いざトーキーへ(5日目)   川本敬子

 曇ってはいるが寒くはなく快適な朝であった。パディントン駅構内で昼食を調達後、8番ホームから10時6分発の列車に乗車。列車入口にはスーツケース置場が設けてあり、鉄道ファンとしては"行き届いた配慮"と感じた。列車は比較的新しく清潔で、普通指定席の座り心地も良好であった。1972年に数藤さんが期待と緊張と不安を胸にペイントンに向かった時は、列車はコンパートメント形式で同室者に気を使われたが、現在は開放的で至極快適。グリーンウェイ再訪に向けた数藤さんの心境は如何に、と時折横目で様子を伺ったりする中、車窓には広い農地と緩やかな牧草地、時折英国風田舎町といった風景が繰り返し続いていた。
 車内での話題の一つは、『パディントン発4時50分』で死体が列車から放棄される場所は何処? であった。今回、列車右側には対向車用の線路が走っていることが確認され、死体を廃棄したのは左側と結論された。列車のドアは開けられないのでコンパートメントの窓から捨てるしかなく、とすると、やはり左側しか選択肢は無いのである。右左と席を移動しながら殺人、死体、捨てる、といった言葉をやや声高に話続ける日本人旅行者! 周りに日本語の判る人がいなかった事を祈るのみである。


トーキー駅の構内                  駅からトー方面を見る

 トーキー駅に到着後、二台のタクシーに分乗して宿泊先のパレス・ホテルへ。パレス・ホテルはトーキーの小高い丘の上に位置しており、重厚で落ち着いたホテル・ロビーには昔ながらの鍵置場があったりと、由緒ある雰囲気を漂わせていた。客室からは、はるか彼方に青い海、大きな樹木に取り囲まれた広大な敷地には整備された美しい庭園やプールが望まれ、絵に描いた様なリゾートホテルであった。
 ホテルで休養後、徒歩20分ほどのトーキー博物館に到着。団体を証明する物を提示出来なかったので難色を示されたが、責任者の女性に交渉の結果、無事割引料金で入場することが出来た。トーキー博物館は、アガサ・クリスティに特化した施設ではなく、館内には博物館に相応しく種々の収集品が展示されていたが、アガサ・ファンとしては、それらに敬意を払いつつもアガサ・クリスティ展示室へと急いだ次第である。この展示室は写真撮影が禁止されており、詳細な資料を残すことが出来なくて残念。


トーキー博物館の正面

博物館のクリスティ・マイルの標識

 展示物としては、出版物(初期のペーパーバックを含む)、テレビドラマで使われたセット(応接セット、ポアロの書斎)や衣装(ミス・マープルのツイードスーツ、ポアロの三つ揃い)、アガサのミンクのコート、年代別の写真多数(ここで見たスタイルズ荘の写真と現地訪問で見た家の違いが後で話題に)であったが、それぞれに興味深く鑑賞に時間を費やしたのである。ついつい話が盛り上がって話し声が大きくなり、先に展示室にいた外国人客(後にドイツ人と判明)は堪えかねて室を退出。我々の退室と前後して彼は戻ってきたのであるが、その後、トーキー滞在中何度も彼と遭遇することになるとは、この時は知る由もなかったのである。
 アフタヌーン・ティーは、本場英国で是非とも経験したかった事の一つである。庭の見えるホテルの一角にテーブルがセットされ、2時間余りに渡るアリスのMad Tea-PartyならぬアガサのMurder Tea-Party開始。サンドイッチ(3種)、スコーン(2種、もちろんクロテッド・クリーム付)、ケーキ(5種)は、いずれも大変美味しく且つボリュームもあり大満足。数藤さんがグリーンウェイを訪問した際、台所でロザリンドさんにスコーンの食べ方を教わった、という思い出話も加わり、一層味わい深いものになったのである。このTea-Partyは旅行中全員揃ってゆっくりアガサ話に興じる事が出来た貴重な機会であり、数藤さんの思い出話をパレス・ホテルのゆったりした雰囲気の中で聞けたことは、我々ファンクラブ員にとって大きな収穫であった。


パレス・ホテルのアフタヌーン・ティー

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