Greenwayと保存鉄道(6日目) 井口真理子 |
今日はアガサ・クリスティの住んでいたGreenwayを訪れる日である。朝のうちは雲が空を覆っていたが、徐々に晴れてきた。気温は低めで風が冷たい。港に群れ飛ぶカモメの下、賑やかな我が一行は10時発のGreenway Ferry に乗るべく桟橋に向かう。つい列があると並ぶ癖が出て、隣の別のFerryの列に並んで待つが、結果的には時間通りに乗り込むことができた。日頃の行いが良いせいであろう。
心ワクワクしながらGreenwayが右舷側にあるので右側を占領し、カメラを向けスタンバイOK。「この辺の上にGreenwayが見えるはず」(実際には木が生い茂ってほんのちょっとしか見えず)とか言いつつ、Boat Houseが見えた時は大興奮(「あの中に死体が」と言うのがお約束)。『死者のあやまち』によれば「右手に見えますのがナス屋敷(Greenway House)、左手に見えますのがガミガミ屋のおかみを連れて行って置き去りにして来るグースエーカー・ロックです」とアナウンスされることになっているが、なにせ英語が聞き取れないうえに、おしゃべりが絶えないので……。
Greenwayの桟橋に到着するやいなや、二人駆け出すのは切符購入の為。早きこと風のごとく、あっという間に坂を上り木の間に隠れる。そのお蔭もあって順調に皆で入場し、まずはアガサがその傍らで撮った写真がある、大きなマグノリアの木の隣に白くそびえるGreenway Houseへ。管理するNational Trustのガイドは当然英語なので、英語不案内の私はひたすら我が一行の後を、前回訪れた時の話などを聞きながら付いて行く。前回は写真撮影禁止だったそうだが、今回はフラッシュ撮影でなければOKとのこと。皆バシバシと写真を撮る。
今回ぜひ見たいと思っていた、短編「戦勝舞踏会事件」に出て来たイタリアのコメディア・デラルテの登場人物アルレッキーノ(ハーリ・クィン)などの陶磁器の人形は、ピアノのある客間のガラス・ケースの中にあった。かつてアガサはこの人形を見てはいろいろな空想をしていたとか。アルレッキーノの人形は30センチに満たない大きさだが、ダイヤ柄の衣装がいまでも美しく、妖精らしくのびやかなポーズ。手に持っているのはなぜか鞭。
邸内には家族の油絵の肖像画や家族写真も並べられ、住む人の気配を感じさせられる。2階(英国では1階)の寝室には、中央にアガサの巨大なベッド、壁際には夫マローワンの小さなベッド。ウォークイン・クロゼットには年季の入った紺色のスーツケースや衣類があり、今にも旅支度をしたアガサがどこかから現れそうな雰囲気だ。また『カーテン』などにも登場する本棚付で回転するコーヒー・テーブルもあった。これには日本でお目にかかることがなく、最初に読んだときは想像できなかったが、実物を見るとなるほどと納得する。
出版された本がおさめられている部屋(案内図ではFAX Room)には、Poirot のTVシリーズ"Dead Man's Folly "(2013年6月)のDavid Suchetサイン入り台本があった。最終話である"Curtain"を先に撮影し、ここGreenwayを舞台にした"Dead Man's Folly"を最後に撮影したという。彼のコメントは見たところ以下の通り(クセ字で読みにくいので間違っていたなら申し訳ありません)。
How amazing it was to be able to film this story at Greenway where Agatha Christie wrote it and set it!! Very Best Wish David Suchet Hercule Poirot
外に出て、ここに宿泊した唯一の日本人である数藤さんの案内のもと、森(というか山)を歩き、娘ロザリンドさんの2度目の夫の日本趣味を反映した、池のほとりにたたずむ仏像(奈良・秋篠寺の伎芸天に似るが足元に魚がいるので魚籃観音か)や黒竹の竹林を眺めつつ、ようやく川沿いのBoat Houseに到着。前回来たときよりも整備されている由。TVの撮影に使用したためであろうか。中には展示もされており、『そして誰もいなくなった』のお芝居のチラシが置いてあった。あとでチラシをよくみると主演のColin Buchananは1997年のTVドラマ「蒼ざめた馬」のマーク役を演じた俳優。当時は若くてハンサムだったので、顔写真を見ても気付かなかった。歳月人を待たず(他人事ではないが)。
次に『五匹の子豚』の舞台となった砲台庭園に行く。ちょうどお昼時だったので、現地の人たちはベンチでサンドイッチや苺などをほお張っていた。目の前にはダート川が流れ、ゆったりとした気分。Greenway Houseに戻り、近くを散策。アーチ型の門を抜けて入るお庭は秘密の花園風。花壇に牡蠣の殻は並べて無かったと思うが、かなりの広さの温室に咲く花(毒草?)、その先には畑(もちろんセージとキツネノテブクロが混ぜて植えてあるはず?)、引退したPoirotが育てていたのと同じ黄色いかぼちゃがポツンと1つ、胸がオレンジ色のコマドリ(クックロビン)も現れて、役者は揃ったの感(足りないのはThe Bodyと思うのは不謹慎か)。
お土産を買ったり休憩したりして、Greenway Houseの隣にちょっとした広さの芝生の場所があるのを発見。ここはクロッケーというゲートボールに似たゲームをするところで、かつて数藤さんがここに泊まった時に、一緒にゲームをしましょうと誘われたのに断ってしまったとか。そのリベンジ(?)で、ハンマーでボールを転がすもゲートには上手く入らずに終わる。その奥には米海軍接収時のものらしいU. S. NAVY 1943と書かれた木のプレート付きの狭い防空壕(Air Raid Shelter)もあった。盛りだくさんで他にいくらでも見どころがありそうなのだが、名残惜しいながらもGreenwayを後にする。
帰りはFerryには戻らずに、満員のシャトルバスでChurston駅に向かう。バスで隣席の男性は、購入したズッキーニか何かの苗を箱に入れて持っていた。そういえばGreenway Garden が1位を取った植物の表彰状があった。またGreenwayにも多かったアジサイは、日本原産のガクアジサイがナポレオンの時代にヨーロッパに渡り品種改良されたものらしい。日本では6月の梅雨を象徴する花だが、イギリスでは9月の始めだというのにまだ花盛りであった(アジサイも有毒植物である)。
バスはChurston駅へ到着。『ABC殺人事件』でCの殺人が行われたところ。小さな駅だが、古いスーツケースを重ねて置いたり、古風な牛乳缶があったりと、レトロで洒落たディスプレイがしてある。ここから保存鉄道(蒸気機関車)でPaigntonへ行き、再びPaigntonからKingswearまで戻る(全線制覇のため)。蒸気機関車の名はトーマスならぬエルキュールであった。Poirotに引かれるのでは心もとないが、ヘラクレスなら頼りになりそうだ。また、客車にもそれぞれ名前が付いていた。なかにLady Chatterleyの名前がついた車両があったが、D・Hロレンスもこのあたりに由縁があるのだろうか。
Paignton駅ではここ数日お目にかかることもなかった日本人の女性との出会いもあった。この地に住んでいるお嬢さんを訪れたお母さんと、お嬢さんの友人だそうで、正直最初は日本人とわからなかったのは、イギリスに馴染んでいるせいかもしれない。
再び蒸気機関車に乗り(BGMはBeatlesの"Ticket To Ride"がおすすめ)、白髪で立派な体格の女性車掌さんの素敵な笑顔とともにKingswearに到着。ここからは、7分弱のFerryであっという間にDartmouthへ。素敵に時間通りにすべてが進み、5時半には街へと戻ることができた。
桟橋から近いKendrick's Restaurant and Barの2階で夕食。これまで多すぎる食事を残すことも多かったのでシーフード料理を少なめに頼んだところ、意外にも完食。あわてて軽い魚料理を追加してもらった。前泊地のSalcombeもそうだったが、海辺の街のシーフード料理は美味しい。