「相続分のないことの証明書」への押印の効力
(1)相続開始後、相続財産を共同相続人中の1人あるいは一部の者の所有名義に相続登記するために必要という理由で、上記のような証明書(相続分のないことの証明書、特別受益証明書)に各相続人の署名・押印を求められることがある。
この証明書は、登記実務上、相続登記をするについての原因証書として扱われているので(昭和8.11.21、同30.4.23各民事局長回答)、この書面を添付して、自己名義に相続登記を行うよう申請すれば相続登記をすることができる。但し、この証明書が真正なものであることを担保するために相続人の印鑑証明書を添付する必要がある。
(2)しかし、この方法は正規の相続放乗や遺産分割協議などの手続によらずに、相続人の一部の者に遺産を取得させる便法として使われることも多くその濫用が目立つ。
本書面には、生前に受贈した財産の額やその種類などを詳細に記入したり、具体的な相続分がゼロである旨の計算の根拠を記入するといったことは通常行われないのであり、単に共同相続人から相続登記のために必要だからと説明されてその法的意味を考えずに安易に書面に押印してしまい、後日になって、紛争に発展する例も少なくない。
(3)事実と反する内容の証明書交付の効力
この効力を具体的相続分がゼロであるという客観的事実の陳述にとどまるもので、過去の事実の証明にすぎないと解すると、その内容が虚偽(計算上相続分が残っている)であれば当然には相続分を失わず、改めて分割請求ができることになる。
逆に、この証明書の作成は自己の相続分の贈与あるいは事実上の放棄、または自己の取得分をゼロとする分割協議であると解すると、それが自己の自由意思にもとづいて作成されている以上、真実の事実関係に符合していなくとも無効とはいえず、改めて遺産の分割請求をすることはできないことになる。
判例は二分しているが、その効力を肯定した例の方が否定例より多いようである。
@ 相続分なきことの証明書の交付を無効とした判例
イ「証明書」に本人の署名・捺印があるが、これは単独で遺産を承継する相続人や他の周囲の者の圧力によって生じたもので、必ずしも本人の真意に基
づくものとはいい難い(大阪高決昭40.4.22家月17−10−10、判時418−42)。
ロ「証明書」への署名・捺印が他の共同相続人ないしは第三者の偽造文書で あるとき(東京高判昭56.5.18 判タ450−111)
ハ 単独で遺産を承継する相続人名義にしたのは、遺産を他に売却し、もしくは他からの侵害から守るための方便に過ぎず、右相続人の単独所有に帰せしめる合意に基づくものではない(大阪家審昭40.6.28 家月17−1ト125)。
他にも次のような裁判例がある。
大阪高決昭46.9・2家月24−11−41判タ285−335
名古屋地判昭50.11.11判時813−70
A 相続分なきことの証明書の交付を有効とした判例
イ 遺産分割の協議には何ら特別の方式が要請されておらず、いわゆる「相続分なきことの証明書による単独相続登記の方法が分割協議の便法として登記
実務上多用されている現状を考えると、仮に右証明書の記載どおりの生前贈与がなくとも、相続人間に全遺産を一相続人の単独所有に帰せしめる旨の意思の合致があった以上、これにより実質的な遺産分割協議がなされ、その過程で遺産に対する共有持分権の放棄又は贈与がなされたとみ得るから「相続分なきことの証明」による単独相続登記を無効とする必要はない(福島家審昭53.8.16家月3ト6−44)
ロ 持分権の贈与と解した事例(大阪高判昭49.8.5 判タ315−238、京都地判昭45.10.5 判タ256−155、大阪高判昭53.7.20 判タ37ト94)
ハ 相続分不存在証明書及び印鑑登録証明書を交付したころまでに遺産を単独 取得する旨の遺産分割協議が成立したものと認め、相続分不存在証明書は遺産分割協議に基づく登記手続上協議書の提出に代えてこれを用いたものと解 した事例(東京高判昭59.9.25 判時1137−76)