すっかり遅くなってしまった。
ロマーリオと飲むと楽しくていつも過ごしてしまう。
抱えていた問題も解決し、気分の良いままに誰もいない夜道を歩く。
年上で上司の恋人を呼捨てで呼ぶのは何処か抵抗はあるが、
本人達が気にしないというのであれば、そう呼ぶようにしよう。
そうやって考えると、成程、あの二人は似た者同士なのだと思う。
ロマーリオには言わなかったが、実はあの時、ディーノにも言われたのだ。
『次に呼び止める時は名前を呼んでくれ』
全開の笑顔と、茶目っ気を含んだウインクと一緒に……
草壁は、ふと昼間の出来事を思い出した。
「丁度いい所であったな、草壁」
人好きのする笑顔を浮かべながらディーノが近づいてきた。
「生憎、今日はオレ一人で委員長は一緒じゃないんですが」
「ああ、違う違う。お前に聞きてー事があるんだよ」
「オレに…ですか?」
「単刀直入に言うな。お前、オレの事どう思う?」
ディーノの言葉に草壁は戸惑った。
それはそうだ。
彼とは口などほとんど利いた事はない。
いや、ひょっとしたら直接話をするのも初めてではないだろうか?
そんな相手に「どう思う」と言われても何と答えていいか判らない。
確かに人目を引く外見をしてはいる。
いつも多くの部下に取り囲まれているから人徳もあるのだろう。
強さは、あの雲雀をいなすのだから折り紙つきだ。
多少抜けている所がある様だが、それすらそれすら愛嬌として許されている。
一般的な見解としては『好青年』なのだろう。
それでも草壁個人としての結論は、やはり『よく判らない』だ。
やはりその人間を判断するには一度、腹を割って話してみなければ。
そう、ロマーリオと何度も盃を交わしたように。
それをどう伝えるべきか迷っていると、何を思ったのかディーノは慌てて言葉を綴った。
「その…やっぱり複雑だよな。自分のボスが男と…
しかもこんなオッサンなんかと付き合ってるって…
あのな、こんな事を言えた義理じゃねーのは判ってる。
でもやっぱ、どーしても言いたくて! っと、わっ!」
突然、何もない所でディーノが躓いた。
「危ない!」
草壁が慌てて手を差し伸べ、転ぶ前に彼の体を受け止める。
受け止めた瞬間、ふわりと甘い香りが漂う。
それは今朝、気だるそうに欠伸をしていた雲雀から香った匂いと同じものだった。
その瞬間、委員長とこの男は『そういう意味』でつきあっているのだと思い出した。
「悪い、ミスッちまった…」
慌てて体を起こす姿をみながら、つまりその事についてどう思っているのかを聞きたいという事に気がつく。
確かにそれを初めて知った時には驚いた。
あの委員長が誰かと「群れる」という行為をするだなんてと。
その衝撃が大きすぎて相手がこの男だという事はどうでもよかった。
もしこれが仮に、沢田や獄寺が相手だったとしても同じだろう。
再び黙り込む草壁にディーノは思いもかけないことを言った。
「オレと恭弥の事、お前には認めて欲しいんだ」
「はっ?」
いきなり、何を言い出すのだろうか、この男は?
認めるも何も、付き合うかどうかは当人同士の問題だ。
周りがとやかく言う事ではない。
しかも相手は雲雀恭弥だ。
彼は周りが何を言っても気にしないし、聞く耳だって持たない。
「あんた…何で、そんな事を聞くんだ?」
「そんなの決まってるだろ? オレの所為で恭弥とお前が気まずくなって欲しくねーんだよ」
真摯な瞳は変えないままに、言葉を続ける。
「アイツにはお前が必要だから」
その言葉に驚き目を見開く。
今までまともに話した事なんかない。
目すら合った事だって。
なのに
「何でそんな事、言い切れるんだ、アンタ?」
「そりゃ、恭弥の事だからな」
この男にとって委員長はとても大切な存在なのだ。
大人のプライドや抱かれる云々など瑣末な程に。
「おっさんは何て言ってるんだ?」
「えっ?」
「アンタが委員長と付き合ってる事…」
「オレが決めた事には非はねーって…」
「オレも同じだ。恭さんが決めたことなら非はない」
ディーノは雲雀恭弥に必要な存在だから。
それがどんなものであれ己のボスに真に必要であるものならば黙って受け入れる。
それがbQの美学だ。
「そっか…お前、本当に恭弥の右腕なんだな…」
嬉しそうにディーノが言った。
「ボス!」
後ろから彼を呼び止める声が聞こえる。
ロマーリオの声ではないから、違う部下なのだろう。
「迎えが来ちまったな…じゃ、ありがとな草壁。今日はお前と話せて良かった」
「いや…」
「そうそう、次に呼び止めるときは名前を呼んでくれよ?」
全開の笑顔に茶目っ気たっぷりのウィンクをつけながら言い、そのっまくるりと背を見せる。
そのまま去るのだと思い、見ていたら突然振り返って言った。
「咬み殺すなよ!」
「はっ?」
どういう意味だ?
真意を聞く前にディーノは背を向け、そのまま挨拶代わりに手を振りながら去って行った。
「余計な事を」
背後から聞き覚えのある声が聞こえたのは、彼の姿が見えなくなるのと同時だった。
振り返ればそこには彼の上司である風紀委員長の姿。
「委員長…どうしてこちらへ?」
「…ちょっと気になる事があってね。そしたら君が跳ね馬を呼び止める姿が見えた。
…全く、あの男は『秘すれば花』って言葉を知らないのかな」
「…それは、どういう意味でしょうか……」
「草壁」
「はい」
「跳ね馬に触れた事は不問にするよ。でも次はないから」
どうやら、最後の言葉は雲雀に向けられたものらしい。
つまり、今までの会話は草壁に問うものであり、同時に雲雀に聞かせるものだったのだ。
意外に細やかな気遣いの出来る男らしい。
「あの人の事、少しは判った?」
「えっ…あの…はい」
「ふーん、認めたみたいだね。それなら良かった」
良かった? それはどういう意味だ?
雲雀の口から出た言葉の真意が掴めず、戸惑っていると雲雀は悠然と笑みを浮かべて言った。
「あの人の望みは出来るだけ叶えてあげたいからね」
その笑顔は嬉しそうでありながら、穏やかで、こんな雲雀は今まで見たことが無かった。
ディーノという男は乾いた大地が水を吸い込むように、人の心に浸透していく。
そんな不可思議な魅力を持つのだと、己の主を見ながら思う。
実際、草壁自身もほんの僅かな時間話しただけなのに、ディーノの存在を受け入れ始めていた。
この話をディーノにしてやろうと思う位には。
だが……
「この事はあの人には内緒だよ、哲」
雲雀がそう命じるから、以来、この話は誰にも出来なくなった。
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