AQUAの部屋 de ひとりごと

うっち〜と熱帯魚と水草の華麗なる出会いをつれづれなるままに  その1
 管理人であるうっち〜が初めて熱帯魚の存在を知ったのは、恐らく30年以上昔のことで、幼稚園に通っていたころだと思う。両親がかつて第1次熱帯魚ブームの恐らく後期だと思うが、玄関をはいってすぐの下駄箱の上でネオンテトラエンゼルを飼育していたのだ。残念ながら、物心のつく前にそこを引っ越すことになったので、正直なところ記憶にはない。しかし、その後十数年間、そのときに使用していたという90センチの大型水槽が家に存在していたので、間違いないだろう。さて、引っ越してから数年は、まだまだ自分ひとりで何かをするような年ではなかったので、熱帯魚との遭遇はなかったが、移り住んだ町が田舎だったこともあり、生物との遭遇は日常茶飯事だったように思う。特に、沢ガニや、タガメミズカマキリなどとはよく遊んだ。
 
 そして、再び引っ越した大阪近郊のとある町でうっち〜は成長するのだが、そこで生き物の飼育を自ら行うようになっていた。最初はかつて両親がつかっていた90センチ水槽を引っ張り出してもらい、近所で釣ったマブナブルーギル金魚などを飼った。マブナは20cmはあったし、ブルーギルもいい型だった。そのような豪華な水槽を横に夜な夜な勉強机で、竹ひごで小さな釣竿をつくり、釣り糸を結び、釣針に毛糸やモールを結んで、ハエや蚊のような疑似餌を製作し、フライフィッシングのまねをしてみたり(実際、ブルーギルは釣れる!!)と、この時期は、何気に第一次黄金期であったように思う。しかし、ある日その90センチ水槽に3cm程の亀裂がみつかったのだ。その亀裂はあろうことか、水槽底面からおよそ15センチ位の所にあり、水槽の設置場所が家の2階の古びたオルガン(なぜそんな危ない場所に、どうやって置いていたかは今となっては思い出せない。)の上だったこともあり、その日からその亀裂の高さ以上に水を入れることが禁止になった。
 その日から、なかの魚には浅瀬との戦いが始まり、ぼくはコケとの戦いになった。それからしばらくして90×45×15というとんでもない規格の水槽での戦いが終わった。母親からの『水槽使用に関する最後通牒』がでたからだ。

  そんなこんなで、一時休戦となったのだが、そこはまあ多感な小学校高学年から中学校くらいの年頃の少年のこと、ただでは引き下がらない。近所に住んでいた親戚のおばさんを籠絡して、めだか飼育セットをGET!!。30センチ程度のプラスティックの水槽に内部フィルター水作くんのセットで、ふたたび魚類飼育再開の運びとなった。しかし、全くの未熟者であったうっち〜、すぐさま水カビだらけの水槽へと転落させ、めだかたちも星となっていった。その後をうけて、やっと落ち着いてきた水槽に、5cmほどのちびブルーギルが再登場した。しかし、ある日、ちびブルは突如として姿をくらましたのである。
『すわ飛び出しか!!!』
と思い部屋の床中を探し回ったが見つからず。あきらめてそのままほおっておいた。ちびブルが行方不明になった1週間後、彼は水槽内の貝殻のなかから、発見されたのだ。当時、水槽にはおじいちゃんが庭の飾りにと置いてあったサザエの貝殻を、だまって失敬していれてあったのだが、ちびブルは何かの拍子でそのなかに入り込んでしまい、そのまま出られなくなったらしい。発見時はまだ息があったのだが、背骨はサザエ貝殻の回転角度にあわせて見事に曲がり、どうあがいても元には戻らない。そのままかわいそうな一生を終わらせてしまった。そして、うっち〜による魚たちの飼育は前半戦の幕を閉じる。
 
うっち〜と熱帯魚と水草の華麗なる出会いをつれづれなるままに  その2
 そして時は流れ、平成の御世になっていた。光陰矢のごとしとはよくもいったものだ。
 うっち〜は住み慣れた大阪をはなれ、東京で一人暮らしをしていた。
 新米ビジネスマンとしての苦労と、慣れない土地での暮らしが、うっち〜の心に火をつけたのであろう、めらめらとあの輝かしき少年時代の記憶がよみがえってきたのである。

  『  ・・・そうだ!魚を飼おう!!!!!!  』

 以前とは違い、経済的にも何とか独り立ちしていたうっち〜は、財布をにぎりしめ、借り上げ社員寮の階段をかけおりた。
そして、近くの小さな熱帯魚屋で34cmの水槽とその他の器具を買い、当時まだ合法であったブラックバスの飼育を始めた。(※現在、ブラックバスは特定外来生物被害防止法により採集河川からの持ち出し、飼育が禁止されている。)
 うっち〜にとってブラックバスは青年期の娯楽を彩った、かけがえのないライバルであり、そして友であった。(実際はブラックバスに馬鹿にされ続けてはいたが・・・。)
 入手したバスは6〜7cmほどの小バスである。7〜800円だったように記憶している。ブラックバスの名前の由来にもなっている、側線のあたりの黒い模様がなんとも憎らしく、またかわいいのである。そして、すさんだ一人暮らしをいあし合うルームメイトとしてみんなで生活を始めた。どんどんおおきくなり、15センチくらいまで大きくなった。えさはクリルとアロアナなどの肉食魚用の配合飼料。なんと、ブラックバスは飼い主に慣れてくると、おなかが減ったときなど、テレビを見ているうっち〜の方をむいて尻尾を振り、『おい、えさくれ〜〜』とアピールする。実にいいパートナーである。(現在飼育できないのは、非常に残念なことである。)
 
 しかし・・・。  しかしなのである!!!!。

 ある、夏の暑い日のことだった。今は、うっち〜の奥様になっている御仁が上京し、我が部屋を掃除してくれていたのであるが、掃除機をかけているうちに何気なく抜いてしまったコンセントがあったのだ。テレビは消えない、ましては部屋は暗くならないし、音楽も聴ける。これって一体何のコンセント?って感じで、半日が過ぎた。あろう事か、それは元々しっかりろ過が効いていなかった水槽の濾過&酸素補給用の電源だったのである。いわゆる、投げ込み式フィルタというやつ。その日は恐らくほんとに暑かったのだろう。とたんに水槽は酸欠状態となり、魚のほうのパートナーは星になった。
 


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編集:Moto.