ダートムアからバー島まで(4日目前半)  川本敬子

 7時起床。空高く晴れて空気は冷たく、爽やかないいお天気。バー島訪問は、島での過ごし方や滞在時間、昼食場所に天候が大きく影響する。この晴天、幸先がいいのでは?
 9時半ホテルを出発、バー島へと向かう。暫くするとブッシュに挟まれた細い道に入り、バスの両側が枝で擦られる音が続く。こんな細い道、対向車が来たらどうするのだろう。これまで陽気だった運転手の表情が真剣味を帯びてきた、と感じるのは気のせい? バー島到着後、この道を通ったのは今回が初めてと聞いた。出発前に知らなくて良かったね……。
 程なく2車線の開けた道に出て、一安心。イギリスの田舎らしいのんびりとした風景が続く。そろそろ目的地が近いのでは? と思う頃、狭い道の両側に商店や住居が並ぶ小さな集落に入った。曲がりくねった道を上へ上へと進むにつれ、高まる期待。丘の上で目の前が開けた途端、前方はるか彼方にバー島が! "わーっ!"と歓声が沸き、車内は一気に盛り上がる。11時、バー島対岸の駐車場に到着。この日は10時満潮だったので、潮は引き始めたところ。バー島は海で遠く隔てられている。わー、写真で見たとおりや! 当たり前やん。。。。。


対岸から見たバー島(頂上には見張り小屋跡がある)

干潮時のバー島                         満潮時のバー島

 駐車場から浜へと降りていくが、島への移動手段として乗車を予定していたシー・トラクターの姿が無い。なんと、遥か彼方、バー島側に停まっているではないか! この水量ではとても島まで歩いて渡れない。近くの売店で話を聞くと、シー・トラクターは基本的にホテル宿泊客用で、余裕がある場合には宿泊客以外も乗せる、と言う。つまり、宿泊客ではない我々が対岸のシー・トラクターを呼び寄せる術は無い、ということだ。満潮時はこちら側に待機しているのではと期待していたが、ホテル客の送迎予定が無ければシー・トラクターはこちらにはやって来ない。予測が甘かったが、ここは様子を見ながら待つしかない。
 時間つぶしも兼ねた早めの昼食はどうかなと、井口さんと二人、坂の上にあるThe Bay View Cafe and Bistroを偵察に行く。カフェに辿り着き、ふと振り返ると、なんと、シー・トラクターが島からこちらへ向かっているではないか! うわー、置いて行かれる、と坂を転がるように駆け下りた私達。後に、シー・トラクターは頻繁に往復することが判明するのだが、この時はそれを知る由も無かったのである。
 浜では、乗車希望者が既に列を作っていて、我々もそれに続く。程なくシー・トラクターが浜に到着。しかし、運転手2名は、宿泊客を下ろすとすぐに車に乗っていずこかへ。宿泊客のお迎えかしら、と推測するも確認のしようがなく、そのまま全員待機。暇なので、初対面のシー・トラクターを間近で観察。写真で見て予想していた以上に大きく、車高が高い。乗車側に取り付けられた案内板によれば、定員は30名(夜間20名)、料金は1人3ポンド。お財布係は33ポンドを握りしめ、ひたすら運転手の帰りを待つ。彼方に見えるバー島は、おにぎり型に盛り上がった小高い丘で、その麓に白亜のバー・アイランド・ホテルが建っている。なかなか絵になる風景。遠目には、丘の左側と右側で丘の色が異なって見える。ホテルの建つ左側は、薄緑色のなだらかで綺麗な斜面。芝生かな。右側は、茶色が混ざったまだらな色合いで、あまり手入れされていない雰囲気。よく言えば自然な雰囲気。両者のコントラストが面白い。
 暫くして運転手が帰って来たが、宿泊客の姿は無く、三段積みの卵パックを大切そうにシー・トラクターに積み込んだ。食品の買い出しだったのね。運転手の一人が、列を作っている乗車希望者に向かって、"次の出発は11時45分"と宣告。この強い海風の中で30分も待つのかぁ。我々の前に並んでいた人達はさっさとどこかへ移動。そのすぐ後に、運転手がシー・トラクターのゲートを開けて、乗れと合図。狐につままれたようだったが、気が変わらないうちにと乗り込む。残っていた全員が乗車すると、すぐに発車。どうして、30分も先の発車時刻を言いながらすぐに発車したのだろう。未だに理由が判らない。前にいた何人かは時刻を聞いてすぐに立ち去ったから、我々が時刻を聞き間違えたとは思えないし。今回の旅行において残った幾つかの謎の一つである。


満潮時の唯一の交通手段シートラクター

 砂浜からゆっくりと海の中へ進むシー・トラクター。車高が高いので見晴らしがよく、平坦な砂地を行くので進行はなめらか。乗り心地は悪くない。思ったより水深は浅く、シー・トラクターの巨大タイヤは三分の一程度しか水中に入らない。もっとも、それ以上だと抵抗が大きくなって、波が高かったりすると水中の進行が危うくなるかもしれない。それにしても、面白い乗り物やわ、シー・トラクター。
 映画「白昼の悪魔」で、ポワロはシー・トラクター内のシートに腰掛けていたが、このシー・トラクターにシートは無い。あれは映画の演出だったのか。高級ホテルの宿泊客も、こんな風に立ったまま島まで移動するのね。徐々に近づくバー島。バー・アイランド・ホテルやPilchard Innもはっきり見えるようになった。
 写真や映像で繰り返し見ている風景だからか、初めて訪れる新鮮な感動というより、よく知っている場所を再訪したような懐かしさを感じる。ちょっと不思議な気分。"あー、遂にここまで来たんだ!" という思いがそれに重なり、何だか胸が一杯に。ずーっと乗りたかったシー・トラクターからこの光景が見られるなんて、本当に大満足な瞬間であった。
 シー・トラクターを降りてバー島に上陸。右手すぐ傍がPilchard Inn。見かけは普通のパブだが、周辺に漂うトイレの香り……。これで、昼食場所候補からは完全に除外ね。左手にはバー・アイランド・ホテルへと上がっていく道があるが、宿泊者以外は立ち入り禁止。白いフェンスがしっかりと閉じられている。なかなか洒落たフェンス。ホテルにも入ってみたかったなぁ。
 パブリック・フットパスという表示に従って小道を進むと、両側には既に盛りを過ぎた花が数多く見られる。僅かに名残の花々が咲いていたが、満開の頃はさぞや美しいに違いない。海風が強く、柵一つ無い小道は地道で滑りやすいので、年配者(つまり我々)は注意が必要だ。崖の端は切り立った断崖で、真下に岩場が見える。大西洋から打ち寄せる波は、翠がかって透明度が高く、白く砕ける様がとても美しい。


バー島の案内板                       イギリス海峡側の崖

 ゆっくり10分程歩くと、島の頂上に到着。かつての教会の廃墟の横で記念撮影。周辺を散策しながら、映画「白昼の悪魔」に登場した場面との対比を試みる。映画の各シーンがどこで撮影されたかを特定すべく、映像をプリントアウトして持ってくるつもりが、出発前のバタバタで失念。自分の記憶を頼りに対比するしかなかったが、帰国後、撮りためた写真を照合したところ、ジャストではないがまずまずの出来だった。それにしても、どうしていつも準備不足になるのだろう。
 島の頂上からは360度見渡すことが出来たが、そこには、わずか1時間前には海水が満ちていたとは思えない光景が出現していた。この後の展開は如何に?


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