クリスティの車発見場所の探索
(2日目:幕間―インタールード―)
 竹村モモ子

 Newlands CornerはSurrey州のGuildfordの東に位置する標高173mの石灰岩質のなだらかな丘である。ふもとはアルベリー(Albury)村である。クリスティは車を乗り捨ててから列車でロンドンへ向かったらしいことなどから、Newlands Corner南面のどこかの採石場に車を乗り捨てたと思われる。しかし現地にクリスティの車発見場所が表示されているわけではないとのことなので、車発見場所は現地に行っても判らないであろうと思われた。
 ところが、Newlands CornerについてWeb検索していてクリスティの車発見場所を示す略図を見つけた。その略図によればNewlands Corner頂上から東に延びる自動車道路(A25)とは別に南東へ下る小道があり、下っていくと途中で南西へ直角に曲がりその先の道の右側にある石灰石の採石場がそれであるとのこと。採石場から南に下る道はウォーターレーン (Water Lane;水の小道)という名でAlbury村に通じている。グーグルの地図ではこの小道Water Laneは下の方のAlburyに近い部分しか表示されていず、頂上からの小道も採石場も表示されていない。 しかしグーグル地図を眺めるうちに航空写真にこの地形が明瞭に現れていることに気づいた。すなわち斜面全体が草原なので南東に下がり南西に曲がる小道の形に樹林が茂る様子が明瞭に認められた。そして略図の採石場に当たる位置に木々に囲まれた四角い地形(下の写真)がある。地図にWater Laneと記載された下の方の道は航空写真にも明瞭に道路として現れその先には建物もあり車が通行できるようだ。


Newlands Corner南面の航空写真(上が北)(Google Mapより)
 この採石場跡らしい四角い地形までどうやって行くか? (A)Newlands Cornerにバスかタクシーで登り昼食後に小道を見つけて下って探す、(B)タクシーでWater Laneを上りタクシーを降りて歩いて登って探す、の二つのアプローチが考えられるが帰途についても考えなければならない。前者(A)の場合は@採石場探索後に上り返す、A採石場探索後さらに下り東西に延びるChilworth Road(A248)で路線バスに乗ってGuildfordに戻る。後者(B)の場合はBタクシーに待ってもらい探索後はタクシーでNewlands Cornerに上がり昼食とする。「四角い地形」はNewlands Cornerからの標高差は等高線3本60m程度、下のタクシー下車地点からは多分40m程度と推測された。Aに関して路線バスの時刻表も入手できたが、1時間に1本のバスを周囲に何もないところで待つのは心もとないと思われた。特にこの日、女性4人は夜ロンドンで「検察側の証人」観劇の予定でチケット購入済みであり、万が一にも時間までに劇場に行けないようなことがあってはならない。頂上からの60mの高度差は登山的には大した標高差ではないが、マンション18階程度に匹敵する高さであり、そこを下ってからまた登り返すのは気が重い。それに山は登るより下るときに道を間違えやすい。タクシー運転手の協力が得られればBが最も確実で楽と思われた。
 9月3日Guildfordに10:50到着。駅前で青いフォルクスワーゲンのタクシーの女性運転手に我々の希望を説明したところ快く引き受けてくれた。11時に出発、松さんが助手席に座り通訳を務める。Guildfordの街を抜け南に、そして東に向かいChilworthの駅前を通り11時15分頃北へ、即ち山腹へ登り始めた。道の両側が土手になって樹木が茂り見通しはない。道は未舗装で轍の跡か水が流れた跡らしい深い溝がある。数分のぼると運転手のこれ以上は車の腹を擦ってしまうとの判断で車を降り、待ち合わせ時刻を約束してタクシーと別れて歩きだした。

採石場跡への道


Guildfordから乗ったタクシー
 道を囲む土手がところどころ切れてその向こうに広大な畑(トウモロコシとか麦の類とか)が広がっている。標識によると乗馬のコースでもあるようだ。この先に採石場(跡)がある、ということは、これは採石場のために作られた道であろう。クリスティの小説にはよく採石場(石切り場)が犯罪の現場として登場する。たとえば『復習の女神』では若い女性のむごたらしい死体が発見される。つまり採石場への道にはやや暗いイメージがあるのだが、ここは近在の方々の散歩コース、ジョギングコースになっているようで和やかな雰囲気の道である。通りかかった親子連れに敏腕インタビューワーの永嶋さんが話しかけたところ、その小学生の坊やは両親から誕生日祝いにマジックショーとクリスティの劇「マウストラップ」のどちらかと言われ「マウストラップ」を選んだとのこと。永嶋さんが「どうだった?」と聞くと坊やは「Enjoyed!」と答えた。図らずも「マウストラップ」の根強い人気と観劇を楽しむ層の厚さを知ることができた。
 快調に10分ほども登っただろうか、ふと右手上方に車の音が聞こえるのに気付いた。自動車道路が近い? ・・・エッ・・・しまった、登り過ぎた、と気づきあわててスマホの地図を確認。このとき吉田さんのスマホがグーグルの航空写真を表示していたのがよかった。スマホの地図は現在地を示してくれる。あの四角い樹木に囲まれた地形の少し上にいることがはっきり示されていた。慌てて下る。そういえばさっき登ってくるとき左側に黒いものと白いものがあることを視界のはじで感じた。その時は古い小屋か何かと思って通り過ぎたが多分……。注意して下っていくと右側の引っ込んだところに鉄パイプの扉があり、その奥は樹木がない広場で奥に高さ10mくらいの石灰岩の白い崖がある。扉の横から広場に入った。崖周辺は丈高い雑草に覆われその中に黒い大きな箱のようなものが放置されていた。どこにもクリスティゆかりの場所であることを示すものはないが間違いなさそうだ。ここを探索されるのはクリスティが希望しないことであろうが、記念写真を撮った。道に戻り少し下って待ち合わせ場所で無事タクシーに乗り、さっき音が聞こえて慌てたA25線経由で無事にNewlands Corner頂上に到着した。車を降りると眼前にグーグル・ストリートビューでさんざん見慣れた景色が広がっていて不思議な気分になった。

   Newlands Cornerの採石場跡で      Newlands Corner頂上で(後ろはビジターセンター)

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