かった。
ルイス・キャロルは1898年1月14日に65歳でGuildfordで亡くなっている。父親が教区牧師で本人も牧師であり、大変優秀な数学者としてOxford のChrist Churchで教鞭をとっていた。その折、学寮長のリデル家の三姉妹をかわいがり、当時は珍しかった写真を撮り、その中のアリスが物語の主人公になった。Oxfordの近くでボート遊びをする中で、子供たちに語って聞かせた物語がのちに文学界に多大な影響を与える作品『不思議の国のアリス』となる。発行に際してジョン・テニエル(John Tenniel)に挿絵を描いてもらっている。
 アガサ・クリスティは1890年生まれなので接点はないにしろ、この有名な本や作家を知らないわけがない。『複数の時計』では「セイウチと大工」から文が引用されている。『ABC殺人事件』では最初に殺される人の名がアリス、たばこ店に入り込んだと目される人の名がリデル氏と名付けられている。訪問したところは2か所。Guildford でもっとも古い教会St. Mary's ChurchとGuildford Castle。前者にはキャロルが説教をした演台があるそうだが、工事中だったので外観のみ見た。かなりの歴史を感じる建物だった。
 Guildford Castle に行くと、切符を売っている方がとても親切に教えてくれた。城の外から見える2軒の家の奥の方がGuildfordに住んでいた姉妹の家で、その2階の右側の部屋で亡くなったそうだ。肺炎だったようでSt. Mary's Churchで葬式が営まれ、Guildfordの墓地に埋葬されている。またガイドには載っていないが、キャロルが泊まっていたInnだった所は、今はSainsburyというスーパーになっていて、プラークはないものの、そこで執筆をしていたという記録があるそうだ。城の周りには公園があり『鏡の国のアリス』をイメージした像があるとのことだったが、残念ながら見つけることが出来なかった。早めに駅に戻り、15:49発の列車でWaterlooまで約35分の旅(16:24着)。一人散策の数藤さんはいかにアガサの心情を分析したか? 噂しながらの帰路だった。


キャロルが亡くなった家
 Waterlooに着いて、最初に近くにあるCounty Hall(元、郡の議会場)へ向かった。かねてから興味のあった劇「検察側の証人」が上演されているからである。初演は2017年10月6日で、演じる俳優さんの交代はあったものの二度の延長があり、現在の予定は2020年の9月までだ。しかし、「ねずみとり」のようなロング・ランはないだろう。この日を逃してはならぬ思いだった。
County Hallは道路から1本奥まったところにある立派な建物。ドアマン達もかしこまって見える。Tickets Collectionのブースで予約したTicketsを手にしたので、開場時間まではゆっくりできる。Westminster bridgeまで行って、Brexitで紛糾している対岸のParliament(議会場)や工事中で全容は見えないBig Ben、こちら側にあるLondon Eyeを脳裏に収めた。

County Hallの前景
 人出も多いので記念撮影のみにして、ホール斜め向かいのWestminster Kitchen Grill Houseに入って、ゆっくりと夕食を取った。あまり接客はよくなかったが、ソファーが良く、ゆったりと座っていられたから待機時間として最適な場所だった。
 8月1日に予約を入れたところ、9月3日19:30のTicketsが割引価格で一人49ポンド(今回のレートで約7000円)。席は法廷(Courtroom)席のD列の77番から80番。陪審(Jury)席の並びだ。実はJury席に興味があったのだが、そこに座る勇気はなかった。劇中で何をするのか、気になっていたからだ。
 1922年建立のCounty Hall は太い大理石の柱が並ぶ急な階段を上るが、それだけでも重厚感にあふれている。Door1から入っていくと、なるほど立派な議会場だ。屋根も高く、壁には大きなLady Justice(天秤と刀を持つ正義の女神)の絵が掲げられている。2、3階の傍聴席は傾斜が急そうだが、上から全体が見られる。
 立派な赤い革張りの席に座ると、隣のJury 席の男性が落ち着かない様子で立ったり座ったりする。赤ら顔をしてニコニコしていたが、興奮を隠せない様子だった。速記者役の黒人女性がJury 12人の前に立ち説明を始めた。どうやら手帳型のメモと鉛筆が各人に配布されている様子。判決を決めるときにそのメモに「NOT GUILTY」と書いて陪審長(Jury Foreman)の人にわたす。その人は立って評決を読み上げる。ネット情報によると、本当の法廷内と同様に、始まる前に聖書に手を置いて宣誓をさせられるようだ。

法廷席から見た舞台
 八方に通路があり、そこを出演者が忙しく通る。舞台セットは真横の通路から高々とスツールなどを持ち上げて運び入れる。その人たちも黒子ではなく、警察官やトレンチコートに帽子の紳士だったりする。
裁判官席の役者は赤いガウンに白いかつら(柔らかい素材のものらしく、ニット帽的にさらっとかぶっている)。前にせり出した長い舞台は狭い。しかし容疑者Leonard Voleの情けなそうな、必死の演技は舞台いっぱいに演じられた。証人Romeineは裁判官席の左手に立ち、存在感のある毅然としたものだった。一つ残念だったのは、キーとなる女性と弁護士の接触部分が裁判官席の下あたりの暗くした場所で演じられたこと。表舞台ではやれない設定なので、演出家Lucy Baileyの演出には納得はしたが、この部分の重要性を思う私は、そのやり方では、肝心なことがぼやけたように思った。
 いずれにしてもこのCounty Hall を裁判所(Old Bailey)に見立てて、舞台に選んだことは素晴らしい、の一言だと思う。ちなみにOld Baileyは裁判所のニックネイムで、通りの名前がBailey St。この演出家の名字がBailey…。日本人の私は妙に関連付けてしまったが……。
 タクシー(Black Cab)に乗ってホテルに帰り着いたときは力の抜けた状態だったが、今日の満足感は素晴らしいものだった。

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